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明らかな悪党も天使もいない映画で、みんな適度に悪く、適度に善良で、適度に卑怯で、適度に正直な人々がもつれて破局に至ります。
私たちがニュースを見るとき、結果だけ見ます。それは誕生日パーティーの芝生の上で起きた結果だけです。でも、そこには私たちが簡単に察知できない長い脈絡があるんです。
映画はそんな結果に達した微妙な段階を2時間にわたって追っていける―それが映画の力ではないかと思う。
(ポン・ジュノ監督 ライブトーク)
◆
雨に打たれながらもバイクを押して歩く、しなやかな腕と脚を露出させた若い女。その一歩前を行くのは、リーゼントヘアーの頭が目立つ、スーツ姿の男。
殺し合いの舞台となる街でお互い最初に出会い、男が女を保護するという名目で、二人は行動を共にしている。
女の方は名前を須賀夏美といい、男の方は高井高司という。
二人の間には共通点があった。殺し合いの開始の前に上映された映画の登場人物である、ということだった。
「いや、そりゃあ帆高くんだって周りに迷惑かけてたのは事実だし、捕まっても仕方ないけど……もうちょっとこう、帆高くんの言うことに耳傾けても良かったんじゃないかなって、思うんですけど」
森嶋帆高と天野陽菜を中心とした人間模様を描く映画において、夏美は二人と縁の深い人物として比較的長めの出演時間を割り振られていた。
初心な子供を悪戯に弄りながら慈しむ、活気の良い女子大生。人柄の良さは伝わる描かれ方で、間違いなく優遇と言える扱いであった。夏美本人からすれば、少々気恥ずかしいものではあったが。
「あー、そーかい。生憎そういうサービスやってないんだがな」
映画における高井は、端的に言って脇役であった。
態度の良くない警察官、それだけで説明できてしまうような出番だ。彼の名前すら認識できない観客も少なくはなかっただろう。大多数の人間にただ自分の悪印象を植え付けられるようで、気分が悪い。
幸いなのは、少なくとも彼が警察官としての職務を全うしていることは確かなものとして描かれていたことだ。(帆高を痛い目に遭わせたことに不満をぶつけられつつも)夏美が高井の同行を受け入れたのも、警察官としての彼への信用あってのことであった。
「これから私達で陽菜ちゃんのことも助けなきゃいけないんだから、刑事さんにも態度柔らかくほしいんですけどねー」
「助ける?」
「そうですよ。帆高くんだけじゃなく、陽菜ちゃんのことも助けなきゃ……二人の味方、必要でしょ」
話題に挙がるのは、やはり帆高と陽菜のことであった。特に陽菜は、世界の秩序のための人柱として犠牲になったのだ。夏美の友人という点を差し引いても、胸を痛めるには十分だった。
元々、仮にこの殺し合いが無かったとしても、夏美は帆高のもとへ駆け付けて、消えた陽菜を一緒に探すつもりだったのだ。その決意が、夏美の中で一層強まっていた。
きっと、同じ思いを持った者は多数いるに違いない。理不尽な運命を課せられた子供を救いたい。それは普遍的な感情であると、夏美は信じていた。
「あの、刑事さんだって警察の人なんだから、人を助けるのに別に文句とか無いですよね。それともまさか、こんな状況だってのに、帆高くんを逮捕する方が大事だとか言ったり……」
「言うか。そこまで空気読めない馬鹿じゃねえっての」
だから、夏美には腑に落ちない。陽菜を救うべきであるという考えに対して、高井がどこか消極的であることに。
彼は、陽菜の境遇を残酷だと思わないのだろうか。そこまで冷酷な人間であるとは思えず、それ故に尚更、高井の考えがわからない。
「……俺らはな、あの子『だけ』を特別に助けるわけにもいかねえんだよ」
