「じゃじゃーん!」
いつものように虐待用のゆっくりを探すため山道を歩いていると、そんな叫び声とともにそいつは現れた。
赤い髪に黒い猫耳、左右にある三つ編みを黒いリボンで止めたその姿は、希少種の中でもめったに見かけられないゆっくりおりんである。
「おにーさん、ゆっくりしていってね!」
「ん……あ、ああ。ゆっくりしていくよ」
普段はゆっくりから『じじい』とか『おじさん』と呼ばれているため、一瞬自分のことだと気付けなかった。
まだ若い身空であるため『おにーさん』と呼ばれて当然なのだが、初対面の人間をそう呼ぶゆっくりなんてさなえとおりんぐらいのものであろう。
飼いゆっくり以外で礼儀正しいゆっくりなんて、それぐらいしかいない。
「しかしおりんか……ちょっと困ったな」
「ゆゆ?」
おりんはゆっくりの死体を操る能力……ある程度原形をとどめた死体からゾンビゆっくりを作る能力を持っている。
ゾンビゆっくりは原型が崩れるか腐って動けなくなるまで仮初めの命を手に入れたゆっくりだ。
一応生きていたころの記憶はあるのだが、自分の意思が希薄でおりんの命令に逆らえないため、実質おりんの奴隷である。
そのゾンビゆっくりだが、見た目がグロい。
一度つぶれた死体が多いため、片目や餡子が漏れているのは当たり前。さらに死体だからゆっくりの免疫機能なんて働いてないため、腐りかけのまんじゅうと大差ない。
人間が見ても気持ち悪いそれは、ゆっくりの目から見ると一層恐ろしいものに映るらしく、ゾンビゆっくりとおりんはゆっくりの中でもかなり嫌われている。
それこそ、群れごと移動して逃げ出すくらい。
つまり、この付近にいたゆっくりの群れはもういない可能性が高いのだ。
「なあ、君がこの場所にきてから何回太陽がでてきた?」
「ゆっ! たぶん6回か7回だよおにーさん!」
となると、だいたい一週間か。たぶん大半が街に逃げ出してつぶされている頃だろう。
このあたりにもまだ何匹か残っているかもしれないが、探し出すには時間がかかるに違いない。
「どうしようか……この際おりんでいいかな」
「おりんになにかようかい?」
「ああ、ちょっとね」
(そう言えば、希少種を虐待したことはなかったな……見かけたら大抵ペットにしているし)
ここはスタンダードに針山地獄コースかなと考えていると、突然脳裏にどこかの偉い鬼井山の言葉が聞こえた気がした。
『―――ゆっくりにはそれぞれ特徴がある。その特徴を利用しないで何が虐待だ』
「……くっ! 俺はいったいなんてことを考えていたんだ!」
「? よくわからないけれど、ゆっくりしていってね!!!」
ああ、ゆっくりするよ。お前を使ってな。
しかしゆっくりに慰められるなんて、人間の立場としてどうなのだろう……
……まてよ。立場か。
「なあ、おりん」
「なんだい、おにーさん」
「実はゆっくりを飼おうと思っていてね。どうだい? 飼いゆっくりにならないか?」
「ゆゆっ!!」
おりんも飼いゆっくりのことは知っていたのだろう。目をきらきらと輝かせる。
おりん自体はさなえ並に飼いやすいゆっくりだが、ゾンビゆっくりの放つ悪臭や死体処理が手間であるため、一部の愛好家や虐待家を除いて飼う人はいない。
ならゾンビゆっくりを作らなければいいと思うかもしれないが、ゾンビゆっくりを作るのは本能であり、おりんにとってゾンビゆっくりはゆっくりできるものなのだ。
作らせなければすぐに衰弱死すると言われている。
そのため、希少種の中でも飼われにくいという珍しい境遇。このチャンスを逃せば、きっと野生で一生を終えるに違いない。
(まあ、野生で暮らすほうが幸せだとは思うがな)
「ゆ~んゆ~ん……ゆっ! おにーさん、おりんきめたよ! おにーさんの『かいゆっくり』になるよ!!!」
「おお、そうか。それじゃあおりんを連れていく前に、ゾンビゆっくりをここに呼んでくれ。みんな一緒に飼いゆっくりにしよう」
「ゆっ! おにーさんふとっぱらだね! わかったよ!」
◇ ◇ ◇
「ユッグリシテイッデネ!!!」
「……ユッグリ……ユッグリ」
