※直接的虐待描写はほとんど無し。



 そのドスまりさの群れは、とても上手くやっていた。
 近くにある人間さんの村とは、友好的な関係を築いている。
 そこの村とは協定を結んであるのだ。

 ゆっくりは人間さんの村へは極力入らないようにする。もし村の中にゆっくりがいたら、村の外へ追い出してもいいが、ゆっくりに危害を加えてはならない。
 しかし、柵に囲われた畑や人間さんのおうちに進入したゆっくりは、その畑の持ち主が好きにしてよい。

 条項はこれだけであるが、ドスまりさが睨みをきかせることにより、畑や住居への被害が劇的に減って、人間もだいぶ満足していた
 それでも中には言いつけを破って畑からおやさいを取ったり、おうちに入って荒らすようなゆっくりもいたが、それらは全てドスまりさが始末した。
 人間さんが、そのゆっくりを殺さず軽く叩いて連れてきたのを、ドスまりさが自ら潰したのだ。ドスとて、そのようなことはしたくなかったが、参謀のぱちゅりーと話し合った結果、
「これは、人間さんがドスを試そうとしている」
 と、賢明にも看破したのだ。ここで、自らに処置を任されたのをいいことに、ゆっくりへ甘い処分を下せば、人間さんはドスを協定の相手として信用しなくなるだろう。
 月日は流れ、やがて人間さんの村の代表が、あるお兄さんになった。
 とっても優しいお兄さんで、時には村の代表という立場を離れて、ゆっくりたちのために行動してくれることも一度や二度ではなかった。
 彼は、群れのゆっくりプレイスにやってきて、よく一緒にゆっくりしていった。
 時々、協定を破るゆっくりはいたが、すっかりドスまりさたちゆっくりの群れを信用するようになった人間さんたちは、初犯の子ゆっくりは大人の悪いゆっくりに引きずられたのであろうとゆっくりりかいして、以後群れが責任を持ってその子たちを更生させることを条件に解放してくれるまでになった。
「ゆゆぅ」
 ドスまりさはゆっくりした群れを見てゆっくりしていた。
「ドス、ゆっくりしてるところごめんなさい」
 ある日、参謀のぱちゅりーがやってきた。
「どうしたの?」
 ゆっくりとした声でドスは答えた。
「むきゅぅ、何人か、人間さんの畑に入ってお野菜を取ってきてるみたいなの」
「ゆゆっ!」
 最近、絶えていた野菜泥棒と聞いて、一気にドスはゆっくりしてない顔つきになった。
「それで、だれがやったの?」
「それが、よくわからないの、人間さんの畑でしか見ない野菜を食べているれいむがいて、問い詰めたんだけど、れいむはおうちの前に置いてあった。だれが置いたかは知らない、と言ってるのよ」
「ゆぅ……そのれいむがあやしいけど、しょーこが無いのね」
 翌々日、またぱちゅりーがドスがゆっくりしているところへやってきた。
「むきゅ!」
 しかし、様子がただ事ではない。
「ぱちゅりー、どうしたの? なにかあったの?」
「人間さんの畑のおやさいをとってきたのがだれかわかったわ!」
「ゆっ、それで、だれだったの?」
「ほら、前からドスのやることにブツブツ言ってたまりさよ」
「ゆぅ、あの子ね」
 ドスはしょんぼりとした。それというのも、そのまりさのことをドスは目にかけていたからだ。
 ドスへ文句をつけるものの、身体能力は高くて狩りが得意で子供の面倒もよく見ていた。もっと成長して落ち着いて反骨心がやわらげば、群れの幹部もつとまるだろうと期待していたのだ。
「それは……やるしかないね」
 まりさは、十分に大人と言っていい大きさになっている。もう、人間さんたちが目こぼしをするようなサイズではない。
「それが、ついさっきまりさが仲間をつれて人間さんの群れに行ったみたいなの」
「ゆゆっ!」
