「人殺しなんて、そんな物騒なこと……ダイバンの企画部長の私にできるわけがないでしょ」
名も知らぬ店舗の椅子に腰掛けながら、輝村極道は呟く。
着慣れたスーツやネクタイ革靴を見事に着こなし、革靴も濡らさないことで、立派な会社員のイメージを崩さないように気を付けながら。
「そりゃあ、昔から身体を動かしてきたし、不埒な輩から身を守る術は身に付けてきたよ? でも、未来ある若者の命を堂々と奪うような真似はしたくないなぁ」
周囲を見渡しながら、わざとらしく口にする。まるで、通話アプリで画面の向こう側にいる誰かと会話をするトーンだった。
(一見すると、監視カメラらしきものはない……でも、あの老婆は私の動向をリアルタイムで把握しているだろうな)
そして、周囲を注意深く見渡している。
この辺りに誰かが隠れている気配はゼロで、目を凝らしても小型のカメラと思われる機械は一台も設置されていない。だが、裏社会で生き続けてきた極道は、今も自分達を嘲笑う老婆の姿を脳裏に思い浮かべていた。
株式会社ダイバンの商品企画である輝村極道だが、それは表の顔。極道の正体は、社会から見捨てられた孤独な者たちの集合体である極道(ごくどう)だ。その極道のカリスマである“破壊の八極道”の1人として、多くの極道(ごくどう)から慕われる男が極道(きわみ)だった。
(私としたことが、油断したか……これでは他の者達に示しがつかないし、何よりも私の理想像からは程遠い。こんなザマでは地球の破壊など夢のまた夢だ……この借りは1億倍返しでも、生温いぞ)
溜息を吐きながらも、極道は静かな殺意を老婆に向けていた。
森嶋帆高と呼ばれた少年の命を奪うデスゲーム……未来ある無鉄砲な少年の命など、極道ならば確かに容易く奪い取れるだろうし、何よりも極道自身が奪った人間の命は数え切れない。
だが、わざわざあの老婆の言いなりになるのは気に入らなかった。
(あの老婆は私の正体を知っている……どんな方法を使ったのかは知らないが、私を拘束したことは事実だ。そして、私を反抗させない為の方法もいくつか持っているだろう。
例えば、私が殺人を犯す場面を録画して、強請るとかね)
気が付いた時には、極道は既に劇場で映画を見せられていた。
力づくで脱出しようにもビクともせず、挙句の果てにバトルロワイアルを強制されてしまう。昔、そのようなタイトルの大ヒット映画があった気がするが、それは置いておこう。
最大の問題は、極道自身が囚われた挙句に生殺与奪を握られてしまったことだ。
(万が一、私があの少年を殺して生き延びたとしよう。老婆はそれをネタに、私を脅迫できるはずだ。そうなっては、私が老婆の命を奪ったとしても、老婆の仲間が証拠をダイバンに流したら……私は一巻の終わりだな)
それこそが、極道にとって最大の懸念だった。
既に、あの老婆が圧倒的に有利な状況だ。そんな中で極道が力を発揮しては、その場面を動画にされてSNSにアップロードされるのがオチだ。生死に関係なく、輝村極道の社会的信頼は地に落ちてしまい、ダイバンと極道(ごくどう)の両方が潰れてしまう。
(何よりも、彼が……忍者(しのは)君が永遠に笑えなくなるはずだ。彼がいたら、きっと少年を助けようと動くだろう。孤独に街を彷徨った、帆高のことを)
極道の脳裏に思い浮かぶのは、最近できた友となった少年……多仲忍者だった。
一見すると不愛想だが、その胸には熱い炎が燃え上がっている。何故なら、極道と並ぶほどのプリオタであり、熱いプリ語りを何度も交わした程の仲だ。
笑うことができない忍者のため、極道は友になると決めた。そのおかげで、忍者とはかけがえのない時間を過ごすことができたし、その全てが極道にとって安らぎであった。
(忍者君がいなければ、私は彼らの死を受け止めきれなかっただろう。私には出来すぎた”仲間”である彼らのためには、私自身が真っすぐに進まなければいけない……そう教えてくれたのは、他ならぬ忍者君だからね)
夢澤恒星も殺島飛露鬼も、忍者(にんじゃ)との殺し合いの果てに散った。
