「ぐ、ぐああああああ……」
胸を抑え、黒のコートを着た長身の男が苦しんでいた。
丸藤亮、またの名をヘルカイザーとも呼ばれるこの男はカードゲームのやり過ぎで心臓病を患わっていた。
ゲームの開始地点にも恵まれていない。病んだ体には、この雨は凍てつく氷のように体温を奪って、心臓を更に締め付けていくようだ。
「はあ……はあ……。
ふっ、この俺をこんな場所に寄越すとは……心臓を治したくば、殺し合いに乗れとでも言うのか? くだらん」
胸の苦痛が引き、大きく呼吸をする。そのまま頭を冷静に働かせ何が起こったのかを思い返す。
あの映画を見せられる以前、一番新しい記憶があのヨハン、正確にはそれに取り憑いたユベルという精霊とのデュエルだ。
奴の目的は知らないが、亮はその時の戦いを自身の死に場所として求め、そして敗北こそしたが実に満足した死を遂げた。
あとの事はよく覚えていない。映画も心臓が痛くて集中出来ず、あまり頭に入ってこなかったというのもあるが。
「……あの時のようなデュエルは、もう無理だろうな」
完全に燃え尽きていた。
命と命を懸け、知略を巡らせ、牙を研ぎ澄まし、いずれかを今か今かと刺し合わんとする極限化での駆け引き。
これ以上ないほどに充実し、そして自らを輝かせることのできたあの戦いを超える事は、もう自分には出来ないだろうと。
「森嶋帆高か、探してみるか」
正直なところ、殺し合いすらどうでも良いほどに無気力ではあった。
森嶋帆高を止めれば叶えられる願いとやらも関心はない。
命もさして惜しくもない。はっきり言えば、もう何もかもがどうでも良いとすら思える心境でもあった。
それでも根は善人の彼は、この場で一番命を狙われるであろう森嶋帆高を一応は保護しようと考える。
もしかしたら、またあの時のような……そんな願望を抱きながら。
「変わった奴だ。凄まじい闘気ではあるが、身体的には特に秀でてもない人間、か……」
「エド……? いや―――」
知り合いの声かと思えば、そこに居たのは異様な男だった。
特に手入れもせず無造作に放っておかれているであろう桃色掛かった赤の毛、全身に青い刺青のような紋章。
そして不気味なまでに白い肌を見て、亮が刺青と肌の色合いがパンダのようだ―――そう思った時に奴は肉薄してきていた。
人間とは思えぬ、いや人ではなくそれに近しい姿の何かなのだろう。
「来い、サイバー・ドラゴン!」
握り締められた拳は、その速度と強度ゆえに人が放っていい領域の物ではなく、例えるなら砲弾のような重々しさを兼ね備えている。
瞬時の判断は素早かった。脅威を即座に認識し、カードを翳すとそこには実体を持った現実として機械の龍がその主を庇う。
拳と機械の鱗が触れ、轟音が響き渡る。
「……式、というやつか?」
拳をわざとらしく開閉し手を鳴らしながら、十二鬼月、上弦の参である猗窩座は呟いた。
サイバー・ドラゴンと共に、衝撃を受けながら後方へ吹き飛ばされる亮を注視する。
病んだ心臓を差し引いても、肉体的には決して強くはない。鬼狩りや柱のそれとは違って鍛錬の後は見当たらなかったが、その動体視力と判断力は目を張るものがある。
本気どころかただのお遊びではあるが、先の一撃に対処したのがその証だ。
何より闘気だ。これだけは、何故かそこいらの鬼狩りですらも上回る程に練り上げられていた。
「クク……アンタは殺し合いに乗ったという事で良いのか?」
