ここはどこだろう。
日差しのまぶしさに顔をしかめながら、あたりを見渡した。
(ここは近所の児童公園だ)
「愛菜ちゃん!」
名前を呼ばれて振り向くと、小さい女の子が駆けてくる。
「まきちゃん」
駆けてきた女の子はお友達の事をまきちゃんと呼ぶ。
息を切らしているその女の子には見覚えがある。
(写真で何度も見たことがある。あの子は私だ)
どうやら私の名前を呼んだ方が『まきちゃん』、駆けてきたのが小さな頃の私みたいだ。
まきちゃんという女の子と私は砂遊びを始める。
このお友達は確か保育園で一緒だった子だ。
(この子が勾玉かな?)
「おーい。愛菜ちゃんたち一緒にあそぼ」
もう一人、今度は男の子が駆け寄ってくる。
「隆くん! 今ね砂のお城をつくっているんだ」
「じゃあオレは車つくる!」
「女の子だから私たちはシンデレラのお城を作ろう」
そう言って女の子チームはお城、男の子は車を作り始める。
(隆だ……ちっちゃ。かわいい)
かわいらしい隆が楽しそうにあそんでいる。
なんだか懐かしくて、自然と笑みになってしまう。
しばらく遊んでいると、遠くで井戸端会議をしていたまきちゃんのお母さんが足早に近づいてくる。
「まきちゃん。こっちへ早く来なさい」
そして強い口調で子供を呼び寄せた。
小さな隆と私は手を止めて、まきちゃんの様子を伺う。
「なぁに、ママ」
「愛菜ちゃんとは遊ばないように、ママ、お願いしたはずよ」
「どうして? みんなと仲良くしなさいって保育園の先生も言ってるよ」
「あの子は駄目よ。ママ友もみんな言っているの。不気味で不吉な子だって」
(不気味? 不吉?)
記憶がない私には、この言葉だけで置かれている状況を判断できなかった。
「ねーママ。不気味ってどういう意味?」
まきちゃんは言葉の意味が分からないのか、母親に尋ねている。
「自分の母親にまで見放されたって噂されてるの。だからね。もう行きましょう」
「わっ、ママそんなに強く引っ張らないで」
まきちゃんは母親にひきずられる様にして、帰っていった。
砂場には作りかけのお城がそのまま残っている。
「気にするなって」
「うん……わかってるよ」
砂場の埃をはらいながら、隆が私を慰めている。
記憶にはないけど、よくこんな光景があった気がする。
(だってすごく既視感がある)
「まきちゃんのママ、ドロドロ残していったな」
「本当だ」
まきちゃんのママが居た場所には、小さなドロドロの水溜りができていた。
「あのドロドロ。悪意っていうんだってさ」
「あくい?」
「嫌な塊ってことだろ」
小さな隆も悪意が上手く説明できないのか、適当に答える。
「いやだな」
「こういう不思議なもの。オレと愛菜ちゃんにしか見えないんだよな」
「そうみたいだね」
「だったら居ても黙ってた方がいいよ。また不気味って言われる」
「でも……悪さする子もいるよ」
隆は黒い塊をみても黙っているのをしきりに薦めていた。
だけど小さな私は首を縦に振らない。
「だからさ。愛菜ちゃんもオレみたいに言うなって。周りに言いふらすから、のけ者になるんだ」
「放っておけないよ……分かるから。これから起こる事が」
「オレには先のことは分かんないけど……そんなの関係ないだろ」
「だめだよ。困っている人は助けないと」
私はどうしても納得いかないみたいだった。
これから起こる事が分かる。
だから教える。
こんな事を繰り返して、不吉な予言する不気味な子だと周囲に呼ばれていたのだろうか。
「そういえば保育園の出来事。年少や年中の事、あれから思い出せたのか?」
「まだダメみたい。少し前のことでもぼんやりする事もあるんだ」
「そっか」
「パパがね。ママが居なくなる時、愛菜が泣かないように嫌な思い出を消してくれたんだって」
「でもさ。これから起こる事を言いふらしていたら、また同じことの繰り返しだろ」
「わかってる。けど……」
話しながら、チラチラと二人は視線を移す。
小さな隆と私はまきちゃんのママが残していった悪意を気にしている。
その悪意が少しずつ近づいているからだ。
「どうしよう」
「オレが倒してくる」
「隆くん、大丈夫?」
「任せとけって」
小さな隆は玩具の拳銃をポケットから取り出す。
そのおもちゃの手元のボタンを押すとピカピカ光りだした。
「おーい。そこのザラザラ、この銃に入れよ」
隆が木陰と一体になっていたザラザラを見つけてわし掴みにすると、拳銃の中に押し込める。
「これでよしっと。せーのバキューン」
小さな隆の掛け声でザラザラとした塊が勢いよく飛び出す。
ザラザラの塊はドロドロの水溜まりに飛んでいき、二つとも砂のように消滅した。
「隆くんかっこいい!」
「へへへっ。どんなもんだ」
(隆。こんな小さな時から力を使えていたんだ)
あの黒いものを隆はミストと呼んでいた。
だけど、ドロドロ、ザラザラしたものにも嫌な感じがするものと良い感じがするものが居る気がする。
まきちゃんのママの方は悪い、木陰に居たのは良い感じだ。
「すごいすごい。思念を操る能力者は多いけど、精霊使いなんて相当なレアものよ」
パチパチと手を叩きながら、一人の女の子が近づいてくる。
「お前、あの黒いのが見えるのか」
「黒いの? ああ、さっきの低級の思念体のことね」
「ちがう。木陰にいたザラザラの方だ」
「あんたには木霊がザラザラの塊に見えるのね。もう少し精進した方がいいかも。目視で区別がつくように」
隆は警戒するように私の前に立っている。
新しく現れた女の子から私を庇うためだろう。
(ちっちゃい隆。今よりかっこいい……それにしてもこの女の子、すごく大人っぽい)
目の前の隆や私と背格好は変わらない。
だけど、雰囲気が大人のそれと変らない。
見た目は子供、頭脳は大人のようだ。
「ナイト気取りもいいけど、私はあんたの後ろに居る、その子に用があるの」
(この女の子が勾玉かな)
私は注意深くその子を見る。
しかし保育園のお友達にその子の顔と一致する子はいなかった。
「お前、始めて見る顔だな」
「まぁね、ここから少し離れてる所に住んでるから。だから小学校はバラバラのはずよ」
「あの……あなたのお名前は?」
ずっと隆のうしろに隠れていた私が尋ねていた。
「ごめんね、教えられない。だって特定されたらやっかいだもの」
「そうなんだ……」
「でも、私は愛菜の味方。だから警戒しないでね」
大人っぽい雰囲気の女の子は小さな私に向かって優しく微笑んだ。
(この子がきっと勾玉。でも……なんだか初めて会った気がしない)
私はその様子をただ眺めるしかできない。
この人物を特定するために、私はちびっ子三人を静かに見守り続けることにした。
最終更新:2020年06月19日 11:46