大切な人達がいた。
 彼女達と一緒に、夢を追いかけたいと願っていた。みんなと一緒に幸せになれるのであれば、どんなことだってしてあげたかった。
 いつまでも、アルストロメリアのみんなで夢と幸せを追いかけることができる。そんな暖かくて優しい夢を見ていられると思っていた。
 いつだって、どんな時だろうと。




 大崎甘奈が瞼を開けた瞬間、自分がソファーに寝かされていることに気付き、体を起こした。
 ぼんやりとした意識で、周りを見渡す。そこは家族の憩いの場とも呼べそうなリビングであり、テーブルやTVなどの家具が規則正しく設置されていた。だけど、誰かが住んでいた気配は感じられず、独特の生活臭も漂ってこない。
 どうして、甘奈がこんな所にいるのか? 微かな疑問と共に、丸いウォールミラーを目にした瞬間、自分の姿に目を見開く。
 いつの間にか、付けられていた銀色の首輪。映画館で繰り広げられた惨劇。リビングに置かれている謎のデイバッグ。
 そして、謎の老婆から突き付けられた、殺し合い。悪夢が脳裏に蘇り、甘奈は震えながら蹲る。

 殺し。

 たった三文字の言葉が、どうしようもなく恐ろしい。
 これまでの人生では全く縁がなかったはずなのに、いきなり自分に迫ってきた言葉が怖い。
 あの見知らぬ女の人が命を奪われた直後、どうすればいいのかわからなくなった。

――...これよりそなたらにはバトルロワイアルに参加してもらう

 そして、老婆の笑い声が頭の中で再生された。
 怖い。体が震えてしまう。瞳から涙が滲み出てきた。
 だけど、同時に甜花ちゃんの笑顔が、そしてアルストロメリアとして過ごした日々も脳裏に過る。

 不意に、甘奈は傍らに放置されていたデイバッグを見つめ、手に取った。




「ふふっ、なんだか面白そうなゲームだね……」

 真紅のジャケットと黒いシャツに身を包んだ金髪の青年、キングは鼻を鳴らす。
 ビルの頂上を歩く度に、コンクリートが音を鳴らした。もちろん、ビルから拝借した傘もさした上で。
 要するに、これはバトルファイトの一種だろう。アンデッドたちが己の種族の存亡を賭けて戦ったように、集められた参加者達で殺し合いをする。
 シンプルかつ愉快なゲームだが、招待状もなしに強制されては気分が悪くなる。しかも拒否権はなく、逆らえば首輪を爆発させられるおまけつき。
 どうせなら、僕をゲームマスターにしてくれればいいのに、という淡々とした思考が芽生えた。

「まあ、いいや……どんなルールだろうと、この僕が全部めちゃくちゃにしてやるんだから」

 狡猾な笑みを浮かべながらキングは呟く。
 老婆のことは気に入らないけど、このゲーム自体は面白そうだ。あの老婆の反応を見る限り、仮面ライダーのような正義の味方気取りの奴らが大勢いるはずだ。また、帆高のような弱い人間も。
 弱い人間を徹底的に追い詰めるのも面白そうだし、正義の味方を絶望させてやるための駒にしてやるのも一興だ。どんなご高説を掲げようとも、この首輪がある限り、死の恐怖から逃れることは誰にもできない。
 殺戮の祭を楽しみながら、ゲームをクリアする。クリアすればどんな報酬でも得られるようなので、似たようなゲームを開催してやろう。正義の味方と弱い人間が苦しむ、恐怖と絶望のデスゲームを。

「それじゃあ、まずは相手を探さないと…………っ!?」

 キングは足を進めようとした瞬間。風を切り裂く射撃音が響き、右側に己の身を守る堅牢な盾・ソリッドシールドが展開される。だが、空気を震わせるほどの轟音と共に、ソリッドシールドに亀裂が走り、衝撃はキングの体にまで届いた。

「ギャアッ!?」

 唐突な振動に悲鳴をあげて、キングは尻餅をついてしまう。
 そして、キングは見た。雨雲を背に、天に登る太陽の如く輝きながら、威風堂々と見下ろしてくる人影を。その眩さに目がくらみ、視界が揺れる。

