「それで、子どもって結構好き嫌い多くて
豚が脂っぽいとか牛肉の硬いところとか嫌いじゃない?」
「ああ、そういう子も多いな」
里で寺小屋の先生をやっている半妖半人の女教師である上白沢慧音は
ちびちびと鰻の蒲焼を齧りながら相槌を打った。
目の前で起こる熱気は彼女の憤りかそれとも鰻を焼く炭火の熱か
屋台に吹き抜ける冷たい夜風がその熱と混ざり合って心地よい。
「そういう子が鶏肉を食べるのよ!
あんたなんとかしなさいよ寺小屋の先生でしょ!?」
「そうだな、好き嫌いはがんばって治していかないとな」
ちなみに鳥皮が苦手なんて子も多いがそれは言わないでおく。
慧音は親友の妹紅と喧嘩したことや寺小屋での苦労を愚痴りに来たはずなのに、何故自分が愚痴を聞いているのかわからずに
月も星もろくに見えない曇り夜空を見上げながらコップの酒を飲み干した。
屋台の提灯の明かりだけがあたりと二人を照らしている。

「しかもよ、あいつらには私の『鳥を食べずに鰻を食べよう運動』が通じないのよ!」
「そうなのか」
熱弁する妖怪夜雀ミスティア・ローレライに対して慧音はまた適当に聞き流しながら相槌を打った。
聞き流しながらもそういえば新聞でそんなこと言っていたかと思い出しかけたがやはりそのまま流した。
そもそも牛や豚は飼育が大変なので子ども大人に関わらず
里の人間が食う肉というと大抵鳥かウサギだ等とは断じて口に出さない。
「だってあいつら鰻あんま食べないのよ!?」
「そういえばそうだな」
鰻という奴は小骨が多い。
別に問題なく食べられるくらい細くて小さい小骨なのだが
子どもというのはそういった小骨を非常に気にすることが結構ある。
そして気にしだすと全く手を出そうとしなくなる。
嫌いになるということだ。

例えばだがピーマン嫌いの子どもは恐るべき情熱を持ってチンジャオロースのピーマンを取り除く。
しかし鰻の骨を取り除くのは不可能に近い。
どうしても無力化したいなら鱧のように骨切りでもする必要があるだろう。
そんな高等技術は子どもは愚かお家のお母さん方にも無理だ。
それに鰻は味が濃いので嫌いな人は嫌いだろう。
しかし慧音も鰻丼のタレが嫌いな奴は見たことが無い。
鰻が嫌いな子どもが隣の子どもにに鰻をあげておいしそうに鰻丼のタレかけご飯をかっ食らっているのはみたことがあったが。
しかしあれだけ好かれているのに鰻丼のタレだけで売っているのは少なくとも里の中では見たことが無い。
思えば不思議なものである。
ひょっとしたら鰻屋の陰謀かもしれない。
恐ろしいことだ。
「聞いてる?」
「ああ」
さっき注ぎなおした日本酒をちびちびやりながら
どうでもいい思索の中に旅立とうとした慧音を
ミスティアが不機嫌さを露にしているにも関わらず凛とした美しい声で呼び止めた。
慧音は心中面倒くさがりながらもまた彼女の愚痴を聞く作業に戻った。

「でもそうやって子ども達が鳥を食べることに諦めて泣き寝入りする時代は終わったわ」
「それはめでたいな」
大仰に手を振り上げてまた熱弁し始めたミスティアを視界の隅に収めながら
慧音は皿を出して鰻の追加を頼んだ。
話の腰を折られてミスティアは不快そうに眉をひそめたが客商売に携わる以上
その程度で文句は言わない分別は身につけているのかせっせと鰻を焼く作業に戻る。
静かになったな、と慧音は夜空を見上げたがやはり星は見えなかった。
「はい八目鰻の蒲焼一丁!」
「ついでに酒ももう一杯頼む
さっきのと同じ奴で」
慧音は空になった一升瓶を指しながら注文した。