だけ、とはどういう意味なのだろうか。
「刑事さん、それって」
「待て」
その真意の問いは、高井に遮られた。鋭さを増した目つきで、高井は前方を見つめている。
緑の作業服を着た男が一人、ぽつんと立っている。表情が読み取れないのは、距離が空いているからか、もしくは彼に表情が無いからなのだろうか。
「おい、そこのあんた。こっちは警察だ……一応聞くが、人を殺ろうって気が無いなら、俺があんたを保護するんだが……」
「…………テスト、開始」
「は?」
作業服の男の前に、突然眩い光の壁が現れた。壁は男の身体を通過し、一際輝きを増す。
思わず細めた目をまた見開いた時、そこに男の姿は無い。
代わりに立っていたのは、一体の獣だった。金色の隆々とした表皮と、大きな二本の赤い角。
あれは動物ではない、猛獣でもない。
まさしく。
「……怪獣?」
いわゆるヒーロー番組なら、夏美も何度か見たことがあった。
画面の中の怪獣は50メートルくらいのサイズということになっているが、実際には二メートルあるかないかの着ぐるみでしかないことを、夏美は既に知っている。
だから、こうして巨大でもなんでもない怪獣を実際に目にしてみれば、なんだ、全然巨大ではない、こんなの別に平気……
――咆哮が、響く。
…………ああ、駄目だ。全然平気じゃない。
圧倒的な強者であることを訴える空気の震えに、サイズの大小など問題ではないことをわからされる。あの怪獣はどんな挙動をしても、自分達を殺せるのだ。
どしんと地面を抉る、一歩、二歩。速度を増す。夏美の五体を粉砕するための、突進の態勢だ。
逃げなければいけない。わかっているのに、身体が動いてくれない。
「あ……」
「離れてろっ!」
迫る怪獣との間に、高井が飛び出す。夏美を庇うように。
突き出した頭部が、轟音と共に高井の身体と激突する。
「衝撃を貰って……」
しかし、高井の死は訪れない。無事だった高井の右手の中には、一つの貝殻があった。
その貝殻を、怪獣の腹に押し当てる。
「返すっ!」
先程と同じ大音響が鳴り、怪獣は一気に後方へと吹っ飛んだ。
高井も正反対の方向へ飛ばされる。悶絶の声を上げながら蹲り、痛ましそうに自分の右腕を抑えつけていた。
「い、っでえ…………折れたんじゃねえか、これっ!」
「……ねえ、今の何!?」
「『衝撃貝(インパクトダイアル)』だとよ……物理的な衝撃なら、防げる」
「よくわかんないけど、とりあえずあの怪獣倒せたのかな!?」
「無理だろ絶対。おい逃げるぞ、バイク出せ!」
「わかっ……あっ」
起き上がった怪獣の、口内で赤い光が宿る。同じく赤く滾る瞳が、夏美達を見据えていた。
怪獣といえば口から吐く光線だろうと、夏美は察した。
高井に与えられた『衝撃貝』では光線も防げるのだろうか。望みを胸に高井を見るも、ただ立ち尽くしていた。ああ、無理ということか。防ぐ方法は、無い。
バイクを発進させて、逃げるのは間に合うか。一直線に放たれた光線に背後から貫かれて、二人揃って丸焼きにされるんじゃないか。いや、直撃を避けられたとしても、道路の一部でも爆散させれば、あるいは周囲のビルに当たって瓦礫が降り注げば、そこで退路は塞がれて、あとは二発目の発射を待つのみだ。
……詰んでいるのではないか。ここで、夏美の人生は終わるのだろうか。
「刑事さん、早く……!?」
エンジンが掛かったバイクに跨がる。せめて運に恵まれてくれと……絶望的に僅かな幸運祈りながら、後部座席に乗るはずの高井へ呼び掛けた。
しかし、高井は応じない。バッグの中に『衝撃貝』を突っ込み、そのまま夏美へと渡すだけだった。
「……っおらああああぁぁっ!!」
「ちょっと……駄目っ!」
叫び、高井は怪獣へと向かって駆け出した。
ばしゃばしゃと水音が鳴る中、高井は怪獣へ飛び付く。両手で怪獣の頭に掴みかかり、懸命に振り回そうとする。
