れいむはおちびちゃんのために”狩り”をしているところだった。
「ちょうちょさんゆっくりしていってね!」
「むしさんゆっくりしていってね!」
ぴょこたんぴょこたんと跳ねながら、辺りの昆虫や、時には空を飛んでいる鳥を追いかける。
ほとんど散歩のようなものだが、それでも成果がまったく得られないということはない。
運よく入手した虫や食べられる草などを口に入れてゆく。
「ゆふぅ…きょうもゆっくりがんばったよ!おうちかえる!」
れいむはおうちへ向かう。
れいむと、れいむのおちびちゃんが住んでいるおうちはとってもゆっくりした素敵なおうち。
「おちびちゃんゆっくりまっててね!」
――
「ゆぴぇっ!!??」
れいむは最初、転んでしまったのだと思った。
しかし、体勢をととのえて辺りを見回すと、少し様子がおかしかった。
「ゆ、ゆぅ……?」
あたりは、れいむがさっきまで家路を急いでいた草原ではない。
硬くひんやりとしたリノリウム張りの床の上、白い壁がどこまでも続く屋内にれいむはいた。
れいむは、ゆっくり特有の切り替えの早さでおうち宣言をする。
「とってもゆっくりしたおうちさんだね!ここをれいむのゆっくりぷれいすにするよ!」
「なんだ、またゆっくりか」
「ゆっ?」
れいむが振り返ると、一人の人間がれいむを見下ろしていた。
「レポート明日までだってのに、また失敗だよ…」
「ゆゆ?なんのことかわからないよ!ゆっくりせつめいしてね!」
人間は言った。
「学校の実験を明日までに成功させないと俺の単位が危ない。
その実験とは、”500年以上過去の世界から何かを持ってくる。ただしゆっくりを除く”
つまりお前さんは、俺の実験のせいで過去から呼び出されたんだが、こっちとしては必要なかったってわけだ。
もう勝手にどっかいっていいよ」
「ゆゆっそれじゃここをれいむのゆっくりぷれいすにするよ!」
「それ駄目。ここは俺の家。っていうか俺の親の家」
「どうしてそんなこというの!れいむおこるよ!」
「業突く張りなところは、まさしく過去れいむか…しかしこいつじゃ時間系実験の有効サンプルとは
認められないからな…ちくしょう、どこにでも現れる不思議生物め…」
「おにーさんゆっくりしてないよ!ゆっくりしていってね!」
「あーもううるせーよー、そんな時間ねーんだよ」
人間はれいむを掴みあげる。
「やめてね!おりぼんとれちゃうよ!ゆっくりはなしてね!」
「安心しろ。そう簡単に取れねーよ……そうだ、これをつけてやるのを忘れてた」
人間はれいむの髪飾りに、赤い花をかたどった小さなピンを付けた。
「ゆわーい!にんげんさんありがt……」
「そんじゃな」
人間は窓を開け放つと、れいむをポイと投げ捨てた。
このようにして、れいむは未来へとやってきたのだった。
幸い、れいむの大事な髪飾りは無事だった。
「ゆっくりしていってね!!」
とりあえず、人間の家の外で挨拶をする。答えるものはいなかったが、それで少し気がまぎれた。
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
ひとしきり叫んだあと、れいむは辺りを見回す。
人間の家の庭は広くて綺麗だった。おいしそうな草が沢山生えているし、樹木もある。
それらはれいむには”ゆっくりした”としか認識、形容できないものだが、家人の手できちんと整備されたものだった。
「ここをれいむのおうちにするよ!」
と、二度目のおうち宣言をしたところで、おちびちゃんのことを思い出す。
「ゆゆっ!れいむのおちびちゃん、いっしょにゆっくりしようね!」
いるはずもないのに辺りを探し、声を上げておちびちゃんを捜し求める。
「ゆぅぅぅぅ!!どうしておちびちゃんいないのぉぉぉぉぉ!!??」
お腹が空いたので、ご飯を食べることにした。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!」
おちびちゃんはいないけれど、それでもご飯は幸せだ。敷き詰められた芝生はとても良い味がした。
「おちびちゃんゆっくりまっててね」
れいむはおちびちゃんを探し出すべく跳ね出した。
* * * *
れいむは一生懸命に跳ね、声を上げたが、捜索はもちろん徒労に終わった。
「れいむのだいじなおちびちゃんゆっくりでてきてね!」
公園の真ん中で大声で叫ぶれいむに、一人の人間の女性が歩み寄る。
「れいむちゃん、ゆっくりしていってね」
「ゆゆ!ゆっくりしていってね!」
女性は腰をかがめてれいむと目を合わせる。
「おちびちゃんがいなくなっちゃったの?一緒に探してあげようか?」
「おねーさんゆっくりありがとう!」
しかし、やはり見つからない。
いないものが見つかるわけなどないのだ。
「ゆ゛う゛う゛う゛!ゆ゛う゛う゛う゛!」
女性はすさまじい泣き方をするれいむを抱き上げる。
「落ち着いて。
……このあたりはだいたい探し終えたから、次は街中へ行ってみましょう?」
一人と一体は、れいむが”呼び出された”郊外の住宅地から市街地へと入った。
「ゆゆっ!!」
市街地はれいむにとって驚きの連続だった。
道を行き交う人と車、それにゆっくり。
「ゆっくりしていってね!」
れいむが言うと、
「ゆっくりしていってね!」
と答えてくれるゆっくり達は、みな幸せそうな顔をしている。
人間に飼われているゆっくりもいた。
「ゆっくりしていってね!」
「ああ、『ゆっくりしていってね』」
飼いゆっくりと人間は笑い合って、歩いていく。
れいむはそれを、拍子抜けしたような、遠いものを見るような目で見ていた。
れいむのもといた世界では、人間とゆっくりはいがみあっていることが少なくなかった。
また、人間にいじめられてゆっくりできなくなるゆっくりも多かった。
