雨は、憂鬱なものだと思っていた。
 てるてる坊主を作ってみたり、連想ゲームで遊んでみたり、そんな風に気を紛らわせることが必要になるくらいに、雨とは気の滅入るものだった。

 雨は、憂鬱なものだと思っていた。
 でも、雨宿りと称して入った観覧車の中、貴方と二人で見つめた夜景は綺麗で。こんな機会が巡ってくるなら、雨も悪いものではないのかも、なんて思えたものだった。

 雨は、憂鬱なものだと思っていた。
 貴方と一緒にどしゃ降りの雨の中を走った時、髪の毛もシャツも肌に貼りつくのが、靴の中まで水が染みてぐちゃぐちゃになるのが、やっぱり楽しくて。きっと、貴方と一緒に浴びる雨だったから。

 雨は、憂鬱なものだと思っていた。
 それは、正解でも間違いでもあるのだろう。大切に想える誰かがそばにいれば、人はきっと、どんなに辛く苦しい雨でも受け入れて、生きていくのだろう。


 オープンテラスの座席に使われている小洒落た純白のテーブルと椅子が、雨粒に無慈悲に叩かれている。その様を映し出す窓ガラスもまた、表面に無数の水滴を貼り付かせていた。
 テーブルも椅子も片付けた方が良いのではないかと思いつつも、雨の中へと出ていく気にはなれず。そんなことに意識を向けられる程度には平静を取り戻せていることを自覚しながら、グラスに注いだ冷水をまた一口飲んだ。
 来た時点で照明は元から点いていたのに、なんだか薄暗いように感じる。そんな印象を持ったカフェの店内で、桑山千雪の過ごす時間がそろそろ十五分を経過する頃だった。

「あの子、どうしてるのかな……帆高くん、でいいのかな」

 千雪が考えているのは、殺し合いに対する倫理的な是非だとか、殺し合いを一方的に命じた老婆の正体だとかではなく。何の予告も無しに始まったものでありながら気付けば見入ってしまったあの映画と、その中で主人公として登場する『森嶋帆高』という少年のことだった。
 あの映画の内容は、この殺し合いにおける一種のメタファーに留まるものなのか。もしくは、あの映画の登場人物であった『森嶋帆高』は、本当に実在するのか。
 もし後者であるならば、『森嶋帆高』は、今もこの雨天の中を駆けていることになるのだろう。世界に晴天をもたらすための人柱となった『天野陽菜』を取り戻すことを願いながら。本当に、ただそれだけを考えながら。
 捨て犬のように、その身体を濡らして。

「……ちゃんと止めなくちゃ、だよね」

 あの映画で綿密に描かれた『森嶋帆高』達の日常、擬似的な家族関係が成立してから離別の時を迎えるまでのドラマに、千雪は胸を暖められ、そして締め付けられるような思いを抱いていた。
 そして、そんな感性とは全く別に、頭の片隅では常に、考えていた。それを認めるのは少しだけ哀しいことだと思いながら、事実として考えずにはいられなかったのだ。
 この子は、ああ、なんて「愚か」なのだろうと。

 食い扶持を稼ぐあても無いまま、親と絶縁して東京へと辿り着いた、いつだって悪い大人の格好の餌食にされてもおかしくなかった『森嶋帆高』が。
 『天野陽菜』の持つ「晴れ女」としての力を利用したビジネスが有名になればなるほど、自分達の身元が特定されるリスクも高まるということに、おそらく気付いてもいなかっただろう『森嶋帆高』が。
 社会の一員として全うな理由で少年達を補導、いや、保護しようとしていた大人達を、自分達の中を切り裂こうとする敵だと見なし、その手を振り払った『森嶋帆高』が。
 たかだか数万円の乏しい資金を頼りに逃避行を始め、それにも関わらず三人一緒にいるという状況で熱に浮かされたように散財を始める、未来への展望も計画性もまるで持っていなかった『森嶋帆高』が。
 千雪には、「愚か」なものに見えてしまったのだ。

 理解はしているのだ。『森嶋帆高』はまだ教育を受けるべき年齢の子供であり、そんな彼に社会の構造を見通せるわけがなく、結局は全て、やむを得ない顛末であったのだと。
 しかし、狭い視野だけで状況を見つめて袋小路へと進んでいく『森嶋帆高』の姿に、感動とは別の、痛ましさを感じていたのは事実で。
 そのようにボーイミーツガールの物語をどこか醒めた視点から見てしまう自分がいるくらいに、桑山千雪は、大人であった。

「……ごめんなさい。持っていきます」

 カフェを経つ前に、出入り口の傘立てから持ち主不明の傘を二本拝借する。一本は千雪が使うため。もう一本は、今頃一人で雨に濡れているだろう『森嶋帆高』と出会えた時に、差し出すために。
 『森嶋帆高』を探そう。それが、千雪の立てた当面の目的であった。
 『天野陽菜』を取り戻すことだけで頭がいっぱいなのだろう『森嶋帆高』が、正気で行動できるとは思えない。
 無鉄砲ゆえに彼自身の生命を無為に散らしかねない、という懸念だけではなく。目的地とされる鳥居が彼の目の前にあれば、躊躇なくその下を潜ってしまいかねないことが、怖かった。
 世界がどうなったっていい。その言葉の持つ意を重みを真に実感できていないままに、彼が一人で罪を背負ってしまう未来が、怖いのだ。
 誰も傷付かないのは、とても幸せなことだ。しかし世界はそれを許してくれず、時には人に加害者となることを要請する。だからこそ隣人と言葉を交わし、気持ちを伝え合うことが、大切になっていく。
 自分達は、『森嶋帆高』と会うべきだ。その後の未来をどう迎えるべきかの展望なんて、まだ決まっていなくとも、まずは彼ときちんと対話をするべきだ。それが、今の『森嶋帆高』が享受するべき保護の第一歩であるはずだから。
 そのコミュニケーションの過程で、お互いの思いが、どんなにこんがらがってしまうとしても。

「私、まだ大人じゃないもんね」

 桑山千雪は、大人である。
 そして、年下の子達を守りたいと思うくらいにはお姉さんで。
 少年と同じ目線に立って、その必死な気持ちに寄り添おうと思えるほどに、桑山千雪は、少女だった。



【桑山千雪@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:できるだけ、誰も傷付かないことを目指す。
1:森嶋帆高を探す。
最終更新:2021年02月14日 18:55