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ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo




第21話 巨人の中へ



レーダー画面に映る光点の数は、着実に減っていた。見えるのは味方を示すシンボルマークを付けたものばかりで、飛行物体より出現した敵機はそのほとんどが駆逐されつつ
あるのだ。長い戦いの末ではあるが、一つの山場は越えたことになる。
空中管制機E-767の機内、コンソールとずっと向き合っていた主任管制官ゴーストアイはヘッドセットを外し、緊張をほぐすように息を吐いた。それがきっかけとなったのだろ
うか、周囲の同じ管制官や同行した整備員、コクピットにいるパイロットたちですら大きく背伸びしたり、同僚と少しばかりの会話をするようになった。未だ作戦行動中では
あるが、ほんのわずかな休息である。
時刻を確認すると、すでに午前〇時を超えていた。日付が変わっても戦争していたと言う事実にゴーストアイは苦笑いしながら、近場にいた若い整備員にコーヒーを頼む、と
声をかけた。

「濃くて熱いだ。他のみんなにも同じものを配ってやれ」
「イエッサー」

整備員は快く引き受け、早速機内に設置されているコーヒーメーカーの元に歩いていった。E-767はその名の通り旅客機のB-767を改修したものであるから、こういった居住性
に関しては普通の軍用機よりよほど快適である。
コーヒーが用意されて運ばれてくるまでの間、老練管制官は一度眼を離したディスプレイに視線を戻す。画面に映るのは地上本部所属の戦闘機、それから本局より送り込まれ
てきた空戦魔導師たち。敵編隊の殲滅にはおおむね成功したが、こちらも決して無傷とは言えない。特に戦闘機隊は、一番最初に敵機とぶつかったことから消耗が酷い。ここか
ら先は本局の増援に期待するほかないだろう。
強力な次元航行艦隊を待ってもいいが――彼の懸念は、レーダー上で一際大きな反応を見せる機影に注がれていた。突如出現した飛行物体は、相変わらずゆっくりとした速度
でどこへ行くのか予想が出来ない。ノロノロとジグザグ航行を繰り返す巨大な影に、ゴーストアイは苛立ちに近い感情すら持っていた。
おそらく、"ベルカ公国"を名乗った連中はこの飛行物体で何らかの企みを抱き、実行していようといるのだろう。だがその進路が読めない。連中は以前犯行声明をミッド全域
に放映してきたが、今回はそれもない。相手の目的が、不透明なのだ。
どうするんだ、送り込んできた戦闘機はほとんど撃墜したぞ。問いかけるようにして、飛行物体の機影を睨む。

「ゴーストアイ、どうぞ」

と、ちょうどその時、先ほどの整備員がコーヒーを持ってきてくれた。注文通り濃くて熱いものなのだろう、カップからは湯気が立ち上っている。

「リンディスペシャルってコースもありますが?」
「いや、遠慮しておこう」

若い整備員は持参した大量のスティック状の袋に入った砂糖を持ち出すが、ゴーストアイは苦笑いしつつ首を振って断った。糖分の取りすぎは禁物である。
差し出されたカップを受け取ろうとした瞬間、突然、機体が大きく揺れた。熱く苦い黒茶色の液体が入ったカップはひっくり返り、管制官の膝の上にぶちまけられてしまった。
熱、と悲鳴を上げかけながらも、ゴーストアイは外していたヘッドセットをすぐに装着する。まさか、パイロットが嫌がらせで機体を揺らしたとは考えにくい。機内の通信シス
テムに耳を傾けると、案の定コクピットから慌しい音声が飛び込んできた。

「敵襲だ、みんな捕まってろ!」

何だと、馬鹿な。
びっしょり濡れた飛行服の膝の部分を左手で払いながら、彼はレーダー画面を睨みつける。画面中央は自機、つまりE-767だが、周囲に敵機らしき機影は映っていない。だとし
たらこれはいったい。

「敵機は二機、YF-23だ。くそぅ、ステルスめ」

なるほど、そういうことか。パイロットからの通信で、ようやく事態が飲み込めた。
E-767を襲ったのはYF-23、グレイゴーストと呼ばれるステルス戦闘機だった。ひし形の主翼に傾いた尾翼が二枚だけと言う特異な形状を持つこの機体は、最強と名高いF-22ラプ
ター以上にステルス性を追い求めた。試作機時代の競争では保守的だが堅実な設計のF-22に敗北を喫したが、ここは戦場、空の上では関係のない話に過ぎない。
闇夜の中、パイロットが戦闘機のそれに比べればはるかに劣るE-767のコクピットからの視界で、文字通り幽霊の如く忍び寄ってきた敵機を見つけることが出来たのは奇跡に近
いと言えた。攻撃を喰らう前に、彼らはエンジン・スロットルレバーを叩き込み、速度を上げて離脱を図る。
二つのCF6ターボファンエンジンが唸り声を上げて、旅客機改造の電子戦機は逃げを打った――その後方を、楽々とした様子でYF-23が追いすがる。元が旅客機なのだ、戦闘機
を相手にして振り切れる訳がない。
それでも、巨大な翼を翻してE-767は必死に逃げようとする。滅多にやらない急旋回、機内の管制官や整備員たちは慣れないGに晒されながらも、パイロットの操縦に身を委ね
るしかなかった。
ビリビリと揺れる機体に、金属ハンマーで叩かれたような衝撃が走る。夜空を切り裂く赤い曳光弾が、E-767の左主翼を叩きのめしていた。二機のYF-23は、ミサイルではなく
機関砲で狙ってきたことになる。