れいむは跳ね止まり、前を行く女性を見た。
「ん?どうしたの?」
「ゆ、ゆゆっ、なんでもないよ!ゆっくりおちびちゃんさがすよ!」
* * * *
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせーー!!」
「美味しい?れいむちゃん」
「とってもゆっくりしてるよ!こんなしあわせーなのはじめてだよ!」
ついに日が暮れて、一人と一体は捜索を断念した。
女性に連れられてれいむは初めて”ふぁみれす”に入った。
きれいなくささん――”しーざーさらだ”はとってもゆっくりしていた。
食後にはオレンジジュースも飲んだ。
「ごーく、ごーく…しあわせー!」
「ふふっ」
「おねーさんなにのんでるの?」
「これはメロンソーダよ。れいむちゃんにはちょっと飲めないかもね」
「そんなことないよ!こんなにゆっくりきれいだよ!」
「それじゃああげるわね。気をつけて飲んでね」
「ゆゆ!しゅーわしゅーわするよ!」
「大丈夫……?」
「しゅーわ、しゅーわ……ゆっぐりでぎないぃぃぃぃ!!!」
「ああもう、だから言ったのに」
女性はれいむの頭頂部を抱えて撫でる。
「ゆぅぅぅぅ!ゆぅぅぅぅ!」
その時、女性があることに気づいた。
「あら」
れいむの髪飾りに付いている、赤い花のピン――
それは、”未認可”の証だった。
「れいむちゃん、テストは受けてないの?」
「てすと?てすとってなに?」
「何って……ああそうか、過去ゆっくりなのね。
えーっとね、れいむちゃんは、テストを受けないと駄目なのよ」
「てすとはゆっくりできる?」
「うーん……ゆっくりできたりできなかったりする……というか、テストをしないとずっとゆっくりできなくなる」
「ゆゆ!ずっとゆっくりできないのはいやだよ!ゆっくりてすとするよ!」
「そう。それじゃ明日から、授業受けに行きましょうね。テストのための。
そうだ、今どういうのか教えてあげるからね」
女性は携帯端末を操作すると、端末から小さなメモリースティックを抜き出し、れいむの額に当てた。
「ゆゆ!」
れいむの心に、見たことのないはずの光景が浮かび上がっては消えていく。
それはネット上からダウンロードした、ゆっくり生育認可テストの情景だ。
ゆっくり達は、人間世界の規律を学んだり、我慢することを覚えたりしている。
「ゆゆ!こんなにむずかしいのむりだよ!」
「ふふっ……大丈夫よ。みんなできたんだから」
「それなられいむ、ゆっくりがんばるよ……」
「そう、偉いわね」
。……ところで、れいむちゃんは何歳?」
「なんさい?」
「うーん、えっとねぇ……れいむちゃんは、生まれてから何回寝て起きた?」
「ゆゆ!れいむは、にじゅうきゅうかいすーやすーやして、にじゅうきゅうかいゆっくりおきたよ!」
「あ……そ、そうなんだ」
* * * *
ゆっくりは生後30日以内に、いずれかの市町村役場で生育認可を得なければならない。
もし認可のない場合、その活動の期限を30日限りとする。
* * * *
町に野にゆっくりは溢れている。
それは必要な措置だった。
決して難題でもない。たとえば、普通の人間が簡単な資格や免許を取得する程度の労力しかかからない。
だが、れいむがテストを受け、それに合格するのは不可能に近かった。
人間だって、一日で自動車免許を取れはしない。
だが、今日の終わりまでにそれをクリアーしなくては、れいむに生きるすべはない。
女性はそれをれいむに伝えた。
「ぷくぅぅぅぅ!!どうしてそんないじわるいうの!きょうまでなんてむりだよ!」
「そう、そうよね……だけど、そういうことだから」
女性は席を立った。
「おねーさんどこいくの!ゆっくりまってね!」
「うーん、かわいいれいむちゃんだったけど……やっぱり過去ゆっくりは駄目ねえ」
れいむが女性を追って”ふぁみれす”から出たとき、すでに女性の姿は、夜の街の雑踏の中に消えていた。
「おねーさん!れいむはおねーさんといっしょにいたいよ!いっしょにつれてってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「てすとをうけないと、ずっとゆっくりできなくなる」?
――れいむは、あしたもふぁみれすでしーざーさらださんむーしゃむーしゃしたいよ。
――れいむは、おちびちゃんにあいたいよ。
――ずっとゆっくりしたいよ。
――ゆっくりできなくなるなんていやだよ。
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
れいむは泣きながら叫んだ。
道行く人も、ゆっくりも笑いかけてくれる。だけど、れいむの境遇を理解してくれる者はいなかった。
「ゆっ!ゆぐっ!でいぶ、でいぶはっ、おちびちゃっ、おねーざん、ゆっぐりでぎなぐなりだぐないよ!」
「ゆゆ?」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっぐ、ゆっぐりじでいっでね……ゆっぐりじでいっでね……!」
――おねーさんがいじわるをいわなければ。れいむをつれてってくれれば。
――じかんさんがもっとゆっくりしてくれれば。
――ちがう。
――どうしてこんなことになったの?
――れいむはなにもわるくないよ?
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっぐりじでいっでね!ゆっぐりじでいっでね!」
やがて人の流れが途絶え、時計の針が一日の終わりを告げる。
「ゆ゛う゛……おねーざん……おぢびぢゃん……」
髪飾りに付けられた赤い花のピンが三度瞬いた。
れいむは泣きながら、ゆっくりとした眠りに就いた――
END
最終更新:2011年07月29日 18:07