新宿の街並みの一角に、とある駅が鎮座している。
駅と言っても、今のこの閉鎖された新宿では、電車が動いている訳でもなければ改札に駅員がある訳でもない。
備え付けのコンビニはシャッターが下りているし、自動販売機にも電源が入っていない。申し訳程度の日常を醸し出すのは、無造作に詰め入れられたフライヤーのみ。
がらんどうとしたその空間の、設置されていたベンチの上に、一組の男女が座り込んでいた。

「……よし、とりあえず落ち着けそうだな」

一人は、長身ですらりとした体形の男性。
Yシャツにスラックス、そして不快感を与えないそこそこに整った顔は、人当たりの良い営業職として十分に通用するであろう程度に。
そしてもう一人は、制服を纏った小柄な少女。毛先を緑に染めた黒髪を二つにまとめた彼女は、雨避けとして被っていた、元は隣の男が羽織っていたであろうスーツを軽く広げ直した後、男に向けて頭を下げた。

「すいません、わざわざスーツなんて……」
「えっ……ああ、心配しなくていいよ。どうせ濡れるしかなかったし」

雨の中偶然に出会った二人がまず考えたのは、濡れすぎる前に行動することだった。
下手に行動を重ねれば、ずぶ濡れになって最悪風邪を引きかねない。
この場所を含むほとんどの建物がもぬけの殻で、医者がいるかどうかもわからない。ましてやあの老婆が言っていることが事実なら、体調を崩してあたふたしている余裕などない。
そう考えていた男が、少女の軽装を見かねて雨避けにジャケットを貸しつつ、ここまで走ってきた形である。

「あ……その、名乗るのが遅れました。私、高咲侑って言います。虹ヶ咲学園、音楽科……志望の普通科二年生です!」

女子高生──侑の言葉に、男も「そういや、自己紹介がまだだったな」と立ち上がろうとする。
だが、その最中にふと何かを思い出したかのようにコートの裏地を探ると、指先で探り当てた目当てのものを差し出した。

「こっちを見せた方が早いな。俺はこういう人間で……」

懐から取り出したのは、彼がいつも使い慣れている名刺。
普段身に着けているものはスマートフォンも含め粗方没収されていたが、懐に忍ばせていたこれだけは残っていたことに感謝する。

「……名刺?」
「まあ、仕事柄こっちの方が慣れててな。今証明しろっていうのも難しいけど──」

信用してくれればいいな、と続けようとしたところで、少女の様子の異変に気付く。
どこか只ならぬ視線で、名刺ただ見ているだけならいいが、どうもそうは思えないような目線で、少女は名刺を見つめていた。
何かあったかと覗き込もうとして、いきなり侑が飛び上がるように顔を上げる。

「……283、プロダクション?……アイドル?」
「……?ああ。アイドルのプロデューサーなんだ、俺」

答える、と同時に、少女ががたりと椅子を鳴らして立ち上がる。
驚いて身を引くよりも早く、その手は男の手を掴み。
その目を輝かせ、期待に膨らんだ目でプロデューサーの顔を覗き込みながら──少女は興奮気味に叫ぶ。

「あの!──スクールアイドルについて、どう思いますか!?」


──スクールアイドルとは。
学生を中心とした、主に部活動としての形を取った学生によるアイドル活動であり、その立ち位置はいわゆるローカルアイドル的立ち位置にも近い。
メインは高校生であり、芸能プロダクションとの連携をする場所も決して多くないため、その活動規模は決して大きくはないものの、インターネットを通じた宣伝によって海外にもファンがつくこともあるらしい。
その頂点には「ラブライブ」──喩えるなら全国のスクールアイドル部による甲子園のようなものがあるが、彼女の学校にあるものはそれを目指している訳ではなく、最近では周囲の学校のスクールアイドルと連携したスクールアイドルフェスティバルなどあくまで自分たちのやりたいことを貫いている、と。

「……という訳で、スクールアイドル同好会として、プロのアイドルを見ていらっしゃるプロデューサーさんの視点を教えてもらえたら、と思ったんですが……」
「……うーん、アマチュアレベルとは言っても、流石にそんな大規模があったら聞き逃すことはないはずなんだが…」

そんな熱意の籠った侑の説明に対して、プロデューサーはどうにも浮かない表情で考え込んでいた。
いわばアイドルの本職であるプロデューサーならば、何かスクールアイドルについてもアドバイスを貰えないだろうか──そんな侑の出来心とは裏腹に、プロデューサーの知識はラブライブを含むスクールアイドルに関する知識が絶無であった。

