雨と民俗学というものは、到底切り離して考えられるものではない。
雨が続けば川は氾濫し、土地は崩れる。だからといって、雨が降らなければ作物は育たない。バランスが大事なのである。
そして。古来より人間は供物を捧げ、神仏に祈りを捧げ、日乞いや雨乞いといった願いを込めた。
人智だけではどうしようもない天候というものに対する人間の考え方は多種多様であり、民俗学の研究において、取っ掛かりともいうべき項目である。
「とはいえ。傘も差さずに雨の中を出歩くことは、やっぱり人体にとって良くないことだけどネ」
そんなことを呟きながら、雨宿り先の建物を見つけたロングヘアーの男。軍服を思わせるようなカーキ色の制服を身に纏い、両手にはぐるぐる巻きの包帯。そして、口元を隠すように、チャックのついた黒いマスク。
彼は、名を真宮寺是清。〈超高校級の民俗学者〉と呼ばれる男だ。
是清が記憶している限り、自身は元々、才囚学園という檻の中に居た。モノクマ(及びモノクマーズ)と名乗る不吉なヌイグルミによって、コロシアイ共同生活などという狂ったゲームに参加させられていた。
コロシアイは、二度に渡って起きた。いずれも高貴な使命を持って起こした、美しさすら感じられる事件であった。
そして。気が付けば彼は、映画館の中に居た。
新たなモノクマの動機か。最初はそう思っていたが、何か様子がおかしい。
首謀者が操っていたであろうモノクマの姿はなく、これまでとはルールの異なるコロシアイ……いや、殺し合い。
ひとまず状況を一旦整理した方が良いだろうと考え、落ち着ける場所を探し……現在に至る。
「……おや?」
中に居た、黒髪の少女──学生服であるところを見るに、彼女も学生であろう──と目が合う。
どうやら先客が居たらしい。
♪ ♪
「……ところで、設備って勝手に使っていいんでしょうか」
「まあ、いいんじゃないかな。店主も他の客も姿が見えないし……それに、状況が状況だからサ」
「では、とりあえず温かい飲み物……コーヒーでも淹れますね」
「ありがたく頂くヨ」
自己紹介を済ませたあと、そんなやり取りをしてコーヒーを一杯。
マスクのしたまま目の前の男性が、いつの間にかカップに注いだ飲み物の嵩を減らしていることに驚きつつも、私……中川菜々は話を進める。
「ちなみに中川さんは、どこかの学校の生徒会長……でいいのかな?」
「えっ? ああ……これですか」
右腕に巻いた、私が虹ヶ咲学園生徒会長であることを示す腕章。
隠していたわけでもないが、真宮寺さんはこれに気付いたのだろう。
「状況を整理しようか。中川さんも例の、尻切れ蜻蛉な映画を鑑賞したんだよネ?」
「ええ。帆高さんと陽菜さん、これからどういう結末に向かうのかというところでしたね」
「そしてどういうわけか、あの映画の結末が僕らの命にも関わって来る」
「……はい。神子柴さんの言葉通りであれば、そうなりますね」
言いながら、あの映画館で目撃した、凄惨な光景を思い出してしまう。
首輪が爆発……深夜アニメやライトノベルには、時折そういったグロテスクな表現が登場する。
が、現実で目の当たりにするとなると話は別だ。
無意識に、首元へと手が伸びる。……コツンと、硬い感触がした。
「僕たちは森嶋帆高と天野陽菜を出会わせてはいけない……それが、この殺し合いのルールだったネ。出会えってしまえば、僕たちは水底に沈む」
「真宮寺さんは……2人が出会うのを、阻止するつもりですか?」
「……ん?」
私の言葉に、真宮寺さんの顔色……もとい、目の色が変わる。
「その口ぶり……すると君は、仲良く溺れて心中する方を選ぶというのかい?」
「い、いえ、決してそういう意味ではありません。私だって、まだ死にたくはありませんから」
「……」
真宮寺さんの、無言。それはきっと「どういう意味かな?」という意味を含んだ無言。
唾を飲み込んで、私は答えた。
「矛盾しているのは分かっているんです。元いた日々に帰りたい。けれども、帆高さんと陽菜さんも合わせてあげたい、そう思っているんです」
