ゆっくりいじめ系1923 ダメな子 6



 外へ飛び出して走るうちに、雲に隠れていた月が顔を出したらしい。すぐに辺りが、
うっすらとではあるが人の目にも見渡せるようになってくる。
 闇の中の慎重さはもう必要ない、走る速度を一気に上げた。
 ちらりと、土の上に点々と続くものが……めーりんから零れ出た中身が見えたが、そ
れをいちいち確認するまでもなかった。
 はたけに、小振りな丸いものが二つ。あのどちらかが、めーりんだ。生きていて欲し
い。生きていても、危ないかもしれない。ただでさえ、すでに大怪我を負っているのだ。
自分に手当てできる範囲を、これ以上超えないで欲しい。

「じゅ…ぁ…ぉおお……!」
「じ……ねぇ……! ぐぞめー……りん、は……じねぇ……!」

 めーりんは、まだ生きていた。
 相手は、あのれいむ種。その頭に噛み付いて、上にのしかかる格好で外敵の動きを封
じている。
「い……だぃいい……れいぶ……じんじゃうでじょぉ……おんじらずの、ぐぞめーりん
……が、じねぇ……!」
 恩知らず、と言ったのだろうか。だとしたら、れいむ種の方だろう。
 だが、そんなれいむ種のことなど、どうでも良かった。めーりんに、これ以上無理は
させたくない。
「頑張ったな、めーりん。よく俺がいない間、畑を守ってくれた。もう大丈夫だよ」
「……じゃお……」
 そっと手を添えると、めーりんはれいむ種から口を離した。静かに抱き上げると、柔
らかく微笑んで目を閉じる。
 慌てて呼びかけ、取り乱しかけるが、めーりんは弱々しいものの、ちゃんと息をして
いる。
 まだ助けられる。よほどのことがないと手を出さなかった、“おれんじじゅーす”が
あれば、なんとかなるかもしれない。
「とにかく、また溶き小麦粉で傷口を塞ぎ治して……ああ、くそっ! 朝にならなきゃ、
店は開かないじゃないか! もってくれよ、めーりん……!」
「じ……ね゛……じねぇ……! ぐずめーりんは、じんで……れ゛い゛む゛は゛……」
 怨嗟の声を上げ続ける足元の醜い塊を睨み付け、踏みつぶしてやるために脚を上げた
とき、ふと思いついた。
 代わりになるかもしれない。少なくとも、滋養にはなるはずだ。
「でも、このれいむはダメだな……土で汚れすぎてる」
「ゆ゛っ……!? ゆぎっ……!?」
「やっぱり、お前はダメなヤツだったよ」
「ゆ゛っ……!? ぉがっ……ざ……!? どぼっ……!?」
 こちらの言葉に反応し、ビクビクと断末魔の震えを起こすれいむに、ことさら優しい
声でいくつかの言葉を囁きかける。

「ゆっくり出来ないゆっくりはね、地面の下の、もっと下の、とっても怖いところで、
えいえんにゆっくり……」

「苦しみ続けるんだよ」

 囁き終え、れいむ種を天辺から底まで踏み抜いた。

  ***  ***  ***  ***  

「ゆぎゃぁあああああっ!? きちゃにゃいきょわいきぼちわづいぃいいいいいい!」
 まりさは、わけがわからなかった。
 なぜこんな汚くて気持ち悪いものが、自分の側にあるのか。
 どうして自分がこんなに嫌な思いをしているのに、お母さんは助けに来ないのか。
「おがぁあじゃぁああんっ!? どきょぉおおお!? どきょにいりゅにょぉおお!?
まぃしゃはきょきょらよぉおおおおお!?」
 泣き叫んでも、優しい声は聞こえてこない。

 叩き付けられ跳ね転がったまりさ種が、黄色く気味の悪い塊に頭から突っ込み、半狂
乱で叫び、暴れて続けていた。
 友達であった2匹のなれの果てを、汚いと罵った塊を、かき乱して散らかして、辺り
一面を汚して囲いの中には逃げ場がなくなるまで暴れ続ける。
 正確には半狂乱ではなく、完全に狂っているのかもしれない。
 まりさは、ただ否定し続けていた。こんなはずがない。こんな目に、自分が合うわけ
がないと。