「……貴様は我を見るに値せぬ」

 聞き覚えのない声と共に、人影の周りがより大きく歪んだ。
 その瞳に込められた殺意と憤怒を前に、キングは大きく震える。そして、反射的にコーカサスビートルアンデッドに変身するが、その一瞬でソリッドシールドが破壊された。

「うげぇっ!」

 発せられるのはコーカサスの惨めな声。
 ソリッドシールドが砕かれた途端、彼の左脇腹が無惨にも抉られて、2メートルに届くであろう巨体が揺れてしまった。
 何が起きたのか? それを理解することもないまま、無我夢中でサイコキネシスを発動させようと腕を振るうが、突如として固まってしまう。
 見ると、右腕に大量の鎖が絡み付いていた。どこからともなく伸びた鎖は、コーカサスの動きを止めている。

「こ、こんなもの……!」

 例え頑丈な鎖でも、カテゴリーキングに位置するコーカサスの腕力ならば千切れるはず。だが、コーカサスにはそんな刹那の時間すら与えられない。
 次の瞬間、稲妻の如く衝撃と轟音が頭部に襲いかかり、大きく伸びた一本角が無惨にへし折られてしまった。

「うぎゃああああああああああっ!?」
「耳障りだ、雑種が」

 コーカサスの悲鳴に対する答えは、冷たい宣言。
 激痛に悶えるコーカサスの首に、何かが食らいつき、重量感に溢れる巨体が易々と持ち上げられた。並の装甲を遥かに凌駕する耐久力を持つ骨格が、ミシミシと音を鳴らす。

「ぐ、げぇっ……!」

 肉が潰れるような醜い声を挙げた途端、コーカサスはようやく敵の正体を目にした。
 全てが黄金色に輝いている。その身体を包む甲冑も、針山のように逆立つ髮も、片腕で握り締めた斧も、何よりも目に見えないオーラも……圧倒的な黄金で、コーカサスの金がメッキに見えるほど。
 唯一、瞳だけが灼熱の輝きを秘めていて、コーカサスですらも震え上がるほどの激情が感じられた。

「フン、よりにもよってこのような鼻紙の相手をする羽目になるとは……どこまでも我を愚弄するか!?」

 男の怒りはあまりにも一方的で、あの老婆に対する殺意は凄まじく、そして締め上げているコーカサスなどまるで意に介していなかった。
 だが、コーカサスの首を鷲掴みにし、宙吊りにする男の筋力は計り知れず、不死の存在であるアンデッドすらも死の恐怖を抱いてしまう。
 圧倒的な悪意と、与えられた激痛によって意識が朦朧とするが……

「このようなナメクジ……いや、ミジンコはおろか鼻紙一枚の価値すら持たない目障りな汚物を我に近づかせ、あまつさえ触れさせてしまう不敬! 魚の餌のミミズの方がまだ有益だ!
 我を徹底的に苛立たせた罪、死をもってしても償えると思うな!」

 次の瞬間、男の侮蔑が鼓膜を刺激し、コーカサスの意識が覚醒した。
 こいつは今、なんと言ったのか? 一番強いキングに向かって、ナメクジやミジンコどころか、鼻紙にも劣ると言い放ったのか?
 許せるはずがなく、コーカサスの怒りが燃え上がった。

「ふ、ふざけるな……僕を……!」
「誰の許しを得て、我に口を利いている!? この鼻紙如きが!」

 だが、コーカサスの言葉は、圧倒的な憤怒によって遮られた。ぶおん、と豪快な音と共に金色の巨体は放り出され、顔面から派手に叩きつけられる。
「ぐびっ!」という悲鳴は、地面を転がる音に遮られてしまい、コーカサスは壁に激突した。
 だが、コーカサスはよろめきながらも立ち上がる。激痛はするも、舐められたままでいることは耐え難かった。

「僕は一番強いんだ……僕はキングなんだ! 君みたいな奴に、負けるはずが……!」
「ハッ! 鼻紙風情が何を粋がっている?
 この我に減らず口を叩き続け、なおも不快な声を放ち続けるとは……その報いを受けるがいい!」

