恥知らずのゼッケンドルフ

-壱-

 見滝原という町は、大きく分けて三つの区分に別れている。
 東をさびれた工業地帯に任せ、南には所々草茂る閑静な住宅街と学校があり、北には高く近代的な建物が幅を効かしているのだ。
 東側など云うに及ばず、南側もちょっとした繁華街があるばかりなので、いつもぺちゃくちゃ盛んに喋っている学生などの帰り道は大抵極まっていた。
 日々北側街の、賑やかな町並みに足を運び、CDを買い、洒落た喫茶店で菓子とお茶をたしなむのである。
 折よく典型例というべき少女が帰宅途中であるようだ。
 この少女は美樹さやかと云う学生で、薄い藍色の髪を頤ほどの長さに揃えた、それなりに整った容姿をしている。
 無鉄砲でとても利発とは云えないが、気前の良く、正義感の強い娘であった。
「…………うるさい」
 そんな娘であるから、生涯別段深い哀しみを抱く事も無く、只々ありきたりな日々を送った事だろう。
 大学を卒業する頃には、幾ばくか前に病状の回復した上條恭介という男と、将来について浮き足だった話をしていたかもしれない。
 娘は耳に手を当てる。
「……うるさいって言ってんでしょ!」
 一瞬間の後には、顔の側面から肌色の蝸牛が二匹、中空に投げ出された。云うべくも無く耳である。
 至極当然の事ながら、娘にこの語りが聞こえていて、それが当たり障ったのではない。
 この不可解な行動の裏には、さっきから嗚咽混じりで喘ぐ、「後悔はないのか」「助けずに捨て置くのか」という何者かの詞が、心持ちを、文字通り目に見える形で曇らせている事が深く関連しているのであろう。
 今の娘の精彩を欠いた瞳と、吹き出した血液を拭おうともしないこの面妖さからは、想像もつかない事だろうけれど、
 決して美樹さやかの人と為りについて、筆者の訂正する可き所は────文筆の未熟な為に起こった間違い以外、ない。
ただし全ては過去である。



-弐-


 広い這入口の前には、この娘の外誰もいない。
 唯昔の黒洞々たる夜を廃する代わり、空に星(きぼう)をも見せてはくれぬ、眩い街灯が立ち並ぶばかりである。
 この集合住宅の自動扉は、流行りの新しいセキュリティを売り文句の一つにしていた。
 今となっては、全く阿呆のように、恥じらいもせず口を開けていて、防犯も糞もあったものではない。
 娘は雨やみを待つ失業者ような嫌な気分で門を抜けた。
 事実、娘の境遇と思惑からすれば、職業人間からは失格通知を受けているし、職務同然の正義の味方と云う倫理からは、もう外れてしまっている。
 いっそ殺して回って、全て無かった事にしてしまえれば、どんなに好いだろう。
 だのに娘にとって、かの尊ぶべき倫理は殆悉(ほとんどことごとく)爪先まで浸透しているもので、捨てきれるものでもない。
 かといって、最期に目の当たりにした真実に、今のバトル・ロワイヤルと云う現実を照合せしめるならば、現実に沿うようにして立ち振る舞う物騒な輩共を成敗しなければならないが、
そんなような事を続けていけば、加虐を加える下手人が、悪党共から余程厄介なセンチメンタリズムの権化とも呼べる存在に、ただとって代わると云う末路が頭をもたげる。
 そうした経緯から、八方塞がり甚だしいのだが、娘にはそれらどうにもならない事をどうにかする腹積もりは毛頭無い。
 緩やかに下る景色を眺めながら、これ以上泣き言の届かぬ場所へ旅立つ心地でこれ迄を回想する事にした。
正義に殉じた先輩。
幼馴染みへの恋慕。
親友の隠れた想い。
赤い生き写し。
 そして鏡の向こう側へ語った大いなる矛盾を、走馬灯のごとく窓の向こうへと投影してみる。
 それも身の内から沸く詞の動揺を、いたずらに強くする外ない。
 もう玄関口と己との間にさして隔たりもなくなった頃には、一つ一つがカオスを為して、ほとんど銃撃だか剣撃だかを受けているのと区別がつかなくなっていた。
 暗悔な星影だけが、虚ろな胸の中と体外の魂とを繋ぎ止めている。
 耳に滴る血を拭い、取っ手に手を掛ける、当然鍵は掛かっていない。


