「うー☆うー☆」

ひでが両掌を突き出し連続で打撃を浴びせる。
張り手。
日本の国技、相撲でもおなじみのこの技だが、見かけによらず使うものが使えば強力な打撃技となる。
力士のそれは非情に強力であるが、悪魔と化したひでのそれも、人間を殺傷するには充分な威力であった。

「ぬんっ」

それを受けるは、星人・ぬらりひょん。
変幻自在に身体を変化させられる彼だが、今回はそのまま受け止めた。
所詮は人間体と侮っていたのだろう。
それが災いし、ぬらりひょんの胸部に掌形の痣が刻み込まれ、今だ修復されていない右足の為にふんばりも効かず、後方へと吹き飛ばされ、ビルのガラスを突き破った。

「おじいちゃんこんなものなの?弱いくせに小生にちょっかいかけるのはやめちくり~」

相変わらずのにやけ面に重ねてご満悦な表情を浮かべるひで。
それが癪に触れたのか。
ぬらりひょんの身体が大量の全裸の女体に変貌し、ひでの10倍はあろう大きさにまで重なり集った。

「わぁお、大人のお姉さんのおっぱいいっぱいだぁ」

そんな余裕綽綽、どころかはしゃぐひでにお構いなしに、腕と化した大量の女体を振るい、先ほどのお返しだと言わんばかりにひでを殴り飛ばした。
小学生とは思えぬ野太い悲鳴をあげつつ吹き飛ばされるひで。
壁に叩きつけられたひでへとぬらりひょんは大量の女体で追い討ちをかける。

大量の全裸のナイスバディな女体に迫られると書けば羨ましくも聞こえるかもしれない。
だが考えてみて欲しい。
その女体がみな美しかったとしたら。最低でも50kgはあるそれが速さを伴い襲い掛かってきたとしたら。
その身体が、自分に叩きつけられる度に、乳首や乳房ごと肉が弾け飛び、血や内包物をドロドロと夥しく垂れ流し、美しさを敢えて粉砕していたとしたら。
それはもう淫靡などではない。
ただのスプラッター映像だ。

「あーあぁ~」

気の抜けたようなひでの呻きに呼応するかのように、女体はその勢いを緩め、やがてひでへとゆったりと被せられる。
かと思えば、ひでの身体へと余すことなく纏わり着き、あっという間にひでの顔を残して全身を包まれる。

そして。

ぎゅむっ。

女体たちは万力のようにひでの身体を締め付け圧迫する。

「(女に)溺れる、溺れる!!」

身動きの取れない中、ただ空しく響くひでの絶叫。
ひでの身体を覆っていた女体は遂に彼の頭部をも飲み込み絶叫すら閉じ込める。
数十秒の後、ひでは全身を潰され、うち捨てられた頭部を残しこの世から消滅する。

そのはずだった。

「?」

ぐぐぐ、と女体が押しのけられ始める。女体で押しつぶすぬらりひょん以上の力でだ。

まさか抗っているというのか。ありえない。あの黒スーツすら着ていない人間が何故。

ぬらりひょんの脳裏を過ぎる疑問が解決する間もなく、肉塊の中から三叉槍が女体を貫きぬらりひょんの本体へと突き出される。
槍はぬらりひょんを串刺しに、地面へと突き立てられた。
同時に、ひでを圧迫していた力が抜け、ひでは自由を取り戻す。

ひでは鬼耐久だけではなく、虐待おじさんを越える純粋なパワーを有している。
両手で振るう竹刀を片手で掴んだだけで実質奪いとってしまったり、屈んだ状態で掛けられる体重を平然と押しのけかけてしまったりと、目を見張るものが多い。
そのパワーに悪魔の力が加われば、ぬらりひょんの女体による拘束から逃れるのも不可能ではなかった。

「頭にきたにょ!!」

怒りの形相を浮かべながら、ひでは再びぬらりひょんへと襲いかかる。
ぬらりひょんを縫いとめている槍はそのままに、再び高速で振るわれる張り手の雨。
今度は槍で拘束されているため吹き飛ばされはしない代わりに逃げ出すことすら出来ず。
ぬらりひょんはただただサンドバックのように猛攻を耐えるのみ。

張り手がぬらりひょんの身体を破壊し、削り取る度にびちゃびちゃと大量の血と肉片が地面を染めていく。

「うー☆うー☆」

張り手の数が114514回を越えた辺りで、ひではぬらりひょんの背後に回る。
既にぬらりひょんの肉体は原型を留めておらず、ぼろ雑巾そのものであったが、宿題は早めに終わらせるタイプのひでには関係ない。
地面へと仰向けに寝そべり、その体勢か放たれるは、回し蹴り。
今度はゆっくりと、しかし確かな力を持ってして放たれる蹴りは、一際鈍い音を周囲に響かせる。