「で、もう泣き寝入りする時代は終わったのよ」
ミスティアは慧音のついでに自分のコップにも酒を注ぎながら
いやひょっとしたら慧音の方がついでかもしれないが、言った。
「それはめでたいな」
慧音は特に言葉を変えることも無くまた同じように相槌を打った。
「まず最初に鰻以外のメニューを取り入れることを考えたわ…」
ミスティアは大仰に、悲劇性を表現するように両手を胸の前で組んで
どこか遠い空の彼方を見つめながら語りだした。
「色々子ども受けしそうな食べ物を考えたんだけどね
でもうちって鰻メインでしかも店員私一人でしょ?
他のものに手をかけてる暇が無いからあんまり大した物は作れないのよ
かといって屋台だからこそってモノじゃないとうちでやる意味も無いし」
鰻にこんな言葉がある。
『串打ち三年、裂き八年、焼きは一生』
そんな言葉があるほど、鰻を焼くというのは難しいものだった。
屋台を始めてそれほど長くないミスティアが鰻を焼くので手一杯というのも理解できる話だった。
今日はそうでもないが鰻屋台なんてのは珍しいので結構繁盛しているらしいし本当に余力は余り無いのだろう。

「そこで考えたのがこいつよ!」
「すーや…♪すーや…♪」
そう言って元気に屋台の奥から取り出したのは一匹のゆっくりれいむ。
その目はそっと閉じられてゆっくりとした眠りの中に居る様だった。
「これをこうやって串で刺して!」
「すーゆぎゃああああああああああああ!?」
ブスリ、と蒲焼用の串がゆっくりれいむを刺した。
れいむが抵抗する間もなく串が皮に潜り込み、餡子を抜けて入ったときとは逆に皮を貫いた。
串はちょうどれいむの底辺の中心から頭のてっぺんを通っている。
割かし小柄なゆっくりだったがそれでも串は8割がた中に埋まっていて先の部分が少しだけ出ていた。
「い゛だい゛よおおおおおおおお!!!
れ゛いむ゛のぢょうぢょざんどごおおおおおお!?
お゛はな゛ばだげにいだどにいいいいいいいい!!
だじゅげでま゛り゛ざあああああああああああああああ!!!」
寝起きで、まだ心は夢の中に居たれいむは突然の比喩などではなく体を貫く痛みに混乱を露にしながらも絶叫した。
どうやら花畑で仲間と蝶を追い掛け回す夢を見ていたようだ。
慧音はそんな幸せな夢を見られて少し羨ましいと思った。
まあ今のありさまは羨ましいどころか同情に値するのだがそこまで気にする義理は無い。
れいむのこぼした涙が炭火の中に零れ落ちて真っ赤になった炭の上でじゅうじゅうと蒸発して甘ったるい香りを漂わせた。
「それでここに仕切り作るでしょ」
そう言ってミスティアはれいむの悲鳴には全く耳を貸さずに焼いている鰻を端に寄せて鉄制の板を二枚置いて
焼き場を四分の一ほどで区切った。
歌姫ミスティア・ローレライにとっては美しい声しか耳を傾けるに値しないのかもしれない。