「本職の人には知られてない、にしても存在すら知らないなんて……本当に聞いたことないんですか?」
「……俺が知らないだけならいい。だが、俺が担当してる子たちにも学生の子がいてな。そういった子たちからも話を聞かないっていうのは考えづらいか……」

283プロダクションで彼がプロデュースしているアイドルも、そのほとんどはまだ十代。流行に敏感であり、実際に学校生活を送りながら活動をしているメンバーが相当数だ。
自分がたまたま疎かっただけというならまだ分かる──それなりには詳しいつもりではあったが──が、そういった子たちが、ある種同業者ともいえる生徒が学校にいるにも関わらず一つとして話題に出さないということがあるだろうか。
特に、流行を積極的に追いかけるタイプの甘奈──大崎甘奈や、隠してこそいるがアイドルになる前から筋金入りのドルオタでリサーチも欠かさない結華──三峰結華などからも耳に入っていないのだから尚更だ。
どういうことだと思索するプロデューサーの頭に、ふと、ある思い出が去来した。

「……いや、そもそも……こういう考え方はないか?俺がいた日本と、侑さんが住んでいた世界は、似て非なる世界なんじゃないかって」
「……はあ?」

突然非現実的な内容を提示され、思わず侑の口から間抜けな音が出る。
それまで常識人だと思っていた目の前の男がよくない電波を受信しているのではないか、ということが頭を過ってしまい、思わず一歩引いてしまう。

「いや、こう、つまりさ。俺たちの世界には雨なんて降ってなかった──晴れ女の話なんて聞いたこともなかった。でも、実際こうして雨は降っているし、あのおばあさんの話が本当なら『森嶋帆高』もこの近くのどこかにいる」
「……まあ、それは、確かに」
「だから、こう…並行世界というか、そういったものから俺たちは呼ばれた、んじゃないか、って……」

少し自信なさげな先細りの声に、半信半疑といった表情を向ける侑。
下手をすれば老婆の話よりも信憑性のない荒唐無稽な仮説ともなればそのような表情ともなろうが、しかしそれならば業界人がスクールアイドルのことを全く知らないというよく分からない話もなくなる。
──実のところ、この男がプロデューサーを名乗る奇人であるという可能性も捨てきれないのだが、それならばもっとこのような変な仮説を声高に主張しそうなものである。

「……まあ、理屈は分かりますけど、ちょっと順応性高くないですか?」
「まあ……信じてもらえないだろうけど、三回くらいちょっとした異世界に行ったことはあるからな……」
「アイドルのプロデュースで異世界って……?」

高咲侑。
ファンタジーの類に興味がないわけでこそないが、超常現象を体験したことはないタイプの人間である。
尤もこの場合、体験したことのあるプロデューサーの方がおかしいと言えばその通りなのだが。



「……まあ、お陰で今の状況でも、少しは落ち着けてる訳なんだが」

そう言いながら、彼は外を見やる。
つられてホームの外を見れば、そこにはやはり、入ってきた時と変わらず雨が降り注ぎ続けている。

「……本当に、降ってるんだな……」

この程度の雨であれば、勿論プロデューサーも侑も体験したことはある。
台風といえる程に激しくはなく、五月雨と言える程に寒くもない。
ただ、終わることなく延々と降り続けるだけの──しかし、十二分に災害と呼ぶべき、「止まない雨」。
それは、この新宿を余すところなく覆い尽くし、自分たちが水没しようと溺れ死のうと尚止まらぬ雨だという。
今だって、改札階の床は既に水浸しになり始めている。まだ目立ってこそいないが、このまま降り続けるならばホームへ降りる階段が滝のようになるのもそう遠くはないだろう。
流石に今すぐとはいかないが、あの老婆が時間切れと定めた時間が来るならば、この場所も──。

「……さっきの話、あれも、本当なのかな」

侑が一人ごちる。
さっきの話、というものがなんなのか、勿論男も理解していた。
あの老婆に見せられたアニメーション映画。現代を舞台にしたエンターテインメント──そう一蹴できさえしてしまえば、それでよかった。
けれど、少なくとも今、こうして降り続く雨があの都市に降り続いたものであることを完全に否定するだけの材料はない。
いや、むしろあの不可解な感覚と、今も互いの首元に存在している首輪を見れば、どうしても「もしかしたら」という感覚を捨てられない。