蹴りの回数が810回を越えたころになって、ようやくひでの攻撃は止まった。

「早く脱出(かえ)って宿題しなくちゃ(歓喜)」

ズタボロになったぬらりひょんを見てご満悦な感想と笑みを浮かべたひでは、突き刺さる槍を抜き取り懐にしまう。
虐待してくる老人はこれで殺せた。
ひとまずは雅に自分が脱出できることを報告しに行くため戦場を後にしようとしたそのときだ。

「ホ、ホハハハホホホハホヒョホホホ」

笑い声が響き、ひでの足が止まる。
ひでのものではない。
ではこれは。

「あれぇ?」

振り返り、ひでの視界に佇んでいたのは老人でも大量の女体でもなく。
ギョロリとした目と長い黒髪、マネキンのような肢体が特徴的な女だった。
これはひでの知る由のないことではあるが、ぬらりひょんの形態が再び変化したものである。

「ほ、ほほおほほほほほホホハァ」

ぬらりひょんは奇妙な笑い声を上げながら、己の腹部を裂き、血と臓物を大量に零し始めた。
かと思えば、その傷口からは似たような頭部が覗いているではないか。
これには流石のひでも眼前の光景に理解が追いつかず悲鳴をあげる。

「ヒェ~ッ」

たまらず槍を突き出すひで。
槍は見事ぬらりひょんの頭部へと突き刺さる。
しかし。

「!?」

槍は四本の腕で押さえられ、それ以上先に進めることができない。
そう、四本。
ぬらりひょん本体の両腕と、腹部から生えてきたもう一体のぬらりひょんのものである。

「えぇ...(困惑)」

それだけに留まらず、事態は急加速する。
なんとぬらりひょんの傷口から複数の頭部が生え、身体を形成し、増殖し始めたではないか。
困惑するひでに構わず、ぬらりひょん達は彼を取り囲む。
その数、10体。
数だけ見れば大したことがないと思うかもしれないが、自分と同等の実力を持つものが10体もいれば状況は絶望的といえよう。

「ねぇほんと無理無理無理無理!!」

ひでの顔に始めての焦燥が浮かぶ。
自分がこれからどうなるか...想像するまでもない。

ぬらりひょん達は一斉に飛び掛る。
ひでは必死に懇願するが時既に遅し。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


絶叫が、夜明け前の下北沢に響き渡った。



ガキン。

甲高い金属音と共に丸太とブーメランが交叉する。
互いに一歩も譲らないつばぜり合い。
しかし、殺意に塗り固められた表情のガッツに対し、雅は笑みさえ浮かべられるほどに余裕が見受けられる。

「いい太刀筋だ。踏み込みも、力も、技量も、気迫も、全てが備わっている」

笑みを浮かべる雅のそれは決して賞賛などではない。
まるで大して期待していなかった料理が思っていたよりは美味な時に抱く感情のような、煽り染みたものである。
ガッツは舌打ちと共に後退し鍔競り合いから逃れ、再び丸太を構えなおす。

「だがその程度では私は倒せんよ。貴様がどう足掻こうとそれは覆せない現実だ」
「そうかよ」

雅の言葉にも一切怯むことなく、ガッツは丸太を握る力を込める。
無理だの無茶だのは、子供の頃からくぐってきた道だ。
その中には、当然人間の達人との戦いがあれば、使徒のような化け物達とも幾度も命を掛けてここまで生き残ってきた。
全ては怨念と殺意のために。その積み重ねてきたものの前では実力差などは恐怖の対象にはならなかった。

ガンッ。
ガッツは丸太を足元へと振り下ろし、アスファルトを砕いた。
舞い上がる粉塵と転がる破片。
ガッツは丸太をバットのように振るい、雅目掛けて破片を撃ち飛ばす。

破片が雅の顔や手に刺さるが、彼は意にも介さない。
それはガッツの予想の範囲内だ。

ガッツは居合いの型を取り、地を蹴り雅へと肉迫する。
遠心力の乗った丸太が、ガッツの身体に先んじて振り下ろされる。
そのパワー、並の人間ならばロクに耐えることすらできないだろう。

