リンゴォ・ロードアゲインという男にとって、果し合いとは刹那に終わるものである。
短期決戦の方が得意だから、というわけではない。
ただ、相手を殺せる武器を持ち、死を厭わぬ覚悟を有している男同士がぶつかれば、自然と決着は早く着いてしまうのだ。
それはこの場においても変わらない。
例えあいてが蟲だとしても、彼の戦いは変わらない。
故に。
リンゴォとスズメバチ。
これが果し合いである以上、どちらが勝者にせよ、あと数分の内に屍を晒すことになるだろう。
ザッ。ザッ。
距離を詰めるたびに動悸が増し、手も震え始める。
それらは全て恐怖の表れでもある。
本来ならば、未熟者の証だと恥ずべきことなのだろう。
だが、この場においてはリンゴォはそれでよかった。
もともと、彼は自分が未熟であることを否定はしていない。
未だ自分が未熟者であるからこそ、彼は決闘で生き残り、己を高めていく意味を為せる。
つまり。
この戦いは、今までとなんら変わりない『己を高めるための戦い』であるということだ。
ビンビンビンビンビン
スズメバチにとって、己の命が懸かった戦いなど皆無に等しい。
何故なら、スズメバチとはゆうさくを刺し、注意喚起を促すための存在であり、途中でいくら反抗されても最終的にはゆうさくを刺し画面から消えるというオチはお約束な展開だった。
だが、このバトルロワイアルではそうはいかない。定番のオチが用意されていない以上、自分が死ねば、そこで全てが終わり、ゆうさくを刺すこともできなくなる。
そんな窮地にあって、初めてスズメバチは恐怖を抱き、生への執着が芽生えていた。
つまり。
スズメバチは、ここにきて、ようやく初めての闘争に臨むことになるのだ。
ビンビンビン
ザッ ザッ
近づいていく、互いの射程距離。
先に動いた方が負けなのか、あるいは勝利か。
それすらもわからない中で―――――動いたのは、スズメバチだった。
ブリュッ ボンッ。
ひくついた臀部から発射される毒液は、極小の水滴である。眼前まで来てようやく輪郭がわかる程度の大きさだ。
空気中に撒布されるそれは、決して容易く視認できるものでなければ紙一重で避けられるものでもない。
身体能力的には人間の域を脱していないリンゴォならばなおさらだ。
回避は困難。そして、皮膚が弱いリンゴォであれば飛沫であれど受けたくないものである。それは、リンゴォ自身も理解している。
だからこそ、彼は敢えて踏み込んだ。
空いている左手で視界は保持したまま顔の前で盾のように構え、顔へのダメージを減らし、踏み込むことで首元を狙ったモノを服へとずらしたうえでだ。
驚愕で動きの止まったスズメバチの隙を突き、リンゴォは右手の銃を構え発射する。
その殺気を感じ取り、瞬時に後退するスズメバチ。
いくらゆうさくの顔がついているとはいえ、曲がりなりにもスズメバチだ。弾丸が発射される直前に距離をとることは容易い。
更に、その離れ際に飛ばされた毒液をかわせるはずもなく。
液は、リンゴォの目、鼻、口元に付着し更なる激痛を齎した。
その光景を見ていたゆうさくの頬を冷や汗が伝う。
(ま、まずいですよ...)
