ゆっくりいじめ系1615 外道饅頭

外道饅頭




皆さんはイヌガミをご存知だろうか?
イヌガミとは犬を頭だけ出した状態で地中に埋め、その目と鼻の先に食べ物を山のように積み飢えさせていく事から始まる。
やがて手も足も出ない犬の飢えが絶頂に達した頃、一思いにその首を刎ねるのだ。
そうして出来上がった生首、その瞳は憎悪と渇望にまみれ言葉に出来ぬ程の闇を宿すと言う。
だがこれだけで終わらない。
更にこの生首を人が頻繁に通る四辻に埋めて、多くの人にその頭上を歩ませるのだ。
肉も朽ちる頃、ようやく掘り出されたそれは、崇り祭られイヌガミを宿す呪物と成る。
このイヌガミ、術者に莫大なる富を与える反面、時に厄災を呼び起こし一族全員を崇り殺すことまであると言う。
また一度イヌガミが憑いた家は末代にまで憑いて廻り、その家系と関係を持った他所にまで伝染することから孤立することも多い。
そのおぞましさ、業の深さから人はこれを道をはずれた行い、外道と呼ぶ。


そうして俺は図書館を後にする。
外道だろうが畜生だろうが幸福になれるならなってみたいものである。
とは言えワンコの首ちょんぱを出来る程、俺の肝は太くない。祟りだって怖い。
地道に全うな道を歩むのが身の丈に合っているというものだろう。
そんなこんなを考えていると、ふと絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

「いぢゃあああああああああああ!!!」

声の主はゆっくりれいむ、何ともゆっくりしてない声である。
とはいえ、その頭には2本の牙が深々と突き刺さり、今尚ちゅるちゅると中身を吸われている最中であるから無理もない。

「う~う~♪」

一方のゆっくりれみりゃはニコニコと笑顔満面、れいむの餡子に舌鼓を打っている。

「もっど・・・ゆっぐり・・・じだ・・が・・だ・・・」

やがてれいむはペラペラになり、遂には何も喋らなくなった。
れみりゃは小さくゲップをすると、腕の甲でゴシゴシと口元を拭っている。

「こんにちわ」
「うー? こんにちわだどぉー♪」

俺はれみりゃに声を掛ける、不幸にもある思い付きをしてしまったからである。



「ごごがらだじでぇーーー!!」

地面からモグラの様に首だけを出すれみりゃ、その眼前にはお菓子が山のように積まれている。

「どうしたんですかお嬢様、おやつはお気に召しませんでしたか?」
「おがじ!! おがじいいぃぃぃ!!」

れみりゃは饅頭とは言え人の形をしているし、言語を操るほどの知能もある。
儀式の代替に用いたものの、考え方によっては犬よりも向いているかもしれない。
パタパタと団扇で風と香りを送る。

「うぅ、うううぅぅぅぅぅ!!!」

歯を食いしばって必死に耐えている、お嬢様のプライドと言うやつだろうか。
その姿が余りに健気だったので、もう少しばかりサービスしてやることにする。

「そうだお嬢様、よろしければ私めがお食事をお運びしましょう。」

そういって手元のプリンを匙ですくう。

「うー!! ぷでぃん、ぷっでぃ~ん♪」

手の平を返したように満面の笑顔を咲かせるれみりゃ。
すっと伸ばした匙を上下させる。プリンは目の前ではプルプルと躍り、鼻の前では甘いバニラの香りを漂わせる。

「あー・・・♪」

耐え切れずに雛鳥のように口を開く、その口内は燃えるように真っ赤である。

パク

「あ・・・? あ、ああ、ああああああああああ!!!??」

うん、旨い。
取り立てて好きと言う訳ではないが偶に食べるとどうしてこんなにも美味しいのだろうか。
口を動かす俺の前でれみりゃは大粒の雫を目元に浮かべる。
そんな様子を傍目に、黙々と匙を動かしていく。
やがて匙が底を打つようになったところで、おもむろに器をれみりゃの眼前に置く。
カラカラと匙が転がる音がやけに響く。

