ゆっくりいじめ系2234 れいぱー王ボロありす~第四章~

第四章


 こってりと油を絞られる。
 そんな経験値を得ることが出来た。レベルアップは出来ない。
 私は、れいぱーありすをもう一歩で捕まえるところだった、そのいきさつを語った。
「困るんだよね、一般人で、しかも探偵でもないものが、探偵気取りでうろつき回られちゃ。
 第一、その事件は今、警察がやってる最中なんだよ? せめてあんたらは情報提供程度に役に立ってくれればいいの」
 それから、ゆっくりペットショップ協会の幹部が平謝りに来たのに加え、
 私が捕まっていることを知ったある人物が(警察はその名前を教えてくれなかった)
 口添えをしてくれたことで、私は厳重注意で釈放された。

「私は、れいぱーありすという犯罪者を捕まえろとは言いましたが、犯罪者になれとは一言も言ってませんよ」
「……すいません。あの、№7の方は?」
「あの人はもう少し油を絞ってもらってます」
 そう聞くと、何だか自分がえこひいきされているみたいで居心地が悪い。
「勘違いしないでくださいね。あなたと№7の方は罪としては同じです」
「はい、その通りです」
「そこを曲げて、あなたを先に釈放させてもらったのは、あなたがあのれいぱーありすに最も近づいていると確信しているからです」
「……そうですか」
「どうです、事件の方は」
「……正直、どんどん嫌なものに近づいている気分がしますよ」
「あなたほどの人でも、そう感じるのですか」
 私は彼の方を見た。以前、彼は私の経歴を調べたと言った。どこまで?
 まさか私が産声を上げたときの様子すら知っているわけでも無かろうが。
「食事でもつきあいませんか。もう少し話したいことがあるんです」と彼は言った。
「いいですけど、話があるなら手短にお願いします。家でゆっくり達が待っているので」

 近場の、セルフサービスの洋食屋だった。店内はガラガラだった。
 私はエビフライとポテトサラダとご飯とみそ汁を取った。幹部のおっさんはがらにもなく迷っていた。
「勘定はあのおっさん持ちで」と店員に言って、空いたテーブルに座った。
 おっさんはようやく、ハヤシライスに決めたようだ。
 私は、彼が勘定を払っているときに二人分の氷水をコップに入れる。
「やあ、こりゃあどうも。とりあえず食べてからにしますか」
 私はすぐに食い終わった。十分も過ぎてない。
 ゆっくりショップをやるようになってから、食事を時間をかけて味わうということがほとんど無くなった。まあ、職業病というやつだ。
 おっさんはのろのろもたもた、小さいスプーンでハヤシライスを口に運んでいた。
 小さすぎるので変だと思っていたら、それはコーヒースプーンだったのだ。
 私は大きいスプーンを店員から貰ってくる。
「これは失敬! いやあ歳を取るって嫌ですねえ」
 それでも、十五分は待つ羽目になった。

「ふう、お粗末さん」
 とおっさんは言って氷水を飲みほした。
「話とは?」
「先ほど、あなたは恐ろしいものへ近づいているとおっしゃいましたね。
 それはどういうことですか? もう少し聞かせて欲しいのですが」
「ああ、それは……なかなか具体的な言葉に落とせないんですが……表面的なことを言えば、
 この一連の事件の犯人は、とても賢いんです。現に、私は今日、見事に出し抜かれました。
 これでもまあ、ゆっくり捕獲を素人以上にやってのける自信はあったんですが、そんなものは粉みじんですね」
「賢いというとどのくらい?」
「そうですね。私が会ったことのあるものないもの問わず挙げていくと――ドスまりさやぱちゅりーは確実に超えています。
 けーねでもまずあれほどの悪意には届かないでしょう。会ったことは残念ながらありませんが、
 伝え聞いているゆかりんやえーりんに勝るとも劣らないのではないでしょうか。
 いや、ひょっとしたらゆっくりに比較することがそもそも無理があるのかも知れない」
「そうですか、それほどですか」
「私たちは、カラスが木の実を線路に置き、電車を使って殻を割り、中身を食べるということを聞いて、
 カラスって頭がいいんだなあ、と感心するじゃないですか。でも、あいつはとてもじゃないが、そんな風に見下せるものじゃない。
 陳腐な言い方ですが、悪魔が知恵を貸したんじゃないかと思えるくらいです」
「ほう、悪魔が、ですか」
 と、幹部のおっさんは感じ入ったような声を上げた。

