【2011年春企画】緩慢刀物語 永夜章志位 後篇-4


「ハァ……ハァ……ハァ……」
『チョコマカト鬱陶シイ』
 近づく事も出来ず、逃げる事も出来ずにみょんはなんとか近場の岩場に隠れこんでいた。
円剣は残り一つしかないから使うわけにもいかず、また泡剣や重剣も装甲に阻まれて通用しない。みょんはまさに土壇場に立たされたような状態となった。
『貴様ノセイデ私ノ目的ガ大分遅レタ。ソロソロ死ンデホシイ』
「お、お前なんかに殺されてたまるものかみょん!!」
 後ろからは戦士達が戦う音が鳴り響いている。この命の音をこんな変なものに途絶えさせるわけにはいかない。
そして、自分にはまだ彼女との約束が残っているのだ。だからこそみょんは諦めを捨てた。逃げながらも絶対に刃を仕舞わなかった。
(だからと言ってこのままでは死んでしまう……こういう場合みょんはどうするべきかみょん!?)
 助けなんて期待できない以上このイケメンの自分がなんとかして打開するしかない。
だが画期的な策などあるのか?今までの戦いを思い出してみろ、状況を打破した時自分は何をやったのか。
「そうだ、新しい菓子剣……ッ!」
 それが確実に勝利につながると言うわけにはいかないかもしれないが僅かな希望だ。
幸い一つ口の中にお菓子をしまってある。それを菓子剣にすれば。
 そう思ってみょんは口の中からお菓子をを取り出そうとするが突然自分の真横にあの忌々しいアームが伸びてきて思わず手を止める。
というか自分の真後ろは岩のはずなのにどうして真横に飛んでくるのかと振り向いてみると、狂鎧のアームが岩を貫通していた。
「ゆひゃげえええええええええ!!!」
『仕留メ損ネタカ』
 あまりの威力に驚きを隠せなかったがこれはある種の好機でもある。
こうして貫通しているということは相手は今このアームが使えない状況。例えもう一本のアームを使われても刀を作るだけの時間はあるはずだ。
「よしっ!見つけたで……ござる」
 なんとかお菓子を取り出し次に金づちときんつばを用意しようとした矢先みょんを覆っていた影がみょんの前の方に移動し始めた。
疑問に思う余裕もなくみょんは真横に飛び跳ね、かつてみょんがいた場所に背中にあった岩が振り落とされた。
「うわあああ!!!!」
 地面に衝突した衝撃でアームについていた岩は砕け、アームはそのままみょんの方へと薙ぎ払ってくる。
あれに薙ぎ払われたら一巻の終わりだ、そこでみょんは折角取り出したお菓子をしまい両手で羊羹剣を掴んだ。
「鍵山流!!流し雛!!」
 そう叫んでみょんはほんの少し跳ね、羊羹剣で攻撃を流しながらアームを飛び越える。
しかし全ては流しきれず羊羹剣にヒビが入った上にそのままみょんは派手な錐揉み回転しながら地面に落下してしまった。
「ぐぎょぎょぎょぎょ!!!髪が、髪が焼けるゥゥゥゥ!!」
 摩擦によって危うく発火しそうになったが羊羹剣で地面に当てることでなんとか回転が治まりみょんはすぐさま起き上がる。
そしてそのまま後退しなんとかアームの範囲外に出る事が出来た。
『シツコイ、イツマデソウ逃ゲルツモリダ?』
「あちちちち……逃げてなどいないみょん!これは未来のための後退でござる!」
『ソウ時間ヲカケラレテハ感情エネルギーの消耗ガ激シクナル』
「……感情エネルギー?」
 あんな鎧のようなものにまともな感情などあるように思えずみょんはその感情エネルギーと言う言葉に疑問を覚える。
だとしたらその感情はどこにあるのか、そんなのは明白だ。取り込まれているうどんげによるものだ。
「……あいつはまだ生きているのでござるか」
 あのゆっくりうどんげはずっといがみ合った敵であったがここまで来ると流石に同情を感じさせざる負えなくなる。
彼女だって永夜の一員、なのにその自分の感情がまさか自国を滅ぼす方向へ向かうなど口惜しいにもほどがあろう。
「…………」
 彼女の憎しみがこの自分を殺す為の力として使われているのか。だとしたら彼女の感情を動かせばきっとあの狂鎧の動きも鈍るはず。
そう確信したみょんは、狂鎧の中に取り込まれたうどんげに向かって一心不乱に叫び出した。
「うどんげぇぇ!!!いや、うどんげ殿ォォォ!!!!貴様は!何のために戦ってきたのでござるかぁぁ!!」
『ン?』
「貴様は!この永夜のために!あらゆる手段をつくしてきたのでござろう!!それを全て汚辱に塗れさせるつもりかぁぁぁ!!!」
 あの西行における因幡忍軍の活動も刀鍛冶の村での強奪事件も全てこの永夜を守るために行ってきたものだ。
それらの罪は決して許されることは無い。だが永夜を守ることが出来なかったら、それらの罪はただの残虐な凶行と成り果ててしまうだろう。
