睨み合う両者。
先に動いたのはクラムベリーだ。悠然と歩き、距離を詰めていく。
対するマミは引き金に手をかけるも弾丸は放たず。明らかに攻撃を誘っているクラムベリーに一層警戒が強まったのだ。
数秒の後、先手を打ったのは―――

「ッ!」

マミが引き金を引く間もなく、突如にしてクラムベリーが距離を詰める。
そこから放たれるは、腹部へのミドルキック。
寸前に察知したマミは僅かに飛び退き蹴りを躱し、お返しと言わんばかりに引き金を引く。
クラムベリーはのけ反り回避し、再び接近。
振るわれるクラムベリーの拳を避け、銃を構えようとするも次なる攻撃が許さない。
次々に放たれる拳に、蹴撃に、マミは銃を使う暇もない。

(なにも、銃に依存している、という訳ではないようですね)

体感的には、身体能力は自分の方が上である。
だが、なにも攻撃を躱すだけならば身体能力は絶対条件ではない。
繰り出される攻撃にも焦らず対処し、避けきれなければ当たる寸前に払えばいい。
言葉にすれば単純だがそれを為すには多くの経験と技量が必要となる。
彼女は銃という遠距離武器を使いながら、その鍛錬も積んできたのだろう。

だが、そこはやはり近接主体と中距離主体の戦闘スタイルの差か。
徐々にマミの表情に焦燥が浮き始める。
それが行動にも出たのか。
クラムベリーの腕を払い、マミは銃を突きつける。
だがそれがクラムベリーへと放たれることはない。
体勢を崩したクラムベリーのアクロバットの如き蹴りあげが銃を弾き飛ばしたからだ。

「きゃっ!」

衝撃により上体が崩れ仰向けに倒れかけるマミ。勿論、クラムベリーはその隙を見逃さない。
拳を握りしめ、マミの腹部へと叩き込まんと突き出しかけ、気が付く。
上体を限界までのけ反らせ宙に舞うマミの身体。
そのマミの手にある銃口が、既に己へと向けられていたことに。

「―――!」

先程、銃を弾かれたのはフェイク。隙をついて追撃をしようとした敵を仕留めるための撒き餌だ。
瞬時且つ直感的にそれを理解したクラムベリーは追撃を打ち止め、しゃがみ込むことで回避。
体勢を立て直すであろうマミを見やり―――その姿が高速で視界から失せた。
なにかに吸い込まれるかのように瞬時に消え失せたのだ。



すぐにマミの消えた方角へと視線を向ける。
そしていまの現象を理解した。彼女の魔法の正体も。

「そのリボンがあなたの魔法の正体ですか」

マミの手に握られているのは、建物の一部に縛られている黄色のリボン。
彼女は体勢を崩すと同時に近場へとリボンを放ったのだ。

(リボンによる立体機動...随分と万能ですね)

マスケット銃の精製と自由に操れるリボン。それがマミの固有的な魔法だとクラムベリーは判断する。

「ですが、まさかこれで終わりではありませんよね?」

クラムベリーの体感的には、巴マミは強いことには強い。
己の魔法を持てあまさず、頼り切らず、身体能力も並の魔法少女よりは上。
...が、これだけでは満足には程遠い。
ラ・ピュセルとの戦いと似たようなものだ。10回戦えば10回クラムベリーが勝つ。それ程の差がある。
まだなにかを見せつけてくれなければ物足りない。

そんな期待に呼応するかのように、マミの背後に幾多ものマスケット銃が召喚される。

(なるほど。一度に召喚できる銃は一つではないのですか)

無限の魔弾―――パロットラ・マギカ・エドゥインフィニータ。弾幕により辺り一帯を制圧できる荒業である。
放たれる弾丸の雨に、さしものクラムベリーも足を止める。
これだけの数だ。避けきるのは至難の技だろう。―――むしろ、避けないのが正解だ。

この技は逃がさない・躱されないことを前提としているものであり、そのために有効範囲を広げているにすぎない。
動けばそれだけ防御が薄くなり、被弾する数も増える。
だが、動かなければ、その大半は彼方へと着弾。実際に当たるのはよくて3割程度。
そう感覚的に理解したクラムベリーだが、とはいえその全てをその身で受け止めれば、流石にただでは済まない。
彼女は、迫りくる弾丸を―――弾いた。その拳で次々に弾き落としているのだ!