「おやさいのことで、まりさにも話を聞こうとしたらいないから探していたら、まりさの妹のれいむが……」
 と、ぱちゅりーが言うや、その後ろから、小さな子れいむが現れた。
「ゆゆっ! おねえしゃんは、おいしいおやしゃいをとりにいったんだよ!」
 その子れいむこそ、まりさの妹のれいむであった。
「すぐに追いかけて止めないと」
 ドスが焦りつつ言うと、子れいむがぽよんぽよんと跳ねる。
「にゃにいっちぇるの、ドシュもぱちゅりーも、おねえしゃんはにんげんしゃんがひとりじめにしちぇるおやさいをとりかえしにいっちぇるんだよ!」
 おそらく、まりさが妹にそう言ったのだろう。姉を尊敬する子れいむはそれを鵜呑みにしているようだ。そうやって悪いことだと思っていないからこそ、ぱちゅりーに姉まりさがどこへ行ったのかを聞かれて、躊躇わずに答えたのである。
「おねえしゃんたちは、いままでもなんどもおやさいをとってきてくれちゃよ! おいしいおいしい、しあわせーなおやさいだよ」
「れいむ……ドスは何度も何度も言ったよね、人間さんの畑からおやさいを取ってきたりしたらゆっくりできなくなるって」
 こんなに小さな子供なら、狩りが得意で群れの子ゆっくりたちにも人気者の自慢の姉の言うことをそのまま信じてしまうのも無理はない。それでも、自分の言ったことがないがしろにされて悲しいドスは、少しなじるように子れいむに言った。
「ちょんなことないよ! おねえしゃんはなんどもおやさいをとってきて、ゆっくりしてたよ!」
 それは、まりさがたまたま人間さんに捕まらなかったからだ。
 ドスが群れを治めるようになり、協定を結んで以降、畑への被害が目に見えて減ったために、人間さんは以前ほど畑の守りを固めなくなった。それでも、何度も被害にあえば、対策をするだろう。
「むきゅぅぅぅ、おかしいわねえ」
「ゆ? なにがおかしいの?」
 子れいむに、そのことを言って聞かせようとしたドスだが、ぱちゅりーの言葉に引かれて尋ねた。
「そんな何度もおやさいを取られたら、人間さんがなんとかしてくれ、ってドスに言いに来るはずでしょ」
「……ゆぅ、そうだね」
 今までもそうだった。なぜ今回に限って来ないのか、そういえばお兄さんに一ヶ月ぐらい会っていない。
 まりさたちは相当派手に野菜をいただいているようで、取られているのに気付いていない、とは考えにくい。
「ゆゆーっ、ドスぅ、ドスぅ!」
 遠くから、ドスを呼ぶ声がした。
「ドスはここだよー!」
 大きな体に見合った大きな声で答えると、やがて一匹のれいむがやってきた。
「村のお使いが来て、ドスに来てくれ、って」
「ゆゆっ、お兄さんが来たの?」
「お兄さんじゃない人だったよ」
 この群れのゆっくりは一度はお兄さんに遊んでもらったことがあるので、彼の顔はよく知っている。
「それでどこにいるの?」
「ドスが村に来るように、っていって行っちゃった」
「ゆゆぅ……それじゃ、行ってみようか」
「ドス……」
 ぱちゅりーが不安そうな顔で言うのに、ドスはゆっくりりかいした顔をした。
 きっと、野菜を取りにいったまりさが捕まったのだろう。
 ……期待していたまりさだが……自分が潰すしかないだろう。
 ドスは既に決意していた。それを感じ取ってか、ぱちゅりーがれいむに、群れのみんなを集めるように言った。
「ゆっ? 人間さんのところへはドスが一人で行くよ」
「みんなで謝った方が、人間さんも喜ぶわよ」
「それもそうだね!」
 やがて、群れのゆっくりたちが集まってきた。そこで、おそらくまりさたちが人間さんの畑に侵入して捕まったであろうこと、そのことでこれから人間さんの村に行くことを告げた。
「ドスが人間さんに謝ったら、みんなも謝るのよ。人間さん、おやさいをとってごめんなさい、って」
