絶え間ない雨に打たれた新宿中央公園。鮮やかな緑に囲われ数多くの遊具が立ち並ぶそこは本来であれば名所として老若男女問わず人の影が途絶えないはずだ。
砂場に佇むクジラのシンボルが雨のせいでどこか生き物じみたような質感を見せる。写真の一枚でも撮ればその日は寝るまで微笑ましい気持ちに包まれるだろう。
だが今日はそんな日ではない。
突如言い渡された殺し合いという非日常は目に映る景色をも歪めた。
「──はぁ、…………」
濡れる事を嫌った少女、黛冬優子は素朴なウッドタイプの屋根に遮られたベンチに腰掛け、何度目かも分からないため息を吐く。
情報を整理し切れない。床に就いた後に連れてこられたものだからあの映画だって最初は夢かと思った。
夢なら夢で楽しもうと映画鑑賞に集中したはいいが問題はそこから。クライマックスシーンでぷつんとモニターが途切れたかと思えば直後開催された殺し合い。
肌を濡らす感触と念の為に抓った頬の痛みがそれが現実であることを冬優子に知らしめた。
そして────
「──何見てるんだい?」
「あ、い、いやぁ……雲雀さん、ミステリアスな人だなって思って~」
この学ランの男、雲雀恭弥の存在。
冬優子がルールブックを確認した直後に出会ったこの男は人を殺しかねない眼光と威圧感を兼ね備えており、最初は本当に殺されるかと思ったぐらいだ。
彼が無差別に人を殺すような人物ではないと知ったのはその後、冬優子から興味なさげに視線を逸らし公園を出ようとした背中を見たのが理由だ。
(あ~~……やっぱ、声掛けたの失敗だったかな)
それを慌てて止めたのが冬優子だった。
訳の分からない状況で自分一人だったというのが途轍もなく心細かった、という少女らしいシンプルな理由で呼び止めたはいいものの此方から名を名乗ってようやく名前を知れたぐらいの会話しかしていない。
最初こそアイドルとして可愛らしく接し、警戒心を解こうと必死だったがあまりにも無反応だったせいで沈黙の時間が増え、今に至る。
当の雲雀は何を考えているか分からない無表情で、時折地図とルールブックを見ては鈍色の空を見上げていた。
(はぁ~、どうしよ……)
現状、冬優子は何も出来ていない。いや、しようとする段階にも至れていないと言うべきか。殺し合えと言われて見知らぬ男性とこんなに気まずい時間を過ごしているのは自分くらいだろう。
雲雀に悟られぬよう再びため息を吐く。と、無限に続くかと思った静寂が遂に雨の音以外で打ち破られた。
「ねぇ君、何がしたいの?」
「え……?」
初めて雲雀の方から声を掛けられた驚きが質問の意図を汲み取るのを邪魔する。思わず冬優子は目を丸めて聞き返した。
「えっと……ごめんなさい、雲雀さん。もう一度──」
「君から声を掛けたんだから、僕に何か用があったんじゃないのかい?」
「──っ」
相変わらず鷹のように細められた双眸に射抜かれ冬優子の心臓が強く跳ねる。その後も速いペースで脈動するそれが過剰な程全身に血液を巡らせた。
「……あの~、雲雀さんはこのゲームをどう思ってますか? ふゆ、殺し合い? とか、よく分からなくって……とっても不安で……」
早い話、彼は冬優子がこの殺し合いについての質問をするのを待っていたのだろう。冬優子はそれがタブーじみた話題だと認知していたせいか自然と避けていたが、結局のところ本題はそれだ。
だからこそ少し怯えを乗せた瞳を潤ませてそう問いを投げる。流石に催促された上で無視することはあるまい。この返答で彼の人と成りが多少知れるなら万々歳だ。
「くだらないと思ってるよ、こんなゲーム」
「……! なら、一緒に──」
「それで、君はどうしたいんだい?」
え、と再び言葉を詰まらせる。
くだらないと思ってる──その言葉を紡ぐという事は少なくとも雲雀は自分と同じくゲームを終わらせたいと思っているはずだ。
なのになんだ、この質問は。雲雀恭弥という男が何を考えているのか思考の一雫すら読むことも出来ない。
それでも。一瞬閉ざした口を再び開いて冬優子は不安そうに眉尻を下げる。
「ふゆは……やっぱり死にたくなんか無いですけど、でもでも……帆高さんと陽菜さんを犠牲になんかもしたくありません! だから、皆で協力して誰一人死なないようにしたいなぁ~……って、ふゆは思います」
そこまで言い切ったところで冬優子は内心言葉を間違えたかと焦る。この男はどう考えてもそういう理想論に賛同するように思えない。
