Yazan@wiki

ヤザン−ユウ 021-030

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■第二十一章




07が、動いた。
右手に持ったヒート剣を即座に捨て、鞭状の得物を左腕の辺りから抜き出す。
07の持つ、特徴的な兵器の筆頭にいつも挙げられる『ヒートロッド』だ。
07が間髪を入れずにそのまま右腕に持つ『ヒートロッド』をブルーに向かって抜き打ちに叩き付けた。
俺の目はその動きを感知はしたが、俺のスティックを握る腕とフットペダルを踏む足の動作が一瞬、遅れる。
辛うじてブルーの胴体への直撃は免れたが、ビームサーベルを持った右腕にそれが蛇の様に絡み付く。

「来るぞ!耐えろよ、マリオンっ!」

激しい震動が機体を襲った。
ブルーの右腕に巻き付いたヒートロッドを介して、高圧電流が機体全体を駆け巡る。
この当時の連邦系の機体では誤動作を起こしかねない程の電圧に、ブルーは耐え切った。
MSの電装系や駆動系、推進系統の回路には異常は見られない。
ダメージの許容範囲内だ。
…パイロットである、『俺』の体を除けば。

『ヤザンさん?!ヤザンさんっ!?どうしたのっ?!…何か言ってっ!!』

俺は痛みに耐えるために奥歯を噛み砕く寸前まで歯を食い縛っていた。
機体は持つが、もともとMS破壊用にまで高められた電圧に、生身の体が持とう筈が無い。
コックピット周りに幾ら厚い防御が想定されて居るとは云え、限度は存在する。
俺はハンブラビの『海蛇』を喰らった敵のパイロットの心境を、幸か不幸か、
嫌と言うほど味わう破目になってしまった訳だ。

「…舐めた真似をするっ!ジオンの07っ!」

発光しなくなった右腕のビームサーベルを保持させたまま、俺は07に向かってブルーの胸部バルカンを数発、叩き込んだ。
07が左腕に装備したシールドでそれを防御する。
シールドで07のモノアイが隠れた瞬間に、俺はブルーの左腕にもう一本のビームサーベルを握らせ、07のシールドに押し当て、そのまま最大出力で発動させた。

「俺を殺るには少しばかり運が足りなかったようだなぁ!07乗り!」

力強く発光するブルーのビームサーベルが、07の機体本体をシールドを装備した左腕ごと貫く。
ぎゅっと俺の首っ玉にしがみ付く暖かいモノの感触で、俺は07のパイロットが塵に為った事を知った。
俺は溜めていた息をゆっくりと吐き出した。
鉄錆の味が口の中に広がる。
行儀が悪いが、俺はコックピットの床に血の混じった唾を吐く。…新兵時代に習った基本だ。
そのまま飲み込むと、吐き気が治まらなくなるのがその理由だ。
…俺は無作法な馬鹿共とは違う。

「…目算は狂ったが、狙い通りだな…」

バルカンやミサイル、100㎜マシンガンの弾薬が暴発していれば、口の中を切った所の騒ぎでは無かったろう。
俺が生きているのは僥倖とも言える。
今頃はミンチの方がまだマシなほどに体が吹き飛んで粉々になっていたかも知れないのだ。
俺は口の中に溜まる唾を律儀に吐き出しながらホバートラックとの通信回線をONにした。

「アルフ大尉、済まないがブルーが敵との交戦で戦闘不能になった。診て貰えないか?」
『…解った。ユウ少尉…。そこで駐機しろ。…少佐、ブルーを診て来ます』

少佐が鷹揚にアルフに許可を与えるのを聞き届けた俺は、回線を切りほくそ笑んだ。
後衛の09は未だ接近中だろう。
しかし、少佐ではホバートラックの聴音センサーは使えない。
フィリップ機とサマナ機のセンサー有効半径に入るのも、もう少し先の事だろう。





■第二十二章




ホバートラックが駐機姿勢を取ったブルーの背後に停まり、ハッチからアルフが飛び出て来た。
アルフの奴は余程動転しているのか、地に足を着けて走り寄る時に脚をもつれさせて転びそうになっていた。
07のヒートロッドの一撃を喰らった場面を見ていたのだろう。
奴はブルーと『俺』を心の底から案じているのだ。
俺はハッチを開き、ワイヤーを下に降ろした。アルフがそれを掴み、金属環に足をかけるのを確認してから巻き上げる。

「…戦闘不能とは、どう言うことだ?ヤザン?…オレには何の問題も無く動いている様に見えるが…?」
「あんな与太話を真正直に信じるなよ、アルフ。お前と『俺』が仕上げたブルーだぞ?言って置いたろう?」
「…冗談にしてはダメージが大き過ぎるぞ…ヤザン?右腕のパワー伝達系がレッド表示寸前だ…」
「機体損傷時の戦闘なんぞ問題無い。俺はMS戦闘を地上に宇宙と7年間やって来たんだ。…俺を信じろ、アルフ」
『ヤザンさん…09とギャロップが…来るっ!…話をすぐに止めてっ!捉えきれなくなるからっ!』
「いい子だ…ちゃんと前衛に追いついて来てくれるとはな…」