ガキン、と再び金属音を響かせ交差するブーメランと丸太。

雅は強力な力を誇る吸血鬼だ。
ガッツのパワーを持ってしても、彼へとは至らない。

「どうした?先ほどとまるで変わらないではないか」

変わらず笑みを絶やさない雅。
そんな余裕を見せる彼に対してガッツは思う。
そのニヤついた面を消してやる、と。

ガッツは、ブーメランの側面沿いに丸太を滑らせ、その勢いのまま身体を捻り回転する。
雅は来るなぎ払いへと向けて、ブーメランを盾のように構え―――それこそがガッツの狙いであった。

バサッ。

振向き様にガッツの掌から砂が放たれ、雅の目に入る。
突然の奇襲と目の痛みに、思わず目を瞑る雅。

その隙を突き、放たれるは丸太によるなぎ払い。
丸太は雅の胴を薙ぎ、横合いへと吹き飛ばす。

「ぐっ、がっ」

胴を押さえつつ、目を擦る雅に再び放たれるは丸太による突き。
丸太は雅の腹部へと打ち込まれ、後方の壁へと叩きつける。

内臓への衝撃で、雅の口の端から血が流れる。

それに構わず、ガッツは丸太を幾度となく振り下ろし、突きを放ち、雅の身体を痛めつける。

しかしそれも長くは続かない。

雅の片手が、突き出された丸太に添えられる。
振りほどこうとするが、丸太はピクリとも動かない。
片手の力だけで、ガッツの猛攻は止められてしまったのだ。

「ふんっ」

雅は丸太ごとガッツを持ち上げ、ぽいと放り捨てる。
ガッツは地に着くと同時に受身を取り、体勢を立て直す。

「いくら振り回しても私には効かんよ。そんな小枝ではな」
(小枝、か...ふざけやがって)

ガッツは内心で毒づきつつ、手の丸太へチラと視線を送る。
ハンマーもこの丸太も、鈍器の類を否定するつもりも侮辱するつもりも毛頭ない。
如何な武器であろうが結局勝負を作用するのは状況と使い手であり、鈍器には鈍器の、剣には剣の用途がある。

だが、この現状、驚異的な再生能力と耐久力を持つ相手に鈍器というのは非情に相性が悪い。

もしもこれが剣であれば、いくら再生力を有していようが、切断しその部位を拘束でもしておけば、完全に戻るまでは時間がかかる。
いかに頑強な身体といえど、とどのつまり肉体だ。鎧を着ていない以上、実力差があろうとも、刺せば皮膚と肉は損傷し斬れば身体を分離させることができる。

鈍器では、潰すことはできても身体から部位を引き離すことができない。
そのため、いくら振るおうがその側から再生してしまう。

なによりこの丸太はドラゴンころしよりも軽い。扱いやすく下手な武器よりは当たりの部類だが、普段ほどのパワーは発揮できていない。
おまけに、義手に仕込まれている大砲や矢は当然ながら没収されている。
この不利な状況を打破するには、現状の装備では不足と言わざるをえない。

「私を倒すというのなら、これくらいでないとな」

雅は、側に植えてある大木へと両手を添える。

「ふんっ」

ささやかな掛け声と共に筋肉に筋が入り、力が込められる。

(まさか、あのヤロウ...!)

ガッツの背に冷たいものがはしる。
雅がなにをやろうとしているのか―――嫌でも想像できてしまう。
だが、いくら力が強いとはいえ、ゾッドほどの巨漢ならいざ知らず、自分ほどの背丈の男があれを引き抜くことなど出きるのだろうか。

「んがぁ!」

メキメキと音を立て、地に張られていた太い根が地面から引き剥がされる。
雅は、引き抜いた大木を見せ付けるかのように肩に担ぎ、笑みを浮かべる。

「これはいい丸太だな」

その言葉と同時、横薙ぎに振るわれる大木。
丸太と大木。正面からやり合えるはずもない。
ガッツは身を屈めかわし、振り下ろしには横っ飛びで対応する。
隙を伺うも、大木を軽々と振り回す雅まで至るには遠く届かない。
このままチマチマと粘り続けたところで勝機はない。
三度大木が振り下ろされたその時、彼は勝負に出た。

「むっ」

今まで横っ飛びでかわしていたガッツが、己の身を掠めそうなほどの紙一重で避け、雅目掛けて突進する。
それを阻もうと、雅は打ち込んだその体勢のまま横なぎに大木を振るう。
その瞬間、タイミングを見計らっていたかのように地面に丸太を突き立て、その反動で跳躍し、大木をかわす。
予想外の回避に、雅は大木を構えなおす暇すらない。
ガッツは跳躍の勢いのまま、鉄の拳を握り締め雅へと迫る。
大砲は没収されており、丸太よりもリーチは劣るが、重量のある鉄の拳は速さで勝る。
この鉄の塊を再生する前に叩きこみ続ければ、流石に効果はあるはずだ。
ガッツの拳が雅の顔へと撃ち込まれるその刹那。