 ぱちゅりーは、賢くていつもまりさに的確なアドバイスをくれた。
 だから、失敗するわけがない。失敗しそうになっても、どうすればいいかは、いつも
ぱちゅりーが示してくれた。
 なのに、失敗し続けた。だったら、ぱちゅりーのせいだ。

 ありすは誰より大人で、怒ると怖いけどすぐに優しくなるところも、お母さんとよく
似ていた。
 だから、ありすが良いと言うことは正しくて、ダメということは間違っている。
 なのに、人間に捕まった。ならば、ありさはウソを付いたのだ。

 れいむはとてもゆっくりしていて、穏やかでまりさの言うことをいつも真面目に聞い
てくれた。
 まりさはれいむと一緒にいると、自分はいつも自信を持って行動が出来、勇気も湧い
てきて、とてもゆっくり出来ると感じていた。
 なのに、れいむは一人で行ってしまった。つまり、れいむはゆっくり出来ない相手だ
ったのだ。

 自分がこんな目に遭っているのは、おかしい。ぱちゅりーのせいで、ありすは嘘つき
で、れいむはゆっくり出来ないダメゆっくりだ。

 まりさは、自分が言い出して人間の村へ来たことなどすっかり忘れて、文句を言う相
手を探した。
 なのに、誰もいない。
 お前のせいだと言ってやるべき相手がいない。
 いるのは……違う、あるのは、汚くて気持ち悪い“何か”だ。

 お友達の、れいむもありすもぱちゅりーもいない。だけど、可愛くて強くて賢くて、
幸せにゆっくり出来るはずの、まりさが独りぼっちのわけがない。
 つまり……

「おぎゃぁあああざぁあああああああんんっ!!」

 まりさは、まだ子供なのだ。赤ちゃんなのだ。
 お母さんと一緒にいて、仲良しのお友達とゆっくりと過ごす未来を、夢に見ただけな
のだ。
 お母さんが、みんなとの暮らしを、友達とゆっくり遊んだことを、もう一人のお母さ
んとゆっくりした恋をしたことを……
 ゆっくりと話してくれたから、まりさも夢に見ることが出来たのだ。
 その夢が、ちょっと怖い夢になっただけなのだ。
 きっと、お母さんが怖いお話をしたからだ。
 だったら、お母さんにぷんぷんしなくてはいけない。
 そして、怖い夢を見たのだと話して、その怖くて汚くて気持ち悪いのが消えるまで、
す〜りす〜りやぺ〜ろぺ〜ろをしてもらわなくてはいけない。

 まりさは、赤ちゃんの頃に精神を退行させていた。
 幸せに、ゆっくり出来るはずの自分がゆっくり出来ないのは、

 誰かのせいで

 その誰かが居ないから

 これは不幸せな状況じゃなくて

 こんなのは嘘で

 全部嘘で

 産まれたばかりの、何もない状況で、自分は震えているのだ。

「ゆひゅ〜……ゆひ〜……おかあぁしゃああん……きもちわりゅいよぉう……ぺ〜りょ
ぺ〜りょして、きりぇいきりぇいしちぇぇ……」
 暴れることにも叫ぶことにも疲れて、まりさはただただ母を呼び、涙を流し続けた。

「囲いの内側中を、汚くて気持ちの悪いので汚して……そこに自分の涙まで混ぜ込んで
まだ広げるつもりか?」
「ゆゆっ……!? おじしゃん、だぁりぇ? まりしゃ、とっちぇもきもちわりゅくて、
ゆっきゅりできないよ! ゆっきゅりしないで、はやきゅなんとかしちぇね!」
「黙れよ、栄養」
「ゆ……え〜よ〜? にゃにいっちぇゆの? まりしゃは、まりしゃだよ?」
「一人前の図体して、赤ちゃん言葉か……まぁ、どうでもいいけど」
「まりしゃ、あかちゃんだきゃらしかちゃにゃいんだよ! ぴゅんぴゅん!」