-参-


 「あんた誰。ここ、私の家なんだけど」
 寝室には見慣れない客が上がり込んでいた。お気に入りのランプを勝手に使って呑気に本なんぞ読んでいるから、表情も顰まってしようがない。
 冷静な目で見て、街も含めて命の掛かった鉄火場、内に誰か入っていても格別な意味は無い。
 同時に、目の前に標的が無防備にしているのに、取って喰うでもないので、きっと人を愛し、友人を大事にする、正義感の強い若者なのであろう。
 打っ附かっていく意味はこれっぽちも無い。
 しかし腹は立つ、機嫌が悪いからである。
「そういうあなたは美樹さやかさん、ですよね。
 で、何であなたの家にいるかというと、最初に気がついたらこの部屋にいたって事と、
 部屋を一つ一つ調べるのが億劫になるような建物の方が、考えを纏めるのにうってつけだからです。
 もし、迷わずここに来る人間がいるとしたら、あなたかあなたのご友人ぐらいですから」
 よく々々手の内を覗きこむと、なるほど、本の題は詳細名簿となっている。
 どうりで面が割れている事には合点がいった。
 大方安寧秩序の中で拵えられた人格では虫も殺せないと好い気になっているのであろう。
 きっとそうに違ない。
 娘はわざとらしく溜め息を吐いて、手提げ鞄を突き出した。
「じゃあこれ、あげるから出てってよ。
 別にこの部屋じゃなくても、それ、読めるでしょ」
「嫌だと言ったら、どうするんです」
 娘は黙っていた。
 黙って変身していた。
 衝突を避けようとは思ったが、青年が退かない限りは、辿るべき蜘蛛の糸すら掴めない。
「力尽くでも、という訳ですか。退きませんよ、あなたに死なれると僕は困った事になる」
「はぁ?あんた何、電波さんな訳。私が死ぬわけないじゃん。意味不明なんですけど」
「いや、あなたは死にに来た筈だ。ここなら誰も来ない。遺書を書いても他人の手には渡らない。
 それでいて思い入れのある場所というと、ここですからね」
「だからさあ、動機は?あんたの持っているのに、どれぐらい詳しく書いてあんのか知らないけど。自分の部屋に帰って来るのに、理由が必要なの」
「・・・・。まず第一に、この本に書いてあるあなたが辿った道程から考えると、こういう状況下に置かれた場合あなたがとる行動は二つに一つ。過去の事は開き直ってあの男を打ちのめしに行くか、もしくは自殺です」
「勝手に決めつけないでよ」
「じゃあ七十人もの人間を見殺しておいて、絶望する事も無く。
 正義を信じていた人間を塵のように殺した奴と、契約を交わすつもりですか?
 そんなことはあなたに出来ることじゃあない」
「そんなのはただの推測」
「それに、このゲームの主催を打倒する気があるのなら、ここに帰っては来ない筈だ。
 もし仮に、この街が本当に見滝原なのか。それを確認するつもりだったとしても、乗っていない人間に対して、ここを出ていけ、というのは不自然です」
 思った以上に利口な青年らしかった。
 「お手の筋」だとでも云いたい程適中したので歯噛みする外にない。
 こう具体的に云われると、同じ状況に置かれた中に、如何程かは生かす価値もない、外道が腐り散らかしているのだという想いが根本から込み上げてきて、胸の内が湧き返るような、、歯茎がぐらつくような心持ちがする。