もしもこれが普通の機関銃のようなものであれば、いかにクラムベリーといえど容易く弾くことなどできない。
だが、クラムベリーは見切っていた。巴マミのマスケット銃から放たれる弾丸は、敵を殺すための銃火器とはとてもいえないものだと。
当然と言えば当然かもしれない。
マミのマスケット銃は魔力を消費して生み出すもの。そこにあらかじめ本物の弾丸を詰め込むなど不可能である。
ではあの弾はなにか。巴マミが想像し生み出したものだ。本物の弾丸を知らない彼女に本物をまるきり再現しろというのは酷な話だろう。
そのため、巴マミの使用する弾は本物の拳銃に殺傷能力で劣る。その推測のもと、クラムベリーは魔法少女の優れた身体能力とそれに伴った動体視力で弾丸を弾き返すという選択をしたのだ。
言葉にすれば単純だが、これもかなりの難易度の技である。いくらクラムベリーの世界の魔法少女が、マミの世界の魔法少女よりも身体能力に優れているといえど、魔法無しにこんな芸当ができるのは近接戦に特化したクラムベリーとヴェス・ウィンタープリズンくらいのものだ。



マミは目の前で繰り広げられる光景に唖然とする。
心血を注いだ技があんなやり方で防がれているのだ。そうなるのも仕方のないことだろう。
しかし、その仕方ないことが戦場では命取りとなる。
その動揺により微かに乱れた攻撃のタイミングをクラムベリーは見逃さない。
僅かに止んだ隙間を縫い、瞬く間に距離を詰める。
咄嗟に飛び退こうとするも既に遅し。
クラムベリーの拳がマミの腹部を捉え、後方に大きく吹き飛ばす。
だがそこでは終わらない。転がるマミの腹部へと追撃の蹴りあげを放ち再び吹き飛ばした。

「か、はっ...!」

マミの喉から込み上げる血が激しい咳を誘発させ、クラムベリーはそんな彼女に愉悦の笑みを浮かべていた。

「どうしました?まだ戦いは終わってはいませんよ」

マミは悠然と歩み寄ってくるクラムベリーから距離をとり、近場のビルへと逃げ込む。
クラムベリーはそれを視線で追い―――敢えて放置。否、その足は動いてはいるが、速さは変わらず。
まるで王のように優雅に、着実にマミとの距離を詰めている。

(さて、本題はここから...)

クラムベリーがマミを急いで追わなかったのは、マミを試していたからである。
マミと似たようなことを言っていたラ・ピュセル。
彼も中々の強さは持ち合わせていたが、戦いにおける心構えは未熟もいいところ。
少し痛めつければあっさりとその脆弱な精神を露わにし、戦意を喪失までしかけた。
なんとか持ち直しはしたが、それでもクラムベリーは満足しきれなかった。

もしも、マミがラ・ピュセル以上に醜態を晒すようならば最早この場に不要。
手足を破壊するなりして、死なない程度に痛めつけて適当な参加者に渡すだけだ。

(見せて貰いましょうか。あなたの信じる『魔法少女』とやらを)




「ハァ、ハァ...ゲホッ」

ビルへと逃げ込み階段を駆け上がったマミは、息を切らし、激しく咳き込む。
長らく忘れていた痛みに、身体が過剰に防衛反応を示していたのだ。
ナイトメアとの戦いは、自分も相手も痛みを伴わぬモノだった。
人々の悪夢から生まれるナイトメアを、五人の力で浄化し、健康な夢として持ち主へと返す。
そんな優しい戦いだった。

「うぅ...」

何故だか涙が溢れてくる。
痛みが我慢できなくなった―――わけではない。
確かにクラムベリーの拳は痛かったし、いまも腹部の痛みは残っている。
だが、動けない訳ではないし、施設を活用すれば逃げ切ることだってできるかもしれない。
そう。なにも希望が絶たれた訳ではないのだ。

(なんで...この込み上げてくるものは、なんなの...?)