 男の叫びによって空気がピリピリと振動し、コーカサスは固唾を呑みながら構える。
 この男は強敵だ。油断をしたら一瞬で負けてしまうし、仮面ライダー達はおろか他のカテゴリーキングすらも上回る実力を持っている。恐らく、ジョーカーとも互角に渡り合うはずだ。
 空気の重みが増していく中、コーカサスは睨み付ける。黄金の男……人類最古の英雄王と崇められたギルガメッシュを。




 かつ、かつ、かつ。軽快な足音が響き渡るが、音を奏でる甘奈の表情は重苦しいまま。
 ざー、ざー、ざー。天から降り注ぐ雨粒が傘にぶつかって、心地いいリズムを刻んでいるが、甘奈は真っすぐに走っている。
 彼女はただ無事を願っていた。見知らぬ街のどこかにいるであろう甜花ちゃんと、また会いたかった。
 いつもなら、洋服や身体が濡れないように気を付けるが、今はそんな余裕などない。甜花ちゃんが命の危機に陥っていると考えたら、不安でいっぱいになる。
 デイバッグを担ぎながらの疾走だけど、日頃のレッスンで人一倍の体力はあるから気にならない。
 ただ、不安を拭い去るために走っていた。

 ――な、なーちゃん……!

 映画が終わり、ようやく身体が自由になった瞬間、甘奈は見つけてしまう。
 世界でたった一人しかいない大好きなお姉ちゃん……甜花ちゃんの姿を。声が、甘奈の耳に強く焼き付いていた。

 ――て、甜花ちゃん!? 甘奈はここにいるよ、甜花ちゃんっ!!
 ――な、なーちゃん!? なーちゃんっ!?
 ――甜花ちゃんッ!

 あの惨劇や、老婆の言葉などお構いなしに、甜花ちゃんの元に走る。
 必死に伸ばした手が甜花ちゃんに辿り着こうとした瞬間……意識が消えてしまった。




 何もかもが、虚構のようだった。
 これがただの悪夢であればどれだけよかったか。しかし、首から伝わってくる冷たい感触が、現実を肯定している。惨劇の後では、自分たちの命が脅かされていることを思い知らされた。
 いつもは明るくて前向きな甜花でも、今が呑気でいられる状況ではないと理解できる。そして、救いのヒーローと呼べる人が現れてこないことも、本能が叫んでいた。


 ただ、甜花ちゃんを見つけたかった。
 アイドルとして活躍するために体力をつけたけど、首輪の爆発に耐えられるわけがない。ましてや、悪い人に狙われたりしたら、甜花ちゃんが殺されてしまうかもしれない。
 そんなのは絶対に嫌だった。


 デイバッグの中には、野球で使う金属バットや見知らぬ剣が入っている。これらで人を殺せと、老婆は言いたいはずだ。あまりにも一方的で不条理だが、じっとしていられない。
 甜花ちゃんがどこにいるのかさっぱりわからない。苛立ちと焦り、そして不安で頭の中が飲み込まれてしまい、無我夢中で走るだけ。


 やがて、甘奈の視界には川が飛び込んできた。
 荒れ果てた天気のせいか、濁った川の流れも非常に荒れていて、甘奈の心は更に荒んでいく。
 ただ、迷子のように、落ち着かない様子で辺りを見渡すことしかできなかった。





 コーカサスビートルアンデッドはギルガメッシュに惨敗した。
 いや、惨敗という結果すら甘く、初めから勝負にすらなっていない。ここで繰り広げられていたのは戦闘ではなく、拷問または蹂躙に見えるだろう。
 カテゴリーキングと称されたとは思えないほどに弱り切っていて、今も徹底的にいたぶられていた。

「う、ぐ、えっ! あっががががが、ががあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」

 コーカサスから発せられるのは聞くも無残な絶叫。いや、もはや悲鳴でしかない。
 アンデッドたちから畏怖されて、仮面ライダーの脅威とされていたコーカサスが絶叫するなど、彼を知るものからすれば到底信じられないだろう。
 クモの巣に囚われた蝶のように拘束されて、一方的になぶられながら泣き叫ぶ怪人が、コーカサスであることを。

