どんなに遠く離れていても。いつかまた、僕たちは寄り添い合える。
あの大雪の日のように。きっとまた、二人で同じ桜を見ることができる。
とうの昔に、途方もないところへと行ってしまった日々。宇宙の彼方ほどの“距離”で分かたれた思い出に、あの頃の僕はずっと焦がれていた。

僕たちは、ずっと一緒にいられる。きっとこれからも、同じ道を歩み続けられる。そう信じていた。どうしてだったんだろう。あの頃の僕達は、ひどく無邪気だった。
遠く離れたところへ引っ越してしまった明里。遠く離れたところへ引っ越すことが決まった僕。僕と明里を隔てる、どうしようもない“距離”。もう会えないかもしれない。だから、会いたかった。
無我夢中で向かった。すぐにでも明里に会いたかった。だから僕は、初めての旅を経験した。
見たことのない路線。緩やかに走る列車。降り積もる大雪。悪意に足止めされているように、呆然と過ぎていく時間。もどかしくて、苛立たしく。それでも僕は、明里と会えて。

あの日から、僕の世界は変わった。
また明里に会えることを信じて。明里を守れる強さが欲しくて。僕はただ、漠然とした眼差しで、遠くを見つめるようになった。
あの空へと旅立ったロケットは、果てもなくて―――。

打ち続けた言葉は、何処にも届かない。大人になってから、何かを追い求めるように仕事へと打ち込んで。だけど、そこには何も残らない。
心の縁を失って、哀しみと虚しさだけが積み重なる日々に、耐えられなくなった。

無垢だったころの記憶は、どこまでも遠くて。
僕たちの心の距離も、ひどく離れていて。
だけど、あの頃の夢を見て。それが“思い出”だったことに気が付いて。あの踏切を振り返って、彼女がいなかった瞬間。

もう大丈夫だ、この先も。
僕はどうしてか、そう思うことができた。






空模様は、変わりそうになかった。
鉛色の曇天。降り続ける雨粒。コンクリートにざあざあと打ち付けられる、雫の音色。
止むはずもない雨は、打ち捨てられたような新宿の街を淡々と覆い続ける。
終わることはない。留まることもない。暗雲のような現実を前に、景色はただ何も語らずに流れ続ける。

閉鎖された街の一角。古びた雑居ビルの入り口、屋根の下で雨宿りする二つの影。
黒髪の男性――遠野 貴樹は、呆然と立ち尽くすように雨雲の空を見上げていた。
沈黙が場を支配する。雨粒の音だけが反響し、二人だけの空間を静かに包み込む。
ここに来てから、どれだけの時間が経ったのだろう。何十分も、何時間も過ぎているような錯覚を覚えてしまう。貴樹は取り留めもなく、一息を吐く。

悪い夢を見ているのかもしれない。ここに送り込まれた直後、ひどく現実味のない状況を前にして、貴樹はそんなことを思ってしまった。
映画。バトル・ロワイアル。老婆。怪物。首輪。願い。失われたはずの命が、目の前でよみがえる。先程まで目に焼き付けていた情報が、貴樹の頭の中で乱雑に横たわる。
これが現実だなんて言われても、納得できるはずがない。だけど、ここに立つ自分の感覚は、どうしようもなく生々しい。

貴樹はこの街に放り込まれて、宛もなく、ただ打ち付けてくる雨をやり過ごすことしか出来なかった。
そうして辿り着いた雑居ビル。そこには、先客が居た。
青みがかった長い髪を持つ学生服の少女が、入り口を覆うシャッターにもたれかかるように座り込んでいた。
彼女は現れた貴樹を見上げて、少し驚いて。害を与えるつもりはないと貴樹が伝えると、微かに安心したような様子を見せた。
互いに名前だけ伝え合った。少女は、鎧塚みぞれと名乗った。
それから二人は、シャッターを背にして、沈黙のまま時を過ごしていた。
そうして、今に至る。

「止みそうに、ないね」

今更のような一言を、呟いてしまう。
みぞれは何も言わず、数秒の間を置いて、こくりと頷く。
あの映画に出てきた少年――森嶋 帆高。彼を巡るゲームが終わらない限り、この世界には雨が降り続ける。ルール説明でも示されていた通りだ。
耐えることのない空の涙。陽の光をもたらすための手段は、自分たちが生きるための手段は。
制限時間を超えて、このゲームを終わらせる。あるいは、誰かの手で直接、森嶋帆高を―――。