怪獣の吐き出そうとしている光線を、夏美の方には向けさせないとばかりに。
「刑事さん!」
指示の言葉も最早出てこず、ただ高井へと呼び掛けることしか叶わない。そんな夏美の方を振り向き、高井は叫んだ。
俺を置いて、とっとと逃げろ。
その、次の瞬間。
高井の半身が、惨たらしいほど明るい輝きで焼き払われた。
◆
ふと気付けば、そこは雨宿りにも好都合な廃倉庫の中だった。
一心不乱にバイクを走らせ続け、ひとまず自分は怪獣から逃げ切っていたのだと、夏美はようやく認識した。
高井は、死んでしまったのだろう。最後に見た彼の姿は、怪獣の光線に撃ち抜かれる様だった。あれで生き延びられるとは、到底思えない。
「見殺しにしたんだなあ、私」
仮にあの場に留まったとしても、夏美に状況を打開できた見込みは無い。結果論で言えば、夏美一人でもこうして生き残っているのだから、最悪の事態は避けられたとも言えた。
ただ、胸糞が悪いというだけのことだ。陽菜も助けるべきだと大口を叩いておいて、人一人を見殺しにしなければあっさり死んでいた自分自身の情けなさに。
そして、自分のために犠牲となった高井という男について、大きな喪失感を未だ抱けずにいることに。
「……私、酷っ。ウケる」
実のところ、夏美が高井と行動を共にした時間は、対面してからのせいぜい5分間だけであった。その中で夏美との世間話に興じたわけでもなく、どちらかというと夏美の方から喋っていた。
そんな彼は、あの映画の中では脇役であり、態度の悪さ以外の人柄は、よくわからない。
実のところ、夏美は高井という男についてほぼ何も知らない。知らないままに、高井とは今生の別れを迎えることとなった。
「ごめん陽菜ちゃん、帆高くん。しばらく待ってて」
バイクから降り、座り込んで塞ぎ込む。今はむしろ、こうしていたかった。酒が手元にあれば、迷わず呷っているところだ。
思い出すのは、一度も笑みを見せることのなかった高井の横顔。彼と交わした数少ない言葉も、記憶から手繰り寄せる。
夏美なりの、追悼の儀式であった。陽菜と違い、この殺し合いの場では「大勢の犠牲者の中の一人」として扱われるだろう彼の死を、一個人として悼むためのものだ。
自身が救われない結末を選択して逝った高井のことを、彼によって救われた夏美だけは、決して忘れるべきではないのだと思ったから。
【須賀夏美@天気の子】
[状態]:健康
[装備]:スーパーカブ110@天気の子
[道具]:基本支給品、衝撃貝@ONE PIECE、ランダム支給品0~4
[思考・状況]
基本方針:帆高と陽菜ちゃんを助ける。
1:しばらく休む。
[備考]
※陽菜の消失後からの参戦です。
◆
高井高司は警察官であり、その職務は万人を犯罪の魔の手から守ることである。
神子柴の仕組んだ殺し合いにより不当に生命の危機に瀕した者達は、全て高井が守るべき人間だ。その中に、優劣は設けられていない。
森嶋帆高と須賀夏美のどちらが優先して守られるべきかなど、高井は決める立場に無い。須賀夏美とまた別の何者かという比較であっても、同様だ。
その原則はやはり、「天野陽菜とそれ以外を比較した場合、天野陽菜はいかなる条件があろうとも何者よりも優先して保護されるべきであるか」という問いにおいても、高井は首を縦に振らないという形で反映される。
人の世からかけ離れた神様か何かの力によって犠牲となった天野陽菜の境遇は、確かに同情に値する。夏美の言う通り、善意ある者ならば誰もが多少なりとも同じ気持ちを持ったことだろう。
そう、誰もが同じ気持ちなのだ。その背負わされた運命を「映画によって紹介された天野陽菜」に対して、同じ気持ちを抱くのだ。
……それならば、「映画に映し出されることのなかった者達」は?