キ――ン

突如、耳鳴りと共にガッツの脳髄に走る鋭い痛み。
謎の苦痛にも構わず、鉄の拳は雅への顔面へと叩き込まれる。
雅は地面を滑り、大木を手放してしまう。
そんな隙を見逃すガッツではなく、雅へと追い討ちをかけんとする。


キ――ン キ――ン キ――ン


再び脳髄へと走り始める激痛。
恐らくは雅によるなんらかの攻撃であると推測はできるが、対処法もわからない以上、雅を殺すのが手っ取り早い解決方法だ。
激痛に顔が歪むが、この世に産まれ出でてから戦場に身を置いてきた彼にとっては、身体が動く限り、如何な痛みも足を止める理由には至らない。

その闘争心と殺意こそが、勝負の分かれ目だった。

振り下ろされるガッツの拳。
それを、雅は仰向けの体勢のまま、掌で軽々と受け止めた。

「人間とは不便なものだ。如何に痛みに耐えようとしても身体は正直に反応してしまう」

ガッツの脳髄の痛みは、雅から発せられた音波、『脳波干渉(サイコジャック)』によるものだ。
その苦痛により、ガッツの拳は本来の威力を削がれ、雅に大したダメージを与えられぬまま、追撃に向かってしまったのだ。

「くっ!」

拳を掌から引き剥がし離れようとするガッツを、逆に抱き寄せる。
今にも鼻先が掠めそうなほどの距離で、雅はガッツへと囁いた。

「お前の負けだ、人間」

ガブッ。

首筋に、雅の牙が食い込んだ。




「ううううぅぅぅ...」

全身に痣を刻まれたひでは、うずくまり身体を震わせていた。

「ふむ。なるほどな」

ぬらりひょんはひでを見下ろしつつ、まじまじと己の両手を見る。
先ほどまで分裂していた身体は、数分で元に戻ってしまった。
どうやら、自分の能力は妙な力で制御されているらしく、単に形態を変化するだけならば大したことはないのだが、分裂などの身体を増やしかねない技は、一定時間を越えると元に戻るようだ。

制限を不便とは感じるが、むしろ彼は主催への興味をそそらせていた。
自分の身体は一朝一夕で弄れるようなものではない。
例え解剖されたとしても、こんな制御を施すことはできないだろう。
この殺し合いの主催者は、そんなありえぬ奇跡の体現者だとでもいうのか。


先ほどまで殴り合っていた白髪の男もそうだ。
彼もまた、再生能力を有し、自分と互角に張り合って見せた。
自分が率いる軍団と比べても明らかに異端。
そんな者達がまだ大勢いるとしたら、ますます興味が湧いてしまう。

「うむ、実に興味深い」

ウンウンと頷きつつ、ひでへと視線を送る。
目の前に転がる変質者も中々に強かったが、あの男に比べれば物足りない。
それに、強いものと戦うことに喜びも感じる自分が、ああまで苛立っていたのは不快感極まりない。

「お前は、もういい」

下される宣告に、ひでの焦燥は瞬く間に加速していく。

「やーだ!やめてタタカナイデ!タタカナイデヨ!」

当然、虐待おじさんすら苛立たせるだけのひでの懇願が届くはずもなく。
ぬらりひょんの拳が握り締められる。



その一方で。

「が...あ...」

雅に噛まれたガッツの身体から力が抜け、痙攣と共にだらりと両手が垂れる。
吸血鬼の唾液により、全身に痺れがまわり、小便を筆頭に体液が勢い良く放出されていく。

「ガッツ!」

一部始終を見ていた祥子は、ロックや奈々に止められる間もなく、悲痛な面持ちのままガッツのもとへと走りよる。

「ほう。私に立ち向かうか、小娘」
「ガッツから離れて!」

それは策も何もない無鉄砲な特攻だった。

助けたい。
力になりたい。
傷ついてほしくない。

そんな純粋で表裏ない想いにも雅は容赦しない。

パァン、と小気味いい音と共に、祥子の頬に激痛が走り吹き飛ばされる。
衝撃で脳を揺さぶられた祥子は、自分が雅に殴られたことを理解する間もなくあえなく気絶してしまう。

「首を吹き飛ばすつもりで殴ったが...なるほど、他者の身体能力を操作するのがお前の力か」

雅が言葉を投げかける先には、片膝をつきつつ祈るように己の手を組んでいた奈々。
祥子が殴られる寸前、奈々は咄嗟に端末を使い、祥子の身体能力をあげていた。

無論、咄嗟の使用の為、奈々の体力は大幅に削り取られ、頬は赤くなり呼吸も乱れてしまう。

「女、お前の支給品にますます興味が沸いてきたよ。お前で楽しんだ後は私が引き継ごうじゃないか」

嫌らしい笑みを浮かべる雅に、奈々とロックは共に嫌悪感と言い知れない恐怖を覚える。

(クソッ...!)