「うぅ・・・う!? れみりゃのぷっでぃーん!!!!!」

遂に耐え切れなくなったのか、ボロボロと涙をこぼし始める。
チンチンと匙で空の器を叩く。その音は澄んだ空に吸い込まれていった。



翌日

「「「むーしゃ、むーしゃ、しあわせ~!!」」」
「だべるなああぁぁぁ、れみりゃのぷっでぃーんだべるなああぁぁぁぁ!!!」

お菓子の山に群がる饅頭、涙を流しながら幸せ幸せと食い散らかしている。
そうして小一時間もする頃には山のようにあったお菓子も、汚らしい食いカスを残すばかりとなった。

「げっぷ・・・。ゆふーん、とってもゆっくりしてるね!!」
「「「ゆっくりしてるね!!」」」

れみりゃのことなど何のその、たらふく食べたゆっくり達は思い思いにくつろぎはじめた。
イヌガミはその怨念が大きいほど強力な呪術となるらしい。
そこでよりその思いを掻き立てるため、ゆっくり達をけしかけることにする。

「やぁおはよう、ゆっくりしてるかい?」
「「「ゆっくりしてるよ!!」」」

一斉に振り返り元気な返事を返してくれる。中々素直だ。

「ねぇみんな、あそこにれみりゃが居るだろう。怖くないのかい?」
「あのれみりゃはうごけないからだいじょうぶだよ! おにいさんもゆっくりしていってね!」

視線の先ではれみりゃが歯軋りをしながらうーうーと唸り声を上げている。いい感じだ。

「そっかそっか。ところでお兄さん面白い遊びを考えたんだけど・・・」

「いだいいだいいいいいぃぃぃ!!!」
「ゆっへん!!まりさはむれいちばんのゆっくりなんだよ!!」
「「「ゆんちょ!! ゆんちょ!!」」」
「おちびちゃんたちかっこいいよ!! さすがれいむのおちびちゃんたちだね!!」

俺の考えた遊び、それはれみりゃを虐めるというシンプルなものであった。
尤も迂闊に近づくと齧りつかれてしまう。そこでゆっくり達に石や棒を使うという入れ知恵をしてやる。
後は放っておくだけで行為はどんどんエスカレートしていき、ストレスも雪だるま式に積もっていくわけだ。
最初の頃は憎まれ口を叩いていたものの、今ではもう泣き言しか出てこない。

「うわああぁぁぁざぐやああああぁぁぁぁ!!!」

れみりゃの再生力なら死ぬことは無いだろう。
そうして2日目は過ぎていった。


更に翌日

「・・・・・・・・・」

何やら口を動かしボソボソと呻いているが聞き取れない。
目元は大きく腫れあがり、クマも墨を流したようにどす黒くなっている。
頬を伝う白い筋は涙のあとだろうか。
髪もボサボサに乱れ、顔中の至る所で痣やミミズ腫れが見られる。
燃費の悪いゆっくりの体では丸2日の絶食は堪えるのだろう、傷の回復もままならないようだ。
台所に戻り包丁を手にする。そろそろ頃合だろう。

ジャリジャリと土を踏み鳴らしれみりゃの背後に回る。
こいつには俺がどのように見えているのだろうか。
そうして鈍く光る刃を白い首筋に宛がう。
大きく息を吸う、そうして一気に刃を引いた。

「おごごごごごごごごgggggg」

斬り損じた。傷は首の中程で止まってしまった。
饅頭と高をくくっていたが、地面と密接していたためか上手く刃が入らなかったらしい。
口からは泡を吹き出し、首からは何やらヒューヒューと気の抜ける音を立てている。
仕方がないので刃先で突く様にして少しづつ削り崩していく。
一突き一突きする度にビクビクと震え、辺り一体に肉汁の香りが充満する。
そうして包丁を握る手が油でぬるぬるになる頃、ようやくにして首を落とすことが出来た。