森嶋帆高が天野陽菜との甘い生活を送る間にも高井が警察官として向き合い、しかし映画の中ではコンマ一秒たりとも描かれることのなかった、顔も名前もない市民達の幸福は? 高井の手の届かぬ範囲に生じた犯罪の被害者達の無念は?
天野陽菜の境遇は、確かに同情に値する。
しかし、人は誰しも各々の事情を抱えていて、各々がそちらを最優先事項にしたとしても、それは当然と言えば当然の判断だ。
仕事柄、多くの人生を見聞きしてきた。その上で万人の盾として生きることを今も選んでいる高井には、天野陽菜だけが特別視されるべきだとは、思えなかったのだ。
そして、予感がした。いつか、天野陽菜が誰にも特別視されなくなる時が来ることの。
実に屈辱的な話だが。超人が、怪獣が闊歩するこの街で、高井のように呆気なく摘まれる命の数は、これから更に積み重ねられることだろう。
自分の命すら危ういことへの実感が強まるにつれて、このように思う者も、増えてしまうのだろう。
どうして、こんな辛く苦しい目に遭ってまで、所詮は赤の他人の天野陽菜を助けようと躍起になっているのだろう。なんと馬鹿馬鹿しい、自分は映画を観て気分が浮かれていたのだ。
だからこそ、今は思う。須賀夏美を救えて、良かったと。
映画の存在や人柱の真相が云々とは無関係に、天野陽菜を友人として救うという理由を持つ人間だった。天野陽菜には、森嶋帆高以外にも、最後まで味方になってくれる人がいる。
こんな考えを持っていること自体が、結局は自分も天野陽菜を強く意識していることの証拠なのかもしれないが、そうだとしても。彼女を救おうと足掻いてくれる誰かがいて、自分はその誰かを守れた。
これで、良かったのだ。
「……くそ、が……」
良いわけが、ない。
自分は祠子柴を逮捕できず、夏美の保護という責務を誰にも後継できず、まだ見ぬ無数の市民を犯罪の危機に晒したまま、敗者として死んでいくのだ。
半分消し飛んだ身体は、もうまともに動いてくれない。既に視界もおぼろげだ。
それにも関わらず、また頭を殴られる。何度も何度も、殴られる。わざわざ鈍器を用意してまで、こいつは高井を徹底的にいたぶろうというのだ。
その顔は見えない。しかし、どうせ汚い喜悦に歪んでいることだろう。
残された僅かな時間で、血に染まっていく視界の中の犯罪者へ向けて、憎しみを視線に乗せてぶつけることしかできないのが、ただ、悔しかった。
【高井高司@天気の子 死亡】
◆
逃走する須賀夏美を追うこともせずぼんやりと眺めていた怪獣の、その肉体の輪郭が歪む。ほんの一秒ほどで、怪獣はまた一人の人間の姿へと戻っていた。
怪獣の名はスカルゴモラといい、そして怪獣へと変身していた青年の名は、カブラギ・シンヤといった。
カブラギが明確な害意によって須賀夏美らを襲撃しておきながら、彼女らをあっさりと見逃したことに、深い理由は無い。
つまらない。そう思っただけのことだった。
不本意に巻き込まれた形だが、ゲームと名の付くものには違いない。勝ち残ってカブラギの元いた地球に帰るまでの過程を、きちんと満喫しておくに越したことは無いだろう。
と、決めたはいいのだが、大きな困り事があった。さて、このゲームの適切な楽しみ方とはいかがなものだろうか。
カブラギは、強者との間で鎬を削ることには快感を見出だせず、また自己の実力を高めることを追求する意欲も無い。
弱者が蛆虫のように死んでいく様を眺めるのが滑稽であることには違いない。変身(ウルトラフュージョン)のテストも兼ねて、偶然見かけた人間達を早速手にかけてみたが……何もかもが規定路線というべき流れにしかならず、まるで気分が盛り上がらない。