こちらに驚きつつも亮は不敵に笑い猗窩座に鋭い眼光を飛ばしていた。
少なくとも、ただの弱者ではなさそうだ。ならば、多少手合わせてしてみても良かろう。
「……」
「yesと取るぞ。遠慮なく潰させてもらう……!」
亮もダメ元で使ったサイバー・ドラゴンが、実体化したことで胸が高鳴っていた。
デュエルモンスターズが実体を得るという事は、すなわちここは何処かの異次元なのだろう。
かつて、自分を何よりも輝かせた場所も異次元だった。だとすれば、この燃え尽きた抜け殻にも再び火が宿るかもしれない。
そんな歓喜と共に、亮は……いやヘルカイザーは心臓の痛みなど吹き飛んだ。
「融合召喚―――サイバー・ツイン・ドラゴン!!」
同じくもう一体の機械の龍が現れ、二体が歪んだ空間に飲まれていく。
そして新たに開かれた次元の裂け目より、雷のような光と共に新たな異形が現れた。
二対の頭を持つ、サイバー・ツイン・ドラゴン。
(あの札……呪符か)
見たことのない三枚のカードから現れる僕、あれを使役し戦うのは一目で明らかだ。
しかし、血鬼術の類ではないのも勿論、呼吸でも当然ない。では、一体何を用いた術なのか。猗窩座は興味深く観察する。
「エヴォリューション・ツイン・バースト!!」
二対の龍が砲口と共に息吹を放つ。高圧縮された電子の塊が弾丸として射出された。
「術式展開―――破壊殺・乱式」
構えと共に凄まじい速度で猗窩座は両拳を打ち出す。
ツイン・バーストに対し、体そのものが焼き飛ばされる前に拳を幾度も打ち付ける。
一瞬の拮抗の末、電子の息吹は掻き消されその余波でサイバー・ツイン・ドラゴンは耐えきれず粉々に砕け散った。
「サイバー・ツイン・ドラゴンを一撃で……!?」
人の身ではないと直感してはいたたものの、自らの操るモンスターがこうも容易く破られるとなればヘルカイザーといえども呆然とする。
しかも、生身でツイン・バーストを突破したにも関わらず、焼き爛れた拳は瞬き一つの間で瞬時に再生を果たしていた。
これが上弦の参たる鬼の驚異的な力だ。
その戦闘力も、そして何より不死性に対しても鬼という種の中でも、遥かに一線を画す。
生半可な火力では掠り傷にもなりはしない。
「破壊殺・空式」
猗窩座が虚空を殴る素振りを見せた時、亮は躊躇わず自身のカードを鷲掴みにし無造作に投げ飛ばす。
その刹那、一瞬にも満たぬ速度が殴られた虚空が砲弾となり亮へと乱れ飛ぶ。
並の鬼狩りでは対応すら敵わず、人として超越者の域にある柱を以てもしても、厄介と言わしめる遠距離技。
「パワー・ウォール発動!」
ばら撒かれたカードが光を伴い、結界のように亮の周囲を取り囲む。
空式の不可視の拳がそれらに遮られていく。
「ぐ、ぐううう……」
胸を抑え、亮はその空式を受け止める結界を見る。
パワー・ウォール。捨てたカードの数だけ、その攻撃の威力を軽減するカード。
これがサバイバルに近いバトルロワイアルであるなら、カードはなるべく温存したいが、この男にそんな手ぬるい真似は命取りであると亮はこれまでの戦いで理解した。
故に持ち得るほぼ全てのカードを犠牲にしたが、それでもなお威力は止めきれない。
「うおおおおお!!!」
殺しきれない威力が衝撃となり、亮を襲う。
元より病んでいる心臓に加えて、直撃こそ避けたが体に更に付加されたダメージはより心臓を蝕んでいく。