「ざ、ざぐ、や・・・」

れみりゃはまだ生きていた。
おぼつかないが確実に意味を成す言葉を紡いでいる。意識もあるのだろう。
今更ながら可哀想という気持ちが沸いて来たが、ここまでやっておいて投げ出すことも出来ない。
喚く生首を手にし、一路畑道へと向かった。

『・・・・・!!・・・・・!?』

畑のど真ん中の畦道。その交わるところは色が変わり、耳を澄ますとそこからは虫の声のようなものが聞こえていた。


翌日
まだ声は聞こえる。

三日後
まだだ、まだ聞こえる。

一週間後
まだ、まだ聞こえる。


この日、男は遂に耐え切れなくなり地面を掘り返していた。
一堀一堀進む度、聞こえる声はどんどん大きくなっていく。
そうして掘り終えたそこにあったのは薄汚れた帽子だけであった。

話によればこの遺物を呪物として祀りあげることにより術は完成するという。
とはいえ、もう男にはそんな気力は無い。一日一日と熱は冷めていき、もはや残るは後悔の念だけである。
残った帽子のやり場に手を焼いていると、ふいに声を掛けられた。

「ゆっくりしていってね!!」

ゆっくりれいむ。こちらとは対照的に何とも幸せそうな顔をしている。

「おにいさん、きょうはおかしないの?」

はて、どうやら以前れみりゃのお菓子を横取りしていた連中の1匹らしい。
そこで男はふと思いつく。ゆっくりのことはゆっくりに。

「れいむ、いい物をあげようか?」
「ゆゆ! いいものってなぁに?」

涎を垂らすれいむに手を伸ばす。その中に握られているのはあの帽子。

「ゆびぃ!? おにいさん、これゆっくりできないよ!!」

思わず後ずさるれいむ。
だが男はなだめる様に言葉を続けていく。

「まぁ待てって。れみりゃの帽子を持っているとれいむは強いって他のゆっくり達から大人気間違いなしだぞ?」
「ゆ・・・・・?」
「おまけにこの帽子は特別せいでね。大事に大事にすると幸せーになれるんだ」
「ゆゆ!!」

「と、言うわけで大事にしろよ。」
「ゆっくりわかったよ!! おにいさん、ありがとう!!」

れいむは帽子を咥えるとペタペタと跳ねて行った。
都合よく厄介払いの出来た男はホッと一息ついた。心なし肩の荷も降りたような気がする。
そうして男は足取りも軽く家路へとついた。


