ゆっくりいじめ系2707 死ぬことと見つけたり4

「ゆぅぅぅぅぅ! どうじでぞういうごというのおおお!」
 れみりゃへの怒りで一つになって一致団結……かに見えたゆっくりの群れだったが、早速分裂しそうになっていた。
 お決まりの強硬派vs慎重派である。慎重派筆頭はもうこれはそういう星の下に生まれたのであろう長女まりさ。強硬派の方は長である母まりさと他の姉妹。ちなみに十七匹もいた姉妹たちも、軍隊長まりさをはじめとしてれみりゃに殺され、十匹にまで減っている。
「ゆぅ、これからどんどん暗くなっていくよ。れみりゃはまりさたちよりも夜目が利くから、こっちが不利だよ。とりあえず、長のおうちなら生き残ったみんなが入れるからそこに立て篭もって夜明けを待つべきだよ」
 しっかりと戸締りをすれば、れみりゃでもそう簡単に開けることはできない。無理に入って来たら、そこをみんなで攻撃すればいい。
 これは、妙案と言えた。ゆっくりたちはいまいち理解しておらず、長女まりさといえどもそうはっきりと認識していたわけではないが、これまでゆっくりたちはれみりゃの機動力によっていいように蹂躙されてきたのである。力の差ももちろんあるが、まずなによりも機動力だ。家に立て篭もることによって、れみりゃの機動力の有効性を減退させることができる。入り口で待ち伏せればいいのだ。どこに来るのかがわかっていれば、そこに全戦力を集中することもできる。
「ゆぅぅぅ! すぐにれみりゃをとーばつしに行くべきだよ! だいたい、そうやってみんながかたまってたられみりゃは怖がって出てこないよ!」
 ここでも、ゆっくりたちの判断力を鈍らせているのは、自分たちは強い、という認識であった。れみりゃはコソコソと少数で行動しているものや、子供などの弱いものを狙ってきている。それは、れみりゃも兵隊ゆっくりたちが三十匹もいてはかなわないとわかっているからだ。だから逆に、そうやって数が揃っている以上、れみりゃは姿を現さないだろう、というのが強硬派の言い分である。
「でも、みんなで探しに行ったら、また子供たちが襲われるかもしれないよ」
「ゆゆぅ……」
「それはだめだよ、もう子供たちを殺させるわけにはいかないよ……」
 先ほどの惨劇が脳裏に蘇ると、さすがに強硬派も少し腰が砕けてくる。先ほどの襲撃で殺された子ゆっくりは五匹程度だったが、逃げることもできずにいた赤ゆっくりの被害が大きく、三十匹は殺されていた。
 咲夜はこの群れの数を二百匹程度と見積もっていたが、それは大体当たっていた。
 長まりさの一家が約二十匹。彼女らを含めぬ兵隊ゆっくりが四十匹程度。兵隊ゆっくりではない大人のゆっくりがやはり四十匹程度。後は、子ゆっくりと赤ゆっくりが百匹程度。群れの総数二百匹と言っても、基本的に子沢山なゆっくりであるから、子供の割合がかなり大きくなる。
 一連のれみりゃの襲撃により、兵隊ゆっくりは三十匹は殺されている。兵隊ゆっくりではない大人ゆっくりは殺されたのは十匹程度で三十匹残っている。子ゆっくりと赤ゆっくりは合わせて、約六十匹しか残っていない。ゆっくりは大きな数は認識できないものの、こうまで殺されると「とにかくすごくゆっくりできない数が減った」ということはわかる。
「ゆゆ、そこでまりさは考えたんだけど」
 と、長女まりさが切り出した。
「ゆゆっ、ゆっくり聞かせてね!」
 長をはじめ、ゆっくりたちは熱心にその話に聞き入った。
 作戦は、いわばおうちにいる子供たちを囮にするものだった。子供を囮、というだけで露骨に嫌がるものもいたが、結局これしかないと長女まりさと、逸早く同意したゆっくりたちに説得されて、長まりさが断を下したことにより、作戦は実行に移された。
「うー、おめめぱっちりだどぉー」
 数時間眠って、目を覚ましたれみりゃは周囲の漆黒の闇を見て嬉しそうにダンスを踊る。
「うー、あー、れみりゃのじかん、だどぉー」
 と、踊りつつ、なんだかとてもいい感じだとれみりゃは思った。
「これがゆっくり……ちがうどぉ、ゆっくりはもっとゆっくりしてるんだどぉ」
 その正体はわからぬが、とにかく今、楽しいのは確かだった。嬉しくなってさらに尻の振りを大きくして踊る。
「さぁて、今度はどうやって攻めてやろうかな、だどぉ」
 楽しい。
「とりあえず、あいつらのおうちの様子を見に行くどぉ」
 とにかく、今、楽しいのだから、楽しまねば損だ。なにしろ週に一度のぷでぃーん以外になんの楽しみもないゆっくり生だったのだから。
「うー、誰もいないどぉ、みんなおうちでおねむーかな、だどぉ」
 集会場にはゆっくり一匹おらず、さっきの襲撃で潰されたゆっくりたちの死骸の一部が草や地面にこびりついているばかりだった。一応、片付けられる限りに片付けたようだ。
「うー、あれ?」
 れみりゃは夜行性なのでけっこう夜目が利く。
「あそこは、さっきは穴が開いてたはずだどぉー」
 そう、そこは洞窟で、そこにゆっくりたちが逃げ込んでいたのを確かに覚えている。あの時は兵隊ゆっくりや、逃げられずにいる赤ゆっくりを潰すのに専念していたので洞窟に逃げ込むゆっくりは放置していたが、確かにあそこには穴があったはずだ。それが完全に塞がれている。
「うー、あそこに隠れているに違いないどぉー」
