(中々、他の参加者とは出会えないものですね)

ハードゴア・アリスとの遭遇より小一時間、クラムベリーは他の参加者の誰とも遭遇していない。
地図にして10×10マスの計100マスに対して参加者は60人程度である以上は仕方のないことであり、また、クラムベリーの能力のひとつである音探知もうまく機能しない。
相手が近くにいる時は問題ないのだが、普段よりも探知できる範囲がかなり狭いのだ。
そのため、大がかりな探索が困難となっているのも中々出逢えない要因の一つだった。

(...嘆いていても仕方がない。このまま地道にいくとしましょう)

結局のところ、探索に有用な支給品を持たない彼女はこうしてしらみつぶしにエリア中を徘徊するしかないのである。
他の参加者を捉えるまで、休むこともなくただひたすらに足を動かし続け―――その功が為してか。
ついに彼女の耳は参加者の足音を捉えた。




「はあ、はぁ...」
「大丈夫?」

そびえ立つビル群の中、マミは息を切らす流美を気遣いつつ足を進めていた。
出逢ってかれこれ数時間。周囲を歩き回っているが未だ成果は手に入らず。
この数時間の探索はただ悪戯に流美の体力を削っただけだった。

「少し休みましょう。余裕があればご飯も...とは言ってもお菓子しかないけれど」

流美はマミの言葉に素直に従い、ソッと側の壁に背を預ける。

(...クソッ、一刻も早く野崎を見つけ出さなきゃいけないのに...!)

親指を甘噛みしつつ、湧き上がる焦燥や憎しみを和らげる。
自分の悪評が廻れば確実に追いたてられてしまう。
それは駄目だ。絶対に避けねばならない。

そう思えば思うほど流美の焦燥は加速し隠しきれないものに昇華されてしまう。



その様子を見かねたマミは、己のデイバックに手をいれペットボトルとうまい棒を取り出す。

「ハイ。本当は紅茶でもあればよかったのだけれど」
「え...それ、巴さんの...」
「こういう時は、少しでもお腹を満たせばだいぶ変わると思うから」

流美は差し出された食糧へとおずおずと手を伸ばす。

「わ、わたしも持ってるけど...いいの?」
「いいのよ。怖い時は、喉を潤してお菓子を口にすれば多少は和らぐから」
「じゃ、じゃあ...」

おそるおそるとうまい棒の袋を開け、チラリとマミへと視線を移す。
こういう時は必ずなにか裏がある。クラスのイジメからの経験談だ。
「食べさせてあげる」とかいって無理矢理口に詰め込んできたり、お弁当にゴミを載せて「ふりかけの代わりだよ」とかのたまってきたり。
それで苦しんだり吐いたりする様を愉しむのがイジメっ子の"遊び"である

いまこうしている間にも、うまい棒を顔面に叩き付けられるか、ペットボトルの水を鼻から飲まされるか。
そんな嫌な未来に怯えつつ彼女に従いお菓子を口に運ぶ。

チラリ、とマミへと視線を移せば、ニコリと微笑むだけで悪意なんて微塵も感じられない。
思い過ごしなのか―――いや、油断すればその隙を突かれるのがいつものことじゃないか。
いつやられても耐えられるように、心構えを

(...そんなこと言ってたらダメだって)

数時間前に決めたではないか。自信を持って生きると。
だのにビクビクと怯えながら施しを受けるいまの自分はなんだ。まるで変っていないじゃないか。

(変わる...あたしは、もうあんな人生を送りたくなんかないんだ!)

もう虐げられるだけの惨めな人生なんて嫌だ。全てにケリをつけて生還し、前を向いて暮らすんだ!
改めて決意を固め、流美はマミを睨み殺さんばかりの形相を向ける。

「か、返せないからね!巴さんがくれるって言ったんだからね!」

その勢いのままにうまい棒へと齧りつき、あっという間に平らげてしまう。
クラスメイト相手にこんな啖呵をきれば、調子に乗るなと殴り甚振られること間違いなしだろう。
だがそれがどうした。文句があるなら甘んじて受けてみせよう。だが、正しいのはこちらの方だ。それだけは絶対に譲らない。
再びマミへとジロリと視線を向ける。

「佐山さんが元気になったみたいでよかったわ」

当のマミは、それを微笑みながら見ているだけ。やはり悪意など微塵も感じられない。
まさか本当にただの一人相撲だった?そう自覚すると途端に恥ずかしさで顔中が赤くなりまともにマミの顔を見ることが出来なくなる。

(なにやってんのさあたし...恥ずかしすぎる...!)