「ユヴゥゥゥ……」
「うおっ、結構いるな」
おりんは十匹のゾンビゆっくりを連れてきた。
どれも見た目はひどいのだが、前にここら辺にいた群れから調達したためかそれほど腐ってはいない。
「これならしばらくは遊べそうだな……」
「ゆ?」
「よし、それじゃあおりんは抱えてあげるから、ゾンビゆっくりたちは俺の後ろをついてきてくれ」
「ユッグリ! ユッグリ!」
「マリサモカガエテ……」
誰がお前らを抱えるかよ。
抱えてる時にその体にあいた穴から虫が這い出てくるとマジ怖いんだぞ。
◇ ◇ ◇
俺の家に着いたとき、まずは家に飼っているゆっくりを全員二階に移動させた。
一階のある一室を使って虐待しようと思うのだが、そこに運ぶ前にほかのゆっくりの存在を気取らせたらまずい。
飼いゆっくりということは、基本的に(ゆっくり基準で)美形である。もし誰かが見初められたら、子供を作ると同時に殺されてしまう。
「と、言うわけだ。ついでに遊具もいくつかそこに運んでおいたが、我慢してくれ」
「べつにいいんだどぉー。うつくしいのはつみなんだどぉ~☆」
「正しいがお前に言われるのは何か気に食わん。明日ぷっでぃ~んは抜きだ」
「うわぁぁぁーーーー!!!」
「おいこら、叫ぶと外に聞こえるだろ。ふらん、れみりゃを二階に連れていってくれ」
「うー!」
白目をむいて驚愕した表情のれみりゃがフランに連れられて階段を上っていくのを確認すると、防腐剤を片手に持ちつつ玄関の前で待っているおりんの場所に戻る。
「さっきれみりゃのこえがきこえたような……」
「ん? ああ、ここら辺には割と多いらしいからな。でも家の中なら安全だぞ」
「そうだね! ゆっくりできるね!」
「……じゃあ、最初におりんを家の中にれるけど、ゾンビゆっくりはここに待たせてくれ」
「ゆゆっ!? みんなはゆっくりできるよ!?」
「ああ、大丈夫。この防腐剤を混ぜたり虫を取り除いた後で連れていくから」
「『ぼーふざい』さんってゆっくりできるもの?」
「ああ、みんなが腐らなくなるんだ。長い間ゆっくりできるぞ」
「ゆっ! それはすごいね! 『ぼーふざい』さんはゆっくりできるよ!!!」
「解ってくれたか。じゃあ、まずはおりんだけ連れてくぞ」
そう言いつつ持っていた防腐剤を玄関に置いておき、代わりにおりんを持って家の中に入る。
そして予定していた部屋に運び込むと、おりんはその中を見て驚愕した。
まず、(ゆっくりにしては)広い部屋。丸々一室なのだ、木の根元の洞と比べる方が間違っている。
次に、ゆっくりできそうな遊具の数々。もともと飼っているゆっくりがそれなりに多いため、少し持ってきただけでも一匹には十分すぎるだろう。
最後に、窓からの光を浴びて輝く床。餡子が飛び散った時のためのビニールシートを敷いてるだけです。
「じゃ……じゃ……」
「じゃ?」
「じゃじゃーん!!! ここはおりんのゆっくりプレイスだよ!!!」
おりんは感動の涙を流しつつ、声高らかにそう叫んだ。
野生ではありえないような巣であり、しかも人間さんのお墨付きでもある。
しかも話に聞く限りでは、飼いゆっくりは毎日たくさんのあまあまをくれるという。
きっとここで一生ゆっくりと過ごし、素敵な伴侶ももらえ、最後にはたくさんのかわいい子供たちに看取られてずっとゆっくりするのだろう。
この宣言こそ、その第一歩なのだ。
しかし、それを聞いている自分の心境としては『おいおい、いきなりお家宣言かよ』といったものである。
まあこのおりんはそれなりに頭が良いようだし、この部屋のことだけを言っているのだろう。そうでなければ即潰す。
「それじゃあ、ゾンビゆっくり達を連れてくるからな」
「ゆっ! ゆっくりつれてきてね!」
◇ ◇ ◇
それから、おりんのゆっくりとした生活が始まった。
その生活はまさに天国。野生のころには考えられなかったほどである。
朝は朝食を食べてゆっくりし、
昼は昼食を食べてゆっくりし、
晩は夕食を食べてゆっくりする。
