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やっとすべての仕事が終わった。
一年生の教室がある一階で立ち止まる。
春樹との約束の時間前だけどお母さんの言葉も気になったからだ。

(おもしろいって何だろ。ここが春樹の教室か)

「ロイヤル喫茶か……」

煌びやかな看板にベルバラ風の文字で書いてある。
どうりで春樹が来て欲しくなそうに不機嫌な顔をしたはずだ。

「結構まだ並んでる人いるんだな……」

締め切られた教室のドアにはズラッと15人ほど並んでいる。
おとぎ話を思わせる雰囲気のせいか圧倒的に女子率が高い。
並んでいる女子生徒達は楽しみなのか大きな声で談笑している。
春樹に連絡する時間前だし、最後尾に一人寂しくポツンと並んだ。

「あなた。春樹くんのお姉さんですわよね」

真後ろから高圧的な声がして振り向くと、腕を組んだ桐原さんが立っていた。

「桐原さん……だったよね」
「やっぱりそうですわね。その地味で暗い感じはそうではないかと思ったのですわ」

(地味で暗い……)

悪気があって言った訳ではないと思いたい。
私は気を取り直して桐原さんに向かい合った。

「桐原さんのクラスはロイヤル喫茶なのにドレスじゃないんだね」

桐原さんはいつも通りの制服を着ている。
ロイヤルで豪華なドレスも上手に着こなせそうなのにもったいない。

「うちのクラスは王子の格好をした男子がもてなしてくれるの。女子は裏方で私は衣装担当。
ちなみに春樹くんの服は私が特別に仕立てさせたものよ。他とは段違いの出来ですわ」

(仕立てさせたもの……)

自分で作った訳ではなさそうだ。
プロにでも頼んだのだろうか。
詳しく尋ねようとも思ったけれど、話が長くなりそうなので聞かなかった事にする。

「春樹は教室の中?」
「ええ。でも一番人気の王子だから指名出来るかは分からないわ」
「そっか。少し時間もあるから待ってみるよ」
「一人でよっぽどお暇なのね」
「まぁ春樹に会えなくても雰囲気だけでも楽しむよ」

そう言ってまた最後尾に並びなおす。

「ちょっと待ってくださいます? 春樹くんのお姉さん」

桐原さんにはまだ言いたい事があるのようだ。

「どうしたの? もしかして何か私に用だった?」
「当たり前でしょう。わたくしが用もないのにあなたなんかに話しかけるはずないじゃありませんか」
「そうなの? ごめん」

悪い事をしているつもりはないけれど、なんとなく謝ってしまった。
列に並んだままだと都合が悪いのか、桐原さんは周りを見回していた。

込み入った話かなと感じた私は、空き教室を探す。

「ここに入ろうか」
「ええ。その方が都合が良いわ」

カーテンで締め切られた薄暗い部屋に二人で入った。

「……それで私に何か用かな」
「わたくし、今日限りでこの学校を転校することになりましたの」
「え? 今日限り?」

転校だけでも珍しい事なのに、学期の途中で変わるなんて聞いた事がない。
よほどの事情があるのだろうか。

「随分急な転校だね。お家の都合?」
「春樹くんとはこれで終わりですの。……だからこの学校にいる意味もない……」

強気な桐原さんにしては言葉を濁す。
終わりという単語が気になって聞き返す。

「終わりってどういう事?」
「わたくしの父が婚約は破談だから戻って来なさいと言ってきましたの。
あの家はもう駄目だと」
「あの家って……もしかして」
「その顔。あなたもしかして春樹くんのお父様が亡くなられたのを知りませんの?」
「亡くなったの?」
「ええ。新聞でも取り上げられてましたわよ」

(そっか。父親の力を奪った秋人さんの能力も私に移ったから、生かされていた父親も……)

私が力をすべて請け負ったせいで高村家の状況が変わり始めたようだ。

「それでわたくしだけではなく、お付きの友也も一緒に転校することになりましたの」

(友也……って?)