「くそ、なぶり殺しか」

コンソールに掴まりながらゴーストアイは悪態を吐くが、それで状況が変わるはずもない。左翼に被弾した機体は旋回速度を保てず、ゆっくりと速度を落としていく。パイロ
ットたちは安定と回避に全力を尽くそうとしていたが、コクピットで鳴り響く警報と計器を染める赤ランプは止まる様子がない。
これはいよいよ駄目か。乗員たちが半ば諦めかけていたその時、小窓からわずかばかり見える夜空で、赤い大きな花が咲き乱れた――爆炎?

「おい、何だアレ!」

管制官の一人が、別の小窓から外を覗き、声を上げていた。レーダー画面を見れば、機体の周囲を味方を示す光点が一つ、何かと激しく絡み合うようにして動き回っている。
ドンッと、機内に軽い衝撃があった。また被弾したのかと誰もが思ったが、パイロットははっきり「違う」と言ってきた。では何だ。

「敵を撃墜した。ゴーストアイ、無事か?」

答えは、ヘッドセットに飛び込んできた通信によって語られた。低い男の声が、電波ではなく念話で送られてくる。
左翼をズタズタにされながらも飛び続けるE-767の真横を、青白い閃光が駆け抜けていく。光の中にいるのは、明らかに強靭な肉体と見て分かる屈強そうな男。

「お前は……ザフィーラと言ったか? 元機動六課、ロングアーチの守護獣」
「その通りだ」

なるほどな、とゴーストアイは小窓の向こうにいる男に向けて、笑みを見せた。元機動六課の一人である盾の守護獣、ザフィーラが援護に駆けつけてくれたのだ。

「援護感謝する。一人なのか?」
「いや、あと二人――っ、ゴーストアイ、退避しろ!」

会話を打ち切って、電子戦機と併走していた男が離れていく。問いかけるまでもない、性懲りもなくE-767を狙った別のYF-23が現れたのだ。その数、四機。
先に攻撃して失敗した仲間の行動を見ていたのか、今度の連中は機関砲でいたぶるような真似は見せない。ウエポン・ベイ内部に抱えていた正真正銘の質量兵器、ミサイルを
持ってまっすぐ、ゴーストアイ機を狙いにかかる――その正面に立ち塞がる、盾の守護獣。人間体であっても、"盾"の名は決して色褪せない。
四機の敵機は構わず、ミサイルを放った。機体から切り離された炎と鉄の矢はロケットモーター点火、まっすぐ獲物へと飛び掛る。
E-767のエンジン部、そこから発せられる熱に伴う赤外線は、ミサイルからしてみれば美味そうな匂いも同然だ。飢えた鋼鉄の獣は加速し、餌へ喰らいつこうとする――寸前、
行く手を阻む青白い光の壁が発生。回避など出来るはずもなく、頭からザフィーラの発生させた防御魔法に突っ込む羽目になったミサイル群は、片っ端から自滅を余儀なくさ
れた。夜の闇が、爆発の炎で一瞬昼間のように明るく照らされる。
YF-23の編隊は、それならと言わんばかりに四機揃って旋回に入った。いくら盾の守護獣、魔法と言えど四方から同時に攻撃を受ければ防ぎきれまい。
幽霊たちが各々位置に着いた瞬間、夜の空から突然雨が降り始めた。ただの雨ではない、高速大威力を誇る魔力弾の雨。綺麗にE-767の周囲にのみ降り注いだ破壊の力は、敵機
たちをみんな一瞬で鉄屑に変えていく。

「ライトニング1、遅れてごめんなさい。戦線到着です」
「ロングアーチよりゴーストアイ、お久しぶりやな」
「この美声の持ち主は――ハラオウン執務官にチビ狸の八神二佐か」

誰がチビ狸やーっと拳を振り上げながら、E-767の元に舞い降りてくる影と、それを「まあまあ、はやて」となだめる影が合計二つ。それぞれバリアジャケット、騎士甲冑で戦
闘態勢のフェイト・T・ハラオウン、八神はやてだった。元機動六課の主要メンバーまでもが増援に来てくれたのだ。