ガッツが負けた。
この事実だけでも現状に絶望するには充分だが、加えてひでもぬらりひょんに敗北したのだ。
ガッツ、雫。ついでにひで。
こちらに敵意のない三人、それも実力者が皆敗北した以上、もはや逃げ道はない。

「さて。この男の息の根を止めたら...次は貴様たちだ」

ギョロリ、と目を動かし告げられる宣告に、ロック達は死を予感する。
これより自分達はあの二人の怪物に為す術なく壊され、殺され、蹂躙される。
明確な死への恐怖は、彼らの足腰の自由を奪い、その場に縫い付けてしまった。

ぬらりひょんが拳を肥大化させ、雅がガッツの首を掴み上げる。


「「終わりだ」」

二人の『王』の声が重なり、意識は互いの獲物へと向けられる。
瞬間。

――――今だ!


狩人たちの牙は剥かれた。



ズブッ。

ぬらりひょんの腹部から金属の巨腕が生え

カチリ。

雅の頭部に冷たい銃口が触れる。

「おっ」
「なっ」

虚を突かれた王達が驚愕の声をあげるも、間に合わない。

「おォおオォ」

雄たけびと共に、巨腕が縦方向に振りぬかれ、ぬらりひょんの身体が引き裂かれ四散し。

パララッ

銃弾が、雅の頭皮ごと脳を削り取り、ピンク色の内包物が外へと顔を覗かせる。

彼らが互いに標的を違えたのは偶然だった。
岡八郎と暁美ほむら。二人の狩人は、各々の奇襲を見事成功させたのだった。



「ふーっ、ふーっ...」

息を切らしつつ、四散したぬらりひょんを見下ろす岡、ポツリと呟いた。

「そうか...やっぱり、意識の外からの攻撃か...」

雅やひでとの戦いを観察していた岡は、違和感を抱いていた。
雅から受けたブーメランは再生に時間を有していたにも関わらず、ひでからの猛攻は瞬時に治していた。
ブーメラン一発とひでからの数多の攻撃、どちらの方がよりダメージが深いかは比べるまでもないだろう。
だが、ぬらりひょんに通用していたといえるのは前者のみ。

そこで、雅の攻撃とひでの攻撃を照らし合わせ、両者の状況の違い―――即ち、攻撃が意識の外にあったかどうか、に気がつくことができた。

「道理であのガキ(?)が勝てん訳や。こいつには不意打ちしか効かへん...理屈は解らんがな」

岡はぬらりひょんから視線を外し、もう一方の戦局、雅たちへと意識を移す。

(あの白髪の再生能力はネタが解らへんかったから爺を優先したが...あっちはどうなっとるんや)










「ぐ...が...」
(まだ生きている...!)

よろめきつつもうめき声を漏らす雅に驚愕するほむら。
生命力が尋常ではないのはぬらりひょんやガッツとの戦いを観察していて解っていたつもりだが、それでもこんな有様でまだ動けるのは予想外であったのだ。

(けれど、流石に頭部を破壊されれば堪えるようね)

頭部。
即ち、脳は非情にデリケートな器官である。
目・耳・口、それらからの情報を行動に移すために、身体の各部位へと情報を伝達するにはこれの存在が欠かせない。
生きるうえで心臓と同価値の器官であると言い換えられるかもしれない。
その脳が破壊されれば、如何にソウルジェムを破壊されない限り不死身性の高い魔法少女でも生存は難しくなる。
だからこそ、ほむらは雅の頭部を狙った。その成果は確かに出ていた。

ほむらは剥き出しの雅の脳へと向けてショットガンを突きつける。

(躊躇はしない。殺人への抵抗感なんて、まどかを殺したあの日にもう捨てている。彼女を害する存在ならば、尚更よ)