おにーさんはこの壁さんの向こう側からあまあまを持ってくるときにしか会えなかったけれど、いつもゾンビゆっくりが一緒だから寂しくなんてない。
部屋の外には頼んでも出してもらえなかったけど、部屋から出れなくても『しーそー』さんや『ぶらんこ』さんとかがあるから遊ぶには事欠かなかった。
だけど―――
「おにーさん……きょうもいっしょにいてほしいよ」
「ん……またか?」
おにーさんが夕食の黒いあまあまを持ってきたときに声を賭けるのは、すでに日課といってもよかった。
人間さんは頭がいいから、これだけ伝えれば何が言いたいのか察してくれる。
「悪いな。俺はここではゆっくり寝れないんだ」
「ゆぅ……」
今日も断られた。
やっぱり、信じてもらえないのだろう。
「むーしゃむーしゃ、ふしあわせー」
おいしいあまあまも、この後に起こることを考えたらおいしくない。
いつもは力強いゾンビゆっくりのみんなも、このときは頼りなく見えた。
◇ ◇ ◇
突然、ガタッっという大きな音が鳴った。
「ゆゆっ!?」
眠っていたおりんはその物音に反応してすぐに起きるが、周りは暗くてよく見えない。
「ゆー……」
眠れない。
眠ることができない。
怖い。
何が起こってるのかわからない。
ここ数日、同じような出来事が起こっていた。
夜中の間に突然大きな物音が鳴り響くのだ。まるで、誰かが暴れているみたいに。
そしてその物音で目を覚ますのだが、部屋の中にはだれもいない。
朝に確かめてみると遊具が倒れていたり、ゾンビゆっくりがばらばらの位置にいたり、逆におりんが移動していることもある。
このはなしをおにーさんにいうと、一度だけ一緒に寝てくれた。
その時は不思議なことに物音も移動することもなく、何も起こらないまま朝を迎えることができた。
「ゆ……ゆっくりしていってね……?」
きっと、このゆっくりプレイスにいる『なにか』は人間さんが怖いんだろう。
それだけは解っていた。おにーさんと一緒だと物音をたてたりして機嫌を損ねることはない。人間さんが怖いから。
だから毎晩おにーさんに一緒にいてくれるよう頼むのだけれど、おにーさんは信じてくれない。この『なにか』をしらないから……
『なにか』って何?
どうすればいいの?
どうすればゆっくりできるの?
ゆ……ゆぅぅ……
「ゆっぐりじていってよーーー!!!」
◇ ◇ ◇
このゆっくりプレイスに来てから、おひさまが7回ぐらい上がったころ。
「それじゃあ、これが今日の晩御飯な」
「ゆっ! ありがとうおにーさん! ……それでね?」
「なんだ、まだ物音がするとか言ってるのか……。怪談はまだ早い時期だぞ? それじゃあな」
「ゆゆっ! まっておにーさ……ゆぅぅ……」
今日もダメだった。
きっと、今夜も『なにか』が襲ってくるのだろう。
「ゆ……でも、おとだけだもんね……」
そう、音だけなのだ。
おりんやみんなが移動することはあっても、起きた時にいどうすればいいだけだからそんなに迷惑じゃない。
眠るのを邪魔する音さえなんとかなれば、このゆっくりした生活が完璧なものになる。
一日中ゆっくりすることができる。
「それじゃあみんな! きょうも『なにか』がきたらゆっくりおしえてね!」
「ユッグリ……」
「ワガッタンダゼ……」
「ムギュー……」
「…………」
……?
おかしい。ちぇんだけ返事がない。
「ちぇん、どうしたの?」
「…………」
無言。
命令しているのに、何もしゃべらない。
もしかしてずっとゆっくりしちゃったのかな?
最初に思ったのはそれだった。
『ぼーふざい』さんの効果が終わったのかもしれない。
こう言ったことは野生のころに何度も経験している。
だから、それを確かめようとしてゾンビちぇんに近づいた。
「ちぇん、めいれいはゆっくりき―――っ!?」
突然、眼だけだけがぎょろりとこちらを向く。
その目はなにか……そう、『なにか』……自分ではないものの意思を含んだ眼だった。
思わず恐怖で言葉が詰まる。
……恐怖?
そう、恐怖していた。おりんの命令をなんでも聞くゾンビゆっくりなのに、なぜか恐怖していた。
でも、どうして?