胸に迸る痛みに胸倉を掴み顔を苦痛に歪ませる。
「……フ、フフフ」
だが、そこには笑みがあった。
猗窩座は強者だ。それも飛びっきりの極上の敵と言えるだろう。
向こうがどう思っているかは知らないが、これほどの相手とならば自分はまた輝ける。あの最高の瞬間を迎えられるかもしれない。
何も要らない。
例え勝とうが負けようが、未来はない。構わない。
今、この瞬間を輝かせられるのなら。あのデュエルに匹敵しうる輝きを放てるのなら。命さえ惜しくはない。
「オーバーロード・フュージョン……発動……!」
「また呪符か、見飽きたぞ。やはり弱者か死ね」
闘志を燃やす亮に対し、猗窩座は退屈していた。
その闘気に惹かれ幾度か拳を交えてみたが、確かに札の力を借りているとはいえ、鬼狩りに匹敵しうる力はあったことは認めよう。
それでも十二鬼月の下弦はおろか柱などもってのほかだ。
「現れろ……」
だが、それは誤りであったかもしれないと。猗窩座は瞬時に認識を変えた。
亮がばら撒き投げたカード、優に二十枚以上が光を伴って消失していく。それらの光が一つの異形の影を形作った。
「なんだ、こいつは……」
先程亮が召喚した機械の龍とは遥かに桁違いの威圧感。
二十を超える龍の首が猗窩座へと向けられる。
全身をピリピリと緊張感が突く、その視線から目を離すことが出来ない。
「キメラテック・オーバー・ドラゴン!!!」
機械の合成魔龍、キメラテック・オーバードラゴンと呼ばれたその魔物は怨念を込めた咆哮を猗窩座へと飛ばす。
「エヴォリューション・レザルト・バーストォォォオオオオ!!!」
亮の雄叫びを受け、キメラテック・オーバードラゴンからブレスが放たれる。
先ほどのサイバー・ツインとは比較にならないほどの圧倒的高火力、拳を打ち付けた猗窩座の顔が歪む。
しかし、それも束の間。ブレスの勢いが止んでみれば、猗窩座の体は所々傷付き焼き焦げてはいるものの五体満足。
痛んだ箇所を鬼の再生力で修復していく。
「今のは悪くは―――」
「―――ニジュウグォレンダァ!!」
「何ィ!?」
残る二十四の首、全てが猗窩座へと向けられる。それ見て全てを察した。
狙うは再生力の追い付かぬ圧倒的なまでの高火力による圧殺だ。
「お前は人ではない尋常ならざる再生力を持っているようだ。だが、その体でもこいつには耐えきれるかな?」
レザルト・バーストの爆音で聞こえるかも分からない猗窩座に笑いながら問いかける。
キメラテック・オーバー・ドラゴンは、その身に融合(いけにえ)として取り込んだ数だけ、攻撃力を増す。
まさしくキメラという名に相応しい怪物だ。
パワー・ウォールで捨てたカードを取り込ませることで、上弦の参すらも圧倒するまでのパワーを手に入れさせた。
「術式展開」
だが、相手もまた鬼の祖たる鬼舞辻無惨が実力を認め、その上弦の参を預かるにまで至った歴戦の猛者。
鬼としての身体能力、備わった血鬼術に驕ることもなく修練を積むに積み、武術の粋へと上り詰めた武道家でもある。
「終式青銀乱残光」
縦横無尽に放たれる拳の乱打。
その一撃一撃が必死の威力を持つ必殺拳。二十五のレザルト・バーストを上回る百の拳が炸裂した。
「破壊殺―――砕式万葉閃柳」
迫りくるブレスを全て薙ぎ払い、宙へと飛翔する。
そのまま加速しながら下降しキメラテック・オーバー・ドラゴンへ拳を突き刺す。
