【7日目深夜】


またこの夢だ。
今日はまだ夢だと気付けるだけ、マシな方だろう。
現実との境目がつかないほど、色鮮やかでハッキリとした光景が広がっている。

俺は今、御門先輩と剣を交えている。
お互い、つば迫り合いで相手の様子を伺っている。
疲れからか、わずかに御門先輩に隙が生まれた。
刹那、俺は能力で生み出した赤い大剣を振りかざす。
その遠心力を使った渾身の一撃を、紙一重でかわされる。
切先が御門先輩の頬を掠めていく。
その軌道をなぞるように彼の頬の血が伝う。

「俺が火で先輩は水。やっかいな相剋だな」
「厄介という割には余裕がありそうですが」
「御門先輩、やっぱり強いね」
「春樹さんの隙のない滑らかな動き。剣を扱い尽くした相当な手練れです」
「それはそうさ。大和で一番の戦士だったんだ」
「守屋の剣士としての能力をトレースできるようですね」
「まぁね。だけど身体は俺のままだから使いすぎると次の日は動けなくなるんだけど」

御門冬馬。
3年生で二つ上の先輩。
最近、試験でほぼ満点を取って編入してきたと噂されている。
話によると姉さんを守るために来た最強の能力者らしい。

(御門先輩の夢は初めてだな。姉さんの契約者……だったよな)

ショッピングモールで会った瞬間から嫌悪で全身の鳥肌が立った。
理由は分からない。
とにかく直感で嫌だ、許せない、と思った。
なのに姉さんは、俺よりも御門先輩を信じようとした。
気がつけば「これ以上の厄介事は、ご免なんだ!」と感情的に怒鳴っていた。

(また俺は姉さんに近づく男に嫉妬しているんだ)

理由もなく相手を嫌悪するなんて、人として間違っている。
これじゃ父と何も変わらない。
こんなリアルな夢も、もう見たくない。
そもそも俺は『無能』で普通の人だ。
こんな大きな赤い剣を能力で出せるはずがない。
チハルが俺に能力の気配があると言っていたけれど、あれから何一つ状況は変わっていない。

(嫉妬心と力が欲しいって願望が、こんな馬鹿げた夢を見せるんだ)

頭では夢だと認識できている。
俺は意識を総動員させて、無理矢理に瞼をこじ開けた。


薄暗い自室の天井が現れた。
どうやら自力で夢から覚める事に成功したようだ。
安堵しながら、ゆっくり上半身を起こした。

「おはよう、春樹」

薄暗い俺の部屋の中で突然、声を掛けられた。
声の発せられた方を向くと、窓ぎわの月明かりの下、姉さんが静かに佇んでいる。
壁掛けの時計は3時過ぎを差していた。

「びっくりした。こんな時間に姉さんが勝手に入ってくるなんて……初めてだよね」
「だめ、だった?」
「そうだね。次はやめて欲しいな」
「わかった」

姉さんは無機質に首を縦に振った。

(姉さん、寝ぼけているのかな)

いつもと様子が違う。
喜怒哀楽がわかりやすい人なのに、今は超然としている。
話し方も外国人ようにぎこちない。

「寝ている部屋に入ってくるなんて、急ぎの用事でもあった?」
「用事はある」
「なんだった?」
「やって欲しい事がある」

(寝ぼけているにしても……やっぱりおかしい)

まるで姉さんの姿をした他人と話しているような。
奇妙な錯覚に陥ってしまっている。

「俺に何をして欲しいのさ」
「明日、高村の家に戻って」
「高村……だって?」

(おかしい。姉さんに高村のことをはっきり話した事は無いはずだ)

思い出したくなくて、過去に関わる話は極力避けてきた。
俺の態度で察してくれていたのか、姉さんも色々聞いてくる事はなかった。
深夜、俺の許可なく勝手に入ったり、高村の話を持ち出したり。
相手を気遣う事に敏感な姉さんの性格とかけ離れすぎている。

「……姉さんじゃない。一体、あなたは誰ですか?」
「わたしは愛菜」
「違います。大堂愛菜……姉さんはそんな話し方はしない」
「わたしも愛菜で間違いない。もう一人の愛菜」

(もう一人の姉さん……もしかして)

「あなたは鬼……? 巫女の中に居るという伝説の鬼なんですか?」
「そう。昼の愛菜はただの器。わたしもまだ覚醒が十分ではない」

(本体はあくまで鬼で、姉さんは仮初の器って訳か)

姉さんをただの器呼ばわりするのは許せないが、歯向かって勝てる相手じゃない。
今は話を合わせる方が賢明だろう。

「明日、俺は高村に戻ってどうすればいいんですか?」
「わたしの血……鬼の血で作った血漿を打ってもらうがいい。苦しみは伴うが能力は授かる」
「能力……俺は『無能』ではないんですか?」
「持っている。神宝の能力。鬼の末裔である証」

(神宝……初めて聞く)

夜、体育で脳震盪を起こした俺の見舞いだと言って桐原さんが家を訪れた。
幼稚舎からの幼なじみで元婚約者。
彼女の事だから、早ければ明日には敵の大将が父だと伝えるだろう。
これ以上、言い逃れは出来ない。
もしかすると、これは好機なのかもしれない。

(俺にも能力がある。空っぽなんかじゃなかった)

精霊のチハルが昨日言っていたように、俺は能力を持っていた。
神宝とは何なのだろう。
具体的には分からないけど、これでただの足手まといではなくなる。

「明日の夕方、お前の実父をここに遣わせる」
「父が家に来るんですね。わかりました」
「邪魔が入るかもしれないが、お前は父の指示通りに動けばいい」
「邪魔……反主流ですか」
「そうだ。仲間を裏切る事になる」
「平穏な生活を不躾に壊した彼らを……仲間だと思った事なんて一度もないですよ」

俺の言葉を聞いて、鬼がゆっくり歩き出す。
顔のすぐ傍まで近づいて、姉さんの顔をした鬼がジッと凝視してきた。
全てを見透かすような深い闇を湛えた姿は、姉さんとはやはり別物だ。
しばらくすると何かを悟ったように、口角を吊り上げ、不敵に笑う。

「氷のように冷たい瞳。表面は穏やかで善人ぶっておってもやはり鬼の系譜か」
「そう……そうかもしれません」

俺が偽善者だという自覚は以前からあった。
本来の俺は鬼の言うように冷え切った人間なのだろう。
理不尽な父のようになりたくないと思っていても、本質は変えようがない。
現に取引めいた鬼とのやり取りを心のどこかで心地よく思っている。

「わたしを押さえ込む力が無い以上、逆らえば器を壊すかもしれん」

(器。姉さんの心が人質か)

「姉さんを救いたければ従えと……そういう事ですか」
「ふふふ。さすが、話が早いな」

姉さんの顔をした鬼が耳元で楽しそうに囁いた。

「姉さんが助かるなら、俺は何でもやりますよ」

これで俺は能力者として覚醒することになる。
この時はただ無能から解放されたい。
出来損ないの役立たずじゃない。
そればかりに気を取られていた。

力を手にすれば姉さんを必ず救えるはず。
呆れるほど単純な思考で、そう思い込んでいたのだった。

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最終更新:2022年03月23日 11:21