「ザフィーラ、ごめんな。一人で先行させてしもうて」
「心配は無用です。しかし、ゴーストアイの方が――」

ゴーストアイへの怒りもほどほどに、はやては先行して彼らの援護に入ったザフィーラに声をかける。主の言葉に礼儀正しく返答する守護獣は、しかし顔色が思わしくない。
それもそのはずだ。空中管制機は現代の航空戦にはなくてはならない重要な情報収集を担うが、そのE-767は左翼をだいぶ痛めつけられてしまった。基地に帰還するまでは持つ
にせよ、これ以上の作戦行動は難しいだろう。
だけども、それを聞いたはやてはニッコリ笑って「大丈夫」と言ってきた。

「ちゃんと予備の空中管制機を連れて来たで。ホラ」
「こちらスカイアイ、遅れてすまない。ゴーストアイ、管制を引き継ごう」

夜空の奥から、巨大な翼が姿を現す。ゴーストアイのE-767とは別のE-767、コールサイン"スカイアイ"だった。

「ここは私たちに任せてください。ゴーストアイは、戻って修理と補給を。ザフィーラ、彼らのエスコートを」
「心得た」
「ありがたい、そうさせてもらおう――スカイアイ、頼む」
「了解、無事でな」

フェイトに促されるまま、ザフィーラに付き添われたゴーストアイ機は、ボロボロの翼を労わるようにしてゆったりと帰路に着く。途中ですれ違ったスカイアイとは知り合い同
士なのか、主翼を振って別れの挨拶を交わしていた。
――ふと、ゴーストアイは自分のコンソールの近くで尻餅を着いたまま動けないでいる者も見出した。コーヒーを持ってきてくれた、あの若い整備員だ。戦闘に巻き込まれた
のは初めてなのか、ブルブル震えている。
老練管制官はそんな彼を見てフ、と笑い、手を伸ばす。差し出された手を見て、整備員は慌てて「じ、自分で立てます」と宣言通りに自力で立ち上がった。とは言え、足はま
だ震えていたのだが。そんな新兵の肩を、「しっかりしろよ」と優しく叩く。

「こうなったからには、引く訳にもいかんだろう。驚いていても始まらない――コーヒーは?」

さっきは飲み損ねたからな、と。びしょ濡れの膝を指差しながら、ゴーストアイは笑ってみせた。



全回復、とはいかないが。食事も取ったし、仮眠も取った。機体の方も、弾薬も燃料もたっぷり補給してきた。F110エンジンの鼓動は機嫌上々、短い時間で整備点検を終わら
せた整備員たちには本当に頭が下がる思いだ。
整備と補給を終えたメビウス1は、愛機F-2を駆って再び戦場の空へと舞い戻ってきた。後方に付き従う僚機、ティアナの駆るF-15ACTIVEも同様だ。
AWACSからデータリンクシステムを通じて送られてくる情報によれば、すでに敵戦闘機はほとんどが撃墜されており、脅威となるものは存在しないらしい。ゴーストアイがステ
ルス機による奇襲を受けたが、何とか無事に基地へと戻り、別のE-767が管制を引き継いでいる。

「ひとまずは第一関門突破、ってとこですか」
「そのようだな。シグナムたちが後退したのはちょっと痛いが……」

ティアナの声に反応しながら、メビウス1はレーダー上に映る友軍の残存兵力を確認する。敵のエース部隊とぶつかったらしいシグナム、ヴィータの本局からの増援第一波、そ
れに地上本部戦闘機隊のアヴァランチ、スカイキッド、ウィンドホバーはいずれも損耗激しく、後退を余儀なくされた。特にウィンドホバーは脱出には成功したものの機体を失
ってしまった故、この戦いで再び戦列に加わるのは絶望的だろう。他の連中も、間に合うかどうか。
とは言え、残るは奴だけだからな――"リボン付き"の眼が、サブディスプレイに映し出されたAWACSのレーダー情報に向けられる。味方の戦闘機や空戦魔導師と比べ、一際大き
な存在。コイツが元凶であり、いわゆる"ラスボス"と言ったところだろう。
飛行物体の詳細は、まだ分かっていない。速度はゆっくり、進路もジグザグで何が目的かも不明、犯行声明も無し。ただ分かっているのは、偵察機が撃墜される直前に撮影した
映像によれば、過去にメビウス1の世界で使用された重巡航管制機に酷似しているという。
だったら撃墜も不可能じゃないな、と考えたところで彼は酸素マスクの内側で苦笑い。俺が落とした訳じゃないのに、何言ってんだ。
それでも、あの手の類の飛行要塞は過去に二度撃墜されている。一つはユージア大陸で巻き起こった軍部の一斉クーデターの際、一人の傭兵によって。もう一つは――これは
噂の類をほとんど出ていない。ユージア大陸に戻った時に見た、オーシア連邦発の特別番組によれば、だ――ベルカ戦争終戦直後において。過去に事例があるなら、やって出来
ないことは、ないはずだ。

