不夜城レッド2

 辺りが闇に覆われだした時刻になっても、まだ○○が帰ってこない。
いつもならばとっくに帰ってきて、私と一緒に朝食を食べる時間なのに、
未だに彼は湖にすら姿を見せていなかった。
少しイライラが募る。普段なら何気なく行っていることが出来ないことで、
それが例えこんなに小さな事であっても、こんなにも感情が揺れ動いていることに自分でも驚いてしまった。
いけない、いけない、咲夜に命じて紅茶を煎れさせる。
小さなティーカップに入れられた、湯気にのって香る紅茶の匂いが脳に浸透して、
血液を乗って全身をゆっくりと巡っていく。
心に浮かぶざわめきを消して、あえて大胆なふてぶてしい顔をして周囲に控える妖精メイドに聞こえるように言う。
「まあ、偶にはいいんじゃないのかしら。○○だって遅くなることだってあるでしょうし。」
こんな小さなことで一々目くじらを立てて、彼に嫌われることをただ恐れて。

 それから時間が経ち真夜中となり、半月が顔を出し始めるときになっても、彼は未だ帰ってこなかった。
数時間前までは平静を保っていた心の中に、黒い雲が次々に湧き起こってくる。
酔っ払ってしまって道ばたで寝込んでしまっているのだろうか、
それとも帰り道の途中で怪我をして、身動きが取れなくなってしまっているのだろうか、
あるいは誰かの所に泊まっているんじゃないだろうか、そうだ、他の女の所にいるのかもしれない、
きっと○○は人が良すぎるせいで私というものがありながら、
他の女のところにホイホイと付いていってしまっているに違いない。
やっぱりそうとしか考えられない。
そうでなければ○○が私に黙って無断で外泊をするなんてこと、起こりえる筈がないのだから。
そうなれば、どこのどいつのところに○○がいるのか、この前町に出た時に見たあの女か、
それとも店にいた女の方かいや、知り合いということも考えないといけない。
あれだけ見せつけてやったのに、身分不相応にも私の○○を奪おうとするのなら、
やっぱり痛めつけてやるしかないだろう。
そうなればどうするか、槍で突き刺してやるか素手で引きちぎってやるか…

「お嬢様、お嬢様。」
咲夜の声が聞こえる。ふと手元を見ると、すっかり空になったカップがバラバラになっていた。
しまった、すっかり妄想に夢中になってしまっていた。これでは側に控えているメイド達にも示しがつかない。
そこにいた妖精メイドの一人に割れた陶器を下げさせる。
咲夜に命じて○○がいる場所に襲撃をかけようかと思ったが、ふと思い留まった。
わざわざ自分から向かってしまっては、全く威厳が無いように思った。
あくまでも紅魔館の当主は私である。○○が居ないからといって当主自ら足を運んでいては、
まるで私が○○の後を無様に追っかけているようではないか。
これでは駄目だ。もっと当主は落ち着いて構えないといけない。
例え○○が他の女の所に行っていても、それで取り乱していてはいけない。
それを何事もないかのように受け止めないといけない。
そう考えて私は咲夜に命じて、○○が行きそうな場所に向かわせた。

 朝日が昇る前、薄らと周囲が明るくなってきた頃になっても、未だに○○は帰ってこなかった。
おかしい、○○はこんな人じゃない。今まで何回か帰宅が遅れたことがあったけれども、
それも誰かに会ったりしたとかで、全部一時間も遅れたことがなかった。
オカシイ、まさか私が嫌いになったのかという考えが頭の中をよぎる。
途端に心臓に刃が刺さった様な衝撃を感じた。息が漏れる。
無理矢理に自分を落ち着かせようと、呼吸を押さえつけるが歯の間から音が出る。
心臓の音が頭の中に響き、全身の血液が脈打つ。恐怖と焦りで全身が浮き立ち、
今にも大声でわめきたくなるのを堪える。
握りしめていた手を解き口に当てると、今度は自由になった手に、
手当たり次第に周囲の物を投げつけたくなる衝動が感染した。
手の平に牙を突き立てる。赤く流れた血を見ると、頭の中でパチンと何かが弾ける音がした。
「レミィ、一体何をするの。」
暫く前から咲夜に頼んで起こして貰ったパチェが、私に質問する。
親友の彼女が心配そうな顔をする位なのだから、今の私の顔は相当なのだろう。
「ちょっと、霧をばらまくわ。」
異変以来の行動。取り違えられれば、そのまま博麗の巫女や八雲と争いになることもある行為であったが、
私の親友は反対しなかった。
「直ぐに終わらせるのよ。」
この時ばかりに親友に感謝したことは今まで無かった。