機械のボディに亀裂が走り、その下のアスファルトの道路が軋み罅割れる。
莫大な破壊の威力が収まることを知らず、周囲一帯を破壊し尽くす。
「―――ッッ!!」
砕け散るキメラテック・オーバー・ドラゴン、更にその衝撃波が亮を襲う。血しぶきを上げながら、瓦礫の山へと吹き飛ばされていく。
弱った身体には、あまりにも過剰すぎるダメージは悲鳴を上げる事すらも許さない
ボロ雑巾のように雨の中放り出され、叩き付けられる。
「……敬意を表する」
破壊の根源たる猗窩座は、自身が齎した破壊痕に対し一瞥もなく、血に塗れ倒れ伏す亮に声を掛けた。
「先の攻撃は見事だった。鬼の再生を上回る程の高火力、柱といえどもそうは容易くはいかない」
「ッ、ガ、……ァ」
「大丈夫か? まだ死ぬな……名はなんだ?」
猗窩座は初見とは別人のように掌を返す。
「俺は猗窩座、お前の名は?」
「……急に、お喋りに……なったな……舐めているのか」
出血が尋常ではない。こんな怪我を負ったのは生まれて初めてだった。
もし猗窩座がこのまま追撃してくるのであったなら、こんな会話が成り立つ間もなく死んでいただろう。
「俺は喋るのが好きだ。最初はお前を弱者だと思い、喋るのも時間の無駄だと思っていたが、俺の見込み違いだったらしい。
お前は強い、お前の名を覚えておきたい」
その理由は単純にして明快、猗窩座が好む強者だったからに過ぎない。
弱者ならば淘汰し、強者ならばその実力を称賛する。ただそれだけだった。
「ハァ……ハァ……ヘルカイザー亮だ」
気に入らないながらも、名乗られたからには名乗り返す。
猗窩座は満足気に笑ってみせた。
「へるかいざー? ……そうか、ならばヘルカイザー亮、一つ素晴らしい提案がある。鬼になる気はないか?」
「鬼? 桃太郎の……あれか」
「…………。鬼になれば、今よりもずっと強い力を手に入れられる。俺のように怪我も一瞬で治る」
鬼とやらの再生力、それは今までの戦いで嫌というほど身に染みた。
そして、次々とサイバー・ドラゴンの進化系を真っ向から打ち破るその強さも、鬼という異形の存在がなし得るのであれば納得出来る。
「ヘルカイザー亮、その心臓……余命幾ばくもないな。人間の医療に明るくはないが、仮に治療を受けたとて戦いは出来ん。
だが鬼になれば、それも全快する」
「……」
「戦って分かったよ。亮、お前の勝利への執念……生への執着、鬼なら死ぬことはない。老けもせず衰えもしない。
ずっと若く、全盛期の強さを未来永劫保存し続けられる。何百年でも鍛錬をし続けて強くなれる」
「魅力的な、提案だな……」
「分かってくれたか!?」
猗窩座は歓喜のあまり満面の笑みを浮かべる。
今まで彼が鬼に勧誘してきたのは、恐らくはその殆どが鬼殺隊であった。
鬼に匹敵しうるのが、鬼かまたはその鬼を狩る隊士しかいなかった以上仕方のない事ではあるのだが
その鬼殺隊自体が鬼に身内を殺された等、憎悪を抱く者達の集まり、無惨曰く異常者の集まりと称されるほどの云わば復讐者の集団でもある。
当然、その仇的である鬼になるなど首を縦には振りはしない。
無論、純粋に人々を守る為に刀を取る者や、金や名声の為に安全に出世したがるような弱者もいる。
しかし前者はやはり鬼の勧誘など蹴るし、後者はする価値すらなく殺してしまうのが殆どだ。
だが、亮は鬼など関係ない人間だ。鬼に対する憎悪は存在せず、あるのは永遠の命という羨望しかない。
