夢の跡
秋冬期の間、厳しい寒さに襲われる幻想郷。
「ざむいどぉぉぉぉ……うう~、おぜうさまはさむいのいやだどぅ~」
それは、他種から恐れられ、ゆっくり食物連鎖の頂点に位置するれみりゃ種とて例外ではない。
「あったかいべっどがほしいど~!さくやー!さくやー!」
この若いれみりゃは、今までたった一匹で気ままに暮らしてきた。家族や従者や仲間はいなかった。
れみりゃにとってこれが初めての冬となるのだが、その肉饅に刻まれた越冬に関する記憶はというと、
”さむくなったらさくやにめいじてだんろにひをいれさせるんだっどぅ~”
”しろいのふってきたらこーまかんからでないでゆっくりすごすどぅ~”
まったく役立たずの代物だった。
冬が近づき、困窮したれみりゃは森を出て人間の里を目指した。
「さくやがぐずぐずしてるからいけないんだっどぅー!
しかたがないから、おぜうさまをうやまうにんげんにたすけさせてあげるどぅ!」
うっうーうあうあ☆とご機嫌で進むおぜうさま(自称)だった。
「うう?」
まだ人里からはかなり離れたところ、森の中にぽっかりと開けた広場で、
れみりゃはとても素晴らしい”こーまかん”を見つけた。
周囲に高い竹垣を巡らせ、その中心に立派なお屋敷が立っているのだ。
「すっごいどぅ~!!おぜうさまにふさわしいおやしきだっどぅ~!!」
れみりゃは喜び勇んでその建物に走り寄った。
「うっうー☆おぜうさまだっどぅー☆あけるどぅ~!!」
ちなみにこの時れみりゃの脳内では、
こーまかん→おぜうさま☆のおなり!→もんばんのおでむかえ→さくやのぷっでぃん!→えれがんとなひととき
という、まったくありえない妄想が渦を巻いている。
「もんばんはなにしてるどー!おぜうさまをまたせるなんてふとどきだっどぅ~!
たーべちゃーうどー!!」
吹き募る風の冷たさに震えながら、だみ声を張り上げるれみりゃ。
やがてその声を聞いて、竹垣の一部、格子戸になっている部分が開いた。
現れたのは人間だった。
「ちくしょう冷える……なんだ、ゆっくりか。わざわざ歩かせやがって」
「はやくあけるどー!
こーまかんのもんばんは、さむくてもおそとでたいきだっどぅ~!!
おぜうさまをうやうやしくでむかえるぎむがあるどぅ~☆」
もちろん人間は安易に格子戸を開けたりはしない。
「うるさい、帰れ」
「なんでだどーーー!!??おぜうさまをはやくおやしきにいれるどー!!」
* * * *
ゆっくり飼育畜舎『紅魔館』。
それは要するに、ゆっくり達をゆっくりさせるための家畜小屋、
ゆっくりの言葉で言えばゆっくりぷれいすのことだ。
愛好家が自分の所有するゆっくりをゆっくりさせるための商品として、
他のゆっくり関連商品とともになかなかの人気を誇っている。
俺は今、その新商品の試用のためにここに住まわされて三日になる。
この”紅魔館”、外見はとても美しい。軽石を着色して模造した赤煉瓦としっかりとした建材で出来ていて、
今までの畜舎とは比べ物にならないほど立派だ。
しかし、
「うおお……寒い……寒い……」
所詮はゆっくり用の簡素な建築物である。飼い主の視線がきちんと通るように設計されているため、
風通しが良すぎて冬はとても寒い。野ざらしよりは遙かにましだが、人間の住む場所ではない。
「なんで俺がこんな思いをせにゃならんのだ…」
* * * *
締め出されたれみりゃは、全く的外れな怒りに燃えた。
「ううー!くーでたーだどー!?