貰った水を飲み顔の紅潮を冷まそうとするが、しかし大して効果を為さず。流美の顔はまだまだ火照ったままだった。

一方のマミは、先刻の一件から流美に対して全幅の信頼を置いているわけではない。


しかし、それでも流美は一般人。魔法少女が守るべき対象である。

野崎春花への罵詈雑言染みた情報提供やいまのやり取りからしてなにか話し辛い事情があるのはなんとなく察せる。
しかし、いまはそれを聞き出す必要はない。
気持ちが落ち着き、彼女がちゃんと事情を話すことに納得した時に聞きだせばいい
いまは殺し合いの場であり、そんな中だからこそ、互いの信頼関係を築くのは必須であり、罪があったとしてもそれを咎めている場合ではないのだから。

「そ、その、巴さん」

流美はどもりつつもマミへと向き合う。

「なにかしら?」

視線が交わるだけで流美の頬は赤く染まり、目を逸らしたくなる衝動に駆られてしまう。
しかしダメだ。ちゃんと伝えなければ。
モジモジと己の親指を重ね合せ、それからようやく伝えたい言葉を発した。

「その、あ、ありがとう」

それは純粋な気持ちであった。こんな状況下でも励ましてくれた彼女へのお礼の言葉だ。
両親以外の他人にこの言葉を使うのはいつ以来だろうか。
それほどまでに、学校という佐山流美の小さな社会には敵しかおらず、両親以外に優しさを向けてくれる人も誰もいなかった。

「どういたしまして」

流美のその言葉に、マミは思わず頬が綻んだ。
魔法少女の活動は一般人に知られることは滅多にない。
だから、いくら頑張ろうともそれは己の中で完結させるしかなく、マミ自身もそれでも仕方ないと思っている。
しかし、こうして守るべき対象からお礼を言われるとやはり嬉しい。
自分があの見滝原で守ってきたモノは間違っていなかったとも思える。

「そうだ。よかったら背負っていきましょうか。それなら佐山さんもあまり疲れないでしょう」
「い、いや、そこまではいいよ。世話になりっぱなしじゃ、申し訳ないっていうか...」

少し前のどこかギクシャクとした空気はどこへやら。
歴戦の魔法少女と取り返しのつかない罪を犯した少女。
そんな影など見当たらないほどに、いまの二人は入学したてではしゃぐ女子中学生のようだった。

だが、そんな時間も長くは続かない。

「仲がよろしいところ失礼します」

二人の頭上に影が被さる。
マミはその異変にいち早く気が付き、すぐに上空を見上げる。

ふわりと降り立つは、長く尖った耳が特徴的な美しい女性。

「私は『森の音楽家クラムベリー』。魔法少女です。この赤い首輪の示す通り、このゲームにおいては人間ではありません。どうぞお見知りおきを」

巴マミと同じ『魔法少女』を名乗る、人ならざる者。





「えっと...」

虚を突かれた、とはこういうことを言うのだろうか。
懇切丁寧な物腰で現れた彼女は、堂々と自分が赤い首輪であることを提示した。
なにも考えていないのか―――否、そう決めつけるのは早計かもしれない。
マミは混乱を防ぐために己の赤首輪を隠したが、クラムベリーのようにあらかじめ明かしておくというのもリスクはあるが効果的ではある。
この殺し合いでは赤い首輪は狙われる対象となる。だが、それを明かした上で手を組みたいという意思を示せば、自分が手を組める相手かどうかの判断を示しやすい。
そういう考え方もあるにはある。

とにもかくにもまずは会話をしてみるべきだろう。全ての判断はそこからだ。
マミは、流美の前に進み出てクラムベリーと対峙する。

「...とりあえず、森の音楽家クラムベリーさん、でいいんでしょうか」
「クラムベリーで構いませんよ」
「わかりました。クラムベリーさん、私の名前は巴マミです。私たちはこの殺し合いをどうにか止めたいと思っています」

変わらず微笑みを浮かべているクラムベリーの真意を測りかねるマミだが、一応は聞き入れていると判断し話を続ける。

「勿論、赤い首輪でも関係ありません。誰も犠牲者が出ないように行動するつもりです。クラムベリーさん、どうか力を貸していただけないでしょうか」
「協力、ですか...悪くはないですね」

クラムベリーの返答に、マミは思わずホッと息をつきかける。
思ったよりも話がわかる相手でよかった。

「ですが」

クラムベリーがそう区切ると同時、彼女の纏う雰囲気が僅かに変化する。
それは些細な、しかし確かな変化だ。
マミはそれを見逃しはしなかった。

「あなたはともかくそちらの方は不要ですね」

クラムベリーの視線がマミの後ろの流美へと向けられる。
流美がその言葉の、視線の意味を理解しきるよりも早く、クラムベリーの右足の蹴上げが放たれた。
腹部目掛けて放たれたソレは、並の人間なら数分の悶絶の後に死亡するほどの威力を有している。



が、それも当たらなければ意味はない。

クラムベリーの攻撃の気配を察知したマミは、蹴りが放たれる寸前で後方に跳び退き、その勢いで流美の身体を後方へと押しだしたのだ。

「いい判断です。やはり私の目に狂いはありませんでした」

クラムベリーは、なにも和平交渉をしにきた訳ではない。
こちらが赤い首輪であろうことを明かし、その反応を見ていたのだ。
もしも自分の存在への動揺があまり確認できなければ、少なくともそれだけの肝の据わった者であり、逆に大いに動揺し恐怖のような負の感情を露わにすればそれは弱者である。
自分なりの大雑把な見分け方ではあったが、今回はそれが的中。前者は巴マミ、後者は佐山流美である。
クラムベリーが赤い首輪であっても冷静に対処し、変に緊張を持たず接したのが巴マミ。
クラムベリーが赤い首輪であると認識した途端、恐怖を露わにし怯えなんども首輪へと視線を向けてきたのが佐山流美だ。
おそらく、自分を殺せば脱出できる、などと考えていたはずだ。
そういった輩はこのゲームには要らない。それがクラムベリーが下した判断だった。