「ククク……君の言う通り、それは矛盾だ。殺し合いのルール上、その2つの願いは相反する物サ」
真宮寺さんは、厳しい現実を語る。
「っ……それでも、私にはあの2人を放っておくことは出来ません。生きて帰るためとはいえ、あの2人を出会わせないなんて……」
「それは、君のもう1つの名前に関係していることなのかな?」
「えっ……!?」
思いもよらぬことを言われ、目が泳ぐ。
動揺した態度で確信を得たのか。僕が踏み込んでいい話かは分からないけれど、と前置きし、彼は話を続ける。
「君の自己紹介、名前を教えてくれた時の声色や様子……民俗学に携わる中で色んな人間を観察して来たから、何となく分かるんだ。中川さん、君にはもう1つ名前がある……違うかい?」
「……同好会の皆さん以外で。まして、こんなにすぐ見抜かれたのは、あなたが初めてです」
♪ ♪
虹ヶ咲学園生徒会長・中川菜々。
彼女のもう1つの姿は、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会元部長・優木せつ菜。
「──なるほど。つまり君は、厳格な両親の期待を裏切らないよう努力しつつ、裏では自分の趣味にも没頭していたんだネ」
「……はい。ただ、気持ちが熱くなりすぎたせいで、同好会の皆さんには迷惑をかけてしまったこともあります」
かつて、同好会のメンバーが5人だった頃。
スクールアイドルの頂点を決める大会・ラブライブを目指すことに固執しすぎたあまり、メンバーの『大好き』な気持ちを尊重出来なかった。
意図的ではなかったにせよ、他人の『大好き』を潰そうとしていた自分に『大好き』を叫ぶ気持ちはない。
その事を負い目に感じた優木せつ菜は引退し、一度は同好会も廃部となった。
「そんな中で、ある2人が、新しくスクールアイドル活動を始めたんです」
1人はスクールアイドルとして。もう1人はマネージャーとして。
そのどちらも、私のライブをきっかけにして。
そして。彼女たちは閉ざしていた優木せつ菜の気持ちに再び火をつけることとなる。
「頂点を目指そうとして『大好き』を貫けないなら、頂点なんか目指さなくてもいい。もっと違うやり方で、自由に『大好き』を叫んでいい。そう教えてくれたんです」
こうして、優木せつ菜は復活。同好会も、今や9+1人の大所帯になっていた。
「同好会の元に帰ることは絶対条件だと思っています。それでも私は、帆高さんや陽菜さんの『好き』を……いえ。2人の『大好き』を否定したくはないんです!」
そう宣言した時には、自然と椅子から立ち上がっていた。
この世界そのものが、それを二律背反として許さないのだとしても。
世界に抗って、どちらもつかみ取りたい。
それが、中川菜々/優木せつ菜の、心の底からの願いなのだ。
「それに。私にも願い事はありますが……誰かの『大好き』を否定してまで、叶えたくはありません」
「……」
「ごめんなさい、長々と自分語りをしてしまいましたね」
途中から無言だった真宮寺さんに気付き、慌てて私は席に座る。
「いや、よく分かったヨ。君は素敵な友達に恵まれたんだネ」
「あはは……」
照れ隠しのように頭を掻く。そして。
「そういうことなら、僕も出来る限りで協力をしようじゃないか」
「本当ですか!?」
彼の言葉は、私にとってはとても嬉しいものだった。
「この殺し合いの中で、どこまで足掻くことが出来るかは分からない。それでもやるというのであれば、出来る限りの協力は惜しまないつもりサ」
「本当にどうしようもないと分かった時は、潔く帆高と陽菜のことは諦めてもらうけれど」と彼は付け加える。
それでも、真宮寺さんという協力者を得られたことは、私にとって大きな一歩である筈だ。
「というわけで……ああ、どちらの姓で呼んだ方がいいかな?」
「優木でいいですよ」
「じゃあ優木さん。改めて、よろしく頼むヨ」
「はい、こちらこそ!」
がっしりと、握手を交わす。
包帯を巻いている手に触れるというのは、いささか独特な感触がした。
◆ ◆