俺は急いでハッチを閉じると、アルフに後ろに回ってコックピットのシートを掴んで体を固定するように指示した。
アルフは黙って俺の指示に従った。
『マリオン』の事は奴に細大漏らさず話してある。…最も、半信半疑だが。
アルフと俺との弾む会話に、第11独立機械化部隊の『女神様』は御機嫌をかなり悪くされたらしい。
フィリップ機からコールが入る。
俺は通信回線を開き、切羽詰った表情を作った。

『ユウ!敵のダルマが6機にデカイ芋虫が1匹だ!ちぃと分が悪ぃな?動けるか?』
「心配無ェよ、フィリップ。アルフ大尉殿が今修理中だ。動けるようになるまで牽制を頼む」
『聞いたか、サマナ君?ここはわが部隊のエースに恩を売りつけるチャンスだぞ?』
『聞いてますよフィリップ少尉!僕だっていつもやられてばかりじゃないんだぁっ!』

そして敵09後衛部隊との戦端が開かれた。
『動けない』はずのブルーに程なくマシンガンの弾やジャイアント・バズのロケット弾が降り注ぐだろう事はどんな馬鹿でも理解できる事だが、少佐のホバートラックが動く気配は全く無かった。
奴にとって乗物は『運転して貰うモノ』であり、『自分で動かすモノ』では無いのだ。
身の危険を感じては居るだろうがブルーが盾に為ってくれると脳天気にも全面的に信じ切っているのだろう。
…俺の心の中に潜む悪意に気付かずに。
幾らフィリップとサマナが腕を上げたとしても、三倍の敵を相手にするのは分が悪い。
装備している180㎜キャノン砲ではホバーを最大限に使い、機動性で勝負する09には対応出来なくなるのは必然だ。
現に奴等は押され始めている。

『ユウ、まだか?!敵さんエラく張り切ってやって来やがるっ!』
「…済まん!まだだフィリップっ!もう少しなんだっ!」

地面に着弾する敵弾の数がだんだん増えて、距離も近づいて来る。
遂にGM2機は駐機したブルーの隣のラインまで
後退して、必死になって180㎜キャノン砲を縦横無尽にホバーで動き回る09に撃ち続けていた。
俺は悲鳴と泣き言をまくし立て続けるフィリップ機とサマナ機との通信回線を切った。

「撃てよ…09…狙いを外すな!」
『来るっ!』

『マリオン』が敵の攻撃がブルーを正確に狙っている事を短く告げた。
俺はこの時、この瞬間を待っていたのだ。
俺は薄笑いを浮かべ、ブルーを右50mへと急速回避行動を取らせた。
ブルーを狙った敵弾は、ブルーが移動する前の元の存在した地点に違う事無く集中する。
少佐の乗った、ホバートラックへと。
大音響と多量の土砂と共にホバートラックは俺の『狙い通り』に吹き飛んだ。
俺は2機との通信回線を開く事無く、09の群れへと突進した。
この爽快感を敵である奴等に思う存分伝えるために。





■第二十三章




『少佐』が死んで、後任の少佐が着任した。
俺とアルフの2人はミデアの司令室へ呼び出された。
『少佐』を死なせた責任を問われるかと思ったが、『ヘンケン・ベッケナー』少佐と名乗った男は、開口一番こう言った。
『運の良い男だな、彼は。軍法会議に懸けられる前に死ねて』と。

「どう云う事ですか?…少佐?軍法会議とは物騒ですな?」

奴はかなりの額の部隊運用資金を自分の口座に横領していたそうだ。
隠密裏に情報部も動いて居たと言う。
『…ユウ・カジマ少尉だったかな?おめでとう。君の中尉昇進の辞令を預かって来ているんだ。…上申書は読んだよ。私は前任者とは違い、君のMS戦隊長としての意見を、可能な限り反映するつもりだ』
と嬉しい事を言ってくれた。
指揮官はこう言う風でないと居る意味が無い。

「謹んで、拝命いたします!ヘンケン・ベッケナー第11独立機械化部隊・隊長殿!」
「堅苦しく無くていい、中尉。ヘンケン少佐で結構だ。フルで呼ばれると髭が痒くなる」

こうなると、ベッケナー少佐の生やす頬髭と口髭がなかなかチャーミングに見えてくる。
アルフにも握手を求め、『優秀な技術者』と持ち上げるソツの無さは正に天下一品だ。
俺達2人を呼び出す前に、部隊の宿営地を徒歩で回り、一兵卒に至るまで声をかけていた事は、特筆に価する。
有能すぎて、気持ちが悪い位だ。
…良い士官ほど、腐った連邦軍に対して幻滅する。
馬鹿な奴等が嫉妬し、結束して出世のジャマをする。
ベッケナー少佐は妬まれるタイプだ。

「私は本日付けで着任だが、明日、MS戦隊員がもう一人着任する。今、資料を渡す」

渡された資料の正面と右横顔の顔写真を見た瞬間、俺の顔が引きつった。
…22の頃の『俺』本人、『ヤザン・ゲーブル曹長』が、ふて腐れた顔をして写っていた。
俺はヘンケン少佐の解説を上の空で聞いていた。
あとでアルフが要点をかいつまんで説明してくれたが、なんでも、

