不死のゾッドから離れて数十分。
追手がないことを確認した三人は、辿りついた病院で承太郎の手当に勤しんでいた。
まずは額の血をふき取りなるべく清潔にする。
次いで止血処置をしようと濡れたタオルで額に触れると、承太郎のこめかみがピクリと動いた。

「え、と...しみるでしょうか」
「構わねえ、そのままやってくれ。できれば消毒も頼む」
「しょ、しょうどく...?」

聞きなれない単語に戸惑う朧に代わり、春花が消毒液を探しだしガーゼに染み込ませ出血箇所にそっと触れる。

「私が消毒するから、朧さんは向かいの部屋から道具を持ってきて」
「は、はい」

てきぱきと行動する春花と慌てふためきてんやわんやに動く朧。
互いの歳とは逆な両者の立ち振る舞いは酷く滑稽に映るものであった。

「随分と手際がいいな」
「......」

朧と見比べた感想をポツリと呟いた承太郎の言葉に、春花の顔が微かに陰る。
春花の通う大津馬中学校で、半年以上もかけて彼女は虐められ続けてきた。
机を傷付けたり靴を捨てられたりと精神的な虐めも多かったが、時には傷を負うことも珍しくなかった。
その虐めのことを両親に知られないよう、傷を隠すために自分で適当な治療をしたこともある。
そんな背景から、彼女は怪我をした時の簡易的な対処法を"身をもって"学んでいた。

承太郎は己の言葉に反応し春花の顔に陰りが見えたことには気が付いたが、事情を聞くようなことはしなかった。
人にはその人生の数だけなにかしらの事情があるものであり、そこにわざわざ踏み入る必要はないと考えているからだ。

空条承太郎という男は、女性の扱いに関してはハッキリと言えば上手ではない。
もう少し年齢を重ねれば年下や異性相手にもわけなく接することができるかもしれないが、今の彼はまだ高校生。
春花の精神が荒んでいたとしても、承太郎に丁寧なメンタルケアをする術などなく、メソメソと泣き寝入りしようものならやかましいと一喝すらしてしまうだろう。
彼の仲間であるジョセフにポルナレフ、アヴドゥルや花京院ならばうまく聞き役に徹し慰めや同情の言葉をかけることもできる。
この会場にいる承太郎所縁のスタンド使いであるDIOやホル・ホースにしてもそうだ。彼らは彼らで弱き者の心の溝を埋めることはできる。
承太郎はそれが苦手だ。同情を買うための不幸自慢をされれば尚更だ。

だから、春花が必要以上のことを話さず、自分の境遇をできれば隠したいと思うタイプだったのは、この場においては互いの益だったのかもしれない。


「あ、あの...いったいどれが必要で...」

二人は震えた声で問いかける朧へと目を向ける。
どうやって積んだというのか、彼女の両手には手当り次第にかき集めた道具の山がそびえ立っていた。

「えと...」
「...一旦、そいつを全部下ろせ。探すのはそっからだ」

呆れられている。
二人のため息交じりの視線を浴びせられ、羞恥で顔を赤くする朧は言われた通りに道具を下ろそうとする。
だが、積まれた物を下ろす時というのも中々に集中力がいるもので。
崩れないようにとバランスを取ろうとすると、その度に足元がふらふらとよろめいてしまう。
春花が手伝おうとする間もなく、朧は自分の足に躓き前のめりに崩れ、承太郎へと道具を雪崩のように振らせてしまう。

承太郎はほぼ反射的にスタープラチナで道具を集めようとする。
その身体スペックがあれば、いまの傷ついた身体でも一つも零さず回収することも可能だ。
が、己の失態を呆然と眺める朧の視界には、確かに承太郎も入っていて。
ゾッドとの戦いと同様にスタープラチナが解除され、降りかかったボトル詰めの消毒液が春花と承太郎へと降りかかった。

「も、申し訳ございません!」

あわあわと己の失態を謝る朧。
春花はなんとも困った顔で「気にしないで」と声をかけ、承太郎は消毒液塗れの学帽に手をやりひとりごちた。

「やれやれだぜ」




一通りの止血処置を施した一同は、腰を据えての情報交換にしゃれ込んだ。

「私の知る名は、甲賀弦之介に薬師寺天膳、陽炎の三名でございます。ただ、弦之介と陽炎の両者とは訳あって少々いがみ合っております。ですが、流石にこの状況でもその諍いを持ち込むことはないかとは思います」
「全員、殺し合いに賛同する可能性は低いと考えてもいいのか」
「...申し訳ありません。弦之介様はともかく、陽炎殿についてはあまり知らず、天膳も誤解を招く言動が見受けられるためなんとも...」

