「そうか、森嶋帆高……お前は神に挑むか」

天から降り注ぐ雨、窓からそれを眺めながら一人の男は嬉しそうに笑っていた。
血のように赤いコートをはためかせながら、死人のように色白い男は真紅の瞳を麗せて、これ以上なく笑う。

吸血鬼アーカードは実に楽し気に笑っていた。

「面白い、面白いぞ。惚れた女の為に、全て投げうつのか?」

敵は強大だろう。障害も少なくはない。
生贄に捧げられた少女、神の玩具となった天野陽菜を取り戻すべく、森嶋帆高は突き進むのだろう。
例え、相手が何であろうと。例え、化け物を前にしても。

諦めが人を殺す。
だが、誰もが諦めようとするなか、あの少年は諦めていない。

人間だ。これ以上なく、人間だ。

ククッと笑う。

「出来れば一目見ておきたいところだが……しかし、命令(オーダー)は受けていない。我が主は、インテグラはいるのか?」

森嶋帆高に興味はあれど、考えるべきは主たるインテグラの事か。
何の命令こそないが、主の守護は下僕の勤めではあるだろう。
バトルロワイアルに巻き込まれていればの話だが。

だが、仮にインテグラが居れば。
その命令が森嶋帆高を打倒し、全ての参加者を生きて返す事であるのならアーカードはそれに従う。
微塵の容赦もなく殺し尽くす。

もっともインテグラに限り、そんなつまらん命令などないとアーカードは思う。

インテグラのことだ。つまらん力を手にしてはしゃいだ老婆を討てと命じるだろう。

楽しみだ。実に楽しみだ。

化け物は人に倒されるべきだ。

森嶋帆高。
立ちはだかる敵を滅ぼし、天空を支配する神を討ち取り、女を取り戻して見せろ。

「……チッ」

昂る思いを、だが窓に打ち付けられる雨風を見て萎えた。

つまるとこ従順な従者がすべきは主人を探す事なのだが。
それが少し、面倒な事になっていた。




「どうなってんだ」

蟲の王、そのあまりの巨体さと銃弾すら跳ね除ける強靭な肉体を持つ化け物。
その心臓を破壊する為に体内に侵入し、だが人間を変異させる虫に左腕を変化させられ意識を失った。
スーパー小学生、山本勝次は困惑する頭を整理しながら、飛んでいた記憶を思い出す。

「俺、あそこから出れたのか?」

気付けば映画館にいた。
日本が平和であった頃、母親と時々観に行ったりしたこともある。懐かしさと嬉しさを感じつつ、もしかしたら自分は死んだのだろうかと疑う。
だって、そうだ。もう日本でこんな光景ありえないから。

吸血鬼に支配された日本、そこで人間は迫害され文明は滅んだと言ってもいい。娯楽なんてもの嗜む余裕もなかった。

走馬灯、あるいはあの世の天国というところなのか。

―――冗談じゃねェ。

想うのは仲間達の事、勝次を心臓へと行かせる為、化け物バッタと死闘を繰り広げ続ける宮本明。
蟲の王と激戦を繰り広げているであろう仲間達、クソハゲ、ネズミ、ユカポン。
まだ、何も成し遂げていないのに仲間を置いて死ぬ訳にはいかない。

気付けばさらに場面が変わり、クソババアからクソみたいな話を聞かされバトルロワイアルとやらに巻き込まれた。

「畜生ォ! 戻らねェと!!」

勝次は焦る。残された仲間達はどうなったのか? 蟲の王は倒されたのか?
心臓を破壊した記憶はない。そうだとしたら、仲間達はまさか……。

願いが叶うだか言ってたが、信じられない。とにかく気になるのは仲間達の安否だ。
未だあの場所で戦ってるのか、もしや勝次と同じようにこの場に攫われたのか。

「……東京か、ここ」

雨が降り続ける中、幸いにも屋内に連れ込まれたらしい。窓ガラスから外を覗いてみるが、都市部であるのは分かる。
多分、東京だろう。
しかし、勝次の知るそれとは大きく異なる。
吸血鬼により荒廃した東京とは思えぬ、非常に綺麗に整備された街頭は先ほど見た映画館のように昔を思い出す。

「何か知らないけど、やべェんじゃねェか?」

これは多分、本当に凄ェことになっている。
とにかく、全てが異常だ。腐るほど化け物共やクソみたいな世界を見てきた勝次でさえも、そう直感する程に。
一人でどうこう出来る問題じゃない。
まずは仲間達を探そう。そう思い立ち、駆け出した足を止めた。

ワァーワァー

「拘束制御術式(クロムウェル)第3号、第2号、第1号……解放」

(なんだあれ、やべェ!)

