フゥ、と吐いた紫煙が雨へと溶けていく。
男は一度死んだ。同士に心臓を貫かれ、灰となるその寸前まで人の死を求めて散った。
だが意識を取り戻したかと思えば、『天気の子』なる映画を見せられ、死ぬか登場人物の森嶋帆高を殺すかと選択を迫られ会場に送り込まれた。
「......」
あの映画自体に対してはこれといった感想はない。
娯楽作品に興味は無いし、普遍的な『綺麗』『凄い』といった正の方面の感傷を抱けるような環境で生きてはこなかった。
それでも思ったモノはある。
そしてそれを共有したい想いも。
「なあ、お前はあの映画どう思った?」
だから男は声をかけた。
傘もささず、この異常事態においても警戒心など見せず、ふらふらと彷徨い通り過ぎようとする少年に。
悍ましいほど血まみれの道着に身を包んだ少年に。
「......」
少年は見るからに疲弊し焦燥しきっていた。
息を切らし足元もおぼつかない。ただただなにかを求めるように足だけを動かし彷徨っていた。
「あの帆高ってガキが報われなくてスッキリしたろ」
少年の足が止まる。
「世の中にいるんだよ。ああいう、理不尽に縁がなくて平和に生きてきて、自分を善良だの正しい奴だと思いあがる奴らが。俺たちみてえな奴らとは真逆のな」
「......」
「目を見りゃわかる。お前も俺と同類だ。ずっと理不尽にさらされてクソみてーな人生送ってきたんだろ」
先ほどまでは無関心を貫いていた少年も、気づけば気だるげに話す男の話に耳を傾けていた。
「...ずっと、じゃない」
ようやく口を開いた少年だが、男は特になんの反応も示さない。
「優しくしてくれた人たちがいた。護りたいと思った人たちがいた」
「じゃあそいつはなんだ?」
男は煙草で道着を指しながら問いかける。
「その血はお前のじゃない。外から付着したものだ。自分の出血ならそうはならない」
「......」
少年は否定せず、ただ俯き沈黙する。
「殺ってきたんだろ。お前の暴力で」
「......っ!!」
悲痛な面持ちになる少年に、男は慰めも諫めもせずに変わらぬ調子で淡々と言い放つ。
「楽しかっただろ。今までヘラヘラ生きてた連中があっさり壊れるのを見るのは」
「違う」
「ムカついてたんだろ。俺たちが泥すすってる時にすら邪魔してくる平和ボケした奴らが」
「違う!」
「ならなんで殺したんだ?」
激昂する少年だが、男が冷徹に言い放った言葉に押し黙ってしまう。
本当に違うと言い切れるのか。己の拳が汚れるのも厭わず、連中を殺戮したのは私欲ではなかったのか。
そんな葛藤が顔に滲み出る。
「別に怒ってる訳でも責めてる訳でもねえよ。ただお前を放っておけなかっただけだ」
「...なぜ」
「腐らすには勿体なかったからな。思い知らされたんだろ。他人を護る為の暴力なんざクソの役にも立たねえことを」
男の言葉の通りだ。
少年は師から学んだ武術で強くなった。その強さで師とその娘を殺した者たちを殺し仇を取れた。
でもそれだけだ。いくら強くなろうが守りたかった者たちは護れず、師から学んだ志―――人を守る為の拳―――を守ることすらできず。
終わった後にはただただ空虚しか残らなかった。
「俺に...どうしろと...」
「周りをお前よりも不幸にしてやれ。誰を、だなんて絞るんじゃねえ。目につく平和な奴ら全員をだ」
「...それに何の意味がある」
「お前が実証したろ。その場しのぎだろうが救われた気持ちになるって」
今度は違うとは言えなかった。
怒りに任せて拳を振るっている間。ほんのわずかも悲しみを忘れられなかったとはいえない。
敵を壊していく度に、彼らの敵討ちだと欠片も思わなかったとは言えない。
「変わろうぜ兄弟。俺たちが今まで受けてきた理不尽を、バカ共にぶちまけてやるんだ」
「...その手は取らない」
差し伸べられる手を少年は握り返すことはしない。これ以上師から学んだ拳を血で汚そうとは思えなかったからだ。