そんな時ですらも、家庭環境ととある事故のせいで”感情”が理解できなくなり、二人の喪失でも心が動かなかった。だけど、忍者のおかげで前に進むことができている。
忍者がいなければ、例えようもない喪失感を抱えたまま、宿敵との戦いに赴くことになっていた。
「帆高君、見ていてとても心配だから私が守ってあげないとね。この社会は、私の友達みたいな優しい大人ばかりじゃない……君を食い物にしようとする悪い大人もたくさんいるんだ」
ここにいない帆高に諭すように、極道は独り言を口にした。
映画の中で帆高は無謀にも東京に飛び出して、天野陽菜という少女と出会い、その果てに消えてしまった陽菜を取り戻す為にたった一人で走り出した。今もなお、帆高は陽菜の為にどこかを走り続けているはずだ。
そんな帆高の姿は、多くの人には尊く見える一方で、嫌悪の対象としか眺めない大人もいるはずだ。もちろん、陽菜をエサにして帆高を釣ろうとする大人も多い。
相変わらず極道の心は動かないが、帆高を支えたいと願う人間が現れることは理解できる。
「でも、私がいれば大丈夫。私が君の助けとなろう」
フラッシュ☆プリンセスにて屈指の人気を誇るダークヒロイン・ヒース様の信念を真似るように、極道は立った。
世界から見捨てられ、孤独に忘れ去られた者達のためにヒース様は戦い続けた。帆高と陽菜もまた、世界に疎まれてしまった少年少女達だ。ヒース様ならば、そんな二人にも手を差し伸べる。
――本当の親みたくよくしてくれた人が死んで…
――オレ…酒で…このつれえ気持ち洗い流せたらなあって思って――…
あの日、行きつけの居酒屋にて涙を流した忍者の姿を、唐突に思い出した。
今の帆高もまた、忍者のようになりかけている。このままでは、大切な人を失うという不安や恐怖と戦いながら、陽菜と巡り会うことだけを考えて走り続けているだろう。
帆高は故郷を飛び出し、陽菜は家族を失って、その果てに疑似的な家族であろうとした。当然、帆高達に生活能力があるはずがなく、近いうちに破綻する運命にあった。
映画では忌々しい警察(サツ)が現れたものの、その介入がなければ帆高達を救えなかったことも事実。今回ばかりは、極道と言えども警察(サツ)の判断を肯定する。
「待っていてくれ、帆高君。私が君の元に駆けつけるから、死ぬんじゃないぞ……!」
今もどこかで走っている帆高に想いを寄せながら、極道もまた動く。
まずは財布から紙幣を取り出して、店に用意された大人用の傘を二本ほど拝借した。「おつりは結構です」という、独り言と共に。
もちろん、窃盗罪に問われかねないし、今の極道の行為は立派な犯罪だ。だが、今回は状況が状況であり、そもそも極道自身が誘拐及び監禁の被害に遭っている。故に、老婆とは司法で徹底的に戦う覚悟もあった。
また、帆高を守る過程において危険人物と遭遇しても、正当防衛の範囲内で戦うつもりでいる。極道(ごくどう)として長きに渡る戦いを経てきたから、無力化させるだけの戦いも充分に可能だ。
無論、必要性と相当性が認められるには、相手に対する過剰な攻撃は許されない。骨は折れるが、今後のためには必要だ。
その果てに、あの老婆達は始末するつもりだ。
(忍者君……安心してくれ。私は、帆高君を見捨てるような真似はしない。彼も、君の良き友になれるはずだから)
極道は友に想いを寄せる。
友と認めた少年に、大きな秘密を秘めていることに気付かないまま……
「そういえば、あの映画の中に出てきたコスプレイヤーたち……彼女達も、やけに存在感を放っていたな。黒と白のコスチュームを纏ったヒロインは、何者なんだろう?」
【輝村極道@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3、大人用の傘×2
[思考・状況]基本方針:森嶋帆高を守り、老婆達を始末する。
1:まずは帆高君を探し、そして保護する。
2:帆高を守るために戦うが、今は正当防衛が成立する範囲内で。
最終更新:2021年01月30日 08:24