ゆっくりいじめ系2808 桃くいたし

※注意事項

  • まず、末尾の作成物リストを見てください。
  • 見渡す限り地雷原ですね。
  • なので、必然的にこのSSも地雷です。
  • では、地雷原に踏み込んで謙虚ゲージを溜めたい人のみこの先へどうぞ。

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 ぽゆん、ぽよん。ぽゆん、ぽよん。

 人里離れた山の中。気の抜けた音が谷あいに響く。

 ぽゆん、ぽよん。ぽゆん、ぽよん。

「ももくりさんねん、かきはちねん」

 あまり意味のないことわざを呟いて、ゆっくりとよひめが山を行く。

 ぽゆん、ぽよん。ぽゆん、ぽよん。

「だっていうのに」

 ふと跳ねるのを止め、天を仰いで呟いた。
 ここは日本のどこかの山の中。
 頭上に青々と茂る背の高い針葉樹。その根元、木漏れ日が落ちる日当たりの良い地面には美味しい下草の茂みがっている。
 虫さんやトカゲさんなんて生き物を探さなくても、食べるものに不自由はしないここは素敵なゆっくりプレイスなのだけれど。

「……どうしてももさんはゆっくりはえていないのかしら?」

 それは、だって、まだ六月だから。
 という時節柄の理由ばかりでもなくって。残念なことに、彼女が生まれ育ったこの野山に、桃なんて一本も生えていない。
 だって、彼女の知るところではないが、このお山はすべてとある人間さんの持ち物で。
 生えているのはヒノキか、スギか。材木として売り物にならない桃なんて、生えてるはずもなかったのだ。

「ももさんをむーしゃむーしゃ、したいなぁ……」

 不満そうに呟くとよひめは、生まれてこの方桃なんて目にしたこともない。
 でも、桃の実がとってもゆっくりできるあまあまだということは餡子の奥底に刻まれていて。
 もう先祖の何代も前から食べたこともないのに、それとも何代も前から食べたことがないからか、桃への想いは募るばかり。

「……ゆぅ。ゆっくり、おうちにかえりましょう」

 でも、それがないものねだりだっていうことも、何代も前からわかってる。
 小さく憂鬱に溜め息ひとつを吐き出して、再びぽゆんぽよんと跳ね飛び出すとよひめ、おうちへの帰路の途中である。

 そう、とよひめはいつでも憂鬱だ。
 少しばかり他のゆっくりより賢いから、自分の未来が見えている。
 この山は、それなりにゆっくりできる。
 ゆっくりした家族がいて。たくさんの食べ物に恵まれていて。でもゆっくりできないことも少なくなくて。
 けどそのゆっくりできないことも、『ちえ』と『ゆうき』と、あとちょっとの『うん』があればきっと切り抜けられることで。
 そう、それなりに運がよければ、きっととよひめはそれなりにゆっくりした生活を送ることができるだろう。
 それなりに。それなりに、ゆっくりと。

「ゆぅ……でも、それなり~」

 そこが、とよひめには不満で憂鬱なのだ。ぽゆん、ぽやんと飛び跳ねながら、とよひめは再びどんよりした声を漏らす。
 この野山には桃がない。最上の『しあわせ~』、で『ゆっくり~』なあまあまが存在しない。
 大好物のその果実が得られなければ、どんなにゆっくりした環境もいまいちしっくりこないのだ。

「ゆううぅ、ももさん、むーしゃむーしゃしたいわ……」

 きっと、自分はゆっくりした環境の中でずっと僅かな不満を消し去れないまま、一生を送るのだろう。
 お腹が空いたこんな時、そんな未来がゆっくりととよひめの脳裏をよぎる。だから、憂鬱。ゆっくりした時ほど、憂鬱。
 せめて早くおうちに帰って空腹を満たそうと、とよひめはぴょこぴょこ跳ねる速度をあげる。
 尚もないとは知りつつ諦めきれず、おめめは進行方向を向かずにきょろきょろそわそわ周囲を探る。

 桃さんは、どこかに落ちてないだろうか。
 せめてその『代用品』、やっぱりこの山では見たことのない『あの子』はその辺にいないだろうか。

「――いた!」

 或いは、祈りにも似たその欲求をゆっくりの神様が拾い上げてくれたのか。
 とよひめの探し求めるものが、とある杉の木の根元にぽつねんとして鎮座していた。
 といってそれは桃ではない、代用品のほうだ。
 そいつは大声上げて立ち止まり、自分を凝視するとよひめを驚き慌てた様子で見返している。