「……信じられない。けど、このまま待っていて止むと信じるだけじゃ──」

その選択は。
あの映像の中、ひた走る帆高の姿をただ見過ごしながら、久方ぶりの晴れの日を祝福した無辜の人々と変わらない。
それを悪い、と断罪することはできない──が、少なくともその裏にある事実を知って、実際に天秤を傾けなければいけない身になった二人がそれを選ぶことは、明確な逃避である。
天秤の片割れは、この雨を降り続けさせること──すなわち、自分たちの水没。
もう片割れは──森嶋帆高の殺害と、天野陽菜の消滅。
ただ一つそれだけを達成すれば帰れる、とはあの老婆も言っていたが、勿論二人とも殺人の方法は勿論、心構えなどもある訳が無く。

「さっき、スクフェスの話をしたじゃないですか」

ぽつり。
先に口を開いたのは、侑の方だった。

「近くの学校のスクールアイドルを集めた、スクールアイドルフェスティバル……だったか?」
「はい。私たちの学校が主導した、スクールアイドルの皆の為の企画です」

それは、一見この状況と何の関わりもない、世間話のようなものであった。
だが、彼女と同世代の年頃の少女たちと触れてきたプロデューサーは、十分に理解していた。
これは、彼女にとって必要な、言わなければいけないことなのだと。

「それをするまでにも、色んな大変なことがあったんですけど──本番で、雨が降って、本来なら終わる時間が過ぎてしまったことがあって」

それは、どこにでもある理不尽だ。
天気予報だって絶対ではないし、パフォーマンスの形式や作り上げてきたステージがトラブルを起こすこと自体は幾らでも起こりうる。
それでも、届けられないということは、やはりどうしようもなく辛いもので。

「でも、それでもみんなまだ残ってくれていて──みんなの好きが詰まったステージを」

──それはまるで、本当に虹がかかったようだったと。
ステージ演出の虹を仰いでそう思ったのだと、彼女は言った。
彼女の心に消えぬ思い出として、これ以上ない勇気が芽生えるきっかけとして刻まれたそれは、何物にも代えがたい思い出で。
──それはきっと、あの映画の中で「100%の晴れ女」に頼った人々も、同じなのだと、分かっているから。

「──だから、誰かに希望を届ける為の晴れ、っていうのは、失くなってほしくはないんです」

雨が晴れなければ、虹がかかることはない。
曇天のまま、雨のまま停滞し続けること自体を良しとすることは、きっとできない。
晴れた空の下で、希望を仰ぎ見ること。「好き」を貫くための舞台で、太陽の下「好き」を貫くこと。
それはきっと、かけがえのないことで。
だから、高咲侑は、晴れた世界を失くしてしまえばいいとは言えなくて。


「でも」

──けれど。
けれど、だからといってすぐに肯定できることなど、もう出来なかった。
思い出すのは、優木せつ菜/中川菜々のこと。
彼女一人が辞めれば、すべて丸く収まると思っていた時の彼女の姿。
自分にスクールアイドルの輝きを教えてくれた、他ならぬ彼女が、他人の「大好き」を邪魔しないように息を潜めていたこと。
──森嶋帆高が何気なく好きだと言っていた晴れの為に、祈ることを決めた陽菜の姿は、自分が見た彼女の姿のようで。

「その為に、あの子を犠牲にしろだなんて。言える訳ないです」

それは、ただの綺麗事ではなく。
巡り巡って、輝きを探したいと彼女たちのおかげで、自分が叶えたい夢を見つけられたからこそ。
最初に輝きを示してくれたきっかけをくれた筈の優木せつ菜が、自分以外の輝きを蔑ろにしない為に身を引いていたからこそ。
天野陽菜にとっての森嶋帆高という存在に、共感を覚えて。
天野陽菜が森嶋帆高の為に願っていたことを──たとえその重みは異なるとしても──理解して。

「──支えられて、支えて。見つけてくれる誰かがいて。だからこそ、私たちの好きは届けられるんだって、私は知ったから」

だからこそ。
その二つを鑑みた上で、少女は思う。
もしも、あの物語が今も続いていて。
天野陽菜が願った晴れか、森嶋帆高が願う天野陽菜のどちらかを選ばなければいけないと、世界が突き付けていたとして。