  • この部隊に転属する事を自分で志願した。
  • 非常に『腕の良いパイロット』であり、自負心が強い。
  • 協調性が皆無。ゆえに単独出撃の一撃離脱戦法を好む。

らしい。
俺は頭を抱えた。
俺の事は俺が一番良く知っている。
大方、『俺』、ユウ・カジマ少尉の撃墜スコアに疑いを持ち、捏造では無いかと騒ぎたて、自分の目で確かめるから早く転属させろと暴れたのだろう。
…自分でも恥ずかしくなる位の典型的な『勘違いも甚だしい莫迦で阿呆な無鉄砲』。…それがあの頃の俺だ。
俺が『大人』になったきっかけが、ある事が理由で負傷した事実だから、コイツは間違いなく、『餓鬼』のままの俺だ。
俺は隣を歩くアルフにその旨を小声で話した。

「…そうでもないぞ…ヤザン…。それはオマエの顔をした…」
「あぁン?ユウ・カジマかも知れん、と言う事か?そんな馬鹿な事が…」

アルフは黙って俺を右手の親指で指した。
『そんな馬鹿な事』は既に俺の存在で実証済みだった。
まあ良い、明日になれば解る事だ。
俺は途中でアルフと別れ、一人でブルーの待つMS格納庫に向かう。
『マリオン』と話しながら、コックピットの中で眠るのが、いつしか俺の日課となっていた。





■第二十四章




俺はブルーの横たわる整備ベッドによじ登り、ブルーのコックピットハッチのロックを解除した。
…パイロットとアルフだけが知る、コードキーを入力することによって開く。
ハッチが開くと俺は座席に潜り込み、機体の計器に灯を入れ、アイドリング状態にする。
…電源を入れないと、ハッチを閉めて眠ると酸欠で死ぬ恐れがある。
地球上で寝ているうちに酸欠で死んだのでは、パイロット仲間のいい笑い者になるだけだ。
俺はコックピットハッチを閉め、目を瞑った。
戦闘に備えて、ノーマルスーツは来たままだ。

『おかえり、ヤザンさん…。何だか楽しそう…』
「ああ、やっとお前に人殺しの片棒を担がせる事も無くなると思うとな…」
『…ヘンケン少佐はね…ヤザンさんが堕とした、『ラーディッシュ』の艦長になる人…』
「…やっぱり連邦軍には勿体無い奴だったんだな…。MkⅡをかばって撃沈された艦だ…」

常に人の『先』を読む者の宿命だ。
訊きたい事を口に出そうとする前に、こちらの意思を読んで応えてしまう。
テレパシーとは少し違うが、似たようなものだろう。
NTには隠し事は出来ない。
どうしてもやりたいなら、複数の事柄等について同時に考察をめぐらせてやればいい。
数瞬だけだが、こちらの意思決定までの時間までそれで稼げる。

『ヤザンさんの意地悪…。でも、その方法は有効だから…』

クスクス笑うマリオンの表情のイメージが、脳裏に浮かんだ。
短く刈った髪が、繊細さも相まって少年の様にも見えてしまう。
中性的とでも言えばいいのだろうか?
今は14歳だが、俺がティターンズに居た7年後にはきっと…

『…髪の長い方が、ヤザンさんは好き?』
「ン…。まあな?伸ばした方が綺麗になると思うぞ?きっとイイ女になる。女に五月蠅いこの俺が言うんだから間違い無い。…優しいお前なら確実だ」
『ヤザンさんのお母さんって…いい人…?!』
「ああそうだ。今の俺から見ても、一人の女として、妻として完璧『だった』な…。俺は甘えっ子で、外で遊んで膝を擦り剥いて泣いて帰ってきたら、ぎゅうっって…」
『…ごめんな…さ…い…っ…こんなっ…そんなのっ…私っ…そんなつもりは…』
「いいんだ、気にするな、マリオン。久し振りに人間に戻れて、俺は嬉しいんだよ」

…俺の故郷は、シドニーにあった。
今はもう、存在しない。
懐かしい風景も、美しい街並、住んでいた住人も…海の底だ。
戦争初期段階のジオンの作戦の、『コロニー落とし』の御蔭で。
俺の家族は都市ごと消滅したのだ。
優しく綺麗な母親も、ハンティングを教えてくれた祖父も、黙々と働きながら、俺に不自由をさせなかった父親も、真面目で素直な性格の弟も、暖かい会話が絶えなかった郊外にあった小さな家も…最早、俺の記憶の中にしか存在しない。
俺が死ねば、ゲーブル家がシドニーに有った事を知っている者は誰も居なくなってしまうのだ。
これまで誰にも話さなかった、俺が生に固執するようになった遠因だ。
…俺が死ねば『皆』が死ぬ。

「…マリオン、地球はいい所だぞ?自然も豊かで、可愛い動物もいっぱい居てな、それはそれは」
『…どうして…人間は…もっと…広く世界を観る事が出来なかったの?!失ってはいけないものを、簡単に壊したり、奪ったり、殺したりっ…!取り返しが付かなくなるのを解っているのにっ!』