「な……いきなりじろじろにらみつけてるわけ?」

 とよひめが睨み付けているのはその子自身ではなくて、そのおぼうしについた飾りの方なのだけど。
 そう、その子のおぼうしにはとよひめの恋焦がれるモノがお飾りとしてついている。
 黒いおぼうしの鍔に、ピンク色の果実――ももさんが四つ。青色の長い髪を黒土の地面に流したそのゆっくり。

「……てんこ」

 ぼそり、ととよひめが彼女の名前を呟いた。
 触れれば饅頭皮が真っ黒に焼けそうな熱視線は、相変わらずてんこのおぼうしの桃を射抜いている。
 もっともその異常な気配を明敏に察知するほど、相手のてんこは聡いゆっくりではないようで。

「ほぅ、みるめがいきたな。てんこはおーらてきに美ゆっくりにとっしゅつしてるのでアイドルにちかい。
よってゆっくりにはよくはなしかけられる=きゅうこん」
「じーーーーーっ」

 名前を一言呼ばれたきり、とよひめから注がれ続ける情熱的な視線を受けて何やらてんこは一人で納得した様子。
 くいっと顎にあたる部分を上げて、得意げにふんぞり返って語り始めたりする。

「てんこはちぞくせいのリアルゆっくりぞくせいだからいちもくおかれるぞんざい。たまにかりにでると
みんながてんこにちゅうもくする」

「じーーーーーっ」

「てんこはリアルにんきものだからな。じまんじゃないが「ゆっくりのイチローですね」といわれたこともある。
にんきをあげたくてあげるんじゃないあがってしまうゆっくりがてんこ」

「じーーーーーっ」

「こうさそいがあってはひとりのじかんもつくれ……おいィ?」

 ……と、語り続けること暫し。
 ようやく異常に気付いたのか、それとも独りで語り続けるのに疲れたのか。
 てんこがしゃべりと中断して、胡乱げな目をとよひめに向けてきた。
 ぐい、と一歩前に出るてんこ。その動きにとよひめの視線から桃が一瞬はずれる。
 変わってとよひめの視界真正面に入ってきたのは、苛立ちも露わに浮かべたてんこのお顔だ。

「てんこにみとれるのはかってだがそれなりのあいのてがあるで……ゆぅっ!?」

 視界一杯に収まったてんこが、何か続けて苦情を述べ立てようとしたようだった。
 とよひめは無言でその顔を一瞥する。
 とたん、てんこが怯んだ様子で言葉を飲み込んだのは、きっと、やっとのこととよひめの目に点る炎に気付いたからで。

「…………ももさん」
「な、なんだきゅうにももとかいいだした。おまえ、くうきよめないけぬまですか?」

 ぼそり、と呟くとよひめ。その呟きと、とよひめがゆっくりと視線を動かした先に気がついて、急にうろたえだすてんこ。
 とよひめにとって、そんなてんこの動揺なんてどうでもいい。用があるのは、おぼうしより下の部分じゃなくって。

「わるいことはかいしんすろ。ておくれになるのではままるな、ももをとよひめがとったらあたまがおかしくなってしぬ(てんこが)」
「…………ももさん」

 そう、おぼうしの台座がどうこう言ってるのなんてどうでもいい。
 じりじり、っととよひめは迫る。何に? もちろん長年求め続けたももさんに、だ。
 じりじり、っとももさんは少しずつ遠ざかろうとする。おぼうしの台座の動きにあわせて、じりじりと。

「ももさん、まってね……むーしゃむーしゃするから、そこでまってね……」
「おいィ! ほとけのかおをさんどまでだからな、それいじょうちかづいたらマジでかなぐりすてンぞ?」

 台座が何かいってるけど、はんぶん涙目でいやいやしながらぎゃーぎゃー騒いだって全然気にならない。
 離れた分だけ距離を詰めつつ、とよひめは桃だけを視界に入れてゆっくりと微笑む。
 ……血走った目ととってもゆっくりした微笑み、そんな狂気染みた顔をされたら、てんこだってそりゃびびる。

「まってて、っていってるのに……どうしてにげるの?」
「にげるなといえばにげないとおもっているあさはかさはおろかしい……というかこないでくだしあ;;」
「そっか……おねがいじゃ、だめなのね」