人間同士を扇動して自発的に殺し合わせるのが、最も性に合っているのだろう。しかし、世界中を巻き込む戦乱を引き起こすならともかく、せいぜい数十人で行う殺し合いは、さすがに規模が小さすぎる。やはり、盛り上がりには欠けるだろう。
……考えるのも億劫になってきた。自らプロデュースするゲームでないのだから、趣味に合わなくても仕方が無い。所詮は老いぼれの用意した二流の催しだ。程々に付き合うくらいにしておこう。
そのように結論付けたカブラギの背後で、じゃぶ、と水音が鳴った。半身を焼いたリーゼント頭の男にまだ息があり、身動ぎしたというところか。
しかし、その考えは正確ではなかったと、カブラギは振り向いた先の光景を見て知ることになった。リーゼント頭の男は確かにまだ生きていた。そして、彼の身体の上に、また別の男が跨がっていた。
「……少し、見ていてください」
ただ一言、カブラギに告げたその男は、見たところカブラギと同じく二十歳前後で、黄色人種であった。日本人ではないようなので、ひとまず韓国人ということにしておく。
両手で持っているのは、大ぶりの石だった。頭上に振り上げ、これからリーゼント頭の男の顔面めがけて叩きつけるつもりらしい。
カブラギは言われた通りに観察を続けるが、韓国人の男は姿勢を硬直させたまま、一向に石を振り下ろそうとしない。それどころか、五体満足でなくなったリーゼント頭の男から目を反らそうとする様子すら見られる。雨音の中に、荒い息と細い息が溶けていくばかりだ。
どうせ放っておいても死ぬだけの男と言えども、自ら止めを刺すのは躊躇されるのだろう。だったらわざわざ出てくるなと、カブラギは思う。
弱虫。そんな言葉が、口をついて出ていた。
韓国人の男にも聞こえたのだろうか。途端、激昂したような雄叫びを上げ、勢い良く石を投げ下ろした。石を拾って、二度、三度、四度と殴り付け、肉と骨の砕ける音が鳴る。
リーゼント頭の男は、今度こそ完全に動かなくなっていた。
この場合、キルスコアは一応は韓国人の男の方に付けられるのだろうか。人殺しデビューおめでとう、そんな賛辞の一つでも送ってやるべきか。
「僕も、ちゃんと殺せる。殺せた。なれたんだ、父さんと同じに」
それはカブラギに語りかけているようで、男が自らに言い聞かせているようにも聞こえた。
「……あなたに、頼みがあります。僕と手を組んでくれませんか? 僕は、どうしても勝たなければいけないんです」
なるほど、あの退屈な殺人劇は、同じくゲームの遂行に肯定的であるカブラギへ向けた自己PR活動のつもりだったらしい。
男は、キム・ギウと名乗った。本当に韓国人だったようだ。
それからいくつか言葉を交わし、ギウの考えを理解する。
小間使いのような扱いでも構わないので、一人では勝ち目の無いゲームに勝ち残るために協力させてほしいこと。
先着五名の報酬を得るためには、ただ森嶋帆高を殺すだけでは駄目で、競合するライバルも間引きする必要があるということ。
無差別に人を襲えるようなカブラギのような人間こそ、むしろ適材であると判断したこと。
「……さて」
組むも組まないも、別にどちらでも構わないというのが本音であった。
カブラギの中に、ギウに対しての殺意は無い。いてもいなくても、どちらでも変わらない。肉壁にできれば良さそうな程度の矮小な存在なのだから、同行するなら勝手にすればいい。
結論は既に出ているのだが、退屈凌ぎにもう一つ聞いてみることにした。
「森嶋帆高が実際にこの場にいるとして、だ。そいつを殺すことに、良心の呵責というやつは無いのか? お前が今殺した男と違って、まだ子供だろう」