一瞬考えて、春樹が一番仲が良かった友達の名前だと思い出す。

「友也くんって春樹の親友だよね」
「そうね。二人は昔からとても気が合うようね」
「でも……確か桐原さんの彼氏だよね」

私の言葉に桐原さんは一瞬目を丸くしてから可笑しそうに笑い出した。

「まぁ、友也が本当の彼氏のわけないでしょう」
「そうなの?」
「常に一緒に居た方が都合が良いからで、ただの方便よ。
四六時中お付きの者が居るなんて庶民の学校ではおかしいでしょう」
「カモフラージュって事?」
「そうね。そもそも友也とでは釣り合いが取れないわ」
「さっきから友也くんをお付きの者っていっているけど……それって」
「わたくしの家の執事長の息子なの。何かと不便だろうとお父様が勝手によこしたのよ」

(じゃあ桐原さんは二股していた訳じゃないってことか)

突然の桐原さんの来訪の時、私と隆は二人の関係を勝手に勘ぐった。
そして友達の友達に恋をした二股女子と結論付けた。
春樹はその事に否定も肯定もしなかった。
桐原さんの話をすることは過去を話す事になるから、春樹は知らぬ振りを通したのかもしれない。

「そうなんだ……知らなかったよ」
「そういう事で私も友也も今日でこの学校とはお別なのよ」
「せっかく桐原さんとお友達になれそうだったのに、転校なんて寂しくなるね」
「貧相な庶民の暮らしに触れるのも良い経験でしたわ。ただ春樹くんの事だけ心配で」

(春樹が心配?)

「どうして春樹が心配なの?」
「あなた本当に何も知らないのね。高村の息がかかった施設に家宅捜索が入ってるのよ。
お父様は高村は見限られたって仰っていたわ」

(力が無くなって権力も失ったのかな。散々悪い事をしてきたから制裁を受けるってことなのかも)

「そこであなたにお願いがあるのだけれど」

桐原さんは私に向き直ると、私を正面から見る。

「悔しいけれど、わたくしが居ない間、あなたが春樹くんを支えてあげてちょうだい」
「私が……」
「幼稚舎から懇意のわたくしや友也も居なくなって、生家は滅茶苦茶。
きっと心中穏やかじゃないはずよ」
「そうだよね」
「春樹くんにとって一番身近な人はあなただから頼むのよ。不本意ですけれど」

桐原さんは春樹を追いかけてこの学校までやってきたのかもしれない。
昔の春樹と同じ学校に通っている令嬢がわざわざ公立を選ぶなんておかしい。

「あのね、桐原さん」

私も桐原さんにしっかり向き直って話しかける。

「桐原さんは春樹が大好きなんだよね」
「なっ。ば、馬鹿じゃありませんのっ」

桐原さんは顔を真っ赤にしてうろたえる。

「じゃあ好きじゃないの? 春樹を追いかけてこの高校選んだんでしょ? お菓子作ってきたりしたよね」
「それは婚約者だからで……」
「でも春樹は大堂の姓に変わっているよ」
「正当な継承者は春樹くんだから必ず戻って来ると皆おっしゃっていたわ」

一生懸命なのか声がどんどん大きくなっている。
桐原さんは昨日までの私みたいだ。
自分の気持ちに素直になれず、世間体や弱い気持ちを盾に取って誤魔化している。

「私はね、春樹が大好きだよ」

自分でも驚くほど穏やかな気持ちで言えた。

「いきなり何を仰っているの?」
「いつの間にか家族としてよりも異性として好きになってしまったんだね」
「……は?」
「それで昨日、春樹に好きだって言ったんだ」

春樹には周りに黙っているように言われた。
だけど、桐原さんには本当のことを伝えたい。

「姉なのにおかしいよね」
「…………」
「春樹もその気持ちに応えてくれたよ」

桐原さんが息を飲むのが分かる。
驚きで桐原さんは言葉にならないようだった。
学校から去っていく桐原さんにわざわざ言う事じゃないかもしれない。
ひどく残酷な事をしているかもしれない。

「…………」
「私、桐原さんの事少し苦手だった」
「……さっきから……何が仰りたいの?」
「ライバルだから。ハッキリ言わなくちゃならないんだ」
「それ以上、聞きたくない……」

