ゆっくりが、そう、人間の10歳児程度の知能があれば何か変わっただろうか。
答えは何も変わらない。
「人間の」外の世界ならまだしも、妖怪や宇宙人、天人や幽霊が闊歩するこの幻想郷で、
「人間の」という人間を基準とした評価はあまりに脆弱だった。
それも10歳児など人間の中でも弱い子供と同列ならば、それはこの世の中で何も持ち合わせないのと同じだった。

パチュリー・ノーレッジのような知識ならば害悪にも災厄にも打ち勝てよう。

このゆっくりれいむが持っていたのはそんな洗練されたものではない。
自分が薬物で知能を高められただけの被検体である事も知らない、愚かなゆっくりれいむだった。




「酷い?この実験がかしら?鈴仙、即刻この実験室から退室なさい。すぐに代わりの者をよこして、それから・・・そうしばらく下に出入りしなくて良いわ」
このゆっくりれいむを作った時に弟子と仲違した。
永琳もこれが何の意味も無い、虐待に近い実験だという事は知っている。
10歳児並に知能を引き上げたからと言って、このゆっくりれいむを何かの品評会に出すわけでもない。
死ぬためだけに知能を引き上げられたのだ。
しかし、知りたかったのだ。少しでも賢くなったゆっくりが自分たちをどう評価し、自分たちの行く末に何を思い。
どんな汚い言葉で自分に知能を与えたこの医者を罵り死んでいくかを。

「まったく悪趣味な実験」
八雲紫が背中の方で笑う。
「覗き趣味のあなたに言われたくないわ」
永琳の言葉は弟子との事があったせいか少し刺々しい。
「でも、面白い実験」
二人はゆっくりれいむを上から見ていた。
ゆっくりれいむは二人と自分は対等だと信じていた。


「はじめまして、れいむはれいむだよ。ゆっくりしていってね」
「驚いた。これがゆっくり?ここまでなるものなのね」
「おなまえをおしえてね。れいむちゃんとおぼえるよ」
「紫、八雲紫よ」
「ゆかりさん。うん、れいむゆっくりおぼえたよ」



永琳は兎に言って紫に椅子と飲み物を用意させる。
「気が利くのね」
「話し相手がいないからよ」
「弟子と仲直りすれば良いじゃない」
「お茶菓子も出るわよ」
「・・・弟子なんか放っておけば良いわ」

人口の光、人口の芝生、人口の風、人口の木々。
木陰にテーブルを置き、椅子で囲み、珈琲にたっぷりのミルクを入れる。
「いくつかしら?」
「そうね。あなたが教えてくれたら教えるわ」
永琳は不思議そうな顔をする。
「お砂糖、いくつかしら?」
「・・・二つ」
「あなたも私も歳なんて概念、もう無くなっちゃってるでしょ?」
「あなたの年齢には少し興味あるわ。でも、私のそれを教えるのは絶対に嫌」
紫はスコーンを摘み、口元に運ぶ。
「あら、美味しい」
「気に入ったのなら、追加を焼かせるわ。式神たちにも持って帰ってあげて」
「ええ、そうするわ。・・・追加が来るなら」

紫はゆっくりれいむを呼ぶ。
「ほら、お食べ」
「いいの?」
永琳もいいわよと許可する。
「ゆかりさん、ありがとう」
そう言って、ゆっくりれいむはスコーンにかぶりつく。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー」

「これは変わらないのね」
「知能が上がっても、別に本質が変化するわけじゃないわ」
「・・・この子みたいなのをもっと増やしてペットショップでも開けば?売れるわよ」
「そうするための薬があれば、人里に家が建つわ」
「嘘?!いくらしたのよ」
「それに適応できる個体も少ないわ。ショック死した個体が何匹いたか」
「上手くいかないものね」
カフェオレを一口飲み、紫が静かに言う。
「ゆっくりが幻想郷を滅ぼす可能性を考えた事があるかしら?」
「・・・そんな事態になれば、あの時、うちに殴りこんできた連中が黙ってはいないでしょ?」
「それでもよ」
「無いと言えば嘘になるわ。この子だってその検証の一環なんですもの・・・だから、わざわざ来たの?」
「ええ」


ゆっくりれいむはスコーンを食べ終わるとボールで遊びだす。
その様子を見て永琳は笑う。
「アレでは無理よ。せめて、私ぐらい。いいえ、力の無い分、私以上に知能が無いと」
「そう、安心したわ」
「ただ、アレがどこまで通用するかは計ってみたいわね」
「お菓子のお礼よ。手伝ってあげるわ。・・・ねぇ、れいむ、こっちに来てくれるかしら」