『ハッ何カト思エバ説得カ、無駄ナ事。コノ狂鎧ハ音ナド全テ遮断スル。オ前ノ声ガ届ク事は無イ』
「てめぇはだまっとれ!!!」
『ナンダト?』
 アームの射程外にはいるものの無音の斬撃の射程内には未だ入っており、斬撃の嵐がみょんに襲いかかる。
それでもみょんは走りながら叫び続けた。一つの確信を持ち、かつての敵に向かって。
『所詮地球ノゆっくりカ。無駄ダト言ッテイルノモ理解デキナイホドユックリシテイル』
「ゆっくりしているのは認めるがっ!決して無駄ではないみょん!!」
『情報プロテクトヲアエテ解イテ教エテヤッテイルノダ。理解デキナイナド………ムゥッ!?』
 余裕を含んでそう無機質な言葉を放つ狂鎧であったが突如斬撃を放つパーツがトチ狂ったかのようにグネグネと動きだす。
それとともに狂鎧自身の動きも急激に鈍くなりあれだけあった攻撃もパタンと途絶えた。
『感情エネルギー低下!?バ、バカナッ!マサカ心ガ通ジタナド……アリエヌ!憎シミアッテイタ二人ガ………ソンナロマンチズムナド……』
「ろまんち……とやらは知らぬが、別に心と心が通じ合った、と言うわけではないでござるよ。
 声が伝わっただけだみょん、中のうどんげ殿に」
『ナ、ナンダト……ソンナコトガアルハズ………シマッタ!うどんげハ………』
 そう、うどんげのオリジナルとなった人物の能力は「波を操る程度の能力」だ。
波と言ってもそれは様々なものがある、それは物質波であったり光であったりそして音であったりする。
確かにみょんの声は狂鎧に阻まれうどんげには届かなかった。しかしそこに波があると言うことが認識できれば耳に届かなくてもその言葉は理解が出来るのだ。
「説得に関しては不安があったみょん。でもしっかりと成功したようでござる……な」
『グ、グオオオ!非常電源起動!エモーションシステム切除!従来ノシステムニ復帰!!』
 憎しみの力が使えず狂鎧は自分自身の力を使おうとしたが、その僅かな時間にみょんはお菓子と金槌、そしてきんつばを取り出す。
そして金槌を全身全霊を込めてそのお菓子に振り落とした!!
『再稼働!機動脚再稼働!サイレンカッター一時使用不能!ヒドラアーム再稼働!グオオオオオオオオオオ!!!』
 全身の隙間から排気し、狂鎧は怒り狂ったかのようにみょんに向かってくる。
そしてそのまま右のアームを振り回し一気にみょんに向かって突き出した。
「!!!!」
 新しい菓子剣を手にみょんはそのアームをかわそうと真横に飛び跳ねる。
だが狂鎧は先ほどと全く同じようにアームを伸ばすのを止め、そのままみょんの方にへと薙ぎ払った。
 先ほどはかわされてしまったがそれは羊羹剣を犠牲にしたからこそだ。まさか新しい武器を早速犠牲にするわけにもいくまい。
『シネェェェ!!!』
 そして狂鎧のアームは慈悲もなく菓子剣ごとみょんを薙ぎ払う。
今度は力を受け流す事も出来なかったようでそのままみょんの体は勢いのまま大きく空を舞っていった。
『ヨウヤク死ンダカッ!!』
「ゆわっ」
 その言葉を聞いて狂鎧は思わず身を硬直させてしまう。
岩をも破壊するあのアームをまともに喰らったらまず言葉を発する力すら湧かないはずだ。それなのに今吹き飛んでいるみょんはアホみたいな声で喋ったように思える。
そしてみょんの体は地面に落ち、そのまま一度も怯むことなく器用に立ち上がったのだ。
『ヌ、ヌヌヌヌヌヌ!!!!オノレキサマ!それは!!!』
「地上の月……新たな菓子剣、その名も尖剣『突身弾護』でござるよ」
 その菓子剣は細い刀身になにか白くて丸い物体が二つ刺さっている。
永夜の茶店でとっておいたお団子を菓子剣にしたものだ。見た目はほとんど串の団子とそう変わりない。
「このお団子部分が緩衝材になってくれたみょん。おかげでみょんの体は五体満足でござる!」
『オ、オ、オノレオノレオノレェェェ!!ダガ!防御ニ特化シタ剣ダト言ウノナラ!!コノ狂鎧ノ装甲ハ破レマイ!!!』
「そうでござるかな?」
 不敵にふてぶてしく笑みを浮かべみょんは狂鎧に向かって駆けていく。
狂鎧もアームを振り回してみょんの接近を妨害するが、当たってもただ吹き飛ぶだけで決定的なダメージを与えることが出来なかった。
『クソォ!!クソォ!!ハヤクシナケレバ計画ガ遂行デキヌ!!早ク死ンデシマエェェェ!!!』
「………急いているのでござるか。なら」
 みょんは歩を止め、突身弾護を構えたままアームが来るのを待ち受ける。
そしてアームが来る直前にみょんは僅かに狙いを調節し、アームの隙間めがけて突身弾護を突き立てた!