 れみりゃは、そろーりそろーりと抜き足差し足で、その塞がれた穴に行ってみた。
「うー」
 壁の向こうから微かにゆっくりの声が聞こえてくる。
「ゆゆっ、みんなれみりゃを探しに行って、ここにいるのは戦いは下手なゆっくりと、子供と赤ちゃんだけだよ」
「ゆうぅ、やっぱり怖いよ、不安だよ」
「ゆっゆっ、この扉はれみりゃにも壊せないから大丈夫だよ!」
「ゆっ、そうだね!」
「がんじょうに作ってあるもんね!」
 そんな会話を聞いて、れみりゃはにやりと笑う。
「うー!」
 少し扉から離れて助走をつけて思い切り木剣を突き込むと、扉にはあっさりと穴が開いた。中から「ゆゆーっ!」という悲鳴が聞こえてくる。
「うーっ、こんなうっすいドアはれみりゃのこんばくりゅうでイチコロなんだどぉ」
 ばきばきと穴を広げていく。
「やめてね! やめてね!」
「この中には、戦えないゆっくりとおちびちゃんたちしかいないんだよ!」
「やめちぇ! れみりゃはあっちいけー!」
「うー、うー」
 中からの悲鳴懇願は当然これまで通り無視である。
「う?」
 だが、成体サイズのゆっくりが通れるぐらいの穴が開いたところで、木剣が欠けてしまった。扉を作るのに使った材料の中に鉄板があり、その鉄は、硬度は先ほどのみょんの剣とそう変わらなかったが、軽量のゆっくりがくわえているのではなく、扉の材料として固定されていたために、さしもの咲夜お手製の木剣も負けてしまったのだ。
 それでも折れることはないだろうが、れみりゃは咲夜にこれを「プレゼント」として貰っているので、これ以上傷つけたくなかった。
「うー」
 現時点で開いている穴では、胴つきであるれみりゃは通ることができない。
「うー」
 何か他に武器は無いか、と見回すがあいにくそういうものは無いし、それにれみりゃの中ではこの扉は、咲夜がくれた木剣よりも強い、という認識ができあがっており、生半可なものでは逆に壊れてしまう、と思った。
 腰に下げてあるナイフを思い出したのはその時だ。これは咲夜が愛用しているのと同じものである。当然切れるし丈夫である。
「うー、さぐやのぷれぜんとを折るわけにはいがないどぉ」
 しかし、れみりゃはそのナイフを「短かくて弱そうだから」という理由だけで耐久性は低いと思い込んでいた。ゆっくりを斬り付けるならともかく、この扉をこじ開けることができないだろう、と。もちろん、そんなことは無いのだが、とにかくれみりゃはそう思い込んでいた。薄れている記憶を掘り起こす。咲夜にはもう一つ、なにかを貰ったはず。
「うー……うっ!」
 ようやく思い出したようだ。れみりゃは尻振りダンスをかました。
 それから座り込み、帽子の中から何かを取り出した。それは円形の筒でれみりゃの片手におさまる程度の大きさで、それに紙が巻き付けてある。
 その紙を広げて、れみりゃは、うー、うー、とそこに描いてある絵をじーっと見ていた。
「ゆゆっ! もう行こうよ!」
 にっくきれみりゃがもたもたしているのに耐えかねて、れいむが隣にいる長女まりさへ言った。
「ゆっ、だめだよ。今行ったら、れみりゃは飛んで逃げちゃうよ」
「ゆゆぅ……」
 れいむは、力なく下を向いた。長女まりさの言うことが正しいということはわかっていた。しかし、このれいむは、先の襲撃で三日前に生まれたばかりの赤ちゃんを三匹とも潰された上に、護衛に残っていた部隊に伴侶のまりさがいて、これも殺されたために、れみりゃのせいで今日一日で家族を全員失うという憂き目に遭っていた。
「もう少し待つんだよ。もう少し、もう少しだけゆっくりと待つんだよ」
 妹を七匹殺された長女まりさには、れいむの気持ちが痛いほどにわかる。だが、その恨みを晴らすためにも、今は待つ、ゆっくりと。
 長女まりさは、ゆぅゆぅ唸って考えて、れみりゃを仕留めるにはまず飛べなくすることだ、という結論に達した。どんなに追い詰めても、れみりゃが飛べて自分たちが飛べない以上、逃げられる可能性が高い。
 そこで、長女まりさが考え付いたのが今回の作戦である。
 まず、長のおうちである洞窟に、兵隊ゆっくり以外の全てのゆっくりが入り、そして兵隊ゆっくりも十匹ほど入る。先ほど、戦えるものが全て出払っていると言ったのは、れみりゃにわざと聞かせるための嘘であった。
 扉をこじ開けてれみりゃが洞窟の中に入る。その時、中にいるものたちは悲鳴を上げて逃げる。……これは演技をせずとも、れみりゃに対する本能的な恐怖から自然とそうなってしまうであろう。
 非戦闘ゆっくりばかりと油断してれみりゃが洞窟の奥まで入ったら、奥に隠れていた兵隊ゆっくりたちが全力で打ちかかる。それを率いているのは長まりさであり、そう簡単にパニックを起こすことはないだろう。あの洞窟はいざという時に群れのゆっくりが避難する場所にもなっているので、かなり広い。奥の奥まで誘い込めば出ようと思ってもそうすぐには出られない。そこで、表に隠れていた長女まりさの率いる別働隊二十匹が入り口を塞いでしまう。洞窟の中に閉じ込めて飛んで逃げれなくなればこっちのものだ。三十匹の兵隊ゆっくりによる攻撃にれみりゃは耐えられないだろう。
 れみりゃに飛行しての逃亡を許さない、という観点から見ればよい作戦である。しかし、果たして戦闘訓練を積んでいるとはいえ、三十匹のゆっくりでれみりゃを倒せるのか?
