ゆっくりいじめ系2784 僕はこうして探しました -another-

前作『僕はこうして探しました』の番外。ドス捕獲の話


【登場人物】

兄:生まれながらにしてゆっくりに殺意を持つ青年。病的なまでにシスコン。高校3年

妹:ゆっくりのことは嫌いでは無いが『彼女に関わったゆっくりは何故か不幸になる』という不思議な体質を持つ。本人にその自覚は無い
 肺と気管を患っている。中学生

委員長:元々はストレスの発散でゆっくりを虐待していたが、最近、趣味の領域まで達した。殺すのは好きじゃない。高校1年で息子の同級生
 ゆっくりぱちゅりぃを飼っている。


『ニュースです。今朝未明、ゆー物園に輸送中のドスまりさを載せたトラックが山中で横転するという事故が発生しました。
幸い運転手らに怪我はありませんでしたが、ドスまりさは檻から脱走。警察は近隣を捜索しましたが見つからず。先程捜索の打ち切りが公表されました』


「あの山、この町のすぐ近くだ」
ブラウン管に移る山の映像を、炊飯器からご飯をよそいながら妹は見ていた
「なぁ。俺が修学旅行の京都で買った木刀どこだっけ?」
物音を立てて兄は部屋中を物色する
「少なくとも、私の箪笥の中にはないよ」
自分の衣類が入っている段に手を伸ばそうとする兄の先手を打った
「・・・・それもそうだな」
「ゼッタイわざとだ。そもそも木刀なんて何に使うの?」
「何ってそりゃぁ。決まってる」


それと同時刻

「ちょっと、私のノートPCに何やってるの?」
「むきゅ?」
ゆっくりぱちゅりぃ(胴つき)が奇妙な色の液体を染みこませた布で自身のパソコンを拭いていた
「こんぴゅーたーういるすたいさくよ!! ぱちぇってとってもおりこうさん!」
ぱちゅぃは誇らしげに黄色い液体の染み付いた布を委員長に見せた
「このスカタン!」
「むぎゅーッ!!」
彼女はぱちゅぃの頬を目いっぱい抓った
「良く聞きなさい。コンピューターウイルスはパソコンをイソジンで拭いてもなんの予防にもならないの。わ・かっ・た?」
乱暴に抓った手を離した
「むぎゃん!!」
本来ならもう少しキツめに仕置きをするのだが、本人は彼女のために良かれと思いやったことのなので情状酌量である
「まったく的外れな知識ばっかり身につけて、あんたにテレビを見せてもロクなことにならないわ」
リモコンを手に取り、液晶画面に向ける
「?」
赤いボタンを押そうとした彼女の指が、とあるニュースによって制止させられた






山の入り口で鉢合わせをした兄妹と委員長

「なんでお前が居るんだ?」
動きやすいズボンと厚手の上着を着た兄
「なんでアンタが居るの?」
ジーンズにシャツとラフな格好の委員長
「こんにちは、おねーさん」
普段着の妹


「じゃあなに? あんたらもあんなローカルニュース見てドスを探しに来たクチ?」
「そうだ」「うん」
整備された山道を三人は並んで歩く
「当然、ドスをぶっ殺…」
「兄ぃちゃん」
ジト目の妹に睨まれて、兄の言葉は尻すぼみした
兄が何かやらかさないためのお目付け役として彼女は自発的について来た。なお、冒頭で兄が探していた木刀は彼女が没収してお家に置いてある
「あんたドスに勝てるとか本気で思ってるの?」
「お前だってドス虐待目的でここに来たんじゃないのか?」
「私は・・・・」
妹を一瞬だけ見た
「ドスの保護よ」
「嘘ぶっっこいてんじゃねーよ。妹の前だからって猫かぶんな」
「はいはいゴメンナサイ。本当はドスをオチョクリに来ましたーー・・・・・これで満足?」
「コノヤロー」
「そもそも、殺すなんてナンセンスよ。ゆっくりは弄ったり苦しめたりした時の反応を見て楽しむモノよ」
「苦しめるのには同意するが、生かして返す神経がわからない。ゆっくりなんて生かしておいても何のメリットも無ぇだろ」
「もしかして、兄ぃちゃんとおねーさん仲悪い?」
二人のやり取りを見て妹が若干だが不安そうな顔をする
「そんなことないぞ。な?」
「ええそうよ。私とあなたのお兄さんはコブラとクリスタルボーイ並に仲が良いわ」
「極低だよそれ」