「──私は、諦めてほしくない。晴れも、陽菜さんも」

──それでも、諦めたくないと、少女は言う。
たとえそれが、神の摂理であろうと。
たとえそれが、世界の仕組みであろうと。
それでも、彼等が好きな空を、愛した世界を、捨てさせたくはなかった。

それを聞き届け、プロデューサーは静かに目を閉じる。

「……虹、か」

彼女が言った言葉が、ふと口をついて出る。
思い浮かぶのは、初めての283プロダクション合同ライブの時に社長が言い放った言葉。

──我々はこの空に、虹をかけねばならん──

そして、その言葉と共に浮かぶのは、やはり六色に色分けされた彼女たちの姿。
輝ける星の黄、揺らめく炎の紫。太陽の橙に花の桃色、ネオンの赤、そして夜光虫の青。
未だ一色は足りざれど、それぞれが己の色を持ち、今まさに描いている最中であって。
そして自分は、彼女たちがこの空に輝けるよう、支える立場であって。

──だが、今は。
その輝きを届ける為の空は、灰の一色に染まっていて。
新たな色を描く為の絵筆は、彼女たちのもので自分のものではない。
あくまで支える立場の彼は、未だ絵を描くことができず。

「──現実的には、やっぱり、難しいとは思う」

そして、そうした立場から言うのであれば。
彼は、彼にとって無責任なことは、言い切ることができない。
それは仕事であっても、今この場であっても、変わることのないことだった。
現実は時に無情で、期待を裏切られることも、別の誰かの都合に負けることもあって。
彼が奔走するアイドルの仕事で、ただ信じていれば望んだように彼女たちが輝くわけではないように。
だから、もし失敗したら──というその時のことを考えれば、軽率にそれを応援する訳にはいかない。


「──それでも、やりたいか?」
「──っ」

──その上で。
もしも、それを望むのであれば。
己の輝きを見つけ、それを裏切らない為に、進みたいというのであれば。
可能性が如何に低かろうと、その輝きに手を伸ばそうとする彼女を、支えられる限り支えてみせる。
それが、283プロダクションのプロデューサーとして──いや、一人の人間としての、彼の在り方だった。

「──はい」

そして。
高咲侑も、決意する。
それは、失敗するかもしれない。
それは、後悔の道かもしれない。
人の命を握っている局面なのだから、猶更だ。
けれど、そうであっても──陽菜と帆高の、そして何より自分が思い描いた輝きを諦める訳にはいかないと。


──それは、決して叶わぬ願いであった。
只人である二人が足掻いたところで、運命を捻じ曲げることなどできない。
あるいは、森嶋帆高自身がそうであったように。
尋常ならざる神の、その摂理そのものに抗うことなど、彼等には出来はしない。

だからこそ、この願いは終わる定めにある。
今はまだ希望を謳えども、いずれいつかどちらかの選択肢を選び、どちらかの為に、彼等は動くしかない。
今はまだ可能性を信じていようと、いつか本当にどうしようもないのだと理解できてしまった時、その選択ができてしまう程度には、彼等はどうしようもなく賢明で。
虹を描くことを諦めるか、それとも虹の代償に己を含む多くの人々を諦めるか。
彼等に許されるのは、その二択だけしかない。
それが、この世界の摂理なのだから。

だから。
夢を叶える場所はなく。
空を塗り替える色はなく。
その祈りは、虚空に消えて。



「──はッ、随分と大それたことを考えるやつがいたもんだ!気に入ったぜ、男前にお嬢さん(マドモアゼル)!」



──けれど。
けれど、そこには“彼”が居た。


「確かにそいつは、とんでもなく困難な道かもしれない。本来叶うべくもないモノを願う、身の丈に似合わぬ理想かもしれない」


薄暗いホームの外、声に応えて二人が仰ぎ見た先に。
雨に幾らか濡れながら、燃える炎の熱さを宿し。
その男は、さながら天を突くように屹立する。


「──だがな!少なくともその願いは、今ここにいる──オレが聞いた!聞き届けた!」



──雨空の下に──



──男がひとり──



「ならばこそ、オレはこう言おう──」



──彼のすがたは──



──虹色の如く輝いて──



「──人に、不可能などないと!」





🌈


雨が、降っていた。
世界を暗黒に閉ざすかのような、雨が。
ごうごうと鳴り響く雨音は、風情を感じる余地もなく、耳障りな不協和音を奏でているようで。
行く道をも包み込む暗闇は、濁流と共に足を留め、ただ真っ直ぐに歩むことすらも阻み続ける。

