注釈:先達の築かれた数々の設定を参考にした上で、私なりに噛み砕いた上で活
   用させて頂いております。



『ドキュメンタリーゆっくり~山谷を駆け巡る謎の生物の正体とは!?~』


 やぁ、はじめまして。
 私はゆっくりの生態を研究している学者です。

 今日は、ゆっくりがどういう生き物か、皆さんにご紹介しましょう。

 紹介されるまでもない?
 いやいや、皆さんが普段ご覧になっている街のゆっくりというのは、実はゆっくり
のほんの一部でしかないのです。
 あの餡子の詰まった饅頭には、まだ詳しく知られていない秘密が星のようにあるの
ですよ。
 本日はその一端を、皆さんにご覧いただきましょう。



 その前に、まずはゆっくりの分類をお伝えする必要がありますね。
 ゆっくりは、大きく雑食性と肉食性に分類されます。
 皆さんが普段街中でご覧になるゆっくりは、全て雑食性の種類です。
 肉食性のゆっくりは、人里には近寄りませんから……おっと、そう不安がられる事
はありませんよ。肉食性といっても、ゆっくりしか襲いませんから。
 そういう意味では厳密にいうと餡子食性、とでも言うべきかもしれませんね。まぁ、
語弊の類ですので、肉食性ということにしておいて下さい。
 肉食性のゆっくりは、れみりゃ種とふらん種の二つしかありません。どちらも飛び
ます。雑食性か肉食性かは、羽があるかないかで容易に見分ける事ができます。
 夜行性ですから、昼間にその姿を見る事はありませんね。甘い匂いにつられて来る
習性がありますから、夜の草っ原や林道で餡子の詰まった饅頭やお団子を食べていた
ら、やってきてくれます。
 ただし、結構素早いので、お饅頭を取られても知りませんよ?

 肉食性のゆっくりについては、少々長くなってしまいましたので、詳しくはまた次
の機会とさせて頂く事にしまして、続いて雑食性のゆっくりについて触れていきまし
ょう。
 この付近に生息する雑食性のゆっくりは、六種類ほどあります。
 まずはれいむ種とまりさ種。皆さんがよくご存じ、もっとも多くいる種類です。赤
いリボンをつけた黒髪の子がれいむ種、黒い三角帽子を被った金髪の子がまりさ種で
す。
 次に多いのがありす種。赤いカチューシャをつけた金髪の子がそうです。この種は
たまに大繁殖しますので、その時に街中にもどっと現れます。見かける時期が不定期
で、いきなり極端に多く流れ込んでくるでしょう?
 ここからは、数の少ない希少種となります。ぱちゅりー種、ちぇん種、みょん種の
三つです。
 ぱちゅりー種は、本が好きという特性があります。ああ、紙を食べる訳じゃあない
ですよ。本を読むのが好きなのです。どうです、変わっているでしょう?
 一部の愛好家や古本屋の店主が、好んで飼う傾向があるようです。ただ、病気など
に弱いので、ちょっとした事ですぐに死んでしまいます。扱いの難しさも、マニアを
刺激するのでしょうね。
 ちぇん種は、猫耳と二つの尻尾が生えた非常に特徴的な見た目を持っています。こ
の種は見た目の通りに猫と似通った性質を持っていますので、大変素早いですし、狩
りも上手です。
 みょん種は、桜の木を好む性質を持っています。お花見の時期に見かけた事がある
方もいらっしゃるかもしれませんね。黒いリボンをつけた銀髪の子がそうです。特徴
的な叫び声を上げますので、すぐに分かるでしょう。

 ここまでが、種族としての分類上の話です。他に水棲のゆっくりが2種類ほどいま
すが、これもまたの機会にお伝えしましょう。
 次に、このゆっくりたちを、生息地別に分類する事が出来ます。
 たかがゆっくりに、と思わないで下さいね。生息地の特徴によって、同じ種族でも
異なる性質を持つものなのですから。
 大きく分けると、次の七種類に分けられます。
 山ゆっくり、森ゆっくり、草原ゆっくり、街ゆっくり、谷ゆっくり、捕食種、そし
て飼いゆっくりです。
 このうち、捕食種というのはさっき挙げた肉食種のれみりゃ種・ふらん種が当ては
まります。
 飼いゆっくりは雑食性・肉食性どちらでも、愛好家が飼ったものが当てはまります。
 他の五種類が、雑食性のゆっくりたちに当てはめられるのです。
 おや、驚かれましたか? あののんびりした生き物にも、これだけの分類があるの
です。それぞれ個性的で、とても面白いものですよ。