長身で黒髪の外人らしき男が呪文のようなことを呟き、その瞬間全身が崩れ百足や無数に目玉のある獣のような姿へと変貌する。
吸血鬼かなにかだろうか。
とにかく、今あいつと出くわすのはやべェ。早いとこ逃げよう。

「ほう、誰かいるな」

(ひいい! 気付かれた?)

男は勝次に気付き、歩み寄ってくる。

どうする? 逃げるか? 駄目だ、間に合いそうにない。
ここで死ぬのか? 

「……こんなとこで死ねねェ」

今も戦ってる仲間達がいるんだ。ここで、一人だけ死ぬ訳にはいかない。
そうだろ? 明。

支給された拳銃を片手で持ち、化け物を睨み返す。
どうせ殺されるとしたって、せめて一矢報いてやる。





「まあ、待て少年……これはただの確認だ」



「え?」



アーカードは自らの体の異常に気付き、試運転として拘束制御術式を開放していた。
ここに呼ばれる以前、シュレディンガーを取り込んだが為にどこにでもいて、どこにもいない存在となり、そして数万の命の中で自我を確立できず消滅した。
その後、ひたすら自分の中の命を必死こいて殺し続けていたのだが、神子柴はアーカードの中のシュレディンガーを排除したのだろう。
代わりに幾つかの命を詰め込まれていた。

恐らくはバトルロワイアル用に調整したといったところか。

体の異常を把握したところで、この少年、山本勝次が居合わせた。

「宮本明、クソハゲ……ユカポン? ……HAHAHA」

アーカードは歓喜しながら勝次の話を聞いていた。

「な、なんだよ……笑うとこあったか?」

勝次は怪訝な顔で言う。

数分前、銃を構え戦う意思を見せた勝次だったが、アーカードが拘束制御術式を封じ人の姿に戻ったところで情報交換を持ち出した。

流石に信用は出来ないと考え離れようとする勝次だったが、今まで出会った吸血鬼と違い、先の姿はともかく理性的であったこと。
何よりあのクソ吸血鬼達とは違い人間を見下すような視線ではなく、むしろ人間に対し敬意を表しているような様に自然と警戒を解いてしまった。

こんな吸血鬼は見たことがなかった。何なら、紅茶まで淹れてくれた。
支給品が紅茶セットだったらしい。

「いや、素晴らしい……全くもって、人間は素敵だ」

「は、はあ……」

吸血鬼に占拠された日本。
そのなかで逞しく生きる勝次、更に人の身でありながら数々の化け物を打倒する宮本明という男。
鮫島、ユカポンといった頼もしき仲間たち。
アーカードにとって、これ以上なく羨望してしまう人間達だ。

そして、このガキ山本勝次。
左腕を化け物に変えられてもなお、仲間の元へ赴こうとする強い意志。
決して、諦めない。固い信念。
先程、拘束制御術式を見てもなお、立ち向かおうとしたのも納得がいく。

「山本勝次、お前は仲間達を探している。私も主を探している……ここは同盟といかないか」
「同盟?」

アーカードもまたインテグラに仕え、探している事を大雑把に説明していた。

「そうだ。私は少々、困っている」
「困るって、アンタ強ェんだろ?」
「外に出れない。吸血鬼だからな」

言われてから、勝次は呆けていた。
外に出れない? どういうことだ。日光を嫌うとかいう伝承はまだ聞いたことがあるが、天気は雨で太陽なんて出る気配もない。

「雨だ。私は流水を渡ることが出来ない」

アーカードは上位の吸血鬼であり、日光はもちろん十字架やニンニクも効かない。
船や飛行機があれば、海といった流水も超えることは出来る。
当然、この雨の中もそれを避ける何かさえあれば、超えることは出来る。だが、気が利かないことにアーカードに支給されたものの中にはそれがない。

多少の雨ならばあるいは超えられるのかもしれないが、二日で参加者全てを溺れ殺すほどの規模の雨となれば話は別だ。

だからこそ、闘争の予感を目の当たりにしながら、この檻のような建物の中動くことが出来なかった。

「何言ってんだよ! 俺が見た吸血鬼はそんなの……」

「お前の言う吸血鬼(それ)と吸血鬼(わたし)は近しい質の……だが同名の別種の存在だ」

勝次の語る吸血鬼はウィルス性であるらしく、いわゆる病気のようなものだ。
一部、驚異的な固体や雅という真祖のようなものもいるらしいが、アーカードの知るそれとは大きく異なる。

「吸血鬼の伝承を知っているか? 十字架が苦手でニンニクを嫌う、大まかに言えば私が属するのはそれだ。
 お前の見てきたモノは、その伝承に近いが故に吸血鬼と比喩で命名されたものだろう」