 ぱちゅりーの言葉に大半のゆっくりは頷いたが、一部の子ゆっくりたちが反発した。
「にゃにいっちぇるの! まりさおねえしゃんが捕まってるなら助けにゃいとだめでちょ!」
「しょうだよ、にゃんでおやさいをひとりじめしちぇる人間にゃんかに謝らにゃいといけにゃいの!」
「ドスはゆっくちできにゃいにょ! おねえしゃんたちをゆっくりさせにゃい人間なんてやっつけちゃえばいいにょに!」
 先ほどの、まりさの妹の子れいむを筆頭に、口々に文句を言う。
「この子たちは置いて行くよ」
「うん、この子たちを連れていったら人間さんを怒らせてしまうわ」
 ドスは大人たちに命令して、反抗する子ゆっくりたちをドスがおうちにしている洞窟に入れて、入り口を塞がせた。
「ゆゆぅ! だしちぇー!」
「ドシュのばきゃ! ゆっくちできにゃいよ!」
「まりしゃおねえしゃーん、たすけちぇー!」
 騒いでいるが、無視だ。これはこの子たちのためなのだ。人間の村に行ってあの調子で罵倒すれば、真っ先に潰されてしまうだろう。
「よーし、それじゃ、行くよ」
「ゆーっ!」
 みんな、謝りに行くとあって、当然明るい表情をしているものはいないが、結局はみんなで謝れば、当事者のまりさたちの処刑だけで済むだろうと思っているので、そう深刻というわけでもなかった。

「やあ、君が群れの長のドスまりさだね」
 村に着くと、ゆっくりたちが住んでいる山と村の境界線の辺りに、人間さんたちが待っていた。
「ゆゆっ!」
 ドスも、他のゆっくりたちも、その男の足元にあるものを見て、叫んだ。しかし、それはある程度は予想していたことでもあった。
 あのまりさが、透明の箱に入れられていたのだ。ドスたちの方を見ようとせずに、不貞腐れた顔で横を向いている。
 よく見ればその後ろには、れいむやらありすやら、おそらくまりさと一緒に畑に侵入しようとした群れのゆっくりたちが同じくそれぞれ透明の箱に入れられている。
「用件は察しがついているかと思うが、この子たちが、畑に侵入してね」
「ゆぅ……やっぱり」
「これは完全な協定違反だ」
「ゆゆっ、人間さん、ごめんなさい!」
 ドスが謝ると、兼ねて決めていた通り、他のゆっくりたちも一斉に謝る。
「「「人間さん、おやさいをとって、ゆっくりごめんなさい!」」」
 ゆっくりたちは百匹近いので、かなりの大声だ。
「ゆぅ、悲しいけど、そのまりさたちはドスが始末をつけるよ」
 今ここで、人間さんたちの目の前でまりさたちを潰す。
 そうしなければ、実は逃がしただろうと疑われてしまうだろう。
「いや、その必要は無い。彼らは我々で始末する」
「ゆっ、そう……」
 元々、畑に侵入したゆっくりへの処置は人間側がすることになっている。
「そして、こちらの方が重大な話なのだが……」
「ゆゆぅ、なぁに?」
 ドスは、不安でいっぱいになりながら言った。おそらく、協定をもっと厳しくしようと言うのだろう。この状況では、よほど酷い条件でない限り、飲むしかない。
「協定を破棄する。これから人間がゆっくりを殺そうが、ゆっくりが人間を殺そうが関係なしだ」
「ゆゆゆっ!!!」
「むきゅっ! なによ、それ!」
「そ、そんなのゆっくりできないよ!」
 ドスばかりでなく、ぱちゅりーはじめ他のゆっくりたちも当然大騒ぎだ。ゆっくりが人間を殺そうが……と言ったって、奇跡が起こりまくらない限り、そんなことは不可能だ。
これは、事実上の宣戦布告のようなものだ。
「と、いうわけで、これから我々は、協定の崇高な精神を踏みにじった悪いゆっくりへの制裁を開始する」
 いや、事実上、ではない。男はそう言って、それを事実にした。周りにいた男たちが手に手に武器を構える。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ゛」
