正月をまえにしたゆうぐれどき、ゆきがふるみちをひとりのわかものが歩いていました。
そのわかものは里でもひょうばんのやさしいお兄さんでした。
はたらきもので、子どもとあそんであげたり、びょうにんをかんびょうしたり、けがをしたどうぶつをたすけてあげたり、それはそれはやさしいお兄さんでした。
わかものの家は里から少しはなれた森のそばの小さないっけんや。森できのこなどをとってきて、里でやさいなどとこうかんしてくらしていました。
今日はクルミやくだものなどをもっていって、正月のための食べ物とこうかんしてきたのです。

ゆきがつよくなってくるころ、わかものはようやく家にかえってきました。
家のげんかんが少しあいています。だれかたづねてきたのだろうか?と思いながらわかものが家に入ると中にはふしぎな生きものがいました。
にんげんの頭のようなものがどまのだいこんをかじっているのです。
そう言うとぶきみに聞こえますが、その生きものはどこかあいきょうがあって見ていると楽しいきもちになってきます。
生きものは二ひき。どちらも女の子のかおをしていて、くろいかみにリボンをつけた子と、きん色のかみにぼうしをかぶった子です。

二ひきはわかものに気づくとふりかえって言いました。
「ゆっくりしていってね!」
おどろいたことにこの生きものはにんげんのことばを話せるのです。
びっくりしたわかものがだまっていると二にきはぴょんぴょんはねながらおなじように言いました。
「ゆっくりしていってね!」
どうやらきけんでなさそうなので、若者は二ひきとおなじように言いました。二ひきはそれをきいてえがおで言いかえします。
「ゆっくりしていってね!」
二ひきもわかものがきけんでないと思ったのでしょう。うれしそうなかおで近づいてきます。
そばにきたのでわかものがよく見ると、二ひきの生きものはさむそうにふるえています。
わかものはすぐにいろりの火をおこしました。ぱちぱちとたきぎがもえてだんだんあたたかくなってきます。
二ひきは大よろこびです。
「ゆっくりしていってね!」
わかものにはこのふしぎな生きものがどういうせいかつをしているのかわかりません。
ですがこのようすではさむい外で生きていけるようには見えません。
きっと冬はクマのようにすの中でじっとしてるのに、なにかのりゆうでそれができなくなってここにきたのでしょう。
やさしいわかものは、あたたかくなるまでここにいさせてあげようと思いました。

もう外はくらいよる。
二ひきの生きものはいろりのそばでよりそってしあわせそうにしています。
それをやさしい顔で見ていたわかものでしたが、おなかがすいたのでばんごはんを作ることにしました。
水のはいったなべをいろりにかけて、だいこんやにんじんやごぼうを切っていれます。
ぐつぐつとやさいがにえるおいしいにおいがしてきました。
二ひきはそれをきょうみぶかそうに見ています。
みそをいれてやさいじるのできあがりです。
わかものはのこりもののごはんをもってきました。二ひきはわかものとなべを見ています。
さっきだいこんを食べていたけれど、しょくじ中にわかものがかえってきたので、まだはんぶんも食べていません。
おなかがすいているけどこれはお兄さんの食べものだと思っているのでしょうか。
はじめから二ひきにわけてあげるつもりだったわかものは、おさらを二まいよういしました。
わかものはじぶんのちゃわんからごはんをおさらにうつし、そのうえにしるをかけました。
おさらをさしだされた二ひきはほんとうにうれしそうなかおになっていいました。
「ゆっくりしていってね!」
わかものもわらってうなづきます。
二ひきはおさらのごはんを食べようとします。ですがびっくりしたさけび声をあげました。しるがあつかったのでしょう。
「ゆーっ!」
口を大きくあけて目にはなみだをうかべています。いそいで食べようとしたので口の中までやけどしてしまったようです。
わかものはしばらくのあいだ、ぽかんとしたかおをしていましたが、気がつくとお水をもってきました。
あつそうにしたをだしている二ひきにのませると、しばらくくるしそうにしていましたが、だんだんとげんきをとりもどしてきました。

わかものはおさらのごはんにいきをふいてやります。
よくさましてからおさらをおくと、二ひきはしたをしんちょうに近づけます。
もうだいじょうぶ。二ひきはもっもっとごはんを食べはじめました。とてもおいしそうに食べていきます。
二ひきはおなかがすいていたのでしょう。すぐにおさらはからっぽになりました。
わかものはまたおさらにごはんをとって、さましてから二ひきに食べさせてやります。
二ひきがおなかいっぱいになったあとに、わかものもじぶんのごはんを食べます。
思ったより二ひきが食べたので、わかもののぶんはあまりのこっていませんでした。
ですがやさしいわかものは、しあわせそうな二ひきを見てうれしそうなかおをしています。