兄と委員長が知り合ったのは半年ほど前
虐殺と虐待。一見同じに見えて、全く別種の趣向を持つ二人
『この世から根絶させたい』と心の底からゆっくりを憎む兄
『虐めるのが楽しい』とゆっくりを隣人として扱う委員長
仲良くなる方がムリな話である
妹と委員長との関係は良好。むしろ妹と一緒にいるとゆっくりの不幸に遭遇できるので積極的に交友を深めている
ちなみに、妹はある程度は二人の趣味を許容している(最も、度を過ぎると怒るが)


「そういえばおねーさんの鞄大きいね」
「ああこれね」
妹に尋ねられて待ってましたと言わんばかりに、鞄を床に置く
「高性能ゆっくり虐待サポート7つアイテム。深夜アニメが終わってからやってる通販で紹介されてたのよ、思わず衝動買いしたけど、なかなか使えるわ」
鞄のジッパーを開けて手を突っ込む
「ゆっくり発見器・・・・は今回使えないからパス」
ガス検知器のような機材を見せてすぐに仕舞った
「ユカウター」
奇妙な片眼レンズの色付きメガネ。装着する様子だけ見せてこれもすぐに鞄に入れた
「ゆっくり音マイク」
拡声器のような機械。これは鞄に戻さず、地面に置いた
「苦痛調節機」
アナログメーターの両側から赤と青のコードが二本生えており、コードの先には細長い金属が取り付けられている。これは鞄に戻した
「えっとそれと・・・」
「もういい」
道具に興味はあったが、時間が掛かりそうなので兄は委員長の説明を打ち切らせた。妹はちょっと引いていた
「なによ? こっからがすごいのに」
「で、そのガラクタはドス探しに使えるのか?」
見たところ、頼りになにそうなものは無い
「考えが甘いわねドスは探すものじゃないわ、呼ぶものよ」
彼女はあらかじめ地面に置いておいた拡声器のような機械『ゆっくり音マイク』を拾う
息を大きく吸って口の部分を覆う

―――ゆっくりしていってねっ!!!

「?」「?」

兄と妹の頭上にエクスクラメーションマークが浮かんだ
「何にも聞こえないよ?」
思いっきり叫んだ委員長の動作とは裏腹に、声がまったく聞こえなかったためだ
「このマイクは音を拾った音を全部“ゆっくりにしか聞こえない音”に変換する機械なの」
価格は6800円。『周囲に気を使うことなくゆっくりを罵倒できる』というのがこの機械の売りだった
またメモリの調節具合によってはゆっくりが好む音域も出せるため、近くに居たゆっくりを寄せ集めるという効果もある
「それだけじゃないわ、ゆっくりに聞こえず、人間にしか聞こえない音も出せるのよこれは。他にもえーと・・・」
「悪いが今度にしてくれ」

彼女が機材を使ってから3分。何の変化も訪れない

「人間の声だと警戒されるけど、この声なら仲間がいると思って寄ってくると思ったんだけど」
「いやいや。有り得ないだ…」

林道の端から突然現れた大きなまん丸の物体を見て兄は絶句した

「ゆぅ?」

ドスまりさは周囲を見回し、三人と目があう

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

「「ドス発見!!」」
兄と委員長を同時に人差し指の先端をドスに向けた
「ゆゆっ!?」
出くわした人間に驚いたドスは素早く体を回し、三人から逃走する
「待てコラ!! 死体置いてけ!!」
「私の日頃のストレスの捌け口となりなさい!!」
逃がすものかと兄と委員長は全力で駆け出す
「あ、ちょっと!」
妹だけが走らなかった

「アイツ意外に早ぇ」
「直線じゃ駄目でもカーブなら二足歩行の私たちの方が分があるわ」
やがて山道は大きな曲がり角に差し掛かる
「よし、これで距離が縮まる」
だが
「ゆっ!」
カーブに入る前にドスまりさは跳ねるのを止め、体の底を地面にピッタリとくっつけて体を傾ける
「ゆゆゆゆ゛」
慣性に従い、まるでドリフトでもするかのようにドスまりさの体はカーブを綺麗に曲がっていった
「スゲェ。惰性と慣性を使いこなしてる。ありゃ相当山での暮らしが長いな」
「感心してる場合じゃないでしょ! 余計に離されてる!」
「そうだった」