「ゆっくりしていってね!!」
「ゆくっりしてっ!? れいむなにもってるの!!?」

我が家へ帰って最初に放たれたのは驚嘆の音、まりさは訝しげにれいむを見つめる。

「ゆっふっふーん・・・これだよ!!」
「ゆゆゆっ!!?」

ぺっと吐き出されたれみりゃの帽子、思わずまりさは言葉を失う。

「ど、どうじだのごれええぇぇぇ!!?」
「ゆ? ゆー・・・れ、れいむがれみりゃをやっつけたんだよ!!」
「ゆっぐいー!!!??」

れいむは見栄を張った。

「さっすがまりさのれいむだよ!! とってもゆっくりしてるよー!!」
「ゆ・・・ゆっへん!!」

えへんぷりとアゴを反らす。
パートナーの尊敬の眼差し、その日2匹は久々のすっきりをした。



「うーうー」
「ゆ? ゆっくりしていってね!!」

れいむの周りを何やら黒い影が動き回っている。

「ゆぅ? あなたはだぁれ?」
「うーうー」

黒い影は答えない。ただひたすらウロウロしているだけである。

「ゆぅぅぅ、ゆっくりしてよー!!」
「うーうー」

遂には怒鳴りだすれいむ、だが黒い影の様子は変わらない。
やがてれいむが怒り疲れた頃、黒い影はピタリとその眼前で歩みを止めた。

「ゆ!! やっとわかってくれたんだね!!」
「うー」

影は一声上げると霧散するようにその姿を消した。
その声はまるで戸惑っているようだった。



「ゆ・・・ゆっふーん!!」
「おはようれいむ、きょうもいちにち」
「「ゆっくりしていってね!!」」

朝というにはやや遅い時間帯、のどかな挨拶で2匹の一日はゆっくりと幕を上げる。
だが今日はいつもと何かが違った。何か違和感を感じるのだ。

「ゆー・・・? まりさ、なにかへんだよ?」
「ゆぐぅ・・・ なんだかまりさ、あたまがおもいんだよ」

いつも元気なまりさ、それが今日はどことなく力ない。
れいむが心配してまりさに歩み寄る。そしてその目にあるものが映った。

「ゆ!!? まりさのあたまに あかちゃんがはえてるよ!!」
「ゆゆゆゆゆ!!!??」

重い頭、その正体はタワワに実った赤ちゃんであった。
帽子のツバが影となり気付くのが遅れてしまったのだ。

「ゆゆぅ・・・れいむたちのあかちゃん、とっとてもゆっくりしてるよぉ・・・」
「ゆふぅーん・・・」

2匹揃ってうっとりー、思わず涙も零れ落ちる。
その日から2匹の子育てが始まった。

「ゆんゆっゆ~ん♪」

身重のまりさに留守を任せ、せっせと木の実拾いに打ち明けるれいむ。
幸せの絶頂、れいむは木の実を集めることすら楽しくて仕方なった。
そんなおり

「おう、こんちは」

頭上を見上げるとそこに居たのは昨日の男。そう、れいむに帽子を与えた男であった。

「おにいさんこんにちは!! ゆっくりしていってね!!」

元気よく挨拶を返すれいむ。挨拶を受け終え男は懐に手を入れる。
そうして引き出された握り拳をれいむの眼前に伸ばす。

「ほら、これをやろう」
「ゆ?」

開かれた手の平に乗っていたのは飴玉、透き通った琥珀色が何とも美しい。

「これはとっても甘くてゆっくり出来るんだ。美味しいから食べてみ」
「ゆっくりわかったよ!! ぺーろぺーろ、 し、しあわせー!!!」

だくだくと涙を流す。気に入ったようだ。
そうして1人と1匹は話し始める。
愛しのまりさがにんっしんっしたこと、赤ちゃんは皆とてもゆっくりしていること。
気付けば太陽が大きく傾く時間になっていた。

「それじゃあ れいむはもうかえるね。おにいさん、あまあま ありがとう!!」
「ああ、気をつけて帰れよ」

最後にもう数個の飴玉を受け取り、まるでリスのように頬を膨らまし帰路を目指す。
そうして振り返った背中に男の声が掛かった。

「そうだ。昨日渡した帽子、くれぐれも大事にしろよー!」

そういえばそんなものもあったな。今日これだけ幸せなのも、きっとあの帽子のおかげだろう。
れいむは一度礼を返し、今度こそ帰路へと着いたのだった。

「ぺーろぺーろ、しあわせー・・・!!」

まりさはぺろぺろと飴玉を舐めている、その目からは相も変わらずだくだくと涙が流れる。
そんな様を尻目に、れいむは神妙な面持ちで帽子の前に座る。

(ぼうしさん、ぼうしさん。れいむたちをゆっくりさせてくれてありがとう!!)