わかものがしょっきをあらってへやにもどってくると、おなかがいっぱいになった二ひきはいろりのそばであたたかそうにしていました。
わかものはそんな二ひきのかおにわらのさきをひらひらさせます。
二ひきはきょとんとしたかおをしていましたが、あそびだということに気づくとわらをおいかけだしました。
わかものがわらを二ひきの上に近づけると、二ひきはそれをくわえようと口をあけてぴょんぴょんととびます。
それをみてわかものはわらをたかく上げます。そんなふうにしてたのしくあそんでいました。

とつぜんいろりのたきぎがぱちんとはねて、火のかたまりがりぼんの生きもののほほにあたりました。
「ゆっ!…ゆーん!」
びっくりしたのとあついのとでりぼんの子はなきだしてしまいます。
帽子の子はりぼんの子のほほをなめてあげようとしますが、まだ火がきえていなかったのでしょう。したをやけどしてゆーゆーとないてしまいました。
泣いている二ひきをぼんやりながめていたわかものでしたが、すぐにお水でさましてやります。
だんだんとひえてきて、二ひきはげんきをとりもどしました。

いろりがこわくなったのか、少しはなれたばしょであそぶ二ひきを、わかものはあんしんしたやさしい気もちでながめています。
ですが、わかものの心にはぎもんがありました。
あついごはんを食べたとき、いろりの火があたったとき、わかものは泣いている二ひきを見てふしぎな気もちになったのです。
わかものはその気もちが何だったのかたしかめてみようと、二ひきに近づきました。
とびはねているりぼんの子のひたいをゆびではじいてみます。
「ゆゆっ!」
わかものは顔の子をまたはじこうとします。はじめはあそびだと思ったのでしょう。りぼんの子はそれをよけようとします。
ですがよけることはできません。なんどもひたいをゆびではじかれて、だんだんいたくなってきたのでひっしににげようとします。

わかものはこの生きものがかわいくてしょうがありませんでした。
わらっているときもかわいく、やすんでいるときもかわいくて、そしてないているときもとてもかわいいのでした。
にんげんの子どもやどうぶつがないているとき、わかものはたいへんだとしか考えません。
ですが、この生きものがないているのはとてもかわいくて、わかものをふしぎな気もちにさせます。
わかものはその気もちがなんなのかたしかめたいと思いました。

なんどもゆびではじいていたわかものでしたが、さいごにいちばんつよくはじきます。
「ゆー!」
りぼんの子はたまらずうしろにころがってしまいました。
お友だちがいじめられたと思ったぼうしの子がこえをあげます。
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
おこっているのでしょう。ほほをまっ赤にしてとびはねます。
わかものはぼうしの子もゆびではじきます。りぼんの子とおなじようにうしろにひっくりかえってしまいました。
二ひきはびっくりしたかおをしていましたが、やがてみをおこすとゆんゆんとなきだしました。目には大つぶのなみだがあふれています。