また、失敗したようだ。
俺の子供の頃見た風景をイメージしたのだが、マリオンは俺の見た『その後』を読んでいたのだ。
地球環境が激変し、ゴツゴツした岩肌が露出した山や、動物の骨が辺りに転がっている荒野、人の気配が全く無い廃墟と化した都市を。
…俺は、自分の間抜けさを心の底から後悔した。

『…っ!違うの…ヤザンさんを責めたわけじゃ…』
「大人が、悪いのさ。お前の世代に託すはずのモノを壊した、な…。哀しいが、俺もその大人なんだ。だから、謝るな。マリオン。皆、自分だけが、人間だけが正しいと信じ込んでいる。巻き込まれる動物や植物の生命なんぞ度外視だ。…お前の怒りは、正しい。…大人になっても、忘れるなよ…。『人間』の俺と、『ヤザン・ゲーブル』との約束だぞ…?なあ?…イイ女に、なれよ?…約束だぞ、マリオン…?な…?泣くんじゃない…。悪いのは…お、れ…』

俺が眠りに堕ち、意識を失う寸前に、こくん、と涙目の『マリオン』は頷いたような、そんな気がした。





■第二十五章




俺は体重が掛かる部分が背中から臀部に変化していく妙な気分の中、覚醒した。
ブルーが整備ベッドごと起立させられているのだ、と気付く。
前面モニターにアルフがクリップボードを小脇に抱え、ブルーの肩に必死でしがみついて居るのが良く見えた。
俺がコックピットハッチを開くと、アルフがクリップボードを差し入れて来た。

「…命令受領時刻が0205?偉く中途半端だな…?」
「…現在時刻は0500だ。作戦は既に発動している…。キャルフォルニアベース奪還作戦に伴う『露払い』を行うのが主任務だ…。ただし…ブルー1機のみでな…」
「たった1機でか?数個連隊規模の各兵科のジオン部隊の存在を確認と書いてあるが」
「…失敗すればベース奪還部隊は壊滅だ。基地からの各種巡航、弾道ミサイルの雨でな」
「なるほど…奇襲して全滅させろって事か…。任せてくれ。存分に暴れてやる!」

キャリフォルニアベース奪還作戦に伴う懸案事項が、ジオン軍が設営したミサイル基地の存在だった。
中でも長距離誘導ミサイルを発射可能なこの基地は連邦軍の頭痛のタネだった。
ベースに接近する部隊全部がことごとくミサイルの餌食となるのは火を見るより明らかだ。
中でもこの基地は戦略核搭載可能なミサイルを装備している事を、情報部は突き止めていた。
『核が放たれる前に、隠密裏に基地を潰せ』それが今回の俺に与えられた『任務』だ。

「…ベース攻略には他の二人と…『新入り』が参加する。オレは此処でオマエのサポートを担当するコトになった。…ブルーもオマエも、無事に帰って来る事を祈っている…。…今回は、『EXAM』の発動をオレの権限で許可する。…死ぬなよ、ヤザン…」
「『俺』に逢うまで死ねるかよ。楽しみにしてるんだぜ、俺は?…安心しろよ、アルフ。…『EXAM』は、使わない。俺はもう、これ以上『マリオン』を苦しめたくは無い…」
「…解った。オマエに任せる。…この作戦成功の鍵は、オマエとブルーに託されているんだ。いいか、絶対に生きて帰れ…。…オレはもう…『生き甲斐』を失いたくは無いんだ!」
「…お前と俺の育てた『ブルー』がどれ程凄いか、お偉方に目にモノ見せてやるよ…アルフ」

連邦初の汎用MSの開発者の名誉を失った、アルフ。
奴の行き場を無くした情熱は『ブルー』に総て注ぎ込まれてきたのだ。
テム・レイの造った『RX-78』を超越するために。
生きる誇りを再び取り戻すために。
『敗北からの復活』。
それが、オレとアルフを硬く結び付けている物の正体に限りなく近いものだろう。
俺はZと再戦するチャンスを与えられたのだ。
…『次』は負けない。
アルフを『ブルー』のマニピュレーターを使って降ろし、俺はコックピットハッチを閉じた。
俺はブルーを、ミデアの開いたままの格納庫ハッチまで移動させた。
ミデアは地上を滑走していると形容して良いほど、低空飛行を敢行していた。
俺は大きく息を吸い込んだ。そのまま息を溜める。
『魅せてやるよ、俺とブルーの戦いぶりを!』と心の中で呟き、息をゆるゆると鼻から出してゆく。
『ユウ中尉、発進準備OKです!』とモーリン伍長が伝えて来る。
俺は頷き、ブルーを飛び出させた。

「ヤザン・ゲーブル、BD-1、出るッ!」

敵は軽く20機を超えるMSと大量の兵器を基地防衛に繰り出すだろう。
この時の俺は確かに昂奮していた。
死ぬかも知れない状況に身を置き、潜り抜けた先に待つ、開放感に似た『人でなしの快感』を求めながら。





