リンゴォは、異変を肌で感じ取った。
眼を開ければ、そこにはスズメバチの姿はない。

『あー、ごきげんようおめーら。誰だって顔をしてると思うが、この殺し合いの進行役を勤めてるヤツだってことを認識してくれればそれでいい』

流れ始めた放送も耳に入らない。

ビンビンビンビンビンビン


背後より、一定のリズムで奏でられる羽音に、リンゴォは思わず振り向いた。

そこには、自分にトドメを刺すことなく通り過ぎていったスズメバチの背中。
そして、その向かう先には、ゆうさくが己の胸元をまさぐり立ち尽くしていた。


馬鹿な、と思う暇すらなくスズメバチはゆうさくへと近づいていく。


「ダメ...」

小雪は必死に声を絞り出す。
ゆうさくがやろうとしていることはわかってしまったから。

「やめて...!」

それは彼女が考えていたことだから。
本来なら、か弱き人々を護る魔法少女の役目だから。

今すぐに駆け出し、ゆうさくを護らなければいけない。
しかし、死への恐怖が彼女の膝を笑わせ、ロクに力をこめることすら出来ず転んでしまう。



ビンビンビンビンビンビン



そんな彼女に申し訳ないと思いつつ、ゆうさくはスズメバチへと向き合う。

(恐い)

何度経験しても決して慣れぬこの恐怖。
本当なら逃げ出したい。どうにかして生き延びたい。
けれど、そうやって逃げ続ければ、今回のスノーホワイトやリンゴォのように被害は拡大していく。
彼女のような、『普通』の女の子にまで死の恐怖を植えつけてしまう。

(そんなことをして生き残っても、カミさんに顔向けできないもんな)

ならば、『死』の経験者である自分がこうするのがベストだろう。


ビンビンビンビンビンビン


(リンゴォさん。勝手だけど、あの子のことを頼むよ)

スズメバチの向こう側で、なにかを叫ぼうとしているリンゴォに微笑みかける。
お互い、信頼と呼べるものを築くには共に過ごした時間は短すぎる。
しかし、彼ならば、なんだかんだ言っても彼女に救われた恩は返してくれると、先の救援を見て確信していた。
少なくとも、あの仏像のようなヤツと遭遇した時、彼女を護れる可能性があるのは非力な自分ではなく彼だ。



ビンビンビンビンビンビン


ついに目前にまでやってきた。
嫌だ。恐い。やめておけばよかった。
そんな後悔が瞬時に駆け巡り、泣き出しそうになる心を、しかし噛み潰す。

スズメバチの針が乳首に迫る。

「逃げてゆうさくさん!!!」

喉が潰れんほどの小雪の絶叫を受けた瞬間、フッとゆうさくの身体が軽くなったような気分になる。

(いや、軽くなったのは―――ここrチクッ。

「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ああああ↑↑↑」

乳首を刺されたゆうさくは微振動と共に悲鳴が上ずり青ざめていく。

ビンビンビンビンビンビン

もはや自分の仕事はここまでだと言わんばかりに悠々と飛び去っていくスズメバチ。

ゆうさくの脳裏からはもはやスズメバチのことなど消えうせ、代わりに様々な人々の声が飛び交っていた。


『草』
『あーイクッ』
『乳首感じるんでしたよね』
『こいついつも刺されてんな』
『あーねんまつ』
『ウ ン チ ー コ ン グ』

どれもが聞き覚えのある言葉だった。
言葉の主との面識は一切ない。
しかし、彼らは人が死にそうだというのにゆうさくが刺されるといつも嘲笑し、嗤っていた。
最初のうちはなぜ嗤うのかと怒りを抱いたが、死を繰り返すうちに残ったのは、恐怖と傍観だけだった。
例え死への結末が定められていても、誰も助けてなどくれない。彼らは笑うだけだから。
自分の死は彼らにとっての玩具だから。飽きたらその存在すら忘れてしまう程度のものだから。


全身から力が抜ける。何百万と刻まれた、死への虚脱感。

なにも変わらないいつもの最期の光景の中、彼は穏やかに微笑んだ。

なぜなら。

「ゆうさく...さん...!」

笑われるだけだった彼の死を悲しみ嘆く者がいることを知れたから。

涙を流してくれた彼女の存在は、絶望と死の輪廻の中の一筋の『救い』となったから。






「アー逝くッ」

ちーん。




『同作品のジンクスには気をつけよう!』(♪陽気なBGM)



【ゆうさく@真夏の夜の淫夢派生シリーズ 死亡】


最終更新:2018年10月13日 23:46