二人は心臓をフル稼働させて、速度を上げた

「あ~~~~れ~~~」
「あ~~~~れ~~~」

カーブを曲がりきれず、二人は仲良くコースアウトした



「あれ?」
遅れてやってきた妹は首をかしげた。先程まで背中の見えていた兄と委員長が消えていた
「ゆっくりできないにんげんさんはそこでゆっくりしててね!」
曲がり角の先でドスまりさは高らかにそう宣言していた
「ゆ?」
「あ」
今、彼女はたった一人でドスまりさと対峙していた



 ※ ※ ※ ※ ※




「死ぬかと思った・・・」
「全くよ」
落ちた二人は上を見上げる。両者ともに怪我らしい怪我は無い
「結構高いな。3mちょいか? 普通なら足をヤッてる高さだ」
「『普通なら』・・・ね」
彼女は自分の足元を見た。ゆっくりれいむとまりさのつがいが潰れていた
「虐待の神様に愛されすぎだろお前」
ちなみに兄は自力で着地していた
「どうやって戻る? この斜面で登るのはムリだ」
「ロープとか無いの?」
「あったかな」
とりあえず手持ちを確認しようと兄はリュックを開ける
「あ……」
それを見た時、兄の顔が一気に青ざめた
彼の挙動を不審に思った彼女もリュックを覗き込む
「この馬鹿!」
堪らず彼を一喝した
「なんであんたが持ってきてるのよ!」
リュックの中にあったのは妹が喘息を静めるのに使用する吸入薬とその器具
発作の際、液剤を口の中にスプレーして吸い込む薬
それの常備と予備の両方がリュックの中に入っていた
これがあったからこそ、妹を病院の遠いこの山まで連れてきた



 ※ ※ ※ ※ ※



その頃
妹は周囲を見回していた
目の前にいるのはドスまりさだけ
「えっと、さっきまであなたを追いかけていた人達知らない?」
恐る恐る尋ねた
「まりさはしらないよ!!」
(こっちじゃないのかな?)
引き返して戻ろうとした時
「まってね」
妹の前にドスが立ちはだかった
巨体に迫られて彼女は思わず息を飲んだ
「まりさについてきてね」
威圧するような声
「う、うん」
気圧され、彼女は従うしかなかった


 ※ ※ ※ ※ ※


下の道に落ちた登るのを諦めて二人は別の道を探していた
「ねぇ」
「・・・・」
「ねぇってば」
「・・・・」
委員長の存在などまるで最初から居ないように、彼は早足でひたすら進む。途中出くわしたゆっくりにも彼は無反応だった
先ほど、上から聞こえてきた会話でドスが妹を連れ去ったことがわかった
歩きながら彼は、軽率な行動で妹の危機を招いてしまった自分を心中で罵っていた
「いい加減止まりなさい」
後から彼のリュックを掴んで強引に足を止めさせた
「邪魔すんな!! 急がないとマズイんだよ! あいつが発作起こしたらどうなるかお前も知ってるだろ!!」
手持ちに発作を抑える器具が無いこと、ドスまりさと一緒という事態が彼の不安を増大させる
「落ち着きなさいよ」
恫喝まがいの声を出しても彼女は怯まなかった
「今日のあの子は顔色も良かった、最近ずっと調子がいいんでしょう?」
「・・・・・」
「ドスだって馬鹿じゃない。下手に人間に危害は加えないはず」
「・・・・・」
「大丈夫。あの子はアンタや私よりも聡明よ」
「・・・・・」
他人よりも頭の回転に自身があると自負している彼だが、いくら考えを巡らせても言い返す言葉が出てこなかった
「焦ったら終わりよ。いい?」
「わかった」
「どうせならドスの心配をしてやりなさい。あの子に触れられたらいくらドスでも終わりでしょう。私達先を越されたことになるのよ」
「そうだな」
ようやく彼の眉間の皺がほぐれた
「これの片方、預けておく」
妹の発作を抑える器具の予備
「そいつとあと・・・・・あれ?」
「どうしたの?」
リュックを必死になって探す彼
「クーラードリンク忘れた。クエスト受注しなおさないと」
「お願いだから落ち着いて」
兄の思考が戻るのはまだ少し時間が必要だった