「ぐげっ、ぐぎっ、ぐ、ぎゃあああがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぁああああっ!?」

 ギリギリギリギリギリギリ、と音を鳴らしながらどこからともなく飛び出した無数の鎖がコーカサスを締め上げていく。
 英雄王ギルガメッシュが誇る宝具・天の鎖。神をも縛り付ける鎖であり、相手の神性が高ければ高いほど、その拘束力は増していく性質を持つ。
 コーカサスは決して神などではなく、むしろドブネズミにも劣る汚物なため、神性など欠片も持っているわけがない。だが、コーカサスとて並のエネミーを凌駕するほどの力を持っていることを、ギルガメッシュはその眼力で見抜いていた。
 気に喰わないが、下手な小細工をされては面倒なので、天の鎖で拘束しながら王の財宝を用いてダメージを与えることにする。結果、10秒もかからずにコーカサスは負けてしまった。
 王の財宝で外骨格を容易く貫き、傷口を天の鎖で縛りあげて、コーカサスの肉体を確実に拘束していた。

「あああああががががが、がぎゃあああああああああああっ! が、が、が、がああああああああああっ!?」
「フン、何とも醜い……しかし、ここまでされてもまだ千切れぬとは」

 コーカサスの悲鳴と、無数の宝具でコーカサスの肉体が抉られていく中、ギルガメッシュは呟く。
 ただの鼻紙レベルの相手かと思いきや、ここまで追い詰めても未だに肉体を保っている。鼻紙よりも簡単に千切れなければ、コーカサス自体に何らかのスキルを持っている可能性がある。例えるなら、どんなダメージを与えようとも生存できる『不死』の肉体だろう。
 それとも、単純に頑丈なだけか?

「も、もう、やめ……ああぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

 しかし、どちらにしても目障りな汚物だ。
 奴の『不死』がこの場でも適応される可能性は低い。痛めつければいずれ死ぬだろうが、それは別にギルガメッシュの役割ではない。
 これ以上、このような戯れで王の宝を汚されるのも気分が悪い。故に、ギルガメッシュは天の鎖を納め、解放されるコーカサスの首を掴んだ。

「な、なに……が……?」

 何も理解した様子もないまま、呆けたようにコーカサスは呟いた瞬間、戦闘で荒れたビルの屋上を眺める。
 そして……

「うっ……うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ギルガメッシュはコーカサスを勢いよく放り投げた。
 ビルの屋上から転落していくが、まるで興味が持てない。この高さならば転落死は避けられないだろうが、実にどうでもよかった。
 たった今まで痛めつけた怪人など、まるで始めから存在しなかったかのように、ギルガメッシュは辺りを見渡す。

「我を手駒として扱い、あまつさえ無知蒙昧の雑種ども同等に見下ろすとは。
 どうやら、我とて油断をし過ぎたようだが……」

 ただ、ギルガメッシュは老婆への怒りを燃やしている。
 この英雄王を、あろうことかまるで存在しないものとして扱い、あまつさえ首輪を付けて殺し合いとやらに巻き込んだ。認められるわけがなく、その顔を叩き割ろうとした矢先、この世界に放り込まれてしまう。
 どうやら、老婆は一筋縄ではいかない相手のようだが、だからといって屈する選択などあり得ない。目障りな雑種は叩き潰すが、殺し合いなどを認める気はなかった。
 まずは情報収集と共に、老婆を屠る方法を思案しなければいけない。無論、目障りな雑種は捻り潰すが。

「ホダカ? と言ったか……? 貴様は我を失望させるなら、我は容赦しない……だが、精々足掻くがいい」

 そして、どこかにいるであろう帆高という人間に、ほんの一瞬だけ想いを寄せて。
 英雄王ギルガメッシュの新たなる戦いが始まった。

【ギルガメッシュ@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、魔力消耗(小)
[装備]:王の財宝@Fate/Grand Order、天の鎖@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~6(ギルガメッシュ、キング)
[思考・状況]
基本方針:我を愚弄した老婆を許さない。
1:まずは情報収集。
2:ホダカについては保留。