だというのに、涙は止まらない。
この『痛み』自体に悲しみを覚えている。
何故だ、何故―――

コツ、コツ、コツ。

階下より、一定の感覚を空けた足音が空気を打ち鳴らす。
何者か―――考えるまでもない。クラムベリーだ。
間違いなく追ってきている。

もしも、彼女と再び相対すれば、必ず『痛み』が訪れる。

その果てに待ち受けるのは、死。

(―――嫌)

心臓の鼓動が激しくなる。頭の中に感情の渦が激しく巻き上がる。
にじり寄る現実は、マミの脳髄を加速させその身体に、魂に刻まれた記憶を呼び起こさせる。

(私が戦ってきたのは...恐れているものは...!)

それは人々を苦しめる悪い夢ではない。誰かのために作られた甘く優しい夢でもない。

巴マミが目を背けている真実。その名は―――



「......」
「鬼ごっこはお終いのようですね」

ビルの五階。
巴マミは、クラムベリーを正面から待ち構えていた。
逃げることを止め、正面から戦いを挑む。
実に王道的でわかりやすい、決闘には最高のシチュエーションだ。
クラムベイーもそういうのは嫌いじゃない。むしろ望むところである。

(...残念です、巴マミ)

だが、彼女の心境は歓喜とは正反対。
落胆と呆れ。これ以上ない失望だ。

そんなことも露知らず、マミはクラムベリーへと向けて発砲。
当然、そんなものは当たらない。僅かに身体を動かすだけで避けきれる。

マミは再びマスケット銃を生み出し、順に発砲していくが、そのどれもが掠りもしない。
徐々に近づいてくるクラムベリーに対し、マミの顔に焦燥の色が浮かぶ。

クラムベリーは耳がいい。
物音だけでなく、人間の呼吸音や足音、果ては心臓の鼓動音まで聴き取ることが出来る。
そんな彼女の耳は、マミの心臓が激しく高鳴っているのを捉える。この音は緊張と恐怖。いまの状況に恐れを為しているのだろう。

当たらないマスケット銃に頼るしかないと云わんばかりに次々と発砲するも空しく、ついにクラムベリーは己の射程圏内にまで到達。
咄嗟に弾の切れたマスケット銃を水平に振るも、クラムベリーはそれを左掌で軽々しく止めた。同時に、背後へ向けて右手を伸ばす。

「カッ」

喉を潰されたような掠れた呻きが鳴る。
右手に掴まれたのは、巴マミの喉。

前方と後方に二人の巴マミという異常事態にあっても、クラムベリーは揺るがない。
当然だ。
前方にいたマミはニセモノ、つまり分身であり、いま首根っこを掴んでいる方が本物だということを知っているからだ。



クラムベリーが聞いた鼓動の音はひとつ。それは待ち構えていた巴マミのものではなく、物陰に潜んでいたマミのもの。
つまり、クラムベリーは分身の理屈こそは解らないにせよ、マミがそういった技術を持ち合わせている・若しくは支給品に分身ができる道具があったことを聞き取っていたのだ。
だからこそ、クラムベリーは失望した。
それは分身という行為そのものに対してではない。
自分の信じる魔法少女でありたいと啖呵を切っておきながら、追い詰められてやることは、痛みを恐れこそこそと機を窺う三下そのもの。

これなら、ラ・ピュセルとの戦いの方がマシだった。彼女は最後の最後で光るものを見せつけてくれた。
巴マミにはそれがない。そこそこ強いだけの魔法少女だ。
時間の無駄だった。さっさと死なない程度に破壊しよう。

クラムベリーは、この逡巡の間にも、マミが反撃しようものなら即座に攻撃に移る準備はできている。
マミが照準を構える前に更に強く締め上げ、気が済むまで痛めつける。それでこの闘争はお終いだ。

クラムベリーは、巴マミに失望していたが、油断はしていなかった。





―――パァン

だから、銃声と共に己の額に走る激痛が理解できなかった。



「くっ!?」

クラムベリーの顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。
当然だ。
首を締め上げるのとほとんど同じタイミングで、額を撃たれたのだ。
額の皮一枚で済んだのは幸いだったが、しかしマミの反撃は早すぎた。

まるで、分身を見破られても即座に反撃できるように備えていたかのように。

けれどそれは痛みに怯え避けようとする者、ましてや分身に戦闘を任せ隙を突くような者にはできない芸当だ。
普通ならば痛みに身体が追いつけず反撃などは不可能の筈なのに。
そんなクラムベリーの困惑は、痛みに怯んだ隙を突き抜け出したマミによって断ち切られる。