現実は厳しい、そんなのは無理だ。そう言われるのは明白だ。それでも冬優子の考える『ふゆ』はこう言うはずで何を言われようと取り消すつもりなどなかった。
「嘘つかなくていいよ」
「────えっ?」
だからこそ、予想だにしない返答は冬優子の思考を止める。
嘘? 何故そんな全てを見抜いているような顔で嘘だと断言できるんだ。雲雀から漂う重苦しい雰囲気がそんな抗議の声も挟ませない。
「正直に言いなよ、早く森嶋帆高を殺して欲しいって」
「──っ!?」
信じられない言葉を聞いた。
少なくとも、だ。あどけなさの残る青少年が言うにはあまりに現実からかけ離れている。
「君達のような弱い草食動物が考える事なんて決まってる。自分が安全で居られれば他人なんてどうでもいい──そう思ってるはずだ」
こいつは何を言っているんだ。
挑発的な笑みを浮かべて、心の底から見下すような目をしてまるで森羅万象物事の真理をを語るかのようにつらつらと言の葉の刃を並べる。
「自分の手を汚さず、危険を晒さず、あの二人なんかどうでもいいからこんなゲーム終わらせてほしい。そしてあわよくば与えられた『お題』もこなせたら──そんな風に思ってるんだろう?」
動悸が激しさを帯びる。口から絶え間なく空気が漏れて呼吸が乱れる。
この男も自分とは違う『お題』を配られているのか。そんな疑問点に気付くことすら出来ない。
雲雀が言葉を紡いで数秒──黛冬優子はそれに対して反論することが出来なかった。
実際、冬優子は思っていた。
あの二人の命と参加者全員の命、数で言えば後者の方が明らかに重い。あの映画がどんなに感動的なものだったとしてもあの二人がハッピーエンドで終わり自分を含めた何十何百もの命が潰えてしまうなんてたまったものじゃない。
自分が動かなくても参加者の誰かが帆高の殺害を試みるだろう。そうでなくとも二日間彼を拘束する人が現れるはずだ──そんな思考、ここに来てから何度も巡らせた。
「ふ、ふゆ……は……」
──まともな反論が浮かばない。
──俯いた顔を上げられない。
──身体の震えが止まらない。
当然だ、ここまで思考の奥を読まれるなんて普通は思わない。
普段の調子ならそんな事ないと『ふゆ』のまま答えられたはずなのに。この男の前ではそんな言葉通用しないと理解してしまう。少しでも嘘が交じっているのなら容赦なくそこを突いてくる筈だ。
だから冬優子は何も言えないまま雲雀の口撃を許した。
「──いつまでもそうやって綺麗な仮面を取り繕ってるといいよ。どうせ今までも偽物の顔を売って生きてきたんだろう?」
ぴたり、と。
少女の震えが止まる。
一生付き纏うと思われたそれは氷の如き言葉を得て、嘘のように鳴りを潜めた。
「安心しなよ、君が震えてる間に僕が森嶋帆高を咬み殺してゲームを終わらせるから」
雲雀はいつの間にか屋根という安全圏を嫌いごうごうと降り注ぐ雨の下を歩いていた。
もう黛冬優子に用はない。沢田綱吉のような強さと心を持った小動物なら協力してやらなくもなかったが彼女は違う。
これ以上時間を無駄にする訳にはいかない──飢えた一匹狼は獲物を探し求めて水溜まりを踏み抜く。
「待ちなさい」
──狼の足が止められる。
振り返る雲雀の瞳に映ったのは、両の足をしっかりと地に付ける黛冬優子の姿。
色素の薄い茶色の双眸はしっかりと、雲雀の姿を真正面から見据えていた。
「────知ったような口利いてんじゃないわよ、あんた」
先程までの冬優子とは別人のように低く、激情を滲ませる声色を雨の中でもくっきりと響かせる。
雲雀がトドメに放った言葉を聞いた瞬間、自然と震えは止まり異常な程呼吸が落ち着いた。代わりに腹の奥から煮え滾る怒りに似た衝動が冬優子を突き動かし、誰に言われなければずっと座っているはずだったベンチから立ち上がらせたのだ。
「みんなに愛される為に、認められる為にしてきた努力を馬鹿にすんじゃないわよ」
思いよぎるのはアイドルとしての自分。何度も道を迷い、立ち止まり、その度に背中を押してもらったかけがえのない思い出。
こんな状況で思い出すにしてはあまりにも煌びやかな記憶だ。大勢の観客に囲まれて、眩しすぎるスポットライトを浴びて、心の底からアイドルって楽しいと思えた。
そして、その結果を得るために血の滲む様な努力をしてきた。それを否定するなど──例え神が相手でも許しはしない。
「ふゆが偽物だって? ──はっ、笑わせないで。今見せている『ふゆ』も、今まで築き上げてきた『ふゆ』も、どっちも紛れもない本物よ」
──そうでしょう?