「じゃあ、アンタは血統書付きの吸血鬼なのか」

「そんなとこだ」

言われてみれば、クソ吸血鬼共は異常なほどに凶暴であり、血に対しても吸わねば邪鬼になるなど、必死さもあった。
それに比べ、このアーカードは余裕たっぷりで、非常に冷静ではある。

「そこで私の代わりに、この辺を散策して欲しい。そうだな……乗り物があればいい。車だ」

「俺、小4だぜ?」

「アクセル踏んで、ハンドルを回せばいい。簡単だろ?」

「傘じゃダメか……?」

「車だ」

淹れて貰った紅茶を口に含み考える。
話してみた感じ、少しばかり変人のようではあるが、クソ吸血鬼とは違い何かしらの芯のようなものはある気がする。
吸血鬼に対し嫌悪感がない訳ではないが、近しい別物と考えればそれなりに受け入れることも出来た。

だからこそ、一つ確認しておかないといけない。

「アンタ、そのインテグラって人が居なかったら……どうする気なんだよ」
「どうする、か……主の元へ帰るつもりだが」
「……ってことは、あの帆高ってのを殺す気なのかよ?」

アーカードは静かな笑みを勝次に送る。

「番手っ取り早い方法ではあるだろうな」

「それなら、俺ァ協力できねェぞ!!」

「何故だ人間、森嶋帆高を止めれば全員が生きて帰れる。願いも叶うと言っていたな。
 お題をこなし。その権利を得ればいい。……お前の、吸血鬼に支配された日本を取り戻せるかもしれないぞ?」

「なめんなよ。誰がそんなもん乗るかよ」

その笑みに対し、勝次は強く睨み返し断固として拒否した。

「あんな奴が言う事聞いてくれる保障なんて、何処にもねェし……約束したんだ強く生きるって。
 帆高と陽菜ってやつらを自分の為に殺しちまうなんて、母ちゃんとの約束を破っちまう」

勝次は母と死に際に強く一人でも生きていくと約束した。
そんなものを誰かに強要するなど母は望まない。
大事な人と別れる苦しみだって、その時に嫌というほど味わった。
同じように誰かが自分のような目に合うなんてそんなのも嫌だ。

「もしも、こんな糞ゲームに乗るならお前はあのクソ吸血鬼共と同じだ! 絶対手なんか組まねェ、俺はこっから一人で出てく。
 どんなに痛みつけたって言う事は変わんねェし、ヘッ殺してみろ! 雨で身動き取れなくなって困るのはお前だ!!」

拘束制御術式の解放を見た後で、このガキはここまでの啖呵を切ってきた。
あのおぞましくも恐ろしい化け物の姿を見た上で、このガキは諦めず手持ちの手札で挑んできた。

「ククク……何てガキだ。……確かに、困るのは私だな」

アーカードは歓喜に湧き、張り裂けそうな満面の笑顔を見せる。

「では、どうしろと言うのだ? 私はどうすればお前の協力を得られる?」
「この糞ゲームをぶっ潰すのに力を貸せよ。明や鮫島達……俺みたいにゲームを潰そうとしてる奴等の力になってくれ!」
「なるほど、私が戦う為の力を……お前は雨の中動ける足を、か……いいだろう」

嬉しい。嬉しいぞ。 

人間はこんなにも強い。
人間はこんなにも素敵だ。
人間はこんなにも素晴らしい。


「まずは、ここを拠点に周辺を散策しろ。二時間程を目安に一度戻ってこい。
 もしもお前の言うクソ吸血鬼のような……いわゆるゴミ共がいればここに廃棄しに来い。私が処理してやる」

勝次は紅茶を飲み干し、気合を入れたアーカードに背を向けた。


「分かったぜ。アンタももしここに明たちが来たら、俺の事伝えといてくれよ」


さあ、人間よ。
化け物を、神をも討ち倒してみせてくれ。
天気の巫女を奪い返し、この目障りな雨を止ませてみせろ。

雨のなか、戦場へ赴く小さな背中を見送り、アーカードはほくそ笑んだ。


【アーカード@HELLSING】
[状態]:健康
[装備]:紅茶セット
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:インテグラを探す。居なければ勝次に力を貸す。
0:勝次の帰りを待つ。
1:雨のなかを移動できる車が欲しい
2:森嶋帆高にも会ってみたい
[備考]
※シュレディンガーを取り込んだ直後から参戦です
※取り込んだシュレディンガーは排除され、代わりにある程度の命の残機が入れられています。
※雨(流水)を素で渡れません。
※ロリカードにはなれます。


【山本勝次@彼岸島 48日後…】
[状態]:健康、左腕変異
[装備]:拳銃@彼岸島
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:糞ゲームを潰す
1:仲間達を探す。
2:アーカードのかわりに周辺を散策する。
3:傘や車があれば確保する
[備考]
※蟲の王戦で意識を失った後からの参戦です。
最終更新:2021年01月29日 23:35