―――例え、世界の全てが雨色に溶けても






一人の少年がしとしとと、雨の街を歩いていた。
白い軍服に頭に巻かれた純白のターバン。青いタイツに同じく青いハイヒールを履いた少年。
小学生程のあどけない顔立ち、しかしその瞳は精悍でかつ冷静だった。
ともすれば、冷淡にすら映る程に。

(……さて、どうするかな)

一言で言ってしまえば、少年は招かれた殺し合いに興味がなかった。
分身はともかく、彼自身は無辜の命を奪ってまで敢えて叶えたいと思う願いなど持ち合わせていなかった。
加えて、自分の生にも、存在の継続にもそこまで執着はなかった。

何故なら―――少年、キャプテン・ネモは人類史に刻まれた英霊(サーヴァント)なのだから。
所詮は歴史の影法師。このバトルロワイアルで命を落としても、座に還るだけだ。
もっとも、ネモと海神トリトンを掛け合わせて召喚されたこの霊基で帰ることのできる保証が無いのを考えると、やはりこの場における死は存在の消滅と同義と言えるのかもしれない。
例えそうだとしても、今を生きる者達の命を奪ってまで永らえようとは思えないが。

(でも、『モリシマホダカ』を敢えて助けようとも思えないな)

この会場に連れてこられるまでに見せられた天気の子における森嶋帆高は、ネモにとって好感の持てる人間ではなかった。
メンダコの様に無力で愚昧で、フカの様に周りを顧みない。
ノーチラス号のクルーとしては、この上なく不適合だ。絶対に船に乗せたくはない人種だ。
まぁ、何処までも天野陽菜を求める姿勢だけは評価に値するかもしれないが、それだけだ。
命の危険を冒してまで二人を再会させる価値があるとは思えない。
それが船長(キャプテン)としてのネモの結論だった。

(…まぁ、あえて妨害する程不快だった訳でもないし…本当にどうするかな
いっそこのまま、全てが終わるまで適当な場所で待っていようか)

協力する気は起きないが、あえて妨害する気もない。
シオン・エルトラム・ソカリスやカルデアからの召喚という訳でもないのに、自分が幻霊として召喚された事への興味はあるが、殺し合いに参加する程の動機にはなり得ない。
だからいっそ、世界の意思が帆高を選ぶのか、それともあの御子柴という老婆を選ぶのか、見物しようと考えたのだが……


「ッ!?」


その時の事だった。
彼の目の前に、女の子が降ってきたのは。


少女と目が合う。
腰ほどまである長い黒髪に、緑のワンピース。そして、虚の様に黒く染まった瞳。
目の前にあるビルから飛び降りたのか、あと3秒ほどで、その全ては地面にぶちまけられ、赤く染まる事になるだろう。


「あぁ、もうッ!!」


気づけば、ネモは走っていた。
殺し合いなどどうでもいい。十秒前まではそう思っていたというのに。
それでも、目の前で人が死のうとしていれば、走らずにはいられなかった。
二十メートルほどの距離だ。後2秒では間に合わないだろう。
人間ならば。
しかしネモはサーヴァントだ。


「マリーンズ出撃!!」


指を指向し、号令を発する。
すると彼の前方に、救命用ボートを操る、水兵服を着た彼の分身が現れる。


「「「「あいさーッ!キャプテン!!」」」」


船長の号令に彼の分身、ネモ・マリーンズ達は高らかに答えた。
陸では多少スピードは落ちるが、雨の降りしきりる街だ、水には事欠かない。
すいすいとにボートは目にも止まらない速度で地面を進み、少女の落下地点(ネモ・ポイント)へと馳せ参じる。
そして――彼の分身が四人がかりで受け止めた。

「ナイスキャッチー!!」
「ボクら凄くない!?」
「今日のランチにはプリンつけてもらおうよプリン!」
「ベーカリーにお願いだー!!」

「はいはい、君たちは最高のサブマリナーだよ。報酬はベーカリーにね」


少女を降ろしわぁわぁと騒ぎ立てるマリーンズをネモは指を一度鳴らして消す。
ずっと呼び出したままでは騒がしいし、魔力の浪費となるからだ。
興奮の冷めやらない様子のマリーンズが消えるのを確認しながら、少女の方へと向き直る。