敢えて人を食う、太陽を浴びれば無に帰すと言った負の印象を避けて説明しただけのことはある。
「お前はもっと強くなれる。さあ、鬼となり俺と永遠に戦い続けよう!!」
この男は鍛えれば、肉体的にも柱や上弦にも匹敵しうる強さを持ちうると推測していた。
でなければ、猗窩座が興味を持つ程度に、闘気を練り上げることなど出来はしない。
恐らくは純粋な戦いとは違う、しかし何かしらの闘争に身を捧げていたのだろう。
あの竈門炭治郎も個人的には不快だが、僅か数か月で柱に食い込めるほどに技を体を磨き上げ、その強さは本物となった。
この男も同じように強くなれるはずだ。
「断る」
「なに?」
「……俺はもう、そんなもの要らないんだよ」
「強がるな。お前はもう数刻もせず死ぬ……心臓だけじゃない。その左腕、破れた腹、致命傷だぞ」
亮の左腕は肘から先がなく、赤黒い血を次から次へと垂れ流していた。
腹部も中から内臓が飛び出し、取り返しが付かない程に臓器が入り乱れ、アスファルトに飛び散っている。
力なく背を瓦礫に預け、残った余力でようやく会話をしていると言った様だ。
「何が嫌なんだ? ここで死ぬ理由などない。鬼になれ」
今回ばかりは猗窩座も、説得にこれまでにないほど力を入れる。
鬼殺隊とは違い、鬼に悪印象がないのであれば、向こうも折れるだろうと考えていた。
「俺には、お前の言うような勝利への渇望も生への執着もない。……ただ俺は、今を輝かせたい……それだけだ」
血反吐を吐き、飛び出した内臓が更に腹から滑り落ちていくが、気にもかけず亮は……ヘルカイザー亮は立ちあがる。
既に話すだけでも限界だった有様から、立ち上がるとは猗窩座ですら驚嘆した。
「俺に勝ちたいのか? それなら鬼となり、俺に挑め。先ずは十二鬼月になれ、お前ならなれる。
十二鬼月には入れ替わりの血戦がある。そこで俺と―――」
「お前と……永遠に戦う? 笑わせるな、そんなものは永遠ではない。それは同じことの繰り返しなんだよ……」
「何を言ってる?」
「そんなものでは錆び付いてしまう。俺は二度と輝けない……ならば俺は、永遠などよりこの刹那を手にする!」
言動が理解を超えている。この男は強さを求め、勝利を手にしたかったのではないのか?
それなら、鬼になれば済む話だ。なのに、何故ならない。
鬼殺隊のように、鬼に憎しみがある訳でもない。
人ならざる存在になることに恐怖を覚えるような軟な精神ではないのは、これだけの致命傷を浴びながらそれでも闘志を失わない様から分かる。
「死ぬぞ。死んでしまうぞ! ヘルカイザー亮!!」
今まで殺してきた柱たちに、この誘いに乗る者は誰一人としていなかった。
その選択について、共感こそできないが理解はできる。
特に煉獄杏寿郎のようにその背に守るべき弱者が居て、退くことが許されないのであるなら確かに命を賭してでも戦うしかないだろう。
本当に理解しがたく、反吐が出る。それでいて虫唾が走るが、一応は人間の持つ価値観として存在するのは理解は出来る。
だが、なんだ。なんだこの男は。
輝きというのが更なる強さならば、鬼となればいい。いくらでも輝けるではないか。心躍る戦いも永遠に楽しめる。
「人間のくだらぬ価値観か!? だが、ここで死んで何になる? 柱達とは違う。お前には助け、守るものとやらもないだろう!!