「AWACS here call sign is "Sky eye"」

と、ちょうどその時通信機にAWACSからの音声が飛び込む。こちら空中管制機スカイアイ、と――待て、"スカイアイ"だって?
思わず、メビウス1は我が耳を疑った。顔は見えないが、声色がユージア大陸の、ISAF空軍の空中管制機"スカイアイ"とそっくりだった。本人でさえ自分が喋っているのではな
いかと疑うだろう。
まぁ世界は広いのだから、声色が酷似した人間だって存在してもおかしくない。無理やり自分を納得させた直後に、再びスカイアイからの通信。

「飛行物体より出撃した敵戦闘機はほぼ撃墜。これより我々は、飛行物体そのものへの攻撃に移る――」

いよいよか。メビウス1は、振り返って僚機に視線を向ける。F-15ACTIVEのコクピットでは、ティアナが「行けますよ」と握り拳を見せていた。
酸素マスクの内側で上唇をぺろりと舐めて、ウエポン・システムに手を伸ばす。スイッチの群れの中で指が踊れば、ディスプレイの一つに、機体の搭載兵装の状況図が浮かび上
がった。中距離空対空ミサイルのAAM-4が四発、短距離空対空ミサイルのAAM-3が四発。機関砲が五一二発。空対空兵装のフル装備。
レーダーに眼をやると、友軍が続々と集結しつつあった。自分たちと同じく補給を終えて戻ってきた戦闘機隊、それに本局からの空戦魔導師の増援が加わる。その中に、見覚え
のあるコールサインがあった。

「八神にハラオウン。来てたのか」

愛機の傍らを、魔力光に包まれた二人の少女が飛び抜けていく。はやてにフェイト、旧機動六課の隊長陣のうち二人だ。

「遅れてごめんなー。増援部隊の編成に、ちょっと手間取ってしもうて……」
「これから遅れを取り戻しますよ」

何であれ、増援が加わったのはありがたい。戦友たちの加勢に気をよくしながら、愛機をそそくさと攻撃位置に着かせる。
目標、敵の巨大飛行物体。集結した鋼鉄、魔法、異なる翼を持つ者たちは共通の敵に向けて、各々が持つ武器を一斉に構えた。
メビウス1もマスターアームスイッチをオン、中距離空対空ミサイルを選択。獲物はデカイ。レーダーは簡単に対象を捉え、ロックオンする。外れるようなことは、決してな
いはずだ。
電子音が鳴り響くコクピットの中で、彼はちらりとコールサイン"ロングアーチ"、はやての方を見た。魔導師隊の指揮権は彼女が持っており、攻撃のタイミングはその指示に
かかっていた。バラバラに攻撃するよりは、戦闘機と併せて一斉に撃った方がダメージも大きいだろう。
撃ち方、始め――闇夜が覆う空の上で、シュベルトクロイツが振り下ろされた。直後、戦闘機と魔導師がほとんど同じタイミングで牙を剥く。
フォックス3、と開きっぱなしにしていた通信回線に、友軍機からミサイル発射のコールが次々と飛び込んできた。自分の声もそれに混じって、ミサイルの発射スイッチを押
す。機械音が鳴り響き、AAM-4を一発切り離した機体はわずかに軽くなった。
発射母機より切り離されたAAM-4は、わずかに高度を落とした後に尾部のロケットモーターを点火。魔力推進の証である白い航跡を引きながら、前へと突進する――同様に放た
れたミサイルの群れの中に加わり、メビウス1はどれが自分の発射したものなのか目視では分からなくなった。
夜空を彩る白い尾の大群、その傍らを鮮やかな魔力弾の群れが同じ方向目掛けて突っ込んでいく。兵器と魔法、色は異なるが込められた力の意味は、どちらも同じだった。
視界の中からミサイルと魔力弾が消えたところで、レーダーに眼をやる。放たれた矢は、ディスプレイ上では順調に一際大きな光点、目標たる飛行物体に向かっていた。
顔を前に戻したところで、闇の向こうにかすかな光の連鎖が巻き起こった。見間違えるはずがない、あれは着弾の爆炎だ。目標にミサイルと魔力弾の群れが命中した。

「――おかしいな」

確かに、この眼で命中を目撃した。だけども歴戦のエースは、直感的な違和感を感じた。放った攻撃が、ことごとく無力化されているような気がした。根拠などなかったが、空
中管制機からの通信が皮肉にも彼の予感が現実であることを裏付けた。

「目標――駄目だ。速度、姿勢、共に変化無し。何故だ、着弾前にミサイルも魔力弾も自爆しているぞ」
「何やて?」

スカイアイの放った言葉に、はやてだけでなくその場の者全員が怪訝な表情を浮かべた。目標ははるか向こう視界外であるが、強力なレーダーを持つE-767が確認したところに
よれば、放たれた攻撃は全て直前で防がれているらしい。
ならば再度攻撃を、と多くの者が声を上げたところで、それに待ったをかける者がいた。フェイト、それからティアナの二人だ。