 ――倒せる。
 と、そこは長女まりさも他のみんなも確信している。
 どんなに知恵があり賢くても、物事の判断材料となるものは多くは自らの経験だ。その経験を正しく積んでいないと、どんなに賢くてもそもそもの前提が違っているために思う通りの結果が出ない。
 この長女まりさがまさしくそうであった。まず最初に、おそらく世界一弱いれみりゃに勝ってしまった。その時のれみりゃの弱さこそが勝因なのだが、そうは思えない。なにしろれみりゃと初めて戦ったのだから、比較する経験が無いのだ。
 それから後は、れみりゃやふらん、その他の外敵とまともに戦う機会を与えられなかった。紅魔館の妖精メイドたちが、うちのれみりゃが鍛え終わるまであいつらを殺させるなとのメイド長の指令によってあの手この手で群れを守り、しかもそれを自分たちの実力であると思わせた。特例中の特例の経験を修正する機会を全て奪われて、長女まりさほど賢いゆっくりが、とにかくれみりゃを空へ逃がしさえしなければ確実に勝てる、と確信してしまっている。
 そして、誤算はもう一つあった。
 このれみりゃのバックには十六夜咲夜という下手な妖怪なんぞ裸足で逃げる恐ろしい人間さんが着いており、彼女がれみりゃに円形の筒状をした道具を渡していたこと。
「うー、ひもをひっぱって抜く、おうちに投げる。……かんたんなんだどぉー」
 紙に描いてあった絵は、筒の使い方を字だとわかりっこねえので絵にして示した、いわば取扱説明書であった。咲夜が無駄に力を入れた写実的なれみりゃが筒から出たひもを引っ張って、それをゆっくりがいる穴の中に投げ込んで、うーうーと尻を振って踊っている絵である。
「うー、さぐやのくれたこの丸いのを喰らうがいいどぉ」
 れみりゃはひもをぐっと引っ張った。何かに引っかかって取れないように、少し堅いが、れみりゃが全力を出せば抜けるようにしてある。
「うぅぅぅぅっ、うーっ!」
 すぽんと紐が抜けた。するとその穴から煙が噴出し始めた。
「うー、もくもくだどぉ、えい、だどぉ」
 扉の穴に、それを投げ込んだ。あの筒は、ゆっくりをいぶり出すための発煙筒だったのだ。
「ゆゆぅ、れみりゃ来ないねえ」
「なにをゆっくりしてるんだろうね、ゆっくりしてないではやくしてね!」
「ゆっ? 何か入ってきたよ。ゆゆっ!? もくもくがもくもく出てるよ」
「なんなのこれ、ゆっくりできないよ!」
 中から途端に悲鳴が上がる。咲夜が持たせただけに、ただの発煙筒ではない。その筒に「八意」という、ゆっくりにとってはそれだけで禍々しくゆっくりできない文字が書かれているそれは、ゆっくりにとっては極めて高い毒性を持った煙を噴出する。
「ゆ゛、ゆ゛っぐりでぎない……」
「おぐ、おぐ、おぐへ逃げでええええ!」
「びんなあ、おぐだよもっどおぐへぇぇぇ!」
「ゆっぐりでぎなぐなるよぉ、あのもくもくは、ゆっぐりでぎないよぉ……ゆぐぅ!」
 扉のすぐ向こうにいたゆっくりたちは最初に無警戒に煙を吸い込んでしまったために、奥へ行く途中に倒れて死んで行った。
「ゆゆっ?」
 表で待機していた別働隊は、一体何が起こっているのかわからず、かといってれみりゃが洞窟の外にいるので出ていくわけにもいかず。
「れみりゃ、扉を開けるのを諦めたのかな?」
「ゆぅ、でもゆっくりできない踊りをしているよ……」
「MPが吸い取られそうなのぜ」
 皆は、長女まりさの指示を待っている。
「ゆぅ……」
 しかし、長女まりさとて何が起こっているのかわからなければ判断の下しようが無い。賢いだけに、判断材料が揃わないと決断できない、というところが彼女にはあった。
「ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!」
 やがて、洞窟の中から物凄い苦しそうな、ゆっくりできない声が聞こえてきた。そして、内側から扉が壊されているではないか。
 この扉は、内側からは簡単に壊せるようにしてある。巣作りをするゆっくりならば出来て当たり前の技術である。
 そのため、いざ内側から開けようとすれば、それは簡単だった。扉が壊れると、つん、と嫌な臭いが漂ってきたので、それを嫌ってれみりゃは後ろに下がった。