弱者の為に死ぬ必要もない!! 鬼になろう」
殺し合いも最序盤、ここで死んだとしてもそれは哀れな犠牲者でしかなく、その死が何かを繋ぐわけでもない。
弱者を守るという煉獄の価値観はくだらないが、その死には意味があった。少なくとも炭治郎が強くなれたのは事実だ。
しかし、この男は何も残さない。ただ朽ち果て、何も繋がないまま死ぬだけだ。
それならば永遠にその強さを保存すべきだ。
「フフフ……助け、守るもの、だと……? クク……それは、守る物の重さを知らねば出ることのない台詞だな……」
「な、に……」
――――狛治さん、もうやめて。
あの天気の子と呼ばれる妙な光景を見せられる以前、そう頸を斬られたんだ。それでも更なる強さを手にしようとし、その時に見知らぬ女が現れた。
いや、知らない女じゃない。誰よりも守ろうと、強く誓って惨めに死なせた女だ。
炭治郎が記憶を刺激し、義勇が呼び起したあのくだらない記憶。
そこに加えて、あの天気の子とやらだ。みっともなく女の為に泣き叫ぶあの小僧には反吐が出そうになる。
まるで、かつての人であった頃の記憶にある負け犬のように無様な姿は、虫唾が走る。
狙ってやったのだとしたら、あの神子柴とかいう老婆はこれ以上なく、効果があったといえる。
「お前に、何があったか知らんが同情してはやろう。……だがもう、誰にも止められん。止めさせもしない。
付き合ってもらうぞ。この俺の命(ライフ)尽きる、その最期(ラストターン)まで!!」
「……鬼にならないなら殺す」
戦いの邪魔だ。そんな記憶は頭の隅にでも留めておけばいい。
「異次元からの帰還を発動! 次元を超え舞い戻れ、三体のサイバー・ドラゴン!!」
奴が来る。今、その輝きを放たんと。
「パワー・ボンド発動!」
三体のサイバー・ドラゴンが光に飲まれ、今その姿を変え進化を果たす。
丸藤亮が信じる究極の融合カード。
膨大な力を使用者にもたらすが、効果の発動後その主に同じだけのダメージを与える。まさに諸刃の剣に他ならない。
これを避け切られれば、何の手の打ちようもない、最大にして、最後に切り札を今ここに切る。
己が最も頼みを置き、信頼する最強の僕を今、ここに呼び起こす。
「サイバー・エンド・ドラゴン――――召喚!!!」
三対の首を持つ機械龍。
更にその強大な力はパワー・ボンドにより倍増する。
終焉の名を持つそれは正しくこの戦いの幕を下ろすには相応しい存在としてこの戦場へ降臨した。
「術式展開」
――――もう、やめにしましょう。
聞こえてくる。愛おしいはずの、その声を掻き消すように血鬼術を開放する。
「エターナル・エヴォリューション・バーストォォォオオオオ!!!」
「破壊殺―――滅式」
三つの頭から放たれる電子の砲撃。
対するは間合いを詰め、放つ抜き手の一撃。たったそれだけの単純明快な技だが、単純故にその火力は凄まじく高い。
かの炎柱、煉獄杏寿郎の奥義、炎の呼吸玖ノ型・煉獄を真っ向から打ち破り、彼を屠り去ったのもこの技だ。
初めは拮抗したこの二者の激突も、拮抗は崩れ猗窩座が圧倒し始める。
「……やはり、な」
ヘルカイザーは笑う。
分かってはいた事だ。自らが全霊の頼みを置く、サイバー・エンドですら猗窩座からすればガラクタ同然だ。
そうでなくては、この戦いを輝かせる相手としては不足だ。
「決闘融合-バトル・フュージョン発動―――!」
思い出す。あの卒業デュエルを。
(懐かしいな……)
全力を出し合い、そして共に玉砕しきったあの輝かしきデュエルを。
あの時もこのカードが最後のカギを握っていた。
大事な弟はどんな答えを得て、迷いを振り切ったのだろうか。
無限の可能性を持つ後輩は闇に囚われず、このヘルカイザーを上回る輝きを起こして見せているのだろうか。
それを知るすべはもう何処にもないが。
あの二人なら、きっとこの屍を超えて未来へと突き進んでゆくことだろう。
「これは……! 何を、したァ!?」
猗窩座に圧し掛かる力が急増していく。
煉獄を破った滅式すらも威力を殺され、手の先から再生が間に合わず消失していく。
「サイバー・エンド・ドラゴンは貴様の力だけ強さを増す!!」
決闘融合は自身の使役するモンスターに、相手の力を上乗せすることが可能なカード。
「っがああああああ!!!」
サイバー・エンドは元の力に加え、猗窩座が数百年の鍛錬により積み上げた、その強靭な強さそのものを上乗せしたということに他ならない。
つまり、同じ強さ同士がぶつかり合えば、勝つのは更に別の強さを加算した方だ。それは必然でしかない。
故に負ける。猗窩座はここで敗れ去る。
負ける。
負ける……?