このゾンビちぇんはおりんのだし、このゆっくりプレイスにはおりんとみんなしかいない。
『なにか』なんて―――いないのに。
「ワガルヨー」
「ゆっ!?」
突然ちぇんが反応して、思わず体がすくむ。
そして、それが自分の出した命令に対する返事だと理解するのに少し時間がかかった。
「ゆっ……わ、わかればいいんだよ。ゆっくりみはっててね!」
「ワガルヨー」
なんだか、今夜はまったく眠れそうになかった。
◇ ◇ ◇
「ゆぴー……ゆぴー……」
床がきしむ音がする。
でもそんな音じゃあ起きない。
「ゆゆぅ……あまあま……」
何かがはねる音がする。
でも普段響くのははもっと大きい音。
「ゆーん……おにーさん……」
突然、一瞬だけ音が止まった。
でも、それは本当に一瞬。
「ゆぅ……ゆゆ?」
そして気がつけば、
ちぇんがおりんを喰べていた。
◇ ◇ ◇
「ゆっぎゃぁぁぁーーーーー!?!!?」
目が覚める。
窓の外からは月が出ており、周りはまだ暗い。
「ゆはぁ、ゆはぁ……ゆめ?」
周りを見渡すが、ちぇんはいない。
いつも音を鳴らす『なにか』もいない。
怖かった。
悪夢だった。
「ゆぅぅぅ……ゆめさんはゆっくりできないね!」
でも、どこかで夢でよかったと安堵していた。
そうだ、今は『なにか』もいないし、ゆっくり寝れる。
「ゆっ! それじゃあおやすみな―――」
右頬の痛みに気づいたとき、真っ先に視界に飛び込んできたのはあの無言だったちぇんの顔だった。
「うわぁぁぁーーー!!!」
さっきまで悪夢だったものが正夢になった瞬間。おりんの頭に浮かんだのは命令することだった。
「やべて!! やべてよぢぇん!!!」
だが、それがいけなかった。
そう言って命令するが、ちぇんは聞こえてないかのようにおりんの頬を噛み続ける。
そうだ、だってこのちぇんは、命令を聞かないちぇんじゃないか。
この状況で無理に引き離せば千切れて中身が漏れてしまうだろう。
そしたら……死ぬ。永遠にゆっくりしてしまう!
「べいれい! べいれいをきいで!!!」
いやだ。死にたくない。
せっかくすばらしいゆっくりプレイスを見つけたのに、死ぬだなんて……いやだ!
そう思っていると、何かが破れるような音と―――痛み。
右頬が噛みちぎられたのだ。
「あああぁぁぁぁぁ……!?」
すっかり野生の生活も抜けたおりんにとって、それは激痛にも等しかった。
さらにゾンビちぇんは左側のほほにも噛みつき、そこにも穴をあけようとする。
左に皮が引っ張られると、必然的に右の頬の穴は広がる。
もはやおりんの右頬からは、真っ赤な中身が血のように流れ出ていた。
―――実質、ゆっくりにとって血以上に大切なものだが。
「いやだいやだいやだやべてよぢぇんはなじてがまないでじにたぐないじにだぐないぃぃぃーーーーー!!!!!」
「大丈夫か!」
突然ゆっくりプレイスが明るくなり、おにーさんがやってきた。
きっと助けに来てくれたのだ。
「おにーさん……」
助かった。
その思いから、今後起こることを予想する。
きっとこの状況を見て、おにーさんはちぇんをおりんから引きはがすだろう。
そのあと、おりんの頬を直してくれる。人間さんはすごいから、きっとすぐに直るはずだ。
もしかしたらちぇんは潰されるかもしれないけれど、しかたない。
ちぇんはゆっくりできるちぇんだったけど、ゆっくりできないちぇんになってしまったのだ。
きっとそのあと、おにーさんはおりんと一緒にいてくれるようになる。一緒に寝てくれるようになる。
『なにか』もちぇんも―――何も、心配しない毎日を送れる。
きっと、ゆっくりできる毎日を送れる。
「おにーさん……たすけて……」
「ああ、待ってろ。すぐに治療してやる」
「そのまえに……ちぇん……」
「ちぇん? ちぇんがどうかしたのか?」
……?
「おりんの……ひだりにいる……ちぇんだよ……」
「……?」
……???
「とりあえず、すぐに治療してやる。あとな―――」
―――左にちぇんなんていないぞ?
「……ゆ?」
おにーさんがそう言ってゆっくりプレイスを出ていくのを見送った後、左を向くと、そこにはちぇんはいなかった。
いない。当然だ。
だって、おりんの頬を喰いちぎったちぇんは、ゆっくりプレイスの隅でみんなといっしょに寝ているのだから。
……なんで?