心の中で感謝を述べる。すると風も無くふらふらと帽子が揺れ動いた。

「ゆ?」

瞬間、帽子の下から真っ黒なネズミが顔を覗かせた。

「ねずみさん、ゆっくりしていってね!!」
「ぅー」
「れいむ、どうかしたの?」
「まりさ、みてみて!! ねずみさんだよ!!・・・ゆ?」

振り返った時、そこにネズミの姿はもうなかった。



「ゆ? ゆっくりしていってね!!」
「うーうー」

黒い影は今日も忙しなく動き回る。

「・・・・・・・・」
「うーうー」

あっちへよたよた、そっちへよたよた。
何を考えているのか解からない。

「ゆ?」
「うー」

最後に昨日と同じよう眼前に訪れたかと思うと、やはり同じように一声鳴いて消えた。
今日の声はなんだか嬉しそうだった。



「「「ゆっくちちちぇいっちぇにぇ!!」」」
「「ゆっくりしていってね!!」」

「まりさぁ、このこたちとってもっゆくりしてるよぉ!!」
「こんなぷりちーなあかちゃんみたことないよ!!」

きゃっきゃと歓声をあげる一家、絵にした様な幸福がそこにはあった。

「ゆんゆんゆっくり~♪」
「おっす」

今日もれいむは男と話す。
もっぱら、今日は可愛い可愛い赤ちゃんの話題で持ちきりなのだが。
ゆっくりしてない喋り方を見ると、本当に可愛くて仕方ないのだろう。
目に入れても痛くないとはこんな感じなんだろうか?
そうしてまたお菓子を貰い、れいむはぽよぽよと我が家を目指す。

(ぼうしさん、ぼうしさん。れいむたちのあかちゃん、とってもゆっくりしてるよ!!)

そうして一日の終わりに帽子に語りかける。すると昨日と同じように帽子が動き出す。

「ぅー」
「ゆ!! ゆっくりしていってね!!」

ネズミである。

「ぅー」
「「「ぅーぅー」」」
「ゆゆゆ!!?」

次から次へと出てくるネズミ、一様にヒクヒク鼻を動かし辺りを探っているようだ。

「おとーしゃん、しょのきょちゃちぢゃぁれ?」
「おちびちゃん、このこたちはねずみさんっていうんだよ!! まりさー!!」

今日こそは可愛いネズミさんを見てゆっくりして貰おう。
だがれいむがまりさを呼び連れて戻る頃、やはりネズミ達は1匹残らず居なくなっていた。



「うーうー」
「ゆっくりしていってね!!」

相変わらず影は落ち着きがない。だがもう馴れた事だ。

「うーうー」

馴れてしまえばコレはコレで中々可愛いじゃないか。そんな事を考えていると

「「「うーうー」」」
「ゆゆっ!!?」

影の数が多い。余りの多さに目を回しそうである。

「ゆゆゆゆっくりしてね!! ゆっくりしてよー!!?」
「「「うーうー」」」

影達が動くたびにザザザと不快な音が立つ。
やがていつもの様に眼前で静止する。

「ゆは、ゆは、やっと・・・ゆっくり・・・できるよ・・・」
「「「うーうー」」」

そうしてまた影達は一声残して消えていく。今日の声は何だか楽しそうだった。



それからも、れいむ達は毎日が幸せだった。
お兄さんは変わらず優しく、美味しいお菓子を与えてくれる。
れいむはれみりゃをやっつけた実力と、何だかゆっくりしている雰囲気を買われ群れのリーダーになった。
子供達は順調に大きくなり、引き手数多の美しいゆっくりに育った。
まりさも相変わらずゆっくりしている。子供が大きくなった今では、またすっきりしようかなんて可愛いことを言っている。
一日一日が楽しく、幸せで、ただただ流れるように時間が過ぎていった。


「ゆふー・・・いままでおせわになりました!!」
「むこうへいってもゆっくりしていってね!!」

すーりすーりと頬ずりをする3匹。
今日は可愛い末娘の門出の日である。互いに親愛の情を示しあうと、やがてかつての子ゆっくりはぴょんぴょんと歩き出した。
その姿が見えなくなると、残された両親はふっと短いため息をつく。

「みんないっちゃったね」
「なんだかひろくなっちゃったね」

背後にはかつて賑やかだった我が家、今では住人もれいむとまりさだけになってしまった。
ガラガラの部屋を見回す。荷物も整理しないといけないな。
そんな感傷に浸っていると、ついっとあるものに目が留まった。