それを見て男は疑惑を確信に変えた。どうやら俺の中には何か得体の知れぬケモノが潜んでいるらしい。
その存在をさらけ出すが為、男は行動を開始した。帽子の生物に蹴りを加える。
「ゆぶっ!」
鼻面に蹴りを受けた帽子顔は驚愕の表情のまま床を転がり、柱に当たって止まった。
「ゆー!ゆー!」
顔を歪めて泣き喚く姿。その姿に男は己の心が喜びに満たされてゆくのを感じた。
りぼん顔の髪を掴んで目の前に持ってくる。その顔は何が起こったのか分からない表情で固まっている。
「ゆー?」
そこに平手打ちを浴びせる。
「ゆっ!ゆゆっ!」
打たれる度にりぼん顔が苦痛に、男の顔が歓喜の表情になってゆく。
俺の中のケモノに火を付けやがって…男は掴んでいたものを柱に向かって投げつけた。りぼん顔が帽子顔にあたる。
のたうち回って苦しんでいた二匹だったが、やがて身を起こすと男から逃れようとした。
部屋の中を駆け回るが男は出口に素早く心張棒を掛けた。脱出口を塞いだ男はゆっくりと二匹を追い掛ける。
狭い部屋の中、囲炉裏中心にして回る形になった。
「ゆっ!ゆっ!ゆっ!」
飛び跳ねながら逃げ回る二匹の背中に男は更なる興奮を覚えた。
恐ろしいほどに鈍重な逃走。これが野生の生物か。これで良く今まで生きてこれたものだ。
何というか弱い、何という哀れな姿なのだ。それが泣き喚く顔は何という愉悦なのだろう。もっと泣かせたい。もっと苦しませたい。
抑えきれない笑い声がもれる中、男は二匹を追い掛け続けた。
其程の体力は無いのだろう。二匹は直ぐに走り疲れてきた。
「ゆっ…!ゆっ…!ゆっ…!」
飛び跳ねる距離も短くなり、息も荒く喘いでいる。
もう良いだろう。男は帽子顔を捕まえた。もがく体を下から拳で突き上げる。
「ゆぐっ!」
衝撃で舌を噛んだらしい。火傷の痛みも相まって止めどなく涙を流しながら苦痛に身を震わせている。
何度も何度も突き上げた後、掴んでいた手を放すと同時に右目を思い切り殴りつけた。
「ゆぶぁ!」
回転しながら放物線を描き床に転がる。口から涎を垂らしながら激痛に身を震わせている。右目は閉じたままだ。
帽子頭の目を良く見ようと近付く男を、するとりぼん頭が遮った。飛び跳ねながら主張する。
「ゆっくりしていってよー!ゆっくりしていってよー!」
その懇願は逆に男の加虐心を煽り立てた。男はりぼん頭を掴んでその顔に、頬から目へと指を這わす。
「ゆーっ!ゆーっ!ゆーっ!」
目玉を掴まれた生物が苦痛に満ちた声を上げる。目玉を抉られる恐怖の叫びを上げる。
「ゆーっ!」
りぼん顔は体を震わせて男の手から逃れた。床に落ちる。目玉を掴まれた痛み、床に落ちた痛みに身動きが取れない。
その姿を見て笑うと、男は囲炉裏から火箸で炭状になった薪を取り上げ、りぼん顔の頬に押しつけた。煙と皮が焼ける臭いが部屋に立ち籠める。
「ゆあああああ!」
りぼん顔が必死に身をよじるのを男は上から押さえつける。そして右の頬から左の頬へ薪を移して念入りに焼く。
男の背中に何かが当たった。振り返ると帽子顔がひたすら体当たりをしてくるではないか。
仲間の惨状にとうとう攻撃を決意したらしい。だがそれは鞠が跳ねる程度の虚しいものでしかない。
男が手を一閃させると帽子顔は柱に吹っ飛んでいった。柱に当たって転がり回る。帽子の脱げた頭から脳漿と思しきものが床に撒き散らされた。
男は焦った。今死なれては困る。もっとゆっくり楽しみたいのだ。薪を囲炉裏に戻すと男は帽子顔に近付いた。
頭を割られて悶えているそれを押さえつけて患部を観察する。頭の傷は一寸程で、そこから脳漿が漏れている…だが、男は違和感に気付いた。
黒々としているそれはどうも人間や動物の脳漿とは違う気がする。床に落ちているそれを指で掬い取る。
中に小さな粒が幾つかあるのを見たとき男は確信した。これは餡子だと。
男は帽子顔の頬に指を刺した。引き抜くと指が黒く染まっている。この生物は中に餡子が詰まっている。
さらに頭の傷に指を突っ込む。人差し指の第二関節あたりまで入れてみた。
「ゆぎいいいいい!」
帽子顔の絶叫が響き渡る中、男は頭の中を指で思う様掻き回した。絶叫を暫く楽しんでから指を抜いた。
やはり餡子。男はそれを嘗めてみる。中々の美味だ。そう言えば夕食が少なかった上に運動して腹が空いている。
新たな虐待方法を考え出した男は残忍な笑みを浮かべると、先程持ち帰った荷物に向かった。
餅を取り出す。それは正月用の分だったが、今の男にとって正月などどうでも良い事だった。今日こそが祝うべき目出度い日だ。
囲炉裏に焼き網を掛けて餅を焼く。鍋で湯を沸かす。その間、二匹は部屋の隅でガタガタと震えていた。その顔は恐怖に充ち満ちている。