ちぇんがおりんの頬を噛んだのは間違いない。
だって、中身が流れ落ちているのが何よりの証拠。
でも、そしたらおりんの左側にいるはずで……
「なんでちぇんがそっちにいるのぉぉぉーーーーー!!!」
◇ ◇ ◇
「ほら、治ったぞ」
おにーさんに両頬を治療してもらった後、おりんはゾンビちぇんのことを言うべきか迷っていた。
あのちぇんのことを言えば明日もゆっくりできるけれど、おにーさんはおりんのことを信用していない。
いや、信用しているかもしれないけれど、このことでは信用していない。
これ以上何か言えば、また野生に返されるかもしれない。
でも……
「……おにーさん、ゆっくりよくきいてね」
「ん? なんだ?」
「……あのすみっこにいるちぇんのうち、てまえにいるほうをつぶしてね!」
「どうしてだ? あれはお前のちぇんだろう?」
「あのちぇんがおりんのほっぺたをたべたからだよ!!!」
「でも、どうしてちぇんが食べたんだ?」
「ゆぅ……それは……」
ちぇんがどうしておりんを襲ったか、さっぱりわからなかった。
ゾンビゆっくりは基本的に食事をすることはない。ましてや、主人を襲うことなどありえない。
そもそも、意思がほとんどないのだ。もしあったとしたら、おりんの傍から逃げ出しているだろう。
もしありえるとすれば―――
「『なにか』だよ……」
「? 『なにか』って、なんだ?」
「おりんもよくわからないものだよ……」
そうとしか言いようがない。
「そうか……まあ、あのちぇんはもともとおりんの物だからな。潰してほしいというのなら潰してやろう」
「ゆっ! ありがとうおにーさん!」
そしておにーさんは眠ったままのちぇんを持ってゆっくりプレイスから出ていくと、再びあたりが暗くなり、大きな壁さんが閉じた。
この壁さんのおかげで、もうちぇんは襲ってこない。
よかった。これで少なくとも、今夜は安心して眠れる。
その時、気づいた。
気づいてしまった。
隅にいるゾンビゆっくりたちが、全員目を輝かせてこっちを見つめていることを。
「ユッグリジネ……」
誰かがそう呟くと、まるで地の底から水がわき出るかのように声が響き始めた。
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ゆわぁぁぁーーーーー!!! どいて! どいてよかべさん! おにーさん!!! たすけてよおにーさぁぁぁん!!!」
助けは二度もやってこない。
◇ ◇ ◇
次の日から、おりんの生活は一気に変わった。
まず、ゾンビゆっくりを使って遊ばなくなった。
シーソーで遊ばなくなったが、他にも遊具はあるからなんとかなっているようだ。
次に、ゾンビゆっくりに一切命令をしないようになった。
また命令をすると、襲われるかもしれないと思っているらしい。
でもゆっくりできるものには変わらなかったから、潰すことはなかった。
今のおりんの中で、ゾンビゆっくりは『ゆっくりできてゆっくりできないもの』だ。
ゾンビゆっくりは一日中、部屋の隅から動くことはなかった。
警戒心も強くなっていた。
たぶん、突然襲われても反撃できるように身構えているのだろう。
幸いにもゾンビゆっくりは腐りかけなぶん、やわらかく脆い。
普通に戦えば九対一でもなんとか勝てる。
警戒心が強くなった反動か、ずいぶんと俺に甘えるようになっていた。
ご飯である餡子を運ぶ時に猫なで声ですりよってきて、部屋から出ていこうとすると寂しそうに呼び止めてくる。
やべえ、鼻血でそう。
「予定通り……いや、ここまで懐いてもらえる可愛さを考えれば、予定以上といったところかな」
ここはおりんが住んでいる部屋の隣。
観察用の虐待を観賞するために、隣の部屋につけた隠しカメラの映像を見ることができる小さな部屋だ。
ちなみに隣の部屋よりも小さいため、ゆっくり数匹と一緒にいるだけでも狭い。
「うー♪ おまちどぉ~だどお~♪」
「おっ、持ってきたか。今回はこぼさなかったようだな、よしよし」
「うぅ~~♪」
れみりゃの頭をなでつつ、持ってきたオレンジジュースを飲む。
コーヒー? 苦くて飲めんよあんなもん。
「…………」
「……ん? どうしたれみりゃ?」
普段なら給仕の後はどこかに遊びに行くれみりゃだが、なぜかじっとこっちを見てきた。
昼食の時間はもう過ぎたし、おやつでも催促するのだろうか。
そう思っていると、
「れみぃもかわいいんだどぉ~☆」
……さっきおりんのことを可愛いといったからそれに反応しているのだろう。
なるほど、その反応は可愛いと言えなくもない。
「だが断る」
「な、なにをだどぉー!?」
「フラン!」
「うー!」
「うわぁぁぁーーーざぐやぁぁぁーーー!!!」
結局、かわいくないと言えない自分がかわいかった。
◇ ◇ ◇
ゾンビちぇんが襲ってきたとき以来、もう夜中に音はしない。おりんが移動することもない。
だが、前よりもつらい日々が続いていた。
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ゆぅぅぅ……」
おりんは「ユッグリジネ……」の大合唱に対し、布団として与えられた布きれにもぐりこんで震え続けるしか方法がなかった。
実際に襲いかかってくるのであれば、覚悟を決めて反撃することができる。今度はあのちぇんの時のように後れを取ることはないはずだ。
だが、こんな風にゆっくりできない声だけだと、潰すことだけはどうしてもできないのだ。
野生だった頃のゆっくり過ごした日々を思い出して、みんながゆっくりできないものだと思えない。思いたくない。
だから、こして布団にくるまるしかない。
せめて、無表情で呟き続ける怖いお顔を見ないで済むように……
(ゾンビだからもともと怖いだなんていうのは野暮である)
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「やめてね! ゆっくりできないよ!」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ユッグリジネ……」
「ゆっくりさぜでよぉぉぉ!!!」
おりんは叫びながら、ゆっくりと考えていた。
きっと『なにか』がみんなに取りついたんだ。どうしてかわからないけれど、『なにか』はそんなことができるんだ。
だからみんなは悪くない。悪くない。悪くない。
思えば、ここ最近まったくゆっくりしていない。
おいしいあまあまはあるし、あんぜんなばしょにいて、やさしいおにーさんもいるのに、まったくゆっくりしていない。
どうして? どうして?