駄目だ。
俺は、強くならなければいけない。
強く……。
『狛治さん、もう十分です』
「こ、ゆ……?」
涙を浮かべ、そして誰よりも狛治を重んじる恋雪のその手は。
『強くなりたいのではなかったのか?』
「無、惨……様」
『お前はこれで終わりなのか? 猗窩座』
振り払われた。
「ぐ、あああああああああああああァアアアアアアアア!!!」
今、生き延びる為に必要な事は強くなること。そうだ強くなりさえすればそれでいい。
そうだ。まだ強くなれる。約束を守らなければ。
殺してやる。殺してやるぞ、ヘルカイザー亮。
もしも、ヘルカイザーが素手で戦う猛者であったのなら。
もしも、その攻撃が光線の類ではなく、拳であったのなら。
もしも、この戦いが誰かを守るためのものであったのなら。
だがそんなもしもはここには存在せず、あるのはその手を振り払ったという結果のみ。
「……流石だよ。お前の強さへの執念、足掻き……見事だ。血の滾りを感じるぞォ……」
既に視界は虚ろだ。胸の痛みが掻き消されるほどの重傷、抜けていく血の影響で立つだけで全身から悲鳴が上がる。
しかし、倒れる事だけはしない。
痛みなど吹き飛ばす程に、目など見えなくなろうとも構わない程に。
「この瞬間を感じている限り、瞬間は永遠となる……。
今、俺は充実している……! お前のお陰で……俺は再び輝ける」
もう二度と味わえないと思えていたこの瞬間をまたも感じることが出来た。
あの二度とないと考えた輝きを放てている。
「猗窩座……俺からの手向けだ。受け取れェ! リミッター解除発動ォ!!」
「……!?」
「攻撃の後、定められた自壊と引き換えに、サイバー・エンド・ドラゴンの力は倍増する……!」
その言葉の通り、使用したモンスターの滅びを代償にその力を倍にするカード。
単純な火力であれば、サイバー・エンドは鬼にも引けは取らないが、あの再生力は非常に厄介だ。
いかに高火力で削ろうと、その端から再生されては意味がない。
キメラテック・オーバードラゴンは連続攻撃、その合間に再生されて奴を仕留めきれなかった。
ならば、その隙すらも与えず一瞬の最高最大火力で殺し尽くすしかない。
今、サイバー・エンドは決闘融合の効果で猗窩座の力を上乗せし、更にそれを倍にした攻撃力を手にしている。
例え、上弦の鬼であろうと一瞬で粉微塵に消し飛ばすのに十分なほどの火力を。
「これが、俺の最高の輝きだぁ……!」
何よりも、この瞬間を永遠と昇華するにふさわしい輝きを。
儚くも、苛烈な笑みを浮かべ、ヘルカイザーはその瞬間を永遠のものとした。
猗窩座が光の飲まれ、周囲一帯が消し飛ぶ。
その中央に居るであろう猗窩座の姿はもう何処にもない。
全てが光の飲まれ、白に染まり消え去っていく。
サイバー・エンド・ドラゴンもまた代償を支払い、その巨体を消失させていく。
無に帰した街の一角で、唯一立つ人影が一つだけある。
「ハァ……ぐ、……」
全身は焼け爛れ、顔も半分は吹き飛び右腕が消失しているが、辛うじて人型の姿は留めそこに立っている。
「おれの、勝ちだ……ヘル、カイザー……」
猗窩座は立っていた。
サイバー・エンドの攻撃は上弦の鬼をも完全に滅却しうるほどのものだった。それ故、猗窩座は突破を諦めた。
技を避けるというのは、大分久方ぶりの事だ。なにせ鬼の体は基本的には不死、避ける必要がないからだが、今回ばかりはそうも言ってられない。
武人として気に障る選択だが、戦いとは結局のとこ生き残った者こそが勝者だ。
滅式を放つ手は緩めず、地面に足で穴を開け人一人が入り込める隙間を作り飛び込む。
後はそのまま穴を掘り進め、ヘルカイザーの後ろへと回り込んだ。
一瞬でも遅れていれば、猗窩座は消し飛びこの世にはいなかっただろう。