「キミ、怪我はない?
取り敢えず、何で空から降ってきたのか教えてくれるかな」

まぁ大方殺し合いに絶望して投身自殺を図った。そんなところだろう。
ともあれ助けてしまった以上、事情ぐらいは聴いておこうか。
そんな考えから、少女へと問いかける。
少女は答えない。返答は沈黙で、無言のままに立ち上がる。
そして、うわ言の様に一言漏らした。

「……でよ」
「なに?聞こえないよ」
「―――何で、邪魔するのよ!!このゲロカス!!!」

「……は?」

バキッ!!
そんな音と共に、端正なネモの頬に拳が突き刺さっていた。
一言で言うなら、命を助けた少女に、ぶん殴られていた。
それこそが―――キャプテン・ネモと、古手梨花の出会いだった。







殺し合いなんてどうでもよかった。
その言葉に何かを想うには、私の心は既に摩耗しきっていた。
全てがどうでもいい。自分の非力さなんて、嫌というほど知っている。
園崎詩音一人に勝てないのに、子供の私がどうやって殺し合いに優勝しろというのだ。

今は唯、全てを終わらせたかった。もう、これ以上苦しみたくなんてなかった。
だから、あと一回死ねば時を巻き戻すのを辞め、百年の魔女の歴史に幕を引こう。
そう思っていたのに。もう負けでいいと、思っていたのに。
私は雛見沢ではない知らない街…きっと東京に連れてこられていた。
それだけなら喜ぶべき事だったかもしれない。
首に爆弾付きの首輪を嵌められて、殺し合いをしろと命じられていなければ。

あはは…アハハハハハハハ!!
きっとあの御子柴という老婆は私に死ねと言っているんだろう。
なら、お望み通り死んでやろうじゃないか。
不幸な事に…いや、幸いなことに此処は屋上なのだから。
もううんざりだ。仲間が仲間を殺すのも。仲間が狂うのも。仲間に殺されるのも。
羽入もいなくなって……赤坂や圭一にまで!!
衝動のままに、柵を乗り越えて。私は虚空へ身を躍らせる、そして堕ちていく。

これで、やっと終われる。
そう思い、瞼を閉じて。
どうか、もう目を覚ましませんようにと願う。
そして、最後に思っていたことを口にする。



「―――死にたくない」



けれど、何時まで経っても慣れてしまった全てが終わる感覚はやってこず。
私は、少年の腕の中にいた。
此方の顔を覗き込んでくる瞳に、どうやらこの少年に受け止められたという事を察して。
けれど、浮かんできた感情は感謝ではなく、怒りだった。
何故、どうして邪魔をするの。
森嶋帆高も天野陽菜も私にはどうでもいい。
再会するにしても死ぬしても勝手にやっていればいい。私を巻き込むな!

怒りのままに私は少年をぶん殴った。
けれど彼は小動もせず、静かに私の腕を掴んで下ろす。
彼からしてみれば、恩を仇で返された形になるのに、怒ってはいないようだった。

「…ボクはキミと話がしたい。事情を聞かせてほしいんだ」

……ッ!
薄い蒼の瞳が、ずっと私を捉えて離さない。
腕もだ。私とそう変わらない線の細さの少年の力は、大石よりも強く思えた。


「……教えてあげない。どうせ信じない。頭のおかしい女だって、思うだけだわ」


は百年の魔女の声で、そう伝える。
だってそうでしょう?
私は昭和五十八年の雛見沢で死に続けていて、惨劇が起きるたびに時間を巻き戻しているだなんて。
一度は乗り越えた惨劇の日々を、もう一度歩まされているだなんて!
我ながら気の触れた世迷言だとしか思えない。
話したところで、誰も信じない。圭一たち部活メンバーにだって全容は話したことのない事実だ。
それを、今会ったばかりの、見ず知らずの他人などに教えられるわけがない。

「……信じるよ。ボクは。船乗りは意外と信心深い性質(タチ)だし、それに―――」

けれど、少年は私の拒絶に動じなかった。
何処までも真っすぐに、私の瞳を見つめて、そして彼は言う。

「―――ボクも、普通なら信じられないような存在ではあるしね」

彼が私にそう告げて指を鳴らすのと同時に、地面が盛り上がり始める。
何かが、私たち二人の地面から出ようとしている。
揺れる足元に立っているのも覚束ない。そんな私を彼は優しくエスコートするように抱き寄せる。
そして、地下から現れたのは…一隻の船だった。
黒い鋼鉄製の材質に、数十メートルはある長い船体。船体から伸びたハッチ。所謂潜水艦というモノだろうか。
その威容に圧倒される私を見て、彼は誇示する様に悪戯っぽく微笑み、そしてもう一度尋ねた。