「ゆ゛げっ、ゆ゛げえっ」
「ごほっ、ごほっ、ごほごほ」
「ゆぅ、ゆぅ、ゆぅ」
 吐くもの、咳き込むもの、へたり込むもの。とにかく、洞窟の中にいたみんなが弱っているのだけはよくわかった。
 それでも、最初に思い切り吸い込んでしまったゆっくり以外は死に至らなかった。洞窟が広く、煙の毒性がそれほどでもなくなる程度に拡散したからだ。
「うー、嫌な臭いが消えてきたどぉ」
 扉が開いたことにより、煙の残滓も外に逃げて行った。れみりゃは木剣を頭上に掲げつつ、扉を壊して表へ転がり出してきた長まりさたちへと近付いていく。
「……ゆゆゆーーーっ! 突撃ぃ!」
 長女まりさは、作戦が失敗したことを悟り、別働隊に突撃を命じた。しかし、まだれみりゃは洞窟の入り口近くにいる。
「みんなで一斉に体当たりしてれみりゃを洞窟へ入れるんだよ!」
「ゆぅぅぅぅぅ!」
 みんなで一斉に、とは言っても二十匹全てが一辺に当たれるわけではない。それに、あくまでも油断しないれみりゃは、後背からゆっくりたちが現れた時点でとにかく飛び上がり、距離をとって様子を見ることにした。
「ゆ、ゆゆぅ……」
 もはや、完全に洞窟の中にれみりゃを入れて飛んで逃げれなくなるという作戦が破綻して、長女まりさが悔しそうに呻く。
「れみりゃああああ!」
 長女まりさが叫んだ。
「いつまで逃げ回っているの? 弱いの? ヘタレなの?」
「うーっ?」
「まりさたちは、れみりゃなんか怖くないんだよ! ただ、そうやって飛べるから、逃げられてるだけなんだよ!」
 長女まりさは、もういちかばちか、他に手が無くなったので挑発するしかなくなったのだ。れみりゃ種にしては慎重な相手である。そんなところは自分に似ている。この程度の挑発には乗らないかもしれないが、それでもとにかく、もうそれ以外に手が無かった。
「そうだよ! まりさたちはね! 前にれみりゃをやっつけたことがあるんだよ!」
 毒煙のダメージから回復した長まりさも、上空に向かって叫ぶ。
「その時は、まりさとそこのまりさと、まだ子供だったまりさとれいむたちだけで勝ったんだよ! まりさたちはその時よりも強くなっているし。仲間も増えてるんだよ! 絶対にれみりゃなんか、まともに戦ったら負けるわけがないんだよ!」
「そうだよ、おかーさんは、長はちゃんぴおんのれみりゃをやっつけたんだよ! お帽子についてる赤いのがそのしょーこだよ! 怖いからコソコソ逃げ回る気持ちはわかるけど、そろそろちゃんと勝負してね! おくびょうもののれみりゃちゃん!」
 長女まりさの作戦を察してそれに乗ったもの、或いはもう家族を仲間を失った怒りを嘲りにしてれみりゃにぶつけるもの。少数の前者と多数の後者であったが、とにかくやっていることは同じであった。みんな、れみりゃの臆病さと卑怯さとゆっくりしてなさを罵倒して、度胸が少しでもあるなら、正々堂々勝負しろ、と挑発した。
「うー」
 今まで、れみりゃはなんとなくこの群れを漠然と母の仇だと思っていた。しかし、今ここに、はっきりと自分がやった、と言うゆっくりを見た。
 ――こいつが仇。
 れみりゃの中に、はっきりとした輪郭を持った「母の仇」が生まれていた。
「うーっ!」
 急降下。木剣を振る。狙いは、母から奪い取ったというちゃんぴおんの証。
「ゆぐぅっ!」
 見事に命中。赤バッチのついた帽子が宙に舞う。ついでに長まりさの頭皮にも傷をつけていた。
「ゆぅ、まりさの、お帽子!」
 慌てて帽子を拾いに行く長まりさ、帽子をくわえた瞬間、再び急降下してきたれみりゃが、木剣を突き刺した。
「ゆ゛ぐあ゛あ゛あ゛あ゛!」
 後頭部を貫いて口から切っ先が姿を見せている。
「うー!」
 足で長まりさを踏みつけて木剣を抜き取る。別に長まりさを狙ったつもりはなく、あくまで帽子についた赤バッチを狙ったのだが、長まりさが帽子をくわえたために、そうなってしまったのだ。
「うー」
 今の一撃で、れみりゃは冷静になった。クールに瀟洒、私のように。咲夜の教えはれみりゃの脳髄にまでこびり付いている。
「ゆっ、逃がしちゃだめだよ!」
 宙に浮いたれみりゃを見て、長女まりさが慌ててみなに命じる。しかし、れみりゃは逃げるつもりなどなかった。