『なにか』だ。
全部『なにか』が悪いんだ。
それさえなくなれば、毎日いつでもゆっくりできる。
この声が早く終わってほしい。もう聞きたくない。
だって『なにか』が悪いんだから。みんなは悪くないんだから。
でも、朝まで続くのならばそれはそれでいいのかもしれない。
そしたら、おにーさんが様子を見に来てくれた時に助けてくれるだろうから。
◇ ◇ ◇
「……さて、あのおりんの虐待はそろそろ終わりだな」
おもむろに、そう思った。
ここまでは前座とはいえ、今思えばちぇんが襲いかかったときが一番面白かった。
布きれにくるまって非難の声に震える様子を見るのもかわいくてそそるものがあるが、このまま続けても大したスパイスにはならない。
「ゆっ! ようやく『ねたばらし』をするんだね!」
「そうだ。あの山にもそろそろ群れが住み着いただろうし、防腐剤の効果もそろそろ切れてくる頃だろう。詰めとネタばらしといきますか」
「ゆっゆっゆ。たのしみだよ」
悪役笑いをするゆっくり、もとい相棒。
今回のMVPであり、終わりを飾る役者でもある。
「……あんまり性格が悪いと、お前を捨ててあのおりんを飼うことにするぞ」
「ゆゆっ! それはこまるよ! でもおにーさんといえど、このいかりはおさまらないよ!」
このゆっくりはもともと隣の部屋、今おりんがいる部屋で過ごしていたゆっくりである。
一匹につき一室が与えられているわけではないのだが、どうやら縄張り意識みたいなものを感じているらしい。たぶん。
正直、そこまで怒ることなのだろうか。ゆっくりの考えは解らない。
「あ、そう言えばさ」
「ゆ?」
「お前、あの部屋に『なにか』がいるって知ってるか?」
「なにかじゃわからないよおにーさん!」
「だよなぁ……」
◇ ◇ ◇
それは、突然だった。
「ゆゆっ!?」
いつものように布団に丸まりながら寝ようとしていると、それは突然襲ってきた。
足に力が入らない。
体がだるい。
気持ち悪い。
この感覚は、野生のころに経験している。
たしか、ゆっくりできない草さんを食べた時……だった気がする。
「ゆぅ……なんで……」
部屋から出てないため当然だが、ゆっくりできない草さんを食べた覚えはない。
じゃあ、一体どうしてなのか……
「ゆゆぅ……」
これも『なにか』のせいなのか。
『なにか』が不思議な力で襲いかかってきているのか。
解らない。解らないけれど―――
―――この状況は、ゆっくりできない。それだけは解った。
「ゆぅぅぅ~~~!?」
見れば、九匹のゾンビゆっくりたちが一斉にこちらに向かってきている。
そうか、よくわからないけれどみんなは―――いや、やつらはこの時を待っていたんだ。
「やめてね! こっちにこないでね!」
もはや意味をなさない命令もむなしく、じりじりと近づいてくるゾンビたち。
ゆっくりとした動きとは裏腹にその様子はとてもゆっくりしていなくて……
おりんは初めてゾンビゆっくりの姿に恐怖を感じた。
頭がつぶれたれいむがこっちにやってくる。
片目を失ったまりさがこっちにやってくる。
腐りかけの生クリームのぱちゅりーがこっちにやってくる。
顔に大きな穴があいたみょんがこっちにやってくる。
キモチワルイ。
なぜ。
なぜみんなは襲ってくるの。
あんなにゆっくりしていたのに。
どうして……
そんなことを考えている間に、九匹が円陣を組んでおりんの周りを囲んでしまった。
逃げ場はない。逃げる力もない。
そして、その時が―――来た。
「いだっ―――ひぎっ!?」
それは、前のちぇんの時の比ではなかった。
数の上でも九倍である。
両頬を噛まれ、足を噛まれ、髪を噛まれ、右耳を噛まれ、両耳を噛まれ、
無事な場所は目と口ぐらいしか残っていなかった。