おぜうさまをはいせきするつもりだどー!?ゆるさないっどぅ!!」
怒りにまかせて、竹垣に突進するれみりゃ。
「うあうあ!!うー☆」
ざく。
「うぎゃあああああ!!!???」
竹垣に仕込まれた、斜切り竹がれみりゃの表皮を切り刻む。
「いだいどおおお!!!いだいどおおお!!!」
転げまわるれみりゃ。
それから三度ほど竹垣に撃退された後、飛行して竹垣を乗り越えればいいということにれみりゃは気づいた。
「うっうー☆おぜうさまはえれがんとにはばたくどぅー!!
いっくどぅぅぅ☆」
しかし竹垣は高い。”紅魔館”を「何から」撃退するために作られたのか?それを考えれば当然だった。
「うー…うー……
もーだめだどぅぅぅぅ!!」
ぼてん。力を使い果たして、もといた地面に落ちるれみりゃ。
「うー!うー!」
ぼてん。
「うぅぅぅぅ!!!!!」
ぼてん。ごろごろごろ……
「どーじてだめなんだどぅぅぅ!!!!」
これも何度挑戦しても駄目だったので、そのうちれみりゃは疲れて眠ってしまった。
* * * *
「あう……?」
太陽がまぶしくてれみりゃは目を醒ました。いつもそうだ。快適でない野外での睡眠はすぐに妨げられる。
「う……う……」
目の前には竹垣と立派な住居。自分が入ることの出来ない、自分の城。
「れみりゃの……こーまかん……」
身寄りがなく、家を持たないれみりゃはずっとみじめだった。
それが”みじめさ”と気づくことさえ無いまま、れみりゃはその感情にさいなまれてきた。
”自分の紅魔館”と思えるその建物を目にした今では、その感情は今までよりもずっと強くれみりゃを傷付ける。
「うわああああああんんんんん!!!!
ざくやーーーーー!!!ざくやーーーーーー!!!」
れみりゃは泣いた。泣いて、いつもと同じように手を差し伸べるものもないまま泣き止んだあと、
れみりゃの胸にはある決心が芽生えていた。
「ううう……このおぜうさまが、じきじきにこーまかんをとりもどしてやるどぅ……!
おぜうさまは、つよいんだっどぅ……!!」
れみりゃは断腸の思いで紅魔館の敷地――森の広場から離れた。
向かった先は、ゆっくりの住む森の奥深くだった。腹が減っては戦はできぬ、というわけだ。
「ぎゃおー☆たーべちゃーうどぉー☆」
「やめてね!!ゆっぐりざぜてね!!」
「だめだどぅ♪おぜうさまのえいようになって、こーまかんふっこーのいしずえとなるんだどぅ♪」
逃げるゆっくりを捕らえ、むしゃむしゃと食べるれみりゃ。少しだけ元気が戻ってきた。
「むきゅん!!ぱちゅはしにたくないわ!なんでもするからゆっくりたすけてね!!」
「やっだどぅ~☆むらさきのはめずらし~んだどぅ☆でざーとにするどぅ♪」
他のゆっくりよりも緩慢な動作で跳ねるぱちゅりぃ種を、とどめをささずに追い回すれみりゃ。
「ぎゃお~♪ぎゃお~♪」
「むきゅん!むきゅん!」
その時ふと、名案がれみりゃの頭をよぎった。
「うあ☆いいことかんがえたどぅ☆
おぜうさまはぱっちぇをとくべつにゆるしてあげるどぅ!」
ぱちゅりぃをつまみあげる。
「む、むきゅ?」
「こーまかんをとりもどすのをてつだってほしいんだどぅ!」
れみりゃと、れみりゃの参謀となったぱちゅりぃはさらに森の奥へと進んだ。
善良そうなれいむやちぇんの群れを見つけては、れみりゃの力を後ろ盾に仲間に引き入れる。
ぱちゅりぃ曰く、「すてごまはいくらあってもこまらないのよ、むきゅ!」らしい。
三日のうちに、総勢十二体もの群れとなった。