「そんでこれをつけて焼くわけ」
ミスティアはなにやら円柱状の先に小さな穴の開いた木製の細工を取り出すと串の両端にはめた。
一体何なのかと慧音が眺めているとそのまま焼き場に蒲焼と同じようにゆっくりを置いた。
「!?あ゛ぢゅい゛!あぢゅい゛よ゛おおおおおおおおおおお!!」
れいむは炭火の熱に晒されて悲鳴を上げながら転がり始めた。
さっきの細工は串がずれて転落するのを防止するためかと慧音は感心してそのまま見ていた。
「も゛う゛お゛う゛ぢがえるううううううう!!」
そう言ってれいむは外へ逃げ出そうとごろごろと右に向かって転がっていった。
「!?ゆ゛ぐがああああああああああああああああ!?」
転がり続けたれいむはジュウ、という食欲をそそる音と甘い匂いを漂わせる煙を立てて
熱せられた仕切りの鉄板にぶつかって慌てて方向転換して今度は左へと転がっていく。
「!?!?!?あ゛ぢゅぐえええええええ!!どおぢででら゛れ゛ないのおおおおおおお!?」
当然のごとくもう一つの仕切りにぶつかってれいむはさらに焦げ目を増やした。
「い゛や゛あああああ!だぢで!だぢでよおおおおおおおお!!」
仕切りを避けてうまいこと真ん中当たりをいったりきたりしながら
れいむはだんだんと狐色に焦げていった。
「こうすれば勝手に焼きあがってくれるから私は鰻に集中できるってわけ!」
「なるほど、考えたな」
ミスティアが胸を張って自慢げに言い放ち、慧音はそれまでと違ってきちんと感心しながら相槌を打った。
数分後には全身満遍なくきれいに焼き目をつけた焼き饅頭が甘く香ばしい匂いをさせていた。

「はい焼き饅頭一丁あがり!串は熱いから気をつけてね!」
そう言って木の細工の部分をもってそのまま渡してきた。
「頼んでないぞ」
「サービスしとくわ」
それならばと慧音は木製の細工の部分を手に取り受け取った。
なるほど、太目の取っ手があるおかげででかいサイズのゆっくりの割には持ちやすいと感心する。
「お…おねえざ…だ…ずげ…」
焼け焦げたがまだまだ原型をとどめたままのれいむは縋るように慧音を見つめてきた。
「まあ悪く思うな」
「ぞんな゛ぁあががあ゛ああ…!!」
流石に食卓に上がったものの命乞いをいちいち聞いてたらきりが無いので一口齧ってみると
ぱりぱりの皮の表面をサクりと歯が貫通し熱々で柔らかな中身の食感で包み込む。
その先から中からはしっとりとして甘い餡子があふれ出てきた。
「中々いけるな、餡子がぱさぱさになってまずいんじゃないかと思っていたが全くそんなことはない
あったかくてしっとりしたいい餡子だ」
慧音はゆっくりから口を離して驚きを込めつつ感想を述べた。
「でしょ?焼く前に水をたっぷり飲ませておくとちょうどいい感じになるのよ」
ミスティアは褒められて嬉しそうにその工夫を明かした。
「なるほどな」
「も゛う゛い゛いでぢょれ゛い゛むをは゛な゛ぢでよおおお…!」
慧音は涙ながらに訴え震えるれいむの串をなんとか落とさないように持ちながら言った。
「しかし酒には合わ無いな、甘い」
慧音はコップの酒を少し口に含みながられいむを齧った。
「ゆ゛ぎゅううううう…!!だずげでぐだぢゃい…だずげでぐだぢゃいぃ…!!」
れいむは齧られるたびに身をよじって痛みから逃げようとして串が少ししなる。
毎日やれば腕が鍛えられそうだと慧音は両手で串を押さえながら思った。
「いいのよ、子どもが食べるように考えたんだからお酒と合わなくても」
「それもそうだな」
慧音は納得してれいむのりぼんを齧った。
「れ゛い゛む゛のがわ゛い゛い゛り゛ぼんがあああああああ!?
お゛ね゛え゛じゃんなんがぢんぢゃえ!ゆっぐぢぢねええええええ!!!!」
りぼんを齧られてれいむは一際大きな声を上げて慧音をなじった。
この期に及んでこういう態度を取るとはよほど大事にしていたのだろう。
「これ、食べるには少しうるさくないか?子どもが泣くぞ」
慧音は眉をひそめて尋ねた。
「生きたままじゃないと味が落ちるのよ
それにこの前ためしにお客さんに出してみたら悲鳴だけで酒がすすむって言って
がぶがぶ呑んでくれたから売り上げ大幅に上がったのよ
これは絶対にイケるわ」
ミスティアは自信ありげに腰に手を当てて言った。
「とりあえず子ども相手にするに当たってそういう奴の意見はあまり当てにしない方がいいんじゃないか」
慧音は頭を抑えて目を閉じかぶりを振った。
「も゛っどゆ゛っぐり゛ぢだがっだのに゛ぃぃぃ…!おねえざんなんがぢねえ…ゆ゛っぐり゛ぢねぇ…!」
れいむの呪詛を聞きながら慧音は溜息をついた。
「まあ多少残酷趣味なのは地獄鍋とかと同じようなものと思えばいいのか
味は悪くないしな」

