「一体、どうなってやがるんだ」

止む気配のない雨の中で、その長い金髪と赤いコートを濡らしながら小柄の少年が思案を巡らせていた。
エドワード・エルリック。
最年少国家錬金術師であり、その右手と左足の銀の義手、義足から鋼の名を持つ錬金術師だ。

「確か俺はプライドとやりあって、それで……」

最強のホムンクルスであるプライドと交戦し、奴が自らの体を乗っ取ろうとして逆にエドワードがプライドの魂に干渉した。
そこまでははっきりと記憶にある。だが、その後の記憶はシャットアウトされ気付けば妙な映画に上書きされ、訳の分からない催しへと強制参加させられていた。

「どうやってあそこから俺を拉致したのかとか、聞きたいことは腐るほどあるが……今はあのホダカってのを探すしかねえな」

あの映画をどこまで信じていいかは別にしても、このバトルロワイアルに森嶋帆高が深くかかわっているのは間違いない。
何より、現状この場に呼ばれた参加者達に最も集中して狙われているのも確かだ。
エドワード本人の帰還の為に事情を聴きだすのは当然ながら、彼の命が危うくそれを察してしまった以上は助けない理由にはならない。

「人柱、か」

どこぞのお父様を連想させるワードだ。しかも、これにも神様とやらが出しゃばってくる。
天野陽菜という少女が犠牲になることで、東京という都市が救われる。それは映画を通して分かった。
恐らく、あの後の展開を予想するのであれば彼女が救われれば東京は水の底で、大なり小なりその他の大勢が苦しむことになる。

「錬金術師(ひとばしら)を使って扉を開けたお父様のように、あの陽菜って女も扉を開ける為の……」

思い当たる事と言えばお父様が神を取り込んだ場面だ。
もしも、これと同様だとするならばあの雨を降らし続ける神様も抑えるか、あるいは取り込むか定かではないが、その為の扉を開く人柱とも取れる。
無論、あの映画とエドワードの住む世界は明らかに異なる。エドワードからすればあれは大分未来の、恐らくはシン国の人種に近い異国が舞台である。
錬金術の法則がそのまま適用されるか否か、判断材料には乏しい。

「あのヘンテコな映画を真に受けるわけじゃねえけど、異常なほどに雨が降ってんのは確かだ。
 とにかく、今はここの脱出手段とヒナって奴の救出も考えねえと」

何にせよ。誰も死なせたくないのがエドワードの考えだ。
先ずは首輪を外し、そして森嶋帆高に接触し天野陽菜を助けて他の参加者達とここから抜け出す。

「やあ、キミ一人?」

降りしきる雨の向こうから、飄々とした細身の男が話しかけてきた。
老人のように白い髪、死人のような青白い肌、そして継ぎ接ぎだらけの奇妙な外見の男は容姿に反してやけに馴れ馴れしい。

「あんたは……」
「俺は真人、キミと同じこのゲームのプレイヤーかな」
「……エドワード・エルリック」
「いやー良かったよ。こんな物騒な事に巻き込まれて、俺心細くてさ」

真人はホッとしたような笑みを浮かべ、それをエドへ向ける。

「ところで、キミ幾つ?
 見たところ15か、6ってとこだよね。でも、ちょっと小さすぎるんじゃない? 牛乳とか飲んでる?」
「喧嘩売ってんのか!?」

馴れ馴れしい上に人の地雷まで悪気なく踏み抜く。その態度にエドは激昂した。



「大丈夫、俺が伸ばしてあげるから」

グニィ

軽く落ち着かせるようにその小柄な肩に真人は手を置いた。たったそれだけで、人の肉体が子供が遊んだ粘土のように変形していく。
頭が膨張し、目玉が飛び出る。手足は歪な昆虫とも動物とも取れないモノへと変わる。

無為転変。

人が人へ向ける負の感情から生まれた呪霊である真人の生得術式。
相手に直接触れ、その魂に干渉することで肉体を変形し改造できる。

「お……え……と」
「二足歩行のままかどうかは、保証できないけどね」

目を見開くエドワードの瞳に映ったのは、人の肉体を維持できず苦しむのを楽し気に見下し嘲笑う真人の笑顔だった。

(やっぱ、首輪の辺りは干渉出来ないのか)

真人が最初に考えたのが、無為転変を利用した首輪の解除だった。
このゲーム自体は確かに面白そうではあったが、命を握られているのは気に入らない。
隙があれば首輪は外したいところだが、真人に何の察知もされずこんな場所に閉じ込める輩だ。何かしらの対策があれば面倒だ。
よって、これは実験だった。首輪を外すように肉体を変化させたとき、どうなるか。