搾り出すように掠れた声で桐原さんは尋ねる。
私よりずっと前から春樹を想っていたのだろう。
恋敵から両思いになったと宣言されれば声だって出ないに決まってる。

「……任せてって、言える立場じゃないかもしれないけど」

引き受ける覚悟を胸に言葉を続ける。

「それでも、私は春樹のそばにいる」
「………」
「頼ろうとしてくれた桐原さんの気持ちがうれしかった。本当に」

こぼれ落ちる涙に、胸が少し痛んだ。
それでも、言葉を止めることは出来なかった。

「酷い事を言っているよね。知らなければただ学校から去るだけで済んだんだもん」
「本当……に」

また桐原さんの頬に涙が伝っている。

「今までの事なかれ主義の私だったら黙っていたと思う。
だけどそれじゃ任せてもらっても、桐原さんはまた心配になるかもしれない」
「…………」
「心残りはここに置いていって欲しいんだ。
桐原さんは未だに春樹の事を『高村春樹』だと思っているから」
「……もう違うことくらい……わたくしだって」

桐原さんはハンカチで目を被う。

「私の一番の心配は生家の呪縛から完全に抜け出せないことだよ。
実の兄が……秋人さんが犯罪者になる可能性が高いなら尚更だよ」
「……………」
「桐原さん。春樹はもう『大堂春樹』だから。
二度と高村の名前を出したりしないで。それができないなら関わらないで欲しい」
「…………」
「私が未来はずっと明るいって思える様に変えるよ。春樹とならきっと出来るはずだから」

私はハッキリと桐原さんに伝える。
多くは語れないけれど、私の言いたい事は伝わっていると信じたい。
すると目を覆う桐原さんの横にすっと立った人物が静かに言った。

「……もう、十分でしょう。お嬢様」

いつの間に空き教室へ入ったのだろう。
春樹とお友達で桐原さんの付き人の友也くんが立っている。
友也くんは半そでの制服を着ていた。
薄着なのは紺のカーディガンを桐原さんの頭からそっと被せたから。
きっと泣き顔を見せたくないであろう桐原さんへの配慮だろう。

「分かってもらいたくてキツイ言い方だったよね。ごめんなさい」

私は紺色のおばけのようになった桐原さんに謝る。

「桐原さん、本当にごめんなさい」

泣かせてしまったのでもう一度謝る。
それでも桐原さんの返事は無かった。

「お嬢様はこうなるともう話し掛けても応えてはくれません」
「そうなんだ……」
「愛菜さん久しぶりです」
「友也くん……半年前に家に遊びに来てくれたよね」
「はい。その節はお邪魔しました」

友也くんは礼儀正しく挨拶をした。

「友也くん。桐原さんと転校しちゃうんだね」
「はい。お嬢様は海外留学へ出ることになりました。僕も同行します」
「そっか。寂しくなるね」
「転校を春樹もとても残念だと言ってくれました」
「親友だもんね」
「子供の時も変わった奴で身分とか性別とかに偏見なくて皆に平等で。
だから僕も友達になれたんです」
「そうなんだ」
「頑固な所もあるけど、本当に良い奴なんです」

友也くんは親愛をこめて言っている。
とても良好な関係だったんだろう。

「それではお嬢様の機嫌もここでは直りそうにないので失礼しますね」

友也くんは桐原さんを連れて出て行こうとする。

(本当に行っちゃうんだ……)

本当は桐原さんと友達になりたかった。
だけど押し黙ったままではとても無理そうだ。

「あの、私は『春樹のお姉さん』って呼ばれるより愛菜って呼んでもらえるほうが好きなんだ。
その……お友達になるのは無理……かな」

偶然同じ人を好きになった。
でもまだ桐原さんの事はほとんど知らない。
もっと色々話してみたかった。
すると紺色のおばけがユラリと動いて、友也くんにそっと耳打ちする。

「お嬢様は落ち着いたら手紙を書くと言っています」
「よかった……」

カーディガンの中で、肩がわずかに震えた。

「……その中にカミソリを仕込むそうです」

友也くんはクスリと笑いを堪えると、桐原さんと薄暗い教室を出て行く。

(……彼女なら……本気でやりそうだな)

宣戦布告に受けて立つしかないと、腹をくくった。

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最終更新:2026年03月26日 13:25