「あたしはヒーローですから、こんな殺し合いは絶対に認めませんーーーー!!」

 雨空の下、小宮果穂は傘を手にしながら全力で叫ぶ。
 283プロに所属するヒーローアイドルにして、全力系アイドルユニット・放課後クライマックスガールズのリーダーである果穂は、特撮ヒーローが大好きな小学6年生だ。
 毎週、特撮ヒーロー番組を欠かさず視聴しており、最近のお気に入りは『ジャスティスV(ファイブ)』の主人公・ジャスティスレッドである。人類の守護者たるジャスティスレッドに憧れて、ヒーローみたいなアイドルを目指す果穂が殺し合いなど認める訳がない。

「おばあさん! あなたが何を考えて、あたし達にこんな酷いことをさせているのかは知りません! ですが、あたしのやるべきことはたった一つです!」

 果穂は大きく胸を張って宣言する。

「お父さんとお母さんは、あたしのことを心から信じてくれました!」

 声量はもちろん、小学6年生女子の平均身長を上回る背丈も加わって、その言霊には大きな力が凝縮されていた。

「夏葉さんも! ちょこ先輩も! 樹里ちゃんも! 凛世さんも! プロデューサーさん達283プロの皆さんも、あたしのことを信じてくれました! だから、あたしはみんなの期待を裏切らない為にも、森嶋帆高さんを絶対に助けてみせますッ!」

 一切の嘘偽りのない果穂の叫びは、湿った空気を吹き飛ばしそうな程に大きい。
 謎のおばあさんによって映画を見せつけられてから、森嶋帆高というお兄さんを捕まえろと命令された。捕まえた暁にはどんな願いでも叶えると言われたけど、とても信じられない。
 何故なら、古今東西多くの特撮番組では、人の悩みを利用して悪事を働く怪人がいくらでも出てきたからだ。怪人の言葉に惑わされたことで生まれた不幸も数え切れない。
 実際に、人の命を蘇生させる場面を見せつけられても、果穂が殺し合いに乗る理由はなかった。

「私も、果穂ちゃんと同じだよっ! 今まで、Aqoursの高海千歌として輝き続けたように……自分に嘘をつかない為にも、輝き続ける!」

 そして、果穂の隣で叫ぶ少女がもう一人。
 彼女の名前は高海千歌。沼津の浦の星女学院にて設立されたスクールアイドル・Aqoursのリーダーであり、果穂にとって最初の仲間だった。

「私……高海千歌は輝きたい! 果穂ちゃんと一緒に、森嶋帆高さんを助けてみせる!」

 千歌の叫びは、果穂の胸に響く。
 雨に濡れた街に放り込まれた矢先、果穂が最初に出会ったのは前向きで行動力に溢れた千歌だ。
 彼女は微笑みと共に果穂の手を優しく包んでくれた。そのぬくもりがあったからこそ、雨の中でも震えずに済んだ。
 だからこそ、今もこうして宣戦布告ができている。

「あたしはーー!」
「私はーー!」

「「みんなを笑顔にする、アイドルだからっ!」」

 そして、二人の叫びは重なった。
 生まれ育ちや、所属ユニットが違えども、その志は変わらない。街を飲み込む陰鬱とした風と空気をものともせずに、果穂と千歌はアイドルで居続けていた。

「……こりゃまた、ずいぶんと可愛らしいヒーローさん達だね」

 パチ、パチ、パチ……乾いた拍手と共に、男の声が聞こえてくる。

「だ、誰ですか!?」

 果穂は振り返る。
 そこには、果穂や千歌はもちろん、夏葉やプロデューサーよりも背丈の高い男が不敵な笑みと共に立っていた。ハリネズミのように逆立った髪と、見事に着こなされたスーツの黒によって、「デキる大人」という印象を与えてしまう。
 輪郭や鼻筋も整い、目つきこそはやや垂れているものの、見事にイケメンだった。

(こ、この眼力! どんな人でも魅了させそうですが……油断できません!)