 まさか、人間たちとの全面戦争になるとは思っていなかったゆっくりたちは大パニックである。
「ま、待って! 待って!」
 ドスが、懸命に前に出ようとする人間たちを制する。
「そんなのおかしいよ! いきなり殺すだなんて!」
「そちらが協定を破ったんだろうが」
「それにしても、今まで仲良くやってきたでしょおおお! いきなり協定が無しだなんてっ!」
「今までは今までだ。これからには関係ない」
 にべもなく跳ねつける男の言葉に、ドスはゆゆぅ、と呻いた。
「むきゅ! お兄さんを出して、お兄さんと話がしたいわ!」
 ドスの様子を見て、咄嗟にぱちゅりーが割って入った。その言葉に、ドスも他のゆっくりも目を輝かせる。そうだ、お兄さんだ。あのお兄さんならば、そんなことは許さないに違いない。
「そうだよ、お兄さんはどこ! そっちの代表はお兄さんでしょ!」
「ああ、彼なら解任された」
「ゆ? かいにん?」
「村の代表を辞めさせられた、ということだよ。今は私が代表だ」
「ゆぅ、でもお兄さん本当に村の人? 見たことないよ」
「君たち、私の前の代表のお兄さん以外の村人はほとんど知らないだろうに」
「ゆゆっ、それはそうだけど」
 ゆっくりたちがよく知っているのは、あのお兄さんだけだ。あのお兄さんだけが群れのゆっくりプレイスに遊びに来たからだ。他の村人は、そもそもあまりゆっくりに接触してこなかった。
「まあ、私も一ヶ月前に引っ越してきたばかりなんだがね、でも、ここの村の住人には間違いない。君たちも、群れの一員になって一ヶ月も一緒に過ごしたゆっくりを、あいつはまだ群れのゆっくりじゃない、なんて言わないだろう?」
「ゆぅ、そうだね」
「そういうわけなんだ。それじゃあ……」
 と、男が右手を上げると、他の男たちがじりっ、と前に動いた。その手が振り下ろされて男が命令をすれば、ゆっくりできない攻撃を仕掛けてくるだろう。
「ゆゆゆっ、待って、ちょっと待ってよ!」
「いや待てん。大体、このまりさに野菜を盗ませたのは君だろう。もう全てわかっているんだ。下手な演技はよせ」
「な、なにをいってるのおおおおお!」
 さっきからこの男と会話を交わす度に、叫んでいるドスだが、今度こそ全身張り裂けんばかりの大声であった。一体、どこからそういう話が出てきたのか。
「このまりさが全て吐いたぞ。ドスに命令されて野菜を取った。ドスは自分がほとんど食べてしまって自分たちには少ししかくれなかったとな。なあ、まりさ」
「そうなんだぜ、ドスはひどいやつなんだぜ」
 しれっと言ったまりさに、ドスは殺意が凝縮されたような視線を放ちながら、またもや咆哮する。
「まりざぁぁぁ! な゛に゛い゛っ゛でるの゛おおおおお!」
「ゆっへっへ、少し人間さんたちに懲らしめられるといいのぜ」
「そういうことだ」
 男がそう言って右手を振り下ろした。
「やれ! 全部捕まえろ。逃げられそうになったら殺してかまわん!」
「ゆゆーっ!」
 ゆっくりたちの悲鳴が上がる。
「ゆゆっ! ちょっと待つんだぜ!」
 だが、ドスたちにとって意外だったのは、透明の箱に入ったまりさが慌てた様子でそう叫んだことだ。
「待て」
 男が、それに応じて言うと、村人たちが動きを止めた。
「なんだね?」
「人間さん、ドスを少し懲らしるだけって言ってたのぜ。なんで他のみんなも……」
「はぁ? そんなこと言ってないぞ。群れの長のドスが悪いやつなんだから、群れのゆっくり全部が悪いに決まってるだろうが」
「違うのぜ! 違うのぜ! お兄さん、嘘をついているのぜ!」
「いや、ついてないぞ。君こそ、ゆっくりしすぎて記憶が飛んでいるんじゃないのかね」
 男が再び右手を上げる。