「今日は、本当に事件を完全解決できるチャンスだった。もう相手は警戒して事件を起こさないかも知れない」
 私は天を仰いだ。それが正直な今の思いだった。
「また、チャンスは来ますよ。きっとね」
 だが、目の前の彼は断言する。やけに自信たっぷりだ。
「やつは絶対に、事件を止めません」
「……何故です?」
「お気づきになりませんか、今までの犠牲者を見てきて」
 私は頬肘を突く。犠牲者の共通点と言えば、新しい家に飼われていて、しかもその家はこぞって裕福な家で、
 ゆっくりたちはみな、金バッジか銀バッジで――

「犠牲となったゆっくりは、全て人間に愛されていたんです。そしてゆっくり達も人間を愛していたんです。
 そして、そういう関係がある限り、やつはいつまでも続けます。
 この世にいる、愛されるゆっくりが一体も存在しなくなるその日までね」
 私は言葉を失った。もちろんそんなことは分かっていた。だが、心の底のどこかで、そのことを見過ごしていたのだった。
 飼われているのだから、そういう感情があるのは当たり前だと思っていたのだ。
「まあ、私が分かることといったら、その程度なんですけどね。何かのヒントになればいいのですが」
「……あなたは、ゆっくりを商売にしているだけの人じゃないんですね」
「いやいや、ただのおっさんですよ。ただ、命を持った饅頭のことを、人より少し好きで、嫌いなだけの中年男です。
 あなたと同じようにね」
「そろそろおいとまさせて貰います。ゆっくりたちの世話をしなければ」
「そうですか、がんばってください」


 そう言えば、きめえ丸を交番にほったらかしだった。
 とはいえ、警察もむげには扱っていないだろう。彼女の頭巾には、飼いゆっくりであることを示す銀バッジを付けてあるのだから。
 一昨日、少女に暴言を吐いたありすから取り上げてズボンのポケットに入れておいたものだ。
 こんなところで役立つとは思わなかった。なんで一昨日と同じズボンを履いているんだ、と突っ込まないで欲しい。
 服装が経済状況を如実に反映しているだけのことだ。
「困るよ、警察は飼いゆっくりを預かる場所じゃないんだから。バッジ付いてなかったら、すぐに業者に引き渡しているところだよ」
 すいませんと謝って、交番の隅っこにぽつんと座っているきめえ丸をつれて出た。

「しっかし、どうしてお前、屋根の上で寝ていたんだ」
 帰り道の電車の中、隣りに立っているきめえ丸に聞いた。
「ねてない。ちゃんとしゅざいしてた――おお、ねむいねむい」
「お前、さっきも寝てたじゃないか。で、取材の結果、何か特ダネはつかめたか」
 周囲の人が、ゆっくりを電車に連れ込んでしかも対等に喋っている人間から距離を置いている。
 他人が自分をどう思ってるかなんて気にしない。
「はいすいこうのちかくに、ぼろぼろのありすがいた。
 そいつがこっちにむかってなきごえをあげたら、きづいたらやねのうえだった――おお、きもいきもい」
「……そいつの写真は撮ったか?」
「すくーぷは、まもった――おお、えらいえらい」
 そう言って、きめえ丸は少しかがみ込み、胸元から使い捨てカメラを取り出して私に差し出した。
 うげっ、何か谷間が見えたぞ。周囲からひそひそ話が聞こえる。しかもこのカメラ、なんか生暖かい。
 しかし、こいつもほんといい性格してるな。

 もう、日は完全に沈んでしまった。星がちらほらと見える。
 勢い、私の足取りは速くなる。
 木曜日は定休日。ゆっくりたちに昼食を食べさせるよう、五代君に鍵を預けて頼んであるのだが、夕食までは頼んでいない。
 まさか一、二時間待たせた程度で餓死するようなことはあるまいが、どんな不具合が起こっているか分からない。
 金曜から日曜は、ありす探しを中断して店のことに集中しよう。
「帰ったら、背中の羽も治さないとな」
 と私は背負っているきめえ丸に語りかけた。きめえ丸は首を左右にゆっくりと動かす。