「待ってください。この現象、以前にも同様のものが確認されています」
「ほら、メビウスさん。覚えてませんか? 前に、スカリエッティの機体と戦った時の」

スカリエッティの機体――僚機の声を聞いて、メビウス1はあっと気付く。記憶を掘り起こせば、確かに似たようなものがあった。

「ECM防御システムか」
「そう、それです。飛行物体は、おそらく同じものを装備している可能性があります――スカイアイ、データ転送を」

なるほど、あり得る話ではあった。ECM防御システム、かつてJS事変においてスカリエッティが自機に搭載した強固な盾。機体の周囲に強力な電磁波を纏って、ミサイルはもち
ろん機関砲弾でさえ軌道を捻じ曲げてしまう代物だ。もちろん、魔力弾も同様に。
機体側に膨大な発電力を要求するので以後、仮想空間におけるF-22を除けば搭載機は現実には現れなかったが、相手の飛行物体は通常の航空機では考えられない巨大さを誇る。
そんな代物を飛ばせるほどの出力を持っているとなれば、ECM防御システムに必要な電力も容易に供給出来るのだろう。
案の定、フェイトが観測魔法で敵影を捉えた状況図によれば、機体の周囲を強力な電磁波が覆っていることが確認された。生身の人間が近付けば、それだけで焼き殺してしまい
そうなほどの高出力だった。バリアジャケット装備の魔導師でも、近付くのは困難極まりない。

「けど、相変わらず正面は弱点なんやね」

空中で魔力式のディスプレイを開いていたはやての指摘通り、巨大な黒い翼も正面だけは電磁波の出力が周囲のそれほどには及ばない。後付けの装備として急ぎすぎたのか、答
えは定かではないが欠陥を改善するには至っていない。
とは言え、相手もそれは承知のことだろう。対空砲火なり何なり、妨害手段を用意しているはず。決して一筋縄ではいくまい。
さてどうしたものか――敵を前に、思わぬところで足止めを食らった彼ら彼女らの耳に、スカイアイの悲鳴じみた報告が飛び込むのはその時である。

「――っ、各機聞け! 敵飛行物体の動向に変化あり、増速……!?」

他と同様に慌てて、メビウス1は視線を下げた。AWACSが捉えたレーダー情報を投影するサブディスプレイ、そこに映る大きな光点が、それまでゆったりとした速度を急に上げ
始めていた。さらに、巨体に似合わぬ素早い旋回で方向すらも変えつつあった。進む先は――

「この野郎、首都に進路を向けているぞ」
「スカイアイ、敵機のクラナガンへの予想到達時間は!?」
「現在の速度なら……およそ一五分。いや待て、最初の人口密集地到達までは五分、陸地上空までは三分もない!」

くそったれ、そういう魂胆か! 酸素マスクとヘルメットの内側で、リボン付きは表情を大きく歪ませた。
敵は、これまで適当にジグザグ航行を行っていた訳ではない。意図を悟られぬようゆっくりと、だが着実にミッドチルダ大陸に近付いていたのだ。それを見抜けなかった落ち
度は、もはや取り返しのつかないところにさえ来ている。首都には、クラナガンには、彼女が――なのはが、いると言うのに。

「……仕方ありません。正面に回りこんで、突っ込みましょう」
「ランスター、おい」

思わぬところから提案が上がり、はっとなって振り返る。F-15ACTIVE、ティアナ機からの通信だった。

「対空砲火があろうがなかろうが、今はそれしかありません。電磁波がキツイんじゃ魔導師でも危ないし……」
「それは、そうだけど」

フェイトは、心配するような眼で本来なら自身を補佐する少女を見つめた。
彼女の言わんとすることは、概ね分かる。要するに、魔導師隊は援護に回ってもらい、戦闘機隊は正面から突っ込む。全機で突撃すれば密集編隊が過ぎて回避機動が取れないか
ら、選ばれた少数機で行く。そのメンバーには、もちろん自分が含まれている。危険な行為を、自ら行おうというのだ。
しかし、ティアナの声はさもあらん、それがどうしたとでも言わんばかりだった。

「時間がないんでしょう? だったら選択肢は他にないはずです」

凄いな、コイツ――メビウス1は、苦笑いするしかなかった。
もう、凡人とは誰も呼べまい。ビビッてから何をするか、どう動くかがエースの条件だが、彼女はビビりすらしないのだ。



作戦は時間がないこともあって、極めて単純なものとなった。
五機の戦闘機が飛行物体の正面に回りこみ、脇目も振らずに突っ込む。至近距離に到達するなり、抱えたミサイルを全弾叩き込んで離脱する。メンバーはメビウス1及び2、さ
らにコールサイン"グール"を名乗るF/A-18Cホーネットの三機編隊からなる。魔導師隊及び残存する戦闘機隊は、持てる火力全てを持って彼らを援護する。
愛機F-15ACTIVEのコクピットで、ティアナはまっすぐ正面を見据えていた。怖くない、と言えば嘘かもしれないが、それ以上に胸のうちで滾る炎が少女を突き動かしていた。