ちぇんの時より腐敗が進んでおり、おりんの肌をすぐに噛みきれないほど噛む力が弱いのだが、大した朗報とは言えない。
もっと噛む力が強ければ、一瞬で死ねたのに。何も知らずに死ねたのに。
腐った顔面が迫ってきて自身の体をむさぼり喰う恐怖を味わわなくてすんだのに。
「たずげて! だずげてよおにーざん!!!」
周りはB級ホラーの映画さながら。腐った同族に喰われるというシチュエーション。
だが、その中心にいる者にとってはただ事ではない。
おりんは必死に助けを求めて叫ぶ。
まだ体に穴は開いてないが、それも時間の問題だ。
そして、一か所に穴が開いたら九匹の圧力によって一気に抜け出てしまう。
そうだ。ちぇんの時だって本当に危ないときは駆け付けてきてくれたじゃないか。
だから、叫んでいればいつか伝わる。助けに来てくれる。
そう信じて、おりんは全力で……家に響き渡るほどの声で叫んだ。
「おにーーーざぁぁぁん!!!」
「よんだ?」
おにーさんは、そこにいた。
いつの間にか部屋は明るくなっており、いつも開く壁さんの近くにいた。
まるで最初からこの様子を眺めたかのように、自然な様子でそこにいた。
◇ ◇ ◇
「お……おにーざん! たずげで……! はやぐたずげて!」
おりんが俺を呼んでいる。
きっと、助けてくれると信じているのだろう。
おそらく、さらにその後のことも考えているに違いない。その目が語っている。
この状況を作ったゾンビゆっくりは、ゆっくりできないものだった。
おにーさんはちぇんの時のようにすぐに助けたあと、優しく治療してくれる。
きっと今まで信じてくれなかったことも全て信じてくれて、あやまってくれる。
その後もずっと一緒にいてくれて、もう怖い思いなんてしなくて済む。
そして、ゆっくりとした生活が過ごせるようになるのだ……と。
本当のことなのに信じてくれないのは辛いもんな。
いつも味方だったものが突然襲ってくるのは怖いもんな。
―――信じてた人に裏切られるのは、痛いよな?
「いやだな」
その言葉を告げた時、おりんは何を言ってるのか理解できないといった表情を返してきた。
「ゆ……ゆ?」
「おりんのことを助けないって言ったんだ。わかるか?」
その時のおりんの表情は、面白いものだった。
驚愕、
困惑、
混乱、
理解、
最後におりんは―――静かに泣いた。
「どぼじでぇ……」
「もともとそういう予定だったからだ。まあ、悪く思うな」
「どぼじでぇ……」
「ああ、そうだな。その様子が見たかった。お前ほど人懐っこく、さみしがり屋で、素直な良い子だからこそ泣いてくれるんだからな」
ゲスだとつけあがって暴言を吐くだけだしな、とも付け加える。
その言葉は聞こえているのかいないのか、おりんはただひたすら「どぼじでぇ……」と呟き、音もなく泣き続けるだけだった。
「……おにーさん」
「どうした?」
しばらくおりんが泣きやむのを待っていると、おりんの方から話しかけてきた。
もちろんゾンビゆっくりはおりんの体中を噛んだままの状態で停止しており、まだ全身に痛みがあるはずなのだが、話しかけられるぐらいには慣れたらしい。
「おりんはもうどうでもいいよ。どうなってもいいよ」
「そうか、それは殊勝な心がけだ」
「だから、おにーさんのそばにいさせてね」
「……それ、は……」
予想してなかった返事にうろたえてしまう。
正直、ここまですれば暴言を吐くところまではいかないまでも、一緒にいたくないと思うだろうと予想していた。
まさか、自分が殺そうとしたことを含めて理解していないのかもしれない。
……ん?
「かいゆっくりじゃなくてもいいよ。えさだってじぶんでとってこれるし、おうちだってべつべつでもいい」
よく考えたら、俺は助けないといっただけで……
ゾンビゆっくりがどうして襲ってきたか理解してない?