【王の財宝@Fate/Grand Order】
英雄王ギルガメッシュが誇る宝具の一種であり、かつて黄金の都と称されたバビロニアの宝物庫に繋がる門を開ける。
古今東西、あらゆる英知の結晶が財宝として納められていて、それら全てを武器として発射させることが可能。
破壊力も高く、上下左右問わずあらゆる方向から発射できるが、量に応じて相応の魔力を消耗する。

【天の鎖@Fate/Grand Order】
英雄王ギルガメッシュが誇る宝具の一種であり、普段は王の財宝に収められている。
相手の動きを拘束するための鎖であり、相手の神性(神にまつわる伝説に関わり、何らかの加護を受けた状態)が高ければその分だけ強度も強まる。
一方、神性がなければただの鎖程度の拘束力しか持たない。




 ビルから転落しながらも、生きていた。
 満身創痍にされてしまい、死の恐怖に囚われたまま放り投げられ、地面に落ちてしまった。激突の衝撃でコーカサスの変身が解除され、人間の姿に戻ってしまうが……彼は生きていた。
 キングという名前も、カテゴリーキングとしての強さを背負った誇りもなく、また殺し合いに対する興奮もない。衣服もボロ切れ同然となっていたが、生きている喜びだけを噛みしめていた。
 芋虫のように地を這っていて、自然界に放り込まれたら10分も生き延びれないほど、弱々しい姿だ。
 羽や足をもがれ、角をへし折られたカブトムシの運命は決まっている。

 だけど、そんなことなど微塵も思わない彼は、足音を聞き取る。
 顔を上げた途端、一人の少女と目があった。視界がぼやけているせいで、顔はあまり見えない。

「ひどいケガだね」

 彼女の言葉は至極当然だ。
 普通の人間なら、傷を負っている誰かを見たら心配する。もちろん、人の不幸は蜜の味、という諺があるように、誰かの悲劇を遠くから眺めて笑う奴もいる。
 普段なら、不幸をエンターテイメントとして楽しむ立場だ。でも、今は少女の存在が救いだった。

「た、す……」

 だから、救いを求めて腕を伸ばす。
 彼女なら僕を助けてくれると、一縷の希望にしがみついて。

 バゴン。

 答えは、鈍い音と衝撃だけ。
 何が起きたのか理解できないまま、腕が地面に叩きつけられた。

「あがっ!?」

 固い何かで叩かれた痛みで、悲鳴を漏らす。引きずられるように、顔面から地面に激突して、口の中で血の味が広がった。

 ドガン。

「ひぎっ!?」

 殴られた音と共に、悲鳴と混ざった血が吐き出される。

 ズガン。

「ぶびっ!?」

 殴られて、出血が激しくなる。

 ドガン。

「ふげっ!?」

 ズシン。

「いぎっ!?」

 バギン。

「あぎっ!?」

 ボゴッ。

「ぐびぇっ!?」

 何度も、何度も殴られてしまい、その度に叫ぶ。
 少女が細い腕で握り締めた金属バットで、彼は殴られ続ける。腕が振るわれる度に、彼の体は地面に叩きつけられてしまう。
 時折、打ち所が悪く、眼球が潰された。歯も折られてしまい、爪も砕け散る。



 彼は忘れてしまっていた。善人ばかりではなく、誰かを蹴落とそうとする人間がいることを。呆れたことに、今まで多くの人間を陥れた報いが来たとは微塵も考えない。
 自分の行いに対する後悔や、またどうすればこの場を切り抜けられるのかを思考する余裕すらなく、ただ嬲られるしかなかった。これまで、彼が蔑んできた弱者たちのように。
 誰かに手を差し伸べず、挙句の果てに助けを求める姿を笑い続けた彼を救うヒーローなどいるわけがない。
 悪の怪人に変身するどころか、力を発揮する暇すらも与えられなかった。ごく稀にヒーローの変身を待たずに攻撃する敵もいるが、敵の変身を待つ一般人ばかりとも限らない。勇気を振り絞り、生身で敵に立ち向かう市民がいるように、少女から殴られ続けていた。
 もっとも、現れた少女は彼を悪の怪人とは知っているわけがない。
 ただ、一人の少女が瀕死の男をなぶる光景がそこにあった。