みるみるうちに笑顔になっていく中川さんもとい優木さんを見て、僕が心の中で出した結論は1つ。
──彼女は「合格」だ。姉さんの友達に相応しい。
僕には、大好きな姉が居る。姉さんも僕のことが大好きだ。
例え許されないものだと分かっていても、そこには恋愛感情があった。
けれども、姉さんは病で死んでしまった。僕は悲しくて、気が狂ってしまいそうだった。
でも姉さんは、そんな僕を救ってくれた。
ある日行った“降霊術”で、僕の身体の中に降りて来てくれた。姉さんは今でも、僕の中に居る。
その経験から、人は死んでも霊として形を変えて、魂は生き続ける……そう思うようになった。
そして僕は、姉さんのために──多くの人間を、殺して来た。
霊である姉さんに友達を作ってあげるために、100人近くを霊にした。
100人近くと言っても、僕は無差別殺人鬼じゃない。
姉さんに相応しいと思った女性だけを狙っていた。
もうすぐ100人。そんな中で巻き込まれたモノクマによるコロシアイ。
才囚学園の中に居た女生徒たちは、2人を除いて全員合格だった。
けれども、合格だと思っていた彼女たちは、コロシアイの中で次々と命を落としてしまっていた。
姉さんの友達にするためには、僕自身が手に掛けなければいけない……だから僕は焦っていた。
そんな中で、舞台は神子柴主催の殺し合いに変わった。
さて。いま僕が置かれている状況がモノクマの用意した動機の延長上……という可能性は、限りなく低いだろう。
殺し合いのルールそのものや首輪、超高校級の事を知らないような素振りを見せた優木さん。根拠としては主にこの辺り。
森嶋帆高を取り巻くルールに関しては少々違和感があるが……その意味はいずれ精査していくとして。
何故状況が変わったのかは、民俗学的な見地からの説明はつかない。
けれども「殺し合いだが殺さなくてもいい」というルールは、僕にとっては非常に好都合だった。
言い換えれば、好きなだけ殺しても良いのだから。
というわけで今すぐにでも優木さんを姉さんの友達にしてあげたいが……それは一旦やめておく。
コロシアイに慣れていたこともあって、単なる殺しでいいのかと、頭が殺し合いに順応出来ていないのだ。
それに……。
「ところで真宮寺さん。民俗学というのは、具体的にどういうものを?」
「そうだネ。由来が分からないけれど、現代に根付いている風習があるだろう? 例えば七五三や節分──」
目の前で興味津々に民俗学の話を聞く優木さん。
彼女のお友達も、軽く話を聞いただけだが皆「合格」といって良いだろう。
もしこの殺し合いの場に居るのであれば。或いは殺し合いから生還し、彼女のお友達と会うことが出来れば──
──ああ、そうそう。これを忘れちゃあいけない。
この殺し合いにおいて、僕の手が届く存在なのかはまだ分からないが。
天野陽菜も、勿論合格だ。
【中川菜々@ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会】
[状態]:健康、民俗学に興味津々
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:元の世界には帰りたいが、帆高と陽菜の『大好き』も否定したくない
1:協力者が居るのは心強いです
2:民俗学のお話、とっても面白そうです!
※名簿には本名である『中川菜々』の名義で記載されています。
※参戦時期は少なくとも1期5話より後です。詳細な時期は後続の書き手にお任せします。
【真宮寺是清@ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:姉さんの友達を増やす
1:ルールの違和感は一旦保留
2:すぐには殺さないけれど優木さん、君は合格だヨ……!
3:もしも優木さんの友達が居た場合は……
4:天野陽菜も、勿論合格だヨ
5:優木さん、民族学って言うのはね……
※参戦時期はChapter2終了後、Chapter3(非)日常編の序盤辺りです。
最終更新:2021年02月12日 20:27