クラムベリーは知らない。巴マミという魔法少女の戦いを。

『ナイトメア』などという架空の存在の相手ではない。
『魔獣』との戦いを重ね、痛みも悲しみも恐怖も死も、その全てに耐え続け、見滝原という町を守り続けてきた魔法少女の真の敵意を。

距離をおきマミの背後に無数に現れるマスケット銃。放たれるのは先刻と同じ無限の魔弾。
額から流れる血を抑える暇もなく、クラムベリーは迫る弾丸を弾き落とす。
その感触に違和感を覚える。放たれる弾丸は、先程のまるで玩具の弾とは違う。
威力も殺傷度も、より本物の弾丸に近い、敵を斃すための弾だ。

だが、依然戦況に変化は無し。

森の音楽家クラムベリーに本物の銃を向けようが、それで彼女を斃せるならば誰も苦労はしていない。
放たれる弾丸が偽者だろうが本物だろうがそれは些末なこと。
殺傷力があろうが弾かれればそれで終わりだ。それはマミもよくわかっている。

だから、この技で仕留められる、などとは思っていなかった。

本命はこの後。弾かれた弾丸そのものにある。

突如、クラムベリーの足元から黄色のリボンが溢れだす。
それは瓦礫を押しのけ、クラムベリーの身体に纏わりつき縛り上げた。



「なっ...!?」

さしものクラムベリーもこれには驚く他ない。
巴マミがリボンの魔法を使うのは判明していた。だが、それを発動する素振りは見当たらず前兆もなかった。
あらかじめ仕込んでいた―――そんな暇はなかったはずだ。

クラムベリーの推測を待つ暇もなく、マミは新たな攻撃の準備に移る。
その手のリボンが自身の身体ほどに巨大な拳銃―――もはや大砲と表現すべきだろう―――を模っていくのを見て、クラムベリーは理解した。

クラムベリーはマミのリボンと拳銃の能力は別だと考えていた。
しかし、それは間違いだ。マミの本来の能力はリボンのみであり、マスケット銃の生成はその副産物にしか過ぎない。
それは先の分身も同様だ。リボンを束ね様々な物質を模す。そして、如何に器があろうと弾が無ければ銃の意味を為さない。
銃も弾丸も分身も。その全てはリボンによって作られたものである。
となれば、クラムベリーを拘束したリボンの出所も至極明白。
リボンの全てはクラムベリーが弾き落としていた弾丸、つまりクラムベリーは自らマミの罠の設置を補助していたのだ。

(巴マミ、あなたという人は...!)

身動きのとれないクラムベリーへと大砲の照準が合わせられる。
クラムベリーはもがくが、リボンはそう容易く切れる代物ではない。

(ならば...)

「ティロ・フィナーレ!!」

大砲の引き金が引かれ、砲弾が放たれる。
その瞬間だ。クラムベリーを拘束していたリボンが、突如張りを失くし、クラムベリーの拘束が解けた。彼女の魔法でリボンを弛ませたのだ。
異常事態を察知したマミだが、砲弾の発射を止めることはできない。
自由の身となったクラムベリーは、両手を前方へと突出し砲弾を受け止める。

「これはなかなか...!」

拮抗し静止するのもほんの一瞬。
徐々にクラムベリーの身体は押しやられ、ついにはガラスを突き破り外へと放り出される。
高さにして五階。放り出されれば、当然足場などなく、ふんばりの効かない状態ではそのまま隣のビルの外壁に衝突するのが必定。

だが、そのまま素直に運ばれるクラムベリーではない。
ここまで発動しなかった魔法、音を自由自在に操る魔法により掌から音波を放つ。
それは砲弾を上向きへと逸らし、かつ自分の身体も地上の方角へと逸らしていく。
ものの数秒で砲弾はぶつかる筈だった外壁の更に上階へと逸れ、クラムベリーもまた本来よりも地上寄りの外壁へと到達。そのまま外壁を軽く蹴り、無事に地上へと着地した。
微かに遅れて響くのは爆弾のような轟音。見上げれば、砲弾が着弾した場所は崩壊しもうもうと煙と火が舞い上がっている。