結論から言えば失敗だ。他の肉体は変形できるが首輪周りは弄れない。つまり、本体ではなく首輪の方をどうにかしないとこれはどうにもならない。

(まっ、追々人間で実験していくとして……やっぱり森嶋帆高を探すのが先かな)

それはゲームからの生還もさることながら、単純にどう天野陽菜との間に割り込むのが面白いかという娯楽から来る思いだ。
天野陽菜を改造人間にして森嶋帆高を絶望させるか、またはその逆か、何なら両方改造してそれでも愛し合うか試してみるか。

考えれば考えるだけ発想が豊かになり、楽しくなってくる。

あの映画を通じて、真人は感動していた。絶対に森嶋帆高と天野陽菜は自分を楽しませてくれるという確信があったからだ。

「狡猾に行こう。呪いらしく、人間らしく」







腹部の辺りだ。鈍い痛みを覚え、尚且つ妙な浮遊感が全身を支配する。





「は?」








それが突如として、盛り上がった地面が意志を持ったかのように柱になり、真人へと吸い寄せられたと気付くのは一瞬だった。
まあ、何らかの呪術なんだろうなとか。呪力がないのにダメージが通るのは、主催の奴等の仕業かもしれないとか、そういったことはすぐに納得いった。

(一応、バトルロワイアルなんだし、呪霊と戦いになるくらいには拮抗した連中もいるだろうなって思ってたけど)

宙に舞い上がった真人は僅かな浮遊後に重力に従って、地面へと叩き付けられる。やはり、痛い。
どうやら呪霊でも物理ダメージを受けるようになっているらしい。
これは有意義な情報だ。相手が呪術師でなくても、こちらを払ってくる可能性もあるということだ。


「立てよ。ド三流」


だが、それよりも何よりも。


「格の違いってやつを見せてやる!!」


改造したはずのエドワード・エルリックがこの場に人の姿のまま真人を見下ろしている。


(間違いなく、魂の形状は変えたし、彼に呪力もなければ輪郭も知覚してる様子もない。つまり、効かなかった訳じゃない)

驚嘆もそこそに真人は立ち上がり、一旦距離を取る。それに対し、エドワードは両手を合わせ地面へと触れる。
瞬く光と共に隆起し無数の柱が真人へと襲い掛かる。

(物質を変形させた?)

手を巨大化させ正面の柱を薙ぎ払い、続く追撃を足を変化させ空高く跳躍し避ける。

「へえ、なるほどね。モノを作り変える能力、キミは俺が変えた魂の形を作り戻(なお)したってことか」

輪郭を知覚するでも、呪力で守るでもない。変えた魂を元ある形へと戻した。真人はそう結論した。


(なんだ。あいつの……錬金術か?)

真人の予想通り、エドワードは改造される最中自分の魂を錬成した。
これはかつて、疑似・真理の扉から脱出した際と、プライドとの交戦時にエドワードも魂に干渉した経験があったからこそ思い付いた方法だ
理論上は変質した物を元あるものに戻すだけ、等価交換の法則を破るものではなく、魂という概念に触れたことで真人の無為転変が肉体ではなく魂の変形に起因したものだと直感したからこそ可能となった。

(扉を開けちまって、通行料を要求されるかもしれないと思ってたがそうはならなかった。魂の錬成は人体錬成じゃない? あるいは、あいつの力が等価交換の法則を無視しているから?)

呪術という未知の力に考察を進めながら、エドワードは真人を観察する。
錬金術では考えられないが、人体をああも容易く変異させリバウンドすら起こさず、質量保存の法則をガン無視した変形を強制させる。
さらに真人本人も例外ではなく、自身の肉体を様々な形に変え戦闘へと応用していた。

いずれにせよ。あの能力もそして真人という人物が、それを行使することの危険性をエドワードはこれ以上なく肌で感じ取る。

(改造人間で様子を見るか)

懐から萎れた干し物のような物を取り出し、エドワードへ投げつける。
真人が改造した人間を収縮させ、常に身に着けストックしているものだ。真人の意思でそれは人間大のサイズへと変わり、人並み外れた速度でエドワードへ肉薄する。

「くっ!?」

両手を合わせ、鋼の右手を刃へと変える。あのキメラのような異形は俊敏かつ怪力だ。生身の人間が直接攻撃を喰らえばひとたまりもない。
その前に勝負をつけて――。

あれは、人間じゃないのか?