 さて、まずは街ゆっくりを---と思われるかもしれませんが、彼らは後に回しま
す。
 最初にお話しするには、皆さんと接点が多すぎる種類ですし、何より、彼らの背景
が見えてきません。
 実はあのゆっくりたちは、他の地域から押し出されてきたものたちなのです。
 生物間競争に敗れて流れてきた個体ですから、あんなに愚かで弱いものばかりが街
に集まるのですよ。

 彼らには社会性もなければ、他の動物と共存していく道も模索できません。そうい
う劣った個体が、野生のゆっくりたちからも爪弾きにされて、街に流れてくるのです。
 彼らが人語を介し、意思の疎通を図ろうとしてくるのには意味があります。すなわ
ち彼らの生態系を維持する為の、コミュニケーション機能としてのものです。
 普段我々が目にしているゆっくりは、みんな自己中心的で未熟な個体ばかりであり、
社会性を殆ど持ち合わせておりません。せいぜい、一家族単位で完結しているのです。
 ところが、野にはそれを超えた規模で独自の社会を持つゆっくりたちが存在するの
ですよ。
 今日は特にその点を、皆さんにお伝えしたい。



 山に入りました。ここは、結構奥まったところです。
 この辺りが、山ゆっくりたちの活動圏となります。
 うん? 我々の格好が変ですって?
 それはそうです。こうしてギリースーツを来ておかないと、山ゆっくりに気付かれ
てしまいます。
 山ゆっくりは、ゆっくりの中でも最も優れた種族です。まず、人間には近付きませ
ん。
 もしあなたがたまたま山道を暢気に飛び跳ねてるゆっくりを見かけたら、それは別
の地域から入り込んだ個体と見て間違いないでしょう。
 山ゆっくりたちは、そうした別種の迷いゆっくりたちの前に姿を現す事も好みませ
ん。とても用心深い生き物なのです。

 ご覧下さい。ここに茸が群生しています。
 右側が、ごっそり欠けているのが分かるでしょう? 人間が採ったように見えるか
もしれませんが、こちら、脇の茂みを見て下さい。山ゆっくりの糞です。僅かな甘い
匂いに、近くの蟻が釣られて集まっています。
 山ゆっくりは、山菜の採り方を心得ています。根こそぎ採るのではなく、半分残し
ておけばまた増えて食べられる。そこらへんのマナーの悪いにわか登山者よりも、ず
っと山に優しい生き物といえるでしょう。
 そしてもう一つ。大変縄張り意識が強いのです。こうして糞でマーキングしている
のですよ。
 この糞の匂いを嗅いだ他の山ゆっくりは、その山菜に手を出しません。自分のもの
ではないからです。
 平坦な草原などとは異なり、山は斜面が急で障害物も多く、饅頭型のゆっくりには
過ごしづらい土地です。とても単体では生きていけないので、彼らは必ず群れを作っ
て生活しています。
 そうした群れ同士、そして個体同士でのトラブルを避ける為に、身に付けた知恵な
のでしょう。

 おっと、隠れて下さい。
 上の方で縄張り争いが起こっているようです。喧騒が聞こえて来るでしょう?

「……ゆぅぅうううぅぅ………っ! ……これは……さのごはんだよ……っ!」
「……うよっ! まりさがみつけた…………りさのものだよ……っ!」

 どうやら、若いまりさ種同士の戦いのようです。
 まりさ種は、特に食い意地が張っている事で知られています。山ゆっくり同士が正
式な縄張り争いをする時は、群れ同士で戦いますから、これは一個体が和を乱そうと
しているものでしょう。
 残念な事ですが、最も高度な社会性を持っている山ゆっくりでも、自分勝手なゆっ
くりがしばしば生れます。もっとも、それは我々人間社会にもよくある話なのですが。

「……ゆ゛ぅぅう゛ぅぅぅぅっ!?」

 決着がついたようです。斜面から転がり落ちて来るゆっくりが見えます。
 ゆっくりまりさは、運よく葉が多くついた枝などでバウンドして、致命傷を負わず
に済みました。ですが、満身創痍なのは見て取れます。