「けど、お前の邪魔をするつもりもない」
だが、無遠慮に払うこともしなかった。
気づいてしまったからだ。男の左側頭部から覘かせる、耳元から抉られたような巨大な傷が。
形は違えど、この男も理不尽に晒され続けてきたのだと。
少なくとも。もうなにも残っていない自分が、曲がりなりにも何かを為そうとする者の邪魔をする気力など失せてしまっていた。
「そうか。見どころあると思ったんだがな」
男はそう呟くと、少年には目もくれず去っていく。
その背中を見て何か喉元から出かける少年だが、しかし止めた。
少年は男の名前を知らないしどうでもよかった。
『変わろうぜ兄弟。俺たちが今まで受けてきた理不尽を、バカ共にぶちまけてやるんだ』
ただ、彼のその言葉だけがどうにも腹の底で渦巻いていて。
―――陽菜さんと引き換えにこの空は晴れたんだ!それなのにみんな何も知らないで、馬鹿みたいに喜んで...!こんなのってないよ...!
そんな惨めで滑稽な姿を晒した少年の姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
【狛治@鬼滅の刃】
[状態]精神的疲労(大)、帆高に対して...?
[装備]なし
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~3
[行動方針]
基本方針:どうすればいいかわからない。
1:......
※参戦時期は道場を襲撃後から無惨と出会う前
「......」
フィルターギリギリまで吸い終えた煙草を唾と共に吐き捨てる。
(またフラれちまったな...)
男―――芭藤哲也は死ぬ前の夜を思い返す。
その夜も彼は勧誘していた。
気が弱いものの、ヴァンパイアとしての高い潜在能力を秘めた青年・七原健。
彼もまた貧乏な家庭で理不尽な暴力に晒され育った少年だった。
芭藤は己に似た境遇である彼を気に入っていたし、誰に頼まれるでもなく味方にしておきたかった。
結局、弱者の為という甘い考えを捨てなかった七原は手を取ることはなく、瀕死になった自分の心臓を貫いて前へと進んだ。
今頃はあの性格が災いして災難に遭っているのが容易に想像がつく。
(今はあいつのことはいいか)
思考を切り替え、今後の方針を考える。
芭藤は帆高を探し保護しようと思っている。
あの映画に感銘を受けたからではない。帆高を餌に殺戮を繰り返す為だ。
あの映画を見た者は殺し合いへのスタンスはどうであれ、ひとまずは帆高を見つけようとする。
そこを狙う。
帆高を守ろうとする者にも、生きる為に殺そうとする者にも、等しく死という不幸を与える。
そして、最後の二人になった時に己の行いで人が死ぬことを帆高に突き付け、その答え如何によって彼の生死を決める。
罪の意識を抱えて陽菜の元へと向かうならよし、そうでないなら帆高を殺し殺し合いに優勝する。
理由はない。生きたいという執念もない。
ただ、これがより多くの不幸を産める手段だからそうするだけだ。
(あのガキがいれば楽になったんだろうがな)
先の少年を思い返す。
もしも先の少年があの有様でなければさっさと殺していただろう。
けれど、あの絶望し切った目は気に入った。どう転ぼうが、少なくとも自分の邪魔だけはしないだろう。
だから捨て置いた。より多くの参加者を不幸にする手段の一つとして。
ピタリ、と足を止め振り返ることすらせずにぽつりと呟く。
「あばよ、掃き溜めの兄弟よ」
今生の別れのように告げるその背中は、どこか寂し気だった。
【芭藤哲也@血と灰の女王】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~3
[行動方針]
基本方針:全ての参加者を不幸に引きずり下ろす。
1:帆高を擁護しつつ殺戮して回る。
※参戦時期は死亡後
最終更新:2021年02月12日 22:49