脳裏を過ぎる可能性。

今しがた奴の力を体感したばかりだ。なら、都合よく真人がエドワードにだけ改造したなんてこと、ありうるのか?
それはない。そんな良識を持つ相手となら先ず戦うことなどないからだ。

なら、やっぱりあれは。


「お… …がい」


「……え?」


「ころして」


応戦していくエドワードを見ながら真人も錬金術を名称を知らないながらも分析していく。

(戻さない。なんでだ?)

最初は改造人間をすぐに戻すと踏んでいたが、いざ戦わせてみればエドワードは防戦一方。
一度使うとインターバルが必要なのか。それとも改造人間に意地悪しているのか。

(モノを変形させる。……その対象を理解、しないといけないのか?)

真人の推測通り、錬金術は理解分解再構築からなる。つまるところ、元の形が分からなければいくらエドワード・エルリックでも治すことが出来ない。
単純に戻せるという力ではない。

(確かに、自分自身の元ある形なら誰よりも理解できる。でも、顔も名前も知らないような他人じゃ、理解のしようもない)

更に元の姿が分からない為に、別の形へと錬成しようものならば、それこそ人体錬成となり成功はしないだろう。
エドワードが改造人間から戻れたのは、あくまで歪に変えられた魂を元に戻したからであり、新しく別の形に変えたからではない。
変異した魂を材料にその人物自身を再構築するのと違い。なまじ別の形へと錬成しようとした場合、それは新しく別の人間を作ってしまう事に相違ない。

錬金術と無為転変の差異。

あくまで有限のものから有限の範囲しか作れない錬金術と、そこにある魂からあらゆる法則を無視し変異させるのが無為転変。


(でも、そんなことよりもさ)

だが、真人がもっと重要視したのは別の事だ。


(彼――殺せないんだ)


途轍もないほど楽しい笑顔で、改造人間を相手に立ち回るエドワードを眺めながら真人を喜んでいた。
手には刃を身に着け、物質を変異させる能力もある。頭も回るだろうし、あんな雑魚どもならすぐに片が付くはずだ。
なのに、一切攻撃も出来ないまま、成すがままに防戦に徹するエドワードは愚かですらある。


「安心しなよ。その改造人間達はあと数十秒で死ぬからさ」
「なに!?」

あえてリミットを教える。

「考えたんだ。俺の天敵になるかもしれないし、というか俺、天敵多いな……。で、ここで始末しようかなとも思ったんだけど。
 それよりもゲームをしようかなってさ」

ある程度能力の種は割れたとはいえ、未知の領域にあるには違いない。万が一を考えるなら、処理はすべきだが欲求が赴いてしまった。

「俺は、他の参加者でこの改造人間を一杯作ることにするよ。普段は使い捨てって事で、数を用意して質には拘らないんだけど今回はちゃんと出来る限り長生きできるようにしてさ。
 そうそう、意識もちゃんと残って絶望を味わえるように……嫌だろうな、意識があるまま怪物になるって」

「な、に……言ってやがる」

「早く止めないと大変な事になるよ。
 俺は逃げる。
 ――だから、エドワード・エルリック、足止めしてるそいつらを殺して早く俺を追いかけてきなよ」



86: ◆VNz2VDTKZc :2021/01/07(木) 20:16:54 ID:CEMebACA0

「どうせ、すぐ死ぬし。治せないんだろ? なら殺せば良い。
 そして俺を倒して、大勢を救えばいい」

出来っこないよな。そう心の中で吐き捨てながら、白々しく喋る。

「て、めェ……ふざけ――」

真人へと向かおうとするエドワードを改造人間達が遮る。これを排除しない限りは真人には永遠に辿り着けないだろう。

「じゃあね。また会おう、エドワード・エルリック。
 今度はもっとお友達を用意して待ってるよ」


わざとだ。わざと大袈裟な身振り手振りをしてゆっくり背を向ける。
まだ、間に合う。この改造人間を殺して、どうせ助からない。それよりも多くの犠牲者が出るより先に、今ならあいつは油断している。だから。


「待ちやがれ! てめえええ!!」


ただ、冷たい雨のなかエドワード・エルリックは一人立っていた。



複数の怪物の遺体に囲まれて。



鋼の信念たる殺さない覚悟は、人ではなくなったモノですらも例外としてはくれなかった。





【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師】
[状態]:健康、精神ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:ここから脱出する。
1:真人を止める。
※参戦時期はプライド撃破前後。



【真人@呪術廻戦】
[状態]:健康、
[装備]:ストックした改造人間
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:楽しむ。
1:ひとまず帆高を探す。
2:改造人間を増やして、エドワードと戦わせる。
※参戦時期は少なくとも虎杖悠仁を天敵と認識して以降。
最終更新:2021年01月08日 23:47