「……どうぢてこんなことずるの? まりさはわるいごとぢでないのにぃ……っ!」
「ゆっくりできないまりさは、ゆっくりでてってね!」
「ゆっくりりかいしてね!」

 敗者に、勝者からの冷たい言葉が浴びせられます。
 犬猫や猿と違って、我々が理解できる言葉を用いていますから、臨場感が違います。
 餌場を守ったまりさの横に、ゆっくりれいむがいるのが見えます。仲間として加勢
したのでしょう。
 そして突き落とされたまりさは、やはり群れのルールを理解していない若い個体の
ようですね。
 こうした個体は、このようにして淘汰されていきます。
 今回は、命拾いしたようですが---

「ゆぅ……ゆぅ、いだいよぉ……」

 よろよろと動き出したまりさのところへ、向こうの岩場からちぇん種とれいむ種の
成体二匹がやってくるのが見えます。おそらく、同じ群れの仲間でしょう。
 岩と岩の間を跳んでいます。山ゆっくり達は跳躍力に優れており、ああした動きが
できるのです。

 まりさも仲間に気付いたようです。怪我した身体で精一杯ぴょんぴょん飛び跳ねて、
仲間に呼びかけています。

「ゆぅ、れいむぅ、まりさがまりさをいじめるんだよ。ゆっくりたすけてね!」
「それはできないよ。おとなりさんにめいわくをかけるわるいまりさは、ゆっくりで
てってね!」
「ゆっ! ゆっくりできないまりさは、もうなかまじゃないんだよ! わるいゆっく
りはやくやまをおりてね!」
「ちがうぜ! まりさがみつけたきのこさんを、ゆっくりよこどりしようとしたんだ
よ! あっちのまりさがわるいゆっくりなんだぜ!」
「れいむのいうことがわからないの? ばかなの? しぬの?」
「れ、れいむぅ……っ! どうしてそんなこというの!?」

 やはり、群れから追放されたようです。
 群れ同士でのいざこざの元となった山ゆっくりは、その群れから排除されてしまう
のです。
 群れの仲間に見つからなければ、それも避けられるようですが……山ゆっくりは注
意深く見張りを立てているのが常ですから、ほとんどがこのように見つかってしまう
のです。

「ゆっくりはやくでてってね!」
「ゆぐぅっ、やめて、やめてよれいむ!」

 元の仲間たちから体当たりされたまりさが、泣きながらその場に踏みとどまります。

「まりさはほんとうにわるくないんだよ! わるいのはあっちのまりさなんだぜ!」
「わからないよー! ゲスなまりさはさっさとでてってね!」
「でてかないなら、しんでね! ゆっくりしんでね!」
「ゆ゛ぐぅぅぅっ!?」

 ああ、遂に噛みつかれてしまいました。
 頬を喰い破られたまりさが、とうとう逃げていきます。
 まりさが逃げ出しても、れいむとちぇんは追撃の手を緩めません。
 追いついてはぶつかり、突き飛ばしては覆いかぶさって踏み付け、噛みつき、帽子
のてっぺんを噛み千切ります。容赦がありませんね。

「やべでぇぇっ! まりざのおぼうしかまないでぇぇぇひゅぶっ!」

 髪の毛を齧られて、投げ飛ばされます。
 岩場に叩きつけられて、頬の傷口から餡子が少し飛び出しました。
 帽子が取れています。ちぇんが噛みついて、ばらばらにしてくのが見えます。

「やだぁぁぁぁぁっ! ぼうしかえじでぇぇぇぇ!」
「しねっ! かざりのないゆっくりはゆっくりしね!」
「しねっ! しねっ!」

 帽子やリボンなど、頭の飾りはゆっくりの間で同種であることを示すステータスと
なります。
 これを失うということは、ゆっくりからゆっくりとして認識されなくなります。た
とえ番や親子であっても、飾りが無くなった時点で縁が切られてしまうのです。
 山ゆっくりのしきたりを破ったものは、こうしてシンボルを奪われ、二度と群れに
戻れなくなります。
 それどころか、山にいては命が危なくなるところまで追い詰められるのです。

「ゆ゛ぅぅう゛う゛ぅぅぅ……っ!」

 とうとう、全速力で逃げて行きました。
 まりさは岩場の斜面を、必死で飛び跳ねながら逃げていきます。
 彼はまだ幸運です。頬の傷もまだ浅いものですし、逃げて行った先には谷がありま
す。何とか、生き延びられるでしょう。



