「隆ルート」への分岐
ノーマルルート979の「隆と千春を校門まで送る」場面から。
(979の続き)
「じゃあ、私千春たちを校門まで送って行くよ」
「ねぇちゃんじゃないんだから、迷子にならないよ?」
「そんな心配してません!」
千春がふざけて言うのに、私は軽く頭を小突いて二人を促す。
「そっか、じゃあ俺は俺で見て回るよ」
「愛菜ちゃん行っちゃうのかー、残念」
「うん、二人ともまたね」
軽く手を振って、私達は校門へ向かう。
修くんが以外とあっさり納得したのにはびっくりしたが、修くんも隆があまりにもぐったりしているので心配したのかもしれない。
「隆、ホントごめんね」
お化け屋敷に入る前に足の事を言われていたのに、結局前と同じような感じになってしまった。
少し落ち込んでいると、ちらりとこちらを見た隆が少しなにかをたくらむような顔をする。
「まったくだぜ。……あ、そうそう愛菜おまえもう少し食ったほうがいいぞ」
「え? 何?突然」
深くため息をついた隆が、思い出したように言い出す。
「しがみついた時の感触が、小学生の時と変わってないからな」
「……! ちょっと、それどういう意味よ!」
「ん? ちゃんと食って成長しろよって意味だ」
しれっとそう言う隆の隣で千春がニヤニヤ笑う。
「要するに幼児体系で、ぼっきゅぼーんな体型には程遠いってことだよな。イマドキ小学生だってもっと発育いいのになー」
「悪かったわね!」
一気に落ち込んだ気分が浮上して、隆にはかなわないなと思う。
そうこうしているうちに、校門の前までやってきた。
(ここから分岐)
「なぁ、愛菜。言おうかどうか、さっきから迷ってたんだが……」
校門前で立ち止まり、不意に隆がはなしかけてくる。
「ん? なに?」
(まさか、幼児体型でまたイジるつもり!?)
からかわれるんじゃないかと、警戒する。
「お前って……そんな匂いだったか?」
声のトーンが急に低くなったのが気になり、その顔を覗き見る。
珍しく戸惑っているような口調だった。
「匂い……? 私が匂うってこと?」
神妙な面持ちの隆。
思わず、自分の服の袖を鼻に近づける。
「抱きつかれた時……なんか少し違うなって感じたんだ」
「違う……って。今日は学校の文化祭だし、コロンもつけてないよ?」
汗の匂いかもしれないと、慌てて嗅いでみる。
けど、柔軟剤のほのかな香りしかしない。
シャンプーとか、ボディソープを変えた記憶もない。
そもそも隆とは年単位で会ってなかったのだから、私の匂いなんて忘れてしまっているはず。
「いや、違うんだ。もっと根本的っつーか」
「根本的……」
「上手く説明できないが、なんつーか違うんだ」
(何、言ってるんだろう。でも、さっきみたいなフザケた感じじゃなくて、真剣そうだし……)
困ってしまって、何も言えなくなってしまう。
分かってもらえないのがもどかしいように、隆はガシガシ頭を掻く。
「千春、悪いけど先に帰っててくれるか? 愛菜に話があるんだ」
「えっ、でも隆……さっき疲れたって言ってたよね?」
千春が戸惑い気味に尋ねる。
それでも隆の様子は変わらなかった。
「悪いが、二人だけで久しぶりに話がしたいんだ。愛菜、お前も良いか?」
有無を言わせない強い言い方だった。
(この後、香織ちゃんと合流するつもりだったけど……)
真面目に話をしたがっているのが伝わってくる。
「香織ちゃんには、このまま隆を送りながら帰るってメールで伝えておくよ」
「頼む。それじゃ、俺たちは……学校裏の神社ででも話すか?」
「分かった」
「僕、テレビみたいし暗くなる前に帰るね」
「おう、気を付けて」
「それじゃ、ねえちゃんはあんまり遅くなんないでよ」
「わかってるって」
「じゃあね、隆!」
「おう、またゲームしてやるからな!」
隆に手を振ると、千春は家の方向へと走り出す。
私たちも神社のある方へ向かって歩き出した。
(確か匂いが……って言ってたよね。せめて香りって言って欲しいんだけどな。それにしても、変な隆……でも……)
昔から、妙にカンが良いことが多かった。
天気予報が晴れでも、雨が降るかもと呟くと、にわか雨に遭ったり、遠回りで帰ろうと言われた日には、近くで事故があったり……。
高校に入ってからは会えなくなっていったけど、それまでたくさん助けてもらってきた。
(あの交通事故だって……)
子どもの頃の記憶をたぐり寄せようとして止める。
隆が居なかったら、私は今この場に居なかった。