「うーっ!」
 三度の急降下。狙いは……またもや長まりさ。徹底的に長を最初に叩いておこうというのか。長女まりさの指令というよりお願いが飛ぶ。
「ゆゆっ、おかあさんを守って上げて!」
 長まりさを心配して傍らに駆けつけていたれいむが、木剣に薙がれてふっ飛んだ。餡子を点々と地面に落としながら。
 クールで瀟洒なれみりゃの狙いは最初から長まりさではなかった。怪我をした長を心配して寄って来て、傷口をぺーろぺーろしている奴を狙ったのだ。なぜか、隙があるからだ。それ以外に理由は無い。隙のより大きいものから攻撃する。クールに、瀟洒に。
 クールはともかく、瀟洒はちと違うのでは、と言いたいとこではあるが、れみりゃにとってはクールも瀟洒もあまり変わりなく、怖い時の十六夜咲夜のようであればそれであるという認識なのだ。
 上空からの急降下しての一撃離脱に、ゆっくりたちはなす術が無かった。
 はじめは、あのれみりゃは逃げる気が無いようだ、と安堵した長女まりさであるが、手の届かない天空から一方的に攻撃を仕掛けられるとなると、安堵は恐怖に変わった。
「ゆぅ、はやくしないと、ゆっくりしてられないよ」
 ちら、ちら、と視線は長――母まりさへと注がれる。今すぐに手当てすれば、間に合うかもしれない。すぐにぺーろぺーろして、パチュリーのお墨付きの薬草の葉っぱで傷口を塞げば助かるかもしれない。
 しかし、それはできない。長の危機に駆け寄ってぺーろぺーろするゆっくりは先ほどのれいむのように何匹かいたが、全てがれいむと同じ運命を辿った。れみりゃは明らかに、そうやって無防備になっているゆっくりを優先して狙ってきていた。
 れいむの次にまりさ、みょん、れいむ、の計四匹が長の傷の手当て中に急降下攻撃を喰らって死ぬと、もう長へ駆け寄るものはいなくなった。
 長女まりさだって、すぐにでも行きたい。ぺーろぺーろしたい。大丈夫だとおかあさんを励ましたい。でも、それをすれば自分がやられる。おそらく、長に続いて自分がやられれば、まがりなりにもなんとか成立しているこの戦闘集団は瓦解する。
「ゆゆぅ、ゆっくりでぎない゛よぉ、もうやぢゃああああ!」
 遙か高みから恐ろしい敵に見下ろされる緊張感に耐え切れずに、どうやら理性が壊れてしまったらしいまりさが何もかも、敵にも味方にもおうちにも背を向けて走り出した。
「ゆっ、だめだよ!」
 それは、長女まりさの妹のもはや数少ない生き残りであった。姉妹の中では一番戦いに向いていないと思った。種でいえば、まりさ種はれいむ種よりも戦いや狩り向きだが、姉妹のれいむたちよりも、あのまりさは向いていなかった。何度も、兵隊ゆっくりから他の仕事に変わるように言った。でも、あの子は聞かなかった。
「まりさは、えらいえらーいちゃんぴおんの子供なのぜ。戦ってみんなを、群れを守るのぜ!」
 そう言われては、それ以上何も言えなかった。おとなしい気性のくせに、荒っぽい軍隊長まりさの真似をして「なのぜ」などと言っているのが、明らかに無理をしていて心配だった。
 今度の戦い、妹は生き延びてきた。正直、真っ先に死ぬと思っていた。しかし、生き延びた。まともな戦いはせずに、他のみんなの後ろに着いていただけだ。生き延びられたのは、運の要素が強い。たまたま、れみりゃの視界の中にいなかった。いても、たまたま、あの子よりももっと隙だらけのゆっくりがそばにいた。
 それでも、よくぞここまで生き延びた。と長女まりさは思う。だから、今この緊張感に精神が焼き切れてしまうのを責めようとは思わない。よくやった。無理して自分に合わないことをしていたけど、ゆっくりしていた。……実はあんまりゆっくりとはしていなかったが、それでも、言って上げたい。とってもゆっくりしているね! と。
 責める気など毛頭無い。
「だめだよ、背中を見せちゃーーー!」
 だから、咎めたのはそのことではない。敵に背中を見せることを咎めた。だからといって、逃げたことを咎めたのではない。同じことなのかもしれないが、長女まりさの中では違う。奴は、隙を見せたものを最優先にする。だから、背中を見せちゃいけない。逃げてもいい、あの子には生き延びて欲しい。だから、背中を見せちゃ駄目!