「ま、待つのぜ!」
「なんだね、忙しいのに」
 いい加減にうるさそうに男は言った。
「まりさだぜ! 全部まりさがやったのぜ! ドスに言われたっていうのは、ドスをちょっと困らせて痛い目にあわせてやろうとしただけなのぜ! 全部、全部まりさが、まりさが悪いのぜっ!」
 透明の箱をガタガタと揺らす勢いで飛び跳ねながら、まりさは涙を流して叫んでいた。
「……まりさ」
 ドスの中から急速にまりさへの憎しみが薄れていく。
 まりさは、ゲスに染まり切らなかった。自分の言ったことが、群れのみんなをゆっくりさせなくする事態を招くと悟った時、彼女は自らの罪を認め、その罰を一身に受ける覚悟を示したのだ。
「君は確か、妹がいるんだったな」
「……いるのぜ、かわいいかわいいれいむなのぜ」
 なぜ、突然そんなことを言い出したのかはわからないが、さっき男にそのことを自慢したことがあった。
「そうだよな、君が本当のことを言ったとわかったら、君の妹がタダでは済まないものなあ」
「ゆっ!?」
「妹のために、嘘をついて自分だけが悪者になる……いやあ、感心感心。ゆっくりしてるね!」
「ち、違うのぜ! そんなんじゃないのぜ、本当にまりさが……」
「全く、ひどい奴だな、あのドスは。これはますます生かしておけん」
 男は、まりさに背を向けて、もうその言うことを相手にしようとはしない。
「むきゅぅ、まりさは、ハメられたのよ」
 賢いぱちゅりーには、それがわかっていた。
「待って!」
 ドスが、今日何度も言ったその言葉をまた言った。
「確かに、おやさいを盗もうとしたのはこっちが悪いよ。でも、それでみなごろしにするというのなら、こっちだって死に物狂いで抵抗するよ!」
「ほう、死に物狂い。君たちになにができるのかね。ゆっくり死んで我々を疲れさせるのか」
「ドススパークだよ!」
 そのドスの言葉に、恐怖に染まったゆっくりたちが見る見る生気を取り戻す。
 ドスまりさのドススパークは、ゆっくりが持つ武器で、唯一人間に対抗できるものであろう。直撃すれば、人間とて死ぬこともありうる。
「ぷ、ドススパーク」
「なにがおがじいのぉぉぉ!」
 顔面蒼白になるかと思いきやあからさまに吹き出した男に、ドスまりさが激昂する。
「いや、ドススパークて、おい、ぷぷ、いや、ごめんごめん。馬鹿にする気は無いんだけど……ドススパ……ぷぷっ、もう駄目、ぷぷっ」
 ドスまりさは呆然としてしまった。なんなのだ、この人間は。
「ドススパークって言っても、ちょっと火傷するぐらいだろ。そりゃ、食らったら痛いんだろうけどさあ」
「ゆゆっ、何言ってるの、ドススパークはね、人間さんが死んじゃうことだってあるんだよっ!」
「うん、いや、そういうことになってるんだけどさあ。私はどうしても信じられないわけよ。だって、ドスまりさって言ったって……所詮、ゆっくりだろ?」
「ゆぎぎぎ!」
 男の嘲りに、ドスまりさは忍耐の限度などとっくのとうに突破して怒りの極地に達している。もう、こんな馬鹿な人間はドススパークをお見舞いしてやる。そう思って、口の中のキノコを噛んでドススパークの準備をしようとしたところ、男が、男から見て右の方を指差した。
「ゆゆ?」
「そんなに言うなら、ほら、あそこにある小屋をドススパークで壊して見せてくれよ」
 指差した先には、今にも崩れ落ちそうな小屋があった。
「見ての通りのボロ小屋でね。いつ潰れるかわからないから使ってないんだ。どうせ近々壊そうとしてたから、その御自慢のドススパークであれを壊して見せてくれよ」
「ゆゆっ」
 じぃーっと小屋を見る。あの大きさであのボロさならば、ドススパークで完全破壊することは十分可能だ。