『むきゅ! 人間が独り占めしているお野菜さんは、栄養豊富よ!』
『うっめっ! これめっちゃうめ! まりさ、こんなに美味しいご飯初めてなんだぜ!』
『む〜しゃむ〜しゃ、しあわせ〜♪ ああん、とってもとかいはなお味だわ〜♪』
『えいよーが豊富だから、お野菜さんはこんなに美味しいんだね!』
 誰かの声が聞こえた。いや、聞こえるわけがない。だって、知らない声だ。何を言っ
ているのかもわからない。

 今、目の前に立っているのが誰なのか、まりさは知らなかった。
 知らないはずだ。
 怖い夢に出てきた気もするが、そんなのは気のせいだ。夢のことなんてもう憶えてい
ない。
 この人間のお兄さんだって、だから知らなくて当然なのだ。

「ゆ゛っ……!? ぢっ、ぢが……ちぎゃうよぉ……にんぎぇんにゃんて……まりしゃ
しりゃにゃいもん……」

 『栄養』と、知らないお兄さんは言った。
 とてもゆっくりできない。なんだかわからないが、ゆっくりできない。
 だったら。

 だったら、これもきっと夢だ。
 もうすぐ、お母さんの声で目を覚ますのだろう。
 それとも、怖い夢にうなされてるまりさを心配して、お母さんがぺ〜ろぺ〜ろして、
優しく起こしてくれるのだろうか。
 そうだと良い。

 早く起こしてくれると良い。

 お母さんは何をしているのだろう。早く起こしてくれないと、まりさはゆっくり出来
ないのに。
 目が覚めたら、お母さんにぷんぷんしなくては……


  ***  ***  ***  ***  

 せっかく素晴らしいことを教えてやろうと、このゆっくりの中で誰よりも優れたれい
むが自慢の可愛い声で挨拶してやったのに、クズめーりんは失礼にも襲いかかってきた。
 頭の傷が痛くて上手く体が動かせなかったが、それでもめーりんはいなくなったよう
だ。
 当然だ。自分は賢いだけじゃなくて、強いのだから。
 クズのめーりんなどに、負けるはずがない。

「……れいむはダメ……汚れすぎ……」
「ゆ゛っ……!? ゆぎっ……!?」

 ゆっくり出来ない言葉が聞こえた。どうしてこのれいむに向かって、そんなゆっくり
出来ないことを言うのだろう。
 こんな失礼なヤツは、一体誰だろう?
 強くて怖い人間さんでさえ、れいむのゆっくりとした素晴らしさに何度も謝って、も
う来ないでくださいと頼み込んだのだ。
 可哀想で、哀れで、もう人間の里へは近づかないであげようと、そう思ってあげるほ
ど優しく心が広い、このれいむに。

「やっぱり、お前はダメなヤツだったよ……」

 嘘だ。
 そんなはずがない。

「お母さんは、とっても悲しいけど……でも、れいむはやっぱり……ダメな子だったね」

 お母さんだけは、れいむにそんなことを言うわけがない。なのに。

「ゆぁああああああ!!!? おがぁあざぁああああんんっ!? どぼじでぞんなごど
いうのぉおおおおお!?」
「言っちゃいけない言葉を、たくさん言ったからだよ」
「もう言わないから! もう言わないよ! だってお母さんが教えてくれたこと、思い
出したんだよ!!!」
「でも、クズって言ったね」
「ゆっ……!? で、でも! めーりんはクズだよ! 本当のことなんだから……」
「また言ったね」
「ゆあっ! だ、だって……」
「しねって言ったね」
「ゆぐっ!!!!」
「だから、お前は……お母さんだって言いたくないけど、お前はダメな子なんだよ」
「ゆぁああああああっ!? いやぁあああああ! もう二度と言わないから、ダメって
言わないでぇえええ!! お母さんだけは言わないでぇええええええ!!!」
「二度と言わないと言っても、もうダメなんだよ」
「ダメって言うなぁああああ! ごのぐぞおやぁあああああああ!! 子供をゆっぐり
ざせない親は、ゆっぐりじねぇええええ!!!」
「くすくすくす……はいはい。お母さんは、もうしんで、とてもゆっくりしてるよ」
「ゆ゛……!?」
「えいえんのゆっくりをして、お空の上で、ゆっくりしてるよ。真っ白雲さんのお布団
と、ぽかぽか暖かお日様で、ゆっくりしているよ」
「ゆ……ゆ〜〜〜……そこが、お母さんのゆっくりぷれいす?」
「良いゆっくりが、えいえんにゆっくりした後で来られる、ゆっくりプレイスだよ」
「ゆゆ! じゃあ、れいむもいつか、えいえんにゆっくりしたら、またお母さんと同じ
ゆっくりプレイスで暮らせるんだね!」
「……暮らせないよ」
「ど……どうして? ゆ? れいむが、まだまだ、えいえんにゆっくりしないから?」
「うぅん。お前はもう……えいえんにゆっくりするよ」
「じゃ、じゃあどぼじでいっじょにぐらぜないのぉおおおおおお!!?」
「それは、お前がダメなゆっくりだからよ。ゆっくり出来ないゆっくりだからだよ」
「れいむはゆっくりしてるよぉおおおお!!!」
「言っちゃいけない言葉を、たくさん言ったね」
「ゆぁあああ……!」

