私は生まれつき目が見えなかった
その上、私の父は母と私を置いて出て行ってしまった
おかげで母は働き詰めだった
私はいつも一人家の中で何もせずにじっとしていた
時々歌を歌ったり、目が見えたらこの家がどんな風なのかを想像したり・・・
テーブルは?椅子は?タンスは?
きっと華やかではないが、落ち着いた感じの雰囲気の良い家だろう
お洒落さんを自認する母のことだからきっとそうに違いない

朝ごはんを食べ終えると母はすぐに仕事に出かけて行った
母が帰ってくるまで何もすることの無い退屈な一日
少し前までなら、泣きたくなるほどの退屈に身を委ねるしかなかった
けれど、最近は・・・母のいない時間もとても満たされていた

「おねーしゃん、ありしゅだよ!ゆっきゅちちていっちぇね!」

きっと満面の笑みを浮かべて元気な声で挨拶をする彼女はゆっくりありすの赤ちゃんだ
ゆっくりというのは人間のペットのとても可愛らしいパートナーのこと
とても弱くて、小さいから大きくて強い人間が守ってあげないといけないか弱い家族
母が私のために買ってきてくれたらしく、少し前から一緒に生活している
とてもお寝坊さんで、母が仕事に行ってからしばらくするまで起きて来ない
けれど、昼前には目を覚ましてこっちにやってくるので、私の日常は以前よりずっと充実していた
ありすと一緒に歌を歌ったり、柔らかい頬に触れたりして楽しいひと時を過ごす
すると、永遠にも感じられたはずの長い時間が嘘のように短く感じられた

「ゆゆっ!ありしゅはもうかえりゅね!」

そう言って別室へと跳ねてゆくありすの声は少し眠そうだ
ちょっと寂しかったけれど、わがままを言って彼女を引きとめるのは可哀想
だから私は「おやすみ」とだけ彼女に伝えて、母が帰ってくるまでの退屈な世界に戻った
しばらくすると母が仕事から帰ってきた
それからすぐに晩ごはんを食べ、眠くなったので母と一緒に眠りについた

翌日も、そのまた翌日も今日と変わらない日々が続いた
母と朝ごはんを食べて、ペットのありすと遊んで、母と晩ごはんを食べて、一緒に眠る
本当に単調で退屈にしか思えない日常
違う事と言えばありすと一緒にいる時の遊びの内容と、ごはんの味と、夢の内容くらい
だけど私はとても幸せだった

そんなある日、私はお医者さんに目を見えるようにする手術してもらえることになった
母は泣きながらお医者さんに感謝していて、珍しく早起きのありすもとても嬉しそうにしていた
私は嬉しさと、それと同じくらいの不安を胸に抱いていた
目が見えるってどんな感じなのだろうか?
見えた世界が期待と違っていたらどうしよう?
いろんな思いが駆け巡って行って、手術を躊躇っていた。けれど・・・

「おねーしゃん!ありしゅとおそちょであしょぼうにぇ!」

その一言で私は手術を受ける決心をした





術後、しばらくの間私の目には包帯が巻かれていて目を開けても真っ暗なだけだった
いつもと変わらない日常
いつものように母とごはんを食べて、ありすと遊んで・・・
たった一つ違うのは、いつかありすやお母さんの顔が見れるという期待感
お母さんはきっとリボンが似合う素敵なお母さんに違いない
そういえば、私はお母さんそっくりだって言っていた。自分の姿も見てみたいな
ありすは金髪の髪の毛が綺麗な都会派のゆっくりに違いない
何せ本人が「ありしゅのかみはとっちぇもゆっくちちてりゅよ!」といつも言っていたのだから

数日が経ちようやく包帯を取る日になった
はやる心を抑えて、お医者さんに包帯を取ってもらうのを待つ
お医者さんが包帯を丁寧に外してゆくたびに顔を圧迫していた包帯の圧力が弱くなるのを感じる
そして、その圧力をまったく感じなくなったとき、私はゆっくりと目を開いた
真っ先に彼女の視界に飛び込んできたものは・・・

「ゆゆっ!れいむのおぢびぢゃん!ゆっぐぢぢでいっでね!?」

涙で頬をくちゃくちゃにしながら満面の笑みを浮かべる傷と泥だらけのみすぼらしい大きなれいむだった
れいむのおちびちゃん?このれいむは何を言っているんだろうか?
私は思わずお医者さんと思しき大きな男性のそばに駆け寄って母の居場所を尋ねた
すると、お医者さんは・・・