「本当に君のドススパークがあの小屋を壊すほどの威力があるのならば、制裁を止めることを考えてもいい。本当ならね」
 男のその言葉に、ゆっくりたちが歓声を上げる。ゆっくりたちには、あの程度の小屋はドススパークで壊せることがわかっているのだ。
「やっちゃえ、ドス!」
「ばかな人間さんに、ドススパークの怖さを見せてやるのよ!」
「ドース、ドース、ドース!」
 遂には応援の声がドスコールになった。
「よーし! お兄さん、よーく見ててね!」
 無論、言われずともドスはやる気だった。何よりも、最後の切り札であるドススパークをああまで嘲笑されたのが許せなかった。
「いくよ! ドス……スパーク!」
 あんぐりと大きく開かれたドスの口から太い光線が吐き出され、その光が小屋を包み込む。その光が消えた時、そこにはその小屋を構成していた材料の中でも一番太い柱が焼け焦げて立っているだけだった。そして、その柱も、ぐらりと傾いたかと思うと、すぐに倒れてしまった。
「ゆふん!」
 ドスは得意になって胸(顎)を張った。
「やったあ!」
「さすがドス!」
「人間さん、これでドスの怖さがわかったでしょ!」
 ゆっくりたちもやんやの喝采。さて、人間さんたちは今頃ドススパークの威力にびっくりしてゆっくりできない気分になっているはずだ。特に、あの新しい村の代表だという思い切りドススパークを馬鹿にしていた男は、一体どんな顔をしていることか……。
 ゆっくりたちがにやにやとしながら男を見ると――。
「よし、かかれっ!」
 男は、何時の間にか上げていた右手を振り下ろして叫んでいた。その顔は……してやったり、という会心の笑み。
「やれー!」
「ドスだ。まずドスだ!」
「他の奴は後回しにしろ!」
 十人ほどの男たちが手に手に得物を持ってドスに殺到する。ドスは驚いて抵抗しようとするが、男たちの武器は長物で、十分に距離をとってそれを突き刺してくる。
 距離をとられたら飛び道具が有効だ。咄嗟にドススパークを撃とうと思ったが、あれは一発撃つとしばらく次を撃てない。
「よし、倒せ!」
 男たちは手馴れていた。ある程度ドスを傷つけると太い縄をドスの背後に回してその両端をドスの前に出し、それぞれに三人ずつ着いて、前に引っ張った。。
 そして、残りの四人が鍬などの、長くてものに引っ掛けることができる形状の道具をドスの頭に食い込ませて、後ろに引っ張った。
 縄に、足元をすくわれ、鍬に頭を引っ張られ、見事に、ドスは顔を上に向けて転倒してしまった。
「よし、打ち付けろ!」
 男たちは、ドスの皮を無理矢理に伸ばして、それに杭を打ってドスを地面に貼り付けてしまった。上を向いているため、これでドススパークを撃っても光はむなしく空を撃つだけである。
「よし、残りのゆっくりを捕まえろ」
 ドスを無力化すると、男たちは、群れのゆっくりの捕獲にかかる。ドスが倒された時点で、悲鳴を上げて逃走していたが、人間が走れば簡単に追いつけてしまう。
「ドスさえやれば後はどうということはない。今ここで無理に全部捕まえないでいいぞ」
 村の代表の男が、そう言って、ドスの傍らに立った。見下ろしている。その顔には嘲笑は無い。蔑みも無い。表情すら無かった。それが一仕事終えた時の、男のいつもの顔だった。
「な、なんで? なんでぇ? どぼじてごんなごどにぃぃぃぃ!」
 ドスはわけがわからずに呻いている。今まで、人間さんたちとは仲良くやってきたではないか。今回だって、野菜を盗もうとした実行犯であるまりさたちを取り返そうとはせずにその裁きに任せようとしたではないか。ドスは、いい長だったはずだ。ゆっくりにとってだけでなく、人間さんにとっても、ゆっくりたちを抑えてくれるいい長だったはずだ。
 そんなことをもはや焦点の定まらぬ目で天を見ながら言っている。