■第二十六章




「ダブデだと?!聞いて無いぞ!糞ッ!これでは最短距離で接近出来ん!」

俺はミサイル基地に接近する途中に、超長距離からの砲撃を受けた。
ジオン公国が誇る陸上移動要塞『ダブデ』がミサイル基地に駐屯していたのだ。
大口径砲の『面』単位で標的を破壊しようとする攻撃で、俺とブルーは足止めを喰らった格好になった。
ジオンのMSが、四方八方からブルーを狙う。目視した数だけでも30機は越えている。
連隊規模では無く、師団か軍団規模の部隊がここに配置をされていたのだ。
基地を襲撃する情報が何処かのスパイか何かから漏れていた事は確実だった。
…情報部の奴等と出会うことが有ったら、そいつが誰であろうと一発ブン殴ってやる。俺は心に刻み付けた。

「…何処からでも掛かって来い!ジオンのモノアイども!この俺とブルーの速さに追いつけるのならなっ!」

大地にダブデから放たれた砲弾が次々と着弾し、クレーターを作る中、ブルーは疾走する。
敵の06、07、09等が砲撃に巻き込まれ残骸になって行く。
ここに『核』がある事は確実だ。
味方の部隊の損害も厭わず、守らなければならない程の戦略拠点と言う事だ。
俺は基地の敷地へと到達した。
…この距離だとダブデの巨大さが嫌に為る位に実感できる。
…ダブデの、移動要塞の全容が基地内の敷地から見えないほど大きいのだ。

「何処を狙っている!しっかり狙え!芋虫が!予測修正も出来んのか!情け無い奴めっ!」

俺はブルーの武器を一切使用せず、回避だけに努めた。
ブルーの装備する武器・弾薬は有限だ。
施設破壊には正直、勿体無い。
敵にやらせるのが一番手っ取り早い。
今も、俺を狙った06のバズーカとミサイルが基地の通信施設を吹き飛ばした所だった。
回避、回避、また回避。
右に、左に、急制動、急発進。
Gが無慈悲に機体と俺の体を痛め付ける。
じわじわとそれは疲労を蓄積させて行く。
しかし俺はそれを止める事は出来ない。
停まったら最後だ。
ありとあらゆる敵の火砲から砲弾がブルーに集中して、俺の死を持って作戦は失敗するのだ。

「ぬおっ!…当たったかっ!腕のイイ奴も居るっ!褒めてやるぞ07!この俺に当てたんだからなっ!」

突然、機体が予想もしない衝撃を受けた。
建造物の陰に隠れていた07が、左腕のマシンガンをブルーの脚部に数発、命中させた。
ブルーの装甲がルナ・チタニウム製で無かったら、確実にブルーは行動不能になり、俺は死を覚悟して居ただろう。
宇宙で生産されたこの合金は、成分が比重によって分離せず非常に均質で良質な、装甲板として理想的な性質を持つ。
地球上だと重力の関係で、同じ成分で合金を作っても、決してこの合金の特性は得られないのだ。
この合金をふんだんに使って『ガンダム』や『ブルー』を作った連邦技術者に俺は感謝した。
…アルフの照れ笑いの表情が、一瞬だけ俺の頭の中をよぎった。

「…コイツは俺からの礼だ!存分に受けとれィ!遠慮は要らんぞ!」

ブルーの上半身を捻らせ、俺を撃った07に向け、腰部ミサイルを戦闘を開始してから初めて放つ。
07が吹き飛び、整然と並んだMS格納庫を軒並みなぎ倒し、沈黙する。核ミサイルサイロは近いのだろう。
ブルーの機体に攻撃を当てて来る奴等が加速度的に増えて来ていた。

「…俺は生き延びるッ!お前を怯えさせる奴は俺だけでいい!我慢してくれ!もう少しの辛抱だ!」

…この時、目を硬く瞑り、苦痛にひたすら耐え忍んでいる可憐な少女の存在とビジョンを俺は戦闘中にも関わらず、不謹慎にも『感じて』いた。





■第二十七章




目前に発射口が口を開ける。
核ミサイルの発射シーケンスが作動しているのだ。急がねばならない。
情報部を信じるならば、核ミサイルは戦略核が搭載されている物が5箇所、基地の一角に集中している筈だ。
戦術核の発射はその後だ。
ミサイルサイロさえ潰せば、発射は事実上、不可能になる。
…が…。

「…邪魔だっ!どこから湧いてくる、このミドリ虫どもがっ!新手の嫌がらせか?!殺すぞ!」

ジオンの物量作戦が俺を苛立たせる。
マゼラ・アタックにマゼラ・トップ、ワッパ、06が蛆虫かウンカの如く、俺とブルーを足止めする。
ワッパで急速接近し、ホローチャージをぶちかますジオン兵。
ロックオンした途端に、トップを分離させ無駄玉を使わせるマゼラ・アタック。
その雑魚共を片付けた後に、執拗に隙を狙ってクラッカーやミサイルポッド、バズーカで攻撃を行う、旧式と新型の混成06部隊。
ブルーの機体は度重なる着弾による擦過傷により、ルナ・チタニウム装甲板の地肌の銀色と塗装面の蒼色のタイガーストライプ迷彩を施されたかの様に、傷だらけになっていた。機体自体にはまだダメージは無い。

