私、■ちゃんだけのスクールアイドルで居たい。

だから、私だけの■ちゃんで居て──


それはきっと、呪いの言葉。
変化を恐れた少女の、どうしようもない呪詛。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪     ♪


「……」

雑音めいた雨音が屋根の上を踊るバス停。
すぐ近くに見える標識は、真っすぐと左に逸れる矢印が合わさったマーク。
“指定方向以外進行禁止”を意味する標識……分かりやすく言うのであれば“右折禁止”。
そんなバス停のベンチに座る、彼女は1人。

頭の中に反響するのは、先の老婆の言葉。

『森嶋帆高』を食い止めれば、元の世界に帰れる。
その上でお題を達成すれば、どんな願いでも叶えることが出来る。

(どんな願いでも。それって……)

あの子の夢を。
私の知らないところでピアノを始めて、私を置いていってしまう侑ちゃんの夢を、終わらせることだって出来るのかな。
目まぐるしいけど楽しいスクールアイドルの世界から、退屈で窮屈な、けれども侑ちゃんが隣に居る日常に、戻ることが出来るのかな。

彼女──私立虹ヶ咲学園普通科2年・上原歩夢の心には、老婆の言葉がとてつもなく甘美な誘惑としてこびりついていた。

けれども。歩夢には、あの青年を止める勇気はない。
ましてや殺すだなんて大それたことは……普通の女の子に、出来る筈もない。
それでも。歩夢には、どうしても叶えたい願いがあった。

高咲侑に、置いて行かれたくない。
ファンのみんなのためじゃない、たった1人のために始めたスクールアイドル。
その“たった1人”に、置いて行かれたくない……。

「……」

脳裏にフラッシュバックするのは、昨晩の出来事。
私の傍から離れてしまう未来を語ろうとする侑ちゃんの言葉を遮るように押し倒した、あの出来事。

逃げるように侑ちゃんの部屋を後にして──気が付けば、先の映画。
ボーイミーツガール、っていうジャンルだったかな。
学校の帰りに侑ちゃんと映画館に寄ることはよくあったし、その手のジャンルだって幾つかは観て来た。
だからこそ分かる。何もしなければ『森嶋帆高』は確実に『天野陽菜』の元へ向かうだろう。
食い止めろ、と老婆から言われている時点で今更な話ではあるが。

願いを叶えたければ、彼を止めなければいけない。
高咲侑の夢を終わらせるためには『森嶋帆高』の願いも閉ざさなければならない。

分かっている。
その考えがどれほど残酷なのか。
分かっては、いる。

その選択肢は、裏切りの選択肢だ。
『天野陽菜』に対する裏切りであり、侑ちゃん、スクールアイドル同好会のみんな、そして……スクールアイドル・上原歩夢のファンに対する、裏切りだ。
私はただ、怖い。
こんな私を良いと応援してくれる人が居る。
その気持ちが嬉しくて、大切で。
“高咲侑のスクールアイドル・上原歩夢”から“みんなのスクールアイドル・上原歩夢”になろうとしている。
侑ちゃんだけじゃなくて“上原歩夢”でさえ、私の元から離れようとしている。
それがたまらなく、怖いんだ。

ただ、少なくとも。
元の世界に帰るためには、あの青年を止めるしかない。
願いを叶える叶えないにしても……『森嶋帆高』が『天野陽菜』の元に辿り着いたら、私は死ぬ。
いま居る世界の命運を握っているのは、彼。私の命を握っているのは、彼なのだ。

いま。上原歩夢は、大きな岐路に立たされている。
『森嶋帆高』と高咲侑の未来を閉ざすか。『森嶋帆高』だけを止めるか。
或いは、何もせずに無意味な時間を過ごすか。

「そんなの、分からないよ……」


      ♪


上原歩夢は、その一歩を踏み出せずに居る。
大切な人に答えを訊くことも出来ないまま。
すぐ近くに見える信号は、ランプが点らず真っ暗で。
バスが来ることも、恐らくない。
あの日の約束が目覚めることも、まだない。



ただ、少女は孤独(ソロ)で悩みを抱え込む。

想い──未だ、花開かず。

【上原歩夢@ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会】
[状態]:健康・焦燥
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:分からないよ……
1:私は、どうしたらいいの……?
※参戦時期は1期11話終了後、1期12話の手前です
最終更新:2021年01月17日 02:48