その他 きもんげ

「なんちゅう事をしてくれたんじゃ…あの馬鹿天狗……」

豪華な執務机の上に広げられた文々。新聞を見つめながら、忌々しげに呟く人影があった。
さらさらとした長い髪はたおやかにうなじから背までを覆い、
頭の上には愛らしい兎耳がちょこんと立っている。
彼女こそ月の兎として知られた、鈴仙・優曇華院・イナバだった。
しかし、いつもの優曇華院とは様子が違う。口調には品が無く、表情には下劣さが漂っていた。
その反面、身に着けているブレザーは異様に仕立てが良く、左手に燻らせている葉巻も最高級品。
それは優曇華院の裏の顔、きもんげと呼ばれ忌み嫌われている人格だった。

『無残!無邪気なゆっくりに鬼畜の所業』
『ここからだして!加工場の闇に響く悲痛の叫び』
『地に堕ちた企業倫理、経営者自らゆっくり密猟を指示か』

扇情的な見出しが紙面に並ぶ。彼女の経営する企業の一つである加工場は幻想郷で初めて
ゆっくり達を商業的に利用する事に成功した。製品の売り上げも好調だ。
それに調子付いて安易にマスコミの取材を受け入れたのがいけなかった…
しかも、これで終わりではなかった。

「社長、大変です!訴訟です!」

工場長からの突然の電話だった。

「ああ、わしがなんとかするけ、お前らはいつも通りに饅頭作っとけ」

新聞を読んだ霊夢と魔理沙が加工場の経営者を相手取って裁判を起こしたのだ。
あの単純な二人なら、下らない正義感から馬鹿な行動に出てもおかしくない。
弾幕ごっこで負けようと懐は痛まないが、裁判に負ければ大いに懐が痛むことになる。

「裁判なら四季が出張りよるのう。奴に袖の下は通用せんやろな…」

裁判当日。厳粛な雰囲気で席に構える四季映姫の目も気にせず、霊夢と魔理沙は無駄に息巻いていた。

「いくらお金が欲しいからって、生き物を虐めて稼ぐなんて最低ね」

「変な生き物だから何したっていいってのか?そう考えてるならお前本気で狂ってるぜ!」

やっぱこいつらアホやな。そう心の中で毒づいたきもんげだったが、
アホでも何でも、四季が二人の主張を認めればアホ扱いされるのは自分の方だ。

「静粛に。ただ今より裁判を開廷します」

四季の鋭い声が法廷に響き、被告人に対する審理が始まった。

「…で、あなたはゆっくりがただの饅頭であり、生き物では無いと主張するのですね?」

「そらそうですわ。あんなんお饅頭以外の何もんでもおまへんわな。
裁判長さん、お饅頭が飛んだり跳ねたり、ぺっちゃらくっちゃらお話するわけ無いやんか~」

「しかしながら、ゆっくり魔理沙がアリス・マーガトロイド氏と親しげに会話をしていたとか、
親子のゆっくり霊夢が楽しそうに野原で遊んでいたといった目撃証言が挙がっていますね」

「そら新聞にまんまと釣られた馬鹿が幻覚でも見たんとちゃいますか?」

「あなたの主張はどうも不明瞭で要領を得ない。あなたがゆっくり饅頭を売り出す前から
ゆっくり達は幻想郷のあちらこちらで目撃されていたではありませんか」

「そら別にゆっくり饅頭はわしが思いついたんとちゃいまっせ。
誰かさんが饅頭を実在するお人の顔に似せて焼くっちゅうおもろい事考えたんやろけど、
特許取らんかったからわしが好きに商品化させてもろただけでっせ。
……その顔、裁判長さん信じてくれとらんみたいやな。良心的な裁判長さんならと
思とったけど、わしみたいなのらくらもん信じる方が無理ちゅうもんかな。
もうわしの加工場しまいかな。ああ~今の饅頭作りで儲けた金で、
八意師匠と一緒に背ぇ伸ばす薬の工場作るちゅう夢があったんやけどなぁ。
背の低さがコンプレックスになって苦しんどる人らを救いたかったのになぁ。
背さえ高けりゃ部下にも尊敬されて、いつしか敬意は愛情に……なんてこともあるだろうに
生まれついての低い背が祟って格下に馬鹿にされガキ扱いされなんて世の中やもんなぁ…
師匠の知識とわしの資本がありゃあ、そんな不幸を幸福に転じる夢の薬ができたやろになぁ…」