アレは人に放つようなものではないでしょう、などと思いながら破壊痕を見上げれば、その下手人もふわりと地上へ舞い降りてくる。

「これが本当のあなたの戦いですか」

己の腫れあがった両掌を見つめる。あともう少し魔法を使うのが遅れていれば、この両手は無事では済まなかった。
いや、それどころかあの砲弾で致命傷に近い重体となっていただろう。
面白い。巴マミになにがあったかわからないが、ようやく彼女にも勝機が生まれてきた。
やっと壊し甲斐のある相手に仕上がってくれた。

これから繰り広げられる本当の闘争に、クラムベリーは期待の笑みを浮かべずにはいられなかった。



(私は思い出した)

クラムベリーから受けた痛みを、恐怖を通してマミは思い出した。
自分が戦っていたのはナイトメアなどではなく、魔獣という存在であったことを。
魔法少女として、魔獣だけではなく魔法少女とも戦ってきたことを。
魔獣との戦いの果てに美樹さやかを失ったことを。

全ての痛みも悲しみも思い出したのだ。

本当はあの優しい夢に微睡んでいたかった。
辛く苦しい現実のことなど思い出したくはなかった。

(けれど、いまは...!)

いまは、戦うべき戦場だ。自分が甘えているせいで犠牲が出るなどあってはならない。

気になることも山ほどある。
なぜ美樹さやかの名前が記載されているのか。
なぜナイトメアなどという架空の存在と戦っていたのか。
自分と暮らしていた『べべ』とはなんだったのか。

だが、いまはそれを考えている場合ではない。

眼前の一般人を殺してまわる魔法少女を放っておくわけにはいかない。
一刻も早く彼女を倒し、流美を保護しなければならない。


森の音楽家クラムベリーの肉体と巴マミのマスケット銃、互いの信念を込めた武器がいま再び交差する。




巴マミとクラムベリーが戦いを繰り広げる一方で。
マミから荷物を渡され逃がされた流美は、さほど離れていない場所で蹲っていた。

全身の震えが止まらない。
ガチガチと歯が打ち鳴らされる。
その様は語るまでもない。恐怖しているのだ。

(む、無理だ...こんな場所で一人でなんて...!)

彼女が怯える理由なんて一つしかない。こんなわけのわからない場所で一人にされたのだ。
戦場など知らない一般人が恐怖を覚えない方が難しいだろう。
なにより、流美は野崎春花から恨まれている。もしも春花から悪評を吹き込まれた者と一人で出会ったら、なんて考え出せばキリがない。
もしも当初のように一人で行動しているだけであれば、春花を憎むことだけを考えここまで怯えずに済んだだろう。

だが、その恐怖は巴マミという存在により更に増していた。
マミは、自分に対して一抹の不安を持っていたであろうにも関わらず優しく接してくれた。ずっと虐められ続けてきた自分に対してだ。
こんな殺し合いの場で味方をしてくれる人がいる。
そんな甘い夢を見せられてはたまったものじゃない。
どうしても彼女と離れたくないと思ってしまう。側にいてほしいと思ってしまう。

(でも、あのクラムベリーってヤツめちゃくちゃだし...どうすれば...!)

時間が経つにつれ春花と接触した者は増え、こんな場所でマミのように優しくしてくれる人が他にいるとは考えにくい。
もしもマミがあの女に殺されれば、流美はまた独りになってしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。

「そ、そうだ。なにか凄い武器でもあれば...!」

マミを失うのが嫌ならクラムベリーを排除すればいい。
いや、そもそもあの赤首輪を殺せれば自分はこんなゲームに縛られずに済むし万々歳である。
自分の支給品で武器となるのはナイフだった。10本あるが、これでクラムベリーに勝てるとは到底思えない。
ならば、頼みの綱はマミの支給品。流美はすぐに中身を探り始める。
掴み、取り出したのは真っ黒なスーツ。ピチピチのタイツのようなものだ。

「ダサッ」

思わずそう零し、鞄の中身をもう一度検める。

ドォン、と轟音が鳴り響いた。

慌ててふりむけば、破壊されたビルからもうもうと立ち昇る煙と砂塵が確認できる。
先程まで自分がいた付近、つまりマミとクラムベリーが戦っているであろう付近だ。
やがておくれて響く轟音、轟音、轟音...
そのひとつひとつが耳に届く度に彼女は思う。

こんなの、人間のやっていいものじゃない、と。


最終更新:2017年03月23日 20:44