 魔力を発動させて霧を周囲にまとわせて、幻想郷中にばらまいていく。
赤い霧は風に乗ってたちまち幻想郷中に充満していった。
霧の中に自分の魔力を乗せているのではなく、自分自身を霧の中に溶け込ませていき、
あたかも自分がそこにいるかのように、全てを見ることができるかのようにして、○○の姿を探していく。
かつて起こした異変の時よりも、もっと強く大きく広げて○○の姿を探していく。
そうしている間にも、どんどんじれったく感じてしまう。
もっと速く○○を探さないといけない。余裕をかましてあれだけ悠長に待っていた過去の自分を、
思いっきり殴り飛ばしたくなる。
私があの時にすぐ動いていれば、今頃はこんなことをしていなかったのに、
という後悔が背骨を伝って脳みそを揺らしてくる。もはやこれ以上の時間はかけられない。
そう思った私は自分の能力を幻想郷そのものにかけた。○○が私に見つかる。
そのような運命を無理矢理に作り出し、強引にねじ曲げて物理現象すら覆して、ただ望んだ結末をその場に顕現させる。
そして私の目の前に○○が現れた。
スカーレット・レミリアにふさわしく、真っ赤な真っ赤な服を身につけて。
ウラド・ツェペリンの末裔にふさわしく、丁寧に針で皮膚を一つ一つ貫かれながら。
「あ、あ、ア゛アアアア!」
悲惨な姿の○○を目にして、声が漏れてすぐに絶叫に変わった。
頭の中でぐるぐると考えがよぎる。どうしてどうして、どうして○○がこんなことをされなければいけないのか。
どうしてこんなに弱い○○がこんな酷い事をされなければならないのか。
どうして私は○○にこんなことをさせてしまったのか。疑問が頭を埋め尽くし、全身にひどい震えが走る。
瞬間的に○○を抱えて、紅魔館へと疾走する。
優雅さもカリスマも、全てを投げ捨ててただただひたすらに赤い槍となり、私は空中を飛んでいた。

「咲夜! さくや! さぐやあぁぁ!」
屋敷に入った私にできたのは、ただただ無様に声を上げて咲夜を呼ぶことだけだった。
いくら吸血鬼の力を持ったとしても、ただ傷ついている○○一人を救うことすらできない。
私はただ、咲夜が時間を止めパチュリーが治療をすることを見ているだけしかできなかった。
 自分の部屋に一人で閉じこもり椅子に座ると、心の中にざわざわと恐怖が浮かんできた。
○○があのまま死んでしまうのではないかという恐怖。
私の最愛の人であり弱い人間。だけども昨日まではそういうことは一切考えずに生きてきた。
いや、幸運にも生きてこれたと言うべきなんだろう。
針のように細い幸運に縋っていただけで、その実あまりにもあっけなくこれまでの生活は崩れ去ってしまう。
一体どうすればよかったのか、これからどうすればいいのか。
答えの出ない疑問が堂々巡りのように頭の中を埋め尽くしていた。
 「お嬢様、○○さんの容態が安定されました。」
咲夜が私に○○の治療が成功したことを伝えに来た。
すぐにでも会いに行きたくて咲夜に返事をしようとするが、口まで出かかった言葉が恐怖で蓋をされた。
怖い。○○は私を憎んでいるだろうか。私が紅魔館の当主だから○○が襲われてしまったのならば、
きっと○○は私を恨んでいるんじゃないのか。そういった気持ちが私の心をよぎる。
「○○は意識を取り戻したの。」
「いえ、パチュリー様のおかげで良くお眠りになられております。」
「…。そう、なら後にするわ。」
後ろめたい気持ちからどうしても○○に顔を合わせることができずに、会うことから逃げてしまった。
私の返事に対して、心配そうな声で咲夜が疑問を返す。
「よろしいのですか…お嬢様。」
「一人になりたいの…。分かって。」
私は歯を噛み締めて、咲夜が去っていく音を聞いていた。