「あの……男の子」

蹲るように座り込んでいたみぞれが、振り絞るように声を出す。
静寂を破った少女を、貴樹はゆっくりと見つめる。



「森嶋、帆高くん」

あの映画に出てきた少年の名前。
我武者羅で、どうしようもなく青臭くて、ひどく放っておけなかった、あの少年。
貴樹は、自らの脳裏に焼き付いた帆高の姿を反復する。
そして、みぞれが次の一言を呟いた。

「……どう、思いましたか」

彼を、どう思ったか。その一言で、貴樹は再び空を見上げた。
宛もなく都会へと飛び出し。野良犬のように彷徨い。掛け替えのない少女と出会い。子供たちだけで、束の間の一時を過ごし。そして、失ったものを取り戻すために、彼は奔った。
少女――陽菜は、遠くへと行ってしまった。巫女として捧げられて、惨たらしいほどの青空と引き換えに、遥か彼方へと消えてしまった。
それでも、あの少年は走り続けた。たとえ力が無くとも、社会を敵に回そうと、たった一人の大切な何かのために奔走した。
貴樹は、ふいに思い出した。
明里と会うために、栃木まで向かったあの日のことを。
もどかしいほどの時間が流れていく中で、それでも彼女と会いたい一心で進み続けたときのことを。

ああ、彼は―――あの途方もない“距離”を縮められるんだな。
貴樹の胸に訪れたのは、まるで感傷のような想い。
奇跡は起こらず、すべては思い出になっていくことを受け入れた自分とは違う。
そんな帆高が、貴樹の中で強烈な印象を残していて。

「まぶしかった。少しだけ、羨ましかった」

だから貴樹は、率直に答えた。
あの踏切を振り返ったときと同じように、寂しげに口元が微笑んでいた。
貴樹の反応を見て、みぞれは何も言わずに虚空を見つめる。

「私も……思いました」

雨音に掻き消されそうになるほどの、小さな一言。
変わらない空。降り注ぐ雨。
再び訪れた沈黙の中で、みぞれは口を開く。

「……あの子との“距離”が、怖かった」

絞り出すように、吐露するように、みぞれは胸の中の想いを吐き出した。
吹奏楽という道を示してくれた、大切な人。独りぼっちだった自分を掬い上げてくれた、掛け替えのない親友。
だけど彼女にとっては、そうではなかった。みぞれは、自分と相手の釣り合わない天秤に苦しみ、悩み、打ちひしがれた。
親友との壁が生まれることを、途方もない“距離”の中で心が離れてしまうことを、恐れ続けて。
やがて、あの“青い鳥と少女の物語”を通じて、答えを見つけ出した。
それは、親友からもらったものを胸に、籠の中から飛び立っていく決意だった。



「今は、私自身が、答えを見つけて。だけど、それまでは……違って」

微かに震える声で零していくみぞれの言葉に対して、貴樹は何も言わずに耳を傾け続ける。

「森嶋くんは、私とは違う。最初から、迷わなかった。あんなに遠くても……必死に走ってた」

みぞれには、みぞれの人生がある。
大切な人との“距離”に心を掻き毟られ、執着の中でもがいて、そして“愛ゆえの決断”へと至った。
貴樹には、貴樹の人生がある。
大切な人との“距離”を想い、いつかまた巡り会えることを信じ続け、最後はそれらを“過去の記憶”として受け入れた。
全く違う道を歩んでいながら、二人はそれぞれの形で“離別”と対峙した。

森嶋帆高は、違う。
彼は、覆そうとしている。
それはきっと、奇跡というものであり。
二人の知らない、未知の領域に等しかった。
みぞれは自らの選択に後悔はしていない。親友がくれた道を歩き続けることを決めたのだから。
貴樹もまた後悔はなかった。それは諦観にも似た思いで、しかし何処か清々しい決別だった。

「帆高くんを、探そう」

貴樹が、そう告げた。
座り込んでいたみぞれもまた、立ち上がる。
命を懸けたバトル・ロワイアル。森嶋帆高に肩入れをすれば、きっと生きて帰ることなど出来ない。
死にたくはない。当然だ。貴樹もみぞれも、同じことを思っている。

だけど、それでも。
あの少年は、放っておけなかった。
無邪気で、愚直で。大切な者のために走る彼を、簡単に切り捨てることなど出来なかった。


【遠野 貴樹@秒速5センチメートル】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:森嶋帆高を探す。
1:彼はきっと、自分とは違う。
※参戦時期は第3話「秒速5センチメートル」終了後です。

【鎧塚 みぞれ@リズと青い鳥】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:森嶋帆高を探す。
1:この先どうすればいいか分からない。でも、森嶋帆高を放っておきたくない。
※参戦時期は映画本編終了時点です。
最終更新:2021年01月18日 23:04