「あのぶれいものに、めにものみせてくれるどぅ!!」
れみりゃの瞳には光が輝いていた。今までのように一人ではない、その暖かさも嬉しかった。
それからさらに一週間、ぱちゅりぃの要望どおりの軍勢を整えたれみりゃは、再びあの広場へと進路をとった。
「れみりゃのこーまかんはぁ、こーんなにひろくってぇ~、ほかのゆっくりのおうちより、
なんばいもなんばいもすてきなんだっどぅ~☆」
「むきゅ!それはたのしみね!」
「ゆっくりできるよ!」
「ごーじゃすなんだねわかるよー!」
れみりゃはゆっくり達にに請け合う。
「こーまかんをとりもどして、みんなでえれがんとにすごすんだっどぅ~!!」
「むっきゅん!」
「ゆゆー!」
「わかるよー!」
いつか一人で歩いた道を、今度はたくさんの仲間と歩く。
ぱちゅりぃの作戦と、充分な人員。そしてれみりゃのかりすま☆で紅魔館を奪回するという希望が、
れみりゃの足を速めた。もうすぐそこは森の広場だ。れみりゃは群れを率いて、一番にその場所へと到達した。
肉饅の記憶にも、いまだ鮮明に残るその場所。
「うあ?」
その場所には、なにもなかった。ただ、竹垣の残骸と思しき木や竹の屑がまばらに散らばり、
紅魔館のあった場所とおなじ広さの空き地が広がるばかりだった。
「お、お、お、おかしいどぅ………」
この数日のうちに、れみりゃが憧れ、また、自分の住居と勝手に思い込んだ紅魔館は、
実はすでに試用段階を終えて取り崩され、ばらばらの資材となって村の専門店へと送られていたのだ。
「こーまかんが、なくなっちゃったどぅ~!!!!」
れみりゃは混乱した。
「む、むきゅー!もっとくわしくせつめいして!!」
後からきたぱちゅりぃも、れみりゃの言う事を完全に理解することができず、途方に暮れる。
「どういうこと!?れいむにゆっくりせつめいしてね!?」
「わからないよー!?わからないよー!?」
「こーまかんがあったのに、なくなっちゃったんだどぅぅぅぅぅ!!!!」
まったく要領を得ないれみりゃの説明と、なにもない広場。
ゆっくり達も、ゆっくりなりに状況を覚り始める。
「れいむをだましたね!!ゆっくりできないれみりゃとはいっしょにいられないよ!!おうちかえる!!」
「うそつきなんだねわかるよー」
「ちがうんだどぅ!!ちがうんだどぅぅぅぅ!!!
ほんとにあったんだどぅぅぅぅ!!??れみりゃのこーまかんんんんん!!!!!」
太陽の下、森の広場でれみりゃは眠る。
あるものは去り、あるものは激昂したれみりゃに叩き潰された、悲しい夢の跡は静寂に包まれている。
吹き抜ける冬の先触れはまた一段と厳しさを増したようだ。
ぱちゅりぃはれみりゃの寝顔を見守っていた。
「なにがなんだかわからないけど、とんだむだぼねだったわ、むきゅ」
その”なんだかわからないこと”のおかげで、れみりゃに食べられるはずのところを救われた自分がいて、
すべてを失ったれみりゃがいる。
それは自分にとっては大変な幸運であるはずなのに、なぜか、とても悲しかった。
”なんだかわからないこと”。
それは、いつも空の上から自分たちを見ていて、好きなときに自分たちからすべてを奪っていくのだ。
「それじゃ、わたしもにげるわね。
たすけてくれてありがと、れみぃ。さよなら。げんきでね」
ぱちゅりぃはれみりゃを起こさないように小声で呟くと、冬を越すためのおうちを探して何処かへと跳ねていった。
おしまい。
書いた人:”ゆ虐の友”従業員
最終更新:2008年11月11日 20:19