「――ランスター、あまり気負いすぎるなよ」

高速で敵の正面に回り込もうとする最中、一番機からの通信。どうやら気遣ってくれているらしい。ご心配なく、と彼女は気軽そうな声で答えた。
そうだ、あたしは彼の二番機だ。気遣うことはあれど、気遣われるようなことはない。
何より、ティアナは先ほどから妙な気分だった。いくら大きかろうがレーダー上では一つの光点に過ぎない飛行物体から、まるで誘いの声が聞こえてくるようで。思い過ごし
だと切り捨てるのは簡単だったが、あえて彼女はそれに乗った。虎穴に入らずんばなんとやら、か。
夜の闇の上で翼を翻し、五つの鋼鉄の翼はまだ見えぬ敵機の正面へと躍り出た。その背後を、少し遅れて戦闘機と魔導師たちの合同編隊ががっちりバックアップする。

「ロングアーチより突入部隊、いつでもええよ」

戦闘機隊側は個々の編隊長はいれど、指揮官は不在と言うことで合同編隊の指揮は、はやてが魔導師隊と兼任することとなった。指揮下部隊が配置に就いたことを確認した彼
女は、GOサインを送る。
ティアナは、自身の編隊長機を見た。キャノピー越しに視認したF-2は、わずかに沈黙した後、口を開く。

「――よし、行くぞ。各機、全速だ。突っ込め!」

ほら来た――エンジン・スロットルレバーを握っていた左手を、一番奥へと叩き込む。推力偏向ノズルを装備していたF100エンジンは咆哮を上げ、命の糧たる燃料を盛大に燃
やし始める。膨大な燃料消費と引き換えに、姿を現すのは赤いジェットの炎。アフターバーナー、ティアナ機を含む突入部隊は全機が一斉に猛然と加速する。HUDに表示される
速度計の数値が、跳ね上がった。ビリビリと背中に愛機の心臓の鼓動を感じながら、彼女はひたすらに前を目指す。白い音の壁を突き破って、文字通りの音速突破。
飛行物体とは正対していたため、距離はあっという間に縮まっていった。視認距離に突入、暗い夜空であっても目標はよく見えた。
――否、見えて当然なのだ。ティアナは、己が瞳に映った敵影を見て固唾を呑んだ。デカイ。黒い翼を横いっぱいに伸ばし、突撃する我らを待ち構える巨人。いつか見た"聖王
のゆりかご"ほどではないにせよ、コイツだって航空機としては充分規格外の大きさだった。
そして、思考を掻き乱すのは甲高い警報。計器にセットしていた相棒、クロスミラージュから警告が飛ぶ。ロックオンされていると。

「……!」

ハッと顔を正面に上げて、眼に見えた光景がパイロットから言葉を奪う。巨大飛行物体、黒い翼は背面から白い煙を何本も上げて、彼女たちを迎え撃とうとしていた。夜空いっ
ぱいに広がるアレは、迎撃用の対空ミサイルだ。
ドンドンドン、と空を覆っていた炎と鉄の矢が、目標を前にして炸裂する。暗闇を吹き飛ばさんばかりに咲き乱れる爆炎の花は、敵の放ったミサイルが途中で撃ち落されたこ
とを証明していた。魔導師たちの援護射撃が、迫るミサイル群を迎撃してくれているのだ。
さらにティアナは、背後より別の白煙が数本伸びて来ることに気付いた。攻撃、ではない。敵の注意を少しでも逸らそうと、戦闘機隊がミサイルを放っている。いずれも敵機
の纏う電磁の鎧はそれらを寄せ付けなかったが、巨人の背面より発射されるミサイルの数は減っていた。少なくなったミサイル群は魔導師たちによってさらに迎撃され、決し
て突入部隊に降り注ぐようなことはない。
行ける。巨人の懐に飛び込むのは、そう難しいことではない。
確信しかけたところで、突如、ガクンッと機体を蹴飛ばされたような衝撃があった。悲鳴も上げず、少女の指は即座に計器に伸びていた。ダメージチェック、異常無し。
何よ今の、と言いかけて答えはすぐに見つかった。キャノピーのすぐ脇を、ドスンドスンッと黒々としたガン・スモークが染め上げていた。ミサイルでは埒が明かないと判断
した敵は、高射砲で狙い撃って来たのだ。

「このっ」

ラダーペダルを交互に踏みつけ、操縦桿を左右に揺さぶる。ジンキング、ティアナは機体にあえて不安定な機動を取らせ、敵の照準を狂わせようと企んだ。効果があったか定
かではないが、周囲を流れる対空砲火は一発たりとも少女の駆る荒鷲に掠りもしない。それでもガタガタと落ち着きなく揺れるコクピットの中、彼女は何とか一番機に目をや
った。メビウス1のF-2は、あえてまっすぐ微動だにせず突き進んでいた。F-15ACTIVEよりも小さな正面投影面積を持つのだから、闇雲に動くよりはまっすぐ飛んだ方が安全と
判断したのかもしれない。
ドンッとその時、背後で衝撃。キャノピーの正面に設置したバックミラーに、赤い血のような炎がチラッと見えた。

