「神子柴ァ...」

ギリリ、と歯を噛み締める。
彼女は怒っていた。その身を濡らす雨でさえ彼女の熱を冷ますことができないほどに。
その身に刻まれた痛みと絶望に。なにより、あの外道がやろうとしていることを考えればもう怒る他なかった。
彼女は時女静香の母。セレモニーにて死に、再び蘇らせられた参加者である。

(わかってんのよ...あんたが私をどうして蘇らせて、あまつさえ参加させたのかは!)

恐らく、自分が素直に従うとは露ほども思っていないだろう。
奴はこう考えるはずだ。『いい機会だ。蘇生の奇跡が真実であることを知らしめてもらおう』と。
奇跡の存在を実感してもらえればこの腐った催しに従う人間が増えるのを狙っているに違いない。
だが、彼女は神子柴の行使する『奇跡』の正体を知っている。
その正体は、『久兵衛』様との契約により生まれ変わる『巫(かんなぎ)』。
久兵衛様は少女の魂を捧げるのと引き換えに、悪鬼と戦うための力を捧げてくれる。
しかし、巫はその代償として、魂の穢れを祓い続けなければいずれは悪鬼に変わってしまう。
恐らく、神子柴はこのシステムを使い奇跡をこの世に下ろしているのだろう。
許せない。願いなど叶えさせるわけにはいかない。


ではその認識の拡大を抑えるにはどうすればいいか―――この命を今すぐに断ち、「実は生き返っていなかった」ことにすればいいのだが、生憎とあんな外道になんの報いも与えられず死ねるほど殊勝なタチではない。
それに、あの蘇生だけで奇跡を信じてしまった人間にはもうどうしようもない。他者を犠牲にしてでも叶えたい願いというものは理屈で止められるものではないのだから。
ならば、犠牲者が出る前にあの悪鬼を叩き斬ってやるだけだ。

(その為にはあの二人...帆高くんと陽菜ちゃんは会わせる訳にはいかないわね)

彼らが出会えば参加者たちは死に絶える。あの映像から、帆高が向こう見ずな性格であるのは伺えるが、冷静ささえ保つことが出来れば無理に会おうとはしないだろう。
だが、制限時間が二日というのが枷になる。
二日、と聞けば長く思えるかもしれない。だが、知り合いがいるかもわからず、且つ備えもロクにない状況で果たしてどれだけの信頼を築け準備を整えられるだろうか。
最初の一日目はまだいいかもしれない。だが、二日目ともなれば帆高も参加者も気が気でなくなってもおかしくない。
帆高は死の恐怖から、参加者は殺し合いを終わらせるために争いが始まるのも容易に想像できる。

やはり帆高の確保は早急に執り行うべきだろう。
ようやく思考が落ち着いてきた静香の母は、ひとまず雨宿りしようと傍の建物の戸に手をかけたその時だ。

(誰か、いる)

気配がした。戸の向こう側に、恐らく参加者であろう気配が。
相手もこちらに気づいていたのか、警戒の色が濃くなっている。恐怖に怯える一般人ではない。敵ならば容赦はしないという、戦士でしか放ちえない凍てつくような殺気を。

(どうしようかしら)

相手が自分と同じく神子柴への反旗を考えている者ならばいい。だが、もしも願いを叶える為に奴へ従おうとする者だったら?
自分が立ち止まったことから、恐らく相手も気づかれていることを察している。それでも声をかけてこないということは、こちらを測っているのだろう。

(このまま止まってても埒が明かないわね)

ふぅ、と息を吐き、腹を括る。
こういう時は当たって砕けろというやつだ。

「この声に聞き覚えがあるでしょう?私は神子柴に殺され、そして蘇らせられた女。当然、私はあいつを討つつもりでいるわ。私に協力―――いえ、話を聞く意思があれば中に入るのを許してほしい。ダメならこのまま去ろうと思う」

正々堂々の反逆宣言。隠し事をする柄でもないし、これでも敵意を収められなければそれまでだ。
果たして、答えはほどなく返ってきた。

「あいわかった。ご無礼、どうかお許しを」

敵意を収めた快い返答に、静香の母は肩の荷がひとつ降りた気持ちになった。


(いやはや...全く奇怪なこともあるじゃない)

長い青の髪を後ろに束ね、痩身でありながら無駄なく引き締まった筋肉を白の着物から覘かせる漢、ヤクトワルトは静香の母と情報を交換しながら思った。
ヤマトを治める帝の没後から始まった長きに渡る戦いが終わり、生き残った仲間たちが各々の歩む道を見つけたのと同様に、彼もまた養女シノノンと共に新たな帝・アンジュの補佐にまわり平穏な日々を過ごしていた。
それが気づけば妙な映像を見せられ、これまた妙な老婆に殺し合いという名の人間狩りを命じられ、そして最初に出会った参加者が見せしめとして殺された女だ。
数多の戦場を渡り歩いき死線を潜ってきた彼でも困惑を抱かずにはいられなかった。

(しかしまあ、理不尽な状況なんてのはいつものことじゃない)