誰に投げる訳でもなく、ましてや今目の前で呆気に取られる雲雀恭弥に向けてでもない問いが雨音に掻き消される。
この問いは同じく会場に居る『彼』には届かない。
けれど、けれど。彼ならばきっとこう答えるはずだ。
『──ああ、偽物の冬優子なんていないさ──』
自然と握られた拳が震える。
恐怖ではない。奥底から湧き上がる勇気が、力が。黛冬優子という『本物』のアイドルの細胞を激しく震わせているのだ──!
ぴちゃり。
いつの間にか冬優子は雲雀と同じ舞台に立っていた。
大粒の雨が自慢の艶髪を濡らすのも厭わずに。あまつさえ足を取らんと大地に伸びる水の塊をも踏み付けて。目の前の気に食わない男を睨み付ける。
「あんたはあの帆高って人を殺すつもりなの?」
「そうだって言ったらどうするんだい?」
「決まってるでしょ────」
それが理想論だなんて知っている。
途方もない夢。とても自分一人でなんとかなるものじゃないなんて百も承知だ。
けれど、夢を見てもいいじゃないか。『ふゆ』が抱いた理想を叶えるのには黛冬優子の力が必要なのだから。
「────あんたを止めるわ。そして、誰も死なせずゲームを終わらせてみせる」
もう思わない。
自分が何もしなくてもこの殺し合いが終わって欲しいだなんて思わない。
そんな狡い事『ふゆ』が思う訳が無いのだから。未だ完成していない偶像は現在進行形で築き上げていかなければならないのだから。
「ワオ」
狼が唸る。
狂気的に、されど嬉しそうに。
少なくとも今この瞬間、黛冬優子という少女の行動は雲雀恭弥の予想を遥かに越えた。
冬優子は雲雀を睨んだままバッグから取り出した金属製のベルトを腰に巻く。雫の滴るそれは驚くほど簡単に冬優子を受け入れ、己が主を見つけ出した。
同時に雲雀も懐から一本の剣を取り出す。剣身を白金色に輝かせるそれは持ち主の意志によって蛇腹剣になるらしい。そういった武器の類は『アイツ』を思い出すから好ましくはないが、この際許容範囲だ。
何かが高速で冬優子の元へ飛来する。
赤い残像が雨を切り裂き、冬優子の身体をも傷付けんとさえ思われたそれは自ら彼女の手に収まった。
名をカブトゼクター。黛冬優子の覚悟と信念に魅入る者。ここにまたひとり、彼女の努力を認めた者が出来たのだ。
「────変身!」
『HENSHIN』
カブトゼクターを差し込んだベルトを中心に冬優子の体をハニカム状の翡翠色の光が包み込んでゆく。それはやがて全身に行き渡り、銀色のボディを構築した。
どこまでも続く青空のように。或いはそれを望むかのように麗らかな複眼が雲雀のものと重なる。今この瞬間だけは雨粒の煩わしさを感じなかった。
身に纏うは迷光、されど光を纏いし者は迷わず。描く晴れ模様を求め迸る。
かつて彼女の纏う光の持ち主であった天の道を行き総てを司る男がそうであったように。人が聞けば鼻で笑うような夢を叶えてみせる。
それが──黛冬優子というアイドルなのだ。
【黛冬優子@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、決意、仮面ライダーカブトに変身中
[装備]:ライダーベルト&カブトゼクター@仮面ライダーカブト
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1
[思考・状況]
基本方針:『ふゆ』として、二人を犠牲にせずに殺し合いを止める方法を見つける。
1:雲雀を止める。
[備考]
※参戦時期は『W.I.N.G編』優勝後です。
【雲雀恭弥@家庭教師ヒットマンREBORN!】
[状態]:健康、闘争心
[装備]:僥倖の拘引網(ヴルカーノ・カリゴランテ)@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1
[思考・状況]
基本方針:帆高を咬み殺し、ゲームを終わらせる。強い者がいたら戦いたい。
1:目の前の敵を倒す。
2:後で神子柴も咬み殺す。
[備考]
※参戦時期は『継承式編』終了後です。
【支給品紹介】
【ライダーベルト&カブトゼクター@仮面ライダーカブト】
冬優子に支給された変身道具。使用することで仮面ライダーカブトに変身出来る。
クロックアップは体感五秒間が限度で、一度使用したら一分間のクールタイムが必要。
【僥倖の拘引網(ヴルカーノ・カリゴランテ)@Fate/Grand Order】
雲雀に支給された宝具。
巨人カリゴランテが仕掛けていた神をも捕らえる網。だったのだが、カリゴランテは自爆する形で網に引っかかってしまいアストルフォがセイバークラスへ霊基変化した際に剣へと鍛え直された。
持ち主の意志によって剣身が伸び、蛇腹剣になる。
最終更新:2021年01月18日 23:19