「ゆっへっへっへ、これだけあれば冬もゆっくりできるんだぜ!」
朝からの初雪で白く染まった人里外れの森。
大木の根元を掘り下げた洞窟で少し大きめのゆっくりまりさは高く詰まれた食料を前に下卑た笑みを浮かべていた。
「ゆっ。
じゃあれいむたちもう人間から食べ物を取ってこなくていいんだね?!」
「ああ、いいぜ。
これだけあればこの冬も越せるんだぜ。」
この洞窟にはこの少し大きなゆっくりまりさとその家族と他にゆっくりれいむの家族が住んでいた。
ただ数も多く、身体も皆大きいまりさの家族が穴の中心で踏ん反り返っているのに大して、れいむの家族は部屋の隅でお互いを寄せ合うようにしている。
この住処の力関係は歴然だった。
「やったねおかあしゃんこれであんしんしてゆっくりできるよ!」
とはいえこれでこの冬は一安心だと思ったのか、れいむの家族も安堵していた。
「ああ、ゆっくりできるぜ!
ただしお前らは外でだけどな!」
「ゆっ!?」
言うが早いかまりさの家族は総がかりでれいむ達を体当たりで外にはじき出してしまった。
このまりさ一家、秋の終わりにこのれいむ一家の住んでいた洞窟に入り込んできて我が物顔で居座ると、
その大きな身体でれいむ一家を脅しては自分たちの食料を集めさせていた、いわゆるゲスまりさと呼ばれる種類であり、さらに最近ではもっと美味しいものをと言い出しては危険な人里から人間の食料を調達させていた。
「お前らはもう用済みなんだぜ!
そこでゆっくり凍え死ぬといいんだぜ!」
『ゲラゲラ!』
ゲスまりさ一家は洞窟の入り口でそんな勝ち誇り、下品な笑いを吐いている。
れいむ一家は仕方なく雪の中せめて、住処だけでも見つけられないかと洞窟を後にした。
一方人里。
「かさはいらんかね~
かさはいらんかね~
丈夫なかさだよ~」
年の瀬で皆忙しく買い物をする中、傘を売る老人がいた。
もっとも忙しい年の瀬、雪が降り出しているとはいっても今傘を買おうなんて思う人間はいない。
それでも老人は自分の年の瀬の用意をしなければと懸命に声を出しながら商店街を歩いていた。
…と、突然肩を乱暴にどかされ足腰の弱い老人はそのまま転倒してしまった。
「おいジジイ、マジ邪魔なんだけど。」
雪に倒れた身体を持ち上げて声のする方を見ると食料を乗せた荷車を引く青年の姿がある。
「へえ、すみませんでさぁ。」
この青年は里の庄屋に奉公に来ていたが素行も悪く、問題ばかり起こす事で有名だった。
とは言え忙しい年の瀬。
そんな青年でも何とか使わなければ手が回らないと、庄屋の番頭は仕方なく青年を買い物に行かせていた。
「はあ?
マジすみませんじゃねえよこのボケ!」
「ぐうっ!」
この寒い中使いに行かされ、重たい荷車を引かされていた青年は機嫌が悪く、その捌け口を蹴りという形で老人にぶつけた。
もっとも、奉公に来ているからには仕事をこなすのは当たり前。
機嫌を悪くする時点でどうかしているのだが…。
「たくっ、傘なんざマジ売れもしねえのに歩いてるんじゃねえよ、マジ邪魔だっつーの。」
トドメとばかりに痛みで動けない老人に唾を吐いて尚もブツブツ言いながら去っていった。
人間にもゲスはいる。マジで。
しかし、確かに傘が売れないという点は青年の言うとおりだ。
老人は起き上がるとトボトボと商店街を後した。
「おかーしゃんさむいよお…」
「ごめんね、ゆっくりがまんしてね。」
激しさを増す雪の中、れいむ一家は住処も見つけられず、しだいに降り積もる雪に体力を奪われ、力尽きようとしていた。
「おや、ゆっくりかい。
こんな雪の中に何でまた…。」
人間だ、相手は老人だが今の自分達は戦うことは愚か逃げる事も出来ない。
れいむ一家は死を覚悟した。
老人は百姓である。
ゆっくりと言えば百姓にとっては田畑を荒らされるので目の敵なのだが、
この老人の畑はゆっくりの生息地からは遠かったので特に荒らされたりすることも無く、老人はゆっくりにそれ程嫌悪を抱いていなかった。