 けれど、打附かって、むしゃぶり附いて、太平無事に大団円となったとして、結局魔女となってしまうフェイトに変わりはないとも思う。
 自分の為に祈ったことも言い逃れはできない。
 死人でいる事にも終わりはない。
 結果は既に極った事なのだ。
 途中下車以外に、レールを外れる術が何処にあるというのだろう。
「ステレオタイプな物言いになってしまいますが、君のやろうとしていることは無駄だ。無駄は辞めた方がいい。
 巴マミから受け継いだ意志も、上條恭介や鹿目まどかの心配も裏切って、一体どうしようっていうんです」
「あんたなんかに何が分かるってのよ!そんな、本しか読んでない癖にっ」
 声が際立って鋭くなっている。
 娘はあんまり気に障るようだから、五体満足で帰すのも惜しくなって、ジョルノを袈裟斬りに切り伏せたつもりでいた。
 さぞ苦痛に顔を歪めているだろう、気まずい罪悪感から、覚えずそちらへ目を向けていた。
 鳥の囀の声でも聞いているのでもあるまいか、と錯覚するような澄んだ微笑みだった。
 何か----特別な仔細があると見て、ぐんと後退をしてみる。
 痛覚の遮断をしていたから、普通にするより余程腰を抜かした、左肩から右脇にかけて、自分が袈裟斬りにされていた。
「僕の能力、ゴールドエクスペリエンスは生命を産み出します。
 その生命を傷付けた者は、同じ傷を負うことになる。カーペットの一部を樹木に変えた、あなたが今斬ったのはそれです」
 魔法少女でもなしに、どう工面したかは知らないが、種が割れたというのは本当だ。
 どうした事か知れたのだから、遠慮を効かせて対処すれば良い。
 力でもって目の前の青年を、えいやと投げ捨てさえすれば、全く万事整って、魔女の卵に成り果てる前に死でもって明日を憂う人々に貢献出来る。
 しかし「すれば」は結局「すれば」に終わった。
 視界が頸と胸との守りを欠いた、生き残るには不自然で、理解不能で、不完全な障壁に集中した時点で、「ジョルノ・ジョバーナを外へ追いやる」という発想は萎えてしまったのである。
もう血は残すところ僅かに、後ろ髪を濡らしている。


-肆-



「なんでよ、何で急所を守らないの。あんたも死体って事?命が大事じゃないわけ」
「いえ、僕は普通の人間です。当然首を斬られれば死ぬし、心臓を刺されれば無事ではいられない。ただ、君はいい人だからな。絶対に僕を殺さないと予想していただけです。
 実際、君はすぐに死ぬような深手を受けてはいないでしょう。それは本気で殺そうとはしてなかったという、何よりの証拠です」
 感傷でもって危害を加えてきた、下等の輩に対してさえ、気の利いた甘く優しい声と、柔らかで包み込むような眼差しを向けるその志に、堅牢だった牙城の中身も、透けて見えるようになってきた。
「やめてよ、私、全然いい人なんかじゃない。
 自分の事しか考えてない、石ころより酷い、土人形みたいなものだもん。
 恭介と付き合いたくて、それで願い事使ったんだってわかって、そんな自分が、嫌になって。そうしたら、何もかもわけ分からなくなって。
 魔女を倒すどころか、人を傷付けて、恨んで妬んで、酷いこと、言って、迷惑かけて」
 声も切れ切れになって、末の方なぞ涙声になっている。
 自分でもどうしてこんな、身の上話をしているのか、霞掛かっていて釈然としない。
 ただジョルノの目を見ていると、何故だか話さねばならないような、そんな気にさせられるのだ。

「いいかいさやか、君の良くない所は“そこ”なんだ。人は誰しも成人君主になれる訳じゃあないし、“正義の味方”の全部が全部、一切の穢れも無いなんて事はありえない。
 麻薬をばら撒くギャングから街を救った人間が、元汚職警官だったり、ちょっとした口論で教師を半殺しにする人間だったりする事だって往々にしてある」
「そういう人間を知っている僕から言わせて貰うと、君のその、“正義の味方”に対する完璧主義は実の所、無駄だ。
 自分の利益のためだけに弱者を利用することは吐き気を催す邪悪、それ自体は同意できる。しかし誰も恨まず傷付けず、自分の事を一切考えず、尚且つ苛立ちをも表に出さないというのはそれこそ人間じゃあない。
 叶わないどころか、存在しない。そんなものを追い続けても無駄だ。無駄無駄」