それどころか、墓石の中にいたかもしれない。
その時のことを思い出そうとするだけで、冷や汗と動悸がしてくる。
隆の歩調に合わせながら、ゆっくり後をついて行く。
鳥居をくぐって、祠が祀られた石畳に隣り合わせで腰を下ろした。
陽が傾き、オレンジの光がこの街を守ると言われている立派な御神木を照らしている。
「よっこいしょっと」
腰を下ろして、安堵のため息をついていた。
松葉杖の金具を外して、すぐ横に立て掛けていた。
「やっぱり、おじいちゃんみたいだよ?」
「うるせえ」
「でも、それも私のせい───」
「──違うって言ってるだろう。何度も同じこと言わせんなッ」
怒った口調で強く遮られ、口をつぐむしかなくなる。
(自分を責めたところで、隆の手のしびれや足はこれ以上治らない。それは分かってるけど……)
毎日、雨でも雪でも学校帰りに隆のお見舞いに行った。
隆が寂しくならないようにするのが、せめてもの償いだと信じていたから。
隆は毎日来るなと言ってくれていたけど、私はそれを止めなかった。
隆が遠くの街に転院したのは、私から距離を置くためなのは、言われなくても察しがついた。
手術やリハビリなんかは、転院しなくてもこの街の一番大きな総合病院で済んでいたから。
償いと思っていた事も、隆にとっては迷惑でしかなかったと思い知り、私は変わることを決心したのだった。
「……ゴメンね」
乾いた秋風が、神社の木々の間を吹き抜ける。
「いい加減、もう謝るなって言ってるだろ。悪いのはあの運転手なんだぞ」
「でも、隆の忠告を聞いておけば……」
「もう全部、過ぎたことだ」
「分かってる」
自分を責めるほど、隆を困らせしまう。
だから、あえて気負うことない、気心の知れた幼馴染の関係を演じてきた。
でも隆と二人だけになったら、つい甘えから本音が出てしまう。
「ところで、さっきの話けどな」
(そうだった。隆が匂いとか言ってたっけ)
ここに来たのも、匂いについての話をするためだったと思い出す。
「私の匂い……。昔と違うの?」
「ちょっと待てろ。もっかい確認するから」
すぐ横の隆が私の首元の匂いを嗅ぐように近づく。
顔が間近に迫ってくると、息ができない。
変わらない背格好だったのが、男の人に変わってしまったせいかもしれない。
(ち、近い……)
転院前より、ずっと背も伸びている。
声も以前より低くなった。
小さな時から一緒だったのに、違う隆になってしまったみたいだ。
(なんでだろ。すごく緊張する……)
そして納得したように、隆は静かに顔を離す。
「やっぱり、違う……な」
「そうなの?」
「そっくりだが、根っこの部分がその……変だ」
根っこと言われても、昔の私を連れてくる訳にもいかず、比べようもない。
それでも裏表のないハッキリした言い方。
嘘のない真っ直ぐな瞳。
(やっぱり、背が伸びても隆は隆だな)
「なんだ?」
「ううん、なんでもない」
フルフルと首を振って微笑む。
すると目の前に隆の指がズイと近づいて、私のおでこをピンッと勢いよく弾く。
「痛っ」
咄嗟に自分のおでこを手のひらで押さえる。
「無防備すぎだ。バカ」
「バカはヒドイよ」
「俺に不用意に抱きついたり、今もされるがままだったりするからだろ?」
「でも、抱きついたのはオバケが怖かったからで……」
「抱きつくなら弟の千春だろ、普通」
「でも千春は小学生で、まだ頼りないんだもん」
「俺の方がずっと頼りないだろ? 危うく、お前を支えきれなくて倒れるとこだったんだぞ」
(それはそうなんだけど)
お隣同士で同じ歳。
保育園も一緒。
小学校も中学校も一緒。
中学生の時は入退院で休みがちだったけど、それでもクラスの浮いた存在にはならなかった。
マイペースで正直でいつも自然体だから、気負わなくて済む。
だから色々なハンデが残っても、絶えず友達には恵まれていた。
臆病で引っ込み思案な私を引っ張ってくれていたから。
「隆は頼りになるよ。私が保証する」
「お前に保証されてもな」
「何度も助けてくれたから、間違いないよ?」
「わかった、わかったから……もう言うなっ」
隆は不貞腐れたように、そっぽを向いてしまった。
「せっかく、褒めてあげたのになぁ」
「何で上から目線なんだよ。ていうか、お前に言われても少しも有り難くないんだ」
(もう、素直に喜べばいいのに)
褒められると照れ隠しに怒り出すのは、昔からだ。
それがなんだか懐かしくて、思わず笑ってしまうのだった。
最終更新:2025年07月12日 16:25