帽子である。

ホコリまみれになり薄汚れてしまった帽子、最後に祈りを捧げたのは何時のことであっただろうか。
れいむはおもむろに帽子の端を咥えると、ぺっと巣の外に吐き捨てた。
幸せに溺れきったれいむには、もはやそれは只のボロキレにしか映らなかった。
刹那、脳裏をネズミの姿がよぎった。
ネズミはまるで怒っているような、泣いているような、なんとも複雑な表情を浮かべていた。



「うーうー」
「ゆ? ゆっくりしていってね!!」

れいむの前では黒い影がふらふらと揺れている。
そういえばこの子に会うのも久しぶりだ。

「うーうー」
「ゆ? どうしたの?」

影は今までと違い行儀良く座ると、何やらうーうーとれいむに呼びかける。

「うーうー」
「ゆうぅ・・・なにいってるかわからないよ!!」

必死に何かを伝えようとしているのだが、れいむにはその意図するところが掴めない。

「うーうー」
「うるさいよ!! しずかにしてね!!」

痺れを切らしぼむっと体当たりを食らわせる。
影は二転三転しようやく止まると、もう何も言わず静かに消えていった。



「ゆふぁ・・・ゆっくりおはよう!!」
「おはよう!! きょうもゆっくりしようね!!」

そうして2匹の一日が始まる。
いつもと変わらぬ静かな朝、本当に静かだった。

「それじゃあまりさ、ごはんとりにいこう!!」
「ゆっくりわかったよ!!」

ゆんゆんと巣を後にする2匹、今日も一日ゆっくり出来そうと心を躍らせる。
そんなおり

「れいむ、たいへんよ!! 」

突如として呼び止められる。視線の先ではありすがぜーぜーと息を切らしている。

「どうしたのありす?」
「いいからはやくきて!! あなたのこがたいへんなの!!」


ありすに案内されてやってきたのは昨日末娘が嫁いだまりさの家だった。
そこで目にしたの無残にも全身を食いちぎられ、今にも力尽きそうな我が子の姿だった。

「おちびちゃん!!? どうしたの!!?」
「お・・・おかー・・・さ・・・」
「しっかりしてね!! しっかりしてね!!?」
「もっと・・・ゆっくり・・・」

そうして子れいむは静かに目を閉じた。
結局つがいのまりさとその両親姉妹含め、一家全員が惨殺されていた。



「ゆ・・・だれかいるの?」
『うーうー』

姿は見えないが声は聞こえる。

「ゆっくりでてきてよ、ゆっくりでてきてよー!!」
『うーうー』



「ゆぅ・・・ゆっくりおはよう・・・」
「おはよう、れいむ・・・」

昨日の今日では流石に元気が出ない。重苦しい空気の中、2匹は手短に朝の挨拶をすませる。
だがいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。

「・・・ゆっふ!! まりさ、あのこのぶんまでゆっくりしようね!!」
「そうだね!! これからはゆっくりしようね!!」

無理矢理に自身を鼓舞する。これがあの子に出来るせめてもの手向けと信じて。
だがそんな思いもあえなく崩れ去ることとなる。

「れいむ!! 大変なの!! またあなたのこが・・・」
「ゆぐ!!!??」

駆けつけた先では昨日と同じように、愛しの我が子が力なく横たわっていた。
懸命の呼びかけにも返事は無い。
惨状は昨日と同じ、赤ちゃんまで残さず皆殺し。
まるで写真の焼き増しのような悲劇は、れいむの心をぎゅうぎゅうと締め上げた。
同時に、この一連の事件は群れのゆっくり達に暗い思いを芽生えさせていた。
どこからか笑い声が聞こえた。



「ゆっくりしていってね・・・」
『『うーうー』』

相変わらず姿は見えない。だが昨日より声の数が増えている気がする。

「ゆー・・・」
『『うーうー』』



「おはよう・・・」
「ゆぅ・・・」

もう口を開くことすら億劫である。朝が来るのが怖い。
もそもそと2匹が遅い朝食を摂っていると、願わない客が訪れる。

「れいむ・・・」
「・・・・・」

もはや返事すら返さない。
れいむは静かに食事を止めると、まりさを促すようにし玄関をくぐった。


「・・・・・ゆぅ」

時間が止まって同じところを繰り返しているような錯覚に落ちる。
ただ現実として存在するのは目の前に倒れているのは昨日とは違う子で、昨日倒れた子はもう居ないという事実。
もはやも涙も悲鳴も枯れ果て、乾いた溜息を吐き出すことが限界だった。