「さて…今度は君の事を教えてほしいな」





最初はぽつりぽつりと。途中からは堰を切った様に。
古手梨花という少女は自らの事をボクに話してくれた。
話をする彼女は顔は、声は、まるで咎人の様に痛々しく苦渋に満ちた物だった。
口をはさむ余地など、あるはずもない。
時折頷くことはしたが、ボクは最後まで黙って彼女の話を聞いた。

「私が話せるのはこれで全部よ。どうだった?頭のおかしい子だと思ったかしら」
「……いいや、思わないさ。信じるよ、君の語った事の全てを」

ずっと仲間が惨劇を起こす運命にとらわれていた事。
その出口のない惨劇の袋小路を、一度は乗り越えた事。
それなのにまた出口のない惨劇の夜に取り込まれてしまった事。
彼女はその全てを語ってくれた。
語り口は自分を魔女だと思わせたいのか、大仰な物だったけれど。
声は余りにも痛々しく、悲痛に震えていた。


「それで?アンタは私の事を聞いてどうするの?私を助けてくれる?
それとも……殺してくれるかしら」

語り終わると、彼女はボクに尋ねてくる。
その表情は今にも泣き出しそうで、縋るような視線だ。
さて、どうしたものかな。
どうやら彼女も森嶋帆高と天野陽菜の事はどうでもよいと思ってるらしい。
…いや、願いを叶えるという言葉にも耳を傾ける余裕がない程、疲弊しきってるという事か。

それでは例え手を差し伸べる選択をした所で無駄だろう。
伸ばした手を振り払われてお終いだ。
彼女はそもそも助かろうとしていないのだから。
だから、このままボクが見捨てれば、また彼女は屋上に上って…

あぁ、クソ。
どうやらマスターの向こう見ずな所がボクにも少し感染ったらしい。
今のボクははぐれサーヴァントらしいというのに。困ったものだ。
ボクがこの選択をするのを見越していたとしたら、彼女の近くにボクを配置したあの御子柴という老婆は大したものだ。
ウミヘビの様に狡猾と言えるだろう。
ともあれ、腹は決まった。海の男は即断即決でなくてはならない。

「……うん、君の望むとおりにしてあげる
キミの邪魔をしたのはボクだ。だから責任を持つよ」

ボクの言葉に彼女の肩がビクリと震える。
魔力で作ったペーパーボックスピストルを向けると、どこか自嘲する様な笑みを浮かべて。
けれど、それだけで恐怖は無い様子だった。
…やはり慣れてしまっているらしい。

「…眼、閉じてなよ。大丈夫、痛くはしないから」
「自分を殺そうとしてる相手に宥められるなんて、ゾっとしない話ね」

皮肉を吐きつつも、彼女は素直に瞼を閉じた。
さて、ここからが勝負だ。
ボクはデイパックから支給されていた一本の腕を取り出す。
かつては何某かについていたであろう腕。けれどボクが用があるのはそこについている紋様だ。
ボクは少女の腕を取り、もう片方の手で模様が刻まれた腕を取る。
そして、魔力を奔らせた。

「……?」

少女が訝し気な顔をして、瞼を開く。
撃ち殺されると思っていた所に手を取られ、奇妙な感覚が奔ったのだから無理もないだろう。
彼女の手に刻まれた物の正体。それは三画の令呪。
つまり―――

「約束は必ず守る。けど今じゃない。
その前に、君にはボクに協力してもらうよ、梨花」

そう、彼女は、古手梨花は。
ボクの三代目のマスターとなった。





「……嘘つき」
「嘘はついてないさ。約束は必ず守る。
その令呪がある限り、ボクは君の望みを必ず叶えるよ。この街を一緒に出てからね」

そう言って、彼は、キャプテン・ネモは再び悪戯っぽく微笑んだ。
何でも彼はサーヴァントという、歴史に刻まれた英雄らしい。
そして、サーヴァントは自身の力をすべて発揮することはできず、誰かの力を借りる必要があるんだとか。
荒唐無稽な話だったが、羽入の存在を想えばすんなりと受け入れられた。
彼女が消えてしまったのも、私との繋がりが途切れてしまったからのだろうか…
まぁ、今となっては考えても仕方のない話だ。