「!!!!」
 激しい音とともに突身弾護はアームの隙間に突き刺さり、アームの一部が壊れ勢いのまま先端部分がどこかかなたに吹き飛んでいく。
後には破片が残るだけ、狂鎧は追撃もせずただただノイズのような音を出すことしか出来なかった。
『ナ・ゼ・ダ………地球ノ・科学力如・キデ・コノ狂・鎧ガ……』
「確かにそうでござろう。だが、永夜の科学力ならそれも造作もない。
 ……何せこの串はあの覇剣にヒビを入れた手裏剣なのでござるからな!!!」
 そう、この団子を作る時に作った串、それはかつて因幡忍軍が使っていた棒状手裏剣だった。
人の肉を突き抜き、刀や鎧を破壊する脅威の手裏剣。実際に覇剣を折ったのはあのロクデナシ忍者であったが折れた決定的な要因というはやはりこの手裏剣なのだ。
ちなみに串として使ったのには他意は無い。ただ串になるようなものが無かっただけである。
『グゴ、グゴ、グゴオオオオオオオ!!!』
「さあ!!永夜の意志よ今ここに!貴様を今ここで討つ!!!!!」
『左方ヒドラアーム修復開始!!サイレントカッター使用可能!発射発射発射アアア!!!!』
 壊れたアームを自分の方へと引き戻し狂鎧は無音の斬撃を発射した。
しかしその攻撃は脅威的な速度が無いのかもう嫌と言うほどみょんにかわされている。その上エネルギーが足りないのか三発に一回は斬撃が発射することは無かった。
『グガアアアアア!!ナゼダァァァァ!!!』
 実際は無音と透明さを引き立たせるゆえの速度であり、そうゆっくりしたものではないのだが今回は相手が悪かったとしか言いようがないだろう。
なにせ相手は通常のゆっくりの倍以上の力を持ち、なおかつ百戦錬磨のつわもの、何十回振るわれた剣の軌道を見切るなど造作もない武士であったのだから。
『グオオオオオ!!!』
 アームなんかは修復が可能だから壊れてもいい、だがこの明らかに狙って下さいと言わんばかりの核を狙われては一巻の終わりだ。
狂鎧は壊されるかもしれないと言う覚悟で右のアームをそのままみょんに向かって薙ぎ払った。
「!」
 だが斬撃をかわしながらそのアームを破壊すると言うのはみょんにとっても少々酷であり、お団子によって防ぐことは出来たがそのまま吹き飛んでしまう。
そのまま宙に浮いたみょんを斬撃で消し飛ばそうと狂鎧は続けて発射口をみょんに向けた。
『シネイ!!』
「とぉぉりゃあああ!!!」
 だが斬撃を発射した瞬間みょんは口の中から泡剣を取り出し、泡の風圧によってその斬撃をなんとかかわす。
とどめを刺すことは出来なかったがなんとか距離を放すことが出来た。狂鎧はひとまず安心したが着地する瞬間、みょんは地面と自分の体の間に団子を挟み、
そのままお団子の弾性を利用して一気に狂鎧まで近づいたのだ。
『!!!!!』
「人鳥流!!弾映弾・改!!」
 もうアームを戻すことも斬撃の発射口を向ける時間は無い。
遮るものもなくその弾力の勢いのままみょんは突身弾護を狂鎧の体に突き刺した!!