「・・・れいむのせいだ」
「・・・ゆ?」
「れいむたちのせいで ぱちゅりーのいっかは ころされたのよ!!」

声を上げたのはありす、今日殺されたぱちゅりーの親友だった。

「きのうのれいむも そのまえのまりさもそう!! あなたたちがふこうをよぶのよ!!」
「ゆぐっ!!!」

この時群れを取り巻く疑いの芽は、ついに確信へと変わった。
どっと沸き立つ罵詈雑言、言葉の一つ一つがれいむの胸を大きく抉る。
だがれいむは何も言い返せなかった。れいむの中にもその疑惑は消せずに存在していたからだ。

「ゆっくりしねぇ!!」
「このむれからでていけぇ!!」

言葉はやがて石つぶてとなり、れいむ達の体を激しく打つ。
2匹は痛む体を引きずって、命からがら家へと逃げ帰った。
その晩、残す娘達も泣きながら帰って来た。その体は痛々しい傷にまみれていた。

「なかないでね・・・ぺーろぺーろ・・・」
「ゆぐ・・・ひぐ・・・」

互いに傷を舐めあい、寄り添って眠る。
久しぶりの顔合わせであったが、ちっとも楽しい気持ちになれなかった。



『『『うーうー』』』

れいむは何も喋らない。

『『『うーうー』』』

れいむは何も映さない。

『『『うーうー』』』

ああ、この耳が聞こえなくなればどれ程気持ちが楽だろう。



「おはよう・・・」
「おはよう・・・」
「「「おはよう・・・」」」

作業の様に挨拶を済ます。
そうして互いの顔を見回し、れいむはあることに気付いた。

「ゆ・・・ゆゆ!? きょうはだれも いなくなってないよ!!?」
「ほんとだ!! みんないるね!!?」
「「「ゆっくりここにいるよ!!!」」」

れいむは数日ぶりに心の底から笑うことが出来た。
あの事件はれいむ達のせいじゃなかったんだ。
その証拠にこうして皆ゆっくりしているではないか!!
そう心を躍らせている時分のこと、ドスドスと戸口を打つ音がする。

「れいむ・・・」
「ありすみて!! れいむたちはみんなぶじだよ!! やっぱりあれはれいむたちのせいじゃ・・・」
「きて」

必死に捲くし立てるれいむを一瞥するとありすは短く、だがはっきりと切り捨てた。


「・・・・・なんで?」

そこにあったのはゆっくり一家の惨殺死体。その一家は昨日れいむの子供を追い出した一家だった。

「れいむたちのせいじゃないよ!! きのうはいっしょにいなかったもん!!」
「よらないで!! ・・・あなたたちにかかわると みんなふこうになるの」
「そんな!! そんなのって」
「うるさい!!・・・わかったらもうかえってちょうだい」

れいむは言葉を飲み込んで背を向けた。
石は飛んで来なかったが刺すような視線が痛かった。
やはり笑い声は聞こえていた。



その日も夢を見た。
代わり映えのしない内容だった。



そうして朝は来る。望まなくても時は流れるのだ。
もはや挨拶もなく、もそもそと食べ物を飲み込んでいく。味はよくわからなかった。
そうして食事を終え皆で狩りに出る。
擦れ違うゆっくり達は目も合わさず道を譲る。
遠くの方で声が聞こえた。
また誰か死んだのだろうか。
そうして日が暮れ食事を摂り寄り添いあって眠る。