 じりじり、じりじり。逃げられた分だけ、追い詰める。
 てんこはすでに半泣きから進んでマジ泣き寸前、でもその哀願もまるでとよひめには届かない。
 どころか何やら明後日の方向に理解した呟きに、てんこのお顔がぎょっとして歪んだ。

「……ももさんはとよひめにうんどうしろっていってるのね」
「いっていないィィィィィ!?」

 まあ、言ってても、言ってなくても。もう関係ない感はある。最初からてんこの意志なんて省みられてはなかったし。
 てんこの絶叫が山に響く、その瞬間にとよひめが跳んだ。低く、鋭く。てんこの目前へと。
 台座からおぼうし取り外し、飾りのももさん奪うため。

「ゆんっ、ゆんっ♪ ももさんのにおい……♪」
「ちょ、これマジでマジでsyれになら……アッー!?」

 どすん、ばたん。どてん、ばたん。
 飛ぶとよひめ、身を捩ってかわすてんこ、一瞬の差でとよひめは先までてんこが佇んでいた土の上に着地する。
 そこに残るのは甘い残り香。ないはずの鼻腔が、その香りを鋭敏に嗅ぎ取った。
 餡子の記憶が、今までのとよひめのゆん生の中で遭遇したことのないその香りが桃のものであると教えてくれた。
 難を逃れたてんこはとよひめのすぐ傍ら。香りの元を追いかけて、とよひめの目線がぎょろりと彼女を射抜く。

「お、おいィ! やめろばか。てんこのいのちははやくもしゅうりょうですね!?」

 どすん、ばたん。どてん、ばたん。
 二度目の跳躍、再び外れた。ぱさん、と地面に積もった枯れ葉が舞い散るけれど、それだけのこと。
 目標物はとっさに横に跳ね退いて、逃げる機会を窺っている。でもてんこはすっかり怖気づいて、動きがどんどん鈍っていた。
 とよひめは相手のすっかり怯えきったその様子を眺め、台座の子を殺すつもりはないんだけどなぁ、なんて八割がたまで
桃に占められた餡子脳の片隅でぼんやり思うのだけど……

 ……くんくん、これは?

 気付けば彼我の位置は風下、ふと気がついてしまった。風に乗って流れてくる桃の匂いは、桃さんからだけじゃない。
 目の前の台座さんからも漂ってくるんだって。

 とってもいい匂いのするこの子。同族食いはゆっくりできないけど、食べちゃいたいくらいいい匂いがする。
 ……一口くらい齧っても、大丈夫よね?なんて。思ったりも、して。

「……あ。でも、あなたもいいにおい……たべちゃいたいくらい」

 思ったりするだけじゃなくって、うっかりぼそりと、口を衝いて出た。
 ついでに、じっとてんこを見つめた。さっきまで桃に注がれていたのと同じ、じっとりと熱いあの眼差しで。
 食べる、って意味にはいろいろ寓意があるけれど。この場合、その言葉の意味するところはそのまま直球ストレート。
 それを理解したのだろう、てんこは注がれる視線の熱さと反比例した寒さにかたかたふるふる小さく縮こまって震え上がり。

「い゛やあああぁぁぁっ!? てんこがどうやってあまあまだってしょうこだよ!?」

 であったときの傲慢さなどどこへやら。いい香りを放ちながら、がたがた震える姿がどうにも可愛いととよひめは思う。
 うん、ほんとうに。とっても甘そうだ。ももさんも、この子もどっちも。ほんとうに、美味しそう。

 そう考えたら、なんだかとよひめはてんことももさんをわけて考えるのが面倒になった。
 結論としては、そう。

 ……うん、両方とも食べてしまえばいいんじゃないのかな?