『グ、グ、グゴゴゴゴ……』
 まだだ、まだいける。すぐさまアームを戻して突き刺さったこのゆっくりを握りつぶしてやる。
動揺の中なんとかそう考え、すかさず狂鎧はアームをみょんの方へと差し向けるがみょんはお団子の弾性を利用してすぐさま剣を抜き地面に降り立った。
『グガッ!?』
「……終わりだ、みょん」
 動かしたアームは逆に自分の体を抉り狂鎧はバランスを崩してしまう。
その隙にみょんはその狂鎧の中心にそびえる赤い水晶に向かって自らの剣をゆっくりと構えた。
「翠霧流、砕月翔!!!!」
 勢いよく突き立てられた永夜の剣は月の刃の核に突き刺さり、赤い光が辺りに撒き散らかされる。
そしてその光が消えると、体の維持が出来なくなり狂鎧の甲殻は粉々の破片に変貌していった。
あの勇ましいアームも、おぞましい斬撃砲も、強固な鎧も全てが塵芥と化し、後に残ったのは壊れたコアと二人のゆっくりだけであった。

「………みょ、みょぉぉん…」
 戦いの緊張が一気に切れたのかみょんは中途半端に空気が入った風船のようにだらだらに伸びきる。
その際真横にいたうどんげと体が触れ、そのままなし崩しに目を合わせてしまった。
「わらえ………どうせわたしのことを超人の風上にも置けない国辱野郎とおもっているんでしょう……」
「そんなこと思ってな………って超人って何さ」
 瞳を隠していた仮面はもう無く、うどんげはその歪な顔をさらけ出している。
しかしそこにあった表情はかつての憎しみの表情ではなく、悲哀に満ちた悲しみの表情であった。
「師匠に拾われて、ようやく生きるみちをみつけたと言うのに大事な一面でこんな失態を………
 わ、わらうしかありませんよ……ゲラ………げらっ……ひっく」
「……でも、なんとか食い止められたでござるよ。今はただあちらの勝利を祈るだけだみょん」
 そう言ってみょんは大きく息を吸って心を休める。
うどんげも瞳を閉じて二人並んでゆっくりと眠りに落ちていった。


「よし、固定よし……」
 材質を計測し終えたもこうはまず覇剣の両端を型の付いた台に固定し、残った破片を炉に入れて溶かしていく。
変に全体を溶かしたら性質そのものを変化させかねない。そして溶かした破片をそのまま型に流し込んでいった。
「ふぅ、これでなんとか接着は終わり……」
「あ、でも破片何個か無くなっちゃってたんだけど………長さとか大丈夫かなぁ?」
「ああ、ちょっと補強用に織張金を混ぜておいた。これでエネルギー効率と強度が上がると思う」
 エネルギー効率と言うのはよく分からなかったが修復作業は順調なようで彼方はほっと一息ついた。
溶けた金属が刀全体になじむにつれかつての光が甦っていくようである。治るが楽しみでたまらない。
「所で聞きたいんだけど、彼方ちゃんは一体この刀をどこから?」
「ん?お師匠さんから渡されたんだよ、お師匠さんの名前は在処風伊仙っていうんだ」
「あそこの家と知り合いなのか、納得だな………
 んで続けて質問悪いけどこの覇剣をなんで渡されたんだ?」
 流石にただの少女に訳もなくこんな大事な覇剣を渡す奴はいまい。
それを尋ねると彼方は屈託もない笑顔を浮かべてその理由を語った。
「ふふん!最強の刀には最強の武士を!私はこの刀をとある人に渡す為に受け取ったのさ!」
「最強の武士?」
「そう!風華国最強の武士!その名も真白木飾花!!26歳男性!!
 乱れ狂うは雪月花!構えて見せるは百花十字!悪の刀をハラリとかわし!悪の鎧をドカンと貫く!!
 私の村の英雄!そして私の………キャーーー!」
「あ~その、知り合いなのか?」
「知り合いもなにもすたでぃさ!舎妹のよっちゃんも狙ってるようだけどあんなアホに真白木さんはやれないねぇー!