 だけど、果穂は現れた男を前に身構える。
 男の瞳は怪しい輝きを放っていて、油断すれば吸い込まれそうな雰囲気を醸していた。
 一見すると優しそうに見えても、実は悪人だったキャラクターは特撮ヒーロー番組には珍しくない。
 何よりも、知らない人に声をかけられてもついて行くのはダメ。この状況なら尚更だ。

「この状況なのに、しっかりしてるねぇと感心しただけさ。オレに敵意はないよ」
「そうでしょうか? そう言って、私達を油断させることだって、できるはずです」

 果穂を庇うように、千歌は一歩前に出た。
 先程までの明るい雰囲気とは打って変わり、真摯な目つきで男を見つめている。

「悪ィ悪ィ! 嬢チャン達の言うトーリだ! けど、嬢チャン達が叫んでいる間に、オレが襲いかかることだってできただろ? でも、オレはそうしてねぇ……それが答えじゃないのか?」

 そして、男は自分のバッグを足元に起きながら、両腕を掲げた。
 彼の言葉も一理ある。本当に彼が悪人であれば、叫んでいる間に二人とも狙われていたはずだ。

「安心しな。オレぁ”少女(ミセーネン)”に興味ねーし、条例違反はマジ勘弁だ。嬢チャン達も、オレみてーなオジサンは守備範囲外だろぉ?」
「……一体、何者なんですか?」
「オレか? オレぁ、ただの”大人”さ……どこにでもいる、何の変哲もない”大人”さ。よろしくぅ」

 千歌の問いかけに対して、現れた男は意味深なウインクで答えた。




 元暴走師団『聖華天』の初代総長にして、90年代に日本の全暴走族から”暴走族神(ゾクガミ)”と崇められ……”破壊の八極道”の一人にまで登りつめた男が殺島飛露鬼だった。
 退屈な”大人”の日常を破壊する為、悪童(ガキ)に戻りたかった5万人の暴走族を率いて、社会と……そして宿敵忍者(にんじゃ)に宣戦布告した。
 そして、帝都高での暴走の最中に出会った忍者(にんじゃ)と一騎打ちをし、殺島は完膚なきまで負けた。

(オレは……地獄に行くことも許されねえのか? いや、この世界こそが地獄みてーなものか)

 だけど、気が付いたらこんな奇妙な状況になっていた。
 少年少女の甘酸っぱい青春物語が描かれた映画を見せつけられたと思いきや、山場を迎えた所で終わってしまい、妙な老婆から殺し合いを突き付けられてしまう。
 そして、これはまた奇妙な格好をした女が怪物を蹴散らしたと思いきや、その首が吹き飛ばされた。だが、次の瞬間には女は命を取り戻している。

 ーーこんな、道理をこえたことも可能じゃ。どうしても願いを叶えたい者は是非とも参加してもらいたいのう

 そんな老婆の言葉が、殺島の心を大きく揺さぶった。
 どんな願いでも叶う……死者蘇生をこの目で見せつけられては、信じるしかないだろう。
 当然、殺島が世界でたった一人だけ心から愛した娘……花奈の命だって、取り戻すことができるはずだ。

 ――パパ

 忍者との一騎打ちに負けた直後、殺島の目の前には二つの階段が用意されていた。
 光り輝く天国への階段と、闇に覆われた地獄への階段。天国への階段からは、花奈の声が確かに聞こえてきた。
 花奈の声に心が動き、一歩前に踏み出そうとした瞬間に、殺し合いに巻き込まれてしまう。正直、勝手に生き返らせられたことは迷惑極まりないが、こうなった以上は話は別だ。
 ちゃんとした”大人”になれなかったせいで、守れなかった花奈を救うことができる。
 ちゃんとした”大人”になれなかったせいで、殺されてしまった花奈に幸せな人生を歩かせることができる。
 その後は、花奈の安全も保障させて、ちゃんとした”大人”になれなかった殺島は一人孤独に死ねばいい。そんな決意を静かに固めた途端、雨に濡れた街に放り込まれた。


 森嶋帆高というガキを捕らえれば、その時点でゲームクリアだ。生死に関係ないなら、簡単なはず。あんなガキの一人や二人、殺島にとって敵ではない。
 そう思った矢先、二人の少女の叫びが耳に届いた。あまりにも無防備で、自分達を標的にしてくださいと言っているようなもの。
 だが、二人のデイバッグに何かマシな道具があるかもしれない。故に、殺島は少女たちの命を奪おうとしたが……

「お父さんとお母さんは、あたしのことを心から信じてくれました!」

 ーーパパ

 少女の叫びと、花奈の呼びかけが重なってしまい、手が止まってしまった。

 ーーパパ……花奈のお願い。
 ーーママとずっとずっと…仲良くしてね。

 そして、殺島の脳裏に浮かび上がったのは、花奈の笑顔と優しい約束だった。
 ふと、花奈とおそろいの”腕輪(ブレス)”が目に飛び込んでくる。フラッシュ☆プリンセスという、花奈が大好きなアニメに登場した安価(チャチ)な玩具だが、殺島にとっては世界で唯一の宝物だった。
 花奈は心優しい娘だ。なんでも出来て、なんにでもなれる可能性を秘めていた。
 もしも、二人の少女達と同じ年頃になれば、素敵な友達に囲まれていたはずだ。