成程確かに、それは晴らさねばならないものだ。
成程確かに、それは恵みを超えた、人を吞む災害のかたちだ。
この雨こそは、町も命も人の願いも、何もかもを飲み込む禍である。
晴れてほしいと祈る人々の心など構いなしに、ただ荒れ狂う激情のみが雨風に化けて世界を喰らう。
──それはあたかも、世界が龍の息吹に揺れる梢の葉と化したようで。

「人を殺さねば立ち行かない。誰かが犠牲にならねば、雨は止まない。
成程、ありふれてはいるかもしれないが、残酷な話だな、これは」

曰くそれは、神が定めた世界の摂理であると。
映像の中で神殿の主らしき老人が語っていた言葉は、確かに的を射ているのだろう。
天候。人類種が左右できぬ自然の猛威として、有史以来戦い、同時に畏れ続けてきたもの。
その凄絶さに関して言えばこの霊器にも覚えはあるが、まさしく神の気紛れの一端と言われても納得もできようものだ。


ならばこそ。
その雨を鎮めるにあたって、人々はきっと思うのだろう。

──その為なら、誰かが犠牲になるのは、仕方のないことなのではないかと。

ならばこそ。
その雨を見ても尚、少年はきっと思うのだろう。

──その為だとしても、彼女が犠牲になるならば、この雨が降り続いてもいいと。

ならばこそ。
ヒトは、何かを諦めるのだろう。
この世には、どうにもならぬことがあるのだと。
何かを犠牲にせねば手に入らぬものが、世界にはあるのだと。
大切なものを守る為ならば、それ以外は要らないと、跳ねのけるしかないモノであると。

人々は世界を生きていて。
少女が世界を背負っていて。
少年は少女を救わんとしていて。

人々も少年少女も、それぞれに、何かを切り捨てんとしている。

その在りようはきっと、曲がりようのないものなのだろう。
人々の明日への無垢な祈りも、少女から今はもう失われた希望も、少年の切なる願いも、きっと世界にはありふれたものであり。
そしてその先に、どうあれ結果が出る。
世界の容貌は、あるいは変化して、あるいは変化しないで。そしてきっとその先で、それでも世界は回るのだろう。
それを彼等は受容して、あるべき形に戻っていく。
    ・・・・・・・・・・・
そして、別にこれで良かったのだと、いつか思う日も来る。
──そういうものだ。
ヒトが生きていく世において、きっとそれはよくあることだ。
それはきっと、ありふれた物語の終焉で。



「だが、なあ。それじゃあイマイチ物足りんとは思わないか?」

されど、されど。
男は笑う。
曇天の暗闇に閉ざされた街路を迷いなく突き進み。
滴る雨音の嘲笑を我知る物かと聞き流し。
その中に混じる諦めろという世界の声を、捻じ伏せるかのように力強く、笑う。

「──奇跡を謳う老婆よ。知らないようなら教えてやろう」

きっとこの場には、様々な諦感が溢れるだろう。
あるいは唆された殺戮への嫌悪と恐怖によるものかもしれないし、あるいはあの少年がひたむきさと鏡合わせに抱えているものかもしれない。あるいは──そんなものは、幾らでも転がり落ちることだろう。

「ヒトが掴む奇跡っていうのは、与えられるだけじゃあない。誰かが動いた先に転がっているものを、掴むことだって出来るんだぜ」

けれど、けれど。
それでもまだ、もしかしたらきっと、と。
願う声が、聞こえた。
願いたいとするものが、まだ、ここにいた。
希望を信じる、ただの人間が。
確かにここに二人、希望を胸に抱き締めて。
雨上がりの虹を、望んでいた。

それならば。
それならば、男は知らしめなければならない。
諦める必要などないのだと。
この世界そのものに、希望を求めても良いのだと。
それを信じて動くことが、きっと何かの波紋を産むのだと。

だからこそ。
彼は踏み入った。
希望を願う言葉を放った、彼等がいる空間へと。

そうして、今。
彼は、立っていた。
虹を夢見し二人の前に、泰然として。
希望を願いし二人の前で、不敵に笑い。




「───、っ───」
「───は、はっ───」


──思わず、口から笑みが零れる。
晴天の霹靂のように現れた偉丈夫の言葉に、只人たる青年も少女も、揃って。
かの男が持つ荘厳な武器よりも、隆々としたその体よりも、圧倒されるのはその言の葉。
本来ならば、それで終わろう筈もない。武器を従え突如現れた大男の演説など、殺し合いの場では恐慌になろうとも仕方ない所業。況してや、笑うなどあろうはずもない。
されど、二人をうち震えさせるものは、決して恐怖では有り得ない。
遥か遠征を経て凱旋せし英雄のカリスマ──でもない。