 何度目になるのかわからない殴打の後、少女の手がようやく止まる。
 ぜえぜえと息を切らせていて、彼女も体力の限界が訪れていそうだった。
 しかし、助かったと安堵できるわけがない。痛みで意識が朦朧して、逃亡はおろか命乞いすらできなかった。

「…………こっちにすれば、よかった」

 淡々とした少女の声が聞こえてくる。
 そして見てしまった。鉄の棒の代わりに、どこからか剣らしき物を取り出して、掲げている少女の姿を。
 その意味を一瞬で理解するも、身体が動くわけがない。震えることすらできず、自分に訪れる『死』を予想していた。
 やめて、と叫ぼうとした瞬間、喉に剣が突き刺された。

「…………びゅ!」

 そんな意味の分からない悲鳴と共に、視界がブラックアウトする。自分の首が両断される光景を眺めないのは、果たして幸運だったのか。
 彼はもう動くことはない。きっと、この戦いに巻き込まれなければ、始めからこんな結末を迎えなかっただろう。
 普段の彼なら、少女を遊び道具にしていただろうが、完全に立場が逆転している。いや、少女からすれば彼は遊び道具ですらなく、踏み潰せる幼虫程度の脅威ですらない。

「簡単に切れた……」

 少女の口からそんな言葉が紡がれていくのを聞いて、ようやく気付いた。ああ、僕はこんな簡単に殺されてしまうのだと。
 殺し合いが始まってから彼が死ぬまでの時間は5分にも満たない。誰にも名前を知られず、またその死を惜しむ人物もいない。
 所詮、彼はただの踏み台に過ぎなかった。



【キング@仮面ライダー剣 死亡】
※死亡後、しばらく時間が経過すればラウズカード@仮面ライダー剣になるかもしれません。


【ラウズカード@仮面ライダー剣】
あらゆるアンデッドを封印するためのカードで、形はトランプに近い。
アンデッドが封印されたラウズカードはBOARD製の仮面ライダーの変身、または強化などに使われる。
作中では重傷を負ったアンデッドに無地のカードを投げつけることでラウズカードに封印できるものの、当ロワではアンデッドの死亡によって自動的に封印される……かもしれない。
(実際の所は不明)





 殺した。
 大怪我をして、助けを求めていた男の人の命を奪った。
 恐怖と罪悪感で、大崎甘奈は大きく震えてしまった。だけど、同時に覚悟も決まる。
 殺し合いに巻き込まれてしまった甜花ちゃんを救うため、森嶋帆高を殺さなければいけなかった。いざという時に迷わない為、瀕死の男を殺すことに決めた。

 助けることができればそれに越したことはなかった。
 でも、理想論を掲げている間に、甜花ちゃんがこの男の人みたいに殺されるのは嫌だった。
 甜花ちゃんが殺されるくらいなら、甘奈が悪者になって、森嶋帆高を殺す方がよっぽどマシだった。
 最初は金属バットで命を奪おうとしたけど、これでは時間がかかる。だから、苦しまないように剣で喉を突き刺してやった。
 そして、自分の心ごと見知らぬ男を殺した。殺人ではなく、鼻紙を捨てるのと同じだと自分に言い聞かせながら。

「手が汚れちゃった」

 既にこの両手は血で汚れている。
 雨で洗い流すことができなければ、もう後戻りができないことを甘奈は実感する。
 それに、あの森嶋帆高も殺さなければいけない以上、のんきに構えていられなかった。雨と血でずぶ濡れになったけど、もうどうでもいい。

「……もう、甘奈はアルストロメリアではいられないね」

 そう口にした瞬間、胸が締め付けられてしまい。甘奈の瞳から涙が零れ落ちる。
 こんな汚れた手を甜花ちゃんに見せられない。彼女の綺麗な体を、血に染まった手で汚したくなかった。
 こんな甘奈の姿なんて、甜花ちゃんに見せられない……だけど、甜花ちゃんのことだって見つけたい。そんな矛盾に苦しむものの、すぐに振り払った。