その問いに、ギウはぎっと歯を食い縛った。爆発しそうな何かを、押さえつけるように。
「……僕は、森嶋帆高こそ、誰よりも死ぬべき人間だと思っています」
◆
貧しい生活を送る少年達の姿に共感を抱いていた。そんな自分自身すら、すぐに悔いる羽目になった。ある段階から、映画鑑賞の時間はギウにとって耐え難い苦痛へと変化していた。
脚本の出来が気に食わないのではない。映画の中盤で、水害の発生を描いた場面があったことが原因だった。
「あの映画の通りなら、東京はやっと晴れに恵まれた。みんな、やっと雨から解放された」
森嶋帆高の雇われていた事務所の在処は、半地下だった。
当然のように浸水による被害を大きく受けることになったが、足元まで浸かるほどの水が貯まった、それだけで済んでむしろ幸運だ。雨天がもう何日か続けば、事務所は使い物にならなくなっていたのだろう。
東京という街で同じように水に住処を脅かされた人間は、沢山いたはずだ。生活に関わる家財を損壊した人間も、救急体制の逼迫により生命の危機に瀕した人間も、恐らくはいたに違いない。
そんな苦境から、人々は救われたのだ。
「なのに、森嶋帆高は天野陽菜をまた世界に呼び戻そうとしている。また、雨を降らせようとしている」
天野陽菜の犠牲が無ければ更なる深刻化が必至であった事態は、しかし、劇中で注力して描かれることは無かった。
森嶋帆高が天野陽菜との再会のために駆け出したシーンに至っても、彼の選択に伴う代償の重みを説ける人間など、登場する余地が無かった。
映画の主題は、あくまでも少年と少女の愛。森嶋帆高の物語において、キャスト名を与えられなかった無数の人々が雨によって被る苦しみは、ただの些事だ。
少なくとも、ギウはそのように受け取っていた。
「家族の思い出が詰まった我が家が、糞の混じった泥水に埋められていく時の気持ち、わかるりますか? ……わからないでしょうね。森嶋帆高には、絶対に」
物語が佳境に入った頃合いで、映画の上映は中断された。むしろ幸運であった。激昂も吐瀉物も、口からぶち撒けずに済んだのだから。
そして、老婆から殺し合いを命じられた。正確には、森嶋帆高の討伐の是非を巡り、結果的に生じることが予想される殺し合いだ。
須賀夏美は、紛れもない本人がこの街に存在していることが確認できた。それならば、森嶋帆高も同じくどこかにいるのだろう。
ギウは、問いかけられている。今もなお天野陽菜を救おうとしているのだろう森嶋帆高は、生きるべき人間か、死ぬべき人間か。
「このゲームを終わらせるためなら、森嶋帆高を殺して良い? 願いだって叶えてくれる? 好都合ですよ。僕はむしろあの婆さんに言いたいくらいだ」
この殺し合いは、誰かが死なねば終わらない。終わった時、ギウの立場はどうなるのだろうか。
無垢な少年を見殺しにした男? 殺人を犯した男? どんな形であれ、また罪人となるのが確定したということなのだと、ギウは理解した。
家族のために、真っ当なやり方で金を稼ごう。そんな「計画」は、もう破綻してしまったのだ。こんな殺し合いが始まったせいで。森嶋帆高が、いるせいで。
だったらと、ギウは願う。
家族四人での裕福な暮らし。どんな雨嵐にも脅かされない、地上に建てるマイホーム。もう誰にも蔑まれることのない、こびりついた「半地下の臭い」を綺麗に除去した身体。そんな幸福を、どうか僕にください。
だったらと、ギウは呪う。
もう二度と晴れなくたっていいと、映画のクライマックスではさぞかし情熱的に宣言することだろう森嶋帆高よ、報いを受けろ。もはや僕の同類ではないお前に、情状酌量の余地など与えない。死という形で、お前は未来に犯す大罪への償いを、今、果たすのだ!