 ※ ※ ※ ※ ※



妹に前を歩かせて、ドスはその後についていた
ドスは自分を探す者が多数この山にいることを知っていた。いわば彼女はその時に使う人質だった
人目を避けるため、ドス達は道から外れたルートを進んでいる
「少し休憩したいんだけど・・・」
不安定な足場は彼女の体力を必要以上に消耗させた
「だめだよ。いまゆっくりしたらゆっくりできなくなるよ」
さっさと歩くように彼女に促す
ドスまりさの中では人間=強いという思い込みがあるため、彼女の要求はただの甘えにしか聞こえなかった
「まりさはいそいでいるんだよ!」
「うん。我が侭言ってごめんね」
肩で大きく息を整えて、彼女は足を前に出した

「「ゆっくりしていってね!!」」

歩きだそうとした彼女の前にれいむとまりさが現れた
「れいむ。どすだよ! これでまりさたちもっとゆっくりできるね!!」
「そうだねまりさ」
二匹は上機嫌でドスの庇護下に加わる話を進める
「じゃまだよ!」
「どいてね!!」
「きゃっ」
彼女の足に一度ぶつかってから、群れに入れてもらうべくドスの眼前に移動する
「どす、れいむたちを・・・べぇ!」
言い終わる前にれいむは潰された
潰したのはドスまりさ
「れいむううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
目の前で起きた出来事が理解できず、ただまりさは平面化したれいむの名を叫んだ
まるで小枝でも踏んだかのように、ドスはまったく気にしていない
「どうじでなのどすううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
「うるさいよ」
「ゆがゃ!」
軽く体を跳ねさせてまりさを下に敷いた
表情は先程と同じ、仲間を潰したのに顔色一つ変えていない
「さっさといくよ」
「え。あ、うん」
ドスは二匹の死体に一瞥もしなかった



 ※ ※ ※ ※ ※



途中あるものを見つけて兄は足を止めた

営林署が管理する物置
古ぼけた木製の扉を兄は乱暴に蹴破った
「ちょっとアンタ何やって!?」
「レベッカ、アイテムボックスだ」
「助かったわクリス、救急スプレーとハーブはあるかしら………ってなに言わせるのよ」
「おい、タイプライターが無いぞ!畜生、このゲームバグってやがる」
「妹さんが心配で気が動転してるのはわかるけど。早く正気に戻って」
「ゴホン・・・・まぁなんだ。お前のガラクタだけでドスに挑むのは心もと無いからな。ここにあるものをちょっと借りる」
「ガラクタ言うな」
彼女の不平を無視して兄は勝手に物色を始めた
「こんなんどうだ?『とび口』とか」
長い棒の先にカラスの嘴のような金具が取り付けられている。元々は、伐った木を運ぶ際に使うもの。江戸時代、火消しが家屋を破壊するのに使った。殺傷能力は折り紙付き
「流石にそれは・・・」
差し出されたそれを両手を前に出して拒んだ
「軽くて女でも扱えるから一番オススメなんだけどな」
残念そうに彼は元の場所に戻した
次に手を伸ばしたのはポリタンク、その中を開けた
「水か・・・・やっぱり火気類は別の場所か、しかたない」
「なにする気?」
チューンソーを持ち上げる兄を見て委員長は首をかしげた
「いいから見てろ」
兄は持参してきたペットボトルの中身を全て捨てる
チェーンソーのガソリンタンクの蓋を開け、壁に掛かっていた透明なゴムチューブの端をタンクの中に差し込んだ
「理科の実験で、サイフォンっての使ったことあるか?」
チューブのもう片方――タンクに入っていない方――をくわえ突然吸いだした。吸われたガソリンは彼の口に登って行く
液体が口に入る直前で、兄は口を離し咥えていたチューブをペットボトルの口に入れた
そしてペットボトルをチェーンソーより低い位置に置いた
「よし」
タンクの中のガソリンが独りでにペットボトルに移動を始めた
「おおっ」
「これがサイフォンの原理な、そのうち科学の授業でやるぞ」
ペットボトルの4分の1が満たされると兄はチューブをボトルから抜いた
ボトルに蓋をして
「ほいパス」
「へ?・・・わっわっ!?」
突然ペットボトルを委員長に投げた
2度3度お手玉をしてから無事両手でキャッチする
「ぃ、いきなりナニすんの!!」
「ビビり過ぎ。ウケるんですけど」
「危険分投げられたら誰だって驚くでしょ! アンタが持ってなさい!」
ペットボトルを返そうとして、彼女は彼の一連の動作を振り返る
「すごく手つきが慣れてたけど、その理由を聞いてもいいかしら?」
「村で生活してた時、隣の家からストーブの灯油を…」
「ごめん、やっぱいい」
その後、兄はノコギリとこの山の地図を持ってその場を離れた
「いっとくけど、これって立派な窃盗だから・・・ってまた無視?」
「・・・・」
兄は地図を凝視していた
「スギやヒノキみたいに枝葉が広がらずに伸びてるのが針葉樹。ブナやみたいに枝葉が広がって伸びてるのが広葉樹だ」
方位磁針で方角を見ながら話し出した
「何の話? しんようじゅ?こうようじゅ? 素人にそんな話させられてもわからないんだけど」
「遠くから見たシルエットが爪楊枝みたいなのが針葉樹。『この~木なんの木~♪』の歌で出てくるのが広葉樹。OK?」
「なんとなく・・・」
「今から結構大事なこと話すから覚えとけ」