思い返せば今までの戦いは想像も及ばぬ理不尽塗れだった。
シノノンを人質にとられたこともあった。
人の身で戦うことを想定されていない巨大獣、ガウンジに退路と進路を挟まれたこともあった。
かつての友と戦うハメになったこともあった。
幾万の軍勢に少数で立ち向かうことを余儀なくされることもあった。
剣で切れない異形の軍勢に進路も退路も塞がれひたすら持久戦に臨んだこともあった。
腕の一振りで家屋を粉砕する怪物と戦ったこともあった。
神の如き力を宿し暴走する仲間を連れ戻す為に戦ったこともあった。

この催しもまたこれまでの戦いの一つと思えば、恐怖もさほど湧いてはこなかった。

「それで、ええと...静香の母...面倒だし姉御でいいかい?」
「ええ。私もイチイチ静香の母と呼ばれるのもなんかむず痒いし」

不思議なことに、静香の母は己の本望を名乗ることが出来なかった。
口頭で伝えようものなら、口元がぼやけ声にもノイズが走りヤクトワルトに届かず。
では筆談でと紙に文字を書いてもやはりモザイクがかかり解読できず。
仕方なしに、彼女のルール説明書に記載されていた『時女静香の母と名乗ることのみ赦す』というルールに従い、静香の母と名乗る他なかった。
この措置になんの意味があるかは分からないが、二人はもうそういうものだと割り切り話を続ける。

「ヤクトワルトさん。協力してくれるのは嬉しいけど、本当にいいの?」

静香の母は、ヤクトワルトが間も置かずに共闘に賛同してくれたのが気がかりだった。
この殺し合いはただの殺し合いに非ず。奴の言う通り、殺すのが嫌であれば我関せずと隠れていれば生還できる可能性もある。
神子柴に逆らえば首が飛ばされるのは実証済みだが、それでもああもあっさり助力を受け入れたのは何故か。

「そうさなあ。理由は色々とあるが―――あんな外道にいい様にされて黙っちゃいられねえタチなのと、あんたが気に入ったからってのが主な理由だ」

ヤクトワルトはニヤリと笑みを浮かべる。

「一遍殺されてからもめげずに歯向かうなんざ、そんじょそこらのヤツにはできやしねえ。その度胸に惚れ込んだのさ」
「あらやだ。おばさんをからかってもなにも出ないわよ」
「謙遜するこたあねえよ。ウチのシノノンもあんたみてえなイイ女になって欲しいと思うんだからよ。それに」

ケラケラと二人が談笑する中、ヤクトワルトは目を細めて回顧する。

「奇跡ってのは、そうそう起きないから眩しいってもんじゃない」

『ヤクトワルトォ!』

ヤクトワルトの思い返す奇跡。それは、ハクの死により大神(ウィツアルネミテア)の力を解放してしまい暴走状態に陥ったクオンとの闘いの時。
彼女の放つ遣いの猛攻に、仲間たちがみな傷つき疲弊し、遂にその刃が幼き命を断たんとしたその時だった。
彼―――ハクは帰ってきた。皆の奮闘を、クオンの声にならぬ叫びを受けて。
クオンを呪縛から救い、戦いを終えた後に消えてしまったことからして、幻だったと思う者もいるだろう。
しかし、確かに彼はネコネへの凶刃を防ぎ、仲間たち一人一人に呼びかけ、共に背中を預け、肩を並べ、クオンを連れ戻した。
その勇姿を。温もりを疑うことはなかった。間違いなく、あれはハクが掴み取った束の間の奇跡だと。

なればこそ、あの輝きをくすませるようなモノには微塵も興味が無かった。
奇跡を掴み取ろうとする少年―――森嶋帆高を玩具にするような老婆の戯言など聞く耳ももたなかった。

「なにか意味深な言葉ね。思い当たることでもあるのかしら」
「まあな。そこはおいおい話そうじゃない。全て終わったら、いい酒とつまみを肴にしてな」
「それいいわね。楽しみにしてるわ。あなたほどの漢が入れ込む奇跡の話を」
「おうよ。んじゃまあ、そろそろいくとするじゃない」

二人は荷物を纏め、家屋を後にする。
雨は未だに止まず先行きすら見えぬが、しかし彼らの歩みには一寸の淀みもなかった。




【時女静香の母@マギアレコード】
[状態]健康
[装備]宇髄天元の日輪刀@鬼滅の刃
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~2
[行動方針]
基本方針:神子柴を斬る。
0:ヤクトワルトと共に、神子柴へ反旗を翻す者たちを募る。
1:帆高は見つけ次第確保する(殺しはしない)

※参戦時期はマギアレコードのサイドストーリー『深碧の巫女』終了後です。
※制限により本名は名乗れず『時女静香の母(若しくは静香の母)』としか名乗れません。本名を名乗っても口元にノイズが走り相手には一切聞こえず読唇術でも読み取れません(筆談も同様)。

【ヤクトワルト@うたわれるもの 二人の白皇】
[状態]健康
[装備]無限刃@るろうに剣心
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~2
[行動方針]
基本方針:神子柴を斬る。
0:静香の母と共に、神子柴へ反旗を翻す者たちを募る。
1:帆高は見つけ次第確保する(最悪、殺すことも辞さない)。

※参戦時期はゲーム本編終了後です。
最終更新:2021年02月01日 17:59