「まあ、君は悪くないよ」
 男が何気無く言って去ろうとしたが、ドスは男を呼び止めた。
「悪くな゛いのに、どうじでごんなごとずるの゛お゛お゛お゛」
 男は、余計なこと言っちゃったな、とでも言うように微かに笑った。
「まあ、君は悪くなかったんだよ。細かい理由は知らない方がいい」
「よ゛ぐない゛ぃ゛、お゛じえでよ゛、なんでドスだぢはごんなごとにな゛っ゛でるの゛お゛!」
「うーん、本当に知らない方がいいと思うんだけどね」
 と、言いつつ、男は教えてくれた。
「今度、村にゆっくり加工所が建つんだ」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛」
 加工所がゆっくりできないところだということは、ゆっくりのDNAに刻み込まれているためか、子ゆっくりですら知っている。まして長生きしているドスまりさは、中で何が行われているかも断片的にだが知っている。
「な゛んでぞんなのだでるのぉ! ゆっぐりでぎないでじょおおお!」
「いや、ところが人間さんはゆっくりできるんだよ」
「うぞだよ! おにいざんいってだ。ドスだぢはいいゆっぐりだじ、ぞもぞも加工所は、あんばりどぐにならないがら、うぢの村ではやらな゛いっで!」
「うん、前まではね、でも、今は得になるんだ。ゆっくりできるんだよ」
 加工所も、最初から軌道に乗れるわけではない。そもそも、その始まりはゆっくりによる畑などへの被害が膨大になった際に、なんとかその損を当のゆっくりで埋められないか、という苦肉の策なのである。
 なにしろ、中身が餡子で殖やそうと思えば簡単に繁殖可能な謎の生物なのである。これを材料に製品を作れば、元手は安価も安価に手に入るのだから、商売になるのではないか。
 しかし、効率的な生産体制をはじめとする加工所のノウハウが蓄積されるまでは、どこも辛い経営が続いていた。
 山の向こう側にも人間の村があり、あちらは長年ゆっくりの害に悩まされていた。こちらのドスのようなしっかりした群れの長がいなかったためだ。
 仕方なく、山向こうの村は加工所を誘致した。既述のごとく、最初のうちは村からの持ち出しも多く、これでは村の破滅が早まるだけではないか、という不安の声も噴出し、一時期相当揉めたようだ。
 それが、なんとか上手く行くようになってきて、やがて農業の損失の埋め草どころではなく、立派に農業と加工所は村の産業の両輪となった。
 それまで、こちらの村の人間は山向こうの村に同情しつつも、自分たちの方はドスがいてくれるおかげでよかった、とほっとしていた。加工所建設にしても、どうせ損が出るだろうと見る者が多く、当初はまさにその通りになったために、これであっちの村はおしまいか、という声も囁かれていた。
 しかし、山向こうの村は復活した。山に行けばいくらでも跳ねているゆっくりを原料に作ったものが売れるのだから笑いが止まらない。
 山一つ挟んだ村のことであるから、当然すぐに話は聞こえてくる。
「そちらも加工所をやればいいのに」
 と、恵比須顔で言われて、
「いや、こっちにいるのは……ドスの群れで、うちとは協定を結んでいるから」
 と、力無く返す。
「ああ、そうですか」
 と、山向こうの村の人間は同情したような顔で言うのだが、あれは絶対に商売敵が増えないのを喜んでやがる、とこちらの村人たちは内心不快になっていた。
 それから、村人の一部に、ゆっくりとの協定なんぞ、適当な口実をつけて破棄し、加工所を誘致すべし、と独自に動く人間たちが現れてきた。それの要望で、この男がやってきた。彼は、加工所を経営する企業の社員だったのだ。先ほど、鮮やかな手際でドスを倒し打ち付けた男たちも同じである。