「地獄鍋?」
ミスティアが聞きなれない単語を、不思議そうに慧音に尋ねた。
「ああ、地獄鍋というのはな
別名泥鰌豆腐とも言って生きた泥鰌と豆腐を一緒に煮ると
熱さに耐えかねた泥鰌が豆腐の中に逃げ込んで
そのまま煮込みつづけて食べるという料理でな
まあ食べたことは無いが」
慧音は軽く手振りを交えつつ適当に伝聞の知識を話した。
「ふぅん、おもしろそうね
私も地獄八目鰻豆腐とかやってみようかしら」
ミスティアは興味深そうに慧音の話を聞くと思いついたかのようにそういった。
慧音はいやいやと手を横に振る。
「それは流石に無理だろ、どれだけでかい豆腐を用意するつもりだ」
「別にほんとに八目鰻使うわけじゃないわよ
普通にドジョウを使って名前だけ八目鰻にするの」
慧音ははあ、と溜息をついてやれやれといった風にかぶりを振った。
「それは詐欺と言うんだ」
「大丈夫だって結構騙されるから」
「そういう問題じゃあない
それに泥鰌と八目鰻を間違える奴がどこにいる」
「あんたの食べてるのだって八目鰻じゃなくて普通の鰻だし
意外と騙されるかもしれないじゃない」
自分の案を否定されてぷんぷんと怒りながらミスティアは言った。


「金返せ」
ドン、と卓を叩いてこめかみに青筋を浮かべながら慧音が静かに言い放った。



「あー、まあまあ、お酒だけは全部本物選りすぐりのいいお酒ばっかりだしそう怒らないでよ」
ミスティアが要らぬことを言って怒らせてしまった慧音を
慌ててなだめようと両手を前に突き出しながら言った。
「ふん、どうせ自分も飲むから酒だけはちゃんと仕入れてるんだろ」
しかし慧音は機嫌を損ねてそっぽを向いてむくれている。
「うー、まあそうだけどさー」
もじもじと人差し指同士をつつきあいながらミスティアは次の言い訳か
はたまた別の話題を探した。

「あ、そういえば」
言い訳より別の話題を先に思いついたミスティアはなんとか表情を取り繕って慧音に言った。
「なんだ?」
「それ、うるさいんだったら先に口の辺り食べちゃえば?」
「…なるほど」
「…ゆ゛…!?」
そう言って慧音は転がって逃げ出そうとしていたれいむを掴んで
少しはしたないかなと思いながらも大きく口を開けた。
「だずげでま゛り゛」
絶望の表情を浮かべ友に助けを求めるれいむの口に慧音はかじりついた。

その後、喋りはしないものの縋るような、憎むようななんともいえない視線を送ってくるのが気になり
結局顔を先に食べることにした。
顔の部分を全て食べるともうゆっくりと饅頭の境界なんて何も無いな、と慧音は思った。


「待ってなさい子ども達!これからは鳥肉の代わりにゆっくりを食べるようになるがいいわ!」
ミスティアはゆっくり焼き饅頭が子ども達に広まることに関する懸念が全て解決したのに気をよくして
勢いよく拳を振り上げて一人で盛り上がっているようだった。
「まあ頑張ってくれ」

慧音は騙されたのはやはり癪だったので
結局「こんな里から離れた夜の屋台に子どもがやってくるわけないだろう」
という核心は言わずにそのまま適当に呑んで帰っていった。

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最終更新:2022年05月03日 15:50