 咲夜が去り、自分一人になると心の奥から後悔が襲ってきた。
今からでも○○に会いに行った方がいいのではないかという思いが沸き起こるが、
同時に自分が○○に嫌われているのではないかと思うと、怖くて踏ん切りがつかない。
会いたい、怖い、その二つの思いが頭の中を駆け巡る。
こうして何も出来ないこの時間にも○○は苦しんでいると考えると、余計に自分が惨めに感じてくる。
ふと、○○の側に居る親友のことが気になった。
 今パチェは○○の側に居て看病をしてくれている。
私にはできないことをやってくれているパチェは本当にありがたいのだが、きっと○○にとってもそうであろう。
ひょっとして○○は自分を怪我させた自分よりも、パチェの方に良い印象を持っているのでは
ないのだろうか?いくら運命を操れる能力を持っていても、恋人一人無事に守ることすらできない。
ああ、これでは駄目だ。きっと○○は私に愛想を尽かしているに違いない。
普段威張っているだけの口先だけの女、当主として偉そうなことを言っているだけのただの置物、
本当はパチェや咲夜が居ないと何もできない、ただの子供。
ああ、そうだ。咲夜もきっとこんな私が駄目でどうしようもない主人だと思っているだろう。
きっとこんな私には、大事な○○を任せてはおけないと思ったかもしれない。
○○があんなに遅れることなんて今まで無かったというのに、自分の体面だけを気にして無駄にグズグズと探すことを遅らせて、
もしあの時に直ぐに私の能力を使っていれば、あんなにも○○は苦しまなくて済んだのに!
私がのうのうとしている間にも、きっと○○は針で拷問を受けていたに違いない!
きっとそうだ!それを私は…、○○を見捨ててしまった。
 ああ、きっと○○は私を捨てて、パチェか咲夜を選ぶだろう。
嫌だ!そんなの嫌だ!でも、きっと…。私にそんな資格なんて無い…。
ああ、どうすればいいのか。こんなの私じゃない。私らしくない。ウラド・ツペシュの末裔たる私ではない。

「本当?」
どこからか声が聞こえる。
「本当に貴方はウラド公の末裔なの?本当は勝手に名乗っているだけじゃないの?
だから、きっと○○は針で刺されたのよ。串刺し公を騙る愚か者への鉄槌として。」
「うるさい!」
鏡に向かって、机の上にあった万年筆を投げつける。
大きな音をたてて鏡は砕け散り、その音で私は冷静に戻った。
いけない。こうしている位なら、どうにかして離れてしまった○○の気持ちを、私の元にもう一度戻さないといけない。
私は誇り高き吸血鬼、紅魔館の当主たるレミリア・スカーレットなのだから。
…でも、どうやって?

 どうしようか、考えても○○の気持ちを取り戻す方法が思いつかない。
焦りが募り、ますます思考がグルグルと頭の中を駆け巡る。
完全な悪循環、そして分かっていようとも、それを止めることなどできない状態。
ああ、こうしている間にも、時間はどんどんと失われていってしまう。
どうしようか、どうしようか、ひたすら口からはその言葉ばかり漏れ、そればかりを考える。
いくら考えてもどうしようもない、○○が私から去ってしまう。嫌だ、嫌だ、誰にも相談できない。
苛立ちがつのり力任せに机を殴り付ける。木目をデザインに生かした一品物の机に、
年輪に沿うかのように大きな穴が開いた。その穴を見ていると、ふとこの元凶について考えが巡った。
「そうだ…。こんな目に遭わせた奴ら、殺さないと…皆。」

一度口に出してしまえば、その考えはとても良い物に思えた。
「そうよ、そうしなきゃ…。皆、殺してしまわなきゃいけないわ。」
○○をあんな目に遭わせた奴らに復讐するために。
「そうしないと、○○は私を見捨ててしまう…○○に捨てられてしまう。」
○○に見放されないために。
「渡さない、○○は絶対に、他の誰にも…」
○○を私の元に留めておくために。
「殺す!殺す!皆まとめて皆殺しよ!!」
全ての因縁をぶつけるために。
部屋の呼び鈴を大きく鳴らすと、直ぐに咲夜が目の前にやってきた。忠実なメイドに命令を下す。
「今すぐメイド妖精部隊を纏めなさい。」
一瞬考え込んだ咲夜が私に質問をする。
「お嬢様、犯人は誰なのでしょうか。」
「誰でも関係ないわ。運命を操ってあそこら辺一体を全部焼き払って、皆殺せば死んだ奴が犯人になるのよ。」
かつての異変でも使うことのなかった程に、事象をねじ曲げてしまおうとする私を咲夜が必死に止める。
「一日…いえ、半日頂けましたら、お嬢様のお手を煩わせることなど無く、犯人を捕らえて差し上げます。」
その冷静な態度が癇に触った。八つ当たりに近い怒りが、一瞬で自分を貫いていく。
「遅いのよ!今すぐやれ!!」
「…美鈴に妖精部隊を指揮させます。私は露払いを。」
次の瞬間に、私の返答を待たずに咲夜の姿は消えていた。