 あの人にこの覇剣を渡せば戦なんてさっさと終わるね!そしたらまた一緒に川釣りに行くんだ!」
「戦?折れてから結構時間が経っていると聞いたが………間に合うのか?」
 うぐ、と流暢だった彼方の弁もせき止められる。
初めてみょんさんと会ったのは確か卯月の頃、そして今はもう秋の夜長、色々なところを旅して季節感も麻痺してるため下手をしたら一年以上経っている可能性もあった。
一年以上続く戦もそうあるまい、今までずっとあえて考えないようにしてきたが流石にこの現実に直面するしかなかった。
「……まぁ、そう強い武士と言うのなら死ぬこともないだろ、治った覇剣を持って元気な顔でも見せればいいさ」
「そ、そだね!早く会いたいな!みょんさんにも紹介してやりたいよ全く!!」
 と、そこで彼方はふと一つの疑問を頭に思い浮かべる。
真白木さんとみょんさん、戦ったら一体どっちの方が強いのだろう。
記憶の中の真白木さんは本当に強かった、先ほどの演説もまるっきり嘘ではなく平気で敵の刀や鎧を打ち砕くほどの実力を持っていたのだ。
けれどみょんだってゆっくりの癖にかなり強い、雑魚なんか目ではなくとんでもない力を持った敵相手でも勝ちつづけてきた。
 個人的には想い人の勝利を信じたい。けれど共に旅を続けてきたゆっくりのことも期待せずには居られなかった。
「一度戦わせてやろうか……」
「なんかよからぬことを考えてそうだけど、そろそろ打つ作業に入るよ」
「あ、は、はい!」
 ここは刀を作る際において大事な工程だ。
もこうはある程度固まった覇剣の固定を外しそのまま打つための台座に載せ、壁に掛けてあった二組の槌を手に取った。
「よしっ!打つぞっ!」
「はいっ!!」
 槌の一つを彼方に渡し二人は焼けた覇剣に槌を打ちつける。
不純物が火花となって飛び散っていくにつれ覇剣はかつての輝きを次第に取り戻していった。
「もこたん!」
「かわ・いい!」
「てるよ!」
「はた・らけ!!」
「最後に!!」
「えんやこーら!!!!」
 その彼方の一振りが振り落とされた瞬間、覇剣はかつてないほどの輝きを放ち工房は命の光に包まれていった。



「防衛線17m前進!!」
「親衛隊が増援に駆けつけてくれたおかげで戦況はこちらに傾いています!!」
「そのまま戦線を維持しなさい!でも油断はしない事!!」
 なんとか調子を取り戻してえーりんは壁の時計を何度も見る。
すでに約束の2時間は過ぎた。後はただ連絡を待ち取りに行けばそれで戦いは終わりだ。
それを心待ちにし命令を下しながらそわそわしていると、真横にあった通信機が反応を示した。
「きたっ!………」
 思わず表情を綻ばせるえーりんであったがすぐにその表情を強張らせる。
確かに通信機には反応があった、しかしそれはもこうとの通信機ではなく冥王星と地球を繋ぐ惑星間の通信機であったのだ。
どんなつもりで通信してきているかは分からない。だが、最後の通信にしようとえーりんはその通信機の応答ボタンを押した。
『この。……よくも、よくもあんなものを………』
 まず最初に映ったのは羽鴇の憎悪に満ち溢れた表情であった。
羽鴇の後ろにはよりひめ以下他の冥王星の民がいて、誰もが羽鴇と同じようにえーりんに憎悪の感情を向けていた。
『ヤゴコロ様……いえ、えーりん。あれは何ですか?』
「……その言葉、私もさっき言っていましたね」
『あんなものを作って何をしようとしていたんだッッッ!!私達を虐殺するつもりだったのかァァァッッ!!』
 冥王星の民の怒号が響き渡り司令部は再び震え、将校のてゐが思わず椅子から転げ落ちる。
それでもえーりんは妙に冷静で、挑発するかのように通信に応えた。
「別にあなた達には使いません。あくまで自衛のために緊急使用しただけです」
『ふん。本当に心まで穢れたのね。あなたとあなたの望む者を助けてあげようとしたけど、やめにした』
 羽鴇のえーりんを見る目は完全に侮蔑と畏怖に塗れている。穢れたのならまだしも穢れを操ると言うのならもはや月の民にとって脅威にしかならないだろう。
「そうかしら?今戦場はこっちが優勢よ。そして時間稼ぎはもう終わり、あなた達の負けはもう目に見えているわ」
『……はっ。随分と余裕ね、でもその奢りももう終わり、私が今からうってでるわ』
 その羽鴇の言葉にえーりんは驚きを隠せなかった。
今までクローン兵と生物兵器だけで冥王星の民自体が実際に戦場に出ることは無かったからだ。
さらに相手は盟主羽鴇、ハクアレイ砲の影響があるとはいえ彼女の膨大な神性は全て剥ぎとることは出来ないだろう。
そうなったら兵たちなどあっという間になぎ倒される。士気も下がるし、なおかつ今防衛線を下げられては困るのだ。
「い、いい根性してるわね……でも多勢に無勢よ。橋の上から叩き落とされればそれでおしまいでしょう?」
『ふん。戦場に長く居る必要はない。一回でも地表付近まで近づければいいの。そこまでたどり着ければ私達の勝ち』
「……そこまでたどり着ければ、穢れを排除する装置を作動できる、と言うわけね」