「あなたは殺し合いに乗るんですか!?」
「いまは乗っていませんよ。ですが、私の望むものは強者との闘争です。そのためには、赤い首輪ではない参加者は不要なんですよ。わかりやすくいえば、私はこれから赤い首輪以外の参加者を殺してまわるつもりです」
「そんな...!」

マミは理解できなかった。クラムベリーは、己を魔法少女と名乗っていた。
魔法少女の中にも縄張り意識の強い者はいる。多少は乱暴な者もいるかもしれない。
しかし、好んで人を殺したいと思う者はいなかったはずだ。
だが、クラムベリーは確かに言った。自分の望む闘争を繰り広げるために、一般人を殺すと。

「...佐山さん。彼女は私が食い止めるわ。これを持って、逃げてちょうだい」
「と、巴さん...!」
「大丈夫。私、こう見えてもそこそこ強いんだから」

マミは己のデイバックを流美に押し付け、この場から立ち去るように促す。
流美は、後ろ髪を引かれる思いでマミたちへと背を向け走りだした。

「...殺すと言ったわりにはやけにあっさりと見逃してくれるのね」
「まずはあなたに話を通した方がいいと思ったので」



「巴マミ。彼女を大人しく差し出せばあなたの相手は後回しにします。なんなら、申し出通りに協力しても構いません」
「それは、彼女を殺すということなのでしょう」
「そうなります。アレはどう見ても弱者です。排除するのが一番手っ取り早いんですよ」
「...あなたの気持ちは変わらないのね。なら、尚更ここを通すわけにはいかないわ」

マミが己のソウルジェムを掲げると同時、全身を淡い光が包み込む。
数秒の後に弾け飛ぶのと同時、元来の制服に代わり、どことなく西洋のイメージを連想させる衣装とその豊満なる胸を強調するコルセットに身を包んだ肢体が露わになった。
首輪を包んでいたリボンももう戻している。これが巴マミの真実。クラムベリーとは違う世界の魔法少女である。

「振る舞いからしてただものではないと思っていましたが...なるほど、あなたも赤い首輪なのですね」

首輪の色をカモフラージュできるリボンには少々驚いたが、まあなんてことはない。
それよりもだ。
方針通りに動くならば、赤い首輪の参加者との戦いは避けるべきだ。
だが、状況が状況。今回は戦わなければならないだろう―――などと、一応の言い訳を作ってはいるが、本音ではやはり強者に飢えている。
あの主催の男が用意した強者はどの程度の強さなのか。自らが満足しうる者なのか。
気になって確かめたくて味わいたくてしょうがない。己の手で壊したくてしょうがない。
相手の気が変われば別だが、立ちはだかるというのなら喜んで戦おう。

「ひとつ、窺ってもよろしいでしょうか」
「?」
「この殺し合いでは、赤い首輪の参加者はすべからく危険生物として、脱出道具として扱われます。なのに何故あなたはアレを逃がしたのですか?」
「...私は、私の信念に従って戦い、私の信じる魔法少女らしくありたいと思っているだけよ」

マミの返答に、クラムベリーは思わずクスリと笑みを零しかけ、それを見たマミは思わずムッと眉根を寄せる。

「失礼しました。この殺し合いに巻き込まれる以前に交戦した魔法少女が似たような台詞を言ったもので、つい。非難している訳ではありませんよ?王道的な言葉だと思います」
「......」
「ただ、彼女はそれに見合うだけの実力はありませんでしたが...あなたにはその口ぶりに似合う強さを期待してもよろしいのでしょうか」
「あなたの期待なんて知ったことじゃないけれど...人々に危害を加えるというのなら、私は容赦できないわよ」
「ありがとうございます。それでこそ、私の闘いは意味を為す...」

クラムベリーは戦いへの期待に笑みを浮かべ、マミは魔力を消費しマスケット銃を作り出す。

「銃、ですか。私の好みからは外れますね。できれば格闘家か剣士であれば嬉しかったのですが」
「悪いけれど、あなたの流儀になんて合わせるつもりはないわ」
「構いませんよ。戦いにおいて己に適した武器を使うのは当然のこと。それを卑怯と罵るのは三流の所業です」


笑みを崩さないクラムベリーと、銃を手に戦闘態勢へと入るマミ。
片や魔法少女の選抜試験の過激な試験官として、片や見滝原という町を守り続けてきた正義の味方として。
両者は互いに己の世界で多くの戦いを勝ち抜いてきた魔法少女。

その戦いの火ぶたは、ここに切って落とされた。


最終更新:2017年03月23日 20:42