「ゆふふ。うんどうのあとは、いっぱいたべられるよ! あまあまさんはゆっくりとよひめにたべられてね!」
「ちょ……ももロストもいのちロストもゆっくりできないんですかんべんしてくだしあ;; だだだれかはやくたすけにきテ!!」

 ぴょこんと跳ぶ、あたふたと逃げる。枯れ葉と小石が舞い上がってぱらぱらと周囲に散らばり落ちる。
 また避けられた、でもすっかり怖気づいたてんこはあんよが強張ってすぐには次の行動に移れない。
 少しでも遠くに逃れようと、無様にもがく彼女の側まで近づいて、ちょいとのしかかり動きを封じるのはそう難しくもないことで。

「ゆふふ、つーかまえた」
「うぼぁっ!?」

 てんこは一層激しく暴れるけれど、戦意の差が激しい以上はもうこうなれば勝負は見えたようなもの。
 とよひめは重心に十分注意しながら、てんこの上でぐるりと身体の向きを回転させる。そうすると目指すあまあまはもう目鼻の先、
そのもちもちした柔肌、そのほっぺへと舌を伸ばしてぺろりと味を確かめるみたいに舐め上げた。
 ……そのとたん、よっぽどそれが怖かったのだろう、じたばた暴れていたてんこが電流に撃たれたみたいに一際大きく跳ねる。

「ゆびぃっ、ゆああぁっ!? い、いくううぅぅぅっ!! おにーさんっ、おにーさああぁぁぁんっ!!?」

 大きく跳ねてから、ぺたん、とついに腰を抜かし、恥も外聞もなく泣き出した……何やら聞きなれぬ単語を、呼び声の中に伴って。
 いく。この名前は餡子の記憶の中に受け継がれている。てんこと主従だったりつがいだったりすることの多いゆっくりの一種だ。
 でも、もう一つがわからない。

(……うゆ? おにー、さん?)

 おにーさん、とは、なんだろう?
 とよひめの知る限りでは、おにーさんとはにんげんさんの一種で、とてもゆっくりできない存在であるはずだ。
 幸いな事に、この山ではまだ見たことがない。だから、この山のゆっくりはゆっくりした暮らしを毎日送る事が出来る。
 そんなこの山とは無縁の、ゆっくりの天敵みたいな存在のことを、なんでこのてんこは呼ぶのだろう?

 とよひめの餡子脳の奥底に芽生えた疑念は、でも大きく葉を広げて警戒の花を咲かせるまでに育つことはなかった。
 だって、芽がまだ芽でしかないその内に、応えは相手から与えられ、代わりにとよひめは意識を奪われてしまったから。

「おいこら。俺を呼ぶのはきちんと食いつかれてからしろってのに……仕方がない、いくさん」
「はい、それでは……さたでーないとふぃーばー!」

 いつの間にか、背後に生まれていた二つのゆっくりできない気配。
 桃の香りと自分の思考に耽溺していたとよひめが、聞こえた音の羅列を意味持つ言葉として理解する暇もあればこそ。

「……ゆぴぃっ!?」
「おいイイイィィィッ!!?」

 今までのゆん生で、これまた感じたことのない身体を貫くような激しい衝撃に数度手酷く打たれ。
 意識を失うその刹那に背後へと視線だけ向けた、一瞬の景色。
 大きな大きな見たこともないような胴付きゆっくりのような姿と、そのすぐ側に漂うふわふわしたゆっくりと。

(……ゆぅ。だれなの……これ……?)

 それだけを見て、しかし理解が及ばず。
 とよひめの視界と意識は暗闇の中に沈んでいった。



「しかし、こんなんで釣れるもんだなぁ」

 ここは日本のどこかの山の中。
 頭上に青々と茂る背の高い針葉樹。その根元、木漏れ日が落ちる日当たりの良い地面には美味しい下草の茂みがっている。
 その、杉材の価格暴落ですっかり打ち捨てられた人工林の中で、一人の男がしげしげと手にした投網の中身を見遣っていた。

 彼が手にした網の中、ぐったりとして未だ目を覚まさぬゆっくりが一匹。
 そう、言うまでもないだろう。先刻のゆっくりとよひめがそこに囚われの身となっていた。
 その網の中のとよひめを見上げるように、彼の足元には二匹のゆっくり。
 これまた説明の必要はあるまい。とよひめに襲われたてんこと、最後に電撃を放ったいくである。

「……そうぞうをぜっするきょうふがてんこをおそった」

 怒りと怯えが混ぜこぜになった様子で呟くてんこ。腹いせに体当たりでもしようというのか、軽く投網に向けて跳んでみる。
 届かない、男がてんこが跳ねた高さの分だけ網を上に持ち上げたから。

「いや、帽子飾りだけじゃなくてお前まで食われそうになったのはちょっと予想外だったな。うん」
「みててたすけないひれつさはあさましい。ヨミヨミですよ? おにーさんのさくせんは。いじめっこはしねマジしね」
「そーりょーむすめさま」