 ※ ※ ※ ※ ※


「ぅぅ…」
妹は胸を押さえて木に寄りかかり蹲(うずくま)る
「ゆ?」
この時、ドスまりさも流石に彼女の異変に気付いた
「だいじょうぶ?」
「・・・ぁ、ぃじ……ぉ、ぶ」
『大丈夫』と本人は言いたいのだが上手く声が出せない。発作ではないがかなり危険な状態だった

「「「ゆっくりしていってね!!」」」

この声を聞き、ドスまりさは顔を一瞬だけしかめさせた。取り込み中だったことと、面倒事が増えたという二つの理由で
今度はありすが3匹
「すてきなどすだわ!」
「とかいはのわたしたちにふさわしいおさね!」
「どす。わたしたちをむれにくわえてほしいの」
三匹は妹の方に目を向けた
「こんなゆっくりできないにんげんなんておいて、わたしたちといっしょにいきましょうよ」
息を荒くする彼女に一匹が体当たりする
「ぐっ」
彼女の顔が苦悶に歪む
「このいなかもの!!」
反撃されないとわかりもう一匹が参加する
「っぅ・・・」
痛みと苦しさから目を硬く閉じた
「にんげんはゆっくりできなわ!」
三匹目も加わった
「っ!」
このまま本格的に三匹で彼女を嬲り者にしようなった時
「みんなといるほうがゆっくりできないよ」
ドスがありすの一匹を咥えた
「いきなりもちあげるなんて、なかなかじょうねつてきね」
「「どす。ありすもたかいたかいしてちょうだい!!」」
「ゆんっ!」
ドスは体を横に振って咥えていたありすを離した
遠心力で勢い良く投げ捨てられたありすはそのまま木にぶつかり叫び声を上げる間もなく絶命した
「ど、どすどうしたの!?」
「ありすがなにかしたの!?」
「はなしかけないでね!!」
今度は器用に二匹同時に咥える。先程と同じ要領で二匹を投げ飛ばした
「ぴぎゃ!!」
「ぎぐぅぅ」
一匹は地面でバウンドして岩にぶつかり死亡。もう一匹はそのまま長い枝に串刺しになった
「ど・・・す・・・・・あや、まるから・・・・た、すけて」
串刺しになったありすの懇願はドスの耳に届くことはなかった
「ハァーーーハァーーーハァーーー」
ドスは荒く短い呼吸を繰り返す妹に近づく
今度は彼女の服の襟の部分を咥えてありす達同様、強引に持ち上げた



 ※ ※ ※ ※ ※



「ここか?」
「もうちょっと右・・・・・ン。そうソコ」
「イけそうか?」
「もっと・・・奥じゃ、ないと」
「これ以上はちょっと」
「男でしょ。頑張って動きなさい」
「お前が上に乗ってるんだから、その分お前が動けよ」

兄と委員長の二人は高台の上に協力して登ろうとしていた




少し前
「ここがベストだ」
拝借した山の地図と方位磁針。携帯電話を持って兄は頷いた
「ここからは別行動だ。お前は高台を登れ。俺が台座になればなんとか行けるだろ」

彼が地図を見せて彼女に説明する
「妹が今いる場所はこのあたりだ。ここを登ればすぐだ」
「なんでわかるの?」
「妹の携帯にはGPS機能がつけてある。さっきまで電波が届かない位置にいてわからなかったが、幸い今は電波の届く位置にいるみたいだ」
妹の現在地に赤ペンで×印をつける
「合流したら、この道をコッチな」
道を青色で塗り潰した
「わかったけど一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「そのGPS機能って妹さん知ってるの?」
「・・・・・・」
「顔を背けるな、こっちを見ろ」