「僕の、社会の……この星の敵を殺す機会を与えてくれて、心より御礼申し上げます、ってさ!」
天を仰いでの高らかな叫びは、ギウによる新たな「計画」の始まりの宣言であり。
私怨や自嘲や諦念といった感情が歪んでごちゃ混ぜになった末に排出された、ゲームマスターである神子柴に対する敬意(リスペクト)の表明だった。
雨粒に混じり、涙がギウの頬を伝っていた。泣き笑いの表情が形作られていた。
「…………この星の敵、か」
ギウの思いの丈を聞き届けたカブラギは、一つのフレーズを反芻する。
やがて、口許を緩ませて。耐えられなくなったのか、大声で馬鹿笑いをし始めた。
「いい、いいな! 気に入ったよギウ。森嶋帆高への報復、面白い」
突然に機嫌を良くするカブラギを前に、ギウはむしろ困惑をし始めていた。
……実のところ、カブラギが他人の抱える動機に対して関心を持つタイプの人間だとは予想していなかった。
須賀夏美らを襲ってから取り逃がすまでの一部始終を、ギウは陰から眺めていた。自身の姿を透明化させる不思議なマントを支給されたおかげで、気配を察せられることなく済んだのだ。
夏美らを追うのではなくカブラギへの接触を図ることにしたのも、単にカブラギが人外の強さを持っていて、また殺し合いに対して明らかに肯定的であると思われたからというだけのことだ。
しかし明らかに好戦的な人物であり、交渉が成立しないとしても仕方無い、その程度の思いで臨んだ共闘の提案であったのだが……意外なほどに、話は好転していた。
「……本当に、いいんですか? 僕はあなたに、メリットを満足に提供できていない」
「これから頑張ってくれれば十分だ。それに、ただ勝つだけじゃつまらないと思っていた俺にとって、今のお前は面白い。力を貸すのも、悪くない」
人の心のわからない怪物かと思っていたが、奇妙なところに楽しみを見出だす男のようだ。彼にとって何がどう面白いのか、ギウにはわからない。
いや、わからなくても良いのだろう。ギウの目的にカブラギは好感を抱き、協力を受け入れてくれた。親しげに、肩に手を乗せてくれている。それが、今ここにある事実なのだ。
「一緒にやろうか。バトルロワイアルってやつをな……ああ、そうだ。その前に一つ、お前に詫びておく」
「詫び?」
「須賀夏美を取り逃がしたこと、悪かったよ。次に会ったら、ちゃんと殺す。あの女の首を森嶋帆高の前に放り出して、お前の怒りをわからせるためにも、な?」
「……ははっ」
森嶋帆高ばかりに気を取られて、すっかり忘れていた。家族のように親しく接していたあの女も、結局は森嶋帆高の同類じゃないか。
このことを思い出させてくれる、怒りの火に薪をくべてくれるカブラギの言葉に、ギウは打ち震えていた。
◆
ところで。
ギウとの協力を受け入れたカブラギだが、実はギウに明かしていない情報がある。自らの素性についての話だ。
カブラギ・シンヤは、実はカブラギ・シンヤではない。
カブラギという偽名を使っているとか、カブラギという人物に変装しているという話ではない。肉体も戸籍も、間違いなくカブラギ本人のものだ。
カブラギという人間が、宇宙から飛来した別の生命体に寄生されて肉体の主導権を奪われたため、現在もその生命体がカブラギとして活動している状態である、というのが真相である。
カブラギの体内に巣食っている地球外生命体の名を、寄生生物セレブロという。
退屈を持て余していた中でセレブロが出会ったのが、キム・ギウという男だった。
彼は、セレブロに森嶋帆高の殺害を持ちかけた。その動機を簡単に言えば、逆恨みだ。本来ならば瑕疵を突くのも容易い程度の、感情任せの理屈だ。