「…この糞野郎どもめ!アルフに誰が言い訳をすると思ってるんだ!大人しく黙って道を空けろ!無駄な抵抗をするな!…そうか、そんなに死にたいのか?ならば逝けェェェェェェェェェェッ!」

俺は撃ち尽くした100㎜マシンガンを捨て、ブルーの右手にビームサーベルを装備させ、サイロの前に展開する06部隊に突っ込む。
パイプ付きのⅡ型の頭部に付いた冷却パイプを引き千切り、胴体をビームサーベルで突き刺し、発射口にそのまま突き落とす。
発射させなければ、俺の勝ちだ。MSの爆発で核が誤爆したなら、俺の負けだが、勝負には勝てる。
その時にはこの基地が吹き飛ぶだけだ。
軍人は与えられた任務を完遂させなければ軍人を名乗る資格は無い。
…最も、己の良心を優先させた俺が言う言葉では無いが…。

「どうした、次は誰だ?!誰が俺を楽しませてくれる?!俺と一緒に死の舞踊(ダンス・マカブル)を踊ってくれるんじゃなかったのか?!忠勇たるジオン軍人さん達はよぉ?!掛かって来い!屑がッ!」

俺の行為に恐れを生したのか、ジオンの各部隊が行う、ブルーへの攻撃が散発的になった。…びびったな。
俺は動きを止めた06やマゼラ・アタックを攻撃してから、ミサイル発射口に投げ込み、爆発させる事を繰り返した。
戦いは人間心理を読んでやるものだ。
突撃だけじゃあ、つまらない。
…時には搦め手も悪くない。

「戦いは、びびった方が負ける!人間一度は死ぬモンだ!己が死ぬかどうかは鍛えた腕と多少の運!あの世に逝っても覚えて置け、スペースノイドっ!文句があるなら聞いてやる!俺は寛大だからな!」

俺は外部スピーカーをONにし、大音量にして叫んでやった。
イライラしっ放しだった気分がスッキリすると同時に、敵弾の暴風雨が俺とブルーを襲った。
…敵は少なくともタマ無しでは無い様だった。

『…ヤザンさん…。敵が…また…。このままじゃ…ヤザンさんが…』
「お前は、無事か、マリオ、ンッ!それ、だけが心ぱ…い…っ!死人にっ、魅かれるなっ!俺が…居るっ!俺を…かん、じ…ろっ!くぉっ?!…後ろか?!俺としたことがっ!」

俺はダブデに向かう途中、背後から攻撃を受けた。
残存部隊が面子を懸けて俺とブルーを堕としに掛かって来ていた。
天周囲モニターの時代ならともかく、背後を振り向いた俺は、明らかに疲労の兆候を見せていた。
身に染み付いた癖と言う物は、なかなか修正出来ないものだ。
俺の目に、黄と黒の注意ストライプに囲まれた、プラスチックカバーで保護された紅いボタンが魅力的に飛び込んで来た。
『EXAM』の発動ボタンだ。

『…押して!ヤザンさんっ!わたしと『EXAM』の力なら…勝てるっ!』
「…押すものかっ!誰が押すものかよっ!俺は俺の力で生き抜いてやるっ!それを自分から止める時は俺が死ぬ時だけだ!誰にも文句は言わせんっ!俺はそうして生き抜いた!これまでも、これからもだ!」

機体の各部のダメージレベルが紅に染まってゆく中、俺はダブデを目指し、ただブルーを走らせ続けていた。
ただ己の限界点のみを見極めようとする、求道者のように。
俺を知る者達に、恥じぬ生き様を見せるためだけに。





■第二十八章




基地と核は無力化し、『任務』は達成したも同然だ。
しかし、俺は更なる破壊を望み、敵を求めていた。
死ぬかも知れない恐怖を克服し、己自身のみの力で生をもぎ取る快感に、俺の脳は沸騰していた。
肉体が根を上げ続ける中、俺の意識だけが暴走していく。
ひたすら目の前に敵を求める。殺すために。

「…まだだ!まだ見えて来ない!何処に有る!?有る筈だぞ!其処に有る筈だっ!」
『ヤザン…さん…?…何を…捜しているの…?怖い…!今のヤザンさんは…まるで…』

『マリオン』にも理解できないだろう。
…呆れた事に、言葉を叫んだ俺ですら解っていないのだから。
戦い続け、快感を求め続け、生き残る。
その行き着く先に俺は何を期待し、渇望しているのだろうか?
終わり無き闘争?身を焼く快感?己を顕わすため?昨日の自分を越えるために?…今は解らない。
突然、ブルーが停まる。
突然我に帰らされた俺は、コンソールの表示に己の目を疑った。

「緊急停止だと?!馬鹿な!俺の技量にブルーが追い付けない訳が無いっ!動け!動けブルー!まだ俺達はやれる筈なんだっ!アルフが泣くぞ!俺は約束したんだ!奴に生きて還ると!」

どうやら俺は無意識のうちに、ブルーに『EXAM』発動時並みの負荷を機体に掛け続けて居たらしい。
…信じられない事に、機体のリミッターが作動したのだ。…ダブデが、その全砲身をブルーに向けていた。