「グール3が喰われた!」

通信機に飛び込んできたグール編隊の声を聞き、ようやく状況を理解した。突入部隊のうち一機、グール3が運悪く高射砲の直撃を喰らったのだ。真正面から一撃を浴びた彼
のF/A-18Cは機首とコクピットをグシャグシャに粉砕され、燃えながら高度を落としていく。

「ティアナ、前だけ見てろっ」

思わず振り返ろうとした彼女の動きを、通信機が発した編隊長の声が制する。

「振り返るのは後だ。でないと自分がやられる」

メビウス1の言葉は、もっともだった。断腸の思いで前へと視線を戻し、彼女は回避と前進に全力を尽くす。その間にもグール編隊の二番機が被弾し、離脱を余儀なくされて
いた。残ったのはこれで三機。
正対する黒い翼は、もうとっくにミサイルの射程に入っている。だが、まだ撃てない。あれだけの巨体となれば、防御力だって生半端なものではない。ぎりぎりまで引きつけ
て至近距離で全弾を叩き込まねば、有効打は期待出来まい。しかし、周囲で炸裂する高射砲弾の雨は恐怖と焦りを煽る。
バッと、グール編隊の一番機が翼を翻した。とうとう我慢出来なくなったのか、離脱するような姿勢を見せる――違う。F/A-18Cは主翼を振って、編隊の後方に位置する。その
背後には、魔導師たちが撃ち漏らしたと思しきミサイルが。

「お前らにだけイイ格好はさせんさ」

通信機に飛び込んだ言葉は、そのままグールリーダー最後の声となった。赤外線誘導のミサイルに自ら自分のエンジンを曝け出したF/A-18Cは、直撃を受けて後部胴体を丸ごと
食い千切られた。衝撃、そして続く爆発の炎は難を逃れた前部胴体も飲み込んだ。無論、パイロットの脱出は確認出来ぬまま。
くそ、と少女らしからぬ悪態をティアナは吐いた。アヴァロンダムの再現じゃあるまいし。これで、突入部隊は自分とメビウス1の二機だけになった。
次の瞬間、酸素マスクの内側で悲鳴が上がった。口に出してから、彼女はそれが自分のものであることに気付く。闇夜を駆け抜ける二機の鋼鉄の翼、その一番機のすぐ傍で高射
砲弾が炸裂。爆炎と衝撃、それに乗った破片が容赦なくメビウス1に襲い掛かってきた。間近で生み出された破壊の力は、彼の愛機から垂直尾翼をもぎ取った。

「メビウスさん!?」
「止まるな、いけぇ!」

被弾し、速度を落としたF-2からは、しかし進めと命令が下る。あっという間に、彼の機体は視界の外へと放り出されていった。
やられた、メビウス1が。編隊長が、一番機が――ティアナは、歯を食いしばって前を睨む。
駆り立てるのは闘志か憎悪か。主の意図を察したクロスミラージュは、火器管制の安全装置を全て解除した。同調するように、ミサイルの発射スイッチに少女の指が乗せられる。
巨人、黒い翼はすでに視界いっぱいだった。あと少し、あともう少し接近して。甲高い高音、死神の笑い声がその思考を掻き乱す。
振り返った時は、もう遅かった。グールリーダーが文字通りその身を盾として防いだミサイルが、さらに一発迫っていた。伸びる白煙が、彼女には死神の手にも思えた。フレア
散布は、間に合わない。
突如、ミサイルが獲物であるF-15ACTIVEを前にして爆発。黒煙を突き破って、何かが現れた。あの金の閃光には、見覚えがある。

「ティアナ、行って」

フェイトさん、とティアナはその閃光を宿す人の名を叫んだ。光と同じ色をした金の髪を揺らし、荒鷲の背後に立った彼女は剣を構えて、さらに迫った炎と鉄の矢を斬り伏せた。
頼むよ。こんな状況下であっても、フェイトの顔には笑みがあった。
F-15ACTIVEのコクピットで、操縦桿を握る少女は正面に向き直る。敵機はもう目の前、ひょっとしたら今ミサイルを撃てば自分も爆風に巻き込まれるかもしれない。そのくらい
の至近距離。逆を言えば、どうあっても外れない、何かしらのダメージは与えられるはず。
躊躇は無かった。ミサイルの発射スイッチを連打すれば、自分よりも何倍も大きい獲物に向かって、荒鷲が爪を突き立てた。
胴体下に抱えていたAIM-120AMRAAMも、主翼下に抱えていたAIM-9サイドワインダーも、主翼の付け根に息を潜めていたM61A1二〇ミリ機関砲も。持てる限りの全弾全火力を持っ
て、F-15ACTIVEは巨人に渾身の一撃を叩き込んだ。着弾したミサイルが黒い装甲を叩き割り、機関砲弾が剥き出しになった内部構造を毎秒一〇〇発の猛打撃となって叩く、叩
く、叩く。
クンッとわずかに、ティアナは操縦桿を引いた。さすがに体当たりまでやる真似はしたくない。主の操縦に従った荒鷲は攻撃を中止し、機首を跳ね上げる。
ひょっとすれば、腹を擦ったかもしれない。それほどまでのギリギリの距離で、F-15ACTIVEは飛行物体とすれ違い、そのまま上昇。チャフとフレアを大量にばら撒きながら離脱。
上から押さえつけられるようなGの最中で、ティアナは何とか振り返る。目標に叩き込んだ一撃は、果たして有効打となり得ただろうか。