 それこそが冥王星側の最大目的なのだろう。
クローン兵達もそれだけのために量産されていたというわけだ。
『そう。これを見なさい。これこそ冥王星の科学の結晶、無刀『禊』。地表に突き刺すだけで惑星の穢れを一気に吹き飛ばせるわ。
 あまりにも精密すぎるから投げたり飛ばしたり出来ないけれど5mの高さから落とせばそれで十分。
 さようなら、私達の敵。塵となって消えされ!!!!』
 羽鴇はそう呪詛を吐き散らかし惑星間の通信は終わる。
その直後もう片方側にあった通信機が反応を示し、えーりんは余韻に浸る間もなくすぐさま応答をした。
『たった今完成した!!すぐに取りに来てくれ!!』
「分かったわ!!!」
 とは言ったものの今から行って果たして間に合うのか。
羽鴇は恐らく残った神性をフルに使い相当な速度でこの地球に向かってきている。例え高速車を使っても時間は足りないだろう。
何か迅速な手は無いかと悩んでいると親衛隊の一人がてるよを抱えて司令部にへと入ってきたのだ。
「姫様!!!」
「話は聞かせてもらったわ。いくわよ!えーりん!そーれクイックターイム!!!」
 てるよがそう叫ぶとてるよを中心に時空の渦が巻き起こり、えーりんとてるよ以外のすべての物体の動きが緩慢になった。
てるよのオリジナルとなった人の能力は「永遠と須臾を操る程度の能力」。それはいわゆる時を操る事に他ならず、こうして短い時間を長い時間にすることが出来るのだ。
模倣に過ぎないため戦場で使えるほど有効人数は多くないが、今の状況ではこれで充分であった。
「えーりん!」
「分かりました!エッグプラント!トランスフォーーム!!」
 えーりんが空中で一回転するとその姿はゆっくりの姿からお彼岸で使うような茄子の馬に変形する。
何かゆっくり成分少ないなと思ったけれどこれでゆっくりできるね!茄子の馬がゆっくりかどうかは分からないが。
 そのまま同時に現れた馬車にてるよを載せ、茄子の馬は司令部からそれなりの速度で出ていった。
「……姫様」
「分かってるわよ、今あの橋を壊したらまず間違いなく羽鴇も……でもやるしかないわ」
 時間操作により体感時間は五分くらいであったがえーりん達はものの10秒でもこうの工房へと辿り着く。
時間が惜しいためそのまま覇剣を持っていこうとしたが運悪く覇剣は彼方の手に握られており、仕方なくてるよ達は彼方ごと覇剣を持っていった。
「それにしてもみょんさんは~………ってなんじゃこれーーー!!!」
「説明は後!!早く戦場に行くわよ!」
 茄子の馬はもこうの工房から戦場に向けて走り出す。
その途中みょんとうどんげがなんか転がっていたを見かけたのでもののついでにてるよ達はその二人を拾い上げた。
「それにしてもかなた殿は………って何が起こったみょん!?超スピード!?催眠術!?」
「なんかこのてるよが………ってみょんさんその傷どうしたの?」
 彼方とみょんが互いに何が起こったのかを話し合っているその傍でうどんげは横になっている。
そのまま目を瞑ろうしたがえーりんに話しかけられて視線を茄子の馬に移した。
「うどんげ」
「師匠………も、もうしわけありませんでした………」
「こうして生きてくれただけで十分よ。でも後でお仕置き」
「…………げら」
 残念そうな顔をして、でもどこか笑いながらうどんげはゆっくりと再び目を閉じる。
歪な顔も目を閉じればそれなりに整ったもので、てるよはそんなうどんげに毛布をかけた。
「…さて、今から最終作戦の説明を始めます。心して聞くように」
「えっ!?みょ、みょん達が橋を壊すのでござるか!?」
「そうです、元々その役だったきもんげ宰相を倒したのは一体誰ですか?」
 そう言われてはみょんも彼方も言葉が出ない。
それにあのきもんげが言っていたことは結局全部本当だったのだ。今は反省している。あの顔に謝る気にはならないが。
「……まぁどうせその娘は私達に渡してくれそうもありませんからね」
「よく分かってるじゃん、にゃひひ」
「いばられた……では説明を始めます。
 作戦自体は簡単、橋のとある一点にその覇剣を深く差し込むだけです。
 そうすれば橋にかかっている魔術結合が破壊され、エネルギーの奔流により橋は崩壊します。
 場所はおよそ183m付近の光が歪んでいるところ。一応目印は付けておきましたがこの戦いで残っているかどうか……」
「なんだ、結構楽そうじゃん」
「けれどもし別のところを突いたら恐らく折れます。そしたら全てが終わりです。絶対に一発で成功させてください」
 そっけないえーりんの言葉にみょんと彼方は思わず顔を青ざめてしまう。
なんてこった、普通に旅をしていたはずなのにとんでもねぇ役目与えられちまったぞ私達。
「……まさか世界の命運を握らされる羽目になるとは……」
「で、でもやんなくちゃいけないんだし……頑張ろうよ!」
 残されたわずかな時間で二人は体と心を休め最大の作戦に向けて出来るだけの準備をする。
そして茄子の馬は橋のふもとに辿り着き、二人は勢いよく馬車から飛び出した!!