可能性の光。
心の奥が疼き、燃え、震えるような高揚を呼び起こす、七色。
その光を、彼等はその時、確かに男に見出だした。

それは。その輝きは。
彼等彼女等が魅入られた、舞台の上で燦然と輝く少女達が宿すものとは、また違う。
されど、決して違えることなき──




──虹のような。
──『偶像(アイドル)』の煌めき。




「この曇天を!雨を!晴らしたその先に!─────ヒトは、きっと万人に捧ぐ虹を架ける!」


──高らかに叫ぶ!
今は遠き、遥か天空に向けて!
決して払われることのない、雲に覆われた天蓋に向けて!
否、その先の、いと高き空に棲む「ソレ」にすら届かせんとするように!

「誰かが、今も願っているのだろう。
──明日の空が晴れたら、あるいは生きていけるかもしれない。
──明日の空が晴れたら、あるいは彼が喜んでくれるかもしれない。
──明日の空が雨でも、あるいは彼女は生きてくれるならばそれでいい。

──けれど、もし叶うのであれば!
この雨の先、再びの晴れの先に、誰もが平等に虹が見れる日をと!」

──沈み行く太陽よりもなお赫き、決して消えぬ炎が如く。
──閉ざされた未来の地図に、凱旋すべき新たなる標を刻むように。
快男児は、猛る。笑う。咆哮する。

「だとすれば。だとすればだ!誰かが言わねばなるまい!
虹は架かると!
諦めるモノなどないと!
世界は肩に載せるものではなく、誰かが動き、作り出していくモノであるのだと!」

その右手は、巨山のように聳える砲を握り締め。
その脈動は、爛々と希望を謳う。
夢が、輝きが、願いがそこにあるのならば。
この空に、まだ見ぬ地図に、その到達点への標を示す。
それこそが──



「──いや、いいや!それは、オレがやるしかあるまいよ!」


──稀代の哲学者、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルが、かの男を評するに曰く。
彼こそは、世界を前に進める御心の開花であると。
神が与えたもうた人類の歴史の物語を、ヒトとして切り拓く世界の精神の依り代たると。
ならば彼は、神が定められた通りに世界を切り拓く、神の傀儡であったのか。


「──改めて、名乗らせてもらおうか」


──否。
生前のかの男は、あるいはそうだったかもしれない。
だが、彼の男を見て、ヒトは願った。
そして彼の男は、その願いすべてを果たした。
神の手心の介在があろうとなかろうと、それは民の願いを叶えてみせた。
その行いは、立ち居振舞いは、どうあれヒトの願いに応えるモノとして、ヒトの心に刻み込まれた。
ならばこそ、其れこそは誰かが願った世界を体現し、ヒトに可能性を示す英雄の具現である。
人類種が祈りし希望を肯定せし、人間の可能性の証明である。


「サーヴァント、弓兵(アーチャー)。英雄、ナポレオン」


故に、彼こそは。
ナポレオンという偶像のかたちを得た、人間の可能性は、吠えるのだ。



「──夢を!願いを!叶える男だ!」




──愛にできることは、未だあると。
──人(きみ)にできることは、未だあると。





【高咲侑@ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3、シャニPの名刺
[思考・状況]
基本方針:陽菜を犠牲にせず空を晴らす方法を見つける。
1:(ナポレオンに圧倒されている)
※参戦時期はスクールアイドルフェスティバル終了後、ラストシーンの転科試験よりも前です。


【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、ずぶ濡れ
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3、名刺数枚
[思考・状況]
基本方針:陽菜を犠牲にせず空を晴らす方法を見つける。
1:(ナポレオンに圧倒されている)



【ナポレオン@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:勝利砲@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:二人の希望に従い、晴天と陽菜を共に取り戻す方法を見つける。
1:まずは帆高を見つける。
※参戦時期は未定です。カルデア召喚後、二部二章で召喚された、マスター不在でロワ会場に現界した、のいずれでもよいものとします。
最終更新:2021年01月17日 00:24