いがみ合っている筈の片割れは信頼し、身内である男は警戒する。中々にややこしい間柄だと承太郎は思った。

「俺の知る名はDIOだけだ。とはいえ、コイツが俺の知るDIOかはわからねぇし、俺の知る男ならコイツほど危険な男はいねえと思っている」
「つまり、殺し合いには賛同する男だと?」
「ああ。そうじゃないにしろ、警戒はしておくにこしたことはないだろう。野崎、オメーはどうだ」
「私は、知ってる人が5人。私の妹のしょーちゃんと相場くん...小黒さん、南先生...佐山流美。しょーちゃんと相場くんは、私の大切な人だから絶対に助けたい」

春花の人物関係については、承太郎も朧もこれ以上踏み入ることはなかった。
それは春花を信用しているのか、それともあくまでも一般人である以上、そこまで危険な要素はないと思っているのか。
なんにせよ、春花にとってそれは幸運だった。
彼らを自分の道に引きずり込むこともないし、流美を追い詰め殺すとでもいえば止められてしまう可能性は高い。
流美を殺すと決めた以上、できれば他者の干渉は避けたかった。


一通りの情報を交換した後、話し合いは次の段階へと進む。
いや、話し合いというよりは確認事項とでもいうべきか。

「...スタープラチナ」

呟きと共に、承太郎の背後に出現するスタンド、スタープラチナ。
その超常染みたものに、何度か見た春花も微かに驚きの表情を見せるが、あくまでも微か。驚愕で喚きたてることも感嘆の声を漏らすこともなかった。
一方、朧はスタープラチナを視界に入れぬように両目蓋を閉じている。
やがてゆっくりと目蓋を開けスタープラチナを視界に入れると、瞬間的にスタープラチナはその姿をかき消された。

「やっぱりあんたの眼が原因か。スタンド使いじゃあないようだが...あんた、いったい何者だ?」
「え、えっと...」

どう説明すべきか、と無意識的にキョロキョロと視線のみを動かす朧。
自分は仮にも忍びの身だ。
忍びは表に出ることを許されず、歴史の影に暗躍する存在だ。
それを教えるのは如何なものだろうか。

けれど、承太郎は自分たちを助けてくれた。

恩人である彼にとって不利な要素であるこの眼については話さなければならないし、この眼を語るのに忍びのことを誤魔化す言葉も思いつかない。
ならば、せめて自分のことくらいは正直に話すべきだろう。
それが礼節でありせめてもの謝罪だ。
泳いでいた視線を止め承太郎を真っ直ぐと見据える。

「私の両目は産まれつきの破幻の瞳。如何なる忍法をも打ち破ってしまう眼でございます」

忍法。
朧の眼自体よりもその普段は聞きなれない単語に春花も承太郎も思わず眉を潜めてしまった。


「待ちな。忍法ってのは、忍者の使う技のことか?」
「左様でございます」
「あんたの口ぶりだとまるで忍者が身近にいると聞こえるが」
「はぁ、まぁ...」

承太郎の顔にますます困惑の色が浮かび上がる。
承太郎の知る限りでは、忍者などそもそも存在が怪しく実在したとしてもとうに途絶えたモノ。
見たことがあるのは観光地の忍者体験の看板を掲げたアトラクション施設くらいだ。

それを朧は実在し身近にいると言うのだから時代錯誤にも程がある。

かといって、こんな場面で忍者がいるなどと荒唐無稽な嘘をつく意味がわからない。
確かに言葉づかいや着物は少々時代劇がかったものではあるが、自分を騙すにしてももっとマシな嘘をつくだろう。

となれば朧の妄言か。否。

承太郎は違う可能性に辿りつく。

それを確実にするには春花の意見も聞くべきだろう。

「野崎、オメーは朧の話を聞いてどう思う」
「ちょっと...時代がズレてると思う」
「そうか」

疑念は更に確信へと昇華されていく。


「...あんた、いまの総理大臣は知ってるか?」
「総理大臣とは?」
「国を代表する人間だ」
「えと...国を治める御方、という意味でしょうか」
「...ああ」

承太郎の問いかけに今度は朧が困惑の色を示す。
いまの日本国を治めるのが誰か。そんなもの生まれてほどない赤子ですら周知のことだろう。

「徳川家康殿でございましょう。それがなにか?」

この答えを聞き、承太郎は確信する。

「...徳川家康ってのは、俺が産まれる300年以上前の人間だ」
「え?」
「やれやれだ。どうりで消毒のしの字も知らなかったわけだぜ」

自分と朧は文字通り違う時間を生きているのだと。


(昔見た映画のタイムトラベル現象を体験するハメになるとはな。生憎感傷に浸る余裕もないが)

「今後の混乱を防ぐためにも俺たちの状況を整理しておく。朧、アンタの言葉が全て真実だという前提で仮定させてもらう。俺たちからしてみれば、朧、あんたは既に死んでいる人間だ」
「え...」
「早合点するなよ。さっきも言ったが、徳川家康ってのは俺が産まれる300年以上前の人間、あんたも病気なり寿命なりで死んでなきゃおかしいってことだ」
「???」
「チトややこしいが、俺からしたらあんたは過去の、あんたからしたら俺は未来の人間になるわけだ。おそらくコイツは他の参加者にも当てはまるだろう」