だからこれが普通の青年や他の農家だったらトドメを刺している所だが、元々人が良く、心優しい老人はそうはしなかった。
「ゆっくりと言えどこんな雪の中じゃ寒いじゃろうて、こんな物でよければどうじゃろうか?」
それどころか彼はれいむ達に頭の雪を払いながら売れなかった傘を被せていく。
散々いたぶられて殺されるかと思っていたれいむ達は予想外の老人の行動に呆然とし、全員に傘を被せてくれるまでじっとしていた。
幸いある程度大きくなったれいむ一家は全員サイズも違わず、傘はいい具合に頭を覆ってくれる。
「おじいさんありがとう!」
「おじいさんはゆっくりできるひとだね!」
れいむ達のお礼を聞いて老人は満足そうに笑うと、雪の中姿を消した。
「あークソ、マジだりいよ。
あのジジイもうちょっとマジぶん殴っておくんだったなあ。
つーかあの庄屋のオヤジとかありえねえだろマジで。
マジこんな雪の中使いに行かせんなつーの。
マジさっさと死ねや。」
商店街から庄屋の家に向かうには人通りの少ない人里の端のを進まなければいけない。
青年は相変わらずやたら「マジ」の入った頭の悪そうな文句を一人垂れ流しながら荷車を引いていた。
ガコンッ
「ん?!」
唐突に荷車に違和感を感じ、青年が後ろを見ると荷車がかなり傾いている。
雪の中、積雪に隠された岩に乗り上げたのだろう。
普通ならこんな物に気づかないワケ無いのだが独り言に夢中だった青年は気づかず、荷車は今にも横転しそうな所だった。
「ちょっ、うわマジやべえって!
うわ…!」
そんな倒れた荷車の角に頭をぶつけて青年は気絶してしまった。
傘を貰ったとは言えれいむ一家の事態はそれ程好転しない。
住処が見つからない以上ほんの少し死期が伸びたに過ぎなかった。
「ゆっ、おかーさんあれ何?!」
視界の悪い雪の中子供の一匹が青年の倒した荷車を見つける。
幸いにも青年はまだ気絶していた。
「おかーさんごはん一杯だよ!」
「ゆっくり運び出そうね!」
れいむ達は思わぬ幸運にはしゃぎながら、横転して荷車から落ちた大量の食べ物を寄り添って使える面積を大きくした頭の上に乗せた。
傘は一匹だと斜めになっているので物を乗せられないが、何匹も寄り添えば元々面積は広いので多くのものが運搬出来る。
長い間ゲスまりさにこき使われていたれいむ達は運搬に慣れていたのでそういった知恵も働いた。
「ってててて…
マジ(い)ってえわ。
何なんだよマジで…ってうおい!
マジどうなんってんだよ?!」
雪の中目を覚ました青年が荷車を見ると荷物がはほぼ全て無い。
急いで辺りを見ると雪の中帽子に荷物を載せて遠ざかるゆっくりの影があった。
「てめえらマジなにやってんだよ!?
オイ、マジ待ちやがれ!」
急いで後を追おうとするが荷車に着物の一部が挟まって中々起き上がれない。
落ち着いてやれば簡単に外れるのだが半ばパニック状態の青年にそれはマジ無理な相談だった。
「くっそ、マジぶっ殺す!
マジ一匹残らずぶっ殺してやっからマジ覚えていろよ!」
雪の中後ろからする青年の憎悪の声を振り切り、落ち着いたところでれいむ達は休む事にした。
大量の食べ物は手に入ったがこのままこれを持っていても住処がない以上どうしようもない。
「おかーさん、このままじゃれいむ達ゆっくり死んじゃうよ!」
「そーだよ、だから死ぬ前にせめてゆっくりおなか一杯になって死にたいよ!」
子供たちに言われ母れいむは考えた。
ここで食料を食べ続けても雪がしのげない以上はいずれは死ぬ。
それも食料がある分ゆっくりと凍え死ぬだろう。
ゆっくりするのはいい事だがなるべくなら自分達も子供達も苦しまないであの世に行きたかった。
物を食べれば半端に体力が続いて苦しむことは母れいむには分かる。
「ゆっくり待ってね!
この食べ物はあのやさしいおじいさんにゆっくり届けてあげよう!」
「ゆっ!
おかーさんどうして?!」
「そーだよれいむ達どうせ死ぬならゆっくりお腹一杯食べて死にたいよ!」
「ゆっくり考えてね!
ゆっくりいい事をすればてんごくに行けるんだよ!