引き金は引かれ、散弾は放たれた。

パ ァ ン

雅の身体が後方へとよろめき、いまにも倒れそうなほど仰け反る。
放たれた弾丸は、雅の脳髄を破壊し、地面には脳漿と大量の血液が、頭皮と頭髪がブチ撒けられた。

拭いきれない嫌悪感を隠しつつも、ほむらは終わったことに安堵しふぅと一息ついた。


そのほむらの腕を掴む手が一つ。

「今のは...いい奇襲だった」

頭部を破壊され、仰け反っていた雅の身体が起き上がる。
掴まれた腕を離させようとするほむらだが、雅の腕力には及ばない。
再び驚愕するほむら。
それは、まだ雅が生きており言葉を発せたこともある。

だが、雅の残された口元を見たその時、ほむらの背に旋律が走った。
雅の口元―――頭部を吹き飛ばされてもなお変わらなかった笑みを浮かべていたことに。

「だがあてが外れたな。私は、たとえ頭部を吹き飛ばされようがバラバラにされようが決して死なない。
脳も心臓も、生物のあらゆる重要な器官も、私にとってはなんら弱点になりはしない」

うじゅうじゅと肉片が蠢き、雅の頭部を瞬く間に彩っていく。
ほむらが為し得た奇襲は、僅か10秒にも満たず無意味なものと化してしまった。


「くっ!」

雅の腕を撃ち抜き逃れようとするほむら。しかし、突如走った右肩の激痛に止められる。
如何に魂を抜かれた身体であろうと、感覚を遮断していなければ、機能面では人間と変わらない。
その不意打ち気味の激痛を無視して最善の行動をとれるほど彼女は達人ではない。

「弾丸だよ。私の頭にお前が撃ち込んでくれたな」

雅の舌に乗せられた弾丸を見せ付けられ激痛の正体を知った時には全てが遅い。

ガブッ。

ほむらの首筋に、牙が突き立てられた。

「か...あぁ...」

痺れと共に全身から力が抜ける。
痙攣が止まらず、涙や涎、小便などが勢い良く放出されていく。

じゅる、じゅる、と幾らかの血を吸ったところで、ぬぽっ、と牙が首筋から離される。

「ハッ、思ったとおりの不味い血だ。味も薄く、コクも無い。まるで死体から啜っているようだ。お前の貧相で不健康な身体にはお似合いじゃないか」

倒れるほむらの身体をつま先で小突きつつ雅は嘲った。

「...だが、私へと恐怖を抱きつつも歯向かったその無謀さだけは評してやろう」

雅はほむらを背中越しに持ち上げ、抱きしめるように立ち上がらせる。
雅の身体が背中越しに密着している感触に嫌悪感を抱くものの、いまのほむらに抵抗する力は無い。

「ふんっ」

掛け声と共に投擲されるブーメラン。
それはロック達の方面へと向かい、彼らから軌道を逸らし、背後の家屋の壁を破壊した。

「マズイ!」

破壊により傾き落ち掛ける瓦礫を避けるため、ロックは奈々と共に雫を担ぎ、その場を離れる。
間一髪、瓦礫は先ほどまで彼らのいた場所へと落ちて行った。
ブーメランが手元に戻ってくると、雅は満足げに笑みを深めた。

「助かった...けど」

いまのブーメランの投擲でわかった。
あの投擲は、自分達を仕留めるものではなく、わざと軌道を逸らしていた。
つまり自分達は、ただ雅に遊ばれているだけであり、いまここで息をしていられるのも、あいつの気まぐれにしか過ぎないということだ。

ほむらと岡の二人が奇襲を成功させた時は、絶望的な状況から一転、戦況を覆した二人にロックは万馬券を当てた観客のように思わず拳を握り締めたものだが、この僅かな時間でそれが遠い過去のように思えてしまう。
自分達に逃げ場などない。
一度希望を見出せた分、絶望は返って引き立っていた。

「女」

雅にブーメランを向け名指しされた奈々はビクリと反応を示す。

「こいつで遊び終わったら次はお前の相手をしてやろう。それまではそこで見ていることだ」

実質的な死刑宣告に、奈々の身体が震えだす。
雅がほむらになにをするつもりかはわからないが、ロクなことではないことだけは直感でわかる。

(あの男は、彼女にいったいなにを...?)