そんなこんなで委員長はなんとか高台を登りきった
「いいな“広葉樹”だぞ! ブロッコリーみたいに枝葉がもさもさしてるやつだからな!? それには近づくなよ!」
「何回も言わないで、覚えたって言ってるでしょ!」
「GOOD。よし行け」



 ※ ※ ※ ※ ※



目を開けると、世界が真っ暗になって揺れていた
(兄ぃちゃん、心配してるかな・・・・・・って、当たり前かな?)
考えるまでも無いと思った彼女は、再び目を閉じた



 ※ ※ ※ ※ ※



「ドスまりさあああああああああああああああああああああ」
「ゆ!!?」
背後で人間が自分の名を大声で叫んだ
振り返ると先刻自分を追い回していた人間の片割れだった。服が土でべったり汚れていた
「妹さんは何処!」
「まりさにちかずかないでね!!」
「答えなさい。妹さんは何処!!」
『妹』というのが先程の少女のことだとドスまりさは理解できた
ドスは屈み、帽子を落とした
「まりさにちかづかないでね!!!」
その頭上にはぐったりとした妹の姿があった
「このゲスゆっくり」
ギリリと奥歯を噛んだが、すぐに肩の力を抜いて頭を冷やす。妹に触れた時点でこのドスの未来は決した
「わかったわ。そっちの条件は?」
「このこをかえすからまりさをみのがしてね!!」
「あら? 意外に良心的ね。なら交渉成立よ。その子をゆっくり降ろしなさい」
ドスは頭を下げて、委員長に妹を担がせる
委員長はすぐに妹の脈を取った
「良かった」
彼女は気を失ってるだけだった。呼吸も安定している
「この子を傷つけなかったお礼に、安全な道を教えてあげるわ」
「ゆ? ほんとう?」
「この道は向こう側に行きなさい。あっちにはアンタを捕まえようとする人間はいないわ。信じるか信じないかは自由よ」
「しんじるよ。これでまりさはゆっくりできるよ!」
お辞儀をするように頭を前に振ってからドスは彼女が指した方角に歩き出した


 ※ ※ ※ ※ ※



昔、とある孤児院の門の前に二人の赤ん坊が置き去りにされていた
カゴの中に『いつか必ず迎えに来ます』という紙が入っていたが、それが実現することはついぞ無かった
DNA鑑定の結果、その二人の赤ん坊は実の兄妹だということがわかった
ある程度まで育った兄妹は過疎化が進む村の老夫婦に引き取られることになる
余所者というレッテルを貼られ周囲から老夫婦の目の届かない場所で密かに嫌がらせを受けていた
それでも兄妹は支えあい逞しく生きていた

兄は老夫婦の家業である林業の手伝いをしていたため、知らず知らずの内に林業技術や樹種の知識が向上した
田舎の環境は、妹の持病にはちょうど良かった

兄が高校生、妹が中学生になるころ。村は本格的に過疎地になった
若者はどんどん外に出て行き、老人は年々寿命でその数を減らしていった
彼らを引き取った老夫婦も天寿を真っ当することになる
それからしばらくしてその区域は『村』から『村跡地』に名前を変えた
そして兄妹の新しい町で新しい生活を迎えることになる。自分たちを虐める人間しかいない村に未練などなかった

彼は硬い広葉樹の幹にノコギリを引きながら当時のことを思い出していた


山道から少しだけ離れた場所
「ふー。いい汗かいた」
ノコギリを片手に、兄は額の汗を拭いた
彼の衣服は木屑の粉が大量に付着している
「受け口よーし・追い口よーーし!」
今しがたノコギリを入れた木を指差す

受け口、追い口というのは基本伐木技術である
幹がそれほど太くなければ一人でも15分ほどで木を一本倒せる

「伐倒方向よーーーし」
目の前を通過しようとするドスを指差す
倒したい方向の反対側にまわり、木に足を当てて体重をかける
受け口と追い口により自重を支えのが困難になった幹はベキパキポキと小気味の良い音を立てる
「たーーおれーーるぞーーー!!」