しかし、予期せぬこと、初めて遭遇すること、戦いの場にてそれらの事態全てに即座に対処する。
猗窩座にはそれが出来た
それでも、今の猗窩座は死に体だ。この有様では、柱でもないただの鬼狩りにすら負けるかもしれない。
そこまで追い込まれた。
「さ、いせい……が……」
上弦のなかでも特に再生に優れた猗窩座でも治しきれない。制限が課せられた影響もあるが、消耗があまりにも積み重なり過ぎたのだろう。
「……」
血の海の中で、ヘルカイザーは安らかに満足気な笑みを浮かべていた。
自らの勝利を確信したからか? いや、違う。輝けたからだ。勝敗も生死もどうでもよく、ただ輝こうとしていた。
かつては勝利に固執し、それだけを求め覇道を歩んでいたのだろう。だが、最後に辿り着いた境地に全身全霊で殉じたのだ。
この男に、後悔など微塵もなかった。
「俺、は……」
負けたのは奴で、勝ったのは俺なのに。
何故、奴のが満ち足りた顔をしている。
思えば、この数百年充実したことなどあったか? 高鳴る戦いは幾度かしたことはあるが、だが充実などしたか?
幾重もの無意味な殺戮と勝利を重ねて、それで何を得たんだ。
俺がしたかったのは……俺が殺したかったのは……。
「竈門炭治郎だ」
考えれば、奴が全てのケチの付け始めだ。
杏寿郎との戦いも俺の勝ちだったものを、奴が戯言を抜かし放った一撃のせいで無惨様の機嫌も損ねた。
挙句の果てに、つまらん記憶までほじくり返してくれた。
炭治郎、義勇……よくも、よくも思い出させたな。あんな過去を。
まずは奴らを殺し、因縁を清算してやる。
同じく、あの過去を想起させる虫唾の走る森嶋帆高も殺す。目障りだ、皆殺しだ。
あとは殺し合いへの対処か。
①『森嶋帆高』が天野陽菜と出会えず制限時間が過ぎた場合、太陽光が会場中にくまなく差し込みゲーム終了。1時間後に森嶋帆高の首輪の爆破を合図に全員退去。
厄介な話だ。
あの老婆の言う事を聞いても、鬼の身では生きて帰ることは出来ないとは。
③帆高が死滅した場合、その時点でゲームは終了。残った者は帰還できる。
しかし、これを見るに森嶋帆高を制限時間以内に殺しさえすれば、それでげーむとやらは終わりだ。日光も差すとは書かれていない。
あくまで制限時間が過ぎても尚、殺し合いが終わらなかった場合がこの制限時間に於ける終了条件なのだろう。
つまるとこ、帆高を殺しさえすれば日光は差さずに殺し合いを終えられるという事だ。
目的は最初から何も変わりはしない。
ただ保護するか、即殺すかの違いでしかない。
それから、あの別の何かに変わる感覚を今一度思い起こさねばならない。
ここに呼ばれる以前、頸を斬られても死ぬことはなかった。ならば、俺は到達しかけていたんだ。新たな領域へ。
そうだ。俺はもっと強くなる。強くなって……。
「先ずは……体を再生させなくては……」
再生の糧くらいにはなるだろうと、ヘルカイザーの遺体は取り込んだ。
あの輝きを、この身に刻み込むかのように。
自らも、いずれは輝けるだろうかと羨望するように。
『狛治さん』
「……」
気付けば、その声はもう届かなくなっていた。
【丸藤亮@遊戯王デュエルモンスターズGX 死亡】
※所持カードは戦いの余波で消し飛びました。
【猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:ダメージ(極大 再生中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3
基本方針:弱者は殺し、強者は鬼に勧誘する。
1:炭治郎、義勇、帆高を探し殺す。
2:別の何かになり、強くなる。
※頸を斬られてから、炭治郎に殴られる以前からの参戦です。
最終更新:2021年02月14日 07:42