とにかく、彼は私と同じでこの殺し合いにさほど興味がないが、だからと言って死ぬのはシャクらしい。
だから、首輪をどうにかして、彼の持っている船でどうにか脱出しようとしているらしい。
そのために、私の力が必要という事だ。

「……気軽に言うけど。この街から逃げ出すなんて、本当にできるの」
「できるよ。首輪を解析したらの話ではあるけど…ノーチラスは全能神ゼウスとだって渡り合った船だ。必ず、ボクたちの行きたいところへ届けてくれる」
「みー…それで、これからどうするのです?」
「そうだね、とりあえずは鳥居の近辺を目指そうか。モリシマホダカも、他の参加者もそこを目指すはずだ。そこで協力者や解析に使えそうな首輪の入手を目指す。そして…」
「そして?」
「あの御子柴という老婆の言ってた、願いを叶える力を僕たちが奪取するのさ」

冷静に、途方もない計画を語るネモの顔を、私は冷めた顔で見つめた。
希望を持つと、裏切られた時がつらくなる。
私はそれをいやというほど知っている。
けれど、ネモの言葉を振り払うほどの気力も、私にはなかった。
彼が後で必ず、苦しむことなく私を終わらせてくれる。そう約束したのもあるけど…
根底の所では、羽入の様な全てを打ち明けた繋がりに、私は飢えていたのだ。

泣いても笑っても、これが最後の勝負となる。
どんな結末になるしても、百年の魔女の旅路の果てを静かに受けれよう。
そう決めると彼の前に立ち、雨に打たれながら私たちは契約を交わす。
雨に濡れながら向き合う私達はまるで…さっき見た天気の子の二人の様だと、ふと、思った。

「ボクを殺すと言った責任だけは…ちゃんと取ってもらうのですよ…にぱー」





令呪の事は、今は教えなかった。
何故なら、今の彼女が令呪の使い方を知れば自分を殺す様命じかねないからだ。
かれど、彼女は心の奥底では本当は生きたがっている。
魔力パスを繋ぐ際、一瞬だがその感情がボクの所にも流れ込んできた。
ただ、それを願うには彼女は傷つきすぎている。

許せなかった。
自分の様なサーヴァントだけでなく、こんなボロボロの少女まで殺し合わせようとするあの御子柴という老婆が。
始めてこのバトルロワイアルという催しに、感情がある種の指向性をもった瞬間だった。

結局の所。
彼女を虐げ嘲笑うような惨劇の袋小路も。このバトルロワイアルも。
キャプテン・ネモには我慢ならなかったのだ。
彼女に、残酷な運命と戦う術を、与えてあげたかった。
一度は惨劇を乗り越えた強さを、彼女に取り戻してもらいたかった。
だから、ただ彼女を守護するのではなく、共に抗う道を選択した。
決して勝ちえぬ非力な彼女と共に、待ち受ける波濤を共に乗り越える。
そして、絶望の深海より浮上し、彼女のあるべき未来へと送り届ける。
その完遂のためならば、天にて今も雨降らす神にさえ弓を引こう。

紡いだ絆は殺伐としていて、甘酸っぱいボーイミーツガールには程遠い。
しかしやるべき事は鮮明で、不撓不屈の意思はこの胸に。ならば後は導くのみ。
彼女が凪いだ海の底で、迷わないように。



―――さぁ、抜錨の時間だ。


【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]ヤケクソ、ネモと契約
[装備]令呪(三画)
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~3
[行動方針]
基本方針:取り敢えずネモの方針に従う
0:もし、脱出できそうになければ、ネモに殺してもらう。
1:鳥居のあるエリアを目指す。

※第十五話終了直後より参戦です。

【キャプテン・ネモ@Fate/Grand Order】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~2
[行動方針]
基本方針:脱出し、願いを叶える力を主催から奪取する方法を探る。
0:梨花を護衛しつつ、首輪の解析に取り組む。
1:帆高を捜索しながら、鳥居のあるエリアを目指す。
※マスター不在でロワ会場に現界しました。
最終更新:2021年01月21日 20:49