幻想郷に最近出来た娯楽施設が有る。
幻想総合電動遊戯場、所謂ゲームセンターである。
それまで娯楽といえば宴会くらいしかなかった人々にとって、まさに衝撃的だったその施設は、瞬く間に幻想郷に浸透していった。
その中でも、人気の高い筐体があった。
~Story starts from the Forest~
ここは、大きな森の中。
大地に根を走らせた巨木の下に、あるゆっくり霊夢の巣があった。
大きな根とたまたま下にあった空洞が絡み合い、大きくてコケがふかふかの素敵な巣だった。
「ゆっくりおきてね!」
朝。
他のゆっくりを起こしたのはお母さんゆっくり、その声に反応して子供達も起き出した。
「ゆっくりねむってたよ!」
「きょうもゆっくりしようね!」
「おかあさん、おなかすいたよ!」
静かだった巣の中が、とたんに騒がしくなる。
総勢20人は居るだろうか?
それだけ居ても、余りあるほどこのこの巣は広かった。
「ゆっくたべてね!!!」
「「ゆっくりいただきまーす!!!」」
子供達の大合唱をスタートサインに朝食が始まる。
「うめぇ!これめっちゃうめぇ!」
「ゆっくりたべていいからね」
「ゆっくりたべさせるよ」
「むしゃ、おねえちゃんありがとー」
「あまーい!!」
大きい霊夢が小さい霊夢にエサを与える。
上手く食べれない赤ちゃんには口移しで食べさせてあげる。
今日の朝ごはんは、柿だった。
昨日、みんなでお散歩した途中で見つけて一本分、丸ごともいできたのだ。
まだまだ数が十分にあるそれは、ただ眺めているだけでもうっとりとするものだった。
「きょうもいっぱいゆっくりしようね!!!」
子供達といっしょに巣の外に出る
今日も日課のお散歩だ。
「ゆっ♪ ゆっ♪」
「あんまりはなれないでね」
「いいてんきだね」
「ゆっくりできるね!」
仲良く固まって移動する。
木々の間を抜け、途中の沢で水を飲み、家族で蝶を追いかける。
気が付けば、人里まで足を伸ばしていた。
「ずいぶんとおくまできたね」
「きょうはゆっくりさんぽしようね!」
「ゆゆっ! あそこなんだろう?」
「すごい! 人が一杯居るよ!!!」
「みんなゆっくりしてるのかな?」
興味をそそられて、その場へ向かうゆっくり一家。
「! すごいおと!」
「すごい、絵が動いてるよ!!」
中はとても賑やかだった、人々は各々ゲームに熱中しており、迷い込んできたゆっくり達を気に止める者はいない。
「あっちに、もっとひとがいっぱいいるよ!
一匹のゆっくりが見つめる方向、そこには大きな箱の周りを沢山の人が埋め尽くしていた。
「なんだろう」
「なんだろう」
甘いものに吸い寄せられる蟻のように向かっていくゆっくり達。
箱の周りまで来たのだが、それ以上は人ごみのため近づくことが出来なかった。
ガラスで出来ているのだろうか?
透明な大きな壁をした大きな箱だった。
「はこのなか、みたいねー」
「ねー」
「お譲ちゃん達、どうしたのかな?」
声をかけたのは、ゲームセンターの店員だった。
何処でどう間違ったのか、このゲームセンターの店員は皆、タキシードを着ていた。
「おにいさんだれ? れいむたち、あのはこのなかみたいの」
お母さん霊夢が男に尋ねる、子供達霊夢も後に続く。
「みたいの」
「おにーさんだれ?」
「お兄さんは、ここの店員だよ。あの箱にはゆっくり達が入ってるんだよ」
ニッコリ、と微笑みながらゆっくり達に説明する。
おそらくマニュアルでもあるのだろうが、ゆっくりには随分と優しそうに映ったようだ。
「あのなかにゆっくりがいるの?」
「ゆっくりできるの?」
「うん、人はみんな、ゆっくり達と遊んでるんだよ」
「! おじさん、れいむたちもあそびたい! ゆっくりしたいよ!」
「ゆっくりさせてよ!」
お母さん霊夢とお姉さん霊夢が訴える、次第に赤ちゃん霊夢にまでそれは伝染する。
「いいよいいよ。けど、今はゆっくり魔理沙の家族が入ってるから後にしたほうがいいね。 最初に見つけたとき、ここは魔理沙達のお家だよって他のゆっくり魔理沙に乱暴していたから」