 私は、ショップの見える場所まで来て、眉をひそめた。
「誰だ……?」
 ショップの明かりがついている。その中で人影が動いている。
 私は、ショップの中に入る。異様に静まりかえっている。全てのゆっくりが、眠っているのだ。
 ウサギの耳の付いた帽子を目深にかぶり、どこかの学校の制服とおぼしきブレザーを着た少女がそこに立って水槽の中をのぞいていた。
 そして、こちらに振り返る。口元は美少女だと分かる。が、伏し目がちでその目を見せない。

「ああ……ごめんなさい、この子達があまりにもご飯をねだってうるさいので、
 勝手ながら台所で適当なものを見繕って、食べさせたんです」
「今日はやけに不法侵入に縁のある一日だなあ。見ての通り、ここには高く売れるようなゆっくりはいないよ」
「ええ、そうですね。私に似た顔のものがいなくて安心しました。とても評判が悪くて……」
「まあ、泥棒さんじゃないなら、うちのゆっくりに夕食を与えてくれたお礼に、ちょっと上がっていかないか?
 大したおもてなしは出来ないけど」
「いえ、ここで結構です。手短に用件を済ませなければならないので。でないとあのすきま妖怪に連れ去られてしまう」
「? で、用件って何かな?」
「私ども、永遠亭は、そちらのゆっくり加工所なるところとは手を結んでいません」
 と、彼女は言った。
「ですから、あなた方が危惧している、新規参入の心配も不要です。
 そもそも、その噂を立てたのは当の加工所です。既成事実にしようとしたんですね。
 でも私のお師匠様はすぐにそれをお見抜きになられました。それで、私が派遣されたんです。
 彼らに軽く罰を与えるようにと。そちらの用事は済みました」
 彼女は淡々と続ける。
「私は、そのついでに、そちらで今騒がれているれいぱーありす事件も少し調べて、お師匠様に連絡しました。
 お師匠様はすぐに、一つの結論を出しました。その事件の犯人は、次にこの辺りの家をターゲットにするだろう、と。
 この情報は、多少なりとも私どもの名前が、あなた方にいらぬ心配をさせたことの罪滅ぼしとお考えください」
「はあ……そりゃどうもわざわざご丁寧に」
 彼女はため息をついた。
「……ほんと、意地の悪い方。私が用件を伝え終わるまで待っていてくださるなんて」
「え?」
「もう、近くに来ています。目を閉じていた方がいいですよ」
 私が一度振り向いて背後を探し、もう一度向き直ると、少女は跡形もなく消えていた。

「先ほどのウサギが言っていたとおり、目を閉じていてくださるかしら? 
 万が一、私のすきまをのぞいてしまったら、あなた、きっと気が狂ってしまうわ」
 私は言われるとおり、目を閉じた。
 少女の声だった。先ほどのウサミミブレザーの少女よりもなお若い声質だ。
 なのに、感じられる威厳というか落ち着きは彼女以上だった。

「まあ、私の用事というのは、さっきのウサギを回収すること。
 だからもう用事は終わったんだけど、あの子のお師匠様に、ちょっとだけ張り合おうと思うの」
「私の計算によれば、あなたの探しているゆっくり、なるものは次の週の金曜日に、小さなお花畑に現れて事件を起こそうとするわ」
「私はデウス・エクス・マキナを気取るつもりはないわ。それを捕まえられるか否か、そして捕まえてどうするかはあなた次第。
 もう一度言うけど、これは私自身が、ちょっと胸を張るためにやった、ささやかな戯れよ」
「あと……ごめんなさいね。その背中の子、私のすきまをのぞいてしまったわ」
 背中にかかっていた重量が、無くなっていた。

 私は目を開けて店内を見回した。
 いるのは、店内で何が起こったのかも気付かず、眠りこけているゆっくりばかりだった。



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最終更新:2009年02月28日 23:08
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