承太郎の唱えた説の荒唐無稽さに、朧は目を丸くする。
自分達が違う時代の人間だというSF染みた展開に馴染みのない春花も同様だ。

(俺の考えが正しいのなら、DIOの奴がこの名簿に載ってるのも理解できる。...そうなると厄介なのは主催の力だ)
(あのDIOですら時間を止めるのは9秒が限界だったんだ。時間に干渉するのは口で言うほど簡単なことじゃねえ。だが最低でも奴は60人近くの参加者の時間に干渉できる力を持ち参加者たちを拉致することができる。
それがなにかしらの能力か映画のような機械かはわからないが、厄介なこと極まりない。
脱出できたとしてもすぐにまた主催に捕まり同じことを繰り返されるか、そうでなくともまたDIOのような死んだ悪党を蘇らせて世界的な混乱を起こされる危険が高い。

(やはり、奴は徹底的に叩きのめした方がよさそうだ)

かねてより気に食わないと思っていたこの殺し合いだが、仮定の背景もありその決意は尚強固なものとなった。

「...とにかくだ。時代が違うってことは俺たちの抱えてる常識も違うことになる。そこのところだけでも理解しておけ」

常識の差異による摩擦。
非情に地味だが、こんな状況ではその地味なことが命取りになり得るのだ。
二人はこくりと頷き理解を示した。


「それで...この後はどういたしましょう」

その朧の言葉に三人はひとまず各々の思考にふける。

ややあって切り出したのは承太郎だ。

「俺は当面はDIOを倒すことを優先しようと思っている。奴を放っておけばロクなことにならねえ」

それだけを告げると、承太郎は『どうするかはオメーらで決めな』と言わんばかりに背もたれに腰を預け口を噤んだ。
承太郎としてはどちらでも構わなかった。
自分から離れようが離れまいが、DIOや先程の怪物がうろついている以上、危険なのは一緒だ。
ならば彼女達自身に選ばせるべきだろう。そう考え、決断を彼女たちに委ねることにした。



朧としては、できればこの三人で行動したいと思っている。
春花はまだ幼いので当然だとして、承太郎もまだ傷は癒えておらず、なにより彼はこの中で一番戦闘経験が豊富であり頼もしい。
先程の物の怪と遭遇しても勝利の目があるのは彼くらいだろう。
だが、やはり彼のスタンドなる力と破幻の瞳は頗る相性が悪く、下手をすればまた足を引っ張りかねない。
流石にそれを承知の上で動向を無理強いすることはできない。



春花としては、できれば一人で行動したいと思っている。
一刻も早く他の参加者にも流美の悪評を振り撒き逃げ場を無くし、確実に殺せるようにしたい。
だが、それ以上に無償で助けてくれた眼前の二人に、自分は相応しくないと思えてしまう。
彼らは光だ。正しい道を進んでいる人達だ。
自分は違う。憎悪に身を任せ、既に6人も殺した。
そんなことをしても家族は戻らないことなんて解りきっているのに。殺せたところで気持ちが晴れることがないのもわかっているのに。
こんなの、私の家族を殺したあいつらと同じだ。酷く薄汚れて、誰かを不幸にすることしかできない人殺しだ。
光に泥を塗ってはいけないから、できれば一人でいたい。



共に行動するか、別れて行動するか。

これが彼女たちの運命の分かれ道だが、さてどうなる。


【H-3/一日目/黎明】


【朧@バジリスク~甲賀忍法帳~】
[状態]:腹部にダメージ(中)、疲労(中~大)
[装備]:リアカー(現地調達品)
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:弦之介様と会いたい
0:この後の行動を決める。
1:脱出の協力者を探す。
2:陽炎には要注意。天膳にも心は許さない。

※参戦時期は原作三巻、霞刑部死亡付近。
※春花、承太郎と情報を交換しました。

【野崎春花@ミスミソウ】
[状態]:右頬に切り傷・右耳損傷・出血(中)、頭部から消毒の匂い
[装備]:ベヘリット@ベルセルク
[道具]:不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:祥子を救い、佐山流美を殺す。その後に自分も死ぬ。
0:できれば一人で動きたいけど...
1:祥子、相葉の安全を確保する。
2:小黒さんは保留。南先生は...


※参戦時期は原作14話で相場と口付けを交わした後。
※朧の眼が破幻の瞳であることを知りました。
※朧、承太郎と情報を交換しました。


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ、出血(止血処置済み)、帽子から消毒の匂い
[装備]:
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを破壊する。
0:主催者の言いなりにならない。
1:ある程度休憩をとったら行動を開始する。
2:DIO・先程の化け物(ゾッド)には要警戒。

※参戦時期は三部終了後。
※朧の眼が破幻の瞳であることを知りました。
※春花、朧と情報を交換しました。






strength -力- 空条承太郎
strength -力-
strength -力- 野崎春花
最終更新:2017年05月09日 00:10