「いくぞーーー!!!」
 てるよの能力にも限界が来たのか風景が動き始め、二人の時間と周りの時間が徐々に同化していく。
彼方は覇剣とみょんを両手に銃兵達の間を抜け、光り輝く橋にへと足を踏み入れた。
「戦ってる暇は無い!!潜り抜けろぉぉぉぉ!!!」
「おりゃああああああああああああ!!!!」
 刃と血飛沫が飛び散る戦場を彼方は力強く走り抜け目的地点を目指していく。
血の臭い、戦場の臭い、肉の臭い、灰の臭い、菓子の臭いが鼻につく、こんな所で皆は命をかけて戦っていたと言うのか。だがそれもすぐに終わる。
「見えた!!あそこに印があるでござる!」
「治った覇剣の力!とくと見よ!とりゃああああああ!!!」
 覇剣を鞘から引き抜くと刃から強靭な光が放たれ、みょんを含めてその場にいる誰もがその光に驚愕した。
しかも以前見た光よりもその輝きは増していて、その光を受けているだけでも命が芽生えてくるように感じられたのだ。
これが本当の覇剣の輝きだと言わんばかりに彼方は覇剣を振り回し、そのまま目的地点に向けて刀を突こうとした。
「いまだ!いくぞ!突きさすぞ!とりゃああああああああああああああ………?」
 だが、近くにいた兵が驚いてバランスを崩してしまい彼方はそれに巻き込まれて一緒に倒れてしまった。
しかもついうっかり覇剣から手を放してしまい、そのまま覇剣は放物線を描くように宙を舞っていったのだ。
「あ、ああああああああああああああ!!!!」
「う、うおりゃあああああああ!!!」
 もし橋の下なんかに落としたら全てが終わりだ、だがいくら手を伸ばしても彼方の矮躯では覇剣に届かない。
全てを諦めかけた瞬間、彼方の腕からみょんが飛び出しそのまま覇剣を掴んでいった。
「みょんさん!!」
「真剣を扱うのは……久しぶりでござるな!!」
 空中でみょんは器用に覇剣を咥え、刃の先を目的地点に向ける。
その間にもう障害物は無い。後はこのみょんに貫ける力があるかどうかであった。
「真名流!!『降魔釘打』!!!」
 彼方よりも小さな体でありながら覇剣を勢い良く振り回しそのままみょんは覇剣を目的地点にへと突き刺した。
覇剣は折れることなく橋の破片を散らしながら深く深く刺さっていき、鍔のところでようやく勢いが止まった。
「………」
 刀を刺した瞬間から橋を覆っていた光は次第に失せ始め、橋全体から何か乾いた音が響いてくる。
すぐに大きな変化は無かったが、永夜の駐屯地の方から一筋の花火が上がりそれとともに兵達が一斉に地上の方へと戻り始めていった。
「撤退!撤退ーーーー!!!」
「みょんさん!!私達も早く……」
「………抜けない」
 そんなみょんの言葉を聞いて彼方は一瞬頭の中が真っ白となってしまう。。
重力と自分の力を合わせることで橋を貫く事は出来たが、みょんの己が力では覇剣を引き抜く事が出来なかったのだ。
 すぐさま覇剣を引き抜こうと彼方はみょんに近づく。その際クローン兵が襲いかかってきたりもしたが蹴り飛ばして橋の下にへと落としてやった。
「ゆ、ゆんしょ!ゆんしょ!」
「そいやさーーーーーー!!!!」
 覇剣を引き抜くのにはそう時間はかからなかったが、その頃には橋全体に変化が訪れていた。
綺麗な阿弥陀を描くように橋全体に亀裂が走り、一つ一つのパーツが結合力をなくし重力に惹かれ始めていったのだ。
「う、うわーーーーーーーーーーー!!!!た、たすけてぇーーーーーー!!!!」
「あいつらを追うなぁぁ!!!逃げろォォ!!!」
 クローン兵達は一斉に大パニックになり統率も秩序もなくなって誰もかもが落ち着きをなくす。
ただ逃げ遅れたものはあまりにも容赦なく橋から落ち、穢れによってその身を崩していった。
「わ、私達も逃げろおおおおおお!!!!」
 もう覇剣を鞘に仕舞う時間もない。彼方はみょんと剥き出しの覇剣を両手に必死で橋をかけ下りていく。
広がった亀裂をも華麗に飛び越えようやく地上が近くに感じられるところまで来たが、そこで彼方は小さな亀裂に躓きすっ転んでしまった。
「か、かなた殿!!」
「みょ、みょん、さん」
 起き上がった時には既に彼方の乗っていた橋の部分が落下を始め、彼方の体も重力に惹かれていく。
みょんはすかさず隣のブロックに飛びのり彼方に対して揉み上げをさしのべたが、彼方がそれを掴んだ瞬間にみょんの乗っていた部分も落下をし始めてしまった。
「あ………」
「う、うおおおおおお!!!!」