 泣いたカラスがもう怒る。
 そのまま近くの木の枝にてんこには届かぬよう網を結わえ付けた男に、ぶつくさと不平と難詰の声を上げるてんこに
傍らのいくが短く、だが強く、窘めるべく声を掛けた。
 実のところ、てんこが怒るのも当然の事情が彼と彼女らの間には存在するのだが……そこはそれ。
 てんこに怒られるべき非が人間にあったとしても、てんこの反発を許さない主導権もまた人間の手の内にあるのだ。

「おお、こわいこわい。お帽子、焼いちまってもいいのかねぇ?」
「すいまえんでした;;」

 それはまさしく殺し文句とでもいうべきもの。
 にやり、と嫌らしく笑う男の一言に、てんこはたちまち白旗を上げた。

 そう、そうなのだ。
 てんこは現に桃のついたおぼうしを被っている。
 だが、そのおぼうしをどうするかは人間、男の胸三寸次第。
 雷撃という強力な武器を持っているいくの援けを得たとしても、てんこは自分のおぼうしを守ることなんてできない。

 何故なら、てんこが今被っている帽子は彼女のものではないのだから。

「ま、頑張れ。あと十匹もとよひめ捕れたらお前らも山に戻してやっからさ」

 すっかりしょげ返ったてんこの姿を見下ろして、男は軽薄にケラケラと笑う。
 あと十匹も、とよひめが捕れたら――即ち、帽子飾りに桃がついているてんこを使った、とよひめの友釣り。
 普通に桃を罠とセットで仕掛けてあるだけでは、失敗する事も多いから。敢えて希少種の生餌を使った希少種釣り。
 男が余所の山で確保した野生のてんことそのつがいのいくを連れ、この打ち捨てられた山に踏み入った理由がそれだった。
 もちろん、てんこに危険の伴う協力を強要すべく手は講じてある。
 てんこのおぼうしを、捕まえた直後によく出来た市販の作り物と摩り替えてあるのだ。

「……このままではてんこのじゅみょうがストレスでマッハなんだが……」
「そーりょーむすめさま、がんばりましょう……」

 たとえ、今被っているおぼうしの桃をとよひめに食べられても、本来のおぼうしの桃は無事。
 でも、それが本当に返ってくる保証は無くて、結局今てんこの下にあるおぼうしはそのイミテーションのおぼうしだけな訳で。
 かてて加えて、今回みたいに桃のない野山に住んでるとよひめはてんこの匂いに反応するほど桃に飢え切っているわけで。

 おぼうしが返ってこない不安と、実際に直面する身の危険(なんせ、傷物は不味いということでてんこからの反撃は厳禁なのだ)。
 いくにとってしてみれば、つがいが危険に晒されるのを、指示あるまで見ているだけというのも随分なストレスだろう。
 お互い慰めあうように、すりすりと肌を寄せ合う二匹を横目に男はニヤリとまた軽さを感じさせる笑いを浮かべた。

「おう、がんばってくれよ。お前ら自身のためにな」

 希少種は、金になる。とよひめほど珍しい種なら、なおのこと。
 てんこやいくも金になる。二匹あわせれば、とよひめ一匹の売価に等しく並ぶほどに。
 目標の捕獲数に達しないなら、二匹も穴埋めに売り払ってしまえば良い。
 目標の捕獲数に達したなら、すっかりその頃には鳴れていることだろうし、二匹とも次の友釣りにも使えば良い。

「よろしく頼むぞ。てんこ、いく」

 これからも、ずっと。役に立たなくなるその時までは。
 結局の所、おぼうしは手元に置いたまま、ゆっくりたちを野生に帰すつもりなんて微塵も無くて。
 寝息を立てる網の中のとよひめを撫でながら、男は小さく呟いた。

「これからも、ずっと生き餌の役割をはたしてくれよな」

 って。




※今までに書いたもの

神をも恐れぬ
冬虫夏草
神徳はゆっくりのために
真社会性ゆっくり
ありすを洗浄してみた。
ゆっくり石切
ありすとまりさの仲直り
赤ゆっくりとらっぴんぐ
ゆねくどーと
ゆっくり花粉症
十姉妹れいむ
ゆねくどーと2
紛争地でゆっくり
悲しみのない自由な空でゆっくり

※今現在進行中のもの

ゆっくりをのぞむということ1~

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最終更新:2011年07月31日 16:17
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