こっちで待ってるといいよ、そう言って店員は裏方に霊夢達を案内する。
沢山の景品が並んだ倉庫、中でも大きなダンボールが沢山並んでいた箇所にゆっくり達は連れて行かれた。
「もう直ぐ終わるから、ちょっと待っててね」
「「「うん! ゆっくりまってるよ!!!」」」
何処で教育されたのか、ホスト張りの笑顔を残して去っていく店員。
「やさしそうなひとだね!」
「かっこいいね」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛、ゆ゛っく゛り゛ー」
「おかあさんどうしたの?」
「だいじょうぶ? ふるえてるよ!」
「うううううっ! すっきりー!!」
次に店員が戻ってきた時は、それから一時間ほど後だった。
「やあ、お待たせ。じゃあこれから案内するね」
その前にこれに入ってね。
そういわれて、一匹ずつ箱に入れられる。
底以外が、一部透明になった変わったデザインの箱だ。
「ゆ! なにこれ!」
「ちょっとせまいよ」
「ゆっくりだしてね!」
体の大きさごとに箱のサイズが多々あるが、総じてどれもゆっくりの体ギリギリに作られていた。
その所為で、箱に入れられると、文句を言い出すゆっくり達。
暫く文句を言っていたが、互いに箱詰めされた姿を見ると一転する。
「みんなかっこいいね!」
「すごいね!」
箱は全体の八割ほどが、星型、ハート型、四角丸、など様々な形にカットされている。
その周りは原色が惜しみなく使われた、とても華やかな箱。
「かっこいいだろ! そのままみんなに見せるんだよ!」
店員が話しながら、箱にお菓子を入れて蓋を閉じる。
初め不満を言っていたゆっくり達は、その頃にはもうご機嫌だ。
はやくつれていってね、の大コールまで起こっている。
「それじゃあ、運んでいって」
店員の指示で運び出されるゆっくり達、程なくして目的の大きな箱の前に到着する。
バッと道を開ける人々、ゆっくり達はなんだか偉くなった様な優越感に浸っていた。
「みんな、ゆっくりしていってね!!!」
ニコニコと人々に話しかける、対して人々もゆっくり達を見てニコニコしている。
箱の中に全員が入れられる。
数が多いので、一部は二段重ねになってしまっているが、箱の大部分が透明なおかげで、下のゆっくりも辺りを見渡すことができた。
「うっわー!」
「すごーい!」
そこから見る景色は、今まで見てきたものと大きく違っていた。
自分達が見ることの出来ない高さからの眺め、それを見ているゆっくり達。
全員、その光景に息を飲んでいた。
「ゆ?」
一人の男が、周囲の人ごみの中から自分たちに近づいてきた。
「おじさんもゆっくりするの?」
「「「ゆっくりしていってね」」」
十数匹の笑顔を一斉に浴びる男、対する男の表情は真剣そのものだ。
おかねを入れレバーを動かす、連動して動くクレーン部分。
ゆっくり達も、それに気が付いたようだ。
「ゆっ♪ すごい、すごい」
「おじさん、こっちにもうごかしてね♪」
突然、縦横無尽に動いていたそれが止まる。
気になったゆっくり達が再度男を見ると、違うボタンを押していた。
それによって、今度は下に下がってくる。
「ゆゆっ! よくみえるよ! おじさんありがとう♪」
「いいなーいいなー。おじさん!つぎはれいむにもよくみせてね♪」
「よくみえるよ! っゆ?」
パコン、と音がしてキャッチャー部分と箱がぶつかった。
「おじさん! ゆっごいよくみえるよ!!」
箱の横に迫ってくる二本のアームに気付かずに、興奮しているゆっくり霊夢。
「!?」
気付いた時には箱ごと宙に浮いていた。
「ゆ! すごい! ういてる」
「すごーい!」
「れいむもしてほしいよ!」
感激する一同を尻目に、クレーンは箱を落とすことなく始発地点まで戻っていく。
「わぁい! おそらをとんでるみたい♪」
無事、始発地点まで戻ってきた。
上手くいった様だ。
「ゆ!」
一瞬の間の後、底に空いた穴に落とされる。
緩やかなカーブを描き、二・三度の衝撃の後に静止した箱。
「ゆ? ゆ?」