「うぅぅぅーっ!」
 れみりゃが見逃すはずもなかった。もう、あの子が背中を向けた瞬間にわかっていた光景。逃げる背中を追いかけて、その勢いをそのまま木剣に乗せる。幾度となく見たあいつのやり方、一見、ただ触れただけのように見えるが、とつてもない威力を帯びたその攻撃。
 ぱん、と、妹の体は弾け飛んだ。背中にえぐられたような傷が出来ている。ごろごろと前に転がって、その回転が止まった後は、もう二度と動かない……かと思ったが、なんと妹はぴくりぴくりと動いているではないか。
「うーっ、ちょっと外したんだどぉ、トドメだどぉ、こんばくりゅうのこけんに関わるんだどぉ」
 いや、関わんないから、と妖夢がこの場にいたら言ったであろうが、もちろんいないので、れみりゃはこんばくりゅうのこけんとかいしんとか、なんか大層なもんを背負いつつ、妹まりさにトドメを刺すべく急降下した。
「まりざのいぼうどぉ! やべでえええええ!」
 それまで群れのゆっくりの中ではただ一匹、冷静を保っていた長女まりさの精神もそろそろ限界であった。ゆひゅぅ、ゆひゅぅ、とか細い呼吸をしながら辛うじて生きている妹にあの悪魔が突き進む光景。見たくないのに、目を閉じられない。
「ゆ゛!」
 断末魔は短いが、よく通る声だった。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
 長女まりさは、叫んだ。それに呼応して他の生き残りたちも叫び始める。しかし、あくまでもれみりゃはクールで瀟洒。無我夢中で叫んで隙が出来たゆっくりれいむを血祭りならぬ餡祭りに上げる。
 残る兵隊ゆっくりは、十八匹。うち三匹は、急降下攻撃の直撃を辛うじてかわしたが、相当な痛手を負っているものだ。
「ゆ゛う゛う゛う゛っ゛ ひぎょうだよ!」
 しばらく意味をなさぬ叫び声を上げていた長女まりさが、言った。卑怯だ、と。
「空を飛ぶなんて、ひぎょうだよ! ずるいよ!」
 そう、ゆっくりの一つ覚えと言われてもしょうがない。
 挑発、である。
「そうだよ! ひぎょうものぉ!」
「れいぶたちは飛べないんだがら、飛ばれだら勝てないよ!」
「ふこーへーなのぜ! ちゃんとびょうどーに戦うのぜ!」
「う゛んう゛んだよ、おばえみだいなきたない奴は、う゛んう゛んだよ!」
 もう、進退窮し切ったとでも言うべきか、それでもまだ少しは計算していて、他にもう何も手がないから仕方なく挑発という方法をとっている長女まりさはともかくとして、他のゆっくりたちは、もう現実逃避のために大声でとにかくれみりゃを罵るだけだ。
「うー」
 長女まりさも、他のゆっくりも信じられなかった。自分たちの末路はこのままれみりゃによる一方的な急降下を受けての全滅だと、みんな、心のどこかで覚悟していた。
 しかし、れみりゃは静かに地上に降り立った。木剣を構えて、言った。
「うー、かかってくるんだどぉ」
 何か罠があるのではないかと警戒した長女まりさは、すぐにも飛び掛ろうとする仲間を制した。
「ぴんぴんなのが十と少し、けがでいだいいだいなのが三」
 れみりゃは構えながら、正確に、ゆっくりたちの状況を把握していることを示した。
「この程度なら、飛ばなくても勝てるんだどぉ、もっとたくさんいた時も、やれば勝ててたんだどぉ、でもくーるでしょーしゃなれみりゃは、しんちょーにやったんだどぉ」
「ゆゆっ!!!」
「ゆっ、だ」
 め、と長女まりさが言う前に、れみりゃの背後に位置していたれいむが口にくわえた棒をれみりゃの背中に向けて突っ込んだ。
 ゆっくりれいむとしては生涯最速の走りのつもりだったのだろうが、近付く前に、跳ねる音で察知されてしまい、後ろを向いたれみりゃに真正面から相対する格好となり、難なく真っ二つに割られた。
「こんばくりゅう、うしろぎりだどぉ」
 これぞ、魂魄流後ろ斬り、そのまんまな名前であるが、魂魄家に伝わる剣術の名誉のために言えば、そんな技存在しない。そもそも後ろを向いて普通に前から斬ってるんだから後ろ斬りじゃないじゃん、とかそらもう突っ込みは無数にできるのだが、この場にいるのはゆっくりだけなので、そういう野暮な突っ込みは無いのである。ゆっ。
「そこで死にがけでる奴の赤バッチは、元々れみりゃのまぁまのものだったんだどぉ」
 長女まりさがハッとする。なぜこのれみりゃは自分たちの群れを皆殺しにするような勢いで襲撃してきたのか。攻撃に対応するのに忙しくて、真剣にゆっくりと落ち着いて考えることはなかったが、頭の片隅にはその疑問はあった。捕食種というのは恐ろしい存在だが、れみりゃはそれでもまだ捕食種の中ではマシな方だ。れみりゃのゆっくりへの攻撃はあくまで捕食であり、腹が一杯になるだけのゆっくりプラス両手に持てるだけのゆっくり、それ以上は殺さない。ゆっくりをいたぶって殺すこと自体が目的のふらんに比べれば、群れを壊滅させるような恐ろしい存在ではないはずなのだ。特に一匹だけとあっては。
「……まりさたちは、あなたのおかあさんのかたきなんだね」