 先ほどと同じように、また責められる。
 優しい声で。優しい話し方で。優しい母が。

 れいむはダメな、ゆっくり出来ないクズゆっくりだと責めてくる。

「れいむもお母さんと同じお空の上へ行きたいよぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ダメだよ」
「ダ゛メ゛って゛い゛う゛な゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ!!!!!」
「いいかい、れいむ。可愛いれいむ」
「ゆぁあああ! れいむは可愛いよ! 可愛い可愛いお母さんの子供だよ! ゆっくり
出来る、お母さんの子供だよ!」
「ゆっくり出来ないゆっくりはね……」
「ゆっぐじでぎるっでいっでるでじおぉおおおおおお!」

「地面の下の、もっと下の、とっても怖いところで、えいえんにゆっくり……苦しみ続
けるんだよ」
「ゆぎゃぁああああああああああああっ!?」

 落ちていく。落ちていく。落ちていく。
 お母さんの言うとおり、地面の下の、どんな穴さんよりも深い深い、とても怖いとこ
ろへと落ちていく。

 落ちてくる。落ちてくる。落ちてくる。
 お母さん達の、お空の上にある幸せなゆっくりプレイスで、幸せにゆっくりしている
みんなの声が。
 落ちてきて、れいむの頭に刺さって、あんよまで貫いて。

 落ちていく。落ちていく。落ちていく。

「「「「「「えいえんに、ゆっくり」」」」」」

「「「「「「くるしんでいってね」」」」」」

  ***  ***  ***  ***  

 蛇足として、付け加えるなら。

 めーりんは、まりさ種とはいえ同じゆっくりの中身を食べることが、嫌で嫌で仕方が
なかった。
 その様子を見ためーりんにダダ甘な男は、“おれんじじゅーす”をさらに買い、めー
りんには人間が食べるご馳走……自分自身でも、普段食べられないようなものを、食べ
させてあげることにした。
 貧乏な彼にとっては、大出費だ。
 男は出費をいくらか軽減するためにと、赤ちゃん言葉を喋るあのまりさだけで、めー
りんが本復するまでは食いつなごうと決意した。それくらい、出費が痛かったのだ。

 まりさは、ゆっくりと餡を抉られながらも、その痛みから逃れるためだという言葉を
信じて、汚くて気持ち悪いと言った“もの”を、貪り食って命を繋いだ。
 それでも、三日しか保たなかったが。

 まりさがダメになってからは、男は決意通りに断食を慣行。
 彼が空腹のあまり畑仕事も出来ず、何度か意識も途切れがちになった頃、めーりんは
元気になることが出来た。

 ちょっとくらい自分も食事を摂ればいいのにと思うが、決めた通りにやるというのは
願掛けの意味もあったのだろう。男は、めーりんにダダ甘なのだ。

「じゃお!? じゃおおおん!?」
「あ〜……もう大丈夫だって。ただの貧血だよ。やっぱり、何も食べないってのは駄目
だなぁ」
「じゃぉおん、じゃおじゃお!」
「そうだね。だから、畑を耕すのは大事な仕事で……」
「じゃ〜おん!」
「めーりんの、畑を守る仕事も大事なお仕事だよ」
「じゃあぁおぉおおおおおおん♪」

 健やかに、ダダ甘に、仲良く暮らしています。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年01月11日 13:37
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。