 調査の結果、この山は豊かでほうっておけばゆっくりはいくらでも殖える。山の両側に加工所を建てても潰し合わずに、それぞれが十分に採算をとってやっていける、という、ドスたちにとって、ゆっくりできなくなる結論が出た。
「つまり、君たちは以前は畑を荒らす中身が餡子の害獣だった。でも、今や加工所の発展のおかげで、タダ同然で手に入る、金になる商品の原料なのさ」
 ドスは、男の話を聞いて呆然として涙も止まってしまった。なるほど、確かに、ドスたちは悪くない。全て、人間の都合だ。
「お兄ざんに、あわぜて……」
「彼なら、引っ越したよ」
「ゆ゛っ゛」
「彼は最後まで反対してね。しかし、彼一人が反対しても、もう加工所誘致の流れは止められなかった。ろくに食事もせずに、だいぶ衰弱していたようだね。ある日の村の集まりで、突然、引っ越すことを告げて、翌日には出て行ったよ」
 当初、お兄さんは徹底抗戦の構えを見せていたが、それも、加工所誘致に積極的に動いている推進派以外の村人たちに期待していたからだ。しかし、男が加工所建設によって得られる利益について説明すると彼らは次第に身を乗り出し、あっさりと賛成に回ってしまった。
 お兄さんは、悟るしかなかった。ゆっくりたちに情を持っていたのは自分だけで、他の人間にとって、あくまでも協定は畑や住居への害を減らすため、加工所を誘致しないのは、それが今まではそんなに儲からなかったため。
 たった一人の反対派となったお兄さんにできるのは、ただただひたすら、
「僕は反対です」
 と、言い続けるだけだった。はじめは説得しようとした人たちも、彼の決意が揺らがぬのを見ると、多数決で採決することにした。それで、たった一人の抵抗は完全に無力になった。
 その場で、長年勤めて疲れただろうから、などと理由をつけて、お兄さんを対ゆっくり交渉役から解任。その数日前に、加工所建設のために村に移り住んでこの村の住人となっていた男が、後任となることがやはり多数決で決定された。
「ま、まりざだぢは、わるぐない……わるぐな゛いよ゛……」
 うわ言のように呟き続けるドスを見て、もう長くないだろうな、と男は思った。
「うん、君たちは悪くない。悪いのは……」
 その先を言わずに、男は、あのまりさの入った透明の箱を手に取った。
「ゆ゛ぅ、ゆ゛ぅ、ゆ゛う゛う゛ぅ」
 まりさは、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「約束通り、君たちには制裁はしない」
 男は、このまりさを捕まえて尋問した時に、巧みにこのまりさを騙して、全てはドスの命令でやったことだと証言させていた。
「正直に本当のことを話せば、君たちへのお仕置きはしないよ。命令されてやったことなら仕方ないからね」
 と、優しい笑みを浮かべて言いながら。
 こいつらには、加工所でゆっくりたちを監督する仕事をさせようと男は思った。ある程度の権限を与え、ゆっくりたちの反抗から一応は守ってやるが、時々は、ゆっくりたちの鬱憤晴らしを黙認してガス抜きをしてやる。なに、死ぬ寸前に助け出して、オレンジジュースにつけておけば完治はできずとも死にはしない。
 初めから敵とわかっているものよりも、味方だったのに裏切ったものへ怒りの矛先が向きがちなのは、人間もゆっくりも同じだ。
 さぁ、まだ仕事は終わらない。山にいるゆっくり狩りが残っている。
 善良なゆっくりも悪いゆっくりも構わず捕まえるのだ。どっちも同じゆっくりだ。どっちも中身は同じ餡子だ。それならどっちも、加工所で商品にすることができるのだ。


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最終更新:2022年05月19日 12:33