木は彼が望む方向にその体を傾け始めた


 ※ ※ ※ ※ ※


「たーーおれーーるぞーーー!!」

すぐ脇からそんな声が聞こえた
声がした方を向いた
「ゆゆっ!!??」
枝葉の広い広葉樹が自分に向かい倒れてきた
狭い針葉樹とは違い、逃げ場が無い

体の伸縮性をすべて駆使して、ドスまりさは前に力一杯跳んだ

「ゆぎぎぎ」

直撃はなんとか免れたが、無数の枝に体を上から押さえ込まれ身動きが取れない
「ぼうじ・・・まりざのぼうじ・・・」
跳んだ衝撃で落ちた帽子を取ろうと届かない舌を懸命に伸ばす
「ドボドボドボ~~♪」
兄がその帽子にペットボトルの中身を垂らした
ガソリンを被った帽子をドスの頭に乗せる
「なにこのにおい! ぜんぜんゆっくりできないよ!!」
「お前がゆっくりする必要なんてない」
道端で偶然拾ったライターに火を灯す

「待って!!!」
「今いいところだから邪魔す…」
委員長に支えられて妹が兄の元までやってきた
妹の姿をみた瞬間、彼の頭の中からドスまりさに関する事柄が消滅した
ライターを捨てて駆け寄り、この世でたった一人の家族の安否を確認する
「大丈夫か!? 怪我とかしてないか!?」
「粉がちくちくして痛い」
「あ、悪い! これあんまり喉にも良くないよな!」
ハハハと笑い、慌てて体についた木屑を飛び散らないよう気をつけて掃った

「アンタも災難ね。まあ妹さんに関わった時点でアンタは詰んでたワケだけど」
委員長が木の下敷きになるドスまりさに話しかける
「だまじだな゛!!」
「嘘は言ってないわよ。ここいたのはアンタを『捕まえようとしてる人間』じゃなくて『殺そうとしてる人間』だもの」
「ゆがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ドスのその反応を見て彼女は恍惚の顔を浮かべて悦に浸る。彼女がここに来た目的はこれで達成された
十分にその余韻まで堪能してから、この場所が携帯の通じる場所だと確認するとある所に電話をかけた
「もしもし保健所ですか? 山でドスまりさが木に押しつぶされてるんですけど。なんかこっち睨んでて怖いんで引取りに来てください」
大まかな場所を教えて電話を切った
「あ、おい! なに勝手にそいつの処遇決めてんだよ」
不満を言う彼の腕を妹が掴んだ
「私がおねーさんに頼んだの。もうこれ以上この子いじめないであげて」
まるで自分の事のように兄に懇願した
「わかった。被害をこうむったのはお前だ、お前に任せる」
即答し、妹の頭に手を置いて微笑んだ
「ありがとう・・・・・ん」
妹は手を顎に当てて少しだけ考えた。ちなみに頭に置かれた手は払った

「元々、兄ぃちゃんとおねーさんがドスを追いかけたらこんな事にならなかったんじゃ・・・?」

「「ギクッ」」

「さ、さて、保健所が来た時にどう説明するか考えないと」
「だな。小屋から借りてきた道具も返してこないとな、あと木の切り口も誤魔化さないと」

「・・・ギロッ」
「「ごめんなさい」」

二人曰く、この時の妹の目は猛禽類に匹敵するものがあった



 ※ ※ ※ ※ ※


一連の騒動から翌日


「はい、はい。わかりました。伝えておきます」
妹は受話器を置いた
「なんの電話だ?」
「保健所の人から『昨日のことで聞きたいことがあるからご足労願えませんか?』だって」
「それって任意同行? なんか犯人の気分」
「午前中なら何時でもいいから来て欲しいって」
「説明しても信じてくれねーよ。話が出来すぎてる。それに今、手が腱鞘炎一歩手前なんだが」
「いいから行って来て。謝礼も出すって向こうの人が」
「それを早く言わないか」
手の痛みなど何処へやら、素早く準備を始める
「あと、おねーさんが『ゆっくり音マイク』を落としたらしくて、心当たり無いか?っていう電話もあった」
「『知るか』と言っておけ」

荷物がまとめ終わる

彼はショルダーバックを担ぎ玄関を出た
これから保健所でもう一悶着あることなど知る由も無く



続く


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最終更新:2009年06月13日 20:02
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