準備が整う男は二匹に近付いた。すかさず逃げ惑う二匹。男は目的を忘れそうになる程、追跡劇をたっぷりと楽しんだ。
やがて疲れ切った二匹は男に捕らえられる。どちらにしよう…。男は既に傷のある帽子顔を選ぶ事にした。
囲炉裏の前に連れて行き、胡座の上に押さえつける。頭を切り開くべく包丁を手に取った。
包丁を見たとき、帽子頭はいっそうの恐慌状態に陥り、踊り狂った。余りに暴れるので巧く切る事が出来ない。
男は暫く考えていたが、思い付いた名案に満面の笑みを浮かべると土間から大鍋を持ってきた。
一旦湯の張った鍋を取り、代わりに大鍋を掛ける。
空の大鍋が真っ赤になると、男は帽子顔の髪を掴んで、その体の下半分を大鍋の底に押しつけた。
「ゆ゛ーっ!」
じっくりと焼き上げてから引き上げる。下顎の辺りまで念入りに焼かれ、帽子顔は息も絶え絶えといった状態だ。
程良く冷めてきた頃、床に降ろしてみる。目からひと滴の涙が零れるが動こうとはしない。
ゆっくりと頬を抓ってみるが、やや身動ぎするだけで動く事は叶わない。
これで暴れられる事も無いと、男は改めて包丁を取った。移動手段を奪われた帽子顔は泣き叫ぶだけだった。
耳の一寸ばかり上から包丁を横に滑らせる。男が笑ってしまう程簡単に頭部は切開された。
思った通り中には粒餡がびっしりと詰まっている。それをお玉で掬う。鍋の中に餅と共に入れて汁粉を作ろうとしているのだ。
「ゆ゛っ!ゆ゛っ!ゆ゛っ!」
だが、男は思い直した。ただ餡子を取るだけでは詰まらない。
男が帽子顔を見返すと、そこには平らな頭部の中央にお玉で掬われた窪みが出来ている。
さらなる素晴らしい考えが閃き、男は絶頂寸前の顔になった。
お玉の餡子を皿に移し、窪みを更に広げる。これは餡の層の厚みが大事だ。また死なれても面白く無い。男は慎重に窪みを広げた。
その間ずっと、りぼん顔が背中に体当たりをしている。何度も何度も当たっては跳ね返されるが何の効き目も無い。
巧い具合に窪みが出来た。帽子顔は表情を変えたり絶叫を上げたりは出来るが、それ以外殆ど動けない。やや震えるぐらいだ。
全ての条件が整ったところで、男は焼けた餅を帽子顔の窪みに入れた。
「ゆ゛ーっ!ゆ゛ーっ!」
その上にお玉で湯を掛けてゆく。
「ゆ゛ーっ!ゆ゛ーっ!ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛ーっ!」
窪みに湯が溜まる。お玉で掻き回せると中の餡子が段々と湯に溶けいった。良い具合になったところで男はお玉を回す手を止めた。
汁粉の完成である。ぼろぼろと涙を零す器に男の食欲は増すばかりだ。
椀に掬い、食してみる。程良い甘さの中に不思議な苦みが合わさって、何とも言えない美味である。
「ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…」
こんな状態でも帽子顔はまだ生きている。意識もはっきりしているようだ。弱い生物は反って生命力が高いのだろうか?
未だに体当たりを仕掛けるりぼん顔を捕まえ、一口食べさせてみる。
仲間の内容物を食べるという背徳感に必死で抵抗するが、強引に口をこじ開け流し込んだ。吐き出そうとする口を強引に押さえつける。
「ゆっ!ゆゆっ!ゆぐっ!…ゆー!ゆー!」
ゴクリという音と共に汁粉を飲んだりぼん顔は嫌悪の表情で泣き叫んだ。それを肴に男は遅い食事を楽しんだ。
全て食べ終えたとき、帽子顔の餡子は大分溶けていたが、外側にまでは達していなかった。
なんとなく生きていそうだったので男は切り裂かれた頭部を上に載せてみた。
巧く合わさるようなので、窪みを作る為に取り除いた餡子を入れ直す。さらにサラシを短く切って水を含ませ切断部分に巻いた。
最後の仕上げに帽子を被せる。動けないのでそうそう外れる事もあるまいと、男は放置する事にした。
りぼん顔が帽子顔の前に立ちはだかる。が、男は満足したかのように寝支度を始めた。
今日はもう疲れた。帽子顔が明日まで生きているか分からないが寝てしまおう。
囲炉裏の薪を散らして火を弱める。布団を敷いて男は床に着いた。

こうして男は己の内面に潜む存在に気付いてしまった。
だが今日までは気付かなかったが、男には世界がいっそう素晴らしいものに満ち溢れているように感ぜられた。
もう後戻りは出来ない。
たとえ帽子顔が死んでいてもりぼん顔が残っている。明日は何をしてくれよう。
二匹の嗚咽がいつまでも響く中、男は幸福な眠りに付いた。

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最終更新:2022年05月19日 15:20