 みょんは必死に髪を動かして浮こうとするがそんなことで浮けるはずもない、二人の体は非情にも橋とともに落下していった。





「……終わった」
 覇剣の一撃により地球と冥王星を繋ぐ橋は崩れ去り戦いは終わった。
司令部に戻ったえーりんはその光景をモニター越しに見て、一粒の涙を流す。
 これで全てが片が付いたのだ、長く苦しい因縁も、月の民が一つになると言う夢さえも。
「わが軍はすべて撤退!我々の勝利です!」
「いやったあああああああああああ!!!!」
「これでゆっくりニートせいかつにもどれるよォォ!!」
 司令部も戦線も勝利に歓喜し悲しまない者はいない。
ならば一人の地球ゆっくりとして自分も地球を救えたことに喜ぼう。一番上の者が辛気臭い顔をしては民も不安がるからだ。
「えーりん。あんまり無理しなくていいのよ」
「姫様……これであちらとの縁も………切れてしまいましたね」
 いや、まだ一つ冥王星との縁が一つ残っている。
そしてそれは今も二人の隣で呼び掛けるように応答の光をチカチカと放っていた。
「出るの?」
「ええ、別れの言葉くらいは言っておかないと」
 えーりんは隣に置いてあった惑星間通信機の応答ボタンを押して通信を始める。
空中に映った映像には、申し訳なさそうに俯いているよりひめだけが映っていた。
『………私達の、負けです』
「そんなことは分かっているわ。で、羽鴇様はどうなったのかしら」
『……か、火星付近まで辿り着いたようですが……そこで橋が……そこから先は……ひっく』
「そう」
 彼女は一体どこに行ったのか。火星の重力に惹かれていったのかそれとも宇宙を未だ彷徨っているのか。
どちらにしてももう生きてはいない。かつて月を治めた三人の賢人もこれで全ていなくなってしまった。
 えーりんは素っ気なく呟いては見るがどうしても友人を失った事実を否定できず、瞳から涙をせき止めることは出来なかった。
「……これで終わりね。もう私達は会うこともない」
『そうですね……結局こうなる運命だったのでしょうか。月が崩壊した日、冥王星と地上、袂を分かった日から……』
「袂を分かったのは……四年前よ。さようなら」
 悲しそうに今生の別れを告げえーりんは通信機の電源を切り、そのままお下げで持ちあげて床に叩き落とす。
それだけでは壊れなかったので司令部総動員で踏みつけようやく通信機は粉々の鉄くずになっていった。
「……さようなら」
 後に永夜月下大戦と呼ばれる地上と冥王星の戦いがこの瞬間、終結した。


「死ぬかと思った」
「ふぅ」
 彼方とみょんは橋の部品の上で並んで横になり、そのまま空を見上げる。
月の民同士が争った戦いが終わったというのにまるで全く関係ないと言うように双子の月は今も明るく輝いていた。
「このお団子のおかげでなんとか助かったね」
「お団子さまさまみょん」
 地面に激突する瞬間みょんはあの突身弾護を取り出しそれを彼方の下に置く事で何とか一命は取り留めることが出来たのだ。
ただ落下の衝撃で少し体が痺れ、二人はこの場から動く事が出来なかった。
しかしそれもいいだろう。こうして横になって月を眺めるのもまた風流なのだから。
「覇剣………治ったでござるな」
「治ったよ、これで旅も終わりだね」
「……………………終わりなのか、みょん」
 散々世話を焼かされて幾度となく旅を終わらせたいと思ったけど、なんだかんだ終わる間近となるとどうしても心残りがある。
と言うか終わらせたくない。ずっと隣にいる少女とバカなことをしあいたい。
「……もこうさんが言ってたよ、何か強い金属で補強してあるからもう下手なことで壊れることは無いだろうって」
「そりゃよかったでござるな」
 どうやら下手な騒動があってまた覇剣を治す旅と言う展開は無いらしい。
みょんは彼方の方へと転がり寂しさをまぎわらすためただただ少女の温もりをそのお菓子の肉体で感じ取った。
やっぱり元気が良いからか暖かい。そして何よりも柔らかい。柔軟剤でも使っているのか。
「……いやらしい」
「今日だけは……スケベでいさせてや」
「気持ち悪っ」
 まぁ憂い等は後回しでもいい。
今はこの辛い戦いが終わったことに、じっと体と心を休めよう。
 ゆっくりするのだ。


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最終更新:2011年06月13日 22:04