「そうだどぉ、生まれたばかりのわだじは、その仇討ちのために育てられたんだどぉ、ゆっくりすることなんて無かったどぉ、週に一度のぷっでぃーんだけが楽しみだったどぉ」
「ゆゆぅ、それでも……」
 それならば、自分たち一家だけ殺せばいいではないか。群れごと皆殺しにかかることはないではないか、長女まりさは、憎い敵ではあるものの、死んだ母親の仇討ちという理由を知って、僅かにだが、れみりゃに対しての敵意が薄らいでいた。
「うー! れみりゃは、さぐやに作られた戦闘マッスィーンなんだど! ゆっくりを殺すのが楽しいど。ぷっでぃーん以外に、初めて見つけた楽しみだど!」
 だがその言葉を聞いてそんな気持ちは霧散する。こいつは、駄目だ。もう、こいつは仇討ちとかはどうでもよくて、ただ快楽のためにゆっくりを殺したいだけ。姿形はれみりゃでも、もはやふらん種に近い。ふらんでもこれほどの戦闘能力を持った個体はそうはいないだろうから、ふらんよりも遙かにゆっくりにとってタチの悪い存在だ。
「上からずばーんてやれば絶対に勝てるど、でも、それもたいくつになってきたんだど、少しは反撃されてみたいどぉ」
 すすっ、とれみりゃが流れるようなすり足で前に出た。紅美鈴が見れば「よし、ちゃんとできてる」と合格点を出したであろう。
「ゆ゛びぃぃぃぃぃ」
 目の前にれみりゃが来たれいむは、くわえていた武器を取り落とした。もう、口を閉じていられないのだ。あわあわと、口が小刻みに震えている。
「うー、その構えはあし」
 なんだか意味はよくわからないが、魂魄妖夢との特訓中、そう言った直後に妖夢は強烈な斬撃をれみりゃの隙があったところへ打ち込んできたので、なんとなく真似したのである。
 ぶおん、と木剣が唸り、突いて後、跳ね上げる。
 しかし、相手がゆっくりである。剣に刺さったまま、持ち上がってしまった。
「い゛だい゛ぃぃぃぃぃぃ!」
「うー、ぽい!」
 れみりゃは剣を振った。すぽん、とれいむが剣から抜けて、そのままその先にいたまりさにぶち当たった。不運なことに、そのまりさは木の棒を前に突き出して構えており、れいむに衝突されて、その木の棒が喉の奥に突き刺さってしまった。
「ゆ゛ぎあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!」
「いぢゃいぃぃぃぃぃ!」
「うー、なんか新おうぎあみだしたかもしれないどぉ、れみりゃ、凄いどぉ、こんばくりゅうのほまれだどぉ」
 れみりゃは嬉しくなって、うーうー、と例の尻ダンスをする。
「ゆ゛ぅっ!」
 長女まりさが自らを鼓舞するように叫んだ。
「みんな、もうまりざだちの残りは、十五人だけ、まりざだちがやられたら、もう子供たちを守るものはいないよ!」
 自分たちの敗北イコール、子供たちの死、という現実を改めて突き付けられて、他のゆっくりたちの顔が引き締まる。
「もうこうなったら小細工はむよーだよ! みんなでいっせいに死に物狂いでかかるんだよっ!」
 正確に言うと、もう小細工すら考えつかない。もう、命を捨てて行くしかない。
「ゆっくりしねえええええ!」
 これが、攻撃開始の合図になった。
 ぽよんぽよんと、四方からゆっくりたちが跳ねてくる。飛べば、難なくその包囲を脱して後ろに回り込めたが、れみりゃは翼を羽ばたかせることは無かった。
「うー! うー! うー!」
 縦横に木剣を振るう。当たれば一撃でゆっくりは戦闘不能に陥る。しかし、その(あくまでゆっくり的には)凄まじい斬撃は、防御を捨ててこその攻撃力。死角から突っ込んできたゆっくりたちの武器に、れみりゃの体もまた痛めつけられる。
 しかし、泣かない。
 運よく直撃せずに、木剣がかすってちょっと傷付いただけでも、兵隊ゆっくりなどと言っていた連中はゆぎゃん、ゆびぃ、と泣く。
 でも、れみりゃは泣かない。泣いたら咲夜に怒られるから。泣いたらくーるでしょーしゃでないから。
「ゆ、ゆぅぅぅ」
 長女まりさは、隙あらば全体重を乗せた突きをお見舞いしようと伺っているのだが、これという隙が無い。隙は無いことは無い。でも、そこでは大したダメージにならない、という箇所ばかり。
「ゆぅ、にゃんで、にゃんで……」
 恐怖に涙を流しながら、長女まりさは呟く。
 なんで、このれみりゃは泣かない。れみりゃは、痛みを与えたらすぐに泣くものだ。
「にゃんで泣かないにょぉぉぉぉぉぉぉ!」
 隙――無我夢中で突いた。隙、らしきもの。それがれみりゃの誘いだということに、普段の長女まりさならば気付いただろうが――。
「それはれみりゃが戦闘マッスィーンだからだどぉ、これ言うの二回目だど」
 すぱーんと音高く、木剣が長女まりさの右頬をこそぎ落とすように切った。
「ゆぎゃああああ!」
 痛みにのた打ち回りながら、長女まりさはすぐに周囲を見回す。仲間たちはどうなった。それを思えば、頬の痛みを一瞬忘れることができた。本当に、ごく普通に育っていれば、さぞかし立派なまりさとなって、長生きできたらドスまりさにもなれたかもしれない。
「ゆ゛ぐっ゛」