(……そうだよな。こんなことで、生き返っても……花奈は喜ばねえよな)

 これまで数え切れない程の命を奪い続けた。
 その中には、平穏な日常を過ごしていた家族も含まれているだろう。彼らまたは彼女らの、暖かな日々を踏み躙ってきた。
 もちろん、良心の呵責はないし、そんな殊勝な心がけがあれば最初から暴走族を率いたりなどしない。我が物顔で暴れることに何の葛藤もしなかった。
 だけど……今は少女達の命を奪うことができなかった。

(悪ィことをしたら、責任取んねーといけねぇ……あの二人を、守ってって言いたいんだろ? 花奈)

 花奈が残した「パパだいすき」というメッセージが、そう訴えているように錯覚する。
 天国の花奈に会うことができなければ、聖華天の奴らと地獄の底へ突っ走ることもできない。”暴走(ユメ)”の中に逃げることも許されなかった。
 花奈が死ぬきっかけを作った忍者(にんじゃ)は今も許せねぇ。この街のどこかに忍者(にんじゃ)がいたら、この手で殺してやらなければ気が済まない。
 それ以上に、かつて”大人”になろうとした自分自身が、心の底で何かを訴えているのを感じていた。

(ハハッ……オレってば、いつの間にこんなセンチになっちまったんだ? 負け犬にもなれねえ、こんなオレがよ……情けねえよ……)

 自嘲するものの、悪くはないと思ってしまう。
 ただ、花奈を殺人の言い訳に利用せずに済んだことに、安堵を抱いていた。

(悪ぃ、オメーラ。地獄の底に出発はまだかかりそうだ……先に、やらなきゃいけねーことができたからよ)

 殺島を神と慕ってくれた聖華天の連中に、確かな想いを寄せて。
 そして、何かに導かれるように、殺島は二人の前に立った。




「殺島飛露鬼さん……凄いお名前ですね!」
「でしょ~? 昔から、よく言われちゃうよ! それを言ったら果穂ちゃんだって、いいお名前じゃん?」

 誰もいないカフェにて、小宮果穂は目を輝かせていた。
 殺島飛露鬼という名前の男の人は、本人の背丈も相まって強そうな印象を与えてしまう。

「殺島さんはとっても背が高いですけど、スポーツとかやっていたのですか?」
「おぉ? 千歌っちは鋭いねえ! その通りさ……オレは過去に色んな武術を嗜んでいたんだぜ?」

 そして、千歌も殺島に対する警戒を解いている。
 殺島のフレンドリーさも相まって、楽しく会話できるまでに時間が必要なかった。

「ん……?」

 そんな中、殺島に対する果穂の目つきが変わる。

「どうしたの? 果穂ちゃん」
「殺島さん、可愛いアクセサリーを付けていますね!」
「あぁ、これか。これはな……オレにとって大切な宝物さ。愛する娘からの、贈り物さ」
「娘さん!? じゃあ、殺島さんはお父さんなのですか!? すごいです~!」
「そう。オレはお父さん……だったんだ」
「えっ? お父さん、だった……?」

 その瞬間、部屋の空気が一気に重くなってしまう。
 今、触れてはいけないものに触れてしまったことを察したが、もう遅い。
 殺島も笑顔を保っていても、瞳は暗くなってしまう。

「オレが世界でたった一人愛した娘さ。花奈は、とても可愛かった自慢の娘……二人にも会わせてやりたかったぜぇ?
 けどよぉ……オレは花奈を守れなかった……亡くなったのさ」
「ご、ごめんなさい! 殺島さん! そうとは知らずに、あたしは……!」
「別にいいって」

 淡々と告げる殺島を前に、果穂は涙ながらに謝罪する。

「……さっき、オレはどこにでもいる”大人”と言ったけどよぉ、本当のオレはそうじゃない。惨めで情けない、ただのクソガキなのさ。
 ”大人”だったら、愛する娘も守ってやれた。それもできないオレは……」
「違いますっ!」

 殺島の自嘲を遮るように、千歌は大声で叫ぶ。
 突然の声に目を見開く殺島を前に、千歌は真摯な表情を浮かべていた。

「殺島さんは、惨めでも情けなくもありません! そんなことを言ったら、私なんてバカチカです!
 勉強が苦手で、下っ端で、志満姉や美渡姉を呆れさせて、いっつも周りに迷惑をかけてばかりでした!
 でも、殺島さんはこんな私を笑っていませんし、果穂ちゃんのことも褒めてくれました!
 だから、殺島さんは立派な”大人”です!」