ゆっくりれいむはテーブルの上に置かれる。
これから何が始まるのかと問うと永琳は普段とは全く違う冷たい口調で「実験よ」と答えた。

テーブルの前の空間がぐにゃりと歪み、奇妙な隙間が開かれる。
その奥には森が写っている。森にはゆっくりれいむとゆっくりまりさがいる。

「いい。よく見るのよ」
永琳は相変わらず冷たい口調だ。

ゆっくりれいむ達は何か喋っている。
「調節するわ」
紫がそう言うと、急にゆっくりれいむ達の声が聞こえるようになった。

「どうしよう、ごはんがたりないよ」
「あそこにおやさいがいっぱいなってるよ」
「でも、にんげんがちかくにいるからあぶないよ」
「だいじょうぶだよ。まりさにまかせてね」

ゆっくりれいむ達は人間の畑に忍び込み野菜を食べる。

「れいむ、この子達をどう思う?」
紫が微笑む。
「だめだよ。ここはたぶんにんげんさんのはたけだよ。そこのものをかってにとっちゃどろぼうだよ」
「そうね。じゃあ、この子達はどうなるでしょー?」
「ゆ?えーっと・・・」
「正解VTRスタート」

野菜を食べていたゆっくりれいむ達がついに人間に見つかる。
「あ、こいつら。俺の畑のもんを!」
人間は鍬でゆっくりれいむを潰す。
「やめでよ!!ゆっくりあやまっでね!!」
「うるせぇ、お前ら人の野菜をパクパクと!!」
抗議したゆっくりまりさも同様に潰された。
畑に来ていたゆっくりれいむ達は全て殺されてしまった。

その映像を見せられているゆっくりれいむは涙を目に浮かべている。
「まぁ、妥当な所ね。もっと酷い殺され方をする場合もあるわ」
「で、でも、ころすことは」
「あなたは野菜を育てた事がある?」
「れいむはないよ」
「土を耕して毎日水をやって雑草を抜いて肥料を撒いて。あなたにできる?」
永琳が笑って紫の言葉に答える。
「できるわけないじゃない」
「・・・できないよ」
その後からゆっくりれいむも答える。

それからゆっくりれいむはありとあらゆるゆっくり達の行動を見せられた。
それもネガティブなものばかりを。ゆっくりまりさの一家が人間に捕まり切り刻まれる様を。
仲違したゆっくりの群のおぞましい同士討ちを。ゆっくりまりさが不注意から仲間を死に至らしめる所を。

「・・・」
ゆっくりれいむは言葉を失っていた。
自分と同じものがこれほど愚かな生き物なのかと。

「あなたの感想を聞きたいの」
永琳の冷ややかな声がする。
それを無視してゆっくりれいむはテーブルから飛び降りる。
「あら、自殺なんて高尚な事をするのね。これが回答かしら?」
「そうみたいね。紫、さきほどの質問だけれど」
「年齢の事かしら?」
「ゆっくりが幻想郷を滅ぼすって話よ」
「ああ」
「なまじ知能があっても駄目なようね」

永琳は兎を呼び、ゆっくりれいむを片付けさせ、追加のスコーンと珈琲を持ってこさせる。
カフェオレを一口飲んで、永琳が話し始める。
「幻想郷に鬼がいなくなった理由、あなたには釈迦に説法よね」
「ええ、あなたと違って見てきた者ですもの」
「妖怪から見てどう思うかは知らないけど。私からすれば人は正しい判断をしたわ」
「卑怯な手段であっても?」
「ええ、そもそも卑怯って言うのは努力を怠った敗北者が使う言葉よ」
「鬼が聞いたらどう思うかしら」
「ゆっくりにも人間のような・・・ハングリー精神とでも言うのかしら?そういうものがあれば、少しは違ってくると思うわ」
「あなた、科学者の癖におかしい事言うのね。精神論で埋まるほどゆっくりと私達にある溝は浅くないわ」
「・・・出来の良い弟子に影響されたのかもしれないわ」





八雲紫は焼きあがったばかりのスコーンをたくさん持って帰った。
永琳はそれを見送ると、てゐを呼びつけた。
「ビックリした。計画が露呈したのかと思った。てゐ、隠してたゆっくりまりさを出してきて。見つかったのが失敗作でよかった」
「そ、それが・・・」


八雲紫の手にはゆっくりまりさが抱えられていた。
「どうやったら人里を乗っとれると思う?」
その質問にすらすらとゆっくりまりさは答える。
それも妄言ではない。酷く現実的で実行可能な内容を。
「そう」
八雲紫はゆっくりまりさを殺した。


「厄介なのに目を付けられたわ。この実験の続行は無理ね・・・さて」
「どこいくんですか?」
永琳はお盆にカフェオレの入ったマグカップを二つ置く。
「仲直りよ。続行が無理ならせめて中止を私の提案にして、仲直りに利用させてもらうわー」
そう言って永琳は鈴仙の部屋に向かった。
「・・・転んでもただでは起きない」

















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最終更新:2022年04月14日 23:48