突然、何もない場所に移ったゆっくり霊夢は、辺りを伺っていたが、直ぐに箱を持ち上げられる。
目の前には先ほどまで機械を操作していた男の姿。
「おじさん? ゆっくりしようね! いっしょにあそぼうね」
「……」
だが、男はそのまま箱を持ってその場を後にしようとする。
「おっおじさん! おかあさんたちはあっちだよ! あっちでゆっくりしようね!」
そのまま、騒いでいるゆっくり霊夢に耳を貸さずに出て行ってしまった。
ゆっくり達が居る台からも、その様子はよく見えた。
「今のはなかなか生きが良さそうだったなぁ」
「あぁ、上手そうだった」
周りの人の声。
そこまで聞いて、ようやくゆっくり達も理解したようだ。
微笑ましかった内部から、聞こえ始める叫び声。
「もどっできでよー!」
「ゆっぐりじでいっでよー!」
「だして! だしてよ!!」
「おうじがえるー!!」
既に他の人がクレーンを操作しているが、パニックになっているゆっくり達は一匹たりとも気付いていない。
そうこうしている内に、また一つの箱が宙に浮いた。
「ゆ゛っ! やだ! はなして! はなしでよ!」
その必死の懇願が効いたのか、途中で落下する箱。
「ゆっ! ゆっくりできるよ゛!」
「よがっだね! よがっだね!」
「ゆっくりしてね」
家族に安堵感が伝わった。
その直後。
「!? ……ゆっぐりじだけっががごれだよ!!!」
再び動き始めたクレーン、再度アームに捕らえられた箱。
「ゆ゙ーーー!!!」
今度は無事、落とさずに運ばれた。
景品物から取り出されたゆっくり霊夢。
狭い箱の中で無理矢理体の向きを変え、頬を押し付けられながら家族の方へ向き直る。
「もっど、みんなどゆっぐりじだかっだよ!」
そう言いながら段々と離れていく、家族の叫び声ももう聞こえなくない。
その後、七人がやって四人がゆっくりを取っていった。
スプリング自体は割と強力なので、箱にギュウギュウに詰まったゆっくり達が暴れても落ちることはない。
一方、既に五匹も取られていったゆっくり家族は大混乱だ。
絶叫をあげて泣き出す子供達。
だれかれかまわず助けてと懇願するお母さんゆっくり。
無理矢理にでも、箱から出ようとするモノもいた。
「ん! んしょ! あかない! どこもあがないよ゛ー!」
箱を閉める時に、プラスチックを溶かし完全に密封された箱。
空気穴はあいてはいたが、針の穴ほどの大きさでは食いちぎることも出来ない。
ケースの中は、阿鼻叫喚と化していた。
そんな中、とうとうお母さんゆっくりの箱が浮き出した。
「ゆゆゆっ!」
「「おがーざーん。う゛わ゛ーーーーん゛゛!!!」」
機械を操っているのは、長い髪の小柄な少女。
綺麗な青い髪が印象的な少女は、いとも簡単に大きなお母さんゆっくりの箱を取ってしまう。
おおー、言う周囲の人の声も気にせず、箱を抱え軽く会釈をして帰っていく少女。
残された子ゆっくり達に、一瞥の暗い冷たい視線を残して。
母親が居なくなってしまったゆっくり達。
支えが居なくなった家族は、ただ泣き叫ぶだけだ。
一匹、また一匹と取られる度に大きくなる声。
取られた方も、残った方も大声で叫びあう。
最後の一匹が取られるまで延々とその光景が繰り返された。
増えすぎ、畑・室内に勝手に出没して荒らしていく物体。
その物体、ゆっくりを使った、人気ゲームの一つ、『ゆっくりきゃっちゃー』。
今日も幻想郷のゲームセンターは賑やかだ。
~In the Forest Again~
その頃。
「うっめぇ! これめっちゃうめぇ!」
あのゆっくり霊夢家族の巣の中で、蓄えていた柿を食べているゆっくり魔理沙一家。
「うめぇ! おかあさん、ここまりさたちのおうちにしよう」
「まえのおうちよりおおきいし」
「かきもいっぱいあるよ!!!」
「だれもいないのがいけないんだよ!!!」
「「「ねー!」」」
どうやら引越し先が決まったらしい。
「あれ、報告じゃ霊夢種だったんだが……。まぁいいか。おい!」
「「はーい!」」
引越し先はガラス張りの綺麗な箱になりそうだ。
To be next
最終更新:2008年09月14日 04:54