奈々が疑問を抱くのもつかの間、雅はほむらの顎を撫でつつ、耳元でそっと囁いた。

「先ほどは軽めに吸っただけだから意識もあるだろう。気分はどうだ?」

辛うじて動く目で睨みつけられる雅は、しかし鼻で笑い受け流す。

「身体に比べて目つきだけは一人前だな。だからこそ、壊しがいがあるというものだ」

つぅ...と雅の舌がほむらの首筋を撫であげれば、ほむらの背筋に寒気が走る。

「聞こえているな暁美ほむら。私たち吸血鬼の唾液には、麻酔の効果がある...が、それだけではない」
「...?」
「血を吸われるというのは、尋常でない快楽をともなう。昔の彼岸島では、その快楽を求めて自ら進んで吸われに来るほどにだ」

尋常でない快楽。
その言葉の意味が解らないほむらは、雅を睨みつつも怪訝な顔を浮かべてしまう。
彼女のその反応を合図に、雅は再び首筋に噛み付いた。

「ぁっ...」

じゅる、じゅる、じゅると再び吸われていくほむらの血液。
またもや視界が霞がかり、股座を初めとする様々な部位から体液が漏れ始める。
痺れが脳内を蹂躙し、口端からは唾液が滴り、はっ、はっ、と小さく吐息が漏れはじめる。

「見るがいい、お前が垂れ流した情けない体液の有様を」

血液を啜り、ほむらの醜態を見ながらせせら嗤う。
辛うじて繋ぎとめている意識の中、ほむらは負けじと雅を睨みつけた。

その反応を愉しんでいるのか。

雅の掌が、すすっ、とほむらの腹部を撫であげる。
ピクリ、とほむらの身体が反射的に反応する。
その反応を掌で感じ取った雅は、ほむらの服に手をかけ

ビリッ。

二つに裂き、小ぶりな胸を包む下着を露に曝け出した。

ほむらの痴態を見つめる他ない二人は各々の反応を見せる。
裏社会で生きる男であるロックは、少女の破廉恥な行為を見せ付ける下種野郎に歯軋りし。
同性愛に理解のある奈々は、雅には嫌悪を抱きつつも、その光景にゴクリ、と微かに生唾を飲み込んでしまう。

「どうだ暁美ほむら。皆の前で快楽を貪るというのは中々興奮するんじゃないか?―――おっと」

雅は何かに気がついたような素振りを見せ、目を瞑り、ほむらの首筋から牙を抜く。

キ――ン キ――ン キ――ン

発せられる超音波が、ロックと奈々の、限りなく側にいるほむらとガッツの、雅たちの背後からにじり寄っていた岡の脳を刺激し足を止めさせる。

「また会ったな、人間。ひでたちと向こうで戦っていたようだが、お前が倒したのか?」
「......」
「もしもそうならばお前も遊んでやりたいところだが、生憎といまは先約が入っている。お前の相手はその後だ」

ただ、と小さく付け加え、雅は背後の岡へと笑みを向ける。

「腹を貫通されながら女を犯すというのも新たな刺激のひとつかもしれんな。その拳を打ち込みたければ打ち込むといい」

それだけを告げると、雅はくるりと岡へ背を向け再びほむらの吸血に取り掛かる。

岡は舌打ちをしながら、その様子を観察する。

雅の弱点はまだつかめていない。果たしてぬらりひょんと同じく不意打ちに弱い性質なのか、それとも全く別の能力なのか。
全貌がつかめない以上、ひとまずは不意打ちで勝負に出るしかない。
そう考えた岡は気配を可能な限り殺しつつ背後へとまわっていたが、寸でのところで悟られてしまった。

存在が割れた以上、もはや不意打ちは成功しえないものとなってしまった。
雅の言ったとおりに腹を突き破ろうが、この男は物ともせずに再生することだろう。

(...しゃーないか)

ゆっくりと歩みを進める岡。
その挙動を、ロックと奈々の二人は固唾を呑んで見守る。
歴戦の戦士、岡八郎。
果たして、彼はこの窮地をどう乗り切るつもりだろうか。


未だに吸血を続ける雅へと近付いていく。
3歩、2歩、1歩...

そして――――そのまま通り過ぎた。


「は...?」

思わず言葉を失うロックへと、岡は言葉をかける。

「一旦消えるわ。お前等も早く逃げた方がええ」
「き、消えるって...」
「向こうにいる爺な、意識外からの攻撃...不意打ちしか効かへんのや。せやから、今のうちに姿くらまして奴の意識外に入らんと狩れん」
「ですが、あの子やガッツさんは!」
「知らんわ。不意打ちができん以上関わるにはリスクが高すぎる。お前らかてそうや。ここで見取ったところでなんか変わるんか。無理やろ。白髪の気が変わったら殺されるだけや。
それに、ガッツもあの女も、見ず知らずのお前等に助けてもらうことなんか期待しとらへんわ」