 言葉が紡がれる度に、千歌の瞳からは涙が滲み出ていた。不器用ながらも、殺島の悲しみに寄り添おうとしているように。

「……あたしも、千歌さんと同じ気持ちですっ!」

 千歌の思いやりに後押しされて、果穂もまた叫ぶ。

「あたしにとっても、殺島さんは充分に”大人”ですよ!
 今だって、あたしみたいな子どもを見守ってくれているじゃないですか! それに、あたし達とこうしてお話もしてくれています!
 だから、殺島さんは立派な”大人”ですし……あたし達のスーパーヒーローです!
 もしも、殺島さんに何か酷いことを言ってくる人がいたら、あたしが力になります! あたしが、殺島さんが立派な”大人”ってことを証明させてみせますからっ!」

 果穂は必死に言葉を紡ぐ。
 まるで、砕け散ったガラスの破片を、一枚残さず拾うように……殺島という男の心を、少しずつ救おうという意志を込めて。

「あたしだけじゃ、頼りないかもしれませんっ! 
 でもっ! あたしには頼れる人達がいっぱいいます! 283プロのプロデューサーさんや、放課後クライマックスガールズの皆さん……それにあたしのお父さんやお母さんも、みんな殺島さんの味方になってくれます!
 あたしみたいな、子どもが……何を言ってるんだと、殺島さんは思うかもしれませんッ! ヒーローなのに……アイドルなのに……何を言えばいいのかわからなくて……気の利いたことを言えなくて、本当にごめんなさいっ!
 でも、あたしは……殺島さんを助けたいんですっ! だからっ……だからっ……!」

 やがて、嗚咽を漏らしてしまい、果穂の口からまともな言葉が出てこなくなる。
 果穂と千歌には、殺島の悲しみや絶望を理解することができない。愛する娘を失った彼を救う言葉を、果穂と千歌は持っていない。
 それでも、果穂と千歌は殺島を支えたいと思っていた。

「だ、だがらっ……! やじまざんも……! えぐっ、ひぐっ……!
 あ、あだじに……っ! あだじに、何でも……! うぐっ……えぐっ……!」
「が、がぼぢゃん……! お、おしぼりで……! がおを、ふぎなよっ……!」
「う、ううっ……ず、ずみまぜん……ぢがざんっ……!」

 おしぼりを手に、果穂と千歌はぐしゃぐしゃになった顔を拭く。
 そんな二人に殺島は呆気に取られてしまうが、次の瞬間には笑みを浮かべた。

「……オレとしたことが、二人を泣かせちゃうなんてな。マジでごめんな」
「や、やじまざんの、せいじゃありまぜん……! あ、あたしが……あたしが無神経なことを言ったから……!」
「マジで大ジョーブ。むしろ、二人を見ていたら、思い出しちまったよ……オレや花奈の為に泣いてくれた奴らのことをよ」

 果穂と千歌を諭すように、殺島は微笑む。その姿は、落ち込んだ娘を励ましてくれる優しい父親そのものだった。

「今は思いっきり泣きな……子供は泣くことも仕事だろ? オレも、もう少しだけ”大人”になってみるからさ」
「や、やじまざん……!」
「う、ううぅぅっ……!」

 そのまま、思いっきり泣く果穂と千歌に、殺島は最高の笑顔を見せていた。
 未だに外で降り続ける雨のように、二人のアイドルは泣いた。まるで、悲しみを洗い流そうとするように。
 そして、アイドルを見守る一人の”大人”は、久しく忘れていた感情を思い出していた。


 大人になって、子供を守ることが……とても幸せだったことを。



【小宮果穂@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:正義のヒーローとしてこの殺し合いを認めません!
1:千歌さんや殺島さんと一緒に頑張ります!

【高海千歌@ラブライブ!サンシャイン!!】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:自分に嘘をつかない為にも、殺し合いを認めない!
1:果穂ちゃんや殺島さんと一緒に頑張る!
※少なくとも、Aqoursのメンバーが全員揃ってからの参戦です。

【殺島飛露鬼@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:拳銃×2@忍者と極道
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2、花奈とおそろいの”腕輪(ブレス)”@忍者と極道
[思考・状況]基本方針:責任を取るため、もう少しだけ”大人”になる。
1:花奈の為にも、果穂と千歌の二人を守る。
2:帆高については……?
※忍者との一騎打ちに敗れ、天国への階段を登ろうとした直前からの参戦です。

【花奈とおそろいの”腕輪(ブレス)”@忍者と極道】
殺島飛露鬼が愛娘の花奈から貰ったプレゼント。
人気アニメフラッシュ☆プリンセスの玩具で、「パパだいすき」というメッセージが書かれている。
最終更新:2021年02月05日 17:45