「おにーさんがおりんのないたかおをみたいんだったらいつでもなくよ。なんでもするよ。なぐられても、けられてもいいよ。だから……いっしょにいさせて。ゆっくりさせて」
あっ、やべ。順番間違えた。
ネタばらしやってねえ。
というよりは、おりんが泣きやんだらするつもりだったんだよな。
「もうおにーさんしかいないんだよ……」
しかしこのおりんの言葉、どこかの調教系ゲームのようなセリフだ。
うん、ちょっと飼ってもいいかもって思いたくなる。
思いたくなるだけで、結論はもう決まってるんだが。
「あー、実はね」
「なに……?」
「じゃじゃーん!!!」
空気が凍った。
なんというか、おりんの目が驚きすぎて今にも飛び出そうなほど大きく見開いてる。
俺の腕に抱えられたおりんを凝視して。
「なんでぞごにおりんがいるのおおおぉぉぉぉぉ!?!」
「ん? 俺の飼いゆっくりなんだから当然だ」
「じゃじゃーん! うらかたたんとうのおりんだよ! ゆっくりしていってね!!!」
ゾンビゆっくりで地面に固定された方のおりんにむけて、飼いゆっくりの方のおりんは頭のゴールドバッチを輝かせながらふんぞり返っている。
そう、今回の虐待の肝は俺が飼っていたおりんだった。
「どぼじでぇぇぇぇぇ!?!」
「いや、どおしてと言われても……こっちのおりんのほうが早かったから?」
「ゆゆんっ! おにーさんとおりんのきずなはそんなもろいものじゃないよ!!」
「いや割と脆いと思うが」
「どぼじでぇぇぇぇぇ!?」
「お前も泣くんかい」
この虐待の計画を簡単に言うと、『おりんのゾンビゆっくりを入れ替えた』。これに尽きる。
山道でこの計画を思いついた俺は、家に帰ってこの部屋にいたおりんに協力するよう命令。
その後、野生のおりんが連れてきたゾンビゆっくりの帽子を、俺のおりんのゾンビゆっくりのものと入れ替えた。
ちなみにあの防腐剤はゾンビゆっくりを玄関の前に置いておかせるだけのブラフである。
本当はおりんとゾンビゆっくりの立場を入れ替えて、『ゾンビゆっくりにいじめられるおりん』というのをやってみたかったのだが、
そんなことをすればそのゾンビはすぐに殺されてしまうらしい。当然か。
というわけで、いじめられるまでは行かなくてもミステリアスな雰囲気をかもしつつゾンビ達に責められるという、ホラーものになったわけだ。
まず最初に、ここにきたおりんに聞こえた音や移動について。
単純明快。ゾンビゆっくりが遊具を倒して音を立てたのである。移動していたのは、そのまま眠らせたり、おりんをゆっくりと移動させたりしたから。
意味は怖がらせることや、ゾンビゆっくりが移動していることに気付かせないためのブラフでもある。
次にあのゾンビちぇんだが……言うまでもあるまい。
それ以降は隣の部屋を監視していた俺の飼っているおりんが、ゾンビゆっくりを操っていただけなのだから。
「―――と、説明しても解らないだろう。一言で言ってやる。お前のゾンビゆっくりはすりかえておいたのさ!!!」
「じゃ、じゃああのちぇんは……」
「おりんのちぇんだよ!」
「みんなは……」
「みんなおりんのゾンビたちだよ!」
「『なにか』は……」
「なにかじゃわからないけれど、すべてはおりんとおにーさんの手のひらの上だったんだよ!」
「ちなみに、今回の虐待のテーマは『B級ホラーとひと夏の恋』でした!」
「ゆっくりかんぺきだね!!!」
床にゾンビゆっくりで押さえつけられたままのおりんは、もう驚きのあまり何も言う言葉がないようだ。口をあんぐりあけたまま呆然としている。
うん、この表情も見たかったんだ。よかったよかった。
◇ ◇ ◇
「……ゆ? じゃあ、おりんは……どうなるの?」
「おいおい、ゾンビ映画の終わり方は決まっているだろう?」
「あわれなさいごのぎせいしゃは―――」
「「ゆっくり八つ裂きにされましたとさ」」
あ、九匹だから九つ裂きか?
そんな思いとともに、ビニールシートに覆われた床一面に赤いものが飛び散った。
あとがき
チルノの裏で希少種虐めの話題が出ていたので思いついたのを書いてみました。
これが処女作となります。大した練りこみもなく作ってごめんなさい。
最終更新:2022年05月03日 22:27