そうすればあの世で一杯ゆっくり出来るんだよ!」
「ゆっ、そうなの?!」
「じゃあみんあでいいことしてゆっくり天国にいこうね!」
「お帰りアンタ。
どうだい傘は売れたかい?」
「いや、それがのう…。」
雪の中家に着いた老人は妻の老婆にゆっくりの一家に傘をあげてしまった事を話した。
「すまないねばあさん。」
「何言ってんだい。
どうせ売れなかったら邪魔になるだけなんだからあたしゃ何にも言わないよ。
それにアンタがそれでいいと思ったんだからあたしも悪いなんて思わないさ。
何、年の瀬は贅沢出来なくても冬の間の買い置きは十分。
二人でゆっくり年越ししようじゃないか。」
子にも恵まれず寂しく年を越すよりはせめて贅沢にと二人で作った傘を売りに行った老人は、
それをゆっくりにあげてしまった事を咎められると思っていたが、老婆はその選択をやさしく受け入れてくれた。
自分にはこの妻がいれば幸せなのだと涙する老人に
「いやだよアンタ年甲斐もなく泣いちゃって。」
と笑う老婆。
そんな暖かな老夫婦の家の戸を叩く音があった。
「おや、誰だろうね、こんな雪の中…。」
老婆がいそいそと戸を開けるとそこには
『ゆっくりしていってね!』
「殺す!マジ殺す!
マジ一匹残らず殺してやるかんな、あのマジクソ饅頭が!」
庄屋の番頭にこっぴどく叱られ、腹いせにあのゆっくり達に復讐してやろうと雪の森を歩く。
青年には心当たりがあった。
最近人里で食料が盗まれる事が多い。
現場の様子からして犯人はゆっくりで、住処の検討も着いているからそれを掃討しようという話を青年は知っていた。
話の内容から巣の位置もそれなりに見当がつく。
マジで理不尽な怒りを燃え滾らせる青年はズカズカと雪の振る森を歩いていった。
「む~しゃむ~しゃしあわせ~♪」
れいむから奪った巣の中ゲスまりさ一家は早速食料を食い漁っていた。
「それぐらいにしておくんだぜ!
沢山あるけどせつやくしなきゃまた誰かに取りにいかせなきゃならないんだぜ!」
「ゲラゲラ、あんなの簡単なんだぜ!まりさ達は無敵なんだz…ゆべっ!」
「マジ見つけたぞオラア!」
突然洞窟に青年が入り入り口近くのまりさを蹴り飛ばして壁に餡子をぶちまけた。
「ゆっ、おにいさんここはまりさ達の…ゆぶえ!」
続けて抗議しようとした二匹目を踏み潰す。
「マジるっせえよこのクソ饅頭が!
マジテメエらだろ俺の荷物や里で食いモン盗んでたのはよぉ!」
「ゆっ、それは違うんだぜ!
盗んだのは全部れいむ達なんだぜ!
まりさは盗んでないんだぜ、分かったらゆっくりあやまっておかしを…ゆぎぎぎ…ゆぎあ!」
更に弁解と謝罪の要求を始めたまりさをマジ二つに引き裂いた。
「はあ?マジ何言ってんのオマエ。
俺マジお前らが逃げてく所見ているんだけど?
帽子被っているのなんてマジお前らしかいねえだろうがよ!
しかもマジ何よその食い物、マジ全部里のモンじゃねえか!
わかったらマジ死ねやゴルア!!!!」
「ゆげええええ!!!
なんでなんだぜえええええ!!!!!!」
雪はすっかり溶け、レティも姿を消した頃、百姓夫婦と共に農作業をするゆっくりれいむ一家の姿があった。
「おじいさん、これ何処におけばいいの?!」
「ああ、それはこっちに。
ああ、そこはもうそれぐらいでいいじゃろう、あっちにお茶菓子用意しておいたからゆっくり休みなさい。」
『ゆっくり了解したよ!』
「おじいさん達も一緒にゆっくりしようね!」
元々寂しかった老夫婦は雪の中恩返しに重たい食べ物を運んできてくれたれいむ一家を受け入れ、正月をにぎやかに過ごした。
れいむ一家はその後老夫婦の農作業を手伝いながらゆっくりと充実した日々を過ごしている。
運搬が得意で虐げられて来た為か根性とモラルが備わったれいむ一家は老人達にとっても孫のような存在になった。
老夫婦にとっても身の回りがにぎやかになり、寂しくはない。
「はるですよ~♪」
幻想郷の春は妖精リリーの能天気な呼び声で始まった。
最終更新:2008年12月07日 14:55