現状、どう見てもリンゴォに勝ち目はない。
リンゴォの武器は銃であるのに対して、スズメバチはあの一撃必殺の針と毒液。
射程距離自体はリンゴォの銃の方が長いが、実際に有効打となる距離自体はスズメバチの毒液の方が勝っている。
加えて、スズメバチは小柄でスピードもあり、小回りが利くのに対して、リンゴォは細身とはいえそこそこの体格だ。
動き回る小さな的と動きの少ない大きな的では断然後者の方が当てやすい。
あのスズメバチが接近をためらうほどの射撃の腕前は流石というべきだが、それでもスズメバチを捉えるには足りない。
だが、リンゴォは退かない。それが彼の流儀であり生き方だから。
ならば、彼を助けるために邪魔をする権利などあるはずもない。
この場は彼に託して去るのが吉だろう。
ゆうさくは、未だうずくまるスノーホワイトへと視線を向ける。
だが、そこにいたのは彼のよく知る純白の少女ではなく、茶髪のごく平凡な少女だった。
「えっ、スノーホワイト?その姿は...」
「へ、あ、あれ?」
ゆうさくに言われて、変身が解除されていたことにようやく気がつく。
魔法少女のスノーホワイトではなく、女子中学生の姫河小雪の姿になっていたことに。
「お、おかしいな。変身を解いてなんかないのに」
そう。ここで彼女が変身を解くメリットなどどこにもない。
変身さえしてしまえば身体能力は、大幅に増し、多少の刺激にも耐性がつき、疲労も感じにくくなる。
だが、彼女は解いてしまった。
己の意思ではなく、スズメバチにもたらされた死への恐怖が無意識のうちにそうさせた。
変身してしまえば、あのスズメバチに向き合わなければならなくなる。あの"死"により近づいてしまう。
それを本能で察してしまったからこそ、全身が震え、魔法の端末へと伸ばされた指は止まってしまう。
(は、早く、はやく変身しないと)
変身して――――どうする。
リンゴォを護る。どうやって。
彼は自ら望んで戦っている。スズメバチも、自分が生きるために必死になっている。
言葉でどうにかなるものではない。そんな彼らをどう助けろというのか。
...方法は、ある。
リンゴォを殺させず、スズメバチも殺さなくて済む方法が。
けれど、身体が、心が否定する。あんな恐怖を味わいたくないと悲鳴を挙げる。
でも、動かなきゃいけない。清く正しく美しい魔法少女にならなければいけない。
(私が、私は―――)
震える指が液晶にかざされる。
瞬間。
温もりが、彼女の掌を包んだ。
「...恐いときは恐いっていえばいい」
「ゆうさく、さん...」
ゆうさくは、そっと優しく重ねた掌から魔法の端末をそっと掠め取った。
「なにを」
「子供は大人に頼ればいいんだ」
ゆうさくは小雪に微笑みかける。
彼女には、そんな彼の笑顔が太陽よりも眩いものに見えた。
幾度もの攻防の後。
リンゴォは蹲りもだえ苦しんでいた。
もとより肌の弱い彼にとっては、先の片腕の犠牲だけでも耐え切れるようなものではなかったのだから当然だ。
息を切らしつつ、齎されるであろう毒針へと備える。
ここから相打ちに持ち込むことはできるかもしれない。だが、彼はその結末を認めない。
勝者には糧を。敗者には死を。それが彼にとっての果し合いであり、それは自分も例外ではない。
あのスズメバチは見事に生死の境界線においてリンゴォを下したのだ。
(すまないな...一方通行。せめて横槍の清算はさせておきたかったのだが)
事の発端は、スズメバチが不意打ちで一方通行を殺害したことからだ。
ならばこそ、せめてこのハチを討ち取ることで彼との果し合いの穢れを祓いたかった。
だが、如何な背景を抱いていようとも負ければそれまでだ。
今まで自分が果し合いの果てに命を奪ってきた者たちにどんな背景があるかはわからない。
平凡ながらも温かい家庭があったのかもしれない。
幼い頃から夢見ていた職に手を就けたかもしれない。
多くの部下を抱えた有望な上司だったかもしれない。
幼い頃の虐待を乗り越えてきたかもしれない。
困っている人々の助けに己の全てを費やしてきたかもしれない。
そんな背景があるかもわからない人々をリンゴォは葬ってきた。
そんな自分だけが、己の望みを完遂できるなどとは思っていない。
敗者は勝者の糧になる。
それが彼の定めた果し合いのルールであれば、彼にそれを違う資格はない。
ふと、脳裏に浮かんだスノートワイトの顔と誰かの影をかき消すように、眼を瞑り毒針を受け入れようとした。
そのとき、なにかが変わった。
最終更新:2018年10月13日 23:46