「――駄目だわ、効いてない!」

力任せに、機内に拳を叩きつけた。腹のうちから込み上がった悔しさは、それでも収まらない。
眼下に浮かぶ黒い翼は被弾し、確かに黒煙を上げていた。だが、速度はまったく落ちていない。高度も変わらず、方位も変針する様子は無い。確かにそれなりの痛手ではあった
に違いないが、この巨人を沈めるにはまだもう一撃加える必要があるのだ。
しかしどうする。ウエポン・システムが表示する残弾を見るが、彼女の表情は浮かない。ミサイルは全弾撃ち尽くし、機関砲も残り五〇発と少し。M61A1、俗に言うバルカン砲
は発射速度は毎分六〇〇〇発と脅威の数値を叩き出すが、それゆえに一度引き金を引けばたった一秒で一〇〇発も撃ってしまう。つまり、今ティアナが〇.五秒も引き金を引
けば、F-15ACTIVEは戦闘機としての意義を失ってしまう。そうでなくとも、機関砲のみでこの巨大な翼を撃墜できるとは思えなかった。
苦々しい表情を隠しない少女はふと、敵機に奇妙な違和感を見出す。中央、おそらくは艦載機を格納するスペースと思われる部分が、開いている――?

「どういうつもりよ……」

疑問を口に出してはみたが、おおむね彼女は、巨人の行動が意味するところを理解していた。

――こっちに来い。

――君を、我が内に招き入れよう。

――さぁ来るんだ、ティアナ・ランスター。

――歓迎しよう、盛大にな。


「……スカイアイ、聞こえますか?」

まるで導かれるように。少女を乗せた鋼鉄の荒鷲は、ゆっくりと旋回し、開かれた巨人の内側へと進む。

「こちらメビウス2。これより本機は、敵機内部へ突入を試みます――場合によっては機体を放棄するので、回収よろしく」
「スカイアイよりメビウス2――待て、なんと言った。よせ、危険すぎる。やめ……」

通信システム、シャットダウン。これでもう、誰の声も届かない。
開かれた格納スペースでは、それこそ招かれた客を迎えるように、妙な形をしたアームが一本突き出ていた。おそらく、あれで着艦させるのだろう。艦載機でなくとも、戦闘
機を運用可能な訳だ。
不安は、無論あった。これより先は、敵地。自分は、そこに一人で乗り込むことになる。
だけど、こいつを止めるにはもう、それしか思いつかない。
決死の覚悟で、ティアナは巨人の中へと進入を果たす。



黒い翼の中はどちらかと言うと、艦にでも乗っているかのような錯覚を覚えさせた。まさしく空中空母だ。
すでに搭載していた戦闘機は全て出撃させたのか、格納庫の中は寂しいほどにガランとしていた。誰一人として、歓迎に現れる様子もない。
招いたのはそっちでしょうに――相手の無愛想な態度に気を悪くしながら、ティアナはF-15ACTIVEのキャノピーを開いた。計器にセットしていたクロスミラージュを抜き取り、
警戒しながらコクピットより飛び降りる。

「クロスミラージュ」
<<OK――Set up>>

即座にセットアップ、飛行服は消えて失せ、代わりに姿を見せたのは白を基調にしたバリアジャケット。耐Gスーツよりもはるかに薄着に見えるが、これでも防御力は大きく向
上している。何より、身軽に越したことはない。
相棒、クロスミラージュも姿を変えていた。待機モードであるカード型から、ガンマンよろしく拳銃型へ。武器を手にした彼女は周囲に眼をやって、扉を一つ見つけた。銃口を
前に突き出しゆっくりと近付く。自動ドアかと思っていたが、開かない。
銃撃で扉を破壊するのは簡単だが――出来れば、魔力は温存したい。

「開け、胡麻」

もちろん、自分でも馬鹿馬鹿しいとは思っていた。それで扉が開こうものなら、苦労はしない。ブシュッと機械音を鳴らして、扉が本当に開くまでは。
――人間を馬鹿にしてるでしょ、このセキュリティ。
呆気に取られながら、扉を抜けた。銃口を突き出し、ティアナは奥へと歩みを進めていった。
もちろん彼女は知るよしもない――艦内各部に設置された監視カメラが、自分の姿をずっと捉えていることなど。








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最終更新:2010年09月18日 21:16