そしてギウが何故これほどまでに殺意を滾らせているのかといえば、つまり、直前まで観ていた映画に感化されているというだけのことだ。
映画の主役として活躍した森嶋帆高に、とても夢中になっている。だから、映画に一秒たりとも登場しないカブラギ・シンヤの素性など、ギウにとっては追及の対象にならない。
愛のために都市を水底に沈めようとする少年を、その手で殺すために。
享楽のために地球を火の海に沈めようとするエイリアンを、「寄生先」に選ぼうとしている。
そんな構図になっていることにも、今のギウは気付いていない。
とても気に入った。
人類という総体が持つ愚かしさにしか興味が無かったセレブロに、個としての愚かしさを見せつけたギウという男は、いっそ感謝の対象ですらあった。
矛盾を抱えたまま、瞬間的に沸いた殺意に呑まれ、人生を転落させていく。生ける喜劇として消費するには、うってつけではないか。
ギウをどのように動かすか。いかに手を汚させるか……どのタイミングでセレブロとしての正体を明かせば、ギウを最も驚かせられるか。夢想するのが、楽しくてたまらない。
言うなれば、キム・ギウ破滅ゲーム。
全員で楽しむ殺人ゲームと同時に進行する、セレブロのためだけのゲームの始まりだ。
「キエテ・カレカレータ(いい気分だ)」
その呟きは、雨音の中に掻き消され、ギウの耳には届かなかった。
【カブラギ・シンヤ(+寄生生物セレブロ)@ウルトラマンZ】
[状態]:健康
[装備]:ウルトラゼットライザー&メダル各種@ウルトラマンZ
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:ゲームを楽しんで、勝ち残る。
1:ギウと行動しながら、ギウを弄ぶ。
[備考]
※第7話終了後からの参戦です。
※寄生生物セレブロに肉体を乗っ取られている状態です。カブラギ自身の意識は無く、思考は全てセレブロのものです。
※保有しているウルトラメダル・怪獣メダルは以下の通りです。
ウルトラマンベリアル・ゴモラ・レッドキング・エースキラー・エレキング・キングジョー・ゼットン
【キム・ギウ@パラサイト 半地下の家族】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、サータンの毛皮@ウルトラマンZ、山水景石@現実、ランダム支給品0~1
[思考・状況]
基本方針:参加者を減らした上で、森嶋帆高を殺してゲームに勝ち残る。
1:カブラギと行動する。
[備考]
※エンディング後からの参戦です。
【ウルトラゼットライザー&メダル各種@ウルトラマンZ】
M78星雲・光の国で開発された変身アイテム。
手斧のような形状のウルトラゼットライザーに、ウルトラメダルまたは怪獣メダルをセットして読み込むことで、メダルに宿した力に基づいた変身(ウルトラフュージョン)が可能になる。
支給された7枚のメダルは、組み合わせ方により「スカルゴモラ」「サンダーキラー」「ペダニウムゼットン」への変身が可能。
変身後の姿は全長約2メートル級になるよう制限を課せられている。
カードによる認証機能が設定されているため、カブラギ以外には使用できない(別の人物が使用するためには、認証用のカードを新たに生成する必要がある)。
【サータンの毛皮@ウルトラマンZ】
忍者怪獣サータンの毛皮を用いて作ったマント。
いわゆる透明マント。身に着けている間、姿が見えなくなる。
【山水景石@現実】
水石とも呼ばれる観賞用の石。とても象徴的な見た目をしている。
れっきとした本物の石なので、水に浮いたりしないし、殺傷性のある鈍器としても使える。
最終更新:2021年02月21日 10:58