「それでも、甘奈はがんばるよ……甜花ちゃんを助けられるなら」

 大崎甘奈は歩く。
 大切な甜花ちゃんを守るために、たった一人で罪を背負うことを誓って。
 間違えて、そして傷ついたりするのは甘奈だけでいい。そう決意する大崎甘奈の瞳から滲み出る涙は、雨に流されてしまった。


【大崎甘奈@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、ずぶ濡れ
[装備]:金属バット、剣or刀系の武器(詳細不明)@?????
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~1
[思考・状況]
基本方針:甜花ちゃんを守るため、森嶋帆高を殺す。
1:もう、アルストロメリアではいられないや……
2:甜花ちゃんのことも見つけないと……







 大崎甘奈が去ってから数分後。
 男の惨殺死体を目の当たりにした少女が一人……大崎甘奈の双子の姉である大崎甜花だった。

「ひっ、ひぃっ……!? し、死んでる……!?」

 名も知らぬ男の命を奪ったのが、双子の妹である甘奈であるとは夢にも思わないまま、甜花は震える。
 映画館で甘奈を見つけて、彼女に手を伸ばした矢先に、見知らぬ街に放り込まれてしまった。甘奈や千雪はもちろん、283プロのみんなはどこにもいない。
 せめて、甘奈だけでも探そうと思い、雨の中を飛び出した矢先だ。見るも無残な男の死体を目撃してしまったのは。

「ひいんっ!? な、なーちゃん……なーちゃんっ!?」

 その惨たらしさから感じる生理的嫌悪感から、甘奈を必死に呼ぶ。
 もしかしたら、なーちゃんもこの男の人みたいに傷付いているかもしれない。そんな不安から、たった一人の妹の名前を叫び続けるけど、返事はない。
『森嶋帆高』と『天野陽菜』の二人は気がかりだし、できるなら二人には再会してほしいと思う。もちろん、甜花たちが死んじゃうのは嫌だけど……二人が巡り会えないのはもっと嫌だった。
 でも、今はなーちゃんのことがもっと心配だった。

「なーちゃん!? どこにいるの、なーちゃんっ!? 甜花は……ここに、いるよ!? なーちゃんっ!?」

 甜花は叫びながら、街を走る。
 アルストロメリアになる前の彼女であれば、建物に隠れながらたった一人で震えていただろう。けれど、甘奈や千雪、そしてプロデューサーさんたち283プロのみんなとの出会いで成長して、少しずつ心が強くなっていた。
 また、甘奈や千雪にも頼らず、アイドルとしてたった一人で仕事をこなし続けたこともある。更には『W.I.N.G.』にも優勝して、多くの人から拍手喝采を浴びた。

「なーちゃんっ!? なーちゃんっ!? なーちゃん!」

 だからこそ、甘奈を失うことが怖かった。
 生まれた時からずっと一緒にいて、何度も彼女から支えてもらったことがある。彼女がいたからこそ、千雪やプロデューサーとも出会えた。
 もしも、こんな形で甘奈と永遠に別れることになったら……甜花は壊れてしまう。

(な、なーちゃん……! なーちゃんは、絶対に、死んだりしないよね……? なーちゃんに、何かあったら……甜花も千雪さんも、プロデューサーさんみんなも……悲しんじゃう!
 だから、無事でいて……なーちゃん!)

 たった一人の姉として、甜花は甘奈の無事を祈る。
 生まれた時から、ずっと輝いているなーちゃんが死ぬ訳がない。そんな願いを胸に、甜花は走り続ける。
 だからこそ、大崎甜花は考えもしなかった。たった一人の姉を助ける為、大崎甘奈はその手を血で染める覚悟を決めてしまったことを……


【大崎甜花@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、恐怖(大)
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:????????
1:今はなーちゃんを探す。
2:帆高と陽菜の二人には……再会してほしいけど……
※少なくとも『W.I.N.G.』の優勝経験があります。
最終更新:2021年05月07日 06:20