 彼の足取りを追うのはもうしばらく後にする事にして、もう少し山ゆっくりの生態
を追いましょう。

 山ゆっくりは、大型まで育ちません。俊敏さと跳躍力を武器としている種族なので、
あまり大きくなっては山の中で生き延びていくのが難しいからです。
 沢の向こうを見て下さい。キツネです。ゆっくりの家族を襲っています。

「おちびちゃん、ゆっくりれいむについてきてね!」
「ゆっくりりかいしたよ! まりさもままみたいにとべるよ!」

 母れいむと子ゆっくりまりさは、沢に突き出た岩に飛び乗り、次々と岩や枝に飛び
移って逃れていきます。

「ゆうううぅぅっ! あっちにいってね! まりさはおいしくないよ!」

 残ったのは父まりさですが、山ゆっくりにしては大きめの体形です。必死に沢を下
っていますが、下りではキツネに分があるでしょう。
 父まりさは何度か岩や枝に飛び移ろうと試みましたが、やはり上手く乗れません。
育ち過ぎて、自重で跳び切れないのです。

「ゆぎゃああああっ! やめでぇぇぇ! れいむだずげでぇっ!」

 とうとうキツネに捕まりました。噛みつかれながら、必死に助けを求めます。

「たべすぎちゃだめっていつもいってたのに! まりさはゆっくりたべられてね!」
「でぶのぱぱは、きつねさんとゆっくりしていってね!」

 キツネに襲われる父まりさを、母れいむと子まりさは助けません。
 一家族の中ですら、山の掟を破ったものには冷淡なのです。

「れいむううぅぅぅっ! ゆぎゃあ!? ぎづねざんだずげでっ! だべるならあっ
ぢのれいむどまりざにぢでぇひゅぶっ」

 まりさ種らしい命乞いの末、とうとう口を食い千切られてしまいました。
 喰われていく父まりさを一顧だにする事なく、母れいむと子まりさは茂みに消えて
いきます。

「あ゛あ゛あ゛あ゛……っ! あ゛ぁぁあ゛ぁお゛お゛う゛ぉ……っ!」

 咽喉からの叫びしか上げられなくなった父まりさを、キツネが引きずっていきます。
巣に持ち帰って子キツネに食べさせるのでしょう。 
 劣ったものはより優れたものの糧となる。それが大自然の掟なのです。



 おや、これは面白いものが見られますね。
 あの木の根本のとなりにあるくさむらを見て下さい。
 木の根本には、山ゆっくりの家族が巣を構えています。

「ゆ~♪ ゆゆ~ゆ~♪ ゆっゆ~♪」
「みゃみゃのおうたはじょうぢゅだにぇ! れいみゅとってもゆっくちできりゅよ!」
「ゆぅ……ゆぅ……」

 小枝や枯れ草で上手にカモフラージュされているので見た目には分かりづらいので
すが、あの根本には穴があり、ゆっくりれいむの親子が棲んでいるようです。
 歌で子供をあやすのは、ゆっくりれいむの習性ですね。
 今注目して頂きたいのは、その隠れた巣穴の脇にあるくさむらです。よ~く見て下
さい。草が風向きと関係なく、僅かに上下しているのがわかります。
 そうです、我々と同じく、ギリースーツを身につけている人間があそこにいるので
す。
 私たちのスタッフではありません。彼らが巷で言う「虐待お兄さん」なのです。
 普通、虐待お兄さんは街ゆっくりや草原ゆっくりなどを捕らえて愉しむものなので
すが、中にはこうした愚鈍な種族への虐待では物足りなくなってくる者もいるのです。
 そうした虐待お兄さんは、ゆっくりの中でも優れた山ゆっくりや森ゆっくりを捕ら
えるようになるのですが、特に山ゆっくりの確保は難を極めます。
 まず、あのようにギリースーツを身につけなければ見張りの山ゆっくりに視認され、
群れが厳戒態勢に入る為に一匹たりとも見つけ出せなくなってしまうのです。
 次に、ギリースーツを着ても、襲うタイミングを誤ると、せいぜい一匹くらいしか
獲れません。他の山ゆっくりたちは一匹を犠牲にして、方々へ逃げ散ってしまうので
す。そうした思い切りの良さが、山ゆっくりのしぶとさの所以なのです。
 ですが、たった一匹ではお兄さんたちの嗜虐心を満たす事など出来ません。できれ
ば、家族ごと捕らえたいのでしょう。
 あの虐待お兄さんは、なかなかの玄人のようですね。木の裏手をご覧下さい。同じ
ように蠢くくさむらがあるでしょう? あれは虐待お兄さんの仲間が隠れているので
す。
 高精度の集音マイクを、彼らに向けてみましょう。