 ジョルノの詞が耳朶から染み渡るにつれ、自分の胸の中に眠っていた或る物が醒覚したような気が起こって、今度こそ娘の拵えた城塞は音を立てて崩落し始めた。
 出来もしない理屈で粋がって、勝手に荒廃せしめる存在と、幸せを投遣りに扱う、世間を憂うべくも無い、風邪で死ぬと叫ぶ馬鹿者とで何が違うというのか。 
 赤の他人に自身の隅々までを覗かれ、これ迄の醜態を万人に晒されたような“恥”を感じ、腕で体を抱えていなければ、とても立ってはいれないような気がして、涙を流して上気した顔を殊更に赤くしている。
 それでも、今となっては縋る所の無い、宙ぶらりんの覚悟となってしまっている小娘には、その詞を積極的に肯定するだけの勇気は無い。
「それじゃあ、それじゃあジョルノは、“正義の味方”ってどんなものだっていうのよ?どんな“覚悟”で世界を守って行ったら皆を助けられるの。棄てられずに済むの」
「“覚悟とは、犠牲の心ではない。覚悟とは、暗闇の荒野に、進むべき道を切り開くことだ”。以前、今は僕の右腕をやっている拳銃使いの仲間にそう忠告しました。
 どんな“覚悟”で“正義の味方”になったらいいのかではなく、未来を切り開こうとする“覚悟”を持っているもの、それが君の言うところの“正義の味方”に当たる行動に繋がるんです。
 そして、それが上っ面から染み出た“覚悟”でないならば、それは“真実”から出た行動です。“真実”から出た真の行動は決して滅びはしない。棄てられはしないんです」

 今時分になって、一つ、痛切に掛け違えていたのを思い知るのは、このジョルノ・ジョバーナ、尊敬と驚嘆とを洩らす事を優に飛び越え、狼狽と寒気すら覚える程の手練であった事。
 巴マミや他の魔法少女のように、実力が優れているとか、想像を絶する特殊能力があるとか云う、せせこましい事を提示しているのではない。
 唯対峙しただけで、その意思の中に包容され、支配を受けるのではないかとすら感じさせる、何者も零す事の無い器。
 ジョルノという人間に失望されることは避けたいという阿諛が生まれるのも致し方の無いことであろう。
「このジョルノ・ジョバーナには夢がある、ギャングスターになるという夢が。前ボスが消えても、ディアボロの残した負の遺産は依然として残っている。取り除かなければならない。何年掛かってでも。
 その為に、まず二度とこんな事の繰り返されないように、ここに呼び寄せたものを玉座から引き摺り下ろして、脱出する必要がある。
 しかしそれには共に支えあう仲間が必要です、信頼に足る仲間が」
 正義を謳う真の強者の掌が、宙に投げ出された掌が、名も無い小娘としてでなく、美樹さやかの腕を引いてくれようというのだと得心するのには、数秒の時間を要した。
「いいの?私、ゾンビだよ。もしこれが濁りきったら魔女になっちゃうのに、本当に」
「嫌ですか、なら仲間ではなく友達になろう、君が一歩を踏み出せないなら僕が半歩を踏み出そう」
「ううん、手伝わせて欲しい。一体何が大切で、何を守ろうとしてたのか、ジョルノといればわかる気がするしさ」
 その掌を取ったさやかはもう幻聴に悩まされることは無く、肌にはうっすらと赤みが差し、眼には力が漲っていた。
 空には明星が煌き、血も傷も流れて落ちて雫すら無し。


【B-6見滝原:さやかのマンション/1日目/深夜】
 【ジョルノ・ジョバーナ@ジョジョの奇妙な冒険】
 [状態]:健康
 [装備]:スタンド「ゴールドエクスペリエンス」
 [道具]:ランダム支給品(1~3)、基本支給品一式、刀の在りかを書いた紙(不明・不明) 
 [思考・状況]基本行動方針:主催者を打倒し、黄金のような夢を追う。
 1:さやかと情報交換しながら名簿を読み進める。
 2:速やかに基本的な方針を決め、行動に移る。
 3:父さんが、来ている・・・・?それにディアボロ、何故生きているんだ。

※参戦時期は本編終了後暫く経ってからです。

【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
 [状態]:健康、ソウルジェムの濁り48%
 [装備]:無し
 [道具]:ランダム支給品(1~3)、基本支給品一式+グリーフシード(未使用)、刀の在りかを書いた紙(不明・不明) 
 [思考・状況]基本行動方針:主催者を打倒して、自分の“覚悟”を見つける。
 1:ジョルノと情報交換。
 2:最初に会えたのがジョルノでよかった。
 3:そういえば名簿も何も見てないや。

※本編魔女化後からの参戦です。


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最終更新:2013年05月02日 16:49