 ○○を見つけた辺り一帯に赤い霧を立ち込ませた上で、
グルリと円を描くように妖精メイドで取り囲み、そこらにある物全てに火を放っていく。
家、畑、果ては只の野原にすら見境なしに、武器を持たせた妖精メイドが焼き払うか、あるいはたたき壊していく。
私の能力で因果律を歪めたため、位置座標が歪曲された亜空間となったそこに放り込まれた犯人の妖怪共を、
次々と槍で突き刺して引きちぎっていく。ああ、○○が受けたあの苦しみを万分の一でも味わうといいのだ。
私の能力に巻き込まれ、訳も分からず逃亡しようとする野良妖怪は、
妖精メイドに討ち取られていき、暗くなった地面を濡らしていった。
一帯に付けられた火が夜の幻想郷を赤々と照らす中、腰の位置よりも高くにある、
ありとあらゆる物が残らないように丹念に壊していると、咲夜が後ろに控えて声を掛けてきた。
「お嬢様、村の者が申し上げたいことがあると。」

「…許す。」
何人かの連中が平伏し、そのうちの一人が話し出す。
「お館様、恐れ多くもこの度の事件は解決したようでございますので、これ以上のことはどうか何とぞ…。」
身の程知らずにもこの私に意見しようとした者の首根っこを掴み、顔を持ち上げる。
モゴモゴと動く口を目掛けて、ガツンと一発入れておいた。
吸血鬼に比べると脆い人間の歯が砕ける感触がした。
「うるさい。」
男を仲間の方に放り投げる。
全く…、○○がもう一度あの風景を見て、トラウマで苦しんでしまわないようにしているのが分からないのだろうか?
一方、男の仲間は無事であるが、腰が抜けたのか固まったままである。
「咲夜。」
「はい。」
咲夜に命じると、ずっしりと重い袋が村人の前に現れた。
「治療費よ、取っときなさい。…まだ居るの?足りないなら、幾らでも増やしてやろうか。」
槍をグルリと回して村人の目の前に突きつけると、気絶した男を抱えて慌てて逃げていった。

 次の日に○○が意識を取り戻したと聞き、○○がいる部屋に向かうが入る勇気が出せずに、
部屋のドアの前で立ち止まってしまう。
○○に嫌われていたらどうしようか、どうにもできないのだろうか、
最早能力を使って○○の運命をねじ曲げてしまうしかないのか、
そのように考えが募ると、ドアの取っ手が恐ろしく重く感じた。
「レミィ。」
部屋の中から私に呼びかける○○の声が聞こえる。
もう二度戸聞く事ができないかと思った暖かい声、そして私が待ち望んだ声。身体に熱が灯った。
「大丈夫だから、入って。」
「○○!」
堪えきれずにドアを思いっきり開けて、ベットにいる○○の元に飛び込む。
飛び込んだ反動をベットのマットとスプリングが吸収し、○○に抱きしめられた後で、
○○が大怪我をしていたことを思い出した。
「私のこと、嫌いになった…?」
見上げる私を○○は優しく抱える。
「大丈夫だよ。どうしてそう思ったの?」
「だって、私のせいで○○があんなに酷い目にあったから…。」
○○が私をギュッと抱きしめる。
「そんなことないよ。レミィを嫌いになったりしないよ。」
「本当…?」
「本当。」
耳元で○○が囁いた。

「……それでね、それでね。犯人を殺したついでに、辺りを全部焼いていったの。○○のためにしたの。」
「あ、ありがとう…。」
○○を酷い目に遭わせた犯人共をどうやって始末したかについて、
一部始終を○○に話していると○○の言葉が少し詰まった気がした。
「むー。○○は本当にそう思っているの?」
「勿論だよ!」
よかった、○○は私に飽きていなかった。気分が良くなった私は横になっている○○の胸をよじ登る。
外の快晴のように、私の心は晴れ渡っていた。

以上で終了です。21スレ816-819に対応する作品になります。






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最終更新:2018年06月29日 20:45