「……スタンバァァイ……スタンバァァイ………GO!!」

 虐待お兄さんが、巣穴の覆いを崩しました。

「ゆっ!? おちびちゃんたち、なにかきたからにげてね! ゆっくりにげてね!」
「ゆっくちりきゃいしちゃよ! みんにゃおねえちゃんにちゅいてきちぇにぇ!」
「ゆわぁんっ! くみゃしゃんこわいよぉ! にんげんしゃんこわいよぉ! ゆっく
ちれきにゃいよっ!」
 山ゆっくりは、巣を作る際に必ず二つの出入り口を作ります。一つは今虐待お兄さ
んがいる表の入り口、もう一つは避難用の裏手の逃げ口です。

「ゆううぅぅぅっ! にゃにこりぇ!? ゆっくちできにゃいよぉ!」
「くみゃしゃんじゃないよ! くしゃしゃんのおばけだよ!」
「ゆぅ! ゆぅっ! ゆっくちはにゃちてね! れいみゅはおいちくにゃいよ!?」
「みゃみゃぁぁっ! こわいよぉぉぉっ!」
「ゆーっ! ゆーっ!」

 裏手に張っていたもう一人の虐待お兄さんが、素早く網を広げて穴から飛び出すゆ
っくりたちを捕まえます。見事な連携プレーです。
 子ゆっくりはれいむが三匹、まりさが二匹ですね。皆はじめて触れる草の塊みたい
なお兄さんに驚き、怯えています。
 ゆっくりは視覚情報で物事の大半を判断しますので、これが人間だとは分からない
のです。分かったところで、恐ろしさに変わりはないのですが。

「おちびちゃんたち、いまたすけるからね!」

 穴から出てきた母れいむが、虐待お兄さんに体当たりをします。
 ですが、いくら山ゆっくりとはいえ、人間に危害を加えるほどの力はありません。

「ゆううぅぅぅっ!」

 前の穴にいた虐待お兄さんが、後ろから母れいむを捕まえ、網で包み込みます。
 母ゆっくりと子ゆっくりを別々の網に入れるあたり、やはり手慣れています。一緒
にすると、子ゆっくりが潰れてしまう事もあるのです。

「くささん、ゆっくりはなしてね! ちびちゃんたちといっしょにはなしてね!」
「ゆわぁぁぁん! こわいよぉぉ!」
「たしゅけてみゃみゃ! ぱぱぁ!」
「ゆっくちできにゃいよぉ! ぱぱたしゅけてぇぇっ!」

 お兄さんたちは網に詰めた母子を掴んだまま、再びそこに伏せます。
 傍目には、変哲もないくさむらに網でくるまれたゆっくり母子が取り残されたよう
に見えるでしょう。

「ゆっ? くさのおばけがゆっくりいなくなったよ?」
「みゃみゃ、たしゅかってよかったね! ゆっくちできるよ!」
「ゆっゆぅぅ! うごけにゃいよ! ゆっくちできにゃいよぉ!」
「ゆわぁぁんっ! ぱぱたしゅけちぇぇ!」
「ゆーっ! ゆーっ!」
「ゆっくりまっててね! いまかみきるからね!」

 母ゆっくりが網に齧りつきますが、ゆっくりに噛み切られない程度には頑丈な網に
なっているのです。逃げられるものではありません。
 ゆっくり母子が助けを求める姿を、遠くから見張りが監視しています。
 さっきのように、ゆっくり同士の争いならばすぐに駆けつけて来るのですが、他の
動物から襲われた場合は助けに行きません。ゆっくりでは他の動物に敵わない事を、
山ゆっくりはよく知っているのです。
 こんな時、見張りは群れ全体が全滅する事を避ける為に、非常な観察者に徹するの
です。
 しばらく、ゆっくり母子の泣き声が山にこだまします。
 やがて泣きつかれた子ゆっくりたちは、疲れて眠ってしまいました。母ゆっくりだ
けが、なんとか網を抜けようともがき続けています。