「そこにいるれいむがお前のお母さんじゃないか」

にこやかな笑みを浮かべてそう答えた
そんなわけが無い、私は人間だよ。当然、そう抗議した
けれど・・・

「どほぢでぞんなごどいうのおおお!?」
「みゃみゃにしょんなこちょいうおねーしゃんはときゃいはじゃにゃいわ!」
「お前・・・そういうことか。でも、間違いなくそのれいむがお前の母親だよ」

そんな訳ないでしょ、いい加減にしないと怒るよ
そう言って頬を膨らませる私にお医者さんは「鏡って知ってるか?」と尋ねる
当然、それが何なのか知っていた私は胸を張って自分の姿を映すものだと答えた

「じゃ、この鏡を見れば納得するよね?」

そう言って地面に置かれた鏡にはさっきのれいむよりずいぶん小さい、ゆっくりれいむの姿が映されていた
その後、母に連れられて帰った家は公園の花壇に掘られた穴ぐらで、家具なんて上等なものは何一つ無く、別室もなかった
あのありすは私の目を治してくれたお医者さんのペットで、ゆっくりの私のペットであるはずが無かった
毎日食べていたごはんは雑草で、虫で・・・酷いときには土だった
だから・・・

「そうだよ!れいむはおかーさんにさらわれたんだよ!ほんとはにんげんさんのこどもなんだよ!」

お医者さんでも誰でもいい。とにかく助けてもらうために偽の母のいない隙に家を飛び出し、初めてみる広い世界へと飛び出した





「ありす、どうしてあの子と友達になったんだ?」
「だって、あんもゆっくちしゃん、おみぇみぇがみえにゃくてきゃわいしょーだったよ!」
「そうか、お前は優しいな」

打ちひしがれた子れいむと彼女に散々親じゃないと罵倒されて落ち込む親れいむの小さくなってゆく背中を見つめる
恐らく、親れいむは元々飼いゆっくりだったのだろう。そして、自分のことを人間だと思い込んでいたのだ
飼いゆっくりによく見られる思い込みだ
しかし、にんっしんっをしたことで飼い主に捨てられ、現在に至ると言ったところか
その後自身がゆっくりであることは受け入れたものの、子どもには人間だという思い込みが餡子を通じて遺伝してしまった

「さあ、ありす、おうちに帰ろうか」
「ゆっくちかえりゅよ!かえっちゃらおふりょにはいりゅよ!」
「・・・先にご飯にしないか?」
「だみぇよ!おふりょはれでぃーのたしなみにゃのよ!」

もしかしたらこいつも自分のことを人間だと思い込んでいるのかもしれない
首だけしかないナマモノのくせにどうしてそんな思い込みをするのか不思議でならないが
自分がゆっくりを連呼していることや、手も足も胴体も無いことに疑問を覚えないのだろうか?
人間より自分に近いゆっくりを目の当たりにしても、他の仲間が同じ家にいても人間だと思い込み続ける個体もいるらしいが・・・
餡子脳の考えることは分からん
けれど、ひとつだけ言えることがある

「なあ、ありす?」
「にゃあに、おにーしゃん?」
「お前は自分がゆっくりだって気づいているよな?」
「ゆゆっ!しょんにゃわけにゃいでしょ!?」

ちゃんと身の程は弁えさせてやるのが飼い主としての責任だろう


‐‐‐あとがき‐‐‐

かなり前に飼いゆっくりが人間だと思い込んでいる話を読みまして
その作品の設定の流用+餡子による記憶継承
を組み合わせた上で盲目という設定を重ね合わせたらこんな話になりました

正直なところ、盲目設定なしで胎生の赤ゆが生まれるや否や
「れいむのおちびちゃん、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくちちていっちぇね!で、誰てめぇ」
「お呼びじゃねえんだよ。れいみゅのおかーしゃんどきょ?」
「ゆっくりが人間さんにれいむのおちびちゃんとか・・・」
「「「「おお、おりょかおりょか」」」」
「ほおぢでぞんなごどいうのおおおお!?」

って展開でもさほど問題なかったことに今気づいた


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最終更新:2022年04月15日 23:36