 既に満足に立っている仲間はいなかった。ほとんどが事切れていて、生きているものも寝転がって辛うじて生きているだけ。長女まりさ以外で最もマシなのは寝転がってれみりゃに向かって命乞いをしているまりさだった。まだ声を出す余力がある分だけ、彼女はマシだった。
 しかし、一番最初に死んだのはそのまりさだった。うるさいので、真っ先にトドメを刺されたのだ。
 他に生きているゆっくりも、れみりゃは無慈悲に潰していく。
 そして、とうとう、長女まりさだけが残った。洞窟に避難している非戦闘ゆっくり以外は全滅。もうこの群れにはこのれみりゃを止められるような戦闘力は残っていない。いや、もしかしたら、最初からそんなものは存在しなかったのかもしれないが。
「うー、まぁまのかたき、かくご、だどぉ」
 振り上げられた木剣を見ながら、長女まりさは死を覚悟した。もう、それを覚悟する以外に無いではないか。
「ゆ゛ぅ、ごべんべえええええ」
 長女まりさは洞窟の方へと目をやって声を限りに謝る。あの中では、今も群れの仲間たちが、自分たちの勝利を信じて待っているだろう。
「やべてね!」
 その声に、れみりゃは振り向く。
「うー、しぶとい奴なんだどぉ、さすがにれみりゃのまぁまを倒した奴なんだどぉ」
 声は、既に死んだと思われていた長まりさのものだった。
「ゆひー、ゆひー、やべてね、ばりさのぶすめに手を出じだら、ばりさおごるよっ」
 息も切れ切れに、長まりさは、いや母まりさは声を絞り出した。
「うー、たいした奴なんだどぉ、けーいをひょーじて、特に変わったことはじないで殺すけど、とにかくけーいはひょーするどぉ」
 軽く叩いただけで、もう母まりさは絶命するだろう。れみりゃは、けっこう本気でこの母まりさに感心していたので、後ろでずーりずーりという音がしているのに気付かなかった。
「ゆぅぅぅぅ!」
 長女まりさは、渾身の力で飛んだ。
 捨て身の体当たり、それで自分の体がぺしゃりと潰れてもいい全力の一撃。
 それで、そいつを倒せるなんて思っていなかった。できれば逃げてしまいたかった。
 でも、おかーさんを助けるために、まりさは飛んだ。
 れみりゃ――。
 かつて家族みんなでやっつけたれみりゃの子供らしい。
 おかあさんれみりゃよりもずっと強いれみりゃ。
 倒せるわけはないけれど、あの時も、おかーさんを助けるために自分は飛んだのだから、今度も行ける。あの時、一度まりさは死んだのだ。もう死んでいるのだから、恐怖も何も無い、あのれみりゃを倒してから、その子供のれみりゃが現れる今日まで、本当にしあわせだった。ゆっくりした。ゆっくりしまくった日々だった。むーしゃむーしゃ、しあわせー、と群れのみんなで声を合わせて言ったあの瞬間のしあわせ感は忘れることができない。
「ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!」
「う? う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
 自分へ返って来る衝撃とかそんなことも度外視したその一撃は、完全に後ろからの不意打ちだったこともあって、さすがのれみりゃも転倒させられてしまった。
「うー、油断したど、くーるでしょーしゃじゃないどぉ」
「ゆぎぃぃぃぃぃぃぃっ、い゛い゛っ゛、ゆ゛ぎぃ゛」
 明らかにダメージが大きいのは仕掛けた長女まりさの方であった。衝撃で、右頬の傷口から餡子の塊がぼとりと落ちてしまった。
「うー、おやこそろってたいしたもんだどぉ、おまえにもけーいをひょーじてやるどぉ」
 木剣を振り下ろす。かつん、と地面に落ちていた石を叩いた手応えに、思わず木剣を取り落としてしまう。
 長女まりさが剣が当たる寸前に転がってかわしたのだ。
「ゆ゛がががが!」
 恐ろしい形相でれみりゃの右手に噛み付いてくる。
「う゛ぁ゛っ、い゛だいどぉ、はなずんだどぉ!」
 空いている左手で叩くが、噛み付きの力が緩まない。
「ぎぃぃぃぃっ、ぎぎぃっ!」
 長女まりさは、ゆっくりとはかけ離れた必死さで噛み付いて離さない。もう意識もまともには残っていなかった。とにかく、れみりゃの右手を使えなくしてやろうと思った。れみりゃは右手で木剣を振っていた。あれが利き腕なんだ。だから、それを使えなくしてやれば、少しでも、おかあさんや他のみんなが生き延びる可能性が高くなる。
「う゛ぁ゛っ!!」
 その長女まりさの顔を見て、れみりゃは怯んだ。そして悟った。
「おばえ、死ゆっくりだどぉ!」
 このまりさは、既に死んでいる。生きながら死ゆっくりになっている。ならば、すっかり勝ったと油断して生者になっていたれみりゃが遅れをとるのも当然。
「う゛ぅぅぅっ!」

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最終更新:2009年06月01日 05:11
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