『…ヤザンさん…わたしを…許してっ…!優しい貴方を…わたしがやらせないっ!』
「…何だと?…!!やめろ!止めてくれ!マリォォォォォォンッ!」

『EXAMSYSTEMSTAND-BY』。
機械音声が『EXAM』の発動を告げた。
モニターに表示が明滅する。
あの妙な虫の羽音の様な唸りも聞こえた。…だが、あのMSとの一体感が襲ってこない。
機体の各部アクチュエーターの表示が稼動限界を示すレッドからオールグリーンに一斉に変化する。
今、ブルーと一体に為っているのは…パイロットの俺では無く、14の、虫も殺さぬ少女だった。

「やめろ、マリオンっ!俺が、俺が殺るんだッ!機体の管制を俺に渡せッ!もう充分だっ!」
『やらせはしないっ!わたしが守るのっ!乱暴な人は嫌い!でも…貴方は違うっ!優しいっ!『EXAM』に、潰させはしないっ!生きた『EXAM』になど、わたしがさせはしないっ!』

ブルーの機体が激しく揺れる。
ダブデの砲撃を潜り抜け、ブーストを掛けて急制動し、移動要塞に取り付く。
スラスターを吹かし、要塞によじ登り、ビームサーベルを普段の数倍にも膨れ上がらせ、ブリッジを叩き斬る。
『Zのパイロット』がやった事と今の『マリオン』がやった事が、俺にはその行動が何故か被って見えた。
人には無い力の発動。
『マリオン』の味わう苦痛が、不思議にもダイレクトに俺にも伝わってくる。
断末魔を迎える多数のジオン兵の声が、『マリオン』に聞こえていない筈が無かった。…恐怖に震えたいに違いない。
しかし今の俺の傍には、いつも俺の膝の上に居る筈の『マリオン』が『感じ』られない。…必死に耐えているのだ。
ブルーが背後を振り向いた。
敵の姿を求めて。
そのメインカメラには、ツインアイが血の輝きを放っている事だろう。





■第二十九章




『マリオン』がブルーの機体の管制を奪い、MS戦闘を行う姿は、俺を羨望と嫉妬の渦に容赦無く叩き込んだ。
一言で言えば、『優雅』だった。
俺のやる様に敵の只中に躍り込み、掻き回し、混乱させる様な事を一切行わずに、敵の攻撃をまるで舞を舞うかのように瞬時に読み、紙一重で回避し、コックピットにただ、一撃の、的確で致命的な攻撃を加えて行く。無駄な動きなど一つも無い。
『EXAM』の稼動時間カウンターが漸減して行く中、数秒間の内に一機のペースで敵を屠って行く。
正にMS乗りの誰もが思い描く理想の戦闘スタイルだ。
機体のダメージや消費エナジーを最小限に抑え、敵には致命的なダメージを与え、戦闘能力を奪う。
言葉にすれば簡単だが、乱戦の中、それを実行する事がいかに困難かは、実戦を経験した兵士の誰もが知っている。
敵は『敵』だけでは無いのだ。
地形、気象、敵・味方の支援砲撃、各種弾薬の効果…。
考慮しなければならない物は山ほど存在する。
…しかし、この『NT・マリオンの操るブルー』はその総てを認識し、戦闘しているのだ。

「…クルスト博士の恐怖が…やっと実感出来たな…。普通の人間では、相手にならん…」

ヒートホークを構えた06が、正面からブルーを襲う。
俺がペダルを踏む事無くブルーは回避し、空を斬らせた。
ブルーの左拳が、06のコックピットをすれ違いざまに最大出力で文字通り『叩き潰す』。
…悲鳴が、聞こえた。
すかさず右にブルーが体を開くと、09のジャイアント・バズの弾が即座に通過して行った。
…敵の動揺が、解る。
ブルーが09に向き直り、腰部ミサイルを発射する。
2発キッカリ命中し、09のパイロット達の敵意が消えていく。
そのまま停まる事無く、07に向かって体当たりし、右手のビームサーベルをコックピットに当て、一瞬だけ発動させて焼き殺した後、また出力を切る。
…戦闘行動の総てに措いて、無駄と言える物が一つも無かった。

「…虐殺だな…。いや、違う…これでは『屠殺』だ…。…何っ!?歩兵まで殺るか!?しかもMSでだとぉ!?」

敵の構築した歩兵用の陣地や塹壕まで、丁寧に脚で踏み潰しながら、胸部バルカンで掃射して行く。
敵意に容赦しない『EXAM』に俺は怒りを爆発させた。
怯え、逃げ惑う、抵抗出来ない兵にまで攻撃を加えるのは、俺の美学では無い。

「…聞こえているか『マリオン』っ!!俺はこんな真似を望んじゃいない!今すぐ止めろ!止めるんだよ!」
『…いけない事だと解っているのっ、わたしはっ…!『EXAM』がっ…!?!ヤザンさん、逃げてっ!』

『マリオン』が苦しい息の中、俺に警告すると同時に、ブルーが高々とビームサーベルを持った右手を掲げ、ビームが発動する部分を俺に向けた。
…どうやら最大の敵意を、『EXAM』はこの俺に発見したらしい。
至極結構で真っ当な事だ。
敵よりもこの俺を恐れるとは、よく解って居るじゃないか。『EXAM』と言う奴は。
よく出来ているシステムだ。