奈々の非難の視線が向けられるが、岡は意にも介さない。
彼は、雅にほむらが犯されようが興味はなかった。
ガンツで集められた大阪のチームでは、敵星人の強姦や拷問などは横行しているし倫理がどうとかも一切興味がない。
岡の興味ないし目的は任務をクリアし強力な武器を手に入れる、もしくは脱出することである。
雅を背後から狙っていたのも、ほむらを助けるためではなく、あわよくば彼女もろとも雅を仕留め赤首輪を手に入れるためだ。
それが不可能である以上、ここで雅を相手にすることも、ガッツを救うのも、全てが不要な手間だ。
いつぬらりひょんが復活するかわからない以上、これ以上は長居するべきではない。
岡はそう判断を下したのだ。

ほな、と言い残し岡は去っていく。
冷静を通り越して冷徹にも思える彼の後姿を止められる者は誰もいなかった。

「フン。やはりつまらん男だ」

ぬぽっ、と牙が抜かれ、ほむらの膝が崩れ落ちる。
最初に遭遇した時もそうだったが、あの男は自分が必ず勝てる戦いしか挑まない。
明や篤など、自分を楽しませてくれた男達は違う。自分を目の前にすれば微かな勝機にでも縋りつき、みっともない格好でも構わず泥臭く食らいついてきた。
いくら強さを備えていようが、明たちのような楽しませてくれる人間のように興味を惹かれなければどうということもない。
もしもまた会ったら、遊ぶこともなく殺してしまおう。


「...さて」

雅は、ほむらの頭を掴み起き上がらせる。
魔法少女の変身は既に解け、脱力でだらりと垂れた舌、だらしなく垂れ流された涙に涎、小便などその他諸々の液体。
端正ではあった顔立ちも、いまや見る影もないほど崩れていた。
普段ならば、女のこんな様を見れば雅の息子も反応するのだが、不健康な血液と洗濯板のような肢体には反応が薄く、彼を欲情させるには至らなかった。

「―――――」

ぼそぼそとうわ言のようにほむらの口から言葉が漏れる。

血を吸われ、吸血鬼の唾液という麻酔を投与され、快楽を与えられ、サイコジャックの余波で脳に刺激を与えられ。
ほむらの意識はもはや彼岸の彼方だった。
文字通り孤立したかのような真っ暗な視界の中、脳裏に過ぎるのは少女の姿だった。
なにもかもに自信がなかった自分に、魔女に襲われ命の危機に晒されていた自分に、力を得ても足手まといだった自分に、いつも魔法少女【ヒーロー】のように手を差し伸べ、眩しいほどの笑顔を向けてくれた少女。
誰よりも優しくて、可愛くて、強くて、かっこいい、友達であり尊敬し敬愛する少女。
いまの暁美ほむらの全ての始まりのあの少女。

「...て...」

疲弊した精神と孤立は容易く仮面を奪い去る。
臆病で脆弱で何にもできなかったかつての頃のように、彼女はただ求めることしかできなかった。
ほとんど無意識に呟いた文字は、名前。
幾度となく、自分を助けてくれたあの魔法少女(ヒーロー)。


「たすけて...なめ...さ...」

ピクリ、と雅の耳が動く。
名前こそはほとんど聞き取れなかったが、この期に及んで名指しで助けを求めるとはよほど思い入れのある者なのだろう。
暁美ほむらに大切な者がいる。その事実を認識した時。

「ハッ」

息子は、生を取り戻した。

かつて宮本篤の嫁、涼子を襲った時を思い出し、身体が熱を帯びる。
あの婚約者の目の前で蹂躙し、心身共に快楽の奴隷にするあの高揚感はなんど味わっても堪らない。
もしもほむらの想い人があの二人のどちらかだというのなら―――やることは決まっている。

雅はほむらを仰向けに転がし、股を覆う布を破る。

「ハ、大洪水じゃないか」

嘲り笑いつつ、雅はチラとロック達の反応を見る。
両者とも、雅への嫌悪とほむらへの憂慮は窺えるものの、兼ねてよりの知己のソレとはまるで異なっている。
せめてかつての篤のように形振り構わず向かってくれば楽しめたのだが、と思いつつも、ズボンのチャックを下ろし、己の勲章を露にする。
天を穿たんとそそり返るソレを鎮めるため、雅はゆっくりと腰を鎮めていく。

雅の欲望が、ほむらの少女を散らさんとにじり寄る。

その行いを止められる者はいない。

「が」

ただ一人。

「ガ、アアアアアアア!!!」

かつて愛する者を眼前で蹂躙された『彼』を除いて。

最終更新:2018年02月21日 22:51