「はぁ?背を高くする薬なんて今は関係無いでしょ?
だいたいチビに生まれついたからってウダウダしてるような奴は、
自分がチビだってことを受け入れればいいだけじゃない!
部下の目を気にしているような上司じゃどうせ背とか関係なくモテないわね」

「裁判に負けそうだからって話題そらしかよ。わたしに言わせりゃ
背が低いからって卑屈になってるような奴と同じくらい格好悪いぜ」

霊夢と魔理沙の的確なツッコミにも関わらず、きもんげは奇妙な自信感を感じていた。
背を伸ばす薬の話題になったとたん、本筋から脱線した話題であるにもかかわらず、
四季が話を遮る事もせずにただただ目ばかりをぎらつかせていたからだ。
そして、判決文が音吐朗々と読み上げられた。

■幻想郷最高裁の判決
本件は、博霊霊夢、霧雨魔理沙の二名を原告とし、
月国籍の鈴仙・優曇華院・イナバ被告が経営するゆっくり饅頭加工場がその業務内容として
行っているゆっくり饅頭の加工工程が、知性を有しその生命を尊重されるべき
ゆっくり饅頭の身体及び精神に著しい苦痛をもたらし、生命を不当に奪っているとして、
被告人の経営する加工場の無期限の操業停止を求めるという旨のものである。
本件において被告人の工場から不当な被害を被っているとされている
ゆっくり饅頭からは個体間の会話や有性生殖と思われる行動が確認されており、
その特徴から人間の幼児程度の知能を持った生命体であるかのように思われる。
しかしながら、ゆっくり饅頭には生命体としての特徴を示す器官は一切存在せず、
その構成成分は炭水化物から成る皮と幾種類かの餡であり、明白に食品の特徴を示す。
それゆえ、『あたかも饅頭が生物の如き行動を行っているかのようではあるが、
それはマスコミの過激な報道による集団ヒステリーの結果生じた幻覚』
であるとする被告の主張にこそ正当性があることは明白である。
以上をふまえた上で審議した結果、ゆっくり饅頭は生命体とは定義されず、
純然たる食品に過ぎないものであると判断され、
そもそも生命を持たないために、苦痛を感じ、生命を奪われるという事は起こり得ない。
よって本件においては原告側の訴えになんらの正当性も認め得ず、
四季映姫ヤマザナドゥはここに本件を棄却する。

「はぁ?!なんなのよ、これ!」「馬鹿らしい。所詮えーきは頭でっかちだったか」

裁判はあっけなく閉廷してしまった。四季は一瞬目をぎらつかせてきもんげと目をあわせたが、
すぐに視線をそらして引っ込んでしまった。霊夢と魔理沙は憤慨しながら帰っていったが、
きもんげは寄るところがあった。妖怪の山の新聞記者、射命丸文にどうしても言いたい事があった。

「この度は、わしンとこネタにおもろい記事書いてくれてあんがとな」

「なっ、なんですか?お礼参りに来たんですか!?
言論・表現・報道の自由は神聖です!ペンは剣より強し!暴力には屈しませんよ!!」

「ちゃうちゃう、次のネタ提供しよ思てな。こうゆうのとかええんちゃうか?ヒソヒソ」

「ふむふむ、いいですね。記者というのは多角的な視点から物を見るものですからね」

翌日…文々。新聞の紙面に載った記事に、きもんげは満足そうに耳を揺らした。

『破廉恥脇出し強欲巫女、賠償金目当てに訴訟か』
『饅頭がしゃべったぜ!?霧雨家のお嬢様、毒キノコで痴態』
『加工場が害獣駆除の地域奉仕、ヒマワリ農家ら感謝の声』

その後、きもんげが建てた薬品工場は背が伸びる薬ではなく、強い射幸性を持った座薬を製造したという。

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最終更新:2008年09月14日 09:12
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