「この俺が逃げると思うか、マリオン!機械風情に尻尾を巻いて逃げるヤザン・ゲーブルだと、オマエは思うのか?…オマエ一人だけ、置いては行けん!女に救われて、挙句に見捨てるなんて真似など、格好が悪過ぎて、この先男を演って行けんのだ!生き残る事が俺の主義だが、重い恩を受けた恩人を見捨てて逃げられるか!」
『ヤザンさんっ…』
「こんな死に方も悪くないな?目に見えんが、女の子が傍に居てくれる…。少なくとも、寂しくは無い」

俺はビームサーベルの粒子が凝集して行くのを他人事の様に嘲笑いながら見ていた。
笑いが止まらない事に満足しながら。





■第三十章




粒子が急に拡散し、光が消える。
…ブルーの機体がシステムごと停止したのだ。
『EXAM』の稼動時間カウンターが、−(マイナス)の領域に突入しても、まだ律儀に『刻』を刻んでいた。
…俺は、生き延びたのだ。
己の力量ではなく、女の、『マリオン』の憐憫と、ブルーの『スタミナ』切れによって。
俺にとっての、それは考えられる最悪の結末だった。
体を拘束していた安全ベルトを外した俺は、立ち上がり、目の前のコンソールを力任せに殴り続けた。

「糞ッ!糞ッ!糞がぁッ!死んだ方がまだマシだ!何だってこんなッ…!…ッ!ウォォォォォッ!!!」

俺は、俺の誓いに背いたのだ。
俺の力の無さによって。少女の手を、自発的に人間の血に染めさせてしまったのだ。
俺の軍人としての、男としての誇りが、地に落ち、踏みつけられ、汚され、崩れて行く音が耳の奥から聞こえて来る。

「まだ14の小娘に、俺は何をさせた?!女が戦場に居るのは気に食わないだと?!その女に危機を救われた俺は…ただの道化以下よりまだ悪いっ!…畜生畜生畜生畜生ッ!無力過ぎるにも程度がある!…情け無いっ…!」

よりによって、未来を託すべき者の手を、汚させてしまったのだ。
強制させたのなら此処まで俺は後悔をしない。
明日を生きるべき者のために、俺は生き延び戦うのだ。
血に汚れようが罵られようが、構いはしない。武器を取り、戦う者の哀しみを味わう人間が、俺が進んで汚れる事により少しでも居なくなるようにと…。
この瞬間まで戦い続けて来た。
…俺のささやかな願いは、天に聞き届けられなかったのだ。
最悪の形で裏切る事になったのだ。
…少女の、信頼を。

『わたしは…生きていて…欲しかった…。ヤザンさんに…。だから…自分を…責めないで…。悪いのは…』
「俺だ!核を潰し、基地施設を破壊した時点で見切りを付けて撤退していればっ…。頭に血が上った俺がっ…!女に戦場から消えろと言った俺が、女、それも民間人に戦場で救われただと!?これ以上の醜態は無いんだっ!俺は生きる拠り所さえ失った!守るべき誓いさえ己の手で破ったッ…!哂いたければ哂え…『マリオン』…」

コンソールを殴り続けた俺のノーマルスーツの拳の部分は、何時の間にか表皮の強化繊維が裂け、内側の保温層が露出していた。
血が滲み、コックピットに滴るまで痛め付けたその部分を、暖かい感触が柔らかく、包む。
…痛みが、止んだ。

『ヤザンさんは…本当は優しい人…。怖いのは…そう自分で信じて、他人にそう見せかけているから…。どうして…?『戦争が好きだ』と心にも無いことを言うの…?本当に好きなら…体を傷つけてまで…私のことで悩むはずが…』
「…人間と言う奴は、慣れて行く。どんな事にも…。俺の良心がもし有ったとしても、眠って貰わねばならない時が、ある。人殺しを俺がやらなくても、誰かがやらなければいけなくなる。…同じ嫌な思いをするなら、慣れている俺の方が、巧くやれる。…そんな嫌な思いを…真っ当な『人間』に…して欲しく…無かったんだ…。なのに俺はっ…!」

コンソールに再び叩き付けられようとした拳が、途中で目に見えない何かに遮られた。
柔らかい誰かの腹を殴った感触が、俺の頭に冷水を浴びせ掛けた様に、怒りに熱くなった意識を急に冷まさせる。
…俺は中空に手を伸ばし、抱き締めた。

『もう…泣かないで…。どんなにヤザンさんが手を汚しても…わたしが…傍に…いるから…守るからっ…』
「俺が…泣いている…だと?ハハッ、莫迦な事を言うな…。この俺が、涙など…!これはただの角膜の洗浄液だ!」
『…心の…ね?ヤザンさんの…。強くなるために、何かに耐え抜くために、人は涙を流すの…。泣いて、恥じる事は…何も…一つも無いの…ヤザンさんには…。貴方が汚れるのなら…わたしも一緒に…汚れるから…ね?』

…俺は、認めたく無かった。この少女に、母親の膝で幼児が泣くが如く、俺の傷ついた誇りと心が癒されて行くのを。

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