「れいむ! ちびちゃんたち! ゆっくりしようね!」

 父まりさが狩りから戻ってきたようです。口に頬張っていた草花や虫などの餌を吐
き捨てて、家族の元へ飛び跳ねていきます。
 監視ゆっくりたちは、父まりさを止めません。父まりさが近づいても危険がないよ
うなら、助けに行こうと考えているのでしょう。

「まりさ! れいむはここだよ! ゆっくりしにきてね!」
「ぱぱぁっ! こわかったよぅ! ゆっくちしゅりしゅりしちぇね!」

「……スタンバァァイ……スタンバァァイ……」

「ゆっゆ~♪ ごはん、ゆっくちごはんがたべりぇりゅにぇ♪」
「これでゆっくちできりゅよ~」

 虐待お兄さんの押し殺した掛け声を、高性能集音マイクだけが拾います。
 ゆっくりはあまり耳が良くないので、自分たちの声に紛れたそれを聞き取れません。

「グゥ~ッナイッ」
「ぶべぇっ」

 近づいてきた父まりさを、お兄さんが一撃で仕留めました。
 顔面を殴りつけられ、失神した父まりさが母れいむと同じ網に詰め込まれます。

 一家を文字通り一網打尽にしたお兄さんたちは、もはや擬態を取る事もなく、ギリ
ースーツのまま悠々と山を下りていきます。
 これが森ゆっくり相手ならば、上手く罠を仕掛けることで群れ全体を捕らえる事も
できるのですが、山ゆっくりは得体のしれないもの、熊や猪、人間などの強大な動物
には絶対に立ち向かいません。情を断ち難い家族だけが向かってくるものなのです。
 監視ゆっくりたちは、全てを見届けてから姿を消していきます。

「ちぇえぇぇぇぇんっ! ゆっくりたすけてね! れいむはここだよ!」
「いやだよぉ! おうちにかえりちゃいよぉ!」
「ぱぱぁっ! めをしゃまちてぇ!」
「ゆわぁぁぁん! ゆっくちできにゃいよぉ! おうちきゃえりゅうぅぅ!」
「ゆわーん! ゆわぁーん!」

 厳しいようですが、これも大自然の掟なのです。

 え? 密猟を見逃すのか、ですって?
 それはなかなか難しいご質問ですね。

 ですが、ゆっくり保護条例のようなものは出ておりませんから、彼らの行為は密猟
とはいえません。ごく真っ当な合法的活動でしょう。山菜採りのようなものです。
 それに、私からいわせてもらえば、人間もまた環境の一つといえるのです。人間に
立ち向かう、人間から逃げる、人間に狩られる、人間に虐待され、そして殺される。
 そうした事象もまた自然の一つであり、いかにしてその自然とゆっくりたちが向き
合っていくのかも、また研究対象なのですよ。
 そういう意味では、街の虐待お兄さんもまた自然の一つなのです。虐待時における
ゆっくりたちの反応、変化なども、特定状況における生態として研究させて頂いてま
すよ。
 さっきのお兄さんたちは、膜魅乱”大尉”と腐米”少尉”の二人です。
 虐待お兄さんというのも、世間的には微妙な立ち位置ですので、誰もが虐待ネーム
を名乗っているのですよ。ペンネームやハンドルネームみたいなものですね。
 ギリースーツを用いた昼間の捕獲活動だけでなく、暗視ゴーグルまで持ち出して夜
襲を仕掛けたりもしていると聞いています。
 装備や機材は、山ゆっくりを加工所やペット業者に売り飛ばして稼いでいるようで
すね。山ゆっくりは希少性、種としての優秀さから、なかなかの高値で取引されてる
ので。
 まぁ、私とては、山ゆっくりの繁殖スピードを上回らない程度ならば問題ないと考
えていますがね。

 ちなみに、こうした山ゆっくり狩りというのは高度な隠密技能などを要しますので、
この域まで踏み込めるお兄さんの数はとても少ないのです。
 なにぶん危険が伴う現場ですので、先日など蛇九尊”軍曹”が谷底に転落して名誉
の戦死を遂げられたようなこともありました。
 彼らはある意味、命がけで山ゆっくりに魅せられた人々なのです。自らが自然の一
部に還っていく事すら厭わないのでしょう。



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最終更新:2022年05月21日 22:19