【6日目深夜】


今日はとても長い1日だった。
俺は自室にもどると、そのままベッドに入った。
リモコンで部屋を暗くしても、寝返りをうってみても、一向に眠くならない。

(ファントムとかいう気味の悪いモヤを消滅させた後に……敵は能力者をまとめる組織だと一郎先輩が言っていた。姉さんだけは巻き込みたくなかったけど、高村の関連組織で間違いなさそうだな)

部屋に戻った姉さんの足首には、まだ包帯が巻かれたままだった。
3日前、俺とぶつかって怪我をさせてしまったからだ。
まだ痛むのか、時折、さする仕草をしていた。
姉さんの方が酷い怪我なのに、体育の授業で頭を打った俺の心配ばかりしていた。
吐き気もないし大丈夫だと言っているのに、結局、病院にまで連れて行かれた。
少し抜けたところもあるけど、思いやりのある本当に優しい人だ。
必要以上にお人好しすぎて、俺が気を揉んでしまうことも少なくないけれど。

(姉さんが昨夜、告白してくれた予知夢。間違いなく能力者。それも……)

高村が求める神託の巫女。
鬼の姫で自在に夢を操ると聞いたことがある。
同じような能力だし、姉さんが巫女である可能性もあるということだ。

(本当に神託の巫女なんだろうか……)

母さんが離婚する時、再婚した時、すべて不自然そのものだった事への説明もつく。
偶然にしては、あまりに出来すぎている。

(あの頃の俺は、誰も信じられなくなってたな)

とにかく色々あって疑心暗鬼になっていた。
義父さんや姉さんを酷い言葉や態度でひどく傷つけた事もあった。
それでも家族として接してくれた。
「大堂春樹」として過ごした五年間は何より大切な思い出だ。

(……どこまで逃げても、結局、あの男の手の内ということか)

父は『無能』な俺を見限った。
能力者としては無能でも、手駒としては使えると踏んだのだろう。
俺と姉さんを引き合わせたのも計画のひとつと思った方がいい。
姉さんが神託の巫女ならば。
俺を利用して、高村に引き入れるつもりかもしれない。
そして巫女の力を使い、失いつつある権力を再び手にする算段なのだろう。

(でも、俺は……)

姉さんに俺が知っている情報を話すべきか、否か、ずっと迷っている。
超能力を持たない俺はどこまでいっても部外者。
組織について詳しい内情はほとんど知らない。
まだ小学校低学年だったし、大まかな概要や目的を聞き出すくらいしか出来なかった。

(言えない。言える訳がない)

敵の大将が俺の父親という事も話さなくてはいけなくなる。
鬼の血統でありながら、直系で俺だけに能力が発現しなかった事も。
それは『役立たず』の『無能』だと自分から伝えるようなものだ。
生まれながらに全てを持っているはずだった。
なのに、空っぽだった俺。
姉さんにまで失望されてしまったら……。

(今日も修二先輩が言っていたっけ)

「俺は、敵を見る能力さえないんですか? このままじゃ、姉さんを守るどころか足を引っ張るだけだ」
「それは無理だよ」

食い下がる俺に、修二先輩があっさりと言った。

「まれに、後天的に力が現れるときもあるけど…そんなの本当に稀だからね」

(ささいな一言。でも「無理」と一蹴されて……何も言い返せなかった)

姉さんには今までのように頼りにされていたい。
ただの良い弟で構わない。
俺の傍でいつまでも笑っていて欲しい。
だれよりも大切だから。

(高村に関する情報も不確かで、考えは憶測でしかない。俺はこのまま知らないふりをするのが最善だろう。今は一郎先輩と修二先輩に任せておけばいい)

時がくればこの騒動も収まってくれる。
いつもどおりの穏やかな日常がすぐに戻ってくる。
巻き込んだ以上、能力者の一郎先輩と修二先輩が姉さんを守ってくれるはずだ。

(一郎先輩と修二先輩に色々言われて……姉さん、不安そうだったな。隆さんにも裏切られて落ち込んでいたし)

これ以上、姉さんを混乱させるのは良くない。
錯綜する情報を整理してあげたり、相談相手になる事くらいはできる。
『無能』でも、まだやれる事がある。

(そういえば……姉さん、今日の夕飯もすごかったな)

料理を異常に不味くする天才なのだろう。
米が洗剤で泡立っていたのは、さすがに二度見した。
他の事は普通なのに、食に関してだけは笑えるほど要領が悪い。
炊事は完全に破綻しているレベルだ。

絵心もなくて、いつもおかしな絵を見せてくれる。
ネコだと思って尋ねたらネズミを描いていたなんて事も珍しくない。
そんな不器用なところが、つい構ってしまいたくなる所でもある。

(一生懸命なのに空回りで、放っておけないんだよな)

段々、思考に取り留めがなくなってきた。
ぼんやりした頭で思う。

(あの夢、疲れている時に限って見るんだ。特に今日みたいな……)

体調が良くなかったり、気分が沈んでいる時ほど、匂いや手触りまで感じるような鮮明な夢をみる。
良い夢ならいいけど、俺にとっては大抵が悪い夢だったりする。
必ず姉さんが出てくる事も一貫していた。
3〜4年前から断続的にみている鮮明な夢も、姉さんの能力の影響なのか……?と思ったところでフッと思考が途切れた。


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最終更新:2022年03月23日 11:10