その日も夢を見た。
夢では無くこちらが現実なのかもしれない。



朝。
食事を取り機械的な一日が始まる。
ゆっくりが減った。また死んだのか。
或いは群れを離れて行ったのかもしれない。
どうでもよかった。



夜はいい。
何も考えないで過ぎてゆく。
ただやはり耳は邪魔だと思う。



朝。
食事を取りに外に出る。
そこにはゆっくりの姿は無かった。
静かになって良かった。



この日は懐かしい夢を見た。
赤ちゃんが生まれた時のこと。
群れのリーダーに選ばれたこと。
初めて孫が出来た時のこと。
そして最後に黒い影が笑っていた。



朝。
れいむの瞳からは二筋の雫が流れていた。
今日も食事を摂り何をするでもなく時間を過ごす。
それはいつまでも続くはずだった。

「ゆぎゃあああああぁぁぁ!!!??」

突如としてまりさの悲鳴が響く。
何事かと振り返るとその体には黒山のようにネズミ達が群がっていた。

「やめてねネズミさん!! ゆっくりまりさをたべないでね!!」
「れいむなにいっでるのおおお!!? へんなごどいっでないでだずげでよおおぉぉぉ!!!」

れいむの呼びかけも虚しく徐々に解体されていくまりさ。5分もする頃には帽子だけを残し綺麗に消えてしまっていた。

「ゆ・・・ゆわあああああああああ!!!」

れいむは走った、決して振り返る事無くただガムシャラに走った。
家に駆け込むと扉を固く閉じ、ただ静かに涙した。
そうしてうつむいて咽いでいるとあるものに気付いた。それは床に打ち捨てられた子供達の髪飾りだった。



その夜、影達はれいむを囲うように整列していた。
ブスブスと燃えるような音を立てて影が剥がれていく。れいむは静かにそれを見つめていた。
そうして現れたのまりさだった。元気な頃のあの笑顔でれいむを見つめている。
隣には末娘のちびちゃん。屈託の無いその微笑みが胸に刺さる。
そうして次々と姿を見せるのは亡くなったはずのゆっくり達。
皆が皆、温かい笑みを浮かべてれいむを歓迎している。
やはりそうだ。あれは悪い夢だったのだ。
ようやく私は悪夢から目を覚ますことが出来たのだ。

「みんな!! ゆっくりしていってね!!」

れいむの呼びかけに答えようとゆっくり達は大きく口を開く。
その瞬間、口の中から数え切れない程の何かが飛び出しれいむの体に齧りついた。

「ゆっぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!???」

飛び出したものの正体、それは真っ黒なネズミだった。
餡子で染めたような真っ黒な体に、まるで吸血鬼のような牙と真っ赤な瞳。
それがれいむに覆いかぶさり容赦なくその体に牙を立てていく。

「やめで!! やめでぐだざいいいぃぃぃぃ!!!」

必死の懇願も虚しく黒い塊に飲み込まれていく。
そうしてれいむを散々いたぶったネズミ達は最後の仕上げに入る。

「あぢゅぢゅ!!? あぢゅいいいいいいいぃぃぃ!!!」

ぢゅるぢゅるとれいむの体に何かを注ぎ込んでいく。まるで餡子が溶けるようだった。
次第にその体は膨らんでいき、やがて倍程の大きさになる頃にはその皮はパンパンに張っていた。

「ゆっぐりゆるじ、おぼぶ!!? おごごごごごごggggggg」

白目を剥き出しにし、ビクビクと痙攣しながら泡を噴水のように吹き上げるれいむ。


「うーうー」


そうして噴水の中から這い出してきたの真っ黒な体のネズミだった。



朝。
眩しい日差しが一日の始まりを告げる。
鳥達のさえずりは澄んだ風に乗り、緑色の森中に響き渡る。
そこには誰も居なかった。




「そういや最近あいつら見ないな。引越しでもしたんかね?」

首を傾げる男の前には空っぽの巣穴が広がっていた。
その奥にはボロボロの帽子が横たわっていた。


うーうー


どこからかネズミの泣き声が聞